2016年 06月 29日

さらなる有明珍味

この間の久留米の夜食べたものの追加。もう一つしておきたいです。
真ん中に見える長いしっぽみたいなもの。
めかじゃというらしい。
料理したものはこのしっぽみたいなものの中に入っている肉を食べる。貝の種類なのでしょうが、たしかイカみたいなものと聞いた記憶が残っている。
なんかすごく懐かしい子供の頃に楽しんだ食べ物という感じでした。
ネットを開けると、みどりしゃみせんがいというのだそうです。
今では海産物資源として残るのは有明海のみ。とありました。
うーん、貴重な経験だった。
さらに、この最後に残る広大な浅海、干潟の環境もまったく無意味な開発や、家庭工業廃水などの環境汚染によって瀕死の状態である。本種も食の上からも「幻」とならないよう願いたい。
ちょっと上から目線の記述ですが、でも本当に貴重な環境、いつまでも食べられたらいい。
わたくし、なんか5,6才の頃の味覚を思い出しました。

他の生き物ですが、たしかイソギンチャクです。どう食べたか、生食ではなく、揚げたような記憶ですが間違いかも。これも珍味珍味。いやはや有明海、すごいです。他に数種類の写真が残っていますが、このあたりでやめます。

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# by yanagidamitsuhiro | 2016-06-29 17:27
2016年 06月 29日

パッションフルーツとカニステル

このあいだツイッターのほうで触れた果物の写真をだしておきます。
下がパッションフルーツで上がカニステルです。下の方、これくらいのしわの寄り方でOKです。
上は半分に切って食べたあとです。すこし残っているのはもういい、これ以上はいらないという気持ちが現れています。モサモサした味ですから。

後で妻に聞くとこれは買ったのではなくて、どこかで近隣を散歩の途中で手に入れたとのことです。
柿と思ったというのですから。

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# by yanagidamitsuhiro | 2016-06-29 17:06
2016年 06月 26日

有明海の珍味を堪能する

久留米大学を訪問した夜、久留米の一番街で有明海の珍味を堪能しました。店はしるひとぞ知るで、実に素晴らしい店でした。店の雰囲気のよさ、料理のすばらしさ、そして集まった4人の会食者の楽しさでほんとうにエンジョイしました。
まずエツです。カタクチイワシのようなものとにているが、刺身でも揚げ物でもいけます。川魚のようだが実際には海由来でただ汽水域にほとんど住むとのこと。日本では筑後川地方でしか食せない。つまりこの一点が大切でこれは有明の幸をたべられる場所に来ないと駄目、かつ一年のごく短い期間しか食べれないのです。運が良かった。二枚写真を出します。刺身というかサラダ風にして、ドレッシングをかけて、それと揚げて。おいしい。とてもおいしかったです。

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次はだれでも知っているムツゴロウです。知っている割には「本場」でだべることは稀かもしれません。蒲焼き風でたべました。後で、生きている状態のムツゴロウも見せて頂きました。順序が大切で、食べる前に見せるとやや食欲が落ちるとか。やはりひとっぽい魚なので見てしまうとなんだかすまない、申し訳ないとおもう、分かります。見た目には黒くてグロテスクにも感じますが、美味です。不思議な栄養分が体内に入るという実感がありました。食後、腹痛とか変なかんじとかまったくありませんでした。わたくしには。

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次のは乾燥したモノを焼いたのですが、ちょっと見た目にはこわい。でもおいしい。わらすぼというものです。ネットでは、スズキ目ハゼ科に分類される魚の一種。日本では有明海のみに分布し、食用に漁獲される。とありました。目が退化していて、小さな点があるだけです。メディアでは、エイリアンのような魚と表現するそうです。それより、こういう珍しい魚を食べられる幸せを感じた方がいいでしょう。有明の民の作った食文化を尊敬したいです。

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まだ数種類の他の珍味もたべたのですが、このあたりでおわりにします。
久留米の地酒を沢山飲んだせいか、食後の消化もよかったようでよく寝られました。

ただ、ムツゴロウとワラスボの脂というかなにかが体内に入ってついぞ経験のない味と食後感がありました。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-06-26 09:33
2016年 06月 05日

やはり学問は論争的でないと、

ここのところ二週間で、3回講演しました。
一回は一般の方々も沢山いるところで「長寿と食」なるタイトルでした。その次は那覇市の病院で医師の方々が相手でした。この時は「人の老化に関わる血液メタボライトの探究」というものでした。それに昨日の阪大工学部での福井希一教授の記念シンポジウムで久しぶりに染色体の話をさせてもらいました。コンデンシンとコヒーシンの両方ですが、でも力をいれてしゃべったのは未発表データ沢山のコヒーシンの方でした。
その場では時間もなく専門的な質問は出ませんでしたが、パーティが終わったあとに思いがけない人にあって次々に質問があってとても楽しかったでした。本気になれる質問で、やっぱり同業者との発表後の話はのってくるなあ、と思いました。それから別の若い人から、先生の前の論文のおかげで論文が通ったというエピソードも聞かせてもらいました。予想外の結果だったので論文発表に非常に苦労したものでした。今でも結果を知らないし意義も理解されてない用なので、同じような結果が発表されていくのはいいことです。やはり学問は論争的でないと面白くないです。

長寿と食の講演の中から、三枚ほどスライドをしめしておきます。

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# by yanagidamitsuhiro | 2016-06-05 22:50
2016年 05月 12日

おいしいが、なかなか手の出ない島バナナ

今日はもうひとつバナナ談義しましょう。
さっき若くてひょろっとあった島バナナなのですが、折々に売っているのを見ますが、断然値段がはります。この写真ですが、もう半分くらい食べてあるのですが、この10いくつか付いた房で700円しました。指がおいてあるのは、一個一個いかに小さいかを分かってもらうためです。皮を剥いて実際に食べると一つすぐ食べ終わります。食べたことのない内地のひとにはなんだつまらないとおもうでしょう。
でも、しかしおいしいのです。大げさにとられるといけないので、形容詞ぬきでおいしいと表現しておきます。
これを食べると内地で売っているバナナはまったく食べる気がしません。高いけれども食べたい。でも買うのは遠慮がち。こういうところでしょうか。食べないと実感がわからない、島バナナなのです。


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それじゃなんでわたくしの家にある大きな房のバナナ、島バナナでないのか。このバナナ(三尺だとおもいます)、苗をもらったのです。金武のマーケットのKさんから。
その時はバナナ栽培の知識ゼロ、でした。Kさん初心者のわたくしが台風ですぐ駄目にしたら気の毒と思ったのか。栽培がより易しい三尺をくれたのでしょう。しかし、三尺でも取り立てを食べたら非常においしい(はず)です。

島バナナ、一つ食べると寿命が半日くらい伸びる気がします。島らっきょうを初めて食べたときもおいしいという以外に同じような感想を持ちました。

長寿の国、沖縄、という先入観があったからでしょうが、でもそんな感じはいまでもします。
バナナの長寿効果あまり言われませんが、この島バナナならあるかもしれません。
半日とは値切ったという感じかもしれませんが、二つ食べたら一日ですから、毎日二つ食べればいつまでも生きている不老長寿ということになります。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-05-12 22:23
2016年 05月 12日

バナナ、その後

バナナに関心を持ってくれているかた達が多いので、追加でちょっと書いておきます。
しっかり大きくなっています。いつ頃食べられるのか、諸説がありますが、お盆の頃というのは有力な意見ですが(地元タクシー運転手さんの意見)、それだと随分先です。
待ち遠しいです。
もっと早いのではないか、という気がします。
マーケットなどではもう食べ頃が売ってます。
初心者なので二軒離れたMさんのご意見を折々に聞きたいと思っています。
ただまだまだ早いことは私でもわかります。

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見たとおりです。立派です。ほれぼれする、偉容です。バナナに偉容はちょっと大げさですが、でも実物を見たらそう思います。これが胃の中に入っていくときが今から楽しみです。


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このバナナをすこし遠くから撮影するとこんな感じです。手前が、三尺バナナの幼い苗です。この間買ったばかりです。奥の方みたいになるのに2年くらいかかりました。
間にあるヒョロヒョロしたのが島バナナです。背が高いので風に弱く、台風でもろに駄目になるとか聞いています。台風来襲時はいかに守るか今かが考えないといけません。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-05-12 18:13
2016年 04月 21日

バナナ、やーい

しばらくブログ休んでました。気忙しい生活が続いていました。研究面でのことです。

今日は、趣向を変えました。4月5日関西から戻って家の外にでて海を眺めてから、バナナを見たらなんか大きな変なものがぶら下がってました。もちろん知ってます。バナナの実です。というかそれをくるんだような紫色の袋です。
おもわずやった!と思いました。うっかりもっと小さいときを見過ごしていました。こんな大きくなってから気がつくとは。ちょっと写真が大きすぎて申し訳ありません。まあ喜んでいるということで許してください。
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バナナが確かにできていることは三日後になるととよく分かります。

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一週間も経つと堂々たるものです。
妻も関西から戻って、驚きの一声が、すごい、見事でした。

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出来たバナナの数を丹念に勘定すると、まさかという数になりました。

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このバナナの収穫を邪魔するのは強風とカラスだそうです。
まだしばらくは収穫の日までそして、熟成を待つ期間の静かな興奮が楽しみです。

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# by yanagidamitsuhiro | 2016-04-21 21:39
2016年 03月 24日

欧州テロ連続事件の後に来るもの

ベルギーでのISイスラム集団による連続テロ事件、非常に暗い影をヨーロッパの社会と国々にもたらしていると思います。犯行声明の中に十字軍の国々という言葉があるのがそのような印象を強めます。

日本もかつてはテロリストの輸出国だったことがあります。1972年のイスラエルのテルアビブ郊外ロッド空港における銃乱射事件。100人近い死者と負傷者が出ました。左翼というか、世界同時革命を目指す日本赤軍の青年二人が実行した事件で、京大生がいたのがわたくしなどには深甚なショックをもたらしました。
日本航空よど号ハイジャック事件はその二年前1970年に国内便がテロリストにハイジャックされ北朝鮮に行きました。一度はハイジャック犯を騙して韓国空港に連れて行ったが知られてしまったという経過もありました。それからほぼ半世紀がたち、日本ではテロリストの加害側でなく、被害者側になって考えていますが、欧州ではことは簡単でなく、内なるイスラムの子孫がイスラムからのジハーディストとしてテロ事件を起こす、起こってみると、これは外国からのテロリストでなく自国民によるテロであることに愕然とするという事態なのだと思います。
フランスでは人口の10%近くがイスラム系と聞いたことがあります。ベルギーの首都ブリュッセルの一部は多数がイスラム系という地域もあるようで、イスラムは自国の一部とも言うのは誇張でない事態のようです。
これからどうなるのか。それが分からないので欧州全体に暗雲が覆っているのではないでしょうか。はっきりしていることは簡単な解決策がないことです。内と外のテロリスト達の呼応が無いように国境管理を厳重にする、国内大都市の治安を徹底的におこなう。
しかしそれでは、ある意味、崇高だったhずの国境なき統合欧州のイメージが壊れてしまいます。
それどころか、統合欧州に入りたがっていたトルコの位置づけが極めて難しく、これからトルコによって欧州は翻弄される怖れすらあります。同時に欧州から排斥していたロシアとどうつきあうのかもますます難しくなってきています。
日本にとってまったく無縁の世界ではありません。ここでどう対応すっるかは国家百年の計と密接なかかわりがあるに違いありません。
日本はまずイスラム文化を知り経験することが大切なのだとおもいます。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-03-24 20:57
2016年 03月 06日

教育を第一義におけない国になってしまったのか

ことしは忙しい日々が続いて気がついたらブログは2月中は休んでしまっているのに、びっくりです。
Twitterのほうはかろうじて折々に入れているのですが。
何も無い日々が続いているわけでは無くいろいろ気になることがありながら生活してますが、対応せねばならぬことが多いのです。大半は研究上のことなのですが、なんでこの年になってこんなに時間によゆうがないのか、困っています。
そのうち時間ができて暇でこまる日々もやってくるものと期待しています。

さて、孫が二人この春から小学校にあがります。
それで卒園式などでの写真が送られてきて見ることがここのところありました。
女の子のほうはしっかりしていて、卒園式での写真を見るとまさにもうすぐ一年生という納得の感じでした。
男の子のほうは末っ子かつ早生まれもありこのあいだまで幼児的に見えましたが、卒園の写真をみるとひいき目のせいか、しっかりした顔つきになり、なるほど帳尻があってきたのかと、感心しました。
本人達も周りの人達や環境の変化から、4月から小学生という意識があるのでしょう。

話は違いますが、日本の公教育への政府支出が先進国で最低くらすというのは大変気になります。
大学への進学率はまだしも大学院への進学率の低下は経済的な理由が最も大きいのかと思うと心が痛みます。
また子供の貧困率もいまや日本はかなり高い国となってしまい、かつ沖縄は最もその割合が高いと聞くといつの頃からそんな風になってきたのか。
昔は通勤時によくあった経済研のT先生に聞けたのですが、もうさっぱり会う機会も無くなってしまって。
子供の教育費くらい親が出せるのでは、というような根拠のない議論が広まってその間に国の根幹が揺るぎだしているのかもしれません。
日本が余裕のない国になってしまったので、子供の教育費と祖父母の医療費、どちらを優先すべきか、そのあたりを政治的課題として議論すべき時期が来るのかもしれません。
二者択一なら日本の国柄から言えば答えはハッキリしているとおもうのですが。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-03-06 23:14
2016年 03月 06日

教育を第一義におけない国になってしまったのか

ことしは忙しい日々が続いて気がついたらブログは2月中は休んでしまっているのに、びっくりです。
Twitterのほうはかろうじて折々に入れているのですが。
何も無い日々が続いているわけでは無くいろいろ気になることがありながら生活してますが、対応せねばならぬことが多いのです。大半は研究上のことなのですが、なんでこの年になってこんなに時間によゆうがないのか、困っています。
そのうち時間ができて暇でこまる日々もやってくるものと期待しています。

さて、孫が二人この春から小学校にあがります。
それで卒園式などでの写真が送られてきて見ることがここのところありました。
女の子のほうはしっかりしていて、卒園式での写真を見るとまさにもうすぐ一年生という納得の感じでした。
男の子のほうは末っ子かつ早生まれもありこのあいだまで幼児的に見えましたが、卒園の写真をみるとひいき目のせいか、しっかりした顔つきになり、なるほど帳尻があってきたのかと、感心しました。
本人達も周りの人達や環境の変化から、4月から小学生という意識があるのでしょう。

話は違いますが、日本の公教育への政府支出が先進国で最低くらすというのは大変気になります。
大学への進学率はまだしも大学院への進学率の低下は経済的な理由が最も大きいのかと思うと心が痛みます。
また子供の貧困率もいまや日本はかなり高い国となってしまい、かつ沖縄は最もその割合が高いと聞くといつの頃からそんな風になってきたのか。
昔は通勤時によくあった経済研のT先生に聞けたのですが、もうさっぱり会う機会も無くなってしまって。
子供の教育費くらい親が出せるのでは、というような根拠のない議論が広まってその間に国の根幹が揺るぎだしているのかもしれません。
日本が余裕のない国になってしまったので、子供の教育費と祖父母の医療費、どちらを優先すべきか、そのあたりを政治的課題として議論すべき時期が来るのかもしれません。
二者択一なら日本の国柄から言えば答えはハッキリしているとおもうのですが。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-03-06 23:14
2016年 03月 06日

教育を第一義におけない国になってしまったのか

ことしは忙しい日々が続いて気がついたらブログは2月中は休んでしまっているのに、びっくりです。
Twitterのほうはかろうじて折々に入れているのですが。
何も無い日々が続いているわけでは無くいろいろ気になることがありながら生活してますが、対応せねばならぬことが多いのです。大半は研究上のことなのですが、なんでこの年になってこんなに時間によゆうがないのか、困っています。
そのうち時間ができて暇でこまる日々もやってくるものと期待しています。

さて、孫が二人この春から小学校にあがります。
それで卒園式などでの写真が送られてきて見ることがここのところありました。
女の子のほうはしっかりしていて、卒園式での写真を見るとまさにもうすぐ一年生という納得の感じでした。
男の子のほうは末っ子かつ早生まれもありこのあいだまで幼児的に見えましたが、卒園の写真をみるとひいき目のせいか、しっかりした顔つきになり、なるほど帳尻があってきたのかと、感心しました。
本人達も周りの人達や環境の変化から、4月から小学生という意識があるのでしょう。

話は違いますが、日本の公教育への政府支出が先進国で最低くらすというのは大変気になります。
大学への進学率はまだしも大学院への進学率の低下は経済的な理由が最も大きいのかと思うと心が痛みます。
また子供の貧困率もいまや日本はかなり高い国となってしまい、かつ沖縄は最もその割合が高いと聞くといつの頃からそんな風になってきたのか。
昔は通勤時によくあった経済研のT先生に聞けたのですが、もうさっぱり会う機会も無くなってしまって。
子供の教育費くらい親が出せるのでは、というような根拠のない議論が広まってその間に国の根幹が揺るぎだしているのかもしれません。
日本が余裕のない国になってしまったので、子供の教育費と祖父母の医療費、どちらを優先すべきか、そのあたりを政治的課題として議論すべき時期が来るのかもしれません。
二者択一なら日本の国柄から言えば答えはハッキリしているとおもうのですが。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-03-06 23:14
2016年 01月 31日

神道のもつ普遍性とご利益

わたくしは宗教には無頓着ですが、でも実際にはしばしば考えています。宗教的ではなくて好奇心いうか知的好奇心で宗教に関心があるのです。特に沖縄に来てから沖縄の宗教心の根っこみたいなものを理解したくおもっております。
わたくしは祈る心は持っているので宗教心はいちおうありますが、でも一方でたたりを怖れる気持ちは相当あるので自分の宗教心はまったく洗練されてないと自認してます。

それでつい先日購入した本を読んでいたら、日本の神社の中で一番数の多いのが八幡さん八幡神社なのだそうです。誰かの名前が付いているのが多いので、特に武将のが多い。これはもちろん武人を顕彰する意味合いもあるが案外たたりを怖れている面もあるらしい。天神さんは二番目に多いのだそうですがこれも菅原道真公のたたりを怖れたひとたちが建物を建てたのが始まりとか聞きます。
実在の人物を護る神社をつくるなど日本人の宗教心の柔軟さというか自由さを感じます。

この本では、だいたい神社というのは当初は建物は無かったし、なんにもないような大きな岩の前あたりで儀式祈祷などを行うのが本来の姿で、神道の心髄はなんにもないのだと、と書いてあります。
なんにもないというと妙に納得してしまいます。あまりあるくらいに内容のありすぎる仏教とは千年以上もうまっくいったのはそれが原因とか。これもうなづけます。

沖縄の宗教の原風景は本島南部のセイファーウタギだろうとおもうのですが、あれが本来の神社の原風景なら納得してしまいます。
こんごこの本が推薦する神社の原風景的なところも訪問したくなりました。
セイファーウタギは中世から近世にかけて盛んになったのですから新しいのですがでもスタイルは神社の原風景といわれると理屈抜きに納得したくなるのです。
沖縄では仏教の影響は非常に少なく見えます。ですから、沖縄と本土の岩石のあるところでの宗教的な齊場を色々おとずれると新しい発見があるような気もします。

ただわたくしは神道の神様は八百万の神様なのでたくさん、無数にあるので、それがキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の一神教とは根本的に異なると説明されてるところがあまり腑に落ちないのです。
それが定説なのかもしれませんが、わたくしは神道はユダヤ教やイスラム教とどこか似ていて、姿かたちが見えない神様とどうつきあうのか、という点で共通性があると。
イスラム教のモスクは巨大なところにいったのでわかりませんが、ユダヤ教のとても小さな教会シナゴーグなどは神社と雰囲気が似ているとおもいました。
見えない神様を気でかんじる神道は、なかなかいいものだと感じます。八幡神社のようにいろいろな過去の人物をおもいおこす場所もありますが、それも別に神様を思う上で邪魔になりませかし歴史を感じておもしろい。
いま京都で外国人に一番人気があるのが伏見大社とかききました。
外国人に親しまれる神社が増えることを願います。
神道にしたしみ岩石、巨岩信仰という人類のもっとも古い信仰心の元での共通性に気がつけば、日本の神道の普遍性に多くの人々が気がついてくれるはずで、そうなれば無数の日本中にある神社が世界の人々の関心の対象になるかもしれません。そのためにも外国人にもよくわかる伏見稲荷のような神社が増えるといいですね。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-01-31 21:16
2016年 01月 17日

21年前の大震災の記憶

きょうは淡路神戸大地震から21年目ということです。20年も前のある日のことを思い出せといわれて、この日だけというか鮮烈に記憶がよみがえります。
なんべんかこのブログでも書いたので、同じようなことを書くと思うのですが、でもわたくしの記憶はだんだん怪しくなるので、昔のブログ記事を読み返さずにあの日何があったのか書いて見たいです。

地震の揺れがあって、2,3三回目でこれほどの大地震、自分の生涯で最大だなと思いました。慌てて目を開けてベッドの傍にある洋服ダンスが自分に向かって倒れてきたら足で止めようと身構えたものでした。家猫が布団の上で寝ていたのがあわててベッドから飛び降りてよろよろと部屋を出ようとしながら、おしっこと漏らしてそのあたりに散らしながらだったのが記憶に残ります。
その頃は階下からガチャン、ガチャンといやな音がして、なにかの壊れる音、実際には観音開きの食器ダンスが開いて大切にしてあったお皿や陶器の多くが割れてしましました。
震源地から遙か遠くの大津市坂本近くの町でもこうでした。
我に返るとすぐ電話がありました。学位論文を書いていたK君が研究室から、すこし割れたりしたものはあったが、研究室の被害はほとんど無いと。助教授のNさんからもK君からの情報でラボは大丈夫だと言うことでした。これでほっとして、我が家の問題とそもそもこの日に関空に出かけてフランスへいく旅程はどうなるのだという意識がよみがえりました。
わたくしその頃、ストラスブールにあるHFSPOという国際機関の研究グラントや奨学金の審査委員をしていたので、数日の会合のために行く予定でぎりぎりの日程ですから、いけるものなら行きたかったのでした。
そういうことが脳裏にありながら階下におりると、やはりガラスや陶器がかなり割れていました。この時、次男が家にいたはずですが、どうもあまり記憶がありません。二人の子供は京都市内に下宿していて、無事とのこと。ひとりは地震なんかあったの?という調子でした。
テレビをつけると、しばらくの間は報道は鈍くて、朝5時47分という早朝だったこともあり、なにがあったのか被害はどうなのだという疑問に直ちに答えていないように思いました。
地震による死者の多くが家屋の倒壊、その後の火災によるもので、なおかつ甚大な被害が狭いベルト状の地域で東西に長くあったことも原因して多数のひとびとが災害の酷い地域に集中して出かけたこともあり、救急の消防自動車や救急車の移動が困難を来したということを思い出します。火災もある程度時間が経ってから多数の地域で発生し、その頃になって高速道路の倒壊や、新幹線の停止などが段々判明しとんでもないウルトラ級の大地震大災害が起きつつあることが分かって来たのでした。人命が多数失われるという予測は当初どこまであったのか。そもそも知事や市長さんがどこにいるのか分からないという地域が相当あったようでした。
次々にわかる被害で、わたくしは自分はどうするべきか、関空の被害は?関空は機能しているのか?そもそも関空に大津から行けるのか、などと断続的に考えながら目の前のテレビ画面を見ていたものでした。朝何時頃にいろいろなことが分かって来たのか経緯は実際の時間と対応しませんが、でも朝早い時期に多数の家屋の倒壊、交通幹線のマヒ、甚大な被害があることは分かっていました。

結局この日はお昼頃にラボに着くことができて、その後関空は機能しているらしいという情報を得て、妻にスーツケースを大学まで持ってきてもらって、京阪線経由で関空に夕方着いたのですが、乗る飛行機は6時間遅れで出発しようとしててわたくしの目の前を離陸していきました。
結局泉佐野のホテルで一泊して、翌朝フランスに向かいました。
飛行機の窓から見た、広い地域で燃える神戸の姿と空高く見える多数の煙は忘れられません。
研究室の院生だったかもうポスドクだったかS君は実家が宝塚にあり、ご両親の様子を見るために車で出かけて正味8時間とか10時間かかって無事を確認したということを後で聞きました。多数のひとびとが肉親の安否情報を求めて必死に動いたものでした。電話も通じなかったら直接行くという方法しかないのでした。

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写真はその時に割れた備前焼を妻が時間をかけて復元したものです。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-01-17 09:14
2016年 01月 17日

至近距離での交流

2016年1月ももう半ばになってしまいました。最初はお正月休み、家族も集まってのんびり楽しくすごしました。沖縄にもどってからは、やたらに忙しい一週間でした。
昨日は大阪にでかけてセミナーで話をしてきました。伊丹空港からちかくて沖縄からいくには随分便利でした。空港を通るモノレールは阪大千里キャンパスに行くときに乗りますがその先にいくことはこれまでありませんでした。彩都と呼ばれる地区で研究所がいろいろあるらしいです。わたくしが訪問したのは厚生省所管の研究所でした。理事長のY先生は旧知ですし、今回呼んでくれたTさんはかつて研究室の仲間でした。研究交流も含めて、たいへん有意義な訪問でした。
講演後に若手の方の研究の話も聞いてそのあと遅くまで食べて飲んでの交流会がありました。
ことしはなるべく多く講演をしたいと思っています。
大阪空港についてはかつて反対運動も激しく撤去、廃止の活動も強烈でした。しかし今では大阪経済にとって最重要な施設の一つと誰もが思っているでしょう。関空、神戸と三つあるのは無駄という意見は随分強かったが今ではそんな意見はほとんど聞かれません。
30年か40年前に、外国から来た偉い先生が研究所が国際レベルで活躍するには大きな空港から1時間以内の場所でなければならない、と聞いた記憶があります。まったくその通りだとおもいます。
いくらネットでの交流が容易になって活発になったとはいえ、実際に顔を見て至近距離で話す効果とは比べものにならないと思いました。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-01-17 00:25
2015年 12月 31日

知力の衰えの効用

去年の今頃何を考え書いていたのか気になってみると昨年の12月は以下の4つのエントリーがありました。
日本国の借金について
[ 2014-12-25 16:45 ]
再現できなかった実験ーわたくしの場合
[ 2014-12-20 08:07 ]
わたくしが受けた初等教育
[ 2014-12-15 14:56 ]
ダメよー、ダメダメ
[ 2014-12-01 23:17 ]

斜め読みすると、そうかなるほどと一人で納得してしまいました。二番目と三番目のは書いておいて良かったと感じました。備忘的に。
それで今年ですが、書き忘れたくないことはなにかないかと考えたのですが、ひとつありました。
わたくし自身の知力の老化です。
これはいろいろあっていままだ晩ご飯までにやりたいことがあるので、持ち時間10分として書きます。
まず人の名前が出てこない。不思議なことに5分前に楽々でていた人の名前がなぜかこんりんざいでない。経験的にはあと30分後か明日くらいにはまたでるでしょう。この気まぐれな記憶、圧倒的に人名が多い。誰かと話していて、固有名詞を言わなければいけないのにいまは思い出せていない。ところが土壇場ででることもある。でないこともある。この違いの原因はわかりません。摩訶不思議、実存的な生の不思議です。
論文を書いたりすると、自分の頭が煮詰まってきたことを強く感じることがあります。枚数で一枚二枚分くらい書くと、自分にはなじみのない分野での論文だと煮詰まりかたは相当ひどくなって、読み返しても、そこそこなのか、ぜんぜん駄目なのかわかりません。こういう感覚は年を経るに従って漸増しているようです。どうしようもないので今日は駄目、この書いたのは寝てみないと駄目だな、と無音で独り言です。
そのあとは深夜のことが多いので、テレビの面白そうな番組があれば30分か1時間かみることがあります。寝る時間はですから12時半とか1時とか。
寝る前にもう一度、その日書いた文をよみなおしますが、やはり煮詰まり状態はなんの改善もないみたいです。興味深いのは次の日の朝にもう一度読み返してみると、往々にして新しい発見というよりは、煮詰まりの一部が解決される事に気づきます。解決としてもたいしたものではないのですが、でも煮詰まりに明らかな一部解きほぐしが起こっています。そうそう、とこれも無言でひとりで首をふりながら納得して仕事がやや進んだことに納得します。こういうことが何度も起こって論文ができるというのが最近の経験です。わたくしの創造性はいまやこういう睡眠による新能力を必要としています。
こういう類いの経験は50代60代にはまったくありませんでした。新しい知識にはもっと滑らかに煮詰まりなく対応出来たような気がします。
わたくしは寝てる間にもつれたニューロン回路がすこし解きほぐされたと勝手に思っています。寝てる間も働いている神経細胞に感謝感謝です。
知力が衰えたのでみえてくる、わたくしの頭脳の働きの仕組み、我ながらおもしろいなあ、と思います。
何というのでしょうか、すだれから透けて見えてくるような感じの頭脳の働き具合は、ある意味スピード速く動いていた機械の動きがだんだん遅くなってきたから見える、つまりスローモーション化したことによる自らの理解の進み方なのかもしれません。
これからますます知力は低下するが自分の頭脳の働きを分かって来たことによる、効率化というか自己改革の高まりを考えると、衰え悪くないじゃやないか、けっこうこれからも楽しめそうじゃないかと思ったりするのです。
時間が来ました。
いっぺんプレビューで読み返す時間も必要ですから。

# by yanagidamitsuhiro | 2015-12-31 17:05
2015年 12月 29日

日韓関係の著しい改善があれば

年末まで数日になって、日韓の外務大臣が慰安婦問題について画期的な同意をしました。
日経による要約では以下のよう。
日韓、慰安婦問題の「最終解決」で合意(タイトル)
 岸田文雄外相と韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外相が従軍慰安婦問題をめぐりソウル市内で会談。共同記者会見で「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認」し、問題の妥結を表明した。「日本国の首相として、改めて心からおわびと反省の気持ちを表明する」とする安倍首相の見解や、元従軍慰安婦を支援する10億円程度の新基金設立、慰安婦を象徴する少女像の扱いなどについても合意した。
朝日の要約では、
慰安婦問題めぐり日韓合意 「最終的かつ不可逆的解決」(タイトル)
日韓両政府は28日、ソウルで外相会談を開き、慰安婦問題を決着させることで合意した。日本政府が軍の関与や政府の責任を認め、元慰安婦支援で韓国政府が新たに設立する財団に日本から10億円を拠出すると表明。日韓双方が、この枠組みを「最終的かつ不可逆的解決」とすることを確認した。
 日韓関係の最大の懸案の一つだった慰安婦問題は、安倍晋三首相と朴槿恵(パククネ)大統領の政治決断により国交正常化50年の節目に決着を迎えた。両国関係は今後、改善に向けて大きく進む可能性がある。

わたくしは率直に喜びたいとおもう。安倍首相の決断によるこの決断が結果おおきな変化と成功をもたらすことに期待したいです。
わたくしが日韓関係に寄与できることなどほとんどないのではありますが、研究の面でなんらかの寄与ができるべく努力することはやぶさかではありません。長いこと研究生活で生きていますので韓国からの研究者も受け入れたこともありますし、何度か訪問して知己もおります。しかし、深い親交をむすぶようなことには残念ながらなっていません。
中国との関係ではずっと深い絆が生まれているのに、より近い韓国とはそうならないことは大変残念でした。なにが足りなかったか、考えるといくつかの要因が考えられます。
何しろ、関係を温めたり熱くするような社会的政治的環境に乏しかったのは間違いなかった。政冷民熱とか言うような言葉を聞いた言葉もありますが、日韓についてはなかなかそうならなかった。
近くてすごい遠い、本当はとても近いのになぜか近くなれない、このようなもどかしさを強く感じます。わたくしの知り合いの研究者にはずっとコンスタントに韓国の留学生を引き受けた方を知っていますので、日韓の研究の絆が一部では強くあることは間違いない。
それが若者レベルでの広がりになかなかならないようです。
わたくしもいまさら大学院生はしんどいのですが、ポスドクならいつでも引き受ける気持ちがあるので、今後の日韓関係が良好になることを見越して韓国の若者が研究をともにしようとやってこないものかと期待したいです。
日本の研究の優れた面を学べば韓国にもどっても相当な意義があるに違いないとおもうのですが。

# by yanagidamitsuhiro | 2015-12-29 18:32
2015年 12月 18日

日本の戦後科学の夢をかなえた大村智さん

わたくしがまだ20代の学生の頃、日本人の科学者はいかにあるべきか、議論もしたし考えたものです。当時はやはり左翼系の考えもつよく自国に根ざした科学、もっと恥ずかしながらいえば人民の為の科学などと考えるひとたちもけっこう多かった。一方で科学は個人の努力によって最大限の結果が生まれうる分野で科学者の職業はそういう点とても魅力がある。わたくしなどはどちらかとしては後者の側で、このような方向で成功者になりたいと強く思い願った若者でした。

ことしのノーベル賞医学・生理学賞の大村さん、まさに夢で描いたとおりもしくはそれを遙かに超えるかただったのではないでしょうか。
さらにいえば、大村さんは日本が戦争に敗れて新生日本といわれた時代に始まったあらたな社会が夢見た理想をすべて具現化したようにも見えるのです。
わたくしは大村先生の名前は知っていましたが、極めて残念ながら一度も講演を聞いたことがないのです。さらに人となりさらには業績をほとんど知らなかったのです。
しかし、おかげで大村さんが戦後の科学者が課題としたほとんどすべてを成し遂げたというか、とほうもないレベルで達成していたことを今年知ることになったのです。
外国からのニュースでこの偉大な科学者が日本にいることにわれわれが気づくことになったのです。
なんという喜びと驚きでしょうか。

わたくしはノーベル賞の第一報を聞いて、大村さんが大学を卒業したあと夜間高校の教諭になって東京で働きながら勉強する、若者達とせっすることで自らが大きな刺激をうけ自分も大学院で勉強するぞと、決意したと知りました。自分の先生はこの夜間学校でまなぶ若者達だと。
ほんとにこれにはしびれました。
かつてこのようなセリフを功成り名遂げた日本の科学者の言葉として聞いたことがありません。

しかし考えてみれば新生日本、新生大学の卒業生である大村先生が新生日本の夜間高校の若者達の生きる意欲に発奮して自分も頑張るぞとおもった、これこそがある意味、戦後日本が目指した廃墟から立ち上がる新生日本が目指したもっとも素晴らしい理想とするできごとでは無かったでしょうか。

学者としていかに生きるか、わたくしなどは基礎と応用というような陳腐なレベルで両者を融合した研究もできずにいましたが、大村先生はその問題を軽々と乗り越えてしまったようです。
いま読んでいる本でそのあたりの先生の考えを知りたいと思っています。
先生は250億円の特許料を北里大学に寄付したとのことです。かつて聞いたことが無い巨額です。
そういう日本の科学者がすでにいたことをまったく知りませんでした。
本を読むと、それどころか先生は実に多彩な文化社会活動に膨大な経費をお使いのようです。
科学者が自らなしとげた成果でこのような多大な社会活動と研究への貢献をなしとげる。かつて聞いたことがありません。
でもそのようなことも敗戦にうちひしがれた日本が渇望していた人物とその行為ではないでしょうか。

先生がノーベル賞受賞のためにストックホルムに出かけてからのひと言ひと言にこれまでの授賞者とはずいぶん異なった印象を与える発言を続けているように感じました。
たぶん自ら思うことを率直に正直に言っているだけだったのかもしれません。
時がたてば大村先生の業績の偉大さと人間の大きさはますます理解されていくに違いありません。

日本は敗戦によって特に科学に従事する人々は相当に変わったはずです。帝大から新生大学へ、権威者から普通の人達のやる科学に。
そしてできるだけめざましい成果が生まれることが国と世界の為に望まれたのでした。
大村先生はまさに新生日本の申し子として世界の中に入り、世界の人々に多大な貢献を成し遂げた初めての生命科学者として日本人が心から誇りに思えるまさに永遠の科学者となったのでした。

大村先生の偉大な業績とひととなりを日本中の人々に知らしめたスエーデンのノーベル賞選考委員会に心から感謝したいです。

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# by yanagidamitsuhiro | 2015-12-18 17:34
2015年 12月 13日

研究不正をさせないためのラボの条件

とうとう年末になりました。この1年長かったというのが素直な印象でした。
最近はさっぱり研究不正について書くことが無くなりました。
考えてないのではなく、色々想起することはあるのですが、書いて楽しいことはなにもないので。
いろんなひと達と話したりするのですが、どれも複雑な側面が多すぎて一刀両断に論じるには口が重すぎます。

小保方氏事件というかSTAP細胞事件というか、時間が経つにつれて、研究不正行為そのものについての理解が深まったことはないようです。
ただしハッキリしたことはSTAP細胞があるということを示す証拠はない。
なぜあのような論文がでてしまったかについてはおおよその説明があるようですが、確たる説明はない。
小保方氏がどのようなことをしたのかも確たる説明はなされていません。小保方氏がどのような研究不正をしたのか、ここが肝心なところですが、論文などにある不正な画像やデータなどは歴然としていますが、関係研究者を巻き込んだかたちでどのように進行していったのか、よくわかる説明がなされたことはないでしょう。もちろん小保方氏は歴然としたデータ画像における不正については謝罪していますが、それ以外についてはSTAPはできましたと言い続けています。

わたくしは個人的には、このできごとに関連した誰かを責めたいという気持ちになかなかなりません。
誰かが首魁であるとか誰かがほとんどすべての責任を負うべきというふうになれば分かり易いのですが、そういうものではない。誰かが悪いと言えると楽ですが、そういうものではないようです。
STAP細胞という大発見がなされたのではないかと論文発表がなされた時点から色々なできごとが派生してきましたが、ここの派生的社会事象(記者会見、テレビ番組など)について誰かが責任をとることは困難でしょう。
科学発見ドラマとしては、たとえ一瞬でも極上の発見といわれたものが虚偽の論文発表ということになったわけですから、関係者にとっては塗炭の苦しみを生み出したわけです。
笹井さんの自死という悲劇としかいいようのないできごともあり、全体のできごとからなにか将来に向かってポジティブなことをハッキリいうにはまだ時間がかかるとおもいます。
もしも時間がかかって起きるのだとしたら、神戸理研センターに在籍していた若い研究者の中から強靱な精神をもった研究者が輩出することを祈らざるを得ません。またアドミニストレーションレベルで関わった人達からも、今後益々複雑化する研究不正について、この経験を前向きに捕らえる人達が生まれることも願いたいです。

わたくしなどは最初に実際に経験した研究不正が30年も前になります。関係研究者の人柄は今からいえば古典的人間像というのでしょうか、成功者へむけてのインパルスが非常に強い。「犯行的には」単独であるといってもよく、たとえ本人が最後まで認めなくても周囲の暗黙の理解は、目の前に来ている成功のためにはデータ捏造がもっとも手っ取り早い、というものでした。
こういう理解では今起きている色々な研究不正に向かっていけるとはまったく思いません。この一年、いろいろな話を聞くに付け、わたくしのような時代遅れの人間は発言しないのがベストかとおもうばかりです。
ただなかなか外に向かっては聞こえない話を聞く立場でもあるので、以下にごく手短に今後のヒントを書いておきます。
やはり研究不正のできごとの中に責められるべき人物はいる。ただし不正は高度に複雑化している。
ラボの主宰者の中に巧妙に自分の研究者としての成功(研究費獲得、名声)に向かってラボメンバーを利用して公正でない研究をさせている人々がいるらしい。
研究結果ががある方向に向かったもので無ければ受け付けないので、ラボメンバーがボスの意向に沿った結果がでるまで何度も実験を繰り返す。ボスの意向は実際には論文のレフェリーの意見であることも多く、研究不正がレフェリーのコメントによって誘導されうるという意見は真実味がある。
有名ジャーナルに論文がでれば研究費額も学会での発言権ステータスも飛躍的に高まり、また筆頭著者の就職もより容易になる、こういうレベルでの欲求から多くの研究不正が起きうる。
そのためにラボヘッドとラボメンバーの関係が変質してきて、ラボメンバーはヘッドが何を期待しているのか、何を希望しているのか非常に気を使うようになる。
研究不正行為は非常に広汎であり、いま明らかになっているのは稚拙な技術しか無いようなケースだけだという、意見が本当なら非常に困った時代に我々は生きていることになるのかもしれません。
結局、至近距離で一緒に働くラボメンバーの人達が何を感じ何を発言するかも問われる時代に入ってきているようです。
非常に嫌な考えですが、研究者としての成功者は注意深く観察されるという研究社会にならざるを得ない、またラボヘッドとメンバーの関係についても非常に注意深い外部および内部からの眼があるという、文字通り「監視社会」化が進行するのかもしれません。
悪貨は良貨を駆逐するという言葉を思い出します。
しかし日本の研究室が総じて非常によくなるのにはこういう関門を通過して、より成熟した人間関係が出来てくればいいのだとおもいます。
わたくしとしては根本的には非常に楽観的です。というかそう思うことがベストだと思うのです。
我々の研究をサポートする納税者や研究費を直接だす機関の方々には厳しくも、暖かい気持ちで見守りかつ助言をして欲しいです。これ変じゃない、という世間の眼がラボ内にもあるといいのですね。

# by yanagidamitsuhiro | 2015-12-13 12:44