2017年 01月 16日

篠田桃紅さんの頭脳

篠田桃紅さんの本、「人生は一本の線」を読みました。104歳美術家、珠玉の作品集とあります。
本の終わりに、若い人へと呼びかけて以下のような文章が続きます。

わたくしは、正真正銘の老いを感じています。
老いた・・・・。
老いに老いました。もうこれ以上、老いようのないところまで老いたのですから、もうあとはは死ぬしかない。
老いに老いた以上、もう先はないのですから・・・・・。
これ以上、老いるというのは、一体、どこまで老いることができるのでしょう。
少しずつ、出来ないことが増えて、しまいにはなにも出来なくなる。それで死ぬのね、きっと(笑)。
こんなに長生きするとは、自分でも思っていませんでしたから、こうして老いる、ということの実体を、正真正銘リアルな老いを、しみじみと味わっています。
そして、すこしは若い人に伝えておいたほうがいいかなと思って、あなたに伝えています。

このあと非常に興味深い文章ですが、8ページも続きますので残念ながら、引用はここでやめます。

ここまで読まれてどう思われますか?
わたくしは素直な人間なので篠田さんは心から自分は老いたと実感され、これ以上はもう老いることは出来ないと書かれたのでしょう。
でもこの文章は老いているでしょうか。
この本では、見事な筆致で自分の書きたいことをかいています。
氏の心のありようは若々しくみずみずしい。
どうも氏は精神と肉体は関係はあるものの、体はどんなに老いても精神というか心はほとんど老いずに生きていけるとおもわれているようです。

104歳のかたの証言です。文章という証拠によって、証言しています。科学は、老化の科学はこれを容易に説明できるでしょうか。この文章は頭脳の老化と、他の部分の肉体では老化はかなり異なることをしめす証拠かもしれません。

氏は以下のようなことも書かれています。
歳をとった人が、心ゆくまで後悔するために、静かにしておいてあげなさい。自分も心ゆくまで後悔するために、静かにしておいてあげなさい。自分も心ゆくまで後悔したい。後悔することで魂が休まる、と。
中原中也の詩を掲げて、なんていい詩だろう、歳をとった人の心境を的確に表現していて、彼は天才ですね、と述懐されています。
書かれていることが新鮮で生々しく、こういうことを氏の年齢で書けるのならわたくしもこういう風に年をとって見たいと正直思いました。

今日はこういうことを書きたかったのでなく、心や精神や思考のための頭脳活動の老いかたというのはどういうものなのだろうという素直な疑問を書きたかったのです。疑問を書けばそれで目的は達します。

篠田氏の肉体は氏が言うように老いたかもしれないが、この文章から判断する魂をもった心、そして思考能力はまったく若々しい。特殊な個人としても、どこに体の老化との差の実感が生まれてくるのだろう。

わたくしのように人生のほとんどすべてを、どんな摩訶不思議な生命現象もすべて分子の言葉で説明できると確信して来た人間にとっていかなるmoleculeが関わってこの精神の若々しさが保たれるのか、調べて見たい、と思うのです。こういうことを考える時には一瞬、若かったらいいのに、と思います。

でも、いまならそれを調べるすべをごく一部なりとも手中にしてきたと思いだしているのですが。

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# by yanagidamitsuhiro | 2017-01-16 22:24
2017年 01月 08日

佐伯啓思氏の退位問題に思う 天皇制と民主主義の矛盾(朝日新聞)

1月6日に朝日で読んだ佐伯氏の天皇退位問題についての意見(http://www.asahi.com/articles/DA3S12734747.html)を読んで安心しました。
わたくし自身がもやもやとしながらも退位問題について考えていたことを明解に明らかにしてくれていて、これぞ有識者の意見と感心しました。氏に本当に感謝したいです。これでわたくしの持っていた違和感は説明されて佐伯氏の提起しているかたちで議論が進むことを期待したい、といえます。
詳しく紹介する余裕はありませんし、拙いやりかたで紹介をするよりは実際に読んでもらって佐伯氏の考えを理解してもらうのがベストとおもいます。
ポイントは天皇の神格化にありまして、氏がいうように’明治国家は西洋型の立憲君主制を模倣しつつ、他方では、あくまで天皇に対し「神聖にして侵すべからざる」存在としての神格を与えたからである。天皇は、立憲主義の範囲におさまる部分とそれを超え出た部分の二重性をもっていた。’氏はさらに続けて、’これは一種の矛盾であり、その矛盾が統帥権の独立などという形で現れもした。では、戦後はどうか。天皇の神格性を否定し、英国型の立憲君主制の枠の中に収め、さらに、いっさいの政治的行為から切り離した。戦後日本の「国のかたち」は、象徴天皇による形式上の立憲君主制であり、実体上は民主主義(国民主権)ということになろう。あくまで民主主義によって支えられる天皇制(君主制)ということになった。’
’ところが、話はそう簡単ではない。憲法にはまた、皇位は世襲であり、皇室典範にしたがって継承される、とある。つまり、日本国、および日本国民の統合の象徴としての天皇は、単なる王家の一族でもなければ、単なる制度でもなく、日本の歴史の持続性、国民統合の継続性を示すものとされている。それが、皇位は世襲される、ということの意味であろう。
 すると、ここで天皇の神格性は否定されているものの、また別の問題が発生する。皇位を世襲するという国民統合の歴史的継続性を示す原理と、国民主権の民主主義は決定的なところで齟齬(そご)をきたすのではないか、というやっかいな問題がでてくるのだ。’

ここから先は氏の書かれたものを直接読まれて頂くといいとおもいます。
問題は非常に深い。日本独自の文化・社会的な存在を今後も存続、継承するにはどうしたらよいのか、天皇制に限らないすべての日本独自の文化の継承に関わる問題になるとおもうのです。
日本の継承を考えるうえで非常に示唆に富むとおもうのです。
日本社会自身がこの問題をくわしく考え議論するなら、世界の中での日本の立ち位置におりおりに違和感や疑問を感じることが、実際には当然だし、これからも日本独自で発展してきた種々の文化の維持にも役立つに違いありません。
外国の人達が日本に来てえもいわれぬ安心感を感じたるするのも自然、神、人が融合して続く日本文化が探せばまだまだ沢山あることに気づくからでしょうか。天皇が庶民にしたしまれかつ尊崇されるのも、自然、神、人々を存続させる主たる象徴的な存在であることを認めているからでしょうか。
この最後のあたりは文章にすると違和感を感じる人々もたくさんいることは分かっていますが、しかし何かを言わなければ天皇の現人神的要素は将来消えてしまうかもしれません。
しかし一方で天皇の「人権」は最大限に尊重すべきです。
未来に向かっての賢い解決策を有識者達に見いだして欲しいものです。日本社会が築いてきた里山のような自然文化の存続が危機に至らなければこのような問題の解決策はおのずとあるだろうとわたくしは信じています。

# by yanagidamitsuhiro | 2017-01-08 17:22
2016年 12月 30日

わたくしなりの元年へ

来年の世界、そして日本はどうなるのか、多くのひとびとが話題にしてます。
わたくしもちょっとこれに参加してなにか書いておきたい気持ちです。ここのところブログはさぼってました。忙しいこともありますが、書き出すとついバナナのことも書きたくなるので自制してました。今年は自家製バナナのおいしさに目覚めたバナナ開眼の年でありました。

基盤の安定した安倍政権もあり、日本社会はおちついた雰囲気ではないでしょうか。極東情勢的には韓国の大統領の置かれた状況や、中国の南沙諸島などへの進出の様子を見ると安心しきれないし、トランプ次期大統領の対中国政策も強硬にもみえる一方で融和的な可能性も残るので、はっきりしません。それで、国際情勢的には不安の年越しになるのではないでしょうか。しかし、安倍首相の真珠湾訪問は日米の政治的懸案条項の大きいのをすませました。これから、安倍政権は対中国、対韓国との関係改善にむけていかなる策をだしていくのか。民主党や野党側がいい策を持っている気配はないので、また自民党に安倍政権以外に期待される首相候補がいない以上、まだまだ5年くらいやってもらってかまわないというのが日本国民の50%程度の平均的感覚ではないでしょうか。安倍政権のおかげで政治にはらはらドキドキ、危なくてみておれないといういっときの感じがなくなりました。
しかし、安倍政権の基盤はなんといっても経済政策でしょう。社会の一部で不満はもちろんあるでしょうが、社会不安が明確になるような経済情勢はもうかなり長い間ありません。貧富の格差は広がるという言葉は本当かもしれないのですが、一方で収入的には全国最低クラスと言われる、沖縄での経済状況は悪くはまったく見えません。旅行訪問者の数も増え、地方空港のはずの那覇の空港の混雑には折々に驚きます。まあまあの経済状態がもうずいぶん続いているというのが沖縄とおりおりに関西を往復する人間の実感です。

経済のひずみが教育に及んでいるという意見にはうなずけます。今の日本では、子供が貧しい環境で教育を受けると親と同じように成人しても貧しくなる、という意見が本当ならこれは最も深刻な問題であるに違いありません。本当なら、手遅れにならないうちに政治のレベルでの救済が、かなり強力な救済が必要だと信じます。教育が大学や大学院レベルまで貧しくなっているのなら、長期にわたるマイナス効果、人材の枯渇現象が出ないうちに早く手をつけないといけないでしょう。

わたくしは、日本の最大の問題、一方で日本を最高に救済し発展する可能性を持っているのが、人口問題への正しい対応と最大限の健康老化への努力の2つだと信じてます。この2つの問題で成功すれば、次の50年から70年くらいは日本は国家として安泰だと思います。
一方でこの2つで失敗すると、長期間で低迷し他の多くの国々に追い越されて行くに違いありません。わたくしは今の日本人、とくに熟年以降の人々はこれらの問題の大きさと深さを予感し不安を感じているとおもうのです。この世代がまだまだ元気なうちに日本人の英知を総動員して、日本社会を作って維持していくことが最大の課題だろうとおもいます。この世代の多くはもはや年金世代にもはいってますが、でもまだまだ10年20年生きるのですから社会参加を出来るだけしてもらうべきです。

1941年に無謀だがしかし明治以降の国の趨勢からみて必然的な戦争になり、1945年に未曾有の大敗戦を喫して70年が経過した今の日本をみれば、日本の民は本当に偉かった、わたくしたちの父母、祖父母は本当に立派だった、そしてわたくしたちもそしていまの60才になろうとする人々たちよくここまで努力し働いて来たといえるに違いありません。

しかし、人口減少問題と健康老化の2つの問題は日本人日本社会にとって新規の問題ですから、しかもひたすら一生懸命はたらくという国民的な得意技でなく、ありと余るように一見見える「時間」を浪費したら、取り返しのつかない状況がやってくるとおもいます。社会不安に満ちた貧しい日本の時代の到来がくるのかもしれません。これは何がなんでも阻止しないといけません。

そういう時代はかつての日本にあったのか、昔そういうことを青二才のわたくしが当時の有識者に聞くと、「応仁の乱だ」と聞きました。ちょっと勉強しないと、応仁のの乱がどういう時代かどうしてそうなったのか分かりません。そういう貧しく社会不安に満ちた時代になるのでなく、発展的かつ融和的な日本をまだまだ70年くらい続けるためにどうしたらいいのか。
そうならないためにわたくしも微力ながらお役に立ちたいと願っています。
そのためのわたくしなりの決意の元年を2017年としたいです。

末尾に正月にも咲き誇る沖縄原産紫色のブーゲンビリアの花と、家庭の安寧のシンボル柑橘(比良の家で)の2つの写真を掲げておきます。

良いお年を!

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# by yanagidamitsuhiro | 2016-12-30 12:17
2016年 12月 14日

カジノ論議のまえに

参議院でいわゆるカジノ法案が可決されたとのことです。統合型リゾートIRという休暇的な場所にカジノがあるというイメージでリゾートのほうで賛成している議員もかなりいるのかもしれません。
カジノと聞くと、これまではわたくしはパチンコをどこか類似したものとして思い浮かべました。これからは、かつて見たことがある外国の正統カジノ、メルボルンだったかそして香港の隣町マカオのカジノを思い浮かべることになるのでしょうか。しかし、行ったもののどちらでも何もしなかったので、ということでカジノ経験ゼロですので何も言えません。ただ場内の雰囲気はすこし憶えてます。健全そうな高齢者ばかりで面白そうには見えませんでした。高額を賭ける人達はたぶん別室でするのでしょう。
若ければいっぺんくらいやって見たくなったかもしれませんが、ルールも分からないのでたぶんやる気はおこらなかったとおもいます。マカオでは巨大なカジノビルが沢山建っていて、その一つの中を見学したのですが、ほとんど中国人でした。
日本ではどうなるか、それなりにお客が集まって、それなりに賭博中毒者を生み出すにちがいありません。だからといって、まだ一つもできてないカジノを責めても仕方ないでしょう。
それよりもパチンコ店にもっともっと社会は関心を持った方がいいでしょう。
わたくしが沖縄で住むところは村ですから、というかパチンコ店はありません。隣町の石川というかつて独立の市でいまはうるま市の一部に愛好家はいきます。伝聞なのでいくそうですと言っておきます。
小さな町ですが、パチンコ店はなんと三つもあります。中に入ったことはありませんが、駐車場の車の台数をみたら週末は朝から相当数の車がいます。
タクシーの運転手さんの情報しかありませんが、恩納村からもバスとタクシーを乗り継いでいくひとがかなりいるそうです。沖縄の自動車運転率は極めて高いので、人気が高いことが理解出来ます。
石川にはもうひとつギャンブルでは闘牛があります。一度みたいと思っていますが機会がありません。
ギャンブルの部分は隠れた部分ですが、でも相当に大きな金額が全国(?)からのマニアファンによって動くのだそうです。
それで石川のパチンコですが、これもタクシーの運転手さんの情報ですが、相当数の人が大金を失って、「おうちが無くなる」かたもかなりいるとか。真相は報道では出ませんから分かりませんが、競馬も競輪もない土地柄なので賭博にのめり込みやすく、パチンコにものめり込むとそこまでいってしまう人が多いのかもしれません。なおパチンコを賭博といってはいけないことはわたくしも承知してます。でも短時間で相当額のお金を射倖性のたかい機械で失うゲームで中毒になるひとがいることはまちがいないです。法的には健全娯楽の範疇なのでしょうが。

全国パチンコ店で消費される金額は、年間どれくらいなのか、いまネットで調べるとかつては30兆円で、いまは18兆円だそうです。今でもすごい額ですが、かつてからは激減したのだそうです。今やスマホでもゲームで遊べるので、たぶん今後もますます減るでしょう。日本のカジノ推進者はどのあたりを目指しているのか。
そしてパチンコを楽しむ人はたくさんいるに違いありませんが、楽しみと損失や苦しむをきちんと精査する作業が社会の中で行われているのでしょうか。
カジノ論議や法案を通す前に、パチンコ産業の行く末とパチンコの娯楽性と賭博性の両方をぜひ論じて欲しかったです。かつては3千万人の日本人がおりおりにパチンコをしたのだそうです。
沖縄で見ると、パチンコはまだまだ大隆盛です。
そういえば隣県の鹿児島もパチンコ店、とてつもなく巨大なパチンコ店が沢山見られました。地方ほど多いのでしょうか。

中国からの旅行者がパチンコに興味を示したとはまだ聞いていません。
いまの日本をシャープな目で見ている彼らの意見もぜひ聞いて見たいものです。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-12-14 23:13
2016年 11月 21日

港川人の釣り針について

週末に那覇に出て県立博物館で開催されていた「港川人の時代とその後」琉球弧をめぐる人類史の起源と展開を見てきました。感想はやや複雑で、というのは展示物が非常に多くて、教育的ではありましたが、焦点が定まりにくいのです。
目玉の展示物、2万年前の「釣り針」を楽しみにしていました。たしかにびっくりするような綺麗なものでじっと見ていますと、男性おふたりがそばに来て、これか、論争になるのも無理ないかな、というふうに話していました。どういう意味かと、聞きますとこれは人工物でなくて貝だか骨だか、自然物というものである可能性を主張する方もいるようなのです。
この展覧会は始まったばかりで、実物を見てからの意見ではないかと思います。
わたくしも見事なかたちではあるものの、針糸を通す穴があってもいい部分が折れているので惜しいなと思っていましたので、なるほどと思いました。穴があれば100%人工物でしょうが、穴がないのでまだ未確定というのが一つの取れる態度かもしれないと思いました。
いずれにせよ1.5万から2.5万年の大昔に港川やサキタリ洞には古代人がいたことは間違いないし、かれらが日々何かを食べていたことも確かなので、魚を釣るための道具があっても不思議はない。しかしこの目の前にある釣り針がそのために古代人が作ったのか利用したのかはもうすこし時が経たないと、確定しない、そういうふうに理解しました。
釣り針の写真はあとでペーストしておくことにします。

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下にネットにあった釣り針の写真と港川人の想像図を掲げておきます。

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# by yanagidamitsuhiro | 2016-11-21 15:40
2016年 11月 17日

バナナ12キログラム

このあいだ京都の高校に行った時に「先生はブログにバナナのことしか書かないのですか?」と言われてしまいました。
その通りです。今のところ。
それで続きなのですが。今朝収穫した一本というのか、ひとかたまりは重さを量ったら12キロありました。非常に重い。
なんかかなりの充実感があります。
それだけですが。
妻は宅急便で子供達(孫達)に送ると張り切ってます。

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# by yanagidamitsuhiro | 2016-11-17 11:38
2016年 11月 12日

京都市立 西京高校生たちと交流

昨日は京都市の御池西大路にある西京高校で講義をする機会がありました。2年ほど前に滋賀県の安曇川高校で講義をして以来、高校生に会う貴重な機会です。この西京高校には中学校も併設されているのだそうで、生徒の相当数は6年制になるようです。
ぜひやって欲しいという話をもってきたFさんの要望もあり、わたくしの研究内容よりはむしろいかにして自分が生命科学を研究するようになったかを主にはなしてみました。
周囲には高校生はひとりもいないので、まともにコミュニケーションできるかどうか、たいへ心もとなかったのですが、まあ無事に終われたことは以下の講演後の写真を見て頂ければおわかり出来るでしょうか。
講義で使用したスライドも2枚ほどだしておきましょうか。

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わたくしとしては今どきの高校生とはどんな若者達かなにか得るものはあるか、ということで講義の後の質問というか応答をたのしみにしてましたが、思いの外に率直な意見や感想を聞かれてほんとうに興味深く感じました。
仲間達が大勢いるなかで自分のなかにある真剣かつ率直な感想などはなかなか言えるものではありません。えらいなあ、と思いました。
彼らがいかにして生きるか真剣に考えていることがありありとわかって、もっといろいろ意見を交換したらわたくしにも非常に有意義だろうなと想えました。ほぼ2時間くらいの最近ではやったことのない長さだったので疲れて、終わりにしてもらいましたが。

短い交流でしたが、わたくしなどの世代とはなにか確実に違うという、印象も持ちました。
その場での印象ですがわたくしなどはやはり生きるということについて、雑にというか直感的かつおおざっぱにかんがえていて、男はなんとか、という博徒的な思考が色濃くありました。
今の若者にはそういうところは微塵もないことを強く感じました。彼らの方が今いきることに集中してこだわるのだろうな、と思った次第。わたくしなどは、これが駄目ならあれが、という調子でいた。
生きる目標にしつこくなったのは随分年をとってからです。

ともあれ無事に終わりました。この年でも高校生とまだまだ交流できそうでう。
西京高校のホームぺーじにいったら、赤崎先生の講演会もあったことを知りました。また本庶先生の京都賞の記事も載っており、親しい先生がたおふたりも既に関わっていることを知りました。
スーパーグローバルハイスクールということのようですが、人材を作るには学術の世界では30年くらいかかるというわたくしの持論からすればこれからもこのような良き校風を長く維持してもらいたいです。

もう一枚沢山の高校生をお見せしましょう。

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# by yanagidamitsuhiro | 2016-11-12 16:14
2016年 11月 06日

講演会 人の老化度を反映するメタボライト

ツイッターのほうで申し上げましたが、東大の分子細胞生物学研究所で11月15日にセミナーをします。
演題は以下の通りです。会場は研究所B棟301号と聞いております。要旨もその下に貼りました。
学会のなかでしゃべることはあってもセミナーというかたちではたぶん長いこと東大構内ではやってないと思います。
ご興味があるかたは、どうぞ.
世話人の先生に公開なので出席はどなたもOKです、と聞いております。

演題:  人の老化度を反映する血液メタボライト
 Individual variability in human blood metabolites: Identification of age-related differences

老化は特定の名前のついた病気ではないが、本人や家族さらに社会的にも大きな課題である。老化は本人を見た目でも比較的容易に判断出来るし、身体能力などの測定でもかなり正確に評価できる。しかし、血液検査のようなchemical biologyの方法で老化度を測定することは思いの外に困難である。ヒト血液メタボロームは、ヒトの体の状態を低分子メタボライトを通じて、定量的、化学的、包括的に反映しており、遺伝的、エピジェネティック、生活習慣といった複合的な要素によって影響を受けている。そうした側面が個々人の老化度を測定する上で有用な情報を含んでいると考えられる。
我々は、京都大学病院老年科の近藤博士のグループと共に、人の老化に関わる血液メタボライトの研究を行ってきた。特徴的な研究手法として、試料の‘新鮮さ’に主眼をおき、全血(Blood)、血漿(Plasma)、血球画分(RBC)を迅速低温処置することで、高い再現性を実現した。高速液体クロマログラフ質量分析(LC-MS)を用いて、健康な若年者(29±4歳, 15名)と高齢者(81±7歳, 15名)の血液メタボローム(非ターゲット)解析を実施した結果、同定した126化合物について統計学的な手法によりそれらの個人差の度合い(CV)を明らかにし、高齢者において低下あるいは増加する代謝物として14化合物を見出した。それらは腎臓・肝臓機能や筋肉維持、酸化還元に関わる代謝物であった。

発表論文: Chaleckis et al., Individual variability in human blood metabolites identifies age-related differences.  PNAS 113(16):4252-4259.

幹事:膜蛋白質解析研究分野
主催:東京大学分子細胞生物学研究所
後援:公益財団法人応用微生物学・分子細胞生物学研究奨励会

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# by yanagidamitsuhiro | 2016-11-06 16:00
2016年 11月 01日

米国大統領選についての感想

11月に入りました。今月は米国の大統領選挙がある。
クリントン氏かトランプ氏か。常識的にはクリントン氏でしょうが、なかなか安全圏にはいらない。
土壇場でFBIがもう一度捜索を開始しているとのアナウンスもあり、投票予想はぎりぎりの差とか。

日本に限らず世界中の国々がどちらがなるかに相当な関心を持っているはずです。
わたくしはやはり米国初の女性大統領に強い抵抗感が米国の男性有権者にあるとおもっています。
クリントン氏は救国のヒロインとは決してみえません。
すでに夫と共にファーストレデイとして、ホワイトハウスに長年おりました。
その後現大統領の国務長官としても4年間もおり、十数年間にわたって米国政界のトップの人物であり、その間いろいろな出来事もあり、言葉は良くないですが、手垢が沢山ある方です。

新鮮さには乏しい。その方がこれから米国の命運を握るトップとして活躍する。うんざり感もあるし、女性の権力者への男性側からの恐怖心もあるにちがいありません。

しかし、ドイツ、英国もはや女性首相です。台湾にしても、ビルマにしてもいま危機にあるとはいえ韓国も女性トップ、世界の趨勢は女性の政治指導者をもつことに躊躇はありません。
そういうわけで、米国も結局僅差でもクリントン氏が当選と予想します。

それで世界のトレンドが確定する。今後は女性の後継者候補を持たない政治権力者の基盤が弱くなる時代がやってくるに違いありません。中国なんかもひどく男性優位的ですが、世界の大国としてそうもいかないでしょう。
わたくしは個人的にはクリントン氏が軍事的な問題をどうあつかうかに関心を抱いています。昔風な表現をするとタカ派かハト派なのかしりたいです。それからもうひとつ夫は完全に黒子としてやっていけるのだろうか、ということです。
トランプ氏が勝ったらみなさん困るでしょう。米国内政の混乱に基づいて、混沌の時代がやってくるに違いありません。
しばらくは米国人が自分の国の政治をどのようにするのか、見物します。

女性の政治トップ、そういう点、日本はひどく出遅れています。これからどうなるのか。まず東京都知事がおちついて行政に集中出来るような状況が生まれて欲しい。またハッキリとした味方がもうすこし増えるといいのですが。
彼女が穏当に成功すると、あとから続々と出てくるような期待感もあります。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-11-01 10:26
2016年 10月 12日

那覇大綱引き 見聞記

このあいだの日曜日、那覇祭りのメインイベントの大綱引きを見に行きました。沖縄に来だしてからもう12年も経つのに一度も見たことありません。ラボでは誰も話題にしないし、生粋のしまんちゅーもそれほどよくいわない。しかし、まあとりあえず見てなにかひと言言えるようになりたいということで、いきました。
結果はおもいのほかおもしろかった。しかし、つかれましたあ。どう疲れたのか、どうおもしろいのかそれは、以下の写真とビデオを見たあとで書きましょうか。
ここまで書いてわかったのですが、このブログは動画はどうも駄目みたいです。
追加記述ですが、ツイッターの方に動画を二つ載せました。

残念ながらいくつかのビデオお見せできないのです。
それでまずいえることは綱が世界一というだけ確かに凄い。40トンとか。
男綱と女綱あって、見せているのは男のほうです。

この綱には1万人が取り付いてひっぱれるとか。長くそしてものすごく重そうです。
動くのかという素朴な疑問がありますが、ゆっくりゆっくりです。横からみるので、巨大な綱がじわじわ動くのがわかります。参加者は皆興奮していますが、とくに米国人と思える人達はこういうのが大変好きのようで非常に興奮していました。

わたくしは、拡声器からくる音量があまりにも大きくて、これが原因で非常に疲れました。耳栓が必須です。うるさい音に弱い人は。
ビデオが見せられないのはほんと残念ですが、引き合いだして、勝負がつかず、えんえん続きます。

やるのが一万人周囲でみるのが8万人とか。
なんとなんとこれが40分くらい続くのです。驚きました。
最終的に西が優勢勝ちとか。

わたくしは30分の綱引き見物に疲れ果て、そもそも男綱と女綱をつなぐのに1時間以上もかかっており、始まる前にも周囲を歩いたので、2,3時間立ち続けて、すっかり疲れて帰途につきました。


読み返すとやたらに疲れるが反復しますが、臨場感があっていいような気がしてそのまま残しました。

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# by yanagidamitsuhiro | 2016-10-12 16:16
2016年 10月 02日

比良の山々のもたらすしあわせな季節感

ことしの7月、8月、9月の3ヶ月はなかなかきつかった。
内地にももどらずかなり長期間、沖縄でデスクワークも含めてハードワークの日々でした。

内地にまとまって戻った時は妻の個展でもあり、会場にいって色々な人達とお話し、慣れぬ客対応もあって。
沖縄ではかなりの頻度で朝、晩の食事は自分で作ってますから。週末ともなる一日3回の時も。
これも疲れの原因かも。
この3ヶ月、いろいろなものが体内と頭に溜まってくるのが分かりました。溜まるのは疲労、そして老化の原因、とよく理解できます。

そのうえ、論文のほうはどれも異なった意味でわたくしには難関のものばかりで、どんなに勉強しても分かった気になれないミトコンドリアとか。これが特別にきつかった。
幹細胞のモデル系と見なしているG0期からの脱出に関わる制御、この論文も紆余曲折を経て姿をあらわしだして。その点は幸せ。
さらにはコヒーシンとCut1の相互作用とか、共同研究の成果が果実化してます。この果実はどこまでいけるのか。
息抜きがほとんどとれないデスクワークの連続でした。
しかし、夏は終わったのに論文はまだなかなか終わったといえないので、正直つらいです。

でもこの週末比良のほうに行って風に吹かれただけでしたが、変わらぬ山々の季節の変化を味わったら元気がでました。

写真は比良の家から国道の道までの散歩道に咲いた彼岸花(曼珠沙華ともいいますね)、それに今年も沢山の収穫をもたらしてくれた栗です。琵琶湖西岸の風はいつもと同じに吹いて、秋の味覚もいつもとおなじ、同じことが幸せ感をもたらしてくれました。


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# by yanagidamitsuhiro | 2016-10-02 16:44
2016年 09月 16日

バナナ栽培余聞

バナナは年間一回、収穫するものとおもっていましたらそうではない。二回はいけるというのが今日のお話です。
8月のいつでしたか、ある日バナナを見ていましたら、てっぺんに他とは違う赤い葉っぱが見えます。じっと見ますと、どう見てもこれだけ異質です。

もしや、と胸騒ぎはしませんでしたが、でももしかしたらまたバナナができるのでは、と期待の念が。

この仮説は二日ほどで真実であることが判明しました。この赤い葉っぱは折れて紫みが強くおびてきました。この色は知っています。バナナを包む袋みたいなものです。
人によってはこのたとえ嫌がられそうですが、でもわたくしは心の中でバナナの妊娠と思いました。

あとは文章よりも写真を見てもらった方が分かり易いでしょう。
なんとそのうちもう一本のバナナがやはり紫色となった袋を持つようになり、その後ひやひやした台風の後に袋の葉も飛んでしまい、昨日あたりはこの二つのバナナの房(というのか)の立派な姿が見えるようになりました。

これから3ヶ月ひどい台風でも直撃がないかぎりすくすく大きくなるでしょう。なお肥料には折々に油かすを地上にまいているだけです。

なお今写真を見てみますと、順序が間違っています。
どうしてそうなったのか、よく分かりません。気をつけたつもりですが。

最近は愉快になる話題で書けることはほとんどないので、どうもバナナばかりをかいてすみません。

なお記事ランキングというところを見ると最近のもありますが、昔のわたくしがまだ京大の現役だった12年以上前のやいまの場所の創設時代の5年くらい前頃の記事が入ってますね。

ご愛顧ありがとうございます。


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# by yanagidamitsuhiro | 2016-09-16 08:38
2016年 08月 25日

伊江島の城山(タッチュウ、グスク)に登る

孫達といっしょに伊江島に行って、島の真ん中にある岩頭、通称タッチュウもしくはぐすくに登りました。
伊江島はこれで三度目じゃないかと思うのですが、前二回はこのシンボル的な場所にのぼりませんでした。そばまでいってちょっと眺めた感じ。

伊江島は離島ですが、でも市街地的な場所もあり、名護市の郊外に来たような錯覚をおぼえます。
船も大きくて沢山車も乗ります。時間も30分で本部港から着きます。

でもやはり離島感はしっかりあってなかなか捨てがたい味があります。
ただ、行政的にはイエソンというのですが、独立心が強いらしくて島のなかにある村立の場所などにはおらが村さ的な独善役所感があったりして閉口することもあります。

それでこの島のシンボルの登山ですが、わたくしはなぜか標高25メートルと完全に勘違いをしていました。軽い軽いすぐ昇れると。

ところが実際には170メートルの標高がありました。
大変暑い日で中腹にある土産物店よりもずっと下から登山道にはいって、本当の登りが始まった時にはもう疲れていました。
孫三人はスイスイ。
妻と娘の女性二人は疲れたとは言いません。
わたくしは途中でこれ最後までいけるかな、と不安に思うくらい急な階段が延々と続いて、参りました。
よく見ると妻はやはり疲れたらしくて、汗が目に入ってたいへんといっています。
わたくしは暑さにやられてやっとこ足が上がる感じ。
階段にあった鎖がなかったら途中で挫折したかもしれません。

でもそうはいっても標高差150メートルくらいですから、とうとう頂上に着きました。
眺めはすばらしく、海も山も、島の整然とした耕作地もすべてよく見えました。
これで大学からよく見える島にあるポチッとした尖塔が実体はなかなかのモノであることを体で実感、認識しました。
もっと涼しいときにきてまた昇りたいです。
その時はちゃんとトレーニングしてスイスイ頂上まで行きたいです。

帰りの港で島特産のラム酒を買いました。いけそうです。
ピーナッツは誰でも知っています。

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# by yanagidamitsuhiro | 2016-08-25 21:23
2016年 07月 26日

ある危機感

fund agencyとは研究費を研究者の申請に応えて審査して、目的にかない内容の優れたものの申請者にあたえる機関のことをいいます。我が国では大きなものは国もしくはそれに準ずるものです。米国や英国では民間財団の資金力が強くたとえばがん研究などは英国では民間の財団に著しく負っています。

わたくしが今日こんなタイトルで書こうと思い立ったのは、日本の生命科学関係の研究費はかなり危機的な状況にあり、だれかが意図的に引っ張っていないのに、ある方向にずんずん向かっている。大げさにいえば破滅的な状況かもしれないが、誰かが意図的にしてないがゆえに、批判すべき特定組織があるわけでもなく、研究者がまるで自発的にそういう方向に向かっているかのようで、それがわたくしの危機感を高くしているのです。

研究チームは育てることにより優れた成果を上げることができます。
若い研究者が一人で頑張ってやっていたことが周囲の評価をうけ、研究規模を大きくしてますます成果を上げる。日本はこの部分はまあうまくいっているのです。すこし辛口にいえば若手で目立つ成果を上げる人達がかなりすくないので、funding agencyもこのレベルの研究者を待ち望んでいるからです。
一つ目立った成果を上げると、5年くらいの研究費を得ることができます。うまくいけば次なるステップにいけるかもしれません。
次の段階は目立った研究成果を複数連続的にあげた研究者の段階でこのクラスは大学なら教授になれるはずです。研究費も年間3千万円とか5千万円以上になるでしょう。それぞれの分野で我が国の代表研究者になっているはずです。この層の研究者はいまの日本それほど多くないこともありだいたい手厚く対応される可能性が高いです。少なくとも研究費のラウンドを一回あたり5年として、10年くらいまでは。
このレベルで新顔のリーダーが沢山出て、切磋琢磨が起きることが望ましいに決まっています。
問題は、この層の研究をその後国はどのようにあつかうか確かな方針はどこにもないのです。
40代前半か半ばで高い研究能力と運営遂行能力に達した研究者はどのようになるのか、誰かからはっきりした意見を聞いたことがありません。ある程度の規模に達したラボが研究費を絶たれたらどうなるか、あまり想像したくありません。しかし、いまの日本そういうことが沢山起き出しているのです。
もしかしたら、ラボは見かけ続いているかもしれません。でもほんとうにやりたいことではなくて、研究費を獲得するため、さらにはラボに新顔の学生やポスドクを得るためにプロジェクトが言葉は悪いがねじ曲がるもしくは長い目でみればほとんど無意味な研究の方向に向かっているのかもしれません。
頑固にやりたいプロジェクトを出せばそれは研究費をもらえなくなる。人件費も払えなければ若手研究者家族もろとも放浪せざるを得なくなる。

現今の日本の研究の問題は、国を代表するような研究者たちが長期的な研究費を絶たれて、実質的にラボを閉鎖するかもしくはやってはいけない研究の方向に向かってなんとか延命を図るかの岐路に立たされているのです。
このようなエピソードは少数の研究者しか該当しないと思われる方々もいるでしょう。
しかし、ニュートンもダーウインもファラディーも一人しかいません二人も三人もいらないのです。
国の学問の水準は結局切磋琢磨の最後に残ったごくごく少数の人々によって評価が定まるのです。
ある水準以上に達した研究者たちは自由にやらせることが一番大切
。周囲は羽目を外しすぎたら止めるぐらいでいいのだとおもいます。

研究費を与えるfunding agencyの側は祈るような気持ちで研究費を各研究者に渡しているのでしょう。
有効に使われて素晴らしい成果が生まれることを。
そのお金でまさに無から有が生ずるような成果が生まれるかもしれないのです。
研究者の情熱が非常に高ければ、その可能性は高いのです。
非常に高い水準の研究が多数あって初めて世紀にひとりとかふたりの歴史上の科学者がうまれるのです。
わたくしはいつもそう思っています。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-07-26 10:49
2016年 07月 25日

妻の日本画個展、京都にて

バナナ、試食しました。びっくりするくらいおいしいです。やはり流通をへないのはおいしいのだとあらためて実感。

昨日日曜は京都寺町御池下がる鳩居堂の隣にある画廊カトー(2階)で妻の日本画個展の搬入と展示準備につきあいました。といっても、わたくしは見るだけです。妻の友人達が何人か駆けつけてきてくれました。

妻の日本画はもう20年たつのだそうですが、ほんとうの初心者から始まったのですし、絵のトレーニングなど皆無でしたからよくここまで来たと感心です。運良く学生時代の友人の紹介で大津市の絵画教室というのでしょうか、そのコスモスというグループに参加させてもらって、折々のグループ展に参加していました。ですから、今回の出品作30点の大半はそのグループで描き続けて来たのです。

毎年の私どもの年賀状は妻の作品の写真でした。誤解されている方もいたようでしたが、わたくしは絵を見ることは好きですが、まったく描きません。わたくしの父親はずっと洋画の静物等を描いていましたので、妻の個展をあの世で聞いたらびっくりするでしょう。

明日から、31日までの会期です(午前11時から午後6時、最終日は午後4時)。
見かけは外交的ですが、やはり専業主婦でしたから、かなり引っ込み思案です。
この一週間は家庭での妻が絵を描き続けてきたひとりの女性として皆さんの前に立つことになります。
妻にも得がたい体験になるでしょう。

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# by yanagidamitsuhiro | 2016-07-25 08:24
2016年 07月 19日

バナナ、ちょっと早いのですが収穫

まだ1週間はもしかしたら10日早いのですが、収穫しました。写真の順序一部誤っていますが、許していただいて。
これが初めての南方らしい植物からの収穫です。
一本(と呼ぶのか)ちょっと腐ったのがあってそれがすぐグスグスになって。
食べたらまあなんとかいけそうなので、いろいろスケジュールもあってカットして家の中に入れました。
さていつ頃たべられますか?
首を長くして待っている人達には宅急便で昨日送りました。


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# by yanagidamitsuhiro | 2016-07-19 08:51
2016年 07月 09日

草舟でたどる日本人のルーツ

東京の博物館にいる海部さんという研究者のかたたちが、南から沖縄にやってきた、古代人は草船に乗っていたのだろうと推測して実践航海をするという報道を見ました。
木の船を作るために必要な道具がまだ無い時代の航海なので、たぶん堅い貝殻を使って草をきったのではないか、という推論です。
なるほど草船とは、とテレビ番組でみて感心した記憶があります。
海部さん、わたくしの知っている天文学者の海部さんのご子息ではないかとなぜか思った記憶があります。学術会議で会ったことのある海部さんは元気良くはつらつとしゃべるのでご子息ならなるほど、とわたくしが勝手に思ったのかもしれません。

このあいだテレビでたまたまその草船が出ていました。これで台湾から沖縄まで漕いで来るというのです。いそいでパチリと携帯で写真に撮りました。ちゃんと草の舟でたどる日本人の“ルーツ”とたいへん正しく魅力的なタイトルが付いています。
たしか、7月になったらほんとうに漕ぐと聞いた記憶があるのですが、その後記事をみてません。
沖縄の地元紙を読んでないので。見落としがあるかもしれません。


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いまネットで検索したら、
今月12日、当時を想像して作った草の舟でおよそ75キロの航海に挑戦することになりました。

ということですから、三日後に挑戦するようです。台風の後の影響が余りないといいのですが。
成功を祈ります。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-07-09 18:06
2016年 07月 02日

石垣白保で古代人骨が発見される

石垣島の白保で古代の人々の骨が発見されたというニュース。期待どおりとはいえ、胸が高まります。
新空港の脇のすぐ傍にある、洞窟で何体でしょうか10体くらい見つかったというニュースでした。
やはり生活に関わる付随したものは何も見つからないということなので、埋葬地ではないか、という新聞記事でした。
わたくしはかつて、白保海岸に立ったときに、心が震えるような感覚を覚えました。
こここそ日本人の起源になるような人々が2万年か3万年前にたどり着いたのだろう、と。思い込みかもしれないが、しかし確信に近い感覚でした。
胸の鼓動と頭をかけめぐる感動の高まりが、とうとうわたくしが来るべき場所に来たという感覚を益々確かにしました。
人がひとりもない海岸であったことg感覚をますます確かなものにしたのかもしれません。

100年近く前に柳田国男は沖縄が最古日本人が住んだのではないかとおもい短期住んだこともあり、しかも弟子に遺跡に米の化石がないか確かめるように言いつけていました。

2012年に初めてわたくしが石垣を訪ねた時にこのブログで、以下のように書いています。

昨日で唯一残念なことは、珊瑚で有名な白保の里付近で見たいものは全部見たのに、柳田国男氏の歌碑を見つけられなかったことです。何を彼は歌ったのでしょうか。

そうなのです。歌碑を妻と一緒に随分探したのですが見つかりませんでした。
今回の人骨は空港のそば、島の内陸側ですが、今後発掘がすすめば驚くような発見があるに違いありません。
長期間の保存が可能となった沖縄の地質環境に感謝。
私の古代沖縄人の探索は港川から始まったのですが、最近は興味を持つ人もどんどん増えているようです。
日本と沖縄の未来にとって素晴らしいことです。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-07-02 21:39