2014年 08月 28日

危険なヨーロッパ

明日からフランスへの旅行週となります。ことしはスイス、英国、それにフランスと欧州への旅行ばかりで英国もふくめた欧州のことを考えることが多かったでした。
感慨としてはEUができたときにこれでヨーロッパはより平和な方向にむかうなどと安易にかんがえていたものでしたがどうもそれは完全な誤りだったと言わざるをえません。
なぜか世界での深刻な争乱、戦争などは欧州がらみが多いのです。ウクライナは内乱というか熱い戦争状態といっても過言でないでしょう。ロシアが仕掛けたという意見もあるのでしょうが、世界の歴史を冷静にみればロシアを攻めて沢山のロシア人を死なせたのはヨーロッパのナポレオンやヒトラーでした。もちろんロシアが東欧国家に多大な災厄をもたらしたことも事実ですが。
イスラエルはヨーロッパの一部でしょうか、それともアジアか。まさに境界にある国ですが、だからこそというかパレスチナとの争いはやはり欧州とこの場合はアラブとの境界でおきている訳です。このあいだ、米国人を殺害したイスラム国の戦士はきついロンドンなまりの英国人のようです。アラブのジハード戦士には欧州出身者が増えていると聞きます。
ヨーロッパはある意味世界でもっとも成熟した国家群のあつまりなのに、いま地球上でおきている熱い戦争状態の地域はその内部か境界が多い訳です。つまりグローバル化がもっとも(平和的に)進んだはずの地域が戦争に関してはもっとも危険な地域なっているのです。
どうしてそうなのか、宗教の対立はもちろんでしょうが、それよりもグローバル化がいやがおうもなく進行した結果、文化や経済の違いを背景にした人々の争いはのっぴきならないものになりつつあるようにも見えます。
人々が戦争をしなくなるのはあまりにも沢山の人々が死んだからだ、とはよく欧州の人たちから聞く言葉です。その点、アジアではまだまだ戦争が起きるとは彼らの予言だったのですが、2014年という遙かに進んだ時代になってもヨーロッパが戦乱の源になっているというのは本当に驚きです。
いまのEUはあまりにも問題が多くて、本来なら人道的にただちに取りかからないような南北問題でも放置されているものが多いとも聞きます。
さてフランスパリに一週間過ごしたらそんな意見が変わるのかそれともどうなのか。

# by yanagidamitsuhiro | 2014-08-28 13:44
2014年 08月 13日

博士号資格者の共通理解が実質的にも制度的にもないこと

忘れないうちに、前回投稿分に付加したかったことを書いておきます。

それは博士とはDoctor of Philosophy, Philosophical doctor、略してPhDと言われますが、日本ではこれとの関係がしっくりしないのです。
日本の博士号取得者で自分はこの元の外国語の意味する学位取得者だという人たちが少ないことは特徴かもしれません。
理学博士、医学博士、農学博士、薬学博士、文学博士、法学博士、経済学博士のように細かく指定されています。学術博士というのも有ります。
本来の博士はなんでも対象にして論じる、つまり古い時代の哲学者のような人物だったのでしょう。日本では苦心してこれに博士と名づけました。国語辞典を見ますと、博とは、範囲が広い。広く及ぶ。「博愛」「博雅」「博学」「博識」「博文」「博聞」「博覧」「該博」「広博」と。博学とか博識とか。なんにでも考え意見を述べることができる。スペシャリストの反対みたいな人たちですね。
ところが学問が細分化してしまって、日本では博士とはスペシャリストと思う人たちがおおいです。大学でも多くなったのでしょうか。
しかし大きな総合大学で歴史の古い大学ではいまでも博識とかの博を強調するものです。日本でもわたくしが学位をいただいた頃にはまだまだそういう雰囲気が色濃くありました。
本来からすれば、博士には何々学というものは必要なく、単に博士でよい。
外国のPhDはおおむねこちらで、精神は博く学問に接して一定のある水準に到達した人たちに博士号を与えるこういう学校制度なのですね。ですから、PhDはとったときは学問の世界では言葉は悪いがチンピラです。もっと偉い、博士に大を付けたくなるような人たちに文学博士とか学問領域を付けたりする国は結構あります。
日本では理学博士は大学院卒業者で一定の資格を満たせば博士とする、つまり学者としての運転許可証を与える、これでまとまったのですが。
あいにく文学部などは絶対駄目、とかで40歳や50歳にならないと博士がとれない時代が長かったでした。つまり大博士ですね。医学博士には随分むかしはいかがわしい話があったのですが、ある時期から厳しくなったら医学でPhDをとろうとする殊勝な若者は生存が極めて困難になりました。
つまり日本は博士取得についての一定の理解がないのですね。
わたくしは理学畑なので運転許可証で十分と思っているのですが、それも一定の理解がないみたいです。
どうしたらいいのか、日本の特殊事情を言い立てるのはすっぱりあきらめたらいいと思うのです。
日本語の学位論文を書くのは許すとしても、公表論文はすべて英語であり、かつ口頭の学位論文発表も英語でおこなうこと、それに博士はすべて一種博士でまとめるまずこのあたりからやらないと、日本の博士大学院は世界の中でのランクはなかなか上昇しないでしょう。
前回かいたことと合わせれば、大問題の一つに博士号の資格者の共通理解が実質的にも制度的にも日本ではごく漠然としていることでしょうか。


# by yanagidamitsuhiro | 2014-08-13 07:05
2014年 08月 11日

日本の博士取得者の大問題についての意見

5月31日のブログに日本でのポスドク問題を論じました。
そこで書いた意見に変化はないのですが、日本の現状はたいへんたいへんに二度繰り返したくなるくらい深刻だと思っています。
twitterで書いていても、若手らしい人たちのレスポンスにしても今のボス先生達にしても、関心は非常にあるみたいです。でもあまり問題の本質を理解していない(失礼!)かたがたが多いのではないか、と感じざるを得ません。
どうしたらいいのか、誰もが納得する答えは持っていませんが、一つあるので、それを下に書きます。
この問題、すべての研究者がそれぞれの立場で胸に手をあててよく考える必要があると思うのです。現今の日本人研究者(生命科学はすくなくとも)の最大の課題かもしれません。

学位取得者を沢山輩出することは、世界的観点からは本当は大いに貢献している(はずな)のだと思います。ただし、日本の博士取得者が世界に出て行って引っ張りだこになるだろうという、前提の元にです。
考えてください。博士取得者は世界中で通用する数少ない資格です。医師の免許は国内向けだということを考えればすぐわかります。ですから、博士取得者を多数作るというのは世界に向けて作るという姿勢がないといけなかったのです(さすがに文科省もそういう気持ちはあまりなかったでしょう)。わたくしも自分のラボの出身者に国外にでたら日本に戻ろうと決して思うな、そして向こうの連中との社交に最大の努力を払え、などといって海外に送り出しましたが本当は申し訳ないといつも思っていました。そう思ってはいけないのでした。当たり前と思うべきでした。

現実は日本の研究者は海外に行きたがらないし、行っても生涯ではなく、いっときのつもりなのですね。
なぜか日本人研究者はやはり多くは故国に帰りたいと思っているのです。英語もうまくならないし、社交もさっぱり上達しないという人たちが多いのです。
なぜそうなのか。まず、ここから変えないといけないのでしょうね。
沖縄での感想は書きたいのですが、諸般の事情で、残念ながらできません。

ですから、あくまでも一般論としてですが、日本の学位取得者は海外で人生の大半を過ごしたいという若者を優先すべきなのです。それで質があがるのか下がるのかわかりませんが、そうしないと駄目だと思います。
博士取得者の大半はその価値が海外で理解される、役に立つ、ですから、相当期間海外ですごすことをつよくencourageもしくは義務化したらどうか。そういう義務化が付随した大きな博士号枠を作ってもいいでしょう。そういう枠のひとには奨学金の返還免除にするとか。10年とか15年くらいは海外での勤務をすればいいとか。
そうすれば、日本の博士取得を志す若者達の雰囲気はがらりと変わるでしょう。いわゆるタイプががらっと変わるでしょう。
そもそも大学院学生たちの大学院でのみずからのトレーニングに対する、考えや感受性も大きく変わるでしょう。英語もうまくならない、外国生活に順応もできないようでは駄目ですから、そこから始めないと駄目です。
とりあえず、今日はこの一点に絞って書いてみました。
日本がPhD取得者達のの海外への大きな輸出国になることを夢見ています。上の二点を何とかすれば世界最大の輸出国になるのもあながち夢ではないです。スイスなどは完全にそうなのですが、あまり知られていないですね。日本人は、人柄的に尊大でもなくエリート的でもなくずるくもないし、世界から愛される博士研究者達の輩出国なるでしょう。
いま、ドラスティックな実行案を始めないと日本の生命科学はホントに沈没してしまいます。
後になって、あの当時の指導層に責任が有ると言っても、その時は世代責任みたいなものですから責めたい人たちはみな学問の世界から消えているでしょうし。


# by yanagidamitsuhiro | 2014-08-11 16:28
2014年 08月 10日

空港談義

リニア新幹線駅が京都に来そうもないので京都市は焦っているとかいう記事を見ました。奈良に新駅ができるとかでそれ自体はいいことではないでしょうか。奈良のよさはまだ世界に十分に知られていないでしょう。
京都の良さはもう十分知られているので大丈夫。東京や大阪のようになる必要はまったくなく、観光はこれからは長期滞在型の海外旅行者を増やせばいいのでは。産業的にはリニア新幹線がなくてもあまり痛くないのでは。
わたくしはなんとか空港考えてもらいたいです。古都の専用玄関に飛行場があればとはよく考えます。最近関空が京都からはますます不便になってうんざりすることが多いです。

沖縄のほうも中部、北部にもう一つ空港があればとはよく感じます。名護はかなり交通渋滞のあるところで時間がかかるところです。本当は嘉手納が返還されれば島の中央にあるので地理的にベストな飛行場になるのでしょうが。これからますます日本中どこも飛行場は必要になるでしょう。航空運賃はなぜだか知りませんがどんどん安くなっています。空港をつくり維持するための費用ですが、わたくしは十分ペイすると思っています。
神戸の空港も無駄とか言われていますが、わたくしはかなり重宝しています。国内線なら関空よりも便利だと思っています。三宮一番困るのは新神戸から一駅気持ちが暗くなる地下鉄に乗る必要があることです。なんでもう一駅新交通システムを伸ばせないのかな。
地方空港もかつては農道飛行場とかさんざん言われていましたが、そういう空港にいくとなんともいない利便性とゆったり感があって好きな空港が多いです。
これからの地方の象徴は空港と格安便のLCCでしょう。それが日本の将来の地力になるのでは。
暇があれば日本中の小空港を訪問してみたいです。



# by yanagidamitsuhiro | 2014-08-10 17:23
2014年 08月 01日

津堅島への家族旅行、R君の学位の公聴会

8月1日になりました。先月は忙しかったでした。いろんなことがありましたが、津堅島に一泊旅行をしたことはぜひ書き留めておきたいです。今年の1月19日に訪問記を記していますが、今回は娘家族、孫三人と一緒に行きました。今週の月、火です。
たいへん楽しかったですが、一方で自分の老いも痛感しました。
珊瑚のあるところでシュノーケリングなるものを初めて、何の予備的インストラクションもなしに船で連れて行かれて、やったのですがやはり慣れてないので小4の子供にもぜんぜんついて行けなくて往生しました。
でも見える魚たちはまことに豪華で竜宮城に行ったような感じがしました。
津堅島は海水浴用の海岸から5メートルもいったところでも、たくさんのそこそこの大きさの魚が大量に泳ぎ回るようなところです。
水の透明度はすごいですし、手つかずの海の自然が残っています。
でも小さい島なので。宿泊がいまのようにごく簡素で若い人には人気が出ないといいのだけれども、などとついつい思ってしまいました。
また行きたいです。

昨日は、リトアニアから来ていたR君の博士学位の公聴会が京大の生命科学でありました。
手に汗を握るような緊張感なしのそこそこの安心感で聞けました。
日本に来た最初の頃はわたくしに随分叱られましたが、この一年間特に去年の晩秋の頃から顕著に成長してきたようです。やはり若者はいいですね。めざましい成長を実感できるので。
最近の日本の若者にはない、突然変化といってもいいような成長ぶりでした。
全身の隅々にまで知的な栄養が行き渡って、まさに心技体三拍子が一挙に成長するのか、というような感が彼の場合にはありました。
とはいえ、しかしまだまだこれからの段階です。


# by yanagidamitsuhiro | 2014-08-01 11:36
2014年 07月 18日

棒蘭のこと

棒蘭ぼうらんという花が咲いてないときには緑の棒状が何本もみえるだけでサボテンかなとおもってしまいます。
今の借家もう3年もすんでいますが一度も咲いたことがありませんでした。
頭のどっかに花が咲かないけれど命を長らえている植物という程度の認識でした。
ただ知っている方がこれは咲いたらきれいですよ、ぼうらんです、いつか咲くといいですねとはいわれてました。
昨年、気を変えて、鉢に入れてみました。というか挿してみました。
そんな風にすると花は咲きませんよ。
そもそも木に取り付いたりするものですから。
といわれましたがほっておいたらなんと花が咲き出しました。

最初のは数週間前、二つ目が帰国して沖縄に戻ってみたら玄関先においてあるところでしっかり咲いていました。写真を撮ってみました。ネットではあまりたくさんでていません。
花だけ見たら、間違いなく蘭です。
とてもきれいな花です。こんな棒みたいな植物にこんなきれいな花を作る能力があるとは。
昔からいわれる造化の妙なのでしょうか。





# by yanagidamitsuhiro | 2014-07-18 00:18
2014年 07月 13日

ワールドカップ決勝戦

ぜんぜん違う話題ですが、ブラジルは3位決定戦にも負けてしまいました。
これでアルゼンチンの決勝戦での結果如何ですが、もしもドイツに負けてしまうと大変だと言うことは分かります。南米サッカーに対する信仰のような気持ちはどこかに消えてしまうかもしれません。
ワールドカップの舞台でアルゼンチンまで無様な負け方をするとちょっとしばらくは南米サッカーは大きな顔が出来なくなります。
日本のようにミーハーで右にも左にもなびく国柄からいえば、バランスをとって欲しいですが、でもみながメッシの真似をしたらまずいとも思います。
決勝戦見る前から悩ましいのですが、わたくしは帰国後にみられるのかどうかたぶん時差ボケを利用してしっかり見られるものと期待しています。

# by yanagidamitsuhiro | 2014-07-13 16:52
2014年 07月 13日

LMB(分子生物学研究所)50周年

しばらくブログを書く期間があいてしまいました。
ここのところ忙しかったことが原因とはいえちょっと間が長すぎました。この間別に病気もせず機嫌よく日々を送っていたのですが。
いま英国ケンブリッジのあるカレッジの部屋で書いています。
LMBの50周年行事に来てたいへん良かったとおもいました。この前のジュネーブでの50周年とはまた違った意味で自分を見直すいい機会でした。
これでLMBにくることは二度と無いような気がしますが、それでもこのあたらしい機軸の研究所を作って、これからどうなるのか関心を持っただけでもいいでしょう。ただこれがどうなるのか見届けるのはわたくしの年齢では難しいとおもいます。それでも若い人達は沢山いるので期待しましょう。アジアからはほとんど中国系の名前ばかりで日本人はこの研究所でも学生ポスドク層では薄いようでした。
わたくしの見立てではバイテク関係でさらにいっそうの発展があるとおもいました。
免疫抗体系での実績をさらに一段と拡げるものと見ます。
優れたところは基礎も応用もなく興味ある仕事をどんどん展開していて感心します。
このちょっと変な建物もそういう風にみるとぴったりはまっているようにも見えます。




# by yanagidamitsuhiro | 2014-07-13 16:41
2014年 06月 26日

今回のスイス旅行で感じたこと

色々と成果のあったスイス旅行でした。
物価は正直高いし町の治安も段々悪くなりましたが、田舎にいけばのんびり感清潔感安心感は高くて昔とあまりかわりませんでした。
研究面ではどこもグローバル化に強く影響されて、我が道を行くという強い個性の研究者は駆逐されている感はあります。でも進みそうな分野は進んでいるし、研究が沈滞するような気配はありません。また常識が働いているようで、突拍子もないような重点化とか研究費のアンバランスが起きているとも思えません。
ただ全体的に常識的な研究方向が増えているな、という実感をもちました。
しかしながら個人的には非常に稔りのある旅行でした。
会うべき人たちにあって知りたいことが知ることができて、時間をかけつつ協力は共同研究ができそうになりました。
ですから見かけはかわっても従来型のアプローチで人脈を辿ればいいというある意味安心できる結果となりました。

またスイスの喫煙事情についてちょっと面白い記事を見つけました。
下にコピペしておきます。
道理で歩きながらの喫煙者がジュネーブで非常に多かったでした。
女性が非常に多いのでこれはなぜだろうといぶかしく思っていました。

スイス 2012年9月25日(火)
スイス、国民投票で屋内全面禁煙を否決[社会]

スイスで23日に行われた国民投票(レファレンダム)で、レストランなど屋内の公共の場における喫煙を全面的に禁止する案が否決された。BBC電子版などが伝えた。
スイスではレストランにおける喫煙を禁止しているが、各州に「例外措置」を認める権限を与えている。実際、屋内における禁煙を推進しているのはフランス語を公用語とする地域を中心とする8州に限られており、残り18州は事実上、喫煙を容認している。今回の投票は、国民の健康推進を目指すスイス・ラング・リーグが提出した禁煙措置を厳格化すべきとの発議(イニシアチブ)を受けたもので、中道左派政党なども支持を表明していたが、賛成票が反対票を上回ったのはジュネーブ州のみにとどまり、同案は否決された。
現地紙によると一部の州では7割近くが反対に回ったほか、ジュネーブ州でも賛成52%に対して反対48%と僅差だった。喫煙コーナーの設置など全面禁煙の実施に伴う飲食・ホテル業界の負担拡大への懸念が、受動喫煙を憂慮する声を上回る格好となった。

# by yanagidamitsuhiro | 2014-06-26 15:21
2014年 06月 17日

痛風予備軍の主因は

朝日新聞にこのような見出しの大岩記者の記事をよんでなるほどね、と思ったので印象等書いてみます。
痛風は腫れて痛いので有名ですが、尿酸の結晶が血管にできると教科書には書いてあります。
痛風になる予備軍は血液中の尿酸値がたかい、高尿酸血症というのだそうです。防衛医大の松尾医師達の研究によると、高尿酸血症だった約千人のうち29%は遺伝子の変異が主な原因で、肥満(19%)や大量飲酒(15%)よりも影響が大きかったという結果なのだそうです。
遺伝子変異があったのは「ABCG2」という遺伝子で、変異があると尿酸を体の外へ出す量が通常より25~75%減るのだそうです。
わたくしはこの部分が興味深く思えました。

つまり尿酸が体内に溜まりやすくなる遺伝的素質になるのですが。そもそも尿酸のことを我々の体は無駄なものとは扱ってないようなのです。
むしろ、もったいない、ということで何度も何度も尿にでないように再吸収しているらしい。
じつは再吸収は我々のからだがかなり熱心にやることです。
いっときはやった、もったいないです。
なんで尿酸みたいなものがもったいないのか。
論文などによると、尿酸は体内で抗酸化作用があるというのです。
有毒な酸化ストレス物を減少させる作用があると。
見方をかえると、もったいない作用の体質を持ちすぎると、痛風になりやすいとも言えます。
この遺伝的素因の人達はその尿酸を外へ排出する作用が弱くなってしまったと言うことららしいです。この場合は、排出作用が弱まると、痛風になりやすい。
酸化ストレスによって早く老化するか、それとも少しでも老化を遅らせるのだけれども痛風になりやすい。
まあ、人生はこんなものかもしれないという教訓を得ることも可能かもしれません。

# by yanagidamitsuhiro | 2014-06-17 13:48
2014年 06月 13日

神戸CDB、どこへ行く?

今朝はワールドカップ初戦、ブラジルークロアチア戦を見ながら、iPadで朝日新聞の紙面版をみました。
ブラジルは3−1でクロアチアに快勝、個々にはかなりの接戦でしたが終わってみれば完勝でした。ネイマールガ2得点ですから開催地のブラジル国民には気持ちが最高に良い一勝でしょう。

いっぽう神戸のCDBですが、極めて厳しい外部委員会の意見がでました。小保方氏にはもっとも厳しい処分をするように、そしてCDB本体には解体しなさい、なるべく今年中に、との勧告。そして内部運営に対して秘密性が高く、きわめてずさんと言う批判が突きつけられました。

CDBの即時解体ともとれますから、腰が抜けるくらいおどろくくらいの反応だとCDBにはまだまだ見込みがあるとおもうのですが。
冷静に受けとめられるのなら、外部改革委員会の批判が当たっているのか、と思ってしまいます。
わたくしも小保方氏の研究への箝口令とか聞きますと、それは非常にまずいとおもいました。
でもいまや最近の研究機関、国の大型経費を受け入れているところはどこも秘密、秘密、ではないですか。基本が秘密になればろくなことはない、常識です。たぶん、小保方論文は常軌を逸した秘密性があったのかもしれません。それに論文発表時の報道との会見でいまからみれば笹井氏の「暴走」ともとれるいくつかの発言があった。これが氏にとっても最大の失策であり、CDBにとっても一事が万事、その後厳しい批判の眼で見られる端緒となったのでした。
これで一般でも研究発表の馬鹿騒ぎがなくなって静かで良くなるとは思います。
ただ今回、内部への厳しい眼がそそがれ外部から、解体をつきつけられた、CDBの今後はどうなるかです。

ともあれ、外部の委員はCDBとはこれまで関係が無かった人達ですから、そういう人達が内部の状況を理解したうえでの批判ですから、わたくしとしては素直にその批判は内部をしれば同様な感想を持つものだろうと想像したいです。
そうでないのなら、CDB関係者は部分的にでも全面的にでもただちに反論をすればいいでしょう。

委員の構成をみると、委員長のかたは工学部の生産系のひとらしい。研究管理職を長年やっておられるベテランのようです。委員の中では、塩見東大教授は名前は知っています。このかたがCDBの研究内容を一番よく理解出来る立場なのでしょうか。理研本体には漠然とした批判は書いてあるようですが、具体的な個々の人々への批判は書かれていないとかなです。CDBには自立性が高く、和光本体は口を出せなかったという感じです。本当でしょうか。
これから先、CDBはどう対応するのか、注視したいです。CDBよ、どこへ行くです。
応援したいですが、どこへ行こうとするのか分からなければ応援のしようもない。

CDBはたしかCenter for Developmental Biologyとか思っていましたが、最近の報道では、理研再生センターというのが多くなってきました。これも世の流れなのか。でも日本がこの世界の潮流でガラパゴス化する可能性は相当あると聞きます。要注意です。




# by yanagidamitsuhiro | 2014-06-13 08:06
2014年 06月 10日

NHK報道 世界最高齢 男性は埼玉の111歳・百井さん

タイミング良く、以下のようなニュース6月10日 5時00分を見ました。
男女とも日本人が世界最高年齢だそうです。以下にそのままだします。

男性の世界最高齢とされていた111歳のアメリカ在住の男性が8日、亡くなり、長寿について研究しているアメリカの団体によりますと、この男性より1日遅く生まれた、埼玉県さいたま市の百井盛さんが、男性の世界最高齢になります。

ギネス世界記録などによりますと、男性の世界最高齢に認定されていたアレクサンダー・イミックさん、111歳が8日朝、ニューヨークの高齢者施設で亡くなったということです。
長寿について研究している、アメリカの「老年学研究グループ」によりますと、イミックさんが亡くなったことで、男性の世界最高齢はイミックさんより1日遅い、明治36年2月5日に生まれた、さいたま市の111歳、百井盛さんになります。
百井さんは福島県出身の元教員で、埼玉県に移り住んだあとも高校の校長を務めるなどし、その功績が認められて、瑞宝小綬章を受章しています。
去年9月に、さいたま市の清水市長が国内の男性最高齢を祝うため、療養先である都内の病院を訪問した際、百井さんは「大変、名誉なことです。体に格別悪いところもありません」と話していました。
ギネス世界記録は、百井さんが男性の世界最高齢になるかどうか確認作業を進めています。
男女を合わせた世界最高齢は、大阪市の116歳、大川ミサヲさんで、百井さんが男性の世界最高齢に認定されれば、男女それぞれの世界最高齢が日本人となります。

ということでした。
日本国の最高の誇りというふうに政治家や医師がおもうかどうか、そのあたりじっと見てみたいです。
ニュースの素が海外からということからも、日本の報道もこういうことにはほとんど関心がなく、ああそうか、という事なのでしょう。
世界最高齢ですよ。女性も男性も。本当にすごい国にわたくしたちは住んでいるとおもいます。

世界2位から10位くらいまでみんな日本人になるような国づくりをしてはいけないのかな?



# by yanagidamitsuhiro | 2014-06-10 05:29
2014年 06月 09日

あれっ? 高齢者医療ユニットってなんですか

きょうは京大病院で定期の診断を受けました。なにも変化なしだったのですが、変化があったのが診察をうける診療科で、新しい紙がついてきて、そこには高齢者医療ユニットとあります。老年科は無くなったようです。
受付のひとに京大病院であとユニットという名前のついた診療科って他にありますか?と聞くと、首をかしげてないですねえ、との返事。
なんかこれ変な名前です。
医師サイドの意見の診療科で、患者側からの診療科の名前ではあきらかにない。
老年科も高齢者医療も同じだろうと言われるかもしれませんが、患者側からみたら下に聞いたことのないユニットというのがついてこれが京大病院で唯一と聞くとますます不審の念がもちあがります。
医療ユニット、なんか研究組織みたいですね。医師がチームでも作るんですか?と受けつけにしつこく聞いても、さあ、という返事。
たぶん病院の上の方のひとが患者目線をすっかりわすれて医師の自己満足につけたのでしょう。
老年医療はこれから非常に大事なのに、実質性のない、身の入らないユニットをつくっても患者は嫌がって来なくなるかも。案外それがねらいかも。どうも老年医療は京大はやりたくないらしい。
患者の半分が老年層だから、京大病院そのものが老年病院だとうそぶく偉いさんもいるのかもしれません。
そんなんで、人間の老化なんて絶対わかりませんよ、いわんや老年医療は駄目になるでしょう。

これは後でばちが当たります。
なおわたくしの主治医はなにもかわりません、いつもと同じように始まって終わりました。ですから診療科の内部、部屋の中は老年科の雰囲気でした。この点は安心しました。
どんな風に高齢者医療ユニットになるのか、折々に報告しましょう。


# by yanagidamitsuhiro | 2014-06-09 20:56
2014年 06月 07日

研究への意慾

このブログでときおりわたくしがぼやいているのは研究が忙しすぎるというか、働きすぎというか、そちらのほうの生活がかなりきついのです。
それでどうも研究そのものを最近書かなくなりました。
ブログのほうは生活のなかで息抜き時間になってしまいました。
この理研スタップ事件などもそういう面があるのです。正直。
だから、いいかげんとか無責任とかじゃないのですが。
研究そのもののほうは義務的な仕事も多くて、なかなか息抜きの時間がとりにくいのです。
というかほとんどとれません。
これはちょっとわたくしの人生では大誤算というべきかもしれません。こういうはずではなかったと感じる事が最近多いです。
とはいえ、研究意慾は自分でおどろくばかりに高いので、まあいいか、しょうがないか、こんな風に感じています。
新知見も次々に得られて応接していくだけでも大変です。

もうこの年なので、研究のことで、自分に嘘をつくことはまったくできません。自分を誤魔化すこともできない、このあたり本当はちょっとつらいのですが、しかたありません。

6月は後半にスイスにいきます。旧友達にあえるので楽しみです。
7月には英国に行きます。
8月末から9月にかけてパリに行きます。
晩秋には台北に行きます。
これだけいろんな話を聞き、そして講演旅行をすれば自分のいまの研究の立ち位置について自分なりの結論がおろせるでしょう。
なんか自分が40代になった頃と似ているとおもっているのですが、これは自分だけの感覚かもしれません。

# by yanagidamitsuhiro | 2014-06-07 21:56
2014年 05月 31日

どうなる博士取得者

わかい研究者たちはこれからどうなっちゃうのでしょうか?よく話題になるし、またよく聞かれる質問です。
わたくしは生物系というか生命科学系の人間なので物理や化学などの若い研究者の将来は日本でどうなっているのかわかりません。
生命系ではあまりかんばしい将来を考えるのは正直難しいでしょう。
研究者はだれだって好きこのんで苛烈な競争におかれるような環境を好むはずがありません。
だれもが落ち着いてやりたい研究をしたいと願うものです。それが3年、よくても5年で職が無くなり、次がみつかるかどうか分からなかったら不安だし毎日が楽しいはずがありません。
そういう分野にどうしても行きたいと願う若者が減るのは当然でしょう。

いったいなぜどうしてこのようなトレンド(流れ)の研究社会環境になったのでしょうか。誰かが意図して計画したわけでなくせいぜい「健全な競争のもとにおける生命科学の発展」を企図して研究者つまり学位取得者を増やす行政計画が立てられたわけです。
そのこと自体悪いはずがありません。
ただ、分からなかったのは日本社会全体として博士取得者を喜んで職場の中に入れようとする部分がほとんど増えなかったという経過というか結果により職にあぶれてしまった博士取得者が増えてしまったわけです。
どれぐらいあぶれているのか、正確な数は知りません。でも一人となれば弱いですから、声をあげることもなく静かに消えていったのかもしれません。しかしそれほどひどい統計数は実は出て来ないのかもしれません。みかけ就職率は悪くないかもしれません。
しかし満足しているかどうか、聞けば大多数のポスドクはかなり不満な環境にいると感じてるのでしょう。わたくしはそう感じています。
これがそうなら、とてもつらく感じる事実です。
先が明るくない、現状も楽しくない状況が30代半ばでもつづき、それが40代半ばになっても延々続いていたら、どう感じるでしょう。国家としても沢山の予算を使い、博士号取得者という貴重な人材を作ったはずなのに、まったくもったいないし、行政的失敗ともなります。
わたくしはいまや博士号所得者の一斉調査をするべきでし、しなければいけないと思うのです。
行政的に予算をだして、対面インタビューを含めしっかりした大規模な調査をするべきだとおもうのです。もしかしたら、もうしているのかもしれません。ただ学会などでなく、政府機関のようにより社会的要請を強く感じる行政機構にしっかり調査してもらいたいのです。
調査の結果もしっかり公表してほしい。
公表される内容を知ることが、これからの科学教育の行政の基礎となるに違いありません。

医学教育の結果である医師については社会的関心も高く、また医師達がつねに多数の一般国民と日常的に接しているのでとても分かりやすい。
しかし博士取得者は学校、大学、大学院、さらにポスドクと10代後半から30才まで長期にわたって学究的な生活をおくっていますが、時が経つにつれ、社会との接点が低くなっている傾向もあり,あまり社会に知られてない人々とも言えます。
まだ若いうちにぜひ社会にとって有為な職業人になれるような再トレーニングを行うことも含めて考えねばならない状況になっていると思います。
ひと言でいって、本人にとっても社会にとっても無為な生活をいつまでも続けるべきではないのです。

# by yanagidamitsuhiro | 2014-05-31 18:26
2014年 05月 19日

わたくしの前歯

このあいだの下関での写真、嬉しそうなのはいいのですが、前歯が随分すけてますね。
一本歯が抜けたのではありません。子どもの頃から空いているのです。
ただ加齢ですこし拡がってるような気がします。
すきっ歯と子どもの頃にからかわれたり馬鹿にされましたが、生活には困りません。
食事もおいしく食べられます。
自分では平素忘れています。
このあいだ歯の治療をしたら、まだ歯が27本あるとのこと。
すごいもんです。信じられません。
さらに乳歯が一本、永久歯の下に隠れているのです。
X線撮らないと分かりませんが。
永久歯に生え替わることはまさかないでしょうね。

それにこのすきっ歯は死ぬまでこのままなのでしょうか。
歯を診てくれた方はどちらかが先に駄目になるかもと。
理由は下の歯とぶつかって段々弱くなってしまうかもと。

火事で焼死体になっても家族はすぐ分かるからいいこともあるとはおもっていましたが、いつかは抜けてしまうのかとおもうと、強い愛着がわきます。

# by yanagidamitsuhiro | 2014-05-19 10:51
2014年 05月 18日

捏造者の素顔

わたくしは数人ですが、いわゆる研究不正をした人たちを知っています。同一のラボではなかったのですが、でも折々に会って自分では親しい友人かもしくは学会での長年の仲間、そんな風に思っていました。もっと浅いつきあいの人たちもいました。
そうじて感じのよい人たちで周りのひとびともおおむねそう思っていたにちがいありません。
研究者としてはそれなりに目立っており、もしくはその分野では国内的には著名だったといってもいいでしょう。
なかには感じのあまり良くない人たちもいました。特にある人の場合には論文を読んだ瞬間からいやだな、と思いました。データがきれいすぎて、自然なデータの感じがしない。しかもどこかで聞いたストリー、なんと自分たちの作ってきたストリーによく似ているじゃないか、でもホントかな。そういう感じです。この場合は研究不正と確立してませんから、これ以上は書きにくいのですが。でも多くの研究者が自分の研究に極めて近いと、なんだか変だぞと思いだす論文はおりおりにあるものです。疑念はそこまで止まりの場合もあるし、学会であって話をしようとすると、避けられたりして,釈然としないことはあるものです。でも大半は疑念はそこまでです。不正を発見するのはなかなか大変でした。というか思い過ごしの場合も多々あるでしょう。
あるていど昔のはなしですから、いまのようなデジタル画像の改ざん操作とか既に存在するデータや記述のコピペとかでなく。データはまさに捏造つまり言葉は悪いのですが、でっち上げデータですから、今の時代とはだいぶ異なります。
そういう事で昔の話と聞いて欲しいのですが、そうじて研究不正者は感じがよい、研究社会のよき市民と思えたものです。
ですから、不正者の発見はおおむねラボ内で起きたものです。そういうことを聞いても「まさか」と思うのはつまり本人の「裏」を知りうる機会はラボ内や極めて近傍の人たちでないと無理なケースが多いのです。研究不正は粗暴犯でありませんし、その一点を除けば生活的に破綻してない場合が多いのです。
しかし、ラボ内でかなりそばにいれば、なんだか変だぞと思うような機会があるのです。
わたくしはそういうラボ内で同僚の不正を発見した人から話を聞いたことがあります。
すんでから随分時間が経っていたので、そのひとも冷静客観的に話してくれましたが、そのときは非常な葛藤があったことは間違いありません。
最初は「まさか、まさか、で始まり、この人はこういう人だったのかという驚愕と同時に底知れない恐ろしさというか人間そのものに対する恐怖を感じた」ということでした。本人に不正行為を知っていることを直接伝えても、まったく表情を変えずに言下に否定された時以降は、自分がもしかしたらまちがいだったのではないかと何度も何度も証拠をおもいおこし、反芻をしたと聞きます。
こんな事を書いたのも研究者の素顔が分かるのはラボ内だけです。当たり前のことです。
しかし、捏造者を発見してかれらの素顔に触れる機会があった研究者などはあくまでも少数でしょう。
だれもがラボ内の人々の素顔は知っているつもりです。しかし、その好感の持てる研究者が実は捏造者ではないか、と疑いを持ち出し、かつその証拠をみずからつかむにいたる研究者などかつては大変すくなかったものです。

研究のデジタル化と研究者の生活が非常に不安になり、研究不正は非常に増えたと聞きます。
不正自体が極めて粗雑になってきたこともあるのかもしれません。ある大学では文系学生のほぼ全部がコピペレポートの経験者とか聞いたことあります。
いまや研究の世界で、推定では二桁場合によっては三桁増えたと主張する人たちもいます。
わたくしには分かりません。
ただ現今の研究不正の大半が研究室外でネット上で発見されていることが特徴です。
論文自体からは、不正者の素顔はわからずに、不正の動かせない証拠が発見されるというケースが大半となりました。

それで多くの研究者や関係者は不正者の素顔をおもい浮かべることが難しいのです。経験もありません。
99%の日常生活は普通で1%の残りで研究不正をするようなひとたちは、隠れて飲酒をしたり違法な麻薬やドラッグに接するひとたちとどこか類似しているのかもしれません。場合によって習慣的でなく人生のある時期わずか数回接する程度のひとたちも含まれているのかもしれません。
捏造者の素顔は、人間の多様性そのものであるだろうと、想像します。





# by yanagidamitsuhiro | 2014-05-18 11:46
2014年 05月 17日

なんとかDNA解析ができないものか

今朝の時事通信の報道で興味をそそられる記事をみました。

 メキシコ・ユカタン半島東部の水がたまった洞窟の底から1万3000~1万2000年前の少女の頭骨などの化石を発見したと、同国や米国などの研究チームが16日付の米科学誌サイエンスに発表した。
 細胞に含まれる小器官ミトコンドリアのDNAを抽出して解析した結果、現代の北米先住民に多いタイプと判明。2万6000~1万8000年前に北東アジアから当時地続きのベーリング海を北米大陸に渡り、海岸沿いに南下した祖先の一人と考えられるという。
 化石の少女は死亡当時15~16歳で、身長約150センチと推定された。頭骨以外の骨格までほぼそろっているのは珍しいという。
 洞窟は石灰岩質の地下に大きく広がって水がたまっており、熟練したダイバーでないと入れない。近くでは動物の化石も多数見つかり、この洞窟は昔は落とし穴のような形になっていて人間や動物が落ちたと考えられるという。

沖縄本島南東部で見つかった港川人のほぼ完全といわれる人骨は1万8000年前といわれ、同様に石灰岩からなる洞窟から見つかっています。違いはこの記事ではDNA解析までしていることです。それでどのような人物であったかについて推定ができています。
港川人のみならず、最近また見つかったガンがラーの谷の人骨とか石垣島で見つかった骨すべて一万5千年前程度であります。ガンガラーの谷では骨以外に装飾品もみつかっています。
なんとかDNA解析ができないものでしょうか。

# by yanagidamitsuhiro | 2014-05-17 08:46


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