2016年 07月 26日

ある危機感

fund agencyとは研究費を研究者の申請に応えて審査して、目的にかない内容の優れたものの申請者にあたえる機関のことをいいます。我が国では大きなものは国もしくはそれに準ずるものです。米国や英国では民間財団の資金力が強くたとえばがん研究などは英国では民間の財団に著しく負っています。

わたくしが今日こんなタイトルで書こうと思い立ったのは、日本の生命科学関係の研究費はかなり危機的な状況にあり、だれかが意図的に引っ張っていないのに、ある方向にずんずん向かっている。大げさにいえば破滅的な状況かもしれないが、誰かが意図的にしてないがゆえに、批判すべき特定組織があるわけでもなく、研究者がまるで自発的にそういう方向に向かっているかのようで、それがわたくしの危機感を高くしているのです。

研究チームは育てることにより優れた成果を上げることができます。
若い研究者が一人で頑張ってやっていたことが周囲の評価をうけ、研究規模を大きくしてますます成果を上げる。日本はこの部分はまあうまくいっているのです。すこし辛口にいえば若手で目立つ成果を上げる人達がかなりすくないので、funding agencyもこのレベルの研究者を待ち望んでいるからです。
一つ目立った成果を上げると、5年くらいの研究費を得ることができます。うまくいけば次なるステップにいけるかもしれません。
次の段階は目立った研究成果を複数連続的にあげた研究者の段階でこのクラスは大学なら教授になれるはずです。研究費も年間3千万円とか5千万円以上になるでしょう。それぞれの分野で我が国の代表研究者になっているはずです。この層の研究者はいまの日本それほど多くないこともありだいたい手厚く対応される可能性が高いです。少なくとも研究費のラウンドを一回あたり5年として、10年くらいまでは。
このレベルで新顔のリーダーが沢山出て、切磋琢磨が起きることが望ましいに決まっています。
問題は、この層の研究をその後国はどのようにあつかうか確かな方針はどこにもないのです。
40代前半か半ばで高い研究能力と運営遂行能力に達した研究者はどのようになるのか、誰かからはっきりした意見を聞いたことがありません。ある程度の規模に達したラボが研究費を絶たれたらどうなるか、あまり想像したくありません。しかし、いまの日本そういうことが沢山起き出しているのです。
もしかしたら、ラボは見かけ続いているかもしれません。でもほんとうにやりたいことではなくて、研究費を獲得するため、さらにはラボに新顔の学生やポスドクを得るためにプロジェクトが言葉は悪いがねじ曲がるもしくは長い目でみればほとんど無意味な研究の方向に向かっているのかもしれません。
頑固にやりたいプロジェクトを出せばそれは研究費をもらえなくなる。人件費も払えなければ若手研究者家族もろとも放浪せざるを得なくなる。

現今の日本の研究の問題は、国を代表するような研究者たちが長期的な研究費を絶たれて、実質的にラボを閉鎖するかもしくはやってはいけない研究の方向に向かってなんとか延命を図るかの岐路に立たされているのです。
このようなエピソードは少数の研究者しか該当しないと思われる方々もいるでしょう。
しかし、ニュートンもダーウインもファラディーも一人しかいません二人も三人もいらないのです。
国の学問の水準は結局切磋琢磨の最後に残ったごくごく少数の人々によって評価が定まるのです。
ある水準以上に達した研究者たちは自由にやらせることが一番大切
。周囲は羽目を外しすぎたら止めるぐらいでいいのだとおもいます。

研究費を与えるfunding agencyの側は祈るような気持ちで研究費を各研究者に渡しているのでしょう。
有効に使われて素晴らしい成果が生まれることを。
そのお金でまさに無から有が生ずるような成果が生まれるかもしれないのです。
研究者の情熱が非常に高ければ、その可能性は高いのです。
非常に高い水準の研究が多数あって初めて世紀にひとりとかふたりの歴史上の科学者がうまれるのです。
わたくしはいつもそう思っています。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-07-26 10:49
2016年 07月 25日

妻の日本画個展、京都にて

バナナ、試食しました。びっくりするくらいおいしいです。やはり流通をへないのはおいしいのだとあらためて実感。

昨日日曜は京都寺町御池下がる鳩居堂の隣にある画廊カトー(2階)で妻の日本画個展の搬入と展示準備につきあいました。といっても、わたくしは見るだけです。妻の友人達が何人か駆けつけてきてくれました。

妻の日本画はもう20年たつのだそうですが、ほんとうの初心者から始まったのですし、絵のトレーニングなど皆無でしたからよくここまで来たと感心です。運良く学生時代の友人の紹介で大津市の絵画教室というのでしょうか、そのコスモスというグループに参加させてもらって、折々のグループ展に参加していました。ですから、今回の出品作30点の大半はそのグループで描き続けて来たのです。

毎年の私どもの年賀状は妻の作品の写真でした。誤解されている方もいたようでしたが、わたくしは絵を見ることは好きですが、まったく描きません。わたくしの父親はずっと洋画の静物等を描いていましたので、妻の個展をあの世で聞いたらびっくりするでしょう。

明日から、31日までの会期です(午前11時から午後6時、最終日は午後4時)。
見かけは外交的ですが、やはり専業主婦でしたから、かなり引っ込み思案です。
この一週間は家庭での妻が絵を描き続けてきたひとりの女性として皆さんの前に立つことになります。
妻にも得がたい体験になるでしょう。

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# by yanagidamitsuhiro | 2016-07-25 08:24
2016年 07月 19日

バナナ、ちょっと早いのですが収穫

まだ1週間はもしかしたら10日早いのですが、収穫しました。写真の順序一部誤っていますが、許していただいて。
これが初めての南方らしい植物からの収穫です。
一本(と呼ぶのか)ちょっと腐ったのがあってそれがすぐグスグスになって。
食べたらまあなんとかいけそうなので、いろいろスケジュールもあってカットして家の中に入れました。
さていつ頃たべられますか?
首を長くして待っている人達には宅急便で昨日送りました。


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# by yanagidamitsuhiro | 2016-07-19 08:51
2016年 07月 09日

草舟でたどる日本人のルーツ

東京の博物館にいる海部さんという研究者のかたたちが、南から沖縄にやってきた、古代人は草船に乗っていたのだろうと推測して実践航海をするという報道を見ました。
木の船を作るために必要な道具がまだ無い時代の航海なので、たぶん堅い貝殻を使って草をきったのではないか、という推論です。
なるほど草船とは、とテレビ番組でみて感心した記憶があります。
海部さん、わたくしの知っている天文学者の海部さんのご子息ではないかとなぜか思った記憶があります。学術会議で会ったことのある海部さんは元気良くはつらつとしゃべるのでご子息ならなるほど、とわたくしが勝手に思ったのかもしれません。

このあいだテレビでたまたまその草船が出ていました。これで台湾から沖縄まで漕いで来るというのです。いそいでパチリと携帯で写真に撮りました。ちゃんと草の舟でたどる日本人の“ルーツ”とたいへん正しく魅力的なタイトルが付いています。
たしか、7月になったらほんとうに漕ぐと聞いた記憶があるのですが、その後記事をみてません。
沖縄の地元紙を読んでないので。見落としがあるかもしれません。


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いまネットで検索したら、
今月12日、当時を想像して作った草の舟でおよそ75キロの航海に挑戦することになりました。

ということですから、三日後に挑戦するようです。台風の後の影響が余りないといいのですが。
成功を祈ります。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-07-09 18:06
2016年 07月 02日

石垣白保で古代人骨が発見される

石垣島の白保で古代の人々の骨が発見されたというニュース。期待どおりとはいえ、胸が高まります。
新空港の脇のすぐ傍にある、洞窟で何体でしょうか10体くらい見つかったというニュースでした。
やはり生活に関わる付随したものは何も見つからないということなので、埋葬地ではないか、という新聞記事でした。
わたくしはかつて、白保海岸に立ったときに、心が震えるような感覚を覚えました。
こここそ日本人の起源になるような人々が2万年か3万年前にたどり着いたのだろう、と。思い込みかもしれないが、しかし確信に近い感覚でした。
胸の鼓動と頭をかけめぐる感動の高まりが、とうとうわたくしが来るべき場所に来たという感覚を益々確かにしました。
人がひとりもない海岸であったことg感覚をますます確かなものにしたのかもしれません。

100年近く前に柳田国男は沖縄が最古日本人が住んだのではないかとおもい短期住んだこともあり、しかも弟子に遺跡に米の化石がないか確かめるように言いつけていました。

2012年に初めてわたくしが石垣を訪ねた時にこのブログで、以下のように書いています。

昨日で唯一残念なことは、珊瑚で有名な白保の里付近で見たいものは全部見たのに、柳田国男氏の歌碑を見つけられなかったことです。何を彼は歌ったのでしょうか。

そうなのです。歌碑を妻と一緒に随分探したのですが見つかりませんでした。
今回の人骨は空港のそば、島の内陸側ですが、今後発掘がすすめば驚くような発見があるに違いありません。
長期間の保存が可能となった沖縄の地質環境に感謝。
私の古代沖縄人の探索は港川から始まったのですが、最近は興味を持つ人もどんどん増えているようです。
日本と沖縄の未来にとって素晴らしいことです。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-07-02 21:39
2016年 06月 29日

さらなる有明珍味

この間の久留米の夜食べたものの追加。もう一つしておきたいです。
真ん中に見える長いしっぽみたいなもの。
めかじゃというらしい。
料理したものはこのしっぽみたいなものの中に入っている肉を食べる。貝の種類なのでしょうが、たしかイカみたいなものと聞いた記憶が残っている。
なんかすごく懐かしい子供の頃に楽しんだ食べ物という感じでした。
ネットを開けると、みどりしゃみせんがいというのだそうです。
今では海産物資源として残るのは有明海のみ。とありました。
うーん、貴重な経験だった。
さらに、この最後に残る広大な浅海、干潟の環境もまったく無意味な開発や、家庭工業廃水などの環境汚染によって瀕死の状態である。本種も食の上からも「幻」とならないよう願いたい。
ちょっと上から目線の記述ですが、でも本当に貴重な環境、いつまでも食べられたらいい。
わたくし、なんか5,6才の頃の味覚を思い出しました。

他の生き物ですが、たしかイソギンチャクです。どう食べたか、生食ではなく、揚げたような記憶ですが間違いかも。これも珍味珍味。いやはや有明海、すごいです。他に数種類の写真が残っていますが、このあたりでやめます。

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# by yanagidamitsuhiro | 2016-06-29 17:27
2016年 06月 29日

パッションフルーツとカニステル

このあいだツイッターのほうで触れた果物の写真をだしておきます。
下がパッションフルーツで上がカニステルです。下の方、これくらいのしわの寄り方でOKです。
上は半分に切って食べたあとです。すこし残っているのはもういい、これ以上はいらないという気持ちが現れています。モサモサした味ですから。

後で妻に聞くとこれは買ったのではなくて、どこかで近隣を散歩の途中で手に入れたとのことです。
柿と思ったというのですから。

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# by yanagidamitsuhiro | 2016-06-29 17:06
2016年 06月 26日

有明海の珍味を堪能する

久留米大学を訪問した夜、久留米の一番街で有明海の珍味を堪能しました。店はしるひとぞ知るで、実に素晴らしい店でした。店の雰囲気のよさ、料理のすばらしさ、そして集まった4人の会食者の楽しさでほんとうにエンジョイしました。
まずエツです。カタクチイワシのようなものとにているが、刺身でも揚げ物でもいけます。川魚のようだが実際には海由来でただ汽水域にほとんど住むとのこと。日本では筑後川地方でしか食せない。つまりこの一点が大切でこれは有明の幸をたべられる場所に来ないと駄目、かつ一年のごく短い期間しか食べれないのです。運が良かった。二枚写真を出します。刺身というかサラダ風にして、ドレッシングをかけて、それと揚げて。おいしい。とてもおいしかったです。

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次はだれでも知っているムツゴロウです。知っている割には「本場」でだべることは稀かもしれません。蒲焼き風でたべました。後で、生きている状態のムツゴロウも見せて頂きました。順序が大切で、食べる前に見せるとやや食欲が落ちるとか。やはりひとっぽい魚なので見てしまうとなんだかすまない、申し訳ないとおもう、分かります。見た目には黒くてグロテスクにも感じますが、美味です。不思議な栄養分が体内に入るという実感がありました。食後、腹痛とか変なかんじとかまったくありませんでした。わたくしには。

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次のは乾燥したモノを焼いたのですが、ちょっと見た目にはこわい。でもおいしい。わらすぼというものです。ネットでは、スズキ目ハゼ科に分類される魚の一種。日本では有明海のみに分布し、食用に漁獲される。とありました。目が退化していて、小さな点があるだけです。メディアでは、エイリアンのような魚と表現するそうです。それより、こういう珍しい魚を食べられる幸せを感じた方がいいでしょう。有明の民の作った食文化を尊敬したいです。

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まだ数種類の他の珍味もたべたのですが、このあたりでおわりにします。
久留米の地酒を沢山飲んだせいか、食後の消化もよかったようでよく寝られました。

ただ、ムツゴロウとワラスボの脂というかなにかが体内に入ってついぞ経験のない味と食後感がありました。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-06-26 09:33
2016年 06月 05日

やはり学問は論争的でないと、

ここのところ二週間で、3回講演しました。
一回は一般の方々も沢山いるところで「長寿と食」なるタイトルでした。その次は那覇市の病院で医師の方々が相手でした。この時は「人の老化に関わる血液メタボライトの探究」というものでした。それに昨日の阪大工学部での福井希一教授の記念シンポジウムで久しぶりに染色体の話をさせてもらいました。コンデンシンとコヒーシンの両方ですが、でも力をいれてしゃべったのは未発表データ沢山のコヒーシンの方でした。
その場では時間もなく専門的な質問は出ませんでしたが、パーティが終わったあとに思いがけない人にあって次々に質問があってとても楽しかったでした。本気になれる質問で、やっぱり同業者との発表後の話はのってくるなあ、と思いました。それから別の若い人から、先生の前の論文のおかげで論文が通ったというエピソードも聞かせてもらいました。予想外の結果だったので論文発表に非常に苦労したものでした。今でも結果を知らないし意義も理解されてない用なので、同じような結果が発表されていくのはいいことです。やはり学問は論争的でないと面白くないです。

長寿と食の講演の中から、三枚ほどスライドをしめしておきます。

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# by yanagidamitsuhiro | 2016-06-05 22:50
2016年 05月 12日

おいしいが、なかなか手の出ない島バナナ

今日はもうひとつバナナ談義しましょう。
さっき若くてひょろっとあった島バナナなのですが、折々に売っているのを見ますが、断然値段がはります。この写真ですが、もう半分くらい食べてあるのですが、この10いくつか付いた房で700円しました。指がおいてあるのは、一個一個いかに小さいかを分かってもらうためです。皮を剥いて実際に食べると一つすぐ食べ終わります。食べたことのない内地のひとにはなんだつまらないとおもうでしょう。
でも、しかしおいしいのです。大げさにとられるといけないので、形容詞ぬきでおいしいと表現しておきます。
これを食べると内地で売っているバナナはまったく食べる気がしません。高いけれども食べたい。でも買うのは遠慮がち。こういうところでしょうか。食べないと実感がわからない、島バナナなのです。


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それじゃなんでわたくしの家にある大きな房のバナナ、島バナナでないのか。このバナナ(三尺だとおもいます)、苗をもらったのです。金武のマーケットのKさんから。
その時はバナナ栽培の知識ゼロ、でした。Kさん初心者のわたくしが台風ですぐ駄目にしたら気の毒と思ったのか。栽培がより易しい三尺をくれたのでしょう。しかし、三尺でも取り立てを食べたら非常においしい(はず)です。

島バナナ、一つ食べると寿命が半日くらい伸びる気がします。島らっきょうを初めて食べたときもおいしいという以外に同じような感想を持ちました。

長寿の国、沖縄、という先入観があったからでしょうが、でもそんな感じはいまでもします。
バナナの長寿効果あまり言われませんが、この島バナナならあるかもしれません。
半日とは値切ったという感じかもしれませんが、二つ食べたら一日ですから、毎日二つ食べればいつまでも生きている不老長寿ということになります。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-05-12 22:23
2016年 05月 12日

バナナ、その後

バナナに関心を持ってくれているかた達が多いので、追加でちょっと書いておきます。
しっかり大きくなっています。いつ頃食べられるのか、諸説がありますが、お盆の頃というのは有力な意見ですが(地元タクシー運転手さんの意見)、それだと随分先です。
待ち遠しいです。
もっと早いのではないか、という気がします。
マーケットなどではもう食べ頃が売ってます。
初心者なので二軒離れたMさんのご意見を折々に聞きたいと思っています。
ただまだまだ早いことは私でもわかります。

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見たとおりです。立派です。ほれぼれする、偉容です。バナナに偉容はちょっと大げさですが、でも実物を見たらそう思います。これが胃の中に入っていくときが今から楽しみです。


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このバナナをすこし遠くから撮影するとこんな感じです。手前が、三尺バナナの幼い苗です。この間買ったばかりです。奥の方みたいになるのに2年くらいかかりました。
間にあるヒョロヒョロしたのが島バナナです。背が高いので風に弱く、台風でもろに駄目になるとか聞いています。台風来襲時はいかに守るか今かが考えないといけません。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-05-12 18:13
2016年 04月 21日

バナナ、やーい

しばらくブログ休んでました。気忙しい生活が続いていました。研究面でのことです。

今日は、趣向を変えました。4月5日関西から戻って家の外にでて海を眺めてから、バナナを見たらなんか大きな変なものがぶら下がってました。もちろん知ってます。バナナの実です。というかそれをくるんだような紫色の袋です。
おもわずやった!と思いました。うっかりもっと小さいときを見過ごしていました。こんな大きくなってから気がつくとは。ちょっと写真が大きすぎて申し訳ありません。まあ喜んでいるということで許してください。
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バナナが確かにできていることは三日後になるととよく分かります。

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一週間も経つと堂々たるものです。
妻も関西から戻って、驚きの一声が、すごい、見事でした。

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出来たバナナの数を丹念に勘定すると、まさかという数になりました。

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このバナナの収穫を邪魔するのは強風とカラスだそうです。
まだしばらくは収穫の日までそして、熟成を待つ期間の静かな興奮が楽しみです。

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# by yanagidamitsuhiro | 2016-04-21 21:39
2016年 03月 24日

欧州テロ連続事件の後に来るもの

ベルギーでのISイスラム集団による連続テロ事件、非常に暗い影をヨーロッパの社会と国々にもたらしていると思います。犯行声明の中に十字軍の国々という言葉があるのがそのような印象を強めます。

日本もかつてはテロリストの輸出国だったことがあります。1972年のイスラエルのテルアビブ郊外ロッド空港における銃乱射事件。100人近い死者と負傷者が出ました。左翼というか、世界同時革命を目指す日本赤軍の青年二人が実行した事件で、京大生がいたのがわたくしなどには深甚なショックをもたらしました。
日本航空よど号ハイジャック事件はその二年前1970年に国内便がテロリストにハイジャックされ北朝鮮に行きました。一度はハイジャック犯を騙して韓国空港に連れて行ったが知られてしまったという経過もありました。それからほぼ半世紀がたち、日本ではテロリストの加害側でなく、被害者側になって考えていますが、欧州ではことは簡単でなく、内なるイスラムの子孫がイスラムからのジハーディストとしてテロ事件を起こす、起こってみると、これは外国からのテロリストでなく自国民によるテロであることに愕然とするという事態なのだと思います。
フランスでは人口の10%近くがイスラム系と聞いたことがあります。ベルギーの首都ブリュッセルの一部は多数がイスラム系という地域もあるようで、イスラムは自国の一部とも言うのは誇張でない事態のようです。
これからどうなるのか。それが分からないので欧州全体に暗雲が覆っているのではないでしょうか。はっきりしていることは簡単な解決策がないことです。内と外のテロリスト達の呼応が無いように国境管理を厳重にする、国内大都市の治安を徹底的におこなう。
しかしそれでは、ある意味、崇高だったhずの国境なき統合欧州のイメージが壊れてしまいます。
それどころか、統合欧州に入りたがっていたトルコの位置づけが極めて難しく、これからトルコによって欧州は翻弄される怖れすらあります。同時に欧州から排斥していたロシアとどうつきあうのかもますます難しくなってきています。
日本にとってまったく無縁の世界ではありません。ここでどう対応すっるかは国家百年の計と密接なかかわりがあるに違いありません。
日本はまずイスラム文化を知り経験することが大切なのだとおもいます。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-03-24 20:57
2016年 03月 06日

教育を第一義におけない国になってしまったのか

ことしは忙しい日々が続いて気がついたらブログは2月中は休んでしまっているのに、びっくりです。
Twitterのほうはかろうじて折々に入れているのですが。
何も無い日々が続いているわけでは無くいろいろ気になることがありながら生活してますが、対応せねばならぬことが多いのです。大半は研究上のことなのですが、なんでこの年になってこんなに時間によゆうがないのか、困っています。
そのうち時間ができて暇でこまる日々もやってくるものと期待しています。

さて、孫が二人この春から小学校にあがります。
それで卒園式などでの写真が送られてきて見ることがここのところありました。
女の子のほうはしっかりしていて、卒園式での写真を見るとまさにもうすぐ一年生という納得の感じでした。
男の子のほうは末っ子かつ早生まれもありこのあいだまで幼児的に見えましたが、卒園の写真をみるとひいき目のせいか、しっかりした顔つきになり、なるほど帳尻があってきたのかと、感心しました。
本人達も周りの人達や環境の変化から、4月から小学生という意識があるのでしょう。

話は違いますが、日本の公教育への政府支出が先進国で最低くらすというのは大変気になります。
大学への進学率はまだしも大学院への進学率の低下は経済的な理由が最も大きいのかと思うと心が痛みます。
また子供の貧困率もいまや日本はかなり高い国となってしまい、かつ沖縄は最もその割合が高いと聞くといつの頃からそんな風になってきたのか。
昔は通勤時によくあった経済研のT先生に聞けたのですが、もうさっぱり会う機会も無くなってしまって。
子供の教育費くらい親が出せるのでは、というような根拠のない議論が広まってその間に国の根幹が揺るぎだしているのかもしれません。
日本が余裕のない国になってしまったので、子供の教育費と祖父母の医療費、どちらを優先すべきか、そのあたりを政治的課題として議論すべき時期が来るのかもしれません。
二者択一なら日本の国柄から言えば答えはハッキリしているとおもうのですが。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-03-06 23:14
2016年 03月 06日

教育を第一義におけない国になってしまったのか

ことしは忙しい日々が続いて気がついたらブログは2月中は休んでしまっているのに、びっくりです。
Twitterのほうはかろうじて折々に入れているのですが。
何も無い日々が続いているわけでは無くいろいろ気になることがありながら生活してますが、対応せねばならぬことが多いのです。大半は研究上のことなのですが、なんでこの年になってこんなに時間によゆうがないのか、困っています。
そのうち時間ができて暇でこまる日々もやってくるものと期待しています。

さて、孫が二人この春から小学校にあがります。
それで卒園式などでの写真が送られてきて見ることがここのところありました。
女の子のほうはしっかりしていて、卒園式での写真を見るとまさにもうすぐ一年生という納得の感じでした。
男の子のほうは末っ子かつ早生まれもありこのあいだまで幼児的に見えましたが、卒園の写真をみるとひいき目のせいか、しっかりした顔つきになり、なるほど帳尻があってきたのかと、感心しました。
本人達も周りの人達や環境の変化から、4月から小学生という意識があるのでしょう。

話は違いますが、日本の公教育への政府支出が先進国で最低くらすというのは大変気になります。
大学への進学率はまだしも大学院への進学率の低下は経済的な理由が最も大きいのかと思うと心が痛みます。
また子供の貧困率もいまや日本はかなり高い国となってしまい、かつ沖縄は最もその割合が高いと聞くといつの頃からそんな風になってきたのか。
昔は通勤時によくあった経済研のT先生に聞けたのですが、もうさっぱり会う機会も無くなってしまって。
子供の教育費くらい親が出せるのでは、というような根拠のない議論が広まってその間に国の根幹が揺るぎだしているのかもしれません。
日本が余裕のない国になってしまったので、子供の教育費と祖父母の医療費、どちらを優先すべきか、そのあたりを政治的課題として議論すべき時期が来るのかもしれません。
二者択一なら日本の国柄から言えば答えはハッキリしているとおもうのですが。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-03-06 23:14
2016年 03月 06日

教育を第一義におけない国になってしまったのか

ことしは忙しい日々が続いて気がついたらブログは2月中は休んでしまっているのに、びっくりです。
Twitterのほうはかろうじて折々に入れているのですが。
何も無い日々が続いているわけでは無くいろいろ気になることがありながら生活してますが、対応せねばならぬことが多いのです。大半は研究上のことなのですが、なんでこの年になってこんなに時間によゆうがないのか、困っています。
そのうち時間ができて暇でこまる日々もやってくるものと期待しています。

さて、孫が二人この春から小学校にあがります。
それで卒園式などでの写真が送られてきて見ることがここのところありました。
女の子のほうはしっかりしていて、卒園式での写真を見るとまさにもうすぐ一年生という納得の感じでした。
男の子のほうは末っ子かつ早生まれもありこのあいだまで幼児的に見えましたが、卒園の写真をみるとひいき目のせいか、しっかりした顔つきになり、なるほど帳尻があってきたのかと、感心しました。
本人達も周りの人達や環境の変化から、4月から小学生という意識があるのでしょう。

話は違いますが、日本の公教育への政府支出が先進国で最低くらすというのは大変気になります。
大学への進学率はまだしも大学院への進学率の低下は経済的な理由が最も大きいのかと思うと心が痛みます。
また子供の貧困率もいまや日本はかなり高い国となってしまい、かつ沖縄は最もその割合が高いと聞くといつの頃からそんな風になってきたのか。
昔は通勤時によくあった経済研のT先生に聞けたのですが、もうさっぱり会う機会も無くなってしまって。
子供の教育費くらい親が出せるのでは、というような根拠のない議論が広まってその間に国の根幹が揺るぎだしているのかもしれません。
日本が余裕のない国になってしまったので、子供の教育費と祖父母の医療費、どちらを優先すべきか、そのあたりを政治的課題として議論すべき時期が来るのかもしれません。
二者択一なら日本の国柄から言えば答えはハッキリしているとおもうのですが。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-03-06 23:14
2016年 01月 31日

神道のもつ普遍性とご利益

わたくしは宗教には無頓着ですが、でも実際にはしばしば考えています。宗教的ではなくて好奇心いうか知的好奇心で宗教に関心があるのです。特に沖縄に来てから沖縄の宗教心の根っこみたいなものを理解したくおもっております。
わたくしは祈る心は持っているので宗教心はいちおうありますが、でも一方でたたりを怖れる気持ちは相当あるので自分の宗教心はまったく洗練されてないと自認してます。

それでつい先日購入した本を読んでいたら、日本の神社の中で一番数の多いのが八幡さん八幡神社なのだそうです。誰かの名前が付いているのが多いので、特に武将のが多い。これはもちろん武人を顕彰する意味合いもあるが案外たたりを怖れている面もあるらしい。天神さんは二番目に多いのだそうですがこれも菅原道真公のたたりを怖れたひとたちが建物を建てたのが始まりとか聞きます。
実在の人物を護る神社をつくるなど日本人の宗教心の柔軟さというか自由さを感じます。

この本では、だいたい神社というのは当初は建物は無かったし、なんにもないような大きな岩の前あたりで儀式祈祷などを行うのが本来の姿で、神道の心髄はなんにもないのだと、と書いてあります。
なんにもないというと妙に納得してしまいます。あまりあるくらいに内容のありすぎる仏教とは千年以上もうまっくいったのはそれが原因とか。これもうなづけます。

沖縄の宗教の原風景は本島南部のセイファーウタギだろうとおもうのですが、あれが本来の神社の原風景なら納得してしまいます。
こんごこの本が推薦する神社の原風景的なところも訪問したくなりました。
セイファーウタギは中世から近世にかけて盛んになったのですから新しいのですがでもスタイルは神社の原風景といわれると理屈抜きに納得したくなるのです。
沖縄では仏教の影響は非常に少なく見えます。ですから、沖縄と本土の岩石のあるところでの宗教的な齊場を色々おとずれると新しい発見があるような気もします。

ただわたくしは神道の神様は八百万の神様なのでたくさん、無数にあるので、それがキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の一神教とは根本的に異なると説明されてるところがあまり腑に落ちないのです。
それが定説なのかもしれませんが、わたくしは神道はユダヤ教やイスラム教とどこか似ていて、姿かたちが見えない神様とどうつきあうのか、という点で共通性があると。
イスラム教のモスクは巨大なところにいったのでわかりませんが、ユダヤ教のとても小さな教会シナゴーグなどは神社と雰囲気が似ているとおもいました。
見えない神様を気でかんじる神道は、なかなかいいものだと感じます。八幡神社のようにいろいろな過去の人物をおもいおこす場所もありますが、それも別に神様を思う上で邪魔になりませかし歴史を感じておもしろい。
いま京都で外国人に一番人気があるのが伏見大社とかききました。
外国人に親しまれる神社が増えることを願います。
神道にしたしみ岩石、巨岩信仰という人類のもっとも古い信仰心の元での共通性に気がつけば、日本の神道の普遍性に多くの人々が気がついてくれるはずで、そうなれば無数の日本中にある神社が世界の人々の関心の対象になるかもしれません。そのためにも外国人にもよくわかる伏見稲荷のような神社が増えるといいですね。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-01-31 21:16
2016年 01月 17日

21年前の大震災の記憶

きょうは淡路神戸大地震から21年目ということです。20年も前のある日のことを思い出せといわれて、この日だけというか鮮烈に記憶がよみがえります。
なんべんかこのブログでも書いたので、同じようなことを書くと思うのですが、でもわたくしの記憶はだんだん怪しくなるので、昔のブログ記事を読み返さずにあの日何があったのか書いて見たいです。

地震の揺れがあって、2,3三回目でこれほどの大地震、自分の生涯で最大だなと思いました。慌てて目を開けてベッドの傍にある洋服ダンスが自分に向かって倒れてきたら足で止めようと身構えたものでした。家猫が布団の上で寝ていたのがあわててベッドから飛び降りてよろよろと部屋を出ようとしながら、おしっこと漏らしてそのあたりに散らしながらだったのが記憶に残ります。
その頃は階下からガチャン、ガチャンといやな音がして、なにかの壊れる音、実際には観音開きの食器ダンスが開いて大切にしてあったお皿や陶器の多くが割れてしましました。
震源地から遙か遠くの大津市坂本近くの町でもこうでした。
我に返るとすぐ電話がありました。学位論文を書いていたK君が研究室から、すこし割れたりしたものはあったが、研究室の被害はほとんど無いと。助教授のNさんからもK君からの情報でラボは大丈夫だと言うことでした。これでほっとして、我が家の問題とそもそもこの日に関空に出かけてフランスへいく旅程はどうなるのだという意識がよみがえりました。
わたくしその頃、ストラスブールにあるHFSPOという国際機関の研究グラントや奨学金の審査委員をしていたので、数日の会合のために行く予定でぎりぎりの日程ですから、いけるものなら行きたかったのでした。
そういうことが脳裏にありながら階下におりると、やはりガラスや陶器がかなり割れていました。この時、次男が家にいたはずですが、どうもあまり記憶がありません。二人の子供は京都市内に下宿していて、無事とのこと。ひとりは地震なんかあったの?という調子でした。
テレビをつけると、しばらくの間は報道は鈍くて、朝5時47分という早朝だったこともあり、なにがあったのか被害はどうなのだという疑問に直ちに答えていないように思いました。
地震による死者の多くが家屋の倒壊、その後の火災によるもので、なおかつ甚大な被害が狭いベルト状の地域で東西に長くあったことも原因して多数のひとびとが災害の酷い地域に集中して出かけたこともあり、救急の消防自動車や救急車の移動が困難を来したということを思い出します。火災もある程度時間が経ってから多数の地域で発生し、その頃になって高速道路の倒壊や、新幹線の停止などが段々判明しとんでもないウルトラ級の大地震大災害が起きつつあることが分かって来たのでした。人命が多数失われるという予測は当初どこまであったのか。そもそも知事や市長さんがどこにいるのか分からないという地域が相当あったようでした。
次々にわかる被害で、わたくしは自分はどうするべきか、関空の被害は?関空は機能しているのか?そもそも関空に大津から行けるのか、などと断続的に考えながら目の前のテレビ画面を見ていたものでした。朝何時頃にいろいろなことが分かって来たのか経緯は実際の時間と対応しませんが、でも朝早い時期に多数の家屋の倒壊、交通幹線のマヒ、甚大な被害があることは分かっていました。

結局この日はお昼頃にラボに着くことができて、その後関空は機能しているらしいという情報を得て、妻にスーツケースを大学まで持ってきてもらって、京阪線経由で関空に夕方着いたのですが、乗る飛行機は6時間遅れで出発しようとしててわたくしの目の前を離陸していきました。
結局泉佐野のホテルで一泊して、翌朝フランスに向かいました。
飛行機の窓から見た、広い地域で燃える神戸の姿と空高く見える多数の煙は忘れられません。
研究室の院生だったかもうポスドクだったかS君は実家が宝塚にあり、ご両親の様子を見るために車で出かけて正味8時間とか10時間かかって無事を確認したということを後で聞きました。多数のひとびとが肉親の安否情報を求めて必死に動いたものでした。電話も通じなかったら直接行くという方法しかないのでした。

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写真はその時に割れた備前焼を妻が時間をかけて復元したものです。

# by yanagidamitsuhiro | 2016-01-17 09:14