生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2009年 09月 22日

35才問題

きょうも入れてまだ二日も休日があることにびっくり、あきれています。日本人大丈夫でしょうか,こんなに休日とって。
わたくしは,ラボには行きませんが,しかし激しく(?)デスクワークしているので、休みを取っているという意識はありません。ただ畑にでて一日に何度か働けるのでありがたいです。それと明日は、休みをとって、姫路まで長男夫婦の住むところまで遠征します。もちろん孫にも会いにいきます。収穫物も相当数持っていきますので車なので、世間でいま話題になっている大渋滞に巻き込まれるかもしれません。

きょうはラボではしばしば話題にしている日本の35才問題なるものにちょっとだけ触れてみたいとおもいます。ラボメンバーは耳にタコでしょうが、ブログでは初めてでしょう。

要するに、研究の世界もかつては終身雇用制的な色彩が濃かったのでした。万年助手という言葉がかつてあったとおり、50代半ばで大学の助手なんてざらでした。なった本人の側の言い分としては、他にいきようがないからしかたないからいるというものでした。そういうのを見てあきらめて研究の世界を離れるとか、もしくは旧帝大系の大学なら,教授の薦める地方大学の助手あたりに応募したものでした。都落ちなんていう言葉もありました。
いずれにせよ,ひとたびなったなら、言葉は悪いのですが、しがみついてずっといられる職があったものでした。そういう時代、35才なんて単なる通過年齢でした。例外的に出世が早い人達を除けば研究の世界では,35才など、独立の研究グループを率いるなど考えられませんし,下手に考えたりすると,早すぎて発情したような状態になり欲求不満で悶々とその後の十数年を送らねばならなかったのでした。これが、まあ昔のごく平均的な研究者の様子だったのです。いまだって,日本の一部の研究機関はそんなものでしょう。

いまはどうでしょう。研究者の世界,セーフティネットなんていうものもなく,35才になったら正面切って社会がというか外界が本人に聞いてきます。それであなた、どうするつもり?と。
つまり研究室の主宰者になろうとするのか,それ以外の道を選ぶのか。論文を書いて,研究費をかせぐ、自分のラボに人を連れてくる能力もいります。そんな能力、35才ではまだまだありませんよ、と返事をすればそれじゃいつになったらあるの?、とこうくる訳です。一部の幸運な若者をのぞけばこの35才関門を楽にクリアできる人はあまりいない、感じです。主宰者以外の道などそんな簡単に見つからないでしょう。でも主宰者の道はもっと難しく厳しそうです。
わたくしの周辺でも、35才問題がやはりあります。そんな先のことまで前もって考えていた若者はほとんどいなくて、困ってしまうというのが実感でしょう。
しかし,研究費稼ぎ,論文書き,人集め,この三つのうち一つでも出来ないものがあれば、やっていけないのが,研究室の主宰というものです。先伸ばしでやっていければ良いのですが,周囲の見る目というか、制度的にも、続けていけなくなるのが実情です。
35才問題、容易な解決策は見当たりません。
派閥の親分みたいなのがいて、宙ぶらりんの35才以上でやる気がありそうな研究者にお金を配った時代もありました。いまも一部にあるでしょう。でもたぶんもう続けるのが困難でしょう。

かつてわたくしの若い頃は、独身を続けるのが困難でした。独身主義なんていう言葉があったくらいです。いまは結婚するのが難しい時代です。
研究者の世界でも、研究をそのままずっと同じように続けていくのが困難で、主宰できなければ研究がつづけられない、という観念にとらわれてしまうでしょう。人によっては研究室主宰者以外では研究の世界では生き延びるのは難しい,そんな風に聞こえるのかもしれません。
ですから、わたくしは35才以降に複数の選択肢のある、研究者会,研究生活があるべきだと言っています。
そうでなければ、日本の将来は暗いとまで思っています。
研究者の能力は、主宰者にならなくても十分に発揮し続けて一生やっていけるはずなのです。
万年助手が懐かしいのが,いまの時代なのかもしれません。

by yanagidamitsuhiro | 2009-09-22 14:41


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