生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2011年 08月 09日

松田直樹選手の死を考える、美空ひばりさんと三島由紀夫氏の死

横浜マリノスから長野県の松本にあるJFLのチームに移籍した松田直樹選手の死が世間を驚かせ悲しませています。死んで松田選手の存在の意義大きさが見えてきたのでしょうか、ほとんどマスコミで見なかった松田選手のことが毎日報道されています。
人は誰でも死ぬとはいえ、34才あまりにも若いし、そもそも死の数日前にフルで元気に試合に出ていたと言えば、心筋梗塞に本当になるのだろうかと誰でも思うでしょう。もちろん診断が誤っているはずもありませんが、こんな強靱な肉体のトップアスリートがなぜそのような病気に、誰でもが不可解な気持ちに襲われます。
わたくしは知りませんでしたが、松田選手はその個性の強さでもよく知られて存在のようです。日本代表になり、ジーコ監督批判をして、その後二度と代表にはなれなかったと聞きます。中田ヒデ氏と好対照でいつまでも現役にこだわったとのことです。マリノス一本やりできて、一挙にJ2を飛び越えてJFLのチームにいくなど常識では考えられません。なぜ、どうして、と誰でもが思うでしょう。そこのところ、説明はあまりありません。
かつての監督だった岡田氏は、良くも悪くもマリノスを代表する選手だったと言っていました。その通りなのでしょう。
同僚だった城選手は、そうはみな見ないけれど、非常に繊細でかつ深く悩むことが多かった、と言っていました。ということは、一見そうは見えない、豪快かつ奔放な青年のように見えたのでしょうか。
トルシエ元監督がマリノスのゴールキーパーで今は磐田にいる川口と長く抱擁していたのは、なにか深い悲しみを共有していることを意味しているように思いました。
松田選手の移籍が挫折であったということ、深い懊悩のあげくの決断で移籍し短期間でこのような死がやって来た、そのことへの深い嘆きであったとわたくしは推測します。
サッカー選手はこういう点でみな寡黙ですが、でもどこで経歴を続けて行くか、だれにとっても非常に難しい問題なのでしょうか。
メンタルにどのような状態だったのか、思い切り選手生活を続けられる状況だったと思いたいのですが。

美空ひばりさんが死んでからもう23年たったと言うことです。
生きていたらいまも元気に歌ってファンを魅了し楽しませていたでしょう。それにおりおりにシャープなコメントで世間を楽しませていたでしょうに。ほんとに残念です。疑いもなく人間国宝みたいなひとでしたし。
三島由紀夫氏が生きていれば86才ですが、例の三島事件を起こしたのは45才の時です。彼の予言はかなり当たっていたのですsがいまでも日本国民はそれを認めるのがいやなのですね。後何年たつと三島氏の主張が時限爆弾のように炸裂するのか、個人的には炸裂してほしくない、と強くおもうのですが、いまの日本のこの国際社会での無気力な国情をみていると、三島氏の意見を自分の意見とする若者が何十年もたつと出てくるような予感もします。三島氏の意見をそろそろ真面目にとりあげて換骨奪胎する努力が必要なのかもしれません。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-09 21:51


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