2017年 01月 28日

長距離トレイルランナーの鏑木毅さんの食事

昨日の那覇から伊丹への機内でよんだ新聞記事(日経)に世界的なトレイルラン(山岳を長距離走る苛酷なスポーツ)の鏑木毅さんの低糖食という興味深い特集記事がありました。
ゆっくり歩行すればそういうことはありませんが、高速でかつ傾斜の激しい山岳を走り回れば、呼吸も激しくなります。こういうときに体では酸素欠乏にならないように呼吸が激しくなりますね。生命科学的には酸素を大量消費するミトコンドリアという細胞器官がフルに働くわけです。ヘモグロビンやミオグロビンのような酸素供与体ももちろん働きます。肺活動も血液の循環をつかさどる心臓もフルに働くわけです。
この記事では、鏑木さんが食生活を改めるきっかけになったのは米国のトレイルランナーに、彼がレース前にご飯やパスタなどの糖質(炭水化物)をおなかにいっぱいためていたら、あなたまだそんな食事をしているのと、冷笑されたのがきっかけだった、ということです。米国のランナーは糖質に頼らず体脂肪を効率的に燃やしてエネルギーをを得るので、低糖質の食事をしていたのです。
これはちょっと説明がいります。エネルギー効率がいいのは脂肪を燃やせたらいいのですが、糖質をエネルギーをするのに体が慣れていると、糖質ばかりが優先的に利用されて燃料切れしやすい。その点脂肪を燃やせれば効率がよく糖質よりずっと多く保存されている脂肪を使う回路を体内に築いておけば、より長い距離を早い巡航速度で走れる。そういう体を作るには低糖質の食事をして、からだが優先的に糖よりも体脂肪を利用してくれる。
これは鏑木さんによる説明ですが、なかなか含蓄があります。世界的な長距離ランナーが長年にわたって経験してきた言葉ですから、説得力もあります。低糖質であって、決して無糖質ではありません。ご飯でいったら茶碗に半分くらいの糖質をとるのは必要と言ってます(もちろん一日に高エネルギー消費する人にとってです)。
鏑木さんの食事はもう一つの大きな特徴があります。抗酸化作用のつよい食べ物に最大限気を配っています。これらがからだの中で生じる、活性酸素を除去しているのです。その結果血管や筋肉(さらに脳まで)を若々しく保つ(老化を抑制)のです。鏑木さんは低糖生活よりも最初に抗酸化生活に取り組んだといっております。
どんなものが抗酸化食品か、さかな類(さけ、いくら、かに、えび)、リコピンをふくむトマト、すいか、フルーツ、それにカプサンチンを含むピーマン、パプリカ、唐辛子、ブロッコリー、ケールそれにβカロテンを含むニンジン、ほうれん草、モロヘイヤ等を沢山食べるということです。
わたくしは読んでいてなんと理にかなった食事だろうと思いました。つまりこれはエネルギーを効率よくつくるミトコンドリアの体内活性を高める状態の体のコンディションを誘導するために低糖にする、そして低糖で活性化したミトコンドリアが作る大量の酸化物質が組織に傷害を起こすのを抗酸化作用のある食べ物で、防ぐ。
文句のつけようのない素晴らしい食事生活の基本です。

実は研究室では低糖や低窒素源の研究を分裂酵母という微生物を用いてここ10年近く、染色体の研究と並行してやっているのですが、この鏑木さんの食事はわたくしたちの研究がぴったりはまります。
わたくしたちは遺伝子でなんでも説明しようという種類の人間ですので、低糖では耐えられなくなる、低窒素源では生きていけなくなる細胞の遺伝子はなにが欠損しているのか同定しています。低糖でも低窒素源も浮かび上がった遺伝子はそれぞれ100以上ありますが、その話を始めるのは今日は控えましょう。
ただ付加的にすこしだけ一般的説明を加えますと。
細胞は自力でも抗酸化作用のあるものを色々作れるのですが、その働きは低糖になると必要性が飛躍的に高まります。つまり高糖条件なら抗酸化物質の必要性は高くないです。しかし、低糖条件にすると自力で抗酸化物質が増量するのです。しかし、スポーツをする人間の場合は供給する必要があります。それに対して、自分のからだにある脂肪を燃やせるように体をなじませる必要があります。そのために回路が発揮しやすいように体を慣らせる。たぶんここにはまだまだ未知の課題があるに違いありません。低糖にプラスアルファの条件にすると体内脂肪がますます燃えやすくなるのかもしれません。興味深い問題です。
次は抗酸化の食べ物です、人体は我々が教えなくても抗酸化物質を知っていて大事にします。血液循環の過程で一度体外に排出されそうになっても抗酸化物質を再吸収します。体質的に抗酸化物質を再吸収しすぎるとなりたくない病になることもあります。にんげんでしたら、外部から食べ物として抗酸化物質として取り込むことがもっとも賢いに違いありません。その結果老化しないで若々しさが保てるのなら。
ミトコンドリアとは大変効率のよいエネルギーを生み出す細胞器官ですが、残念ながら酸化作用のつよい物質も沢山生み出す。たとえて言えば、高速のスポーツカーが排ガスを沢山出すようなものです。しかし、人間が動物として最高にその肉体を最大限の能力を発揮するにはミトコンドリアの機能が高い必要があるでしょう。人間の肉体を循環する血液に溶けている糖質や脂質の濃度はおもいの他に低いのです。この低濃度の代謝物(メタボライトともいいます)最大限利用して脳も筋肉も血管も肺も肝臓も腎臓もフルにはたらくのがスポーツの世界です。そういう世界で極限を目指す人達の食事はたいへん興味深い問題や課題をたくさん提供するに違いありません。さらにミトコンドリアだけが低糖質にからだを対応させているのではありません。まだまだ沢山の遺伝子がちゃんと働く必要があるのです。低糖になったらちゃんと対応できなくなった体は人間なら糖尿病の患者さんのようなものです。
ですから、スポーツマンの食事、長寿や老化を防ぐ食事のすぐ隣接したところに糖尿病根本原因の解明に関わる問題があるのです。

生命科学ではこのように大きな課題が実は非常にそばにあるのです。



by yanagidamitsuhiro | 2017-01-28 17:19


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