生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2005年 11月 14日

長寿の国の科学者は

きょうは先週いった奈良先端大学院へまた講義です。今日の分は二コマの講義とそのあと、研究者向けのセミナーをやりますので、休む時間もないし、たぶん疲れ果てるでしょうから、帰宅してからブログを書くのもしんどいと思われますので、今のうちに書いておきます。
奈良先端大学院の学生は潜在的な能力が発揮されてないな、というのが実感でした。
でも、情報系は大変元気で、これは目立ったことで、たぶんこちらから相当な人材が将来でるでしょう。しかし、バイオ系はどうなのでしょう。教授連はしっかりしなくちゃいけないのではないでしょうか。
さてきょうは、ここまでにさせていただいて、ここからは今から5年前に書いた今日のタイトルのエッセーをお急ぎでない方は読んで頂きたいと思います。日本歯科医師会誌に寄稿したものです。


長寿の国の科学者は 柳田充弘

●王立協会
ロンドンのトラファルガー広場から西側に向かうと モールという一直線の広い道にでる。王立協会、英語ではロイヤル・ソサエティというが、その本拠はこのモールの途中にあるカールトンテラスハウスという豪壮な建物のなかにある。2階のバルコニーに立つとセント・ジェームズ公園から宮殿の建物が一望によく見え、ロンドンの一等地にある。王立協会と英王室は深い関係にあり、その1660年の創立に当時の国王が関わっている。昭和天皇もフェローであったというように、王立協会と日本との関わりも深い。今上天皇もこの王立協会で長年のご研究の成果についてご講演をおこない、科学者もしくは科学を推進する元首に対する特別な称号が贈られている。
この王立協会はフェローと呼ばれる会員によって構成されるが、毎年英国、カナダやオーストラリア、インドなどの旧英連邦の研究者から50人程度が選出される。数学も含めたありとあらゆる自然科学の分野が含まれるので、10倍以上の候補から沢山の段階の審査を経て選出されるとのことで、フェローになることは相当の名誉で、口には出さないものの、英国人にとって学者になったらぜひとも欲しい称号なのである。名前の後にFRSという略記をつける習慣はわたくしなども大学院生のころから知っていた。日本人ではカナダ在住の増井禎夫博士が二年前になられ、今年はケンブリッジにある分子生物学研究所の長井潔博士が選出された。長井さんの話では国籍は日本にあっても、英国での永住権があれば会員に選出されうるのだという。フェローになる平均年齢は50歳だというから、選出されたらまだまだひと仕事もふた仕事もをやれそうである。王立協会は多方面での活動をしているが年予算のおよそ50億円の4分の3は政府からくるが残りは会員の年会費と寄付によるものだという。日本の学士院などとはまったく違い、フェローは年金などはいっさいもらわず、むしろかなり高額の会費を払っているのである。

●外国人会員に選出されて
フェローになると入会式があり、重々しい儀式の中でのハイライトが分厚いサイン帳への自分の名前の記入である。創立時の国王との契約のためのサイン、またそれ以来の会員8000人が記入してるので、ニュートンやファラディー、ダーウインなど誰でも知っている科学者の自筆のサインを見ることができる。この分厚い一冊の本を見ると印象深く英国の科学の歴史が今にも続くことが分かる。昭和天皇のサインは漢字で裕仁と二字縦書きであった。
推薦者や仲間や家族の見守る中で、サインをして会長から会員になることを許可するという言葉と証明書をもらい晴れてFRSになるのである。本年(つまり2000年度)の王立協会の外国人会員に私は選出されたのだが、5月にこのことを聞いたときは、予想もしない突然の出来事だったので、嬉しい前に何かのまちがいではないかなどと不安に思ったものである。英連邦以外の国から毎年5人程度外国人会員が選ばれる。奥ゆかしいというのか、無用の期待を与えないために候補になっていることは本人には秘密にするという。京都大学では故湯川秀樹教授や故沼正作教授以来で、日本人としても6人目ということで、研究を志して以来、名誉というものがどんなものであるのか始めて味わうことができた。実はこの原稿は7月にあった入会の儀式に参加した帰りの飛行機の中で書いている。

●研究者は何歳まで働くべきか
入会のためのセミナーや、儀式、食事などの行事で今回は多数の70歳以上のかたにお会いしたが、いちばん印象的なのはほとんどの人が今でも研究の現場に関わっていることだった。ノーベル賞受賞者がごろごろいるケンブリッジの分子生物学研究所では、引退研究者という称号で80代の半ばを過ぎたペルツ博士なども大学院生などと肩をならべて実験研究をおこなっている。70代半ばの研究者もごく少数の2,3人の研究グループをもっている人は沢山いるし、90歳になってもセミナーの座長をユーモアも交えてリードしていたり投稿論文をていねいに審査することをしている。年齢にかかわらずできることはなんでもする。当たり前だが、日本ではできそうで非常に難しい。この雑誌の読者である歯科医師のかたがたは何歳くらいまで現役を続けるのだろうか。70代は相当おられるとしても、80歳半ばで現役のかたはどれくらいの割合でおられるのだろうか。いずれにしても生涯現役を自分の意志で貫ける職業はほんとにうらやましい。
日本は世界一の高齢化社会になるのだろう。しかし60歳くらいでどんどん職を去らねばならぬ人が多いのだが、それからの何十年もの余生をいかにみなさん過ごそうとしているのだろうか。もうすぐそれが自分の問題になるのに、私はなかなか実感をもてないでいる。科学者には現場があるので、現場を失って講義とかマネージメントのみをするのではいかにもつまらないし、もったいない。役に立つ科学者は社会がいつまでも使うべきだとおもう。率直に言ってわたくしは使ってもらいたい。問題は年齢をへた科学者が権威とか実績を振りかざして、既得権を主張しがちなことだろう。それに年俸も高いこともたいへんに問題である。
わたくしは現在59歳で研究者としては最盛期にあると自負しているのだが、大学の定年まではあと4年半だから、実際には終わりは間近の人間と周りは思っているのだろう。無神経な学部学生などに面と向かって「先生はいつ辞めるんですか」などといわれて情けなく思うことも多くなった。わたくしもそろそろ、「どこかまた現場で働かせてください」という就職活動をせねばならないらしい。先輩にいわせると現場への再就職はきわめて難しい。それはよく分かっている。しかし、風通しのよい高齢化社会にするには、ともあれ定年経験者も現場で働くことだ。低収入は当然、単純な仕事も気軽に引き受け、過去の実績によりかからず、人を指導したがらない高齢研究者が現場にいれば、今の若者にとってもつきあいやすく役に立つ「じいさん、ばあさん」になれるにちがいない。

by yanagidamitsuhiro | 2005-11-14 08:46


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