生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2009年 03月 22日 ( 1 )


2009年 03月 22日

いやな予感 検察と大マスコミがつるむと

決して誤りをおかさないような科学者はいない、これはわたくしの基本的な姿勢です。もちろん自分もふくめていますというか、毎日のように自分は誤っていないか検証しています。基本姿勢は間違いがどこかにあるはずだ、というものです。
まったく分からないことがこの宇宙、地球上にはたくさんあるので、間違えることは当たり前だとおもってます。神様が完ぺき無欠、無謬性の代表と考えるかたがたもおられるようですが、でも古代の神様はどこの国や地域においても、人間的かつおおざっぱなところがあって、失敗もたくさんやるいっぽうで欠陥も見せる、でもなにか神様らしい偉大さも卑小さとともにあわせもっているのではないでしょうか。だいたいそういうものがほ乳類的な生き物であるはずです。神様が生き物である人間の畏敬と尊敬をかちえるのは、無謬性ではないはずです。

しかし、人間社会、無謬性を求める組織主張する組織は必ず出てきます。ですから、いかなる社会組織も、その活動を批判するだけでなく、誤りがあればそれをきちんとみつけ是正するための別組織が無ければなりません。
日本に限らず、多くの国が三権分立という、分立を強調するのも、無謬性を掲げた組織が国家を好き勝手に支配したらどんなに悲惨なことになるか、多くの国が経験したことです。
日本ではいま検察の特捜なるものが絶対無謬性を掲げているようです。民主党党首の政治資金を強制捜査して、彼の秘書を逮捕し、捜査過程について、一切の説明責任を拒んでいます。誤るはずがないから説明不要、だそうです。無謬性を主張するすべての組織が同じように主張します。
いっぽうで、大マスコミがこの無謬性を掲げる特捜検察に寄り添って共生するかたちで、守秘義務によって守られているはずの捜査情報を、一見なんの批判的な検討もなさずに、大量にたれ流して、検察のつくるお話しを国民に提供していうのです。恐ろしいのは、右から左まで大マスコミはすべてまったく同じスタンスでこの問題を扱っているかのように見えるのです。検察捜査に批判的な大マスコミはいまのところみあたりません。
これらの情報は民主党にとって、破壊的にちかいダメージをもたらしているようです。野党第一党の国会議員が浮き足だっており、いっぽうで国民の間において、民主党に対する幻滅感はかなり深まっているのは事実です。

わたくしは、このような検察と大マスコミがみずからの無謬性を信じて、一体化して作る状況こそが政治不信を引き起こす最大の原因だとおもっています。
検察は日本政府の一行政であり、他の行政とおなじように過ちを犯す可能性がおおいにありうるはずです。
防衛省の守屋事務次官の明らかになった生活スタイルと意見をしれば、日本の防衛行政がこのようなとんでもない人物になされてきたのです。元幕僚長の意見は元気がよいので、一部に人気があるのはしかたがないとして、これが日本人の多数の意見になっている、と思う人は誰もいないでしょう。厚生省の官僚トップもとんでもないのいたことが想起されます。国家公務員、官僚である特捜検察関係者の頭の中がどうなっているのか、日本という国をどう見ているのか、本当にふたを開けて分かる日がいつかやってくる日がきたら、日本国民がその片寄りぶりに仰天することがあってもあまり不思議はないでしょう。経験的に、霞ヶ関あたりの官僚についての突飛な思考には日本国民はいまや相当な経験があります。

検察官僚に癒着して、捜査情報を垂れ流す報道関係者の、無謬性にもとづく「視野狭窄的正義感」これほど危険なものはない、悪いものはない、というのがわたくしの意見です。マスコミ者として犯罪の共犯役をあえてやりながら、国政を動かす、これは一種のテロ行為に近いものです。いま日本でいちばん危険なものは、といえばこのようなマスコミ関係者の活動が野放図に許されていて、調査、捜査が不可能だということです。これらのマスコミ関係者が逮捕、捜査される可能性は完全にゼロというのが、いまの日本です。
マスコミが、個人をやり玉にあげて社会的な死をもたらす、つまり裁判無しで個人を社会的に抹殺するのですから、マスコミがある種のテロ行為を行うというのは日本における最近の顕著な傾向ですが、政治家にそれが向かうと、気をつけないと、日本という国家に対して、きわめて反体制的というか反逆的行為です。
とくに現政権の政敵に向かうというのは、よくよくのことである、と思います。なぜなら政治不信を引き起こすにこれほどの絶好の材料はないからです。小沢は悪い奴だから、人気がないから、たぶん大丈夫という理由で許されると、信じているのです。ベネズエラではきのうだか、現大統領の政敵が逮捕されたそうです。日本もベネズエラの隣国的な状況に近い、のかもしれません。

日本がかつて歩んだ道は、政治家や政党の腐敗を弾劾し、軍人や軍部はそれに比べれば清潔で正義にもとづくという概念で国を動かしてからが、国家としての破滅の道を歩むようになった、とわたくしは思っています。戦争への道を誰が主導したのかは、別として、マスコミが一体化して情報操作をしたことは間違いありません。いま戦争などあるはずがないから、という発想では国家としての日本の命運危うい、とおもいます。

政党や、政治家の上に検察やマスコミの倫理性の高さを置くようになれば、また日本は同じような道を選ぼうとしているのか、と思われます。自民も民主も腐敗して駄目、どっちもどっち、同じくらい悪い奴らだという、議論ほど不幸なものはありません。

かつての日本が歩んだ破滅的な経験からの帰納としては、これから日本の社会ではまずテロ的な行動が頻発するだろうと予測せざるを得ません。
マスコミ関係者や検察関係者が自分たちが作り上げていった政治不信のもたらす、巨大な負のエネルギーの恐ろしさにおののくことが近未来にやってくるのではないか。杞憂だといいのですが。
いま、日本の行政にも国会にも司法にも、この社会のどこかで作られ、毎日流される得体の知れない捜査情報なるものを検証する手段がありません。
一刻もはやく特別な組織でこの出来事を捜査する必要が日本という国家の政治のためにもっとも必要になってきた、とわたくしは思います。米国ではニクソン時代に、特別検察官なるものが任命されましたが、日本でもことと次第でそのような組織の必要性を感じます。

これの検察と大マスコミの共生が跳梁すれば、それに対する日本の中での反作用が生じて、いやな予感ですが、政治不満を乱暴な行為で発揮する出来事が頻発し、それによりますます政治不信がたかまるという、負のスパイラルの可能性を杞憂と願いながらも、予測せざるを得ません。選挙というものを軽視する、官僚の体質は検察に限らず極めて危険なものとわれわれは思うべきです。

明後日には、たぶんこの件でマスコミはニュースが埋め尽くされるでしょうから、今日書いておきました。

最近のどこだかの世論調査で、自民党の印象はという項目をえらぶので、自民党は「傲慢」と「不信」というふたつのキーワードで圧倒的に他より多いという結果が出たようです。いまの自民党首脳のかもしだすムードをよく現しています。
自民党には良心的な人達が沢山いるに違いありません。かつて自民党はもっと柔軟で他を認めることが出来た政党のはずです。検察の批判を自民党関係者が始め出すのが、もっとも効果的なはずです。
愛国的で愛党的な自民党関係者が、日本の政治のために、検察批判を開始しだせば、自民支持は回復しだすでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2009-03-22 16:46