生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2017年 07月 18日

ある朝ひとり身のわたくしの朝食

これは昨日の朝のわたくしの朝食です。
温菜はなく、パンだけトースターで焼いて、後は紅茶です。
ヘルシーかつ、美味かつ、おなかいっぱいになります。でもカロリーは適切です。
ルッコラは比良の家の畑で生えたものを妻に手渡されたものです。
ベーグルは半分です。
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# by yanagidamitsuhiro | 2017-07-18 23:27
2017年 07月 10日

若者はなぜ奨学金返還で苦しむのか

奨学金返済でくるしむ若者が増えているとききます。今の大学の奨学金はなまえばかりで実際には金融機関から借金するのとなんら違いはないと聞きます。取り立ては厳しく苛烈で、払えないとブラックリストにのり、兄弟までもがそのチェインに入ってしまうというブラックな話もあります。大学院まで500万円程度の借金を作るのはざらなので、返済のことがその後の人生の最大に気がかりになってしまうとも聞きます。
いっぺん払えないとかお金的に困った状態になると、文字通り借金地獄になるとも聞きます。
高校卒業時のバラ色の未来とはまったく異なったとんでもなく暗い人生になってしまう。
週刊東洋経済で特集しています。
まだ未成年の高卒生徒が数百万円の利子付き借金をする決心をすることの危険性も強く社会は意識すべきだとありました。
まったく同感です。
また奨学金を昔のイメージで返さなくてもいいのが大半という完全に誤った認識でいる年寄りが多いのも大きな問題。
実情はその正反対。ほとんどが親も含めて返済に苦労している。
最近その苛酷な状況が社会でも意識し始めたのは少しましか。
日本が高等教育に税金を使わない点で、OECDの最劣等国であると聞きます。そのことはどの程度認識されているのか。
苦学もある水準を超えると一般のひとには転落のみちしか見えてこないのです。

日本の社会の視点を変えてほしいと強く思う。
金銭で困る若者たちに優しい目を向けてあげないと、いけない。借金という金銭で苦しむ、若者の人生は暗すぎると思うのです。愚かといわないで、社会は一緒に考えるべき。
西村賢太さんクラスでないと、このような苛酷な状況や借金を堂々とやり過ごせないはずです。
でもそんな人は百人にひとりくらいでしょう。
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# by yanagidamitsuhiro | 2017-07-10 15:59
2017年 07月 08日

赤木のある首里の石畳のみち

つい先日、那覇首里近くにある石畳あたり丁寧に歩いてみました。
いいところです。石畳も印象深いが、大木の赤木が沢山あるあたりは戦災の激しかったことをおもえば驚異でした。
写真を撮りましたのでそれを見てもらうといいですね。石畳と赤木です。
なかなかの深山のおもむき、訪れる人はおもいの他にすくない。一見の価値ありです。ただ、登よりはモノレール駅から道を探して下ったほうがだいぶ樂です。
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# by yanagidamitsuhiro | 2017-07-08 13:02
2017年 06月 18日

研究不正:起こってしまってからの対応と、起こってからいかに真摯に対応するか

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沖縄への帰りの機内で日経を読んでいましたら、エアーバッグ事故の対応で企業活動が大きく破綻したタカタの記事がでていました。読んでいるうちにこれはまるでわたくしが非常に気にしている研究不正がおこなわれた組織による開示の問題とどこかよく似ていると、強く感じました。

記事の見出しは民事再生法申請へ、とあります。エアーバッグの不具合が米国で問題になってからもう10年も経ち経営陣の拙い対応、責任感の乏しさで迅速にして抜本的な対応が遅かったので、とうとうここにまでの破綻に至ったということが記事からよく読み取れます。

この対応の遅さは現代日本の多くの組織のいまや宿痾の業病とでもいえるようになってます。

なんでこんなに対応が遅いのか。小組織のトップとして40年間やって来て、必要なら当日もしくは翌日に決断をし続けてきたわたくしにはただただ歯がゆいことが多いです。

かつてタカタは安全のシンボルでありバッグを使用したホンダのブランド力もあり優良企業、優良製品のシンボルとも言われたとのことです。

それがなぜここまで転落の経過をたどったのか。それを説明するために、記事の別の見出しは、「タカタ、失われた10年」、そして「甘えの構造、危機意識に蓋」とありました。記事をよめばまあそうですね、ということになりました。

記事のなかでわたくしが特に関心を持ったのは、故障や欠陥を防ぐ努力は企業の責務だが「要諦は起こってしまってからの対応だ」とありました。

そしてもうひとつは「不具合がおこってからいかに真摯に対応するか」だと。

これらの二点が述べられている点です。わたくしも、まさに研究不正が起きてからの対応としてはこの二点がもっとも大切だとおもうのです。これまで知っている正しい対応のケースは、発見したらラボヘッドは迅速に関係者のすべて数百人規模の研究者にことの顛末の詳細をメールなどで書いて送ってます。

研究不正の発見は多く、研究室外に端緒があります。実験が再現できないとか、データの提示自体に不正がある、とかの指摘が外部からなされるのが端緒です。再現できないのは研究不正でなく単に力不足か指摘側の誤解や理解不足もあります。

しかし、研究不正がひとたび明らかなになれば、その対応は研究室の責任者、研究室主宰者が対応するのは当然です。いざという時の対応、この時にラボヘッドの真価は試されるのです。

昔わたくしが知っている不正では、ラボヘッドが不正を確認すると直ちに関係者、研究者や研究組織のトップにも伝えられ、主宰者の謝罪の通知がきたものでした。論文が正しいと思っての研究活動をしないで欲しい申し訳ないという謝罪の通知です。

不正の後始末は、ラボヘッドがやるものでした。殆どのケースはそれですんだものです。研究組織が対応して外部に発表するという最近の日本の多くの場合はわたくしなどの年寄りには想定外の対応です。つまり、ラボヘッドが研究不正をすることはあり得ない、という前提でした。

しかし、いまやかつては考慮外だった、研究不正が主宰者自身によってなされる場合が激増しているようです。

それが真実なら、研究環境において大きな悲劇が起きているとしかいいようがありません。そのようなことが後々起こらないためには、ラボヘッドの推薦者や雇用した時の関係者は組織によって事情調査されるべきです。なぜなら、ラボヘッドの不正は何十年も続く若者達の苦難の未来の原因になるのです。

日本ではこれまでいろいろな研究不正があり、残念ながら研究不正大国といわれても反論できないのが今の実情です。驚くことは、ラボヘッドが不正を実行したケースも聞きます。稀ではありません。

その後の対応にも非常に時間がかかります。タカタについての日経記事を読むと、身内意識や仲間意識が解決を遅れさせているとのことです。組織全体が仲間意識をかき立てるのです。同世代という厄介な仲間意識も日本はたいへん強いです。

わたくしも日本の場合にこの身内、仲間意識が著しく状況の改善を妨げているように思えます。そして多くの驚くべき不正事実が表にでないで隠されたまま事態の終息に向かっているのです。それにたいして関係者というか責任者の多くが深く憂慮しているように殆どみえないのです。


日本の研究不正の特徴は、真相が表に出にくいのです。身内や仲間の不始末はできるだけ隠してやりたい同情したい。罪を軽くしてやりたい。どこの研究機関でも、特にエリートと言われているようなところではなるべく隠したい。具体的人名がでたらたいへん、というような「人権」の枠で研究不正の真実は外部にでないまま終息して、それが次の不正を起こりやすくしているのです。とくにラボヘッドの不正に対して、驚くほどのシンパシーが聞こえるのには唖然とするばかりです。わたくしには犯罪に加担するひとたちの意見にしか聞こえません。

タカタと類似の風土の中で起きているのに、その後の展開はひかなり違ったかたちになってしまう。タカタの場合は米国の基準で対応が厳しくされたのに今の日本では、研究不正は人権の名の下に、仲間意識やそういう類いのもので真相はどこにも出ないでしまうケースが非常に増えています。

過去の失敗に学ばない組織や人々は同じような過ちや場合によってはもっと悪質な不正にさらされていくのです。若い世代に研究不正に対して怒る感情を失った人達が著しく増えているとおもうのは老人のひが目でしょうか。




# by yanagidamitsuhiro | 2017-06-18 16:23
2017年 06月 03日

生物物理教室50周年式典

きょうはこれからわたくしがかつて30年ちかくも在籍していた京大理学研究科の50周年式典にいきます。時計台のホールでシンポジウムもあるようです。

わたくし昭和46年ですから19718月に、生物物理教室の教員として採用されました。非常に喜んで、たしか5月くらいから米国から戻って京都で住み始めました。独身だったので身も軽くスーツケース一つで引っ越したようなぐあいです。46年も前で教室もできたのほやほや、建物もあたらしかった。

希望に満ちて新緑のあざやかな東山をみつつ、下宿から歩いて10分農学部グラウンドの傍を通ったのをよく覚えてます。

当時なにが特徴だったのか。生物物理といっても岡田節人先生のように動物発生とか小関さんのように分子遺伝とか学問分野にこだわらない、面白ければいいというのが特徴でしたか。理論物理の寺本英先生の考えが濃厚にあったような気がします。かれがある意味ドンだったのかもしれません。

コントワールという喫茶店があってちょっと年配の先生がおいでになって色々話をする。後から思うとゴシップが多いのですが若者には面白くてゴシップがこんなに面白いのかとは岡田さんから学びました。それから、岡田さんは麻雀がお好きでよくさそわれました。小関さんも好きでしたが、寺本さんは「女波」というお酒を飲む店があってほぼ毎日のように夕方には出勤していなくなりましたのでつきあいはもっぱらそっちに行かないとできませんでしたが。

麻雀をやる時は、後に奈良先端の学長をやった安田国雄さんが岡田さんの指示でしょうか誘いにくるのですが、安田さんは決して遊ぼうとは言わないでドアの向こうでチラッと姿を見せるだけです。ですからこちらも積極意欲をしめさねばならずで、できるときは、「やっさん、やりますよ」と大声で返事します。

そうすると彼はなにも返事せずに姿を消すのですが、それで商談成立で夜は遊べるので急に一生懸命働き出したりして。おもえばよくあそびよく学べでした。女波はちょっと若手には高級でしたので、本蔵(もとくら)というおばちゃんの店によく行ったものでした。雀荘のなまえはたしかさくらと言ったようなきがします。

あの頃、いったいいつ研究の話をしたのか覚えていません。実験のアイデアなどが上手くいったときにひと言、うまくいったとい言うくらいでした。

それでなんか気持ちが十分通じるような時代だったし、人間関係もそうだったと思います。後で時間をかけて何がうまくいったのか知る機会がたっぷりありました。

遊びでよくつきあっていたから、ちょっとした言葉のやりとりでかなり深く互いの学問の状況も理解しあえる。そんな関係があったのでした。

いまから40年以上前の30代の頃のはなしです。

当時は学問は面白ければいい、それにつきていたような気がします。

それと、遊びの中の学問を真剣にやる、真剣ならあそびの中の学問でいいじゃないか、そんな気持ちでした。

そういうのが当時の学問のエッセンスでした。





# by yanagidamitsuhiro | 2017-06-03 15:01
2017年 05月 25日

火山伝説と古事記

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ここに掲げた文春新書の一冊は最近読んだもので、とても面白かったものです。
火山と縄文時代、火山と古事記という思いもよらない組み合わせですが読んでるうちにどんどん引き込まれて、読み終わった時には火山が日本人の心と生活と長い歴史に深く埋め込まれてきたのだと確信してしまい、悠久の時に思いをはせるようになるでしょう。
火山で読み解く古事記の謎、と本のタイトルにありますが実は古事記には沢山の火山に関係する話が入っているのだというのが、著者蒲池明弘氏のこの本での主張です。
氏が始めに言いだしたことではなく、実は既に沢山の人達がいろいろな観点からある程度いってるのでした。知りませんでしたが、寺田寅彦なども卓抜な仮説を提唱しています。またロシアの革命家で日本に長年住み帰化した人が大変興味深い観点で日本の歴史とくに古事記を読み解いていたということです。まったく知らなかった大変興味深い話がたくさん織り込まれていました。

蒲池氏は沢山の火山仮説とでもいうものをまとめて、さらに一歩も二歩も進めて実に魅力的な本を作りました。歴史の本なのに、理系でのモデル、興味深い仮説を提示されているようで、ついついじっくり読んでしまいました。
天皇家の解釈もたいへんおもしろい。ネタを明かさない方が良いと思うのですが、巨大地震、天皇家と火山地帯、古事記、大噴火、こういうキーワードのひとつでも関心があれば、興味津々最後まで読めるでしょう。

蒲池氏は実はわたくしの姪の配偶者ですから、内輪ほめみたいにみえてしまいますが、でも正真正銘面白い本です。むかし結婚式の時に一度会ってその後はまったく会ってないのですが、いつの間にやら読売新聞をやめて小さな出版社をやっていると聞いてました。
この本を読んで、この才能の持ち主、これからの活躍を大いに期待したいと心よりおもいました。

# by yanagidamitsuhiro | 2017-05-25 11:58
2017年 05月 13日

年越しのバナナ

昨年の11月頃には貧相にぶら下がっていた昨年最後のバナナがここへ来て太ったように見えたので切りました。でももうすこし待つべきだったかもしれません。味はまったく予測つきません。時間がかかったので美味しいと思いたいが。でも黄色くなるかどうか。
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# by yanagidamitsuhiro | 2017-05-13 17:59
2017年 04月 11日

岡田節人さんを偲ぶ

京都に休みに来た一つの理由は、「ときんど」さんつまり岡田節人さんの偲ぶ会に出るつもりでした。一に奥様に会いたい、お顔を拝見してひと言でも二言でも言葉を交わしたい、これがわたくしの強い気持ちでした。それが満たされてとても幸せです。
節人さん、奥様あっての節人さんでした。奥様にあえれば元気な時のときんどさんが芋づる式に記憶のひだから立ち上がってきて、おい柳田さん、どうしとる元気かという、例の声色が聞こえるようです。
しのぶ会ではときんどさんの独演会の録音でも聞けるとかと思っていたのですが、工夫をこらした音楽が流れていて、聞いたことがない曲が沢山、でも岡田先生のウイット溢れたことばでの説明が欲しかったのでしたが、ご子息がそのさわりをすこしやって頂いたので満足です。
壮年期で元気な時組織の長になる前の岡田さんのすぐ傍で日常生活を送っていた時代、なんかあれば昼飯時、お茶のみ時、麻雀の時間帯など、会ってえんえん四方山話をしたものです。
こうやって考えて見ると失った時間はあまりにおおきい。
でも余りある豊穣な時間、ときんどさんの話を聞いたおかげで会話を空想することはできます。
ときんどさんと研究不正のことを話題にしたことはありませんでした。我々が30代、40代の頃、不正事件は日本国内では大変珍しい、たとえあったとしても、表現悪いが実行者は小物(こもの)が多かった。ボスの学説に合うように、ハエの目玉眼を色で塗ったとか笑いはあっても知的というか不正の技や知的に感心するような不正は殆どなかったのでしょう。
今の時代のように有名ジャーナルに毎年論文を発表したり、知名度も高く、大きな賞ももらうような人達が不正を働くなどありえないし、想像できないでした。
ときんどさんだったらなんでそんなことをする、いったいどういう人なんだという疑問が前面にでるでしょう。あんがいこわがりで心づかいをする細やかな方でしたので、一体どんな人、そういう人と喋らねばならぬ羽目におちいったら、どうしようと好奇心はあるもののでもまず誰かの意見を聞いたでしょう。先生は大変な蛇嫌いで、漫画でもぱらぱらめくって蛇が出ないことを確認してから読みだしたと、Yさんが言ってました。
それでこういうことには鈍感で乱暴な気性もある程度所持しているわたくしにたぶんきくでしょう。柳田さん、あの例の噂の御仁、ほんまにやったのか、とたぶん聞かれるでしょう。わたくしがどうもそうらしいですよ、と返事をすると、若い奴をそそのかしたのではないか、とたぶん聞くでしょう。まさか、自ら身の破滅となるようなことを自ら実行などするはずがないと。それで、わたくしが、どうもおそろしいことに自分でやってしまったという噂を聞いたし、それが一番わかりやすい説明みたいといえば、たぶん次から次になんでそんなことをやるのだと沢山質問があったでしょう。恐がりの先生としてはそんなことなどあって欲しくない、と。
頭脳明晰、人間の理解が格別に深いかたでなので、目の前にあの学会講演などで脚光をあびていた御仁がそんな人物であったととは到底信じたくない、そんなおぞましいことはあって欲しくない。先生はやはり上品なかただったな、とおもいます。
不正などする人間を理解出来ないでしょう。たぶん、ひと皮剥けば高名な捏造者も粗雑な人間なら納得するのかもしれません。

こんな想像まったく間違ってるかもしれません。でもわたくしがこの何年間、不正の問題にぶつかったときにあって話したかった人のナンバーワンがときんど先生でした。
おぞましいものにであった時に先生の考えはどう動くか、それを知りたかったです。つまりわたくし自身の感じ方は大丈夫なのか、という不安がいつもありました。
彼とはなすことによりバランスをえたかったのでした。

しかしいくら偲んでも答えはでてきません。しかたないな、もう時は決して戻らない、これも生きるうえでの沢山のことの一つなのでしょう。




# by yanagidamitsuhiro | 2017-04-11 10:33
2017年 03月 29日

わたくしが生命保険をかけない理由

わたくしは生命保険に入りたくないタイプの人間です。
自分で生命保険をかけるときは海外旅行にでる時に掛け捨てのに入るくらいです。あとクレジットカードで交通事故などでの傷害保険とかの自動的なものくらいです。もしかしたら、わたくしが知らないか、忘れているだけでなにか入っているのかもしれません。でもわたくしは、積極的に入りたくないという主義をずっと通してきました。独身の20代だけでなく、30代で結婚してこども3人に恵まれてからもです。生命保険は掛け金が沢山かかって、薄給の大学教員にはたいへんつらい、というのが理由とすると、随分、家庭人間として無責任と思われる気もします。
でもそのかわり、別なことに相当に気を使って生きてきたつもりです。
その第一は、家族皆健康であること。そのために体を鍛えるというか体を動かすことですね。週末忙しいときでもなるべくそのあたりにハイキングなどはよくいったものです。毎日、家族全員と顔をあわせ、顔色の悪い人はいないかそれなりにかなり気をつけて来たつもりです。ただ悟られないようにしていたつもりです。これが、わたくしの第一の保険で、ありふれたものです。
第二は、子供達は将来、ご飯がちゃんと食べていける人間になって欲しい、そためにありとあらゆる時に自分で飯を食ってください、とつたえる。そんな保険的発想です。子供達がいい方悪いですが、安価に育って、逞しく社会でちゃんと生きてほしい、これがわたくしのいちばんの願いでした。主義思想とか教育方針ではなく、そうじゃないと食べていけないくらい国立大学の教員の給料などはまさに薄給だったからです。そういえば昔は月給は封筒の中に入っていました。薄給は実感があったのでした。
幸いなことに子供三人、みな健やかに良くそして強く育ってくれて、社会でちゃんと生きています。なんとありがたいことです。感謝感謝です。おかげで人生で最大の夢だった、わたくしの夢もかなえられました。
この第二の保険がうまくいったので、後はわたくしと妻が元気に健康に生きていく、このことがもちろんこれまでのそしてこれからの関心事です。

これがわたくしの保険にはいらない代わりの考えです。まったくなんにも変哲もありません。わたくしが今や後期高齢者にたどり着きましたのでこんなことを書いてもあまりだれからも叱られないでしょう。
日本の医療制度がしっかりしているので(他国と比べて相対的に)、その上に乗った考えであることはいうまでもないです。また、運良くそうなったと言われるかもしれません。まさに、そうかもしれません。しかし、人生は所詮運でしょう。
だから、たまにはこういうわたくしの生きる上での小さなギャンブルについても書いておいていいでしょう。

 


# by yanagidamitsuhiro | 2017-03-29 07:21
2017年 03月 20日

豊洲市場の安全、安心についての専門家会議と「政治」による判断

朝刊をよんだら豊洲市場について新たな展開があるようなので、昨日書いているのですが、例外として今日も。

ニュースの要旨は、昨日(19)都の専門家会議は、豊洲市場敷地内の地下水から環境基準の最大100倍のベンゼンなどの有害物質が再び検出されたことを公表。複数地点で基準超の有害物質が出た1月公表の暫定値とほぼ同様の結果で、1月の数値が確定した、とのこと。

会議の座長さんは「地上と地下は分けて判断している。地上の観測値に変化はなく、科学的には安全。ただ、(消費者が)安心できるかは専門家会議では判断できず、政治的な課題になる」と話した。ところが、知事さんは「(結果を)非常に重く受け止める。今後どうするかは専門家会議などに判断材料をいただく」と述べた。ベンゼンなどの値が高いことについて、専門家会議は有害物質が突然検出された理由について、都が昨年8月以降に本格稼働させた「地下水管理システム」の影響で、水の流れが変わったことなどを指摘した。(以上引用は朝日より)。いかなる判断材料が今後どこから出るのか、不透明ですね。

この報道をよめば、読者はそれじゃどう決まるのだ、これからどうなるのだと、思うでしょう。せっかちな一部の報道は早くも決断しない知事批判を初めてます。はやく、結論をだすべく態度を鮮明にせよというような感じです。都議選にからめるな、ともテレビのコメントで聞きました。そうでしょうか、絡むに決まってます。東京の報道も人々もせっかち、なのか。

専門家でも当然いろいろ意見があるようです。ベンゼンは地下に封鎖されて問題なし、というのと、(市場で)飲まないし使わないので実害はないが、望ましい環境ではない。豊洲に移転するのが適切かの議論は避けられないと。知事は、安心、安全以外に都民の納得が得られるかと言ってます。

ベンゼンは揮発性で発がん性はもっともたかいグループ。もちろん空気中にあるべき物質ではない。地下にあるのもしみ出して空気中に放出されれば室内であれば芳しくないのはもちろん。ですから、コンクリートでがっちり封鎖してあれば安全だろうと、座長さんが言ったとおりです。

ただ、その封鎖期間は何年何十年何百年?また地中から空気中に絶対漏れてこないか?という疑問がでるでしょう。コンクリートの亀裂や腐食は?東京ガスがフルに稼働した跡地です。石炭の蒸し焼きや原油から容易に大量nベンゼンはできます。ですから、地中には大量のいろんな化合物があるでしょう。でも封鎖してあるのだから、安全、安心とどこまで言い張れるのか?

この問題は原発の安全、安心、信頼とどこか類似していることに気がつくのです。

東京都民にとって、東京電力が福島や新潟で原発を作り電気を大消費地に送る仕組みにおける「安全、安心」の享受は行政が担保したでしょうか?やはり、専門家会議や報道識者集団のような人達が安全だけでなく安心感も提供したはずです。

そもそも地中封鎖は本当に安全でしょうか?どのような天変地異もしくは人災でも封鎖が壊れる可能性は無いでしょうか?かつて原発も安全を疑う人はごく少数だったはずです。しかし、物理学者を主とする一部の専門家は少数だったでしょうが、危険の警鐘をずっと鳴らしたはずです。

ベンゼンやヒ素は検出も容易でしょうし、爆発性でもないので、代替え地があれば検出されてから待避すればいいという議論も当然あるでしょう。

ですから、原発のようにもしものことがあれば、国家が喪失するような想定される事態に比べると遙かに温和な危険性といえます。最近知ったのですが、韓国南部の原発が壊滅的な破損をすると日本の西部南部では数千万の人々が避難せねばならないとかいう予測もあるようです。偏西風の影響で場合によっては放射能の大半が日本に飛来するという予測もあるようです。

きょういまの時点では豊洲についての専門家集団が豊洲は安心、安全だと言って、後は政治がやってくださいというのはあまりにも浅い意見ではないかと個人的には感じます。

やはり、広く専門家の意見を聴取してほしいです。少数意見もぜひ表に出したほうがいいでしょう。事ここに至っては、正直が最善の対策でしょう。ただ、これは今の専門家会議でなく知事があらたな会議を作るのが妥当と思いますが。

さらに一抹の不安があるのは、豊洲の地下に何が潜んでいるのか、完全に明らかになっているのか、です。元副知事さんの百条委員会での証言を聞くと、豊洲の地下のクリーニングはどうもまだ明らかになってない何かが隠されているのではないかという危惧を感じました。いっぺん洗いざらい表にだして、それで判断するのがいいでしょう。知事さん一人にまかせるのは良くないでしょう。

一日電気代500万円とか叫び立てる報道が多いですが、でもここは時間をかけてこの重大な岐路で真剣にかつ公開で論議をするのが大切でしょう。しかし、決めるのは知事かそれとも選挙に間に合えば選挙民が決めるのか。わたくしは、選挙民が決めるのがベターだと思います。



# by yanagidamitsuhiro | 2017-03-20 08:49
2017年 03月 19日

fake news新時代での生き方

fakeニュースという、言葉を聞いたのはトランプ米大統領が記者会見でなだたるマスコミに対してあんたのところはfake newsウソニュースと決めつけているのをテレビで見てというか聞いてからです。その後、fake newsということばは数え切れなくきいています。その間、この言葉はなにか深い実体があり、今の時代を優れて反映すると思うようになりました。
今国会で連日大問題になっている大阪の森友小学校敷地問題、ニュースのソースは多数多方面ですね、大量のニュースが出てきますが、どれが本当でどれがウソかわたくしには判断するのは殆ど不可能です。これほど、混迷したニュースはかつて経験がありません。思い出せる範囲で、ニュースに出てくるひびとは、安倍首相、首相夫人、籠池氏、夫人、子息、稲田防衛大臣、夫、松井大阪知事、橋下前大阪知事、鴻池議員、沢山の財務省関係者、もう止めておきますが、まだまだ登場人物はこれからもいるとのこと。そもそもこの学校は教育勅語を教えるということなどで一部識者がその右翼傾向を批判していたのが、いまや話は多面的になりすぎて収拾がどうなるのか。

そのカオスの中心にfake newsがあるのだとおもいます。今回はfake newsを生み出すかもしれない危険人物に野党の偉い人が自宅に行って色々その後で情報を発信しているので、ますますわかりません。
そのうえ、この間まで籠池氏批判の先頭にいたかたが突然態度を変えて籠池擁護に成り、同時に籠池氏は百万円を首相関係者(たぶん夫人)から寄付をいただいたという、聞いたらそれはfake newsでしょうといいたくなることを大声で叫びだしたのですから、しかもそれが全ての大マスコミで報道されたのですから、驚きました。
このニュースの意義は今は分かりません、政府の発言を聞けば好奇心はわきますが、それほどたいした問題ではないような、気もします。そのことの決着は今週の3月23日の国会でつくのだと聞くと、つくはずもないが、でもあらたなウソとホントのニュースが沢山出るのだろうとおもっています。
ただ、今回国会審議はウソをいうと罰せられるのだそうで、みなさん言葉には気をつけるでしょう。しかし、ウソではなくてもセンセーショナルにことを大げさに言い立てることは可能なので、まあ大マスコミから小マスコミ、それに高級から下級までどこもかしこも言い立てるでしょう。

こんなことをここまでゴチャゴチャ書いて来たのは、こんな感じいまのわたくしが棲息している研究の世界とどこか酷似しているのです。と感じています。

我々の世界では、fake newsは本人はtrue newsと思っているのに後でウソと分かるのと、最初からfake newsと分かっているのに自らの利益のために、fake newsを世に出して自らの知名度を挙げてさらには高名な地位を獲得するためにやります。前者が圧倒的に多く、後者は珍しい、でも分かれば、我々でもそれなりに大騒ぎします。

そんなこと、研究面のウソニュース、ばれたら元も子もないと考えがちですが、最近はfake news事件が多くなって、また大学の中には自らの体面もあり、罰せずにほっておくケースが多くなり、ある意味やりどくという傾向も相当にあります。怖いですが真実の一部です。やりどくが増えるのは極めて問題ですが、ばれると組織全体に累が及ぶので、穏便になりがちです。しかし、体質の悪化になることは間違いありません。

ところがもっと悪辣というか知恵があるというか、天真爛漫というか、そのあたり分からない人もいるのですが、データの改ざんなどで自分が考えるとこうであるに違いないという結論を論文としてだすひとびとも増えているのです。
元々かなりいるのですが、昔は大物がやっていたのが最近は小物がやるので、割合早くばれてしまうのですね。
でもその場合、あまり悪気がないというか、みんなやってるじゃないかという理屈でなんにも反省しない、こういう人々が増えているようです。
このfake newsの出してとfake newsの内容吟味、数が増えると収拾がつきません。しかし、fake newsを出したいという出して世間の耳目を集め、地位を高め世俗的な満足をえたいという誘惑は相当に強い時代です。
fakeなのか、trueなのか、決着がつくのに何年かかればその間にいろいろな経過が起きる、批判者と擁護者が拮抗してくれば、わけが分からなくなる。
日本は、権威者が少数でも大きな声を出すと、もしくは小声でも裏で手を回すと、なかなか素直な展開はしません。
そういう意味あいで、この大阪の予定小学校の顛末を詳しく理解してみたいとは思います。しかし、枝葉が非常に多いので、なかなかシンプルなストリーにならないかもしれません。
学術世界のほうではわたくしも環境改善に微力を尽くしたいとはおもっています。


# by yanagidamitsuhiro | 2017-03-19 09:57
2017年 03月 11日

東日本の大震災ご6年目の日です

仙台には折々に訪問することがあっても被災地へは長いこといっておりません。
被災地がなかなか正常にもどる気配はないように見受けています。
被害があまりにも大きいのと、また津波に対する対策が巨大過ぎて途方もなく長い時間がかかるのでしょうか。
原発被害地の福島になるともう時間のスケールは非常に長くなるような気がするのですが。
しかし、実は被災地は帰還が可能な地域になっている部分が最近相当に増えているようです。
放射能被曝の度合いは気をつけると相当に低く事実上影響なく生活をすることが可能になっているようです。ただ、専門家の間では議論に差があります。しかし、生活者はどれかを許される中で選択しなければなりません。
日本全国のなかで福島県だけがこのような目にあうのはあまりにひどすぎるとおもうのです。
しかし、こういう問題は誰かと話し合わないと見えてこない部分がおおいのです。そういう人は周囲にはなかなか居ません
わたくしも女川と石巻は確かに行きまして、いかなければ得られないものは得ました。
しかし、これもその後の生活の一部にはなっていなくて、その訪問時が点のようになって記憶に残っているだけです。
幸い今年はあと二回東北にいく機会があるので、見聞と体験の巾を拡げる努力をすることが可能でしょう。ちょっと期待しています。

6年前のブログを今日は久しぶりに読んでびっくりしました。
あの頃は、勢いがあって、元気のよいこと。今と呆れるほどの差があります。

なぜそうなのか、わたくしにとってわかりきった理由があるのですが。
しかし、ここまで差があったのか、と苦い気持ちを持たざるを得ません。
この6年間、沖縄での職場では何があったのか、研究の遂行はいろいろ難しい問題に直面していますが、なんとか出来る。それどころか、我ながら感心するくらいうまくいっている。成果という観点からみれば。

しかし研究の根底にあるべき、精神のもっとも大切な部分は、どうだろう。
わたくしの内面には間違いなくあるのですが、しかしそれは発揮出来ない。

なぜ発揮できないのか、それを納得できるかたちで外に説明出来ないことがこの5年以上の困難な日々の根底にあるのです。





# by yanagidamitsuhiro | 2017-03-11 21:57
2017年 02月 26日

21世紀を日本の歴史から学ぼうとすると

応仁の乱の本、那覇のジュンク堂で購入して読み始めました。
中世という奥深い時代を扱っていますが、著者呉座勇一氏はかなり若いみたいです。
なかなか頭にはいるような予備知識のない話題ですが、しらないことばかりなので面白い。わたくしとしては、ゆっくりまあまあ丁寧に読んでます。
戦乱の時代、やはり分かり易いのは源平とか東西とか二大勢力の間のあらそいですが、この応仁の乱、まず奈良の興福寺でのトラブルから話が始まって、軸には足利将軍がいるのですが、それと各地の貴族や豪族なのか侍大将なのかが争いと葛藤を繰り返していくのでまあいわゆる乱世、かつわかりやすい対立軸がない。また巨大な権力があるわけでもなく、足利将軍の権力も経済力や軍事力を背景にしているのでもなくまさに「権威」のようなものらしい。
当時の状況はいまの世界の様相とどこか似ていますね。
今の世界、わたくしには消化できない状況ですが、はっきりしていることは小競り合いみたいに見えますが、沢山の争いが世界中で起きている印象です。イデオロギーの対立でなく、単純に貧富や宗教、人種の争いとも見えません。
でもこの多種多様な争いがいつか大きな戦乱になるのではないか、というおそれをもっています。
たぶん多くの人達がおなじような感じを持っているのではないでしょうか。
日本も韓国や中国やロシアやそれに米国に対しても火種をもっていて何かをきっかけに大きくなるかもしれない。
国内も、沖縄の新聞を読んでいると絶え間なく大和、ヤマトと本州勢力をひとまとめにする言論が盛んだし、いつなんどき大きな問題になりうるようなことが起きるかもしれません。
ともあれ21世紀の応仁の乱は大変困るので、なにかヒントになるような解決への道筋をみつけたい、そのためには日本史だとこの時代の理解をいっぺんしてみたいと、まあそんな風に考えてます。


# by yanagidamitsuhiro | 2017-02-26 18:15
2017年 02月 15日

デービッド・アトキンソン氏の主張 ITに合わせて働き方の改革を

デービッド・アトキンソン氏というかたがいて、気になる方で、この方が何か書いたりしゃべった記事が出たらなるべく読むようにしています。言ってることに納得しているのではかならずしもないのです。いつも最初の7割くらいは頷いて読むのですが、最後の結論あたりでついて行けなくなって、本当かなあ、という??で終わることがおおいのですが。

東洋経済という週刊誌でこの方の最近の主張をのせていました。人物紹介は以下のように書かれています。
著書『新・観光立国論』で観光行政に、『国宝消滅』で文化財行政に多大な影響を与えてきた「イギリス人アナリスト」にして、創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社社長であるデービッド・アトキンソン氏。

日本人の生産性がどんどん下がっているということに警鐘を鳴らすと言うよりは、むしろ日本を励まそうとしているのがありありと分かります。日本を応援というか日本の発展を願っているのはまちがいありません。
日本は、潜在能力は高いにもかかわらず、毎年順位が下がっています。同時に貧困化が進み、社会福祉の支出が膨らみ、国の借金も増える一方です。もはや「生産性を上げたからといって幸せになるとは限らない」などと、のんきなことを言っていられる状況ではなくなりました。生産性向上は、日本にとって喫緊の課題です。とこのかたはいってます。
それで特にサービス業が生産性が低いと指摘しています。

それでこの方は以下のように言っています。
日本の1人あたりGDPは3万6434ドルですが、先進国上位15カ国の平均は4万7117ドルでした。その差額1万0683ドルのうち、9824ドル(92%)は、サービス業で説明がつきます。経済における比重が高くなっているのに生産性が非常に低いサービス業は、1990年以降の日本と海外の生産性のギャップ拡大に、最も大きな影響を与えているのです。
あんまり引用しすぎは良くないので、原典に当たって欲しいですが、ここまではわたくしもなんか納得したいしなんか全部納得したいような気がするのです。

今回の主張はもしかしたら最後までずっと納得して読めるかもしれません。
しかし、きょうはここで時間が無くなりました。残りを後で精読しましょう。

# by yanagidamitsuhiro | 2017-02-15 18:07
2017年 02月 13日

初心者とどこが違うのか

結局慣れてないことをやりだせば初心者とあまり変わらない、そういうのが率直な印象というか感想というのは最近よくあります。もうすこしベテランのはずだったのに、そんなこともない。
学術というか研究稼業ももう50年以上やってるので、研究については超ベテランと言われても仕方ないのですが、実際にはそんな感じはまったくない。
初心者の感じる難しさとほぼ同じようなことをいつも考えるし、決断が必要になっても初心者のように迷うものです。なまじいろんな事を知っているので迷いだすときりがないものです。
それじゃなにかいいことはないのか。考えているのですが、一つありそうなのはそう簡単にまったく新しい発見などできないということですか。つまり知識の量から無駄な時間をそぎ落とすことができているとおもう。
新規性を追求しても似たような研究はあるものです。ほんとにどこが新規なのか、何度も何度も吟味しているうちにとうとうそれまできづいていなかった新規性にはじめて気づくこともあります。

いま一生懸命やっている問題もそんな感じの問題で、マンネリのように同じことをずっと考えていたのですが、あるときちょっとしたきっかけから新しい側面が見えだしてきました。
初心者とどこがちがうのか、ほとんど違わないのですが、雑念の数が少ないような気がします。
雑念とは期待感とか不安感の類いですが、完全に無くなれば素晴らしいのですが、なかなかそうはいきません。
初心者とちがうのはどんな感情もいちどくらい味わっているので、今度はどれになるのか、なにと何の混ざりになるのかその結末をいつ頃味わえるのか、そういう雑念があることくらいですか。

# by yanagidamitsuhiro | 2017-02-13 17:38
2017年 01月 30日

富沢純一先生の訃報に接して

富沢純一先生がお亡くなりになったとの報を知りました。
先生にはお世話になりっぱなしでした。
特に学会を発展させるための欧文の学会誌(ジャーナル)が必要だとの、先生の信念と情熱に頼りっきり、その結果とうとうGenes to Cellsという立派なジャーナルの創刊にこぎ着けました。先生が初代編集長をやり多くの編集委員も参加して今日に至っています。わたくしは先生のあとの編集長を拝命しておりますが、学会ジャーナルには苦しい時期ともかさなり投稿数がだんだん減ってくる苦しい時期がありました。最近明るいきざしも現れて、今月はとうとう先生の時代の最盛期の投稿数に近づきつつあるのではと喜んでいた矢先の訃報でした。
君、そんなので喜んじゃ駄目だよと言われそうです。でも報告したかったです。
息の長いジャーナルになるための試行錯誤の時を過ごしたような気がします。

富沢先生をはじめて見たというか、遠くから拝見して、ひとことふたこと言葉を交わさせていただいたのはもう50年も前です。わたくしが大学院を休んだというか止めて欧州に留学する直前でした。富沢先生は同期だったOさんの先生だったので、渡航まえにOさんに会いに行ったときにOさんがわたくしの留学先を紹介してくれたのですが、ああそう、という二言だったとおもいます。
怖そうな先生だなあという印象が強く残りました。実際には先生は気さくな方だというのはそれから何十年か先には分かったのですが、幼児の原体験は残っていて、遠くから拝謁するという感がいつまでも残りました。

いうまでもなく、先生は分子遺伝学・分子生物学の大泰斗でした。
学会で先生の議論を聞けるというのが初期の日本分子生物学会の最大のアトラクションでした。先生の議論は厳しいものだったですが、でも議論はこういう風にもやれるのか、という強い印象を大学院生だったわたくしなどは思ったものです。

先生は若い研究者の育成にも取り組んで育英資金を提供しています。

先生の大きな思想と人柄は時がたつにつれより強く感じられるようになるでしょう。


# by yanagidamitsuhiro | 2017-01-30 16:53
2017年 01月 28日

長距離トレイルランナーの鏑木毅さんの食事

昨日の那覇から伊丹への機内でよんだ新聞記事(日経)に世界的なトレイルラン(山岳を長距離走る苛酷なスポーツ)の鏑木毅さんの低糖食という興味深い特集記事がありました。
ゆっくり歩行すればそういうことはありませんが、高速でかつ傾斜の激しい山岳を走り回れば、呼吸も激しくなります。こういうときに体では酸素欠乏にならないように呼吸が激しくなりますね。生命科学的には酸素を大量消費するミトコンドリアという細胞器官がフルに働くわけです。ヘモグロビンやミオグロビンのような酸素供与体ももちろん働きます。肺活動も血液の循環をつかさどる心臓もフルに働くわけです。
この記事では、鏑木さんが食生活を改めるきっかけになったのは米国のトレイルランナーに、彼がレース前にご飯やパスタなどの糖質(炭水化物)をおなかにいっぱいためていたら、あなたまだそんな食事をしているのと、冷笑されたのがきっかけだった、ということです。米国のランナーは糖質に頼らず体脂肪を効率的に燃やしてエネルギーをを得るので、低糖質の食事をしていたのです。
これはちょっと説明がいります。エネルギー効率がいいのは脂肪を燃やせたらいいのですが、糖質をエネルギーをするのに体が慣れていると、糖質ばかりが優先的に利用されて燃料切れしやすい。その点脂肪を燃やせれば効率がよく糖質よりずっと多く保存されている脂肪を使う回路を体内に築いておけば、より長い距離を早い巡航速度で走れる。そういう体を作るには低糖質の食事をして、からだが優先的に糖よりも体脂肪を利用してくれる。
これは鏑木さんによる説明ですが、なかなか含蓄があります。世界的な長距離ランナーが長年にわたって経験してきた言葉ですから、説得力もあります。低糖質であって、決して無糖質ではありません。ご飯でいったら茶碗に半分くらいの糖質をとるのは必要と言ってます(もちろん一日に高エネルギー消費する人にとってです)。
鏑木さんの食事はもう一つの大きな特徴があります。抗酸化作用のつよい食べ物に最大限気を配っています。これらがからだの中で生じる、活性酸素を除去しているのです。その結果血管や筋肉(さらに脳まで)を若々しく保つ(老化を抑制)のです。鏑木さんは低糖生活よりも最初に抗酸化生活に取り組んだといっております。
どんなものが抗酸化食品か、さかな類(さけ、いくら、かに、えび)、リコピンをふくむトマト、すいか、フルーツ、それにカプサンチンを含むピーマン、パプリカ、唐辛子、ブロッコリー、ケールそれにβカロテンを含むニンジン、ほうれん草、モロヘイヤ等を沢山食べるということです。
わたくしは読んでいてなんと理にかなった食事だろうと思いました。つまりこれはエネルギーを効率よくつくるミトコンドリアの体内活性を高める状態の体のコンディションを誘導するために低糖にする、そして低糖で活性化したミトコンドリアが作る大量の酸化物質が組織に傷害を起こすのを抗酸化作用のある食べ物で、防ぐ。
文句のつけようのない素晴らしい食事生活の基本です。

実は研究室では低糖や低窒素源の研究を分裂酵母という微生物を用いてここ10年近く、染色体の研究と並行してやっているのですが、この鏑木さんの食事はわたくしたちの研究がぴったりはまります。
わたくしたちは遺伝子でなんでも説明しようという種類の人間ですので、低糖では耐えられなくなる、低窒素源では生きていけなくなる細胞の遺伝子はなにが欠損しているのか同定しています。低糖でも低窒素源も浮かび上がった遺伝子はそれぞれ100以上ありますが、その話を始めるのは今日は控えましょう。
ただ付加的にすこしだけ一般的説明を加えますと。
細胞は自力でも抗酸化作用のあるものを色々作れるのですが、その働きは低糖になると必要性が飛躍的に高まります。つまり高糖条件なら抗酸化物質の必要性は高くないです。しかし、低糖条件にすると自力で抗酸化物質が増量するのです。しかし、スポーツをする人間の場合は供給する必要があります。それに対して、自分のからだにある脂肪を燃やせるように体をなじませる必要があります。そのために回路が発揮しやすいように体を慣らせる。たぶんここにはまだまだ未知の課題があるに違いありません。低糖にプラスアルファの条件にすると体内脂肪がますます燃えやすくなるのかもしれません。興味深い問題です。
次は抗酸化の食べ物です、人体は我々が教えなくても抗酸化物質を知っていて大事にします。血液循環の過程で一度体外に排出されそうになっても抗酸化物質を再吸収します。体質的に抗酸化物質を再吸収しすぎるとなりたくない病になることもあります。にんげんでしたら、外部から食べ物として抗酸化物質として取り込むことがもっとも賢いに違いありません。その結果老化しないで若々しさが保てるのなら。
ミトコンドリアとは大変効率のよいエネルギーを生み出す細胞器官ですが、残念ながら酸化作用のつよい物質も沢山生み出す。たとえて言えば、高速のスポーツカーが排ガスを沢山出すようなものです。しかし、人間が動物として最高にその肉体を最大限の能力を発揮するにはミトコンドリアの機能が高い必要があるでしょう。人間の肉体を循環する血液に溶けている糖質や脂質の濃度はおもいの他に低いのです。この低濃度の代謝物(メタボライトともいいます)最大限利用して脳も筋肉も血管も肺も肝臓も腎臓もフルにはたらくのがスポーツの世界です。そういう世界で極限を目指す人達の食事はたいへん興味深い問題や課題をたくさん提供するに違いありません。さらにミトコンドリアだけが低糖質にからだを対応させているのではありません。まだまだ沢山の遺伝子がちゃんと働く必要があるのです。低糖になったらちゃんと対応できなくなった体は人間なら糖尿病の患者さんのようなものです。
ですから、スポーツマンの食事、長寿や老化を防ぐ食事のすぐ隣接したところに糖尿病根本原因の解明に関わる問題があるのです。

生命科学ではこのように大きな課題が実は非常にそばにあるのです。



# by yanagidamitsuhiro | 2017-01-28 17:19
2017年 01月 22日

稀勢の里、19年ぶりの日本人横綱へ

最近はあまり相撲も見なくなったのですが、きょうはぜひともと思ってみました。
稀勢の里、優勝を昨日決めてましたし、周辺はもう横綱へという気運だったようですが、きょうとうとう結びの一番で勝ちました。見応えのある一番でした。
ついに、待ちに待った横綱、19年ぶりの日本人横綱ということで国技館の雰囲気も最高に盛り上がっていたようでした。
琴奨菊、豪栄道と優勝では一歩引けをとった稀勢の里でしたが、昨年の年間最多勝とこの場所での優勝と文句なしの結果となり、めでたしめでたしでした。
わたくしは格段のファンではありませんが、でも好意がもてる、人柄の良さそうな、お相撲さんらしいお相撲さんで好きでした。優勝インタビュー、感涙とともに感謝の言葉をのべていました。
優勝の瞬間、聴衆の多くに涙があったように感じたのですが。
きょうはご両親も国技館にきていました。
お父さんが稀勢の里そっくりなのに当然ながらびっくり。そっくりというのは見た目もありますが、雰囲気というか佇まいですね。ホントにそっくりでした。
これで大相撲人気ますます高まるでしょう。ここまで場所を盛り上げてきた、モンゴル勢のとくに白鳳の貢献は大きい。

わたくしも小学校の頃に相撲を習ったことがありました。土俵を作って、少年達を快く家に招いて、教えてくれたあのおじさんはどういう人だったのか。家から歩いて10分くらいのお宅でしたが。
わたくしが体験で知っている唯一の格闘技ですが、裸の体と体がぶつかる格闘のきもちよさは今も忘れられません。
練習の終わったあとに風呂に入りなさいと言われて入った記憶があるのですが。あの親切なかたはどういうつもりだったのか。
戦後、格闘技が小学校教育で進駐軍によって禁止されていたので、憂えて子供達に格闘のおもしろさを教えてくれたのかもしれません。
そうだとすると、その気持ちは十分にわたくしにも伝わったとおもいます。

# by yanagidamitsuhiro | 2017-01-22 18:22