生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2005年 03月 31日

論文ライターのひとりごと

今年の正月休みに、「毎月論文を1編書いて投稿せねばならないなあ」、とため息をつきながら計画を立てたのに、もう早くも3月31日三ヶ月経って、退職の日になったというのにまだ1編しか投稿してない。準備中のものは多数あるのだが。博士の学位を取らねばならぬ人達が多いのだから早くなんとかしないと。
ひどい計画の遅れだが、わたくしだけが悪いわけだけではない。わたくしとしては、これ以上無理というくらい勤勉に土日も忘れずに、多数の論文準備の作業をして働いているのだが、なかなか計画通りにいかないのだ。基本的に頭というか、頭部と手を使うのみの作業で、不健康なので、そればかりやっては結局非効率だし、体調だって悪くなる。それに、思わぬ雑用が入ったりしての遅れもある。サッカーのイラン戦、見ないで論文をかくなんてことはさすがのわたくしでも出来ない。このブログ書きのような、気分転換は、論文書きに特に大切です。
ともあれ、これ以上の時間をかけて論文書きで働くのは気力体力的に無理、とわたくしは思ってるし、周りも分かってるので、あとはどうわたくしが工夫して、関係者も協力して、計画を実現するかである。計画の遅れはあるが、年間的にはまだまだ可能性はある。
昨年5月から改訂中の論文がある。懸案事項のトップに来ていることは事実。しかし、関係者の多大な努力でもまだ満足すべきデータが出てこない。関係者も最後のデータをいつまで頑張るか、ジャーナルのランクを落とすか、祈るような状態。
わたくしのパソコンのデスクトップにはそれも含めて8編の論文フォルダが置いてある。うち2編は事実上ほぼ終わっているのだが、なぜか筆頭著者が急ぐ気配がない。それに、もっときめ細かく協力してくれないとまだすこし時間がかかりそう。心を合わせた最終段階というふうになってない。
他の論文もデータはみな沢山ある。しかし、フィニッシュには足りない。フォルダーが2G以上の大きさなのに、まだ終われないのはつらいのだが、しかたがない。
かゆいところに手の届くように協力してくれた、GG君がほんとに懐かしい。彼はやはり特別だったのか。でも、彼が出来たのだから、他の人達も出来るはずではないか。こう考えるのはいけないかな。彼は、考察に必要なあるセンテンスを書くために、その背景になる引用論文がなにになるか、ちょっと聞くと、素早く完全なリストを説明付きでメールで送ってきてくれたものだ。何を聞いても間髪を入れずに返事があり、頼んだことを忘れたことは決してなかった。
いまは、わたくしが最低2回お願いしないと、対応の返事が来ない人達が多い。わたくしが、忘れた頃に「あの件ですが」と代名詞でやってくる。「あれ、これ」とやたらに代名詞が多いか、省略語が多い若者が増えてる。
論文書きの最終段階では、そのお話というか主たる結論がこれまで既に知られている知見とどう関係するかをきちんと明確に関係づけて、論じなければならない。さらに、いろいろな気になる可能性も論じなければならない。文献上の実験結果や、研究室内でかつてやられた未発表や既発表の実験結果を思い出して関係づけるとか、知的には大車輪の忙しさと最大限の活性化状態になるのである。
こういう時期に、のほほんとしてるみたいで活性化してない(かのように見える)関係者には腹が立つのだが、しかしかれらも、たぶん協力したいと思っても、どうしていいのか分からないのでしょうね。
結局、考察の一つのパラグラフを書くのに、半日くらいかかることがある。論文引用漏れがないように自宅でインターネットから大量の文献を一つ一つを見る作業などがある。このあたり、関係者の弱さがわたくしへの負荷としてかかってくる。わたくしとしては、対話がほとんどできないような著者の論文を書くのがほんとにしんどい。ボスの言うとおりにしか出来ないポスドクを抱えての研究室運営など、たぶんもっともつまらないでしょうね。わたくしにはそれでも、この未熟な学生もいつか立派な研究者になるのではないかという、希望がもてますから。
どうも、今日のは、ついつい、ぼやき、なげき節になってしまい、すみませんでした。たぶん、研究室の人達も首をすくめて、これを読んでるかもしれませんね。やはり退職日ですから、気持ちがネガティブになってたかもしれませんね。
そうはいいながら、いまデスクトップのフォルダ内のほとんどの原稿はかなりの完成状態なので、気持ちよいフィニッシュのデータと、かゆいところに手の届く協力と、わたくしの気力が充実してれば、残り9か月で全部投稿までいけるはずなのです。でも、それでも計画の3分の2です。残りの時間は、予想外の研究の進展の為に取ってあるのです。下級生というかラボで一番若いクラスの人が素晴らしい研究成果を挙げたことは今まで何度もありました。誰かの仕事が突然ブレイクするかもしれません。そういう状況になればわたくしも他のことは全部捨ててでもその論文を書きだします。
ほんとにエキサイティングで内容がズバリと決まった実験結果がそろえば、3日もあれば論文が書けるのです。

by yanagidamitsuhiro | 2005-03-31 19:00
2005年 03月 30日

オウンゴール

いやー、勝てましたね。オウンゴールとは。でも、勝ちは勝ち。これで一歩前進。
今日はバーレーン戦の試合を見たいので、早くラボをでました。出る前に、セミナールームでの雑談で、今日負けたら大変と言ったら、AK君が「絶対勝ちます」と力強く言った。彼があんなに自信を持って発言したのは聞いたことないので、そうかもしれん、と説得されました。彼は将来あんなふうに言えるのなら、良いボスになれるかもしれない。
試合は、中村は当然として、やはり三都主アレックスが出たので、戦意高揚、後半特に締まりました。しっかり、終了数分前にイエローカードを貰うところがアレックスの愛らしいところ。今回は中田、福西、中沢をはじめ皆いいところが守備で出ていましたね。わたくしは、フォワードは鈴木の不器用ながらも「えぐい」ところが好きです。高原の良さはどうもよく分からない。まあしかし、相手も強かった。勝負の差は紙一重だった。だからハラハラして、面白いのでした。
いくさを楽しいとはいえないかもしれないが、いくさを始めたら止められないほと面白いのでしょうね。オウンゴールで勝つ味はどうなのでしょう。それに一方で負けた方の味の苦さは。

昨日は急いで書いたので、ちょっとだけ書き残したところがありました。
論文投稿から公表を勝ち取るまでの過程には「いくさ」と似てるところが相当あります。ただ、あくまでも似てるのであって、ほんとのいくさと思ってはいけませんね。戦闘意欲が強く出すぎては勝てるものも負けてしまう。あくまでも、やってることは投稿と審査ですからね。でも、一年くらい投稿論文の改訂を要求され、引き回されて、結局拒絶され、競争相手の論文が通れば、いくさに完敗と思いたくなるし、復讐心も出てきがちです。わたくしも投稿論文がアクセプトされた喜びよりも、つらい思いをしたことの方をずっとよく憶えてます。でも負けても結局、命をとられるわけでもなく、誤った結論の論文を出す場合のダメージに比べればはるかにましです。
それに研究の勝負は長いマラソンのようなものですから、短期の結果で一喜一憂しない方がいいでしょう。やはり10年単位の成果が結局はものをいうのです。他人は案外よく見てくれてるものです。
研究者は結局真理探究をしてるのですから、真理探究の成果を発表する過程がたとえどんなに「いくさ」に似てようとも、真理探究の徒というスタイルが根本にないと、存在自体が危うくなるし、尊敬されませんよね。
でも、尊敬されるのを選ぶか、勝者となるのを選ぶのか、二者択一なら、あなたはどちらを選びますか。最近の若い人達は、勝者を選ぶのかな。
わたくしの持ってる「教養」では常に尊敬のほうを選ぶべきというものでしたが。
でも、オウンゴールをいりませんというという類の「教養」はさすがにもっていません。

by yanagidamitsuhiro | 2005-03-30 22:56
2005年 03月 29日

匿名レフェリーとの対話

昨日、今日と二日間朝から夕方まで、TK君の投稿論文のレビジョンつまり改訂原稿の作成をしていた。彼に隣に座って貰って、パソコン画面を見ながら、レフェリーのつけてきた沢山の批評やコメントに一つずつ対応しながら、キーボードに打ち込んで改訂原稿を作っていく。まだ終わらないが、もう1日かければ峠を越すだろう。
彼の論文は2月始めに某有名誌に投稿して、わりあい早く3人のレフェリーコメントが来た。駄目もとなどというと、本人に悪いが、高望みしたのに、感触のそれほど悪くないコメントで、これなら精一杯頑張れば何とかなるかと希望のもてるコメントだった。かれは、それから非常に頑張って1か月ちょっとで、相当の数の新データを出した。これで、批判の多くに対応できそうだ。偏差値世代の優秀学生は、目標がはっきりすると、目一杯頑張る。たいしたものであった。
そういうわけで思いのほかのスピードで改訂原稿作成段階まで来た。
研究の世界のことを知らない人にはピンと来ないだろうが、このレフェリー3人がこの投稿論文の生殺与奪を握っている。彼等は匿名で、誰だか分からない。誰だか当てたくなるのだが、やめた方が無難、あまり当たらない。
しくみがどうなっているかというと、この投稿論文を受け取ったジャーナルの編集者が、レフェリー3人を決めて頼んでいる。もちろんこの編集者は誰が何を言ってるかは知ってる。編集者は場合によっては純粋に編集的役割しかしない場合もあるが、たいていは最終判断をするので、ある意味で決定的なパワーを有している。この編集者が誰かはわれわれ著者側には分かっている。レフェリーと著者のあいだに立って、論文をアクセプトするかどうか決める立場にいる。

改訂論文作成で大きなウエイトを占める作業は、原稿に添付するカバーレターなるものを作ることである。難しいジャーナルほど、沢山の批判やコメントがついてくるので、当然それらに対応する実験をすることが多いが、しない場合でも、著者はいかにして対応したかどう考えるかを、批判に対して、一つ一つ書いていかねばならない。場合によっては長いカバーレターになることがある。
恐ろしいことに、一人のレフェリーのリポートが10ページとか場合によると20ページ近くなるようなとんでもないケースもある。相手は匿名なので、文句を言いたくてもどうしょうもない。
たいていはそんなに長くない、数ページ程度である。しかし、油断は禁物である。たった一行、「この結論は疑わしい、はっきりさせる実験をしなさい」などと言われれば、何をしたら相手を満足させられるか一生懸命考えねばならない。たった一ページのコメントでも半年くらい改訂のための実験をすることはしばしばある。
匿名者との対話である。彼等の厳しい批判には、忍耐心を高めて、怒りを抑えることが大切である。意地悪だと怒ったところで、なんの足しにもならない。かれらがOKと言ってくれなければ、論文は決して日の目を見ないのだから。論文が通った後なら、レフェリーのコメントに対する批判を、同業者と一緒に飯を食うとき言っても良いが。それまでは用心するべき。当の飯を一緒に食べてしきりに同情してくれる相手がレフェリーだったなどということ、はよくあることだ。
大切なのは、批判の裏にあるものである。トーンというか、調子である。コメントには通常感情的なものは普通ないはずなのだが、でもそう受けととめがちなコメントは多い。レフェリーの全般的な判断を感じたい。一方で、表面的なコメントの調子に騙されてはいけない。
たとえば、「このような粗雑な実験でこんなことがいえるはずがない」とか「この結論は完全に間違ってるし、しかもそれをサポートする実験データと称するものは大変疑わしい」などと書いてくれば、だれでもこれは自分を嫌ってる人間のコメントと思いがちだが、それらが実は著者のごく親しい友人であったなどということはざらにある。
つまり、匿名者のコメントはほんとに正直なのである。意図的なものと言うより、正直なのである。
ただ、これが一番のポイントなのだが、非常に厳しいコメントも、それは「善意」に基づくものなのか、それともなんらかの「はっきりした理由」があるものなのか、これの見極めが可能なら、見極めるべきなのである。
直接の競争相手がレフェリーなら、やはり厳しめのコメントが当然でがちなものです。それに、編集者は甘いレフェリーは好まないので、出来たら厳しめのコメントを欲しがる。一流とか言われてるジャーナルは往々にして、一番の競争相手にレフェリーを頼むものである。コメントが厳しいからといって、unfairと言ってはいけない。サッカーのデフェンダーの守備のようなものである。ぎりぎりのところでfairと言わざるを得ない、厳しいコメントをくぐらないとなかなか沢山の人目に触れるジャーナルに論文を公表できないのは当然である。結果が面白ければ面白いほど、フェンスが高くなりがちである。それに厳しい批判は本当のところ、非常に建設的な批判であることが多い。怒る前に、本当は感謝しなければいけないのだ。
いまのところ匿名レフェリーに代わるシステムは、見いだされてない。このシステムには大きな欠点がある。つまり最新のデータとアイデアが競争相手に知られるし、しかも盗まれる可能性もある。巧妙に論文の公表を遅らせて、先に発表してしまうことだってある。しかし、そのような犠牲を払っても、匿名同僚によるレフェリーが今のところベストなシステムと多くの研究者は思っている。

このTK君の改訂論文も論文の改訂そのものと、カバーレターを完成するまで、まだ何回かの検討ラウンドが必要なことはまちがいない。

by yanagidamitsuhiro | 2005-03-29 18:56
2005年 03月 28日

汚いデータ

汚いデータはピンからキリまでありますが、どれもそれなりに意味があるものです。汚いデータを見せてくれない院生は好きになれません。
年の功で、研究室内で出てくるデータは誰が出したか聞かないでもだいたい当てることが出来ます。不思議ですが、汚いデータの汚さが違うのです。個性の違いですか。

エピソードを一つ。Fred Sangerがインシュリンのアミノ酸配列をトリプシン分解などを駆使して、20代半ばで決めたのは有名ですが、彼の出した実際のデータを見た人を知ってます。その人の話では、あのぼやっとしたペプチドスポットから、どうしてああいう配列結果がでたのか、データの説明を聞いてもぜんぜんフォローできなかったそうです。
それでは、「心眼で結果がわかったのでしょうか」と聞いたら、「そうとしか思えない」との返事でした。真相は知りません。でも、人が見たら、汚いデータとしか思えなくても、実際には「ピン」のデータだったのですね。彼のデータがいかに良かったかは彼の後で大規模で当時のハイテクで決めたRNaseとかLysozymeはかなり配列決定に誤りがあったそうですから。でも実物のデータは一見そういうものであったのかもしれません。宇宙物理学のデータなんかは一見ゴミに見えますね。

院生が汚いデータと決めて、すぐどこかにしまってしまうようなものの中に大切なものがあったことは今まで枚挙にいとまありません。ですから、最低限数日は人の見えるところにデータを置いて欲しいものです。だいたいデータを自分で何でも十分に解釈できるなどとおもう修士1年や2年の学生がいたら傲慢だと言いたくなります。

データの汚さを突き抜けて、真理がちらっと垣間見せてくれてるような状況に出会ったら最高です。研究の醍醐味です。汚いシミやスポットの陰に、真理が隠れてることは本当によくあるのです。

わたくしが経験したエピソードを一つ。
むかし、ファージT4を毎日電子顕微鏡で観察していた、スイスのジュネーブにいた頃のことです。ある日、半分遊びがてら、T4粒子を希釈した抗血清液と混ぜて観察しました。方法は2話で触れたネガティブ染色でやりました。何かやたらに汚い画像が見えるのですが、でもよく見ると、ウイルス粒子が雪だるまのように抗体で覆われてるとしか思えないような像がたくさん観察されました。
当時T4に対する抗血清は感染に必要な細菌表面への吸着器官である尾毛(tail fiber)に対する抗体のみが含まれていると、信じられていたので、わたくしの得た電子顕微鏡はまず汚い画像の典型とでも解釈されるものでした。
この写真を机の上に置いておくと、その画像のみたこともない汚さがもの珍しいのか、デスクの脇を通るラボのいろんな人達が、これはなんなのだ、と聞きます。わたくしは、これはファージ粒子に抗血清をふりかけると、こんな風にsnowmanのように見えるんだと説明するのですが、みな首をふりふり去っていきます。
口惜しくなって、どうしたらそうだと証明するか、2日ほど考えました。そして思わず膝をたたくような良いアイデアを思いついたのです。
つまり毎日使っているファージ変異体(ナンセンス変異なので特定タンパク質が欠失している)の抽出液とこの抗血清を混合すれば、変異体のタンパクに対する抗体があれば、それだけ生き延びるのではないか、その生き延びた抗体がファージ粒子のどこか特別なところに結合しているのが観察できるのではないか。このアイデアは、大当たりでした。
見事に頭、しっぽ、首、尾毛の先端、膝部分などを作るタンパク質が沢山の変異体抽出液を用いて、またたく間に同定できました。2か月ほど馬車馬のように働きました。論文を送ったらこれは「小傑作」だからこのまま公表せよというありがたいレフェリーコメントを貰いました(J Mol Biol 1970 51:411-421)。汚い画像が一転して、思い出深い研究になりました。またこれは特定遺伝子産物に対する免疫電顕法の始めての研究となったのでした。

今わたくしどもの研究室では染色体のいろんな側面を明らかにする実験研究をやってるのですが、何がきれいで何が汚いのか、データを偏見なく見ることの難しさをしばしば感じます。もっともらしい定量データが実はひどく汚いものかもしれませんし、わずかなパーセントの細胞しか示さないような変異体やRNAiの表現型がmessyなようで実はたいへんな発見なのかもしれません。

蛍来いではないですが、汚いデータよ、やってこいです。

ところで、明日は明日の風が吹くとうそぶいていた30代が懐かしいと言う、何回か前のわたくしのブログに、コメントがありました。それで背景説明をすると。
この30代はまだかなり前半で、わたくしが面倒を見る正規の院生もゼロの頃で、論文もsingle authorで書いていた時代のことです。
最近、single authorの論文は滅多に見ませんね。いまいちばんかっこいいかもしれませんね。

by yanagidamitsuhiro | 2005-03-28 19:29
2005年 03月 27日

ブログのコメントを見て

畑地にある、梅の木まだ花が咲きません。つぼみはたっぷり大きくなってますが。比良の山頂は真っ白でした。

ブログのコメントはなにか自律的に議論が動き出してるので、わたくしは参加しないで興味深く読んでいます。
これが新しい、メディアなのかなと思いました。なるほど、みなさん匿名ながらとても真摯に、非常にレベルの高い意見の交換をしてますね。匿名だから、議論に参加できる人達も多いのだと思います。わたくしが、ブログなるものよく分からずに飛びついたのも、こういうことを漠然と想像していたのかもしれません。
わたくしもちろん意見があるのですが、見ていく方を優先したいと思います。
わたくしの出所進退、批判される余地は絶対に相当あります。わかってます。
旧帝大系の大学で33年間も飯を食って、なおかつスカッと消えるのでなくぐずぐずいるのですから、たたけば埃はかなり出ます。
ともあれ、研究者としての生き様を正直にさらそうと決めてます。
誤解に基づく意見もあるようですが、それもしかし、一つの意見ですからその意見の出てくる背景にはなんらかの真理が存在します。 

ところで、第2話を褒めて頂くコメントがありました。わたくしも自信作だったのですが、どうも周囲では難しすぎて、分からんとか言われて、ちょっとあの類を止めてました。
またどこかで書きます。
まだまだ試行段階です。
それから、コメントでわたくしはジャガイモはもうやりましたかと聞いてきた人が居りました。わたくしの山にいる猿はジャガイモが異常に好きなのと連作が出来ないので、サツマイモをやってます。もちろんネットで囲ってます。ただ、このネット囲いが雪でつぶれるので苦労してます。今年こそ抜本的対策をしようと決意しました。
それから、メールで読んでますと言ってきてくれる友人が数人おりました。インターネットでの口コミ何か特別な用語ありますか。インコミというのはちょっと、語感が悪いですか。
沖縄のワークショップであった人の中にも読者がいるようでした。
わたくしは、まだブログの使い方を十分分かってないようなので、コメントへの対応の仕方どうもよく分からない点があります、研究室のよく分かった人に聞くつもりです。

しまらない内容ですが、今日はここまで。

by yanagidamitsuhiro | 2005-03-27 22:14
2005年 03月 27日

研究費についてのわたくしの考えです

基礎科学に対する研究費の絶対的な額がまだまだ非常に少ないのですね。現在文科省の科学研究費補助金(科研費)が総額はたしか約1300億円ではなかったですか。これでも毎年増えてるのですが、我が国のすべての科学技術分野をカバーする補助金ですから、やはり少ないのです。比較として、K大の年間経費がちょうど同じくらいだし、薬品会社のトップである武田薬品の年間純利益3800億円を考えてください。
科研費以外にも競争的研究資金はあります。JSTの戦略研究費は約500億円ありますが、JSTは重点領域しかサポートしないし、完全にオープンに公募するのも一部だけです。多くの戦略分野はかなり限定されており、応募するのがなかなか難しいものばかりです。
そういうわけで、大学で基礎科学を続けようとする人達にとって、競合して獲得せねばならぬ研究費の総体としてのパイの大きさは絶対的に足りないのですね。
それではどうしたらいいか?
一つは、文科省等の研究費を提供する省庁に頑張って頂いてもっと研究費の総枠を増やして頂く。そのためには、研究者は無言ではいけませんね。その必要性を主張しなければいけませんよね。
それから、一方で研究者のなかにもイチロー、松井クラスが相当数いなければ納税者はなかなか納得しませんよね。これは省庁サイドから常に言われることです。日本国民のみなさんに誇りに思われ、親しまれ喜ばれる基礎科学でなければいけません。つまり科学者はお高くとまってはいけません。科学について、絶え間なく親しみ深いシグナルを発していなければいけない。マスコミとも良い関係を作る必要があります。
わたくし自身は研究の現場でもまだまだ頑張ってるつもりですし、また一方で社会的発言もそれなりにしてるつもりです。つまり現役最前線を目指してます。
わたくしの研究室のホームページhttp://kozo.lif.kyoto-u.ac.jp/から「わが国大学における生命科学の研究と教育推進の危機的状況」pdf fileをダウンロードして読んで頂ければ、日本の研究教育の状況についてのわたくしの意見はきちんと言ってるつもりです。これは文科省の政策研究所内での講演記録なのですから、本丸での発言ですので、わたくしも腹をくくってやりました。
文科省の科研費の関係者の努力によって、科研費の申請資格や利用法などは、随分改善されてきました。大学にいる人間として恥ずかしいことに、大学当局が文科省担当者よりはるかに頭が堅く、ずっと遅れた発想でいることが多くなってきました。文科省担当者が、大学がいいというならどうぞおやりください、というようなことが大学の事情で出来ないことが多くなっています。
わたくしの知り合いのかたは首都圏である大学の非常勤講師を長年やってますが、彼女は大学が許可すれば科研費申請できるのに、大学は決して認めないそうです。なぜなら、非常勤の分際で研究費などを取ろうとするなど、もともとけしからんし、もしも取ってしまったら、上にいる正規の教授や助教授が面目丸つぶれになるから駄目なのだろうと、憤慨してました。
ですから、大学の経営能力や学問に対する態度がまだまだかなり低いという事実、まずこれが第一点ですね。ご存知とも思いますが、K大などの国立大学の事務担当者は英語書類はすべて翻訳を要求してきます。その翻訳を担当するのは給与のはるかに少ない秘書さんだったりするのですね。芳しくない大学組織がたくさん温存されてます。
次に本来有力なサポーターであってもおかしくない、企業と大学のあいだが、あまり良好でないというか、円満でないのですね。大学の工学、農学、薬学関係の研究室は思いのほかに貧しい研究環境ですね。こういう分野で、いい形でのつまり発展的な研究資金の流入が企業サイドから起きるといいのですが。
しかし、企業のかたに言わせると、秘密保持とか契約事項遵守とかで、日本の大学研究室は甘いのだそうです。そうかもしれません。しかしたぶんそういうことだけでなく、研究者が国内企業に親しまれ支持される雰囲気がないことが問題なのでしょうね。大学の研究者が企業での研究者より一歩高いところにいるかのような錯覚を感じているのも、問題かもしれません。また企業サイドも大学研究室の利用のしかたがまだまだ上手でない。ひと言で言えば、もっと発展的な大学、企業関係が存在すれば、総体としての研究費のパイが大きくなるはずなのです。
それから、これはわたくしも半信半疑なのですが、日本でも税制が変われば研究費の世界も、がらっと変わるのでないかということなのです。つまり寄付に対して税金がかからなければ、かからないどころか、税での優遇があれば個人も企業も研究にたくさん寄付するであろうというものです。
英国では事実がん研究のほとんどすべては民間寄付金でまかなわれてますね。また米国では最近映画になった主人公のハワード・ヒューズの巨額な遺産による医学生物学への基金が目立った研究室300程度の全運営資金を賄ってますね。たった一人の企業家の遺産が非常に大きな影響を及ぼしてるのです。
英米の研究の足腰の強さは実は良質な民間資金が豊富に研究費に向かってるのですね。これは税制だけでは説明が出来なくて、やはり国民の「強い善意」が研究に向かってるのだと思います。わたくしには税制を変えるような方向の努力はどうしたらいいのかわかりませんので、やはり日本国民のあいだに「科学に対する強い善意」が生まれるよう微力でも努力を続けたいとおもってます。

by yanagidamitsuhiro | 2005-03-27 00:40
2005年 03月 26日

週末ひさしぶり天気よい

うーん、イラン戦負けてしまいました。テレビ観戦者としてはなるべく早く忘れてしまいたい試合内容でした。誰がどうこうと批判するより、次回、ホームで勝ってください。それに1週間後のホームでのバーレーン戦ではいいところ見せてくださいというところですか。それにしても、日本の強さをまったく感じなかったですね。福西による一点の瞬間はありましたが。サントスとか川口とか戦意を強く示す選手もいなかったせいかな。ぼやけばいつまででもできますが。

あさ家でTK君の論文のrevisionをしようと思ったら、彼がいろいろ対応した文章が入ってるテキストファイルがなぜかフォルダ中にないのでしらけた。彼の言うようにサーバーからフォルダをコピーしたのだが。これでは仕事開始できず。すぐメールでテキスト送れと書いたものの、まだ朝の7時半なので、土曜だし、彼は朝遅めなので、ファイルが届くまでに早くても4時間くらいはかかるでしょう。仕方ないので、恒常的に溜まってるメール一部に返事。返事しにくいメールも多く、そのうち忘れると、えらいお叱りのメールなども舞い込む。すぐ返事しにくいメールを自動的に思い出すしくみないかな、みなさんどうしてるのですか。

外を見れば天気も良さそうなので、寒そうだが、午前中はまず畑仕事でもしようと決めた。もう7,8年畑仕事を週末にはしてる。最初はヘタでしたが、いまは割合上手になって、猿に横取りされなければ、思わず満足の笑みをしてしまうような収穫もいろいろある。いまや唯一の健康法でもあるし週末の1日は出来たら地面と遊びたい。
自宅からはすこし距離があるので、週に一回しか畑地にいけない。日照りが続くと気になったりするが、自然にまかせてじたばたしない、農法です。この時期本当は忙しいはずなのだが、今年は寒いので、準備は遅れがち。それに今年は、抜本的な猿対策をするつもりなので、畑地の間取り(?)も変更必要。
論文のrevisionは午後ファイルが届いてからにする。
それから、盛り上がってる、議論にも参加したいが、仕事がぜんぶ終わってからにします。

by yanagidamitsuhiro | 2005-03-26 10:09
2005年 03月 25日

仕事、会議、そしてイラン戦

これで2週間分、14回ブログ書きました。
最近はこのブログ、毎日訪問者が450人以上あります。数がほぼ一定なので、同じ人達が見てくれてるのでしょうか。それに、始めの数日は数人だったのに、今では合計5000人になりました。本当に、刺激あるし、励みになります。

朝は家で一仕事。完成に近いある論文の考察部分を考えた。考察のモチーフについて、かなりいいアイデアを思いついたので、機嫌良く家を出る。

11時頃ラボでNature誌の東京支局の記者さんによる電話インタビューがあった。日本の研究資金および応募制度についての色々な質問に答えた。なにかの折りにこの問題には触れたい。

昼飯は文系学部の旧知のTさんと一緒。文系の人と話しをするのはいつも刺激になる。平素使わない脳の一部を使う感じ。活性化し、楽しかった。

午後2時から研究科会議(人数多いほう)と研究科教授会(教授のみ15,6名の小さな会議)。これが最後なので、手短な挨拶をした。創立してまだ6年の若い研究科なので、これからの発展を楽しみにしてると。これで、K大での理学部(研究科)27年間、生命科学研究科6年間のfaculty生活にピリオド。特別な感慨はない。

会議の後に、最近出た面白いデータを、関係者3人と話し合う。これがものになってくれるといいのだが。しかしいずれにせよかなりもう煮詰まってるので、決着はつくはずだし、つくべきだ。

今日の夜は10時半からサッカーワールドカップ、イラン戦、どうなるのだろう。昼飯時の予想では、ジャパンは苦戦か。敵地スタジアムもいろいろあるが、ここは特別デモーニッシュクラスの敵地らしい。ジーコ様のカリスマ力に頼るか。それとも、中村俊輔の妙技に期待するか。こう言うときは、神風とか神様だよりになる傾向がわたくしにもある。しかし、フィールドにいるジャパン選手は何を思って戦うのだろうか。祖国ジャパンか、それとも熱い応援ファンか、選手連帯か、それとも我が道の先に見える栄光か。

ところでここ3回のブログに随分コメントありますね。盛り上がってるではないですか。
これらについても、わたくしも何かコメントしたいのですが、今はちょっと忙しすぎるので、また後ほどさせてください。

by yanagidamitsuhiro | 2005-03-25 17:56
2005年 03月 24日

退職を間近にして その3

朝、警察署に行って免許証の更新。優良運転者なのは当たり前、更新するのみで運転しないのだから。我が家では運転好きの妻が車を事実上所有してる。しかし、最近「あなたももういい加減運転再開したらどうか」などと、言い出されてる。妻が東京に行って娘の手伝い、孫達を世話にいった時に、わたくしは長期放っておかれるので、その間空いた車を使えという意味。わたくしとしては今更という気持ちが強いが、また始めるかという気分も少しある。しかし、危ないというのがまあ正しい判断か。30分の優良運転者の講習会を聞く。わたくしのようなペーパードライバーも居るのだろうが、参加者のみなさん、確かに優良ムード。

昨日は研究室のメンバーとの研究上の話し合いや、多数の父兄(7人)と会ったので、今日は溜まった仕事を処理。それに研究面ではいくつかのデータを今後どう検証するか色々考える必要がある。

さて今日でこの表題の話題も終わりにしたいので先を急ごう。
わたくしは4月1日から、K大で非常勤研究員となることは昨日述べた。一研究員とはいえ、大型の染色体継承メカニズム研究プロジェクトの代表なので、運営責任があり、重責である。ポスドク、テクニシャン、秘書さん達の生活も守らなくてはならない。
それでは大学院生はどうなるか。彼等の生活面でのサポートもこれまでは、この研究費で行ってきた。彼等院生達は4月1日以降も同じ場所で研究するのだが、指導教員は全員変わる。わたくしは、大学の教育組織に入らないし、教員でもない。大学の規則としては指導をする資格がない。それでNY助教授の指導下の大学院生ということになった。NY助教授はこれまで長年わたくしと同じ講座の同じ分野に居たが、今後も同様に居続けるので、形式的には学生は今までの分野に居て、わたくしがそこから居なくなるという構図になる。これまでわたくしがいた分野部門は5月頃、オープンされる新築の建物に入る。この一時的に出来る、わたくしが4月から所属する分野は分子継承学と名前を付けた。ややこしくて分かりにくいでしょう。

これまでの研究室は通称「構造研」と呼んでいた。わたくしが最初に担当した講座名が生体高分子構造学といったからである。この構造研もこの3月31日で解散する。4月1日からは「自主構造研」と呼ぶことに決めた。研究室ホームページ(http://kozo.lif.kyoto-u.ac.jp/)に挨拶文を載せている。学生さんの自主性が高くなる期待を込めている。

わたくしは自分でいうと自慢げだが学生を育てるというか彼等に一定の能力を付与する点で、世界中のどの教授にも負けない力量を有していると、自他共に認めていたのだが、その様な能力は定年になれば日本国内ではまったくのマーケット価値がないことに気がついた。そのうち触れるであろう他の研究機関への就職活動でもみなさんわたくしのその様な能力に言及どころか、利用する気が全くないことに気がついた。世の中、「教育、教育」と叫んでるけれども、教育能力のほうの差別化については鈍感なのか本当は必要性をかんじてないか、ですね。

こういう研究室体制になったので、これから一年間は確かに研究は出来る。しかし、来年以降はどうなるのか。
次年度中にでも新たな研究費が獲得できるといいのだが。昨年、早めにどこかに申請したかったのだが、大型研究費申請資格はわたくしにはなかった。ルール的には今の研究費に専念しなさいということであった。
次年度は、まず申請資格があるのかどうか確認する必要がある。もしも科研費にこの10月に申請しても、来年の7月頃にならないと大型のグラントは審査結果がわからない。非常に困るが、しかたがない。
それで、来年4月から7月まで、いったん研究室を閉めて、運が良ければ再開するという可能性が現実味を帯びてきている(しかもそれを許してくれる研究機関を探さねばならない)。そうなったら、わたくしの競争相手は祝杯を挙げるのかそれとも同情のメールが送られて来るのか。興味深い。
なるべくなら、そうなりたくないのだが、そうなった場合の「危機管理」も今から考えている。この間、JST等の戦略研究にも可能なら申請したいのだが、染色体分配メカニズムのような基礎生命科学の分野は今の日本の「重点、重点」のかけ声にはまったくそぐわないので、応募自体が難しい。本当は「がん研究」の中道を行くような研究のはずなのだが、がんの研究費はもう既にきっちり陣容が定まっていて、そこに入ることはまず無理。つい先日、生物物理系の戦略総括の某大先生にもわたくしの研究分野は申請可能か聞いてみたが、平たくいえば「無理でしょうね」という返事をもらった。

そういうわけで、わたくしのこれからの一年半は研究費獲得の為に、労力と神経をすり減らすことになる。研究成果の論文を書きながらだから、心身共に相当大変です。
実はこのブログを始める最大の動機は、この過程のわたくしの考えと心の動きを同時進行的に日記的に書き続けて公開していきたいと思ったのである。研究関係の人にはかなり面白いドラマになる可能性があります。
同情はまったくいりませんが、わたくしが何を考えどう努力してるか、世間の不特定多数の人々に知って欲しい、そういう気持ちなのです。

明日は明日の風が吹く、とうそぶいていた30代の頃が懐かしい。

by yanagidamitsuhiro | 2005-03-24 12:20
2005年 03月 23日

退職まぢかにして その2

今日は、学位の授与式。体育館の周辺は平素見かけない背広姿やあでやかな若い人達が沢山居る。当研究室からは4人が今春に博士の学位にたどり着いた。めでたい。修士学位取得者も4人。彼等はこれからもわたくしと共に研究して博士学位取得を目指す覚悟なので、ありがたい。申し訳ない気持ちもある。残っている学生は他にまだ相当数いるのだが、とりあえず、今日はめでたい。
博士号取得者も、もらった学位の価値を下げずに、人間として、社会的存在として大いに頑張って欲しい。父母のかたがたも何人か研究室までおいでになったのでお話しをする。末は博士か大臣か、などと言われた時代ではまったくないが、しかし5年(今年は一人9年かかった猛者がいる)以上苦しい修業時代を送って専門家になるためのライセンスを受けるのは大変意義がある、とわたくしは思う。後で思うと、苦しい時代が実は一番楽しい時代であったことに気がつくものだ。自分の為だけに、5年も6年も修行するなんて、なんて贅沢なのだろう。将来は、専門家として、広く社会にたいして、もしくは自分の狭い周辺でもいいから使命感をもって、精進して、仕事をして欲しい。

さて昨日の続きだが、わたくしの机の上に「人事異動通知書」なるものがあって、通知は任命権者K大総長何某と紙の下部に記してあり、氏名欄にわたくしの名前がある。異動内容欄には、K大従業員就業規則○○条○号により平成17年3月31日限り定年退職とある。つまり、定年退職とは、人事異動のひとつらしい。

それでは、4月1日からわたくしはどうなるのか。まだ何も紙切れは貰ってないので、4月1日まで確かでない。ただ、研究科長からのお話と、事務方からの連絡では、わたくしは4月1日より非常勤の研究員になる。わたくしの場合は日々雇用といって、働いた日数分だけ給与が出るものである。時間雇用よりは給与的にましだが、一年限りの雇用で、それ以上に更新されるかどうかは分からない。
研究科ではわたくしを特任教授と呼んでくれるらしいのであるが、大学当局は知らない話である。教授と呼ばれても同僚も居ないし教授会にでるわけではないので、わたくしとしては境遇にぴったりした非常勤研究員の呼称で十分である。
実は、給与がでるらしいと決まったらしいのは、この3月になってからで、2週間くらい前の話である。先月までは無給の(交通費もでない)研究員のはずだった。そうだとすると、これは大学にとって存在しないのと同じだと、事務方は言う。「先生何をやろうとこれから完全自由ですよ」といわれて、わたくしも憮然とした記憶がある。
無給には、わたくしも怒ったが、まあ仕方ない、これで一年間はいくかと、あきらめていた。だから、今ははるかにましな話である。給与が出れば妻に対しても、おどおどしないですむ。

それでは、4月1日よりわたくしはいったい何をやるのか。わたくしとしてはもちろん毎日研究室にきて、研究をしたい、それ以外に興味はないのだが。しかし、大学的に客観性のある表現をすれば、まだ一年間期間のある文科省の「染色体の継承メカニズムに関する特別推進研究(COE)」の研究代表者を務めることである。4年目だった昨年一年間のこの研究費は5研究室に対して3億数千万、それにK大本部に間接経費として1億円以上が入っている。かなり大型の競争的研究資金でありこの拠点型と言われる研究推進の責任がわたくしにはある。実際には、この研究で雇用してるたくさんの人達の社会的雇用責任もわたくしにはある。

わたくしはもう一つ21世紀COEと呼ばれている2億円以上の文科省の大型競争的資金の代表者でもある。世の中でかなり話題となったことのある、トップ30とかいう、研究資金である。こちらは個別の具体的研究をサポートするのでなく大学院生などの研究生活や能力向上に資金を使う目的で頂いたことになっており、交代の代表者をたてることが出来るので、わたくしの役割はこの3月で退職と同時にお役はご免となる。

しかし染色体継承のほうは、代表者交替はあり得ない。そういうことで、退職のことと、研究代表者続行をいかにして学内規則に抵触しないで出来るか、これが大変なことであった。わたくしに言わせれば大学当局には巨額な間接経費を入れてるので、大学が考えて欲しかった。しかし、それはないものねだりであった。色々な可能性を探ってきたのであるが、結果として、本当にくたびれ果てるような、難しい問題の連続にはまりこんでしまったわけである。その間の事情を詳しく書くことはまだ無理なので、やめておくが、ともあれこの4月から一年間は今までの研究室でもう一年間この研究費での研究生活を送れることとなった。土壇場で有給となったのだから、まあ良かったのだろう。

しかし、わたくしは正直まだすくなくとも10年間は現役で現場の研究をやりたいので、来年4月以降のことを考えねばならない。しかし、これは現状ではお先真っ暗である。このままでは来年4月になればすべての人への給与も払えず、研究費用の代金も払えなくなる。当然今の研究スペースから追い出されるだろう。
今日はだいぶ長くなったので、この続きはまた明日にします。

by yanagidamitsuhiro | 2005-03-23 17:03