生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

mitsuhiro.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2005年 08月 ( 31 )   > この月の画像一覧


2005年 08月 31日

実験科学における情熱

TK君の博士学位の公聴会がありました。彼の人柄もあり研究室以外からもかなり多数の若い聴衆がおりました。それに審査員でない教授もお二人来ておられ、彼の発表もよかったですが、質問、討議、応答も高水準で活発、充実してました。かれが理学研究科で入ってきた大学院生としては最後だったので、わたくしとしては大変気持ちよくこれで終われて、かれに感謝せねばなりません。終わりよければすべてよし。これはわたくしの人生のモットーのひとつです。

それにTK君の研究に対する強い情熱を感じました。審査員の先生方も皆感じたようでした。この実績があればたとえひとつでも、科学における情熱の強さによって、先輩科学者はかれを仲間とみなしてくれるでしょう。学位をとって、科学者の第一歩を歩むのにこれ以上よい、資格はありません。

明日は研究費のことでラボに来れないので、きょうはいろいろ書類を見直したり、そのあいまに例の論文のファイナル化をやったり、来週火曜からは長期旅行なのでだんだん慌ただしくなってきました。

by yanagidamitsuhiro | 2005-08-31 19:14
2005年 08月 30日

日本人に対する予測

今日もまた、なんでこんなに忙しいのだろうと思うくらいでした。でも昼飯に外に出てとりあえずカロリーの低そうな麺類を食べるくらいの時間はありました。忙しいとはいっても、身を削るようなつらい文章を書いていくようなのではないので、まあまあの元気が今日はまだ残ってます。それでブログを書く時間をつくりました。

外国人の見る日本人像で一番きついのは今の世界の中では、もちろん中国人によるものでしょうか。日本人は軍国主義的で拝金主義、あといろいろ言われますがひとつくらいいいことは言ってくれないかといいたくなるくらいです。それでも、どんな中国嫌いの人でも、彼等の言い方に、すくなくとも一部の真実があることはみとめなくてはいけないでしょう。
何しろ太平洋全域で3年9か月間の大戦争をやって、そのもっと前から中国を侵略したことは間違いない事実です。こんなことは言いたくありませんが、物資不足でも戦争はかなり強かったわけで、今はいくら平和国家になったといっても、好戦的国家であったといわれても反論はできないでしょう。それに今だって、戦国時代や明治維新や源平の戦いとか、争いがモチーフの大河テレビドラマが人気があり、争いは決して嫌いでない国民性なのでしょう。それにホラー映画も人気があって、昔ドラキュラをよく見る国民は日本と米国とどこか、だから日本人は残虐なのだとある外国人にいわれて怒ったことをおもいだしました。

とはいえ、わたくしも日本人なので、本当は平和愛好国民性が高いと思います。士農工商でいうところの、侍以外は「七人の侍」の映画にでてくる農民的な意味で平和愛好的だと思いたいです。しかし、ある「閾値」を越えだすと戦争はしかたがないと、おもいだすのではないか、そしてそのような閾値を超えると争いに参加し、ひとたび参加すると、あっさり降参することができない国民性がある。つまり、強烈な反戦活動もなく、負けるのではないかという状態を誰も止められず、灰燼に帰するまで戦争をつづける愚かさも持ち合わせてる国民性なのではないか思ったりします。

いわゆるバブルの崩壊後もう15年も経つのですがこの間銀行利子もほとんどない状態ですが、国民は我慢して暴動もおきません。若者の多くがフリーターという労働条件の悪い状況で10年以上も働いている人が多数いるのに、政府に対する激しい抗議活動があるわけでもありません。なにしろ尋常でないくらいわれわれ日本人は我慢強いのでしょうか。しかし、我慢にも限界がある、我慢を我慢と思ってる限りは、いつか激しい反動が来るのではないか。ですから、日本の国民の多数を長期にわたってがまんさせる状態に長く置けば、周辺国は危険を感じるのが当然ではないでしょうか。

中国では、その危険をすでに感じだしてるのではないでしょうか。ある意味で近隣諸国は隣国の動向にもっとも敏感です。日本は経済大国とはいえ、米国の言いなり、しかしその言いなり状態は今後もいったいいつまで続くのか。日本人はいつまで米国のいいなり状態に我慢できるのか。中国はこれまで政治的、軍事的に大国として振る舞ってきたが、これからの10年で経済大国としても日本を抜き去るだろう、そうなれば日本はそのような屈辱的状況に我慢できるだろうか。もしも、日本の国家財政の破綻が国民生活の破綻に向かうような状況になれば、日本人はおとなしくそのような状況に我慢できるだろうか。さらに北朝鮮の日本人拉致被害者にたいする今の状況がつづけば、かならずや「強い政府」への渇望は強くなるであろう。こんな風に考えれば、隣国日本は大変不気味な国家として見えてくるでしょう。残念ながら、個人レベルでは人々はどんなに友好的であっても国家はそれ自体の論理で動かざるをえないでしょう。

日本人はずっと努力してきて、我慢も奉仕も人一倍してきたはずなのに、それが米国も含めて近隣諸国に認められていない。今の日本のまだまだ残ってる豊かさがあるうちはそれもあまり気にならないでしょうが、経済の豊かさがあてにならなくなったときに、近隣諸国にとっても大変な国家になるのではないか。これがひとつの予測のようにおもえます。
あくまでも、ひとつの予測ですが。
ともあれ、近隣諸国との国家関係、厄介な時代になりました。自分の国のことだけ考えてればいいはずもありませんが。

by yanagidamitsuhiro | 2005-08-30 19:43
2005年 08月 29日

60年間の違い

あれ、鮒寿司ですか、鮒寿司ですよねと、何人かに言われました。その通りです。味と臭いで、天下に名高い、琵琶湖名産の鮒寿司ですが、家族ではわたくし以外は熱心でないので、滅多に食べる機会はありません。最近食べたのでなく、正月に食べれたので嬉しいあまりの記念の写真でした。お値段がちょっと高いのがーーー。

日本ではしょっちゅう年齢を聞かれ、書かされる機会がおおいのですが、なんで書かねばならないのか、自分では納得しないことが多いですね。ホテルでのチェックインなどでは、最近は年齢欄や職業欄は空欄にしますが、文句を言われることはまずないです。最近もまた年齢をしつこく書かされ、自分が64才であることを思い知らされる機会がありました。
でもその時に、気がついたことがありました。
終戦後60年経って、わたくしは満64才だが、それでは、あの終戦時に64才だった人は60年前を振り返って考えるとしてそれはいつ頃のことなのか、ということでした。
それでちょっと調べてみると、明治18年(うろおぼえ)で、時期的には伊藤博文が首相になり福澤諭吉が「脱亜論」を書いた頃なので、まさに明治の中興期なのでしょうか。それから、60年後に日本は戦争で灰燼にきしたわけですが、その64才氏は何を考えたのでしょうか。わたくしの父方の祖父はその年齢に近かったかもしれませんが、何を考えていたのか、知るよしもありません。80才近くまで生きていたはずなので、昭和30年代のなかばオリンピックあたりまで日本の復興ぶりを見ているはずです。

わたくしは、終戦前60年と、終戦後の60年を比較して考えてみたいのですが、テーマが大きすぎてどこから考えていいのかよく分からない状態です。でも、何度も考えてるうちにすこしずつ頭の中で、こなれてくるような期待感もあります。ただ、気になるのはわたくしに何年の寿命が残されているのか分かりませんが、父方の祖父とおなじくらい生きるのなら、これから何を見て、自分が何を考えるのか、その予測のようなものです。悲観も楽観もしませんが、予測なしに日々の出来事を解釈するのは難しいですから、結局自分は日々いかなる「予測」を持っていきているのか自己診断をせまられる機会になってしまいます。。

by yanagidamitsuhiro | 2005-08-29 19:39
2005年 08月 28日

研究は知的格闘技?

快晴の朝、比良山麓のほうで起床しました。畑のほうも沢山やることあるのですが、その前に論文のほうもどうしてもあるところまで持っていきたくて、朝食後は昼まで机の前で集中しました。
TY君ほんとによく頑張ってくれました。沢山のデータを短時間で生みだしてくれたし、なおかつ前のデータの再検討ならびに別な解釈、プレゼンテーションの試み、さらには次々と論文をかくうえでのわたくしからの調べの依頼、無数の仕事をよくこなしてくれました。たぶん彼も限界まで働いていると思います。
わたくしもおかげさまで、研究が知的格闘技だと実感できるくらいに、論文作成の仕事をこの間、堪能しました。今日の昼頃、ちょっと時間切れでしたが、ほぼゼロドラフトができました。後、一日か二日で作品という点で出発点に立てるところまで来ました。つまり、他人にも読んでもらえる段階です。こういうやりがいのある論文作成はことしはTK君のもあったし、TY君ともども二人には感謝しないといけません。たぶん、彼等にとっても、生涯記憶に残る期間だったと思うし、こういうものが研究のひとつの原点なのだと、分かってもらえるのではないかと思います。つまり、概念の進展がいかにして実験科学で起きるかは、経験したものでなければどう起こるかは分からないものなのです。

午後は、畑の種まき、苗を植える作業と、終わった作物の整理や草取りなど、ほんとに忙しく、くたびれました。しかし、きりのついたところまでやったので、後は今週に適度に雨が降るのを祈るのみです。

by yanagidamitsuhiro | 2005-08-28 22:01
2005年 08月 27日

減量の試み

そろそろと、再開します。

この一週間、あいもかわりもせず受験生のように机の前に座って、論文書きの時間が長かったです。エコノミー席症候群になるといけないので、一時間に一度立って歩くことはしてました。自宅でまずやって、ラボでやって、午後には外にでてコーヒー飲んだりして気分をまぎらせます。もちろんその間、ラボ内を訪問してます。きのうは終わってから、帰宅前にF君の新しいデータを延々と二人で眺めていました。面白いことが分かってきました。それで、彼とそのあとギネスを飲みにZまで。帰宅すると妻が10日ぶりに東京からご帰還でした。

またこの間、ダイエットの試みをしてました。夏のあいだ体重を気にせず食べたり飲んだりしてたので、3 kg近く増量してしまい、これはいかん、ということで最も単純な「入りを減らす」という方法で減量の試みをしました。日曜から開始して今朝2.5 kgは減ってましたので、もう少しで目標達成です。毎年正月の後と、夏休みの終わりの頃に体重調節をしてます。
単純に炭水化物を減らす方法ですが、やはり60才を越してからは悲しいかな基礎代謝の活性が低いのか、一晩寝ても600 グラムは減らなくなりました。外国人の友人に聞くと、60代はまだまだ筋肉もつくしトレーニングすればいくらでも発育するとかいうことですが、それはご免という感じです。歩くのと農作業以外に体をつかうことはいまのところしてませんし、その必要性を感じません。
研究室では、富士山に登りにいった数人が帰ってきてから、活性化してるようです。酸素が多いと体が感じるからでしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2005-08-27 10:31
2005年 08月 26日

再開の予告 夏の写真 4 Summer photo 4

明日か明後日から再開しようかなとおもってます。

c0075365_1631882.jpg

c0075365_1631036.jpg

c0075365_16322737.jpg


c0075365_163626100.jpg

c0075365_16374498.jpg


by yanagidamitsuhiro | 2005-08-26 16:40
2005年 08月 25日

第一期ブログpdf ファイルー夏の写真 3

第一期ブログのpdfファイルを自主構造研ホームページ
http://kozo.biophys.kyoto-u.ac.jp/
にて読み、なおかつダウンロード出来ます。
京都大学新聞によるインタビュー記事もpdfファイルになっております。
ご興味のあるかたはどうぞ。


c0075365_14295260.jpg
c0075365_1432669.jpg
c0075365_14333915.jpg
c0075365_14364819.jpg


by yanagidamitsuhiro | 2005-08-25 14:38
2005年 08月 24日

夏の写真 2 Summer photos 2

c0075365_14535725.jpg
c0075365_14542179.jpg
c0075365_14535536.jpg
c0075365_14541946.jpg
c0075365_14564187.jpg
c0075365_1458454.jpg


by yanagidamitsuhiro | 2005-08-24 14:58
2005年 08月 23日

夏の写真 summer photos

c0075365_1412341.jpg
c0075365_1434653.jpg
c0075365_1442328.jpg
c0075365_147961.jpg


by yanagidamitsuhiro | 2005-08-23 14:07
2005年 08月 22日

次回から、ブログの内容、スタイルを大幅に変えます

ここのところ、ずっと考えていたのが、このブログを閉じるかどうかでした。新たな事情があり、それが表に出る前に決断したいと思っていました。最近、いろんな話題を急ぎがちに選んで書いたのもそういう事情がありました。

まだ迷いは少しあるのですが、いちおう決めました。そこで、突然ではありますが、このスタイルのブログは「今日」で終わりにして、何日間か休んでから、新しいスタイルで再開しようと思っております。
このスタイルで6か月は続けようと思っていたのですが、9月10日頃は海外に出ているし、決心は出来たのだから、すぐ実行した方がいいだろうと思った次第です。

書く分量はたぶんかなり減らして、週に一度書くくらいで、他の日はたとえ書いてもほんの数行程度になると思われます。今の予定では毎週たぶん火曜に長めのものを書く予定ですが、あくまで予定でどうなるかは分かりません。書くスタイルも内容もかなり変えたいと思ってます。どう変わるかは、自分でも分からない点が相当あります。試行錯誤的な時期もかなりあるかと思います。どうぞご容赦ください。わたくしがだんだん慣れてくれば、いままでとは違った面白さがでるかもしれません。そうでないと続かないでしょう。どう味をだすのか考えています。

それから、次回からはコメントはなしとします。なぜ?と思われる読者も多いでしょうが、説明する機会が近い将来あるとおもいます。どうぞこの点もご容赦ください。

それでは、次回から第2期ブログです。

by yanagidamitsuhiro | 2005-08-22 18:37