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2005年 09月 30日

阪神優勝と小泉大勝

今年の9月は、小泉首相大勝と阪神優勝の月として記憶されるのでしょう。
テレビで見る、小泉さんちょっと年を取りましたね。宰相という雰囲気というか顔にすごみが出てますね。やはり毎日大変なのでしょう。国のことをある意味でほんとにわかっている人なのでしょうから、前途多難で大変でしょう。自民党に交替するひとはいそうもないし、彼が自ら作った流れですが、その流れで体を壊さないといいですが。小渕さんも病気になる寸前は随分疲れてるように見えました。

阪神の岡田監督、きのう夜はじめてかれのインタビューしっかり見させてもらいました。
なかなか味があっていいですね。するめでもないし、落雁でもなくて、干し芋のような味のはなしぶりですが、でもおお腹にきちんと入ってしっかりした養分になりそうな感じです。でも、口べたなのですかね。ただ、根本の感情とか考えはわかりやすい。それに男っぽい人なので、選手は皆ついていくだろうと思いました。

阪神黄金時代、小泉首相任期最長記録、そんなことが今後2、3年で起こるかもしれないとわたくしには予感させる今月でした。
それにしちゃ、新聞はA, M紙など小泉批判一色ですが、批判している論評には軽さというか、心の不純さがみえるようで嫌な感じのものが多いです。正面から批判するものが少ないですね。

わたくし、きょう久しぶりに昼飯にGにいったら、主人に開口一番、先生やつれましたね、と言われました。ええ?と返事したら、ほっぺたが引っ込んで、痩せましたよ、とこうです。帰り際には先生、くれぐれもお元気でとまで言われて、なにか不治の病にでもかかったような気分にさせられました。しょうがないから、妻にせいぜいうまいもの作ってもらうようにするよ、と言って帰ってきました。
要するに年を取ったということなのでしょうが、しかし貧相には見えたくないものです。

by yanagidamitsuhiro | 2005-09-30 15:54
2005年 09月 29日

阪神タイガース岡田監督

きょう、阪神の優勝が甲子園できまるらしいですね。
最近はさっぱり野球の試合を見ませんが、それくらいは気がついてます。子供の頃、中学生のころまでは相当野球好きで、後楽園や神宮の試合を見にいきました。藤村、土井垣、若林なんて言う選手もグラウンドで見たし、神宮では国鉄時代の金田が怒って、グラブをグランドに叩き付けて勝手にいなくなってしまうような光景を見たような気がします。球場にいくと、なにかまばゆいような光があったような気がします。
わたくしは、西鉄とか大洋ホエールズとかのファンだったということは、一時期、三原監督のファンだったのでしょう。稲尾が西鉄三連覇の立役者になったのが1956年とグーグルで見ましたので、ちょうど合います。50年前、わたくしが14、5歳の頃までがわたくしと野球が強く結びついていたのでしょう。
東京の子供には、当時、川上、青田、千葉などが人気の時代でしたがわたくしは、小鶴とか名前を忘れましたが、ちょっと渋い違った選手を贔屓にしてました。大下とか山内なんて好きでした。
岡田監督は、面白そうな人ですね。アジア的というか、東洋的というか、あんまりはっきりしたことを言いませんね。でも彼のレコードはたいしたものらしいですから、指導者としては相当な力を持ってるのでしょう。でも前任の星野監督がわかりやすい人柄で、全国的人気のある人で、まあ発言の内容も西洋人にもすぐわかるような人でしたから、星野が陽なら、岡田監督はどうしても陰に見えてしまいます。しかし、本当の人柄はどうなのでしょう。スポーツ新聞もたまに見ますが、あまり分析されていませんね。いまは阪神の人気選手が表に出てますから、そういう意味で岡田監督の目指してる野球は、選手中心の勝つことに徹した、理屈をこねないものなのでしょうか。
多分、優勝すれば、なんどもインタビューに出るでしょうから、それを見るのを楽しみにしましょう。
たぶん、本当はかなり面白い人なのでしょう。でもそれをパブリックには隠すのではないかな。それをうまく出してこのチームの状態を維持できれば、かれも大監督になれるのかもしれません。

by yanagidamitsuhiro | 2005-09-29 12:42
2005年 09月 28日

振り子のはなし

海外にしばらくいると、頭の働きが英語的になります。今回は随分むこうの人たちと沢山しゃべったので、頭の中が英語的になりました。また短期間とはいえ17日間もあったので、それなりに向こう側的な頭の中で帰ってきました。
振り子のアナロジーとしては、かなりいっぱいに向こう側に振れたのでしょう。その反動というか、帰ってきてからかなりいろいろな面でこっち側的に強く感じることがありました。この間のブログもそのあたりの振り子的感情が出ていると思います。
減衰して元通りになるのにすこし時間がかかるのでしょう。
もともとわたくしは自分の意見を強く出すので、外国ではほとんど違和感がないのですが、やはり日本ではあまり突出するのはいけないという気持ちが働きます。若い頃はそうでなかったので、いろいろ軋轢がありました。その頃は振り子にならずに向こうにいきっぱなしで、減衰もなかなか起きなかったので、外国人モードがかなり続いたものです。わたくしの言動に怒ったり激しく反撥した人たちがいたことにはもちろん気がついていました。ただ、あまり気にしないというか、むしろますます激しく言うという日本的にはかなり悪い部分がありました。自分では、アウトサイダーとうそぶいてましたが、ある意味で外国人で、振り子なしの人間だったのでしょう。いつの頃より、海外で食うめしがまずく感じてから振り子的になったような気がします。

振り子のはなしは、過ぎたるは及ばざるごとし、に似ていてある方向に行きすぎるとかならず、その反動があるとも言えます。
ある学説が一世を風靡すると、もしもその学説に傷が出てくるとその反動も激しい、そういうことですね。わたくしは、この学説にはもともと風靡まったくされてなかったので、この件についてはまったく振り子なしでした。
今回はそういうことも感じました。

by yanagidamitsuhiro | 2005-09-28 19:48
2005年 09月 27日

ナポリの町の風景(写真ギャラリー)

ちょっと忙しいので、写真で間に合わせてください。
最初のはわたくしの友達家族が住むアパートで古いお城に10家族くらいが住んでます。窓からは海の水しぶきがみえます。外へ出ると喫茶店と、レストランがある入り江です。
ナポリの町並みの写真です。
それから非常においしかったピザの店(残念ながらカメラを持っていかなかった)の店でこれはとてもいいなあと何度も言ったら、頂けたその店のすべてのテーブルの上にあった一輪挿しというか小さな花瓶です。

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by yanagidamitsuhiro | 2005-09-27 18:26
2005年 09月 26日

久しぶりのラボ

さすがに今日は忙しかったです。
9時過ぎから夜8時までほとんど休まずに働きました。
しかしいろいろ能率良く事が運んで、やるべき事はほとんどやりました。
研究上の議論をしたのは、京都は8人、沖縄が1人ですし、あといろいろもろもろ、雑事というか生きるためにはより必要な仕事などがありましたが、迅速にこなせました。
17日間、不在でもその間の郵便物はダイレクトメールのような宅配便がほとんどで、封書やはがきなどは非常に少ないのです。ダイレクトメールも大抵は宅配便ですから、ほんの僅かな時間で郵便物などの処理は終わってしまいます。
ほとんどの必要な連絡は旅行中メールで対応してますし、封書も秘書さんが開封して読んですぐに対応するかどうか前もってわたくしにメールで聞いてますから、昔は10日間くらいの旅行でも帰国後一日半とか2日くらいかけて郵便対応していたのに、今日は30分もかかりませんでした。
郵政民営化といいますが、そもそもこれだけ通常郵便のようなものが極端に減ってるのですから、郵便局を維持するのに本当にどれだけの税金をかけるべきなのか、難しい問題だとおもいました。
ともあれ、これでブログも書いたし、スッキリした気分で家に帰れます。

by yanagidamitsuhiro | 2005-09-26 20:23
2005年 09月 25日

秋の一日

久しぶりに比良山麓の空気をいっぱいに吸いました。彼岸花の色が眼に鮮やかでした。
旅疲れの時は体が堅くなってる感じなので、別のことで体を動かして疲れるとバランスがとれるのか調子が戻るので、畑のほうを一生懸命やりました。
おかげで元気もだいぶ回復しました。
ただ昨夜は風が強いのでかなり驚きました。いままで泊まった中で一番の風かもしれません。台風の影響でしょうが、ここの土地はときおりとんでもない風がふきます。
夏の野菜の最後のものゴーヤ、ナス、オクラ、四角マメ、激辛とうがらしなどがまだ採れてます。きょうは8月に種をまいた冬瓜が沢山できたので、ひとつ小さいのを切って煮てあんかけ風に料理してもらって食べました。巨大な冬瓜があり、そのかたちをつくづく見てると、父親を思い出しました。沖縄ではヘチマも食べますが、あれもなかなかいけます。
これからの楽しみは大量に作った里芋とそれに毎年猿たちに食べられるか引っこ抜かれて食べられないサツマイモです。それに去年一個しかできなかった栗がことしは15個のこってるのでどうなりますか。それにイチジクがコンスタントにとれてますが、なかなかいけます。妻はジャムを作ってます。
お隣のご家族が越してこられました。不在中においでになられたので、あいさつに行きました。犬が2匹、猫が3匹とか。このあたりもすこし活気が出てくるでしょう。
相撲千秋楽、横綱の6連覇でした。このひとは、強いし若いのでどこまで記録を伸ばすか、天才的です。モンゴル出身の横綱と東欧ブルガリア出身の関脇が優勝を争うことに、なんの違和感もありません。伝統の相撲がもうここまで進んでるのに、大学とか日本の研究はほんとに国際化ができてませんね。日本在住の外国から来た研究者がノーベル賞をもらうような時代がわたくしが生きてるうちにあるといいのですが。
でも、横綱の日本語を聞いてると、やはり研究の世界でも日本語の日常会話が困らずにできるような研究者が増えて欲しいものだと思いました。どうしたらいいのか、相撲の方に聞くといいのかもしれません。

by yanagidamitsuhiro | 2005-09-25 21:32
2005年 09月 24日

日本の住み良さ

帰国して最初に思ったことは、日本は住みよい国だなということでした。もちろん、これは日本人にとってという注釈が必要でしょうが。さらにこの場合の住み良さというのは、便利とか、安全とか、清潔とか、収入に対する物価とか、そういう物質的な面をかなり意味してるのです。もちろんマイナス面は沢山あるのですが、それはどの国でも同じです。町の作りが身障者にやさしくないのは日本の特徴ですが、でも宗教的偏見は非常にすくないはずです。このさいマイナス面を強調するのではなく、いい点を考えてみましょう。
外国人にだって、ある程度慣れたら、日本は相当に住みよい国のはずなのに、その住み良さはあまりというかほとんど海外に広まってないことですね。アリタリア航空の機内誌を読んだら、東京の紹介なのですが、まあよくぞこれだけネガティブなものを集めてと思うくらいひどい紹介でした。そういうイタリアはどうかというと、社会基盤的な投資はかなりひどく貧しい面がいろいろあるが、しかし庶民的には相当に暮らしやすいのではないか、ただかなりのバイタリティーがないとやっていけないように感じました。人間的な暖かみとか郷に入ったらかなりいける国でしょう。しかし、日本に対しては相当な偏見があり、なんとしてでも住みにくくてヘンな国とレッテルを貼って安心したい、そんな感じが日本を見る目にありそうな感じです。
しかし、これは総じてヨーロッパでは英国も含めて、日本は経済力はすごくあっても、生活は非常にしにくい国なのだ、という一般的な見解をもちたがっているようです。
日本人の普通の生活を見ていたら、かなり住みやすく生きていると言うことを見たがらないという面があるような気がします。
一方で総じて日本人もそう言うことには無頓着で、外国人に憐憫というとんでもない誤解の念で見られても、腹も立たないし、訂正をしようとする努力もほとんどしない。昼飯代でも、アパートや一戸建ての賃貸料でも、日本は確実に安い方になっているのに、なぜかいまだに日本は世界で一番物価が高い、毎日苦労であえいでいる、などというわけのわからない宣伝があまねく行き渡っているのです。
なぜでしょうか、この住み良さを日本人がいくらいってもわかってくれないのでしょうから、やはり日本に住んだ外国人によく言ってもらうのが一番いいのですが、どうもそれがあんまり起こらないのですね。不思議です。日本社会にとけ込むことが外国人にとって非常に難しいのではないでしょうか。やはり自分を無視されたり、仲間に入れてくれない国に対しては総じて外国人は反感を持つものです。
わたくしは、今回は日本のトイレがいかにハイテクになっているかというのを何回か言いました。けっこう若者が興味を持ってくれてましたね。実物見たかったら日本に来て、わたくしの家にいらっしゃいと言ってあります。
エキゾチックなものに引かれるといいますが、わたくしはアニメもポケモンも何も知らないので、日本のトイレが驚くほど発達してるとかいうことで彼等若者の庶民的興味をそそってみようとしているのですが、案外こんな冗談めいたことで彼等は日本に来るものかもしれません。沖縄で9月から働きだしたTPさんは沖縄空手を学ぶのがチェコからはるばる来た理由のひとつでもあります。
そう言う人達に、日本の細部にわたった住み心地の良さを発見して貰えたらな、と思います。
ところで、あるイタリア人で、日本に何度も来ている人が、日本の科学の成果は本当に素晴らしいのに、なぜ多くの日本のその優れた成果を挙げている科学者がはっきりと劣等感らしきものを表に出すのか、まったく不可解だということを言っていたのが強く印象に残りました。わたくしもその点はまったく同感です。
今回の旅行は日本の住み心地の良さの再認識の旅でもありました。年収300万とか言いますが、家もあり着る服もあるのなら、ヨーロッパのどこの普通の人達に勝るとも劣らない生活ができるのが今の日本なのでしょう。気さくな人と話した時にはかなり詳しく、収入とかアパート代とか食費とか聞いたものです。
やはりこの良さが世界に認知されてないこと、これが日本の一番の問題なのでしょう。
本当のところ、今の日本は戦後60年で物質的環境では一番生活しやすい時期なのではないでしょうか。しかし、心というか心のおきどころはどうなのでしょう。この国では。心のおきどころが分からなくなっている人たちが増えているのではないでしょうか。だから行く末は正直かなり心配ですが。

by yanagidamitsuhiro | 2005-09-24 20:41
2005年 09月 23日

帰国、秋分の日

関空では驚くほど早く荷物が出てきて、すぐ京都行きのはるかに乗れました。自宅には朝10時過ぎに着きました。やはりほっとするし、気持ちもゆるんできます。妻からいろいろ話しを聞いて、昼飯まで軽く一眠りと思ったら、疲れがでたのか2時間ほど寝てしまい、そのあと、妻が娘と孫たちとiChatをしていたのに参加したのですが、後で妻に娘はわたくしがひどく疲れているように見えたと言っていたとのことです。たしかにわたくしもカメラ画面上で自分ををみて、なんだか呆けて疲れ果ててるように見えているのに気がついてました。
まあ、年ですからとしかたありません。機内で途中までやっていた論文の最後の部分の仕事はやめにして、寝ることに専念しました。
経験的に旅行後の疲れは睡眠を沢山とるのがベストで、それも時差などいっさい気にしないで、必要なだけ寝るし、眼がさめたら起きてその時の気分にまかせて、何かやればいいのです。これで困ったことはありません。何年も前から帰国後の時差ぼけに困ったことがないのは、加齢でからだがもうあまりセンシティブでなくなったからだと、勝手に思ってます。向こうに行くときも西向きなら時差は問題をほとんど感じません。

ところで、きょう秋分の日というのをすっかり忘れてました。ほんとはラボにちょっと顔を出してと思っていたのですが。その後週末たっぷり寝ればいいと思っていたのですが、自宅について、今日は秋分の日だと言われてガクッと来て、一日早くから寝ることになってしまいました。

by yanagidamitsuhiro | 2005-09-23 23:02
2005年 09月 22日

総括・・洗濯の旅

いまウイーンの空港でこれで、関西空港にむかいます。
正直なところ、やれやれ疲れたな、という感じです。
今回は、ドイツ語圏で4泊、フランスに4泊、イギリスに4泊、イタリーに4泊、それに機内1泊と4つの文化圏を動きました。観光がほとんどない味気ない旅行でしたが、それなりの解放感もあり、またいろんな人達とおしゃべりをして、平素の孤立感はだいぶん緩和されました。
ただ、こういう強行軍はもうやめようと思いました。観光ならいいんでしょうが、講演の準備も大変だし、いろんなメールの対応をしつつの旅行なので、ちょっと体力的に無理になってきている、と実感しました。睡眠時間が短くなるのを危険に感じました。
この旅はひと言で言って、洗濯の旅でした。最後の3日間はしませんでしたが、それ以外は1日おきにやりました。半袖シャツがちょうどいい季節でしたが、ちょっとうっかりして半袖シャツの数が少なかったでした。もともと数日用のスーツケースでいきましたので、最後の頃は洗濯ばかりかホテルにあったアイロンまで使ってみたりしてそれなりに洗濯も楽しみました。
もちろん一番楽しんだのはいろんな国の人達とのおしゃべりでした。今の時代の色の濃い議論もできて良かったです。
ドイツの政局やイタリーの国情も昨日の晩飯のあいだにでいろいろ教わりました。
現地に行かなければ分からないことは沢山ありますから、これからも毎年外に出るでしょうが、こういう次々に踏破するような旅行はこれが最後でしょう。
帰ると、いろんなことが山積してます。この間、事実上ストップしてることが色々ありますので。

by yanagidamitsuhiro | 2005-09-22 17:25
2005年 09月 22日

イタリアの若者

きょうは、なかなか充実した訪問でした。MFさんAMさんふたりの著名な若い研究リーダーがいることと相まって、この研究所はこれから大いに伸びることが期待され、若者達も元気いっぱいのようでした。良いときにきたと思いました。特にお二人はわたくしの研究上の興味とも大変近くて話しがつきませんでした。こういうことは珍しいことです。
講演もまあ興味を持って頂いたようで、終わってから、AMさんのところの若者達10人くらいと外のカフェでちょっと飲み物を飲みました。半分くらいがビールを飲んで、雑談をしましたが、イタリア人とは限らないのですが、みななんとなく日本の若者との共通点を感じました。
食事をしてさっき帰ってきました。もう深夜であしたは5時起きで飛行場に向かわなければ行けないので、今日はこれでおしまいにします。

by yanagidamitsuhiro | 2005-09-22 06:38