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2006年 03月 31日

ブログ第二期最終日ーたたりについて

きょうは年度末の日ですが、わたくしとしてもなにかの区切りということで、このブログ第二期の最終日としたいものです。
あしたから、なにか格別に変わるものでもないのですが、気分だけでもすこし変えたいので、この二期目から三期目に移ったとしたいのです。
二期目は、ひとことで言って学術会議にたいする期待で始まり、すぐ幻滅したこと
で特徴づけられています。また最一期目はコメントを受け付けていたのですが、二期目から止めてます。三期目も再開する気持ちはありません。
ほんとはキリの日なので、阪大での捏造事件の調査書を読んだ感想を書こうと思ったのですが、ちょっとそういう気分になれません。
ただ、阪大の調査をされたかたがたはたいへんな労苦を割いておやりになったのに、それが処分にぜんぜん反映されていないのです。これがいちばん問題で、それが内部からなぜ問われて出てこないのか、不思議でたまりません。調査委員会のメンバーが本来処分案を作るべきで、そのことも含めて報告書にでてくれば、こんごの指針として貴重な存在となったでしょう。しかし、それがこのような軽微な処分に終わってしまえば、むしろ悪しき前例になってしまいます。今日はこのあたりで止めておきます。

今日一日でも色んなことがありますね。
村岡元官房長官、完全無罪判決。色んな意見があるでしょうが、ある識者の検察特捜への信頼が粉々に壊れたとの意見に注目しました。わたくしは信頼は持ってませんでしたが、特捜の能力の著しい低下があるのではないかとの、意見に興味を持ちました。佐藤優氏の著書にでてくる、あの検察官は著しい能力低下の前なのか後なのか。

それと、橋本元首相が中国高官に今日会うとか。まあ、なんと間の良いというか悪いというか、たいへんなタイミングでした。

民主党、総崩れ、総退陣。当然でしょう。何をやってるのだと、おもいます。
あの、妙に元気の良い東北弁の会津出身国対委員長は、まさに引導役でした。

わたくしは、科学者のくせに、20代の頃から、「たたり」とか「因果応報」とかいう言葉を発するのが大好きでした。ですから、ここから先は、まったく真面目に読まないでくださいね。夜中にだれかに人形を使って釘をうたれないように、なるべく人生を送りたいと念じてきた人間の意見です。

民主党永田、前原、野田議員このあたりの人達はみな堀江氏のたたりにあったとわたくしはみています。
堀江氏は、池に放り込まれた犬のように扱われていますが、まだまだ世間の一部では人気があるのです。ただ、いまや秘めたというか屈折した人気になってしまいました。
人気稼業の政治家のくせに、underdogにも人気のある堀江氏を利用したあんな馬鹿げた茶番をやった、たたりにちがいない、わたくしはこのように思います。

堀江氏はもちろん生きていて、獄中で元気なようですが、金融人としては死んだのでしょう。ですから、不思議な人気のあった金融人堀江氏が実際には死んだも同然なのですから、しかもいっとき相当な人気があり、捜査による株の暴落で相当なお金たぶん総額5千億円くらいを失った人達がいるのですから、世間というか、どこかに怨念の空気が渦巻いている、と思いたくなります。

「たたり回避」第一主義で生きているわたくしなどには、そんなことをいっていていいのかな、と思う人たちがテレビなどにはいっぱい出てきていますね。

さて、あしたはエイプリルフールでしたか。

by yanagidamitsuhiro | 2006-03-31 17:42
2006年 03月 30日

シンポジウム二日目、その後

きょうは午後4時半頃にシンポジウム終了です。
豊かな気分で会場を出た人達が多かったでしょう。わたくしもそのうちの一人でした。

5年間短いような長いような、この二日間、沢山講演を聞きながら、いろいろ考えたよい機会でした。わたくしも、あとどれだけ現場の研究者の時間が許されているのかわかりませんが、まだまだ頑張りたい、と強く願ったものでした。

ラボに戻って、5時半頃から、4月早々に北海道へいく、I君の研究のまとめの話し合いをはじめました。K君やM 君も参加。かなりデータはあるので、色んな角度から議論して、起承転結のストリーに作るのに、どうデータを並べるどう話しをつなぐか、あれこれと話し合いを続けました。北海道にいってもすぐに実験はできるという、I君の言葉を信じて、ふたつ実験をしてもらいたいと要望。それさえうまくいけば、論文は書きますと、約束。難しい実験ではまったくないので、とりあえず明るい気持ちで議論を終了。

エクアドル戦、後半だけでも一部見たかったので、タクシーに途中まで乗って、帰宅。
後半なかばに間にあって、一点を佐藤が入れるところを見られました。ジーコ監督になって南米チームに勝ったのが始めてとか。動きはシャープとはいえない感じでしたが、でも負けそうにも見えないので、日本の強さはある程度確実なのでしょうか。

夕刊(朝日新聞)を見たら、管理が不十分という見出しで、東大多比良教授のコメント、研究管理が不十分だった責任を痛感している、とありました。これを白々しいといわずして、何をいうのでしょうか。多比良グループの過去の研究はこの川崎助手以外の研究についても深い疑念を持たれているようです。

京大の白川医学部教授の懲戒解雇ですが、唐突の感はたしかにあります。くわしい事情を知りたいものですが、よく分かっている人は少ないようです。医学部教授会が決めたことを大学が認めたようなかたちになってるようですが、時間が経過すればなにがあったのかは分かってくるでしょう。白川さんは不当であると、対抗手段をとるようです。

by yanagidamitsuhiro | 2006-03-30 21:53
2006年 03月 29日

特別推進研究終了シンポジウム

朝から夕方までシンポジウム、それから懇親会、さらに飲み会までありましたので、いま11時半に帰宅しました。急がないと今日中にブログが投稿できません。

なかなかよいシンポジウムでしたし、ポスターセッションも活発でした。もう一日ありますので、結論めいたことはかきませんが、たいへん充実してました。

懇親会、すぐ食べ物も飲み物もなくなったのが、盛会の証拠と言うことで良かったでした。若い人がおもいおもいにしゃべっているのが見られて、安心しました。

わたくしは懇親会のあいさつで、確かに国家的なプロジェクトで多額な研究費を頂いたが、やはり人材育成が一番大切で、業績も、拠点もどんなに出ようが、そのひとりか複数の人材のまえには問題にならないとのあいさつをしました。
しかし、人材は八ヶ岳的な峰の高さに依存して出てくるので、沢山の水準のたかい研究者がおれば、自然にそのなかから傑出した人材が出るものと確信してるとのべました。

飲み会は東京からおいでになられたWYさんや、桂キャンパスから来られたSMさんも交えて色んなことが話題になり、これもまたたいへん面白く役立ちました。
会場周辺では、他に行くところもないので、同じ会合の別グループの飲み会も来てました。

by yanagidamitsuhiro | 2006-03-29 23:50
2006年 03月 28日

四人のボンボン首相候補

あしたから、わたくしたちが5年間やって来た特別推進研究(拠点形成型)の終了シンポジウムがあります。京大内での5つの研究グループが発表をして自己評価ならびに当然ながら他の研究者の評価も受けるわけです。
あまり評価、評価と緊張する方向でなく、非常に楽しく稔り多く研究させていただきました、という方向で終了したいものです。ただ、いまのところ、なにも具体的に拠点が出来るという流れがでてないのが不満ですが、まあしかたないでしょう。拠点がもともとあり、まだまだそれが存続すると考えてもいいわけですから。
研究室総出で参加します。

さて、国の予算もとおって、いよいよ9月の自民党総裁選までやかましくなりそうです。
民主党がまったくこけてしまったので、公明党はもちろんのこと、民主党、共産党までの広い支持者が自民党の総裁選に口を出す様になっています。

野党支持者のかなりが福田さんに乗ってるようですが、ほんとうのところ、この福田さんの政治哲学はよく分かりません。お父さんはかなりの「やせがまん」と「へそまがり」というか「あまのじゃく」のような気質を持った方のようにみえました。
息子さんもこれらのどれか、一つは持ってそうな気がするのですが、どれでしょう、あんがい「へそまがり」なのでしょうか。よく分かりません。官房長官時代の印象は、我慢強い紳士というものでしたが。
安倍さん、というかたはたいへん分かりやすいです。すくなくともそう見えます。やはりかなりのイデオロギー人間と見受けました。またロマンチストなのではないでしょうか。いちばん人気があるのはまちがいないのですが、ここで首相になるのがご本人にも日本にとってもよいのかどうか、そこが分かりません。日本にとっては、かれが強力なリーダーになれるような態勢を組めるかですが、足を引っ張ろうとする人は数限りなくいそうな感じで、すこし時期がわるいのではないか。福田さんがやって、日本がさんざんな目にあって、その後やる方な場合のほうがいいのかもしれません。いい意味でもわるい意味でも岸信介元首相のお孫さんというニュアンスが国際政治にでるとちょっと厄介かもしれません。
わたくしは、この人気のない麻生さんが面白いと思ってます。
谷垣さんも含めて、4人のボンボン(失礼な表現ですが)のうち、いちばん未知数の感じがします。とりあえず、吉田茂元首相の孫です。会社の経営もそれなりにやって、遊び事もスポーツもひととおり人並み以上におやりになってるらしいです。
べらんめえで失言も多いのですが、言いたいことは言う、タイプだし、やるべきことはやると言いそうだし、首相になったらなにかやりたいことがありそうです。いちばん興味のあるのは吉田茂のなにが継承されているかで、これは分かりません。吉田茂の息子吉田健一さんはたいへんなインテリかつ遊び人かつ尊敬すべき文化人でした。
谷垣さん、見た目にさえないですね。でも、このひと日本人の平均的な感覚でみたら、ずいぶんしっかりしているし、言うべきことも言ってるし、等身大日本人の首相ということで、それなりにいいじゃないですか。誠実そうな感じがするし、柔和だし、この人が嫌いなら、日本人の大半が嫌いになるということです。あんがい、谷垣さんをおしたてて日本の政治、経済、外交を数年やってもらうのが波風たたなくていちばんいいのかもしれません。
しかし、この4人の候補、みんなホントに立派なボンボンですね。ボンボンのいい点はやはり立派な取り巻きがいて、本人がヘンなことをしそうになったら、止める人がいるのでしょうか。スキャンダルもありませんね。そういえば、小泉首相もかなり変人的なボンボンなのですが、いろいろスキャンダルあるそうだったのにまったく盛り上がりませんでしたから、これも立派な取り巻きがおられるのでしょう。

それにひきかえ、ボンボンでない、民主党の代表や、なかなかやめない東大出の永田議員さんは出所進退ぜんぜんだめですね。
困ったことですが、にほんはやはりボンボンでないと政界はうまく生きていけないようです。

なおここで、ボンボンという言葉は、辞書にあるとおり上流家庭の子弟という意味以外に使っておりません。

by yanagidamitsuhiro | 2006-03-28 19:44
2006年 03月 27日

新しい石垣小路

百万遍角の工事が急ピッチで、帰国してラボにいくのに昔からの門は閉鎖されてましたので、あらたにできた小道を始めて歩きました。
京都には高台寺ちかくに石塀小路という名所がありますが、京大にも似たような名前の石垣小路とでも命名をしたくなるような一角が新たに出来るかとひそかに期待してたのですが、ちょっと及第点をあげるには首をかしげたくなる出来映えです。
その最大の理由は、石垣があまりにもお粗末なことで、もしかしたらまだ最終段階でなく、これから著しく改善されると期待したいのですが、現状はむきだしのコンクリートにいい加減な石ころを適当に乗っけたという類のものです。一般家庭でも石垣らしいものを作るならはるかにましなものを作るでしょう。わたくしが自宅に石垣を作るのなら、この10倍はましなものを注文します。前からある石垣もそれほどいいものではありませんでしたが、この新しく出来る石垣(最終ではないと強く期待してますが)はあまりにもお粗末です。こんなんでは、とても名所になりません。移した木はなかなか立派なので、入口がこうでは残念です。しかしまあ最終工事の出来映えを見守りましょう。

京大医学部の教授が4千500万円を受領して、医学部が懲戒解雇にすると議決したとか、記事がでています。詳しいことは分かりませんが、しかしこの教授の実名が新聞に出ないのはなぜでしょう。医学部教授会がもうすでに決議してるのに、いったいかなる理由で実名が出ないのでしょう。人権の擁護なのでしょうが、その確たる理由はよく分かりません。そういえばおなじように、7人の患者の人工呼吸器をはずした富山県の病院の医師の名前が出ていません。そういえば、不思議なことに二人とも年齢が出ていました。なぜ年齢だけが出るのかよくわかりません。二人とも反論があるようなので、ぜひ実名で反論して欲しいものです。

今日は帰国1日目ですが、ずいぶん能率良く仕事も進み、沢山の案件を処理できました。
午後3時にはジャーナルGtCの出版元の副社長とアジアの責任者のお二人がおいでになり、いろいろ意見交換をしました。学会の編集幹事のUさんも同席して貰えたので、こちらの編集関係者も含めて、たいへん効果的な会合でした。いくらIT時代とはいえ、いちどでも顔を合わせて話しをしておくと、後がずいぶん違うのです。これでテクニカルないくつかの懸案もたぶん迅速に解決されるでしょう。

土日と休んだせいか、居眠りもなくきょうは一日を過ごせ、充実感を持って帰宅できます。
昨日は夕方に妻と京都まで出てきて、これも懸案だった亡父の絵について、とりあえず11点額縁を決めたので、これもなんとなく気になっていたことがすんでほっとしている一つの理由でしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2006-03-27 19:38
2006年 03月 26日

時代の変化を起こすWBCでの一勝

2006年は日本の歴史において、米国で開催された初の野球世界一を決めるWBCで日本がキューバを破って頂点になった年として記憶されるべきなのかもしれません。
韓国に3連敗した場合と、勝って決勝に進んだのとでは天と地の差があります。
パトリオット、イチローはその差を熟知していたに違いありません。彼を激しくブーイングした韓国ファンもそのことを熟知していたのです。
たった一勝ですが、今後10年間日韓関係に大きな影響を及ぼしかねません。冗談でなく。
いわんや、米国との関係でも。宗主国米国と属国日本の関係は、野球にそれがいちばん現れていたのではないでしょうか。
それが、世界一の日本の野球ということになれば、日本人は今後野球に何を望むのでしょう。始めて余裕を持って、周囲のことが見えてくるのではないでしょうか。この出来事は日本人の多くに強烈な覚醒作用をもたらしたにちがいありません。

そして、もしも、この2006年に日本をめぐる世界のそして東アジアの政治情勢がなにか質的に変わればそれに付随した、もしくはそれを象徴する出来事として、このWBC優勝は記憶されるのでしょう。

世界の中で、日本はまたまたrising Japanになりつつある、もうすこし謙虚にいえばJapan is backなのでしょう。経済的にも社会情勢的にも政治的にも落ち着いた国情です。
しかし、日本をめぐる国際情勢はほとんど変化が起きておりません。しかし、その変化なしの状態がいつまで続くのでしょう。日本がヒステリックに叫んだりせず要求することを正当に要求していけば、ますます、持つべき影響力と置かれた現状の乖離が明白になるでしょう。

日本の野球を、米国人がみくだすことはもう決してないという意味で、日本で起きている出来事を軽く見ることは米国にとって出来なくなるでしょう。そうでなければ、野球以外のことで同様なことが次々に起こるかもしれません。

日本は国連では米国につぐ最大の基金を払っているにも関わらず、敵国条項に縛られています。さらに安保理の常任理事国になる案に、隣国の韓国と中国は猛然と反対しています。これら二国は今後この件からの波及で日本と良好な関係を保てると確信を続けられるでしょうか。まちがいなく見直しがあり、露骨な反対はだんだ弱くなるはずです。特に日本人の多くは安保理の常任理事国になることに理性的であり、またほとんど強くは願ってないので、この件では日本は圧倒的に有利なはずです。本来は、隣国がぜひならないかというまで、立候補すべきではないでしょうか。

中国のいう歴史問題が、だんだんカードして弱くなっています。新聞などはまだ嫌中、親中は国民のあいだで五分五分と見ているようですが、中国が歴史カードを強烈に切るたびに嫌中感は増えて、いまや7割以上の日本国民は嫌中派になってしまいました。日本が何もしないうちに、ただ小泉首相が靖国参拝を続けているあいだにこうなって、しまったわけです。

こういう日中問題とWBC優勝になんの関係もないような気がします。しかし、そうではない気がします。庶民は正直です。WBC優勝で、日本人の多くは戦後始めて「一等国民感」を深々と味わったはずです。
米国にたいする、感情から見て致し方ありません。経済では、バブル前にいっぺん米国に勝ったはずなのですが、すぐまた負けてしまいました。
しかし、このWBC優勝はもう失うことがありません。

「一等国民感」はやはりかなりの幸せ感をあちらこちらでもたらしてるはずです。

日中間の関係には日本人の多くはそれなりに神経を使ってきたわけですが、こんご政治的に「余裕」のある対案をもって中国に対しても、国民は怒らないでしょう。中国が歴史カードを切れば切るほど、隣国の真の意図を見ようとする、余裕がまさってくるでしょう。

たった、一勝、もしも負けてれば日本人の多くはいまの米国人がしてるように忘れようとするでしょう。しかし、勝ったあげくに優勝したのですから、大きな変化がうまれてくるにちがいありません。

歴史にもしも、というのがあれば、間違いなくWBCの一勝はその「もしも」だったにちがいありません。

by yanagidamitsuhiro | 2006-03-26 16:50
2006年 03月 25日

久しぶりに土に親しむ

久しぶりに土に親しみました。
素晴らしい天気で雪をのせた山々と水面がきらきらしている琵琶湖を望みながらずっと土の様子や、畑の作物の様子を点検しました。それに枯れ草など、まとめて燃やせるところは野焼きをしました。最後のニンジンに元気になってきたネギや、まだまだ早いのですがタマネギを少々収穫しました。たらの芽はもうすぐいっぱい食べられそうです
しかし、梅はふくらんではいるものの、まだ駄目でした。桃ははるか先な感じ、去年もこんなに遅かったかなと首をかしげました。
それにひきかえ柳の木の芽が素晴らしい色です。かなり背の高い木なのでかなり見映えがします。去年もそうでしたが、小鳥が好んでやって来ます。
そらにはトビが高空にいたるまで沢山飛んでました。勘定したら、見える範囲に7羽いました。あんな高空で何をしているのでしょうか。

研究のことは一日くらいなにも考えたくないので、考えないようにしていますが、マネージメントのことなど、いくつか気になることがあります。
学術会議の研究体制分科会に所属しましたが、前回出席出来なかったことと、次回の日取りもなかなかでにくい日になっているので、どうやって日取りを工面したら出席できるのだろうか、とか沖縄の組織の現状などとか、気になることはいくつもあります。しかし、みんな考え抜くことは不可能です。

もうひとつ気になったことは、米国で親しくお話ししたうちのひとりが米国の将来に非常に悲観的なことでした。いつも大学人はそういうことをいう人がいるのですが、こんかいの話しは妙に説得力があり、これもおりおりにわたくしの頭を去来しました。

さらに気になったことは、敬愛する米原万里さんが週刊文春の書評欄でご自身のがん闘病を克明につづってることです。このかたのエッセーをいくつか読みましたので、格別な親近感があります。人ごとではなく、かなり気になります。しかし何もできないもどかしさがあります。

by yanagidamitsuhiro | 2006-03-25 21:08
2006年 03月 24日

肥満が標準?

無事自宅に到着しました。妻も今日夕方東京から戻ったとか。
わたくしのかかった風邪を何日か遅れて引いたとかで、同じような声と咳をしていました。わたくしの風邪はまだ完全には治ってません。

Palo Altoのホテルを朝9時半にでて、昼の便に乗り、成田に予定より40分ほど早く着いて、成田エキスプレス、東京駅から新幹線と乗り継いで自宅に夜9時に着きました。時差が17時間あるので、計算がすぐ出来ませんが、体感的にはずいぶん長い旅行でした。Palo Altoでは花が咲き出していて、日本と同じような春の始まりの時期でした。
米国でも屈指の豊かな地域ですから、ここら辺にすみたいと思う人達は何も米国人ばかりでなく、日本人でも沢山いるでしょう。自然も豊かだし、能力のある人にはいくらでも機会のありそうなところです。
日本に帰って思うことは、東京地区のせいかもしれませんが、日本もほんとに豊かだなと思うことでした。老いも若きも、服装をみても顔立ちをみても、世界でもナンバーワンに近いくらい豊かな国の人々の顔立ちだなと思いました。
同じアジアの中でもかけ離れて、突出してるのだとおもいます。

ところで、こんかい一つ気がついたことがありました。泊まったホテルずいぶんサービスが良いのですが、朝食はコンチネンタルでも、ジュース、紅茶はサービスされます。それにちょっとパンがあればそれでいいのですが、注がれたジュースの量が多いのでいやだな、と思っても、しかたなく無理して飲みました。
そしたら、ひとりのウエイターがすぐまたあらたに注ごうとするので、もういりませんと身振りで遮りました。ところが、それから数分もしないうちに、別のウエイターがまた注ごうとするので、もういりませんとちょとむっとなって言葉に出しました。
そこで、気がついて周りを見回すと、ビジネス関係の客が多いのでしょうが、どなたもみなさんジュースを半分近くも残してるのですね。それで、もうすこし注意深くみると、ほとんどの人が大量に食べ物を残しているのです。
バイキング形式でなく、ウエイターのサービスのあるところだからでしょうが、ともあれ標準の食べ物量が非常に多い。つまり適宜残すのが当然なのでしょう。だから、ジュースもいちばん沢山必要な人達のを標準にいれるのでしょうか。
わたくしのようにものを残すのができない食習慣の人間には、つらい国です。しかし、いっぽうでなるほど、大量の食べ物を標準にして生きていく、米国の社会をかいま見た重いです。
これじゃ肥満が増えるのはあたりまえだ、というものですが。

by yanagidamitsuhiro | 2006-03-24 22:11
2006年 03月 24日

スタンフォード大での一日

朝にホストのSさんが来て雑談をしながら、彼のラボへ。巨大なトラックなので、なぜかと見てると、ミツバチの巣箱を運ぶためとか。そういう趣味を持ってるそうです。
9時から45分刻みに、お昼まできっちり廻りました。45分、わたくしだけのためにしてくれる家庭教師みたいなものですから、実に勉強が頭に良く入ります。特にJSさんのが勉強になりました。平素まったくふれないモータータンパクのメカニックですから、頭の洗濯にもなるような気がしました。
お昼御飯は大学院生10くらいとポスドク1人と一緒に会食。どこの院生もおなじとはいえ、皆純真だし、明るいし、研究にまっしぐらというところが、好もしい。さすが、この大学とあって、上品ですね。日本で東大で学部を出た人も1人いました。わたくしはちょっと、おかしな話しをしていろいろ笑いをとる努力をしました。

昼過ぎからは、また45分ずつ、3人、なかではヌクレオソームやRNAポリメラーゼの構造解析の大家RKさんとはなしが圧巻でした。また、長年つきあいのあるJPさんの話しも時間が足りない感じで面白かったでした。JPさんは奥さんが、がん治療のえらいさんで、すごい職をスタンフォードでえたので、渋々きたのですが、それなりに楽しい、これからは酵母もやりながら珊瑚関係の生物学をやりたいといって、あらたな海産生物をペットのように飼ってました。
わずかに休憩して、4じから講演、ずいぶん聴衆おられました。出来映えはじぶんでは分かりませんが、まあまあ普通のできでしょう。

定年で大学教授をやめたら、なぜかラボが二つになってしまって、いまは沖縄にもラボがありますと、話しの最後の集合写真の時にいったら、沖縄キャンパスの設計責任者がご子息でもあるこの界隈のドンであられるAK先生が、話しの後においでになって、うちの息子が設計したんだと言ってこられのたので驚きました。会場におられたのでした。米寿とか。まいにち大学に来てるとか。

講演のあとの質問もそれなりに充実してましたが、そのあと別室で、大学院生と40分程度、研究などについての質問を受けました。

これがおわってから、わざわざバークレーから来てくれたKさんなども交えて晩飯。
疲れましたが、終わってほっとしました。ただ、ホストのSさんのところの研究の話しを詳しく聞けないのが残念でした。

by yanagidamitsuhiro | 2006-03-24 01:28
2006年 03月 23日

米国西海岸との時差

今日が今度の旅行の最後のおつとめの日です。
今日といっても、いまこちら22日朝7時15分ですが、日本では、23日の深夜0時15分です。
時差が17時間あるわけですが、これがなかなか体感するのが難しいのですね。つまり、日本が時差で17時間先をいっているのが理屈ではわかっても、実感が難しい。
これから新しい日が始まるときに、日本は深夜もう次の日に入っている。
日本としょっちゅう電話かなにかで連絡を取っている方は熟知しているのでしょうが、なかなか分かりにくい、これは太平洋を隔ているだけで、距離的には時差7時間分なのですからかもしれません。
やはり今度わたくしが西回りで旅行したように、その向きで来れば確かにこのような時差があるのが分かります。西に西に向かっていけば確かに米国西海岸は遠い。
しかし、昨夜ここの大物教授SPさん、JSさんと晩飯をいっしょにして四方山話をすれば歴然として、日本と米国西海岸は近い、太平洋ひととびの感覚のはずです。共有するのが沢山あります。話題もすぐ理解できるものが多い。
しかし、両国はなかなか近いようで遠い。韓国と日本の関係のようにこれだけ近くてもなかなか近づけないのに比べればましですが、米国西海岸にはわたくしはやはりもっと頻繁にくるべきかなとつい思ってしまいました。
時間が来たのでここまでにしておきます。
ところでこのPalo Altoで列車を見ました。サンフランシスコまでちゃんと電車でいけるのだそうです。便利だよと、こんかいのわたくしのホストのわかいASさんはにこにこいってました。
今日の講演は特別なものだそうで、学生さんともつきあう時間が作られています。
楽しみです。

by yanagidamitsuhiro | 2006-03-23 00:29