生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

mitsuhiro.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2006年 07月 ( 31 )   > この月の画像一覧


2006年 07月 31日

運の悪い世代

半分くらい出来た論文のほうのイントロダクションを書き出して、思いのほかに難しいのにびっくり。もうすこし簡単にいけると思ったのですが、なんのなんの、書き出しに苦吟です。
それで姿もかたちもないほうに移ってやってみますと、こちらはとりあえず結果の記述をならべただけですが、昨日と今日ちょこちょことやってでできたので、関係者に送付しました。姿は見えましたが、まだバックシャンくらいにしかなってません。
午前と午後の3時間で樹木の剪定とそれからニンジンの種をまくところを整地しました。

ことしは就職状況が売り手市場とか。日本の従来型企業は新卒を毎年春にとるという習慣をやめないので、世の中に仕事が面白くない人達は沢山いるのに、そういう人たちには門戸を開けないで、来年卒業する新卒者だけを候補にするという、どうかんがえても賢くない方法をとっています。たぶん、関係者にしかわからない理由があるのでしょう。でもたぶん誰もが納得する理由ではないでしょう。

そのため、就職氷河期の頃に卒業したいわゆる団塊ジュニアは、就職について運が悪い世代といわれてしまうらしいです。
このあたりわたくし、ある程度の推計数をもとにして話しをしたいのですが、手元にありません。ともあれ正社員とかいう一見安全な職に就いてない人達がこの不運な世代を中心に膨大な人数、おられるということです。

なんでこの世代にももう一度チャレンジさせないのか不可解です。法律のようなもので新卒だけを相手に入社試験させることを禁止するのがいいと思ったりします。
ほんとにおかしな話しです。かれらの訓練が場合によって必要かもしれませんが、それは社会的に負担すればいいでしょう。

運の悪い世代といわれてる人達は無言なのですが、無言でいいのでしょうか?

by yanagidamitsuhiro | 2006-07-31 18:46
2006年 07月 30日

伸びる若者

午前中の涼しいうちに二カ所を深く耕して、ニンニクとエシャロットの場所をつくりました。他の畑をみるとこういうものはびっしりと密生して育成しているようなので、その真似をしてみようとおもいます。妻はブドウの袋かけをしてましたが、難しいとのこと。半分は袋かけしないで、収穫の違いをみるのも大切でしょう。ただ、ほんとにブドウが出来るのかまだ半信半疑です。
他のトマトなどの収穫のほうはありすぎて、このままでは、娘の家族が来る頃にはみな力尽きてなにも作ってないかもしれません。

さて辛口のを書こうとおもっても習い性となってなかなか、難しい。いつのまにやら違う方向に行ってしまいます。

伸びる若者は、研究者の世界では、結局パフォーマンスの出来る人たちだなと、最近よくおもいます。ただ大きく伸びるかどうかは知りませんが。
それに表面はどうあれ、心底では謙虚なひとたちがやはり伸びるのでしょう。データについて、厳しいつっこみが入ったときの受け答えを聞けば、そのひとの心底での謙虚さはすぐわかりますから。
さらに、世代の違いを越えて、話しのできるつまり、きちんとコミュニケーションの出来る人達ですか。
しかし、うまく話しができて、その結果、やはりこいつは駄目だということもあるでしょう。でもそれでいいはずです。研究者は八方美人である必要はまったくありません。
若者は生きている時代が年寄りよりずっと短いのですから、経験談などすれば年寄りの話を聞かざるを得ないのですが、なんといっても未来という大変な財産があるのですから、この財産をいかに世代を超えてうまく売り込むかでしょうね。
年寄りを羨ましいと思わせるのが、若者の一番の特権なのですがね。

それじゃ、伸びない若者はどういう人かというと、馬鹿らしいいいかたですが、パフォーマンスがまったく出来ない人ですね。相手がたった一人の聞き役でも面白いお話し一つする能力もなければ、どうやって研究費どころか、奨学金の面接をのりこえられるのでしょうか。いまは大学院入試はどこも人でがほしいので、楽に入れるようですが、そのあとは、結局本人にとって大切なことはたいてい面接できまっていくのですね。書類だけというのはありえないでしょう。目の前の相手の人間に対するパフォーマンスがほんとに大切なのです。
思い上がった若者は結局悪いおとなになっていくのですね。

いくら仲間にうけても肝心な人達に受けないと。
世代ののかなり違う人達を納得させるのは、それなりに大変です。
結局面接などは、ごく短時間なので、あいてに対するなんらかの分かりやすいパフォーマンスが必要なのです。でも自分にないものを見せようと思っても難しい。結局自分の持ってるベストを示しつつ、なにか強いメッセージを発する、これがわたくしがいうパフォーマンスです。
これで、生活費から研究費から職までなにもかも決まっていくのです。これからの若い人達は。
伸びない若者はこういう冷厳な事実を重視しなようです。

重視するだけでは駄目で、練習しなければいけません。世代の違う人達とのつきあいを練習しなければいけません。

わたくしの知る若者、かなり多くの若者たちはここのところの感覚が飲み込めないようです。
結局、相手が何をかんがえているのかわかることが、研究の世界でも伸びるための一つの条件でしょう。これをいうとわたくしのラボの大半の若者はキョトンとしています。

相手が何を考えているのかまったく気にしないですくすく伸びる若者は才能の非常にある若者です。こういう若者は滅多にいないので、あまり一般論にいれて考える必要が無いと思っています。
日本の若者で、これはすごい、と思わせた人は例えばこの一年間だと皆無です。
日本の若者で、目つき、物腰だけ見て、用心せねばいけないとおもわせた若者が、この一年間皆無です。一年どころか何年も皆無です。(もちろん研究上の話しです。町中ではわたくし若者に対してかなり気を付けています。怖いですから。)

これで日本の研究世界の将来を憂えずして、なにを憂うのでしょう。
塚原卜伝になるのは難しいようです。

by yanagidamitsuhiro | 2006-07-30 17:12
2006年 07月 29日

クルミの木

きょうから5日間で、三つの論文をそれぞれに応じて進めるのが予定です。かなり進んでいるのは、まだ残っている問題点などをひとつひとつ考えて、改善したり対応した文章にします。半分くらいやったのは、なんとか序論と議論をとりあえず書いてみたいとおもっています。そして最後のはまったく姿もかたちもないので、データファイルを開けて、一つ一つ送られてきたデータを吟味するわけです。
今朝は、この20枚ほどのデータを吟味していました。なんとか論文はできるが、どうももうすこし気分が乗らないのはなぜかその理由をはっきりしたいと自分でおもっていろいろ考えました。データがふたつ甘いところがあるのが原因だとわかりました。
しかし、繰り返せば同じような甘いデータがまだ出てくるだけなので、どのような新しい実験をすればいいのか、そこのところをいろいろ考えているうちに昼になりました。
ひるからは、雨がすこし降ってましたが、ニンジンの種をまく場所を耕して、石灰をまきました。
それから家のうらにあるかなりの広さの雑草を刈り払い機で刈りました。おおざっぱにやるのにも1時間半以上かかりました。
そのあと、前から気になっていた、楠、利休梅の刈り込みをしました。
それにいつのまにか大木みたいになったクルミの木の下枝をかなり思い切って切りました。
この木は、高さ1メートルもない苗で買って、植えた場所が悪かったのか、新しい葉はつくのですが、さっぱり大きくなりませんでした。一度は、なにかのはずみに地面から抜けてしまって、その時の貧弱な根を見て、またもとの穴に戻しながら、この木はもうすぐ枯れてしまう、と思ったものです。
何年経っても、2メートルの高さにもならないので、もうあきらめていたものでした。それがどうしたものか、一昨年に突然伸びだして、昨年はぐんぐん伸びて、かなり太い木になりました。高さも今年あたりは5メートル近くなりました。でもクルミの「ク」も見えないので、雌雄二本の木を買えばよかったといっていたものでした。
今年は、がっちりした木になったのに何もクルミが出来そうもないので、とりあえず下枝を落として、木の下の日照を良くしようと脚立に乗って枝を沢山下ろしました。
それらを、隣の林の脇に置こうと運ぼうとしていたら、妻がほらそこに一つクルミがあるじゃないのと、指を指していました。
驚いたことに、大きなクルミの実が一つ確かにありました。
それをじーつと見ているうちに、なにか反省というか、悔恨の念のようなものがわいてきました。
いままで何人もこういうクルミの木のような院生がいたような気がします。妻にいわれなければ、今年も図体ばかり多くなって、なにも実を結ばなかったと、おもっていたでしょう。やっとけなげに一つの実を結んだ、このクルミのを木を大事にしようとという気持と、やはり来年また駄目なんかもしれないという、院生に対してしばしばおもう感情と似たような気持ちを持ってしまったものでした。
c0075365_19185637.jpg


by yanagidamitsuhiro | 2006-07-29 19:28
2006年 07月 28日

嘉田新知事へのお願い

週末から来週水曜まで、自宅研修することにきめました。今の身分では自宅研修は認められないので、3日間の休暇を申請しました。
昼飯時に、K君とN君の二人と一緒にうどん屋にいきました。まとめて、これからの実験の方針を相談したわけです。驚いたことにこのうどん屋は二人は初めてとか。量も多く、内容もいいじゃないかとの二人の感想。店の名前が悪すぎるのは確かですが。わたくしは、うどん屋なのに中国風のインテリアというへんてこなのが気に入っています。まえにもブログで触れたことがあります。
Mさんフランスワイン旅行から無事帰国と、Sさんから連絡。暑すぎて、汗もだらけになったとか。

さて、やはり新幹線新駅問題が新知事の肩にずっしりとかかる重荷のようにみえます。政治的にも政策的にも、近未来的にも長い未来的にも大きな問題のように見えます。
県民全体の民意ははっきり出たことは事実ですが、ここは英知を用いてこの問題に対応して欲しいというのが、願いです。というのは、ここがうまくいけば、このあとに嘉田知事が本当にやりたいと思っている、琵琶湖の環境改善と滋賀県の若者たちを元気づける政策に本格的に取り組めると思うからです。
まったく僭越とはおもいますが、こういう表題でわたくしの意見を述べたいと思うのです。わりあい大勢の滋賀県のかたがこのブログを読んでいるので、こういう意見をもつ一人の県民もいることを知ってもらいたいと思います。

長い話しは抜きにして、結論だけをいえば、やはり駅は作らざるをえないのではないのでしょうか。作る以上は不承不承でなく、争いの後に出来た駅でなく、みんながよかったと言えるような駅になるよう、知恵を出すべきです。
ただ、県民の意向ははっきり出ている以上、そのまま言われている額を出すわけにはいかないでしょう。現行予定額の3分の1程度の拠出ですむように交渉するのはいかがでしょうか。今回の新駅は突出した金額が必要と聞いてます。通常の新幹線新駅の倍以上とか。理由はどうあれ、このあたりに交渉の余地があるはずです。
わたくしがこのようにいうのも、前に触れたように、滋賀県のひとりあたりの県民生産額は全国3位です。県民一人一人は豊かという意識はなくとも、県として豊かなことは間違いありません。それが偶然でなく、経済的富裕度は今回新駅予算の半額近くを出す栗東市あたりに中心があることは明らかです。人口的には大津市あたりが中心のようですが、経済、産業的には新駅から30分以内の圏内が中心にいまはなっているとおもいます。

余談のような話しですが、なんべんか夜遅く自宅にタクシーで帰ったときに運転手のひとと雑談をすると、祇園で景気よく遊んでいるのは、京都ではお坊さんと後は滋賀の栗東近辺のひとたちと聞いたものです。競馬のトレーニングセンターもあり、いろいろな工場団地もあり、工業的にも活発な一帯です。
地元が新駅誘致に向かうのは当然とも思われます。利用価値も大津市民にはほとんどなくとも、経済的に活発なところの希望を入れるのは悪いことではありません。いっそのこと、県の負担をゼロにするのが前回の選挙の民意かもしれませんが、それでは県と市との対立が深まるばかりです。それに駅前開発に相当なお金を入れてしまった市側の立場も考慮せざるを得ないと思われます。ここは半分以下できたら3分の1,4分の1程度で手を打てないものだろうか、と素人考えをするわけです。
新駅は利用価値があるかですが、わたくしはあると思います。新幹線通勤を大阪や京都にする人達も増えるでしょう。夜かなりおそくまで京都や大阪で仕事や遊んでいても短時間で帰れます。滋賀県では大半が家族に車を持っているわけですから、乗り換えが不便な点も非常な欠点とは言えないかもしれません。
この件についての、JR東海社長の態度はきわめて横柄で感じが悪いのですが、お客様を神様とまでではなくとも、大事にしないこのようなJR東海の態度はいつか糾弾されるに違いありません。しかし、前任の知事がコミットしてきたことを理由もなく、簡単に反故にも出来ないでしょう。
また、減額を簡単に相手方が承諾するとも思えませんが、ここは相手の言い分を聞くかたちで相手側の中に入っていくのが賢明と思われます。いろいろ欲に目がくらんで、おかしなことをしかけている人達も居るでしょう。もともとどうしょうもない土木体質のきつい県ですから、不正がないか目を光らせて詳細に現行案を精査すれば、色んなことが明らかになるに違いありません。
工事全体を詳しく批判的に精査する過程で知事の手腕を見せて欲しい、と思うわけです。勝手なことを言いましたが、これも滋賀県の土木体質が琵琶湖を駄目にしていると、憂えている一人として、虎穴に入らずんば虎子を得ず、の心境で知事には頑張ってほしいと思うのです。

by yanagidamitsuhiro | 2006-07-28 16:21
2006年 07月 27日

身の回りの危険

パロマ工業製の湯沸かし器による、一酸化炭素中毒事件が話題になっています。
血液のヘモグロビンに酸素の代わりにはるかに効率よくしっかり付いてしまいますから、体内が酸欠になります。呼吸毒として一酸化炭素C0が恐ろしいのは、体内酸欠で死に至るばかりでなく、中毒のあとの後遺症も深刻なことです。炭火を部屋の中で大量につかって換気がわるければ中毒になります。また火災がぼや程度でもいまの日本家屋は気密性が高いので、一酸化炭素中毒死をするそうです。
中毒の後遺症としては、パーキンソン病と似たような症状を見せるそうですし、中毒自体が風邪とかなにかと誤診されることもあるそうなので、炭火やガスの火を室内でつかう職業のひとは特に気をつける必要があるとおもいます。気づかずに後遺症で苦しんでいる人が世の中に多いのかもしれません。
このパロマという会社がかなり昔から中毒死を起こした製品があることを知りながら、ほうっておいたのは、まったく不思議です。企業としてはいったいどういう危機管理意識があったのか。
ところで、タバコも量は少ないですが、一酸化炭素を出します。口の中から肺に直接一酸化炭素を送り込んでいるわけで、軽い中毒をタバコによって、引き起こしている人達がいるのでしょう。

そういえば、アスベストによる悪性中皮腫のケースですが、最近の記事で、クボタの工場の近くでお住みになっていた女性の患者さんの肺に多量のアスベストが見つかったということでした。アスベストによる悪性中皮腫の発生は何十年も前からわかっていたことで、クボタがながらくみずから環境を大切にする超優良企業と呼んでいた、あの広告はいったい何だったのでしょうか。

京大病院で生体肝移植をした患者さんがドナーの肝臓にあった病気(アミロイド・ポリニューロパシー・FAP)が移植後5年で発症してしまったという記事もありました。予想では20−30年であったというのですが、移植をしたがわと患者のもとの担当医師のコメントがあるのですが、50代の女性患者ご本人の意見は記事にはありません。どのようなお気持ちなのか。
生体肝移植というのは、聞いたところでは何千万円もかかる治療で、たとえ失敗しても患者が死んでも代金は取り立てられるので、先端医療の光りの部分だけではなかなか実態がみえません。このドミノ型の移植、学会では調査するということなのですが、患者さんがこのような危険性を最初から知っていたのか。また同じ治療を受けた人達がどの程度いたのか、そのあたりもわかるといいと思うのです。

最後にもうひとつ、今朝の産経新聞で読んだのですが、子宮頸がんのほとんどすべてのケースはウイルス感染によると言うことでした。わたくしは恥ずかしながら、知りませんでした。90年代には確立していたようです。
ヒトパピローマウイルス(HPV)というもので、性交渉によって感染するので、たいへんありふれたウイルスなのですが、保因者以外は頸がんにならないので、因果関係はあきらかなようです。最近では20代30代の子宮頸がん患者が急増しているとの記事でした。国内で毎年7千人の新規患者が出るそうです。うち2400人がなくなるのだそうですから、女性にとってはたいへん怖い病気です。
たくさんある、HPVのうち数種のみが高危険性なのだそうで、これからはワクチンによって感染を防ぐことがもっとも期待されていると記事にはありました。

by yanagidamitsuhiro | 2006-07-27 17:17
2006年 07月 26日

超理想

ぐっすりよく寝て、そのあと朝刊を読んだ印象をすこし。読んだのは琉球新報です。

まず日本男子の寿命ですが、低落して世界4位とか。それでも世界4位はたいしたものです。でもこれからどんどん低落するでしょう。これから平均寿命近くに達する人は、タバコをほとんど気にせず腹一杯(胸一杯?)飲んできた世代です。それ以前は、物資不足や戦争、相対的に高価なものだったのですが、これから死ぬ世代はタバコ代くらいは自由になった世代ですから、残念ながら男子寿命はたぶん世界20位までくらいはさがる可能性があります。JTの貢献は大です。
沖縄の男性の寿命も国内での位置は低下の一方とか。飲酒、喫煙とそれに伴う高カロリーの食べ物、そのうえ車社会のおかげで歩かないので、まますます低下の一方とこれはかなり確信を持って言えます。さらにパチンコの異常なほどの隆盛が不健康化を促進するでしょう。たぶん沖縄男子は将来的に全国平均以下もしかしたら最底辺クラスになるのが予想されるポジションかもしれません。

県別生産性の統計比較値がでて、当然ながら東京がひとりあたり606万とか。でもこれは別にそれだけの平均収入があったと短絡的に結びつけるものではないでしょう。2位は愛知県、このあたりはおおかたの予想通りです。やはり富が溜まっていて、景気のよいところと言えばこの二つでしょう。昔名古屋に定期的にいっていた頃、名古屋駅前に沢山いたホームレスの人達も今はいないのでしょう。
三位に驚いたことに滋賀県422万円がきています(去年は5位のはず)。このことを一番信じられないのが滋賀を見下している多くの京都人でしょう。大阪人は素直にそのあたりを知っていて、琵琶湖で轟音を立てるジェットスキーを好き放題のりまわして、湖岸で焼き肉パーティをするのも大阪ナンバーの車が多いとかは聞いた話しです。でもお金はぜんぜん落としていかないとも、国道沿いの飲食店の人達から聞いてます。

沖縄は残念というか、定位置の最下位で280万円です。沖縄の経済振興に多くの努力と知恵が必要なことは当然なのですが、帰還後30年経ってもいぜん広大な基地はそのままですし、日本国内米軍基地の大半が沖縄にあるという事実からも、沖縄県民の焦燥感は相当なものでしょう。
そこで小池大臣が、沖縄での講演会で沖縄の地元新聞の基地に関する記事が超理想的とか表現して一部の県民を怒らせたようです。しかし、超理想的なのは地元新聞にかぎりません。憲法9条などになれば全国新聞も同様で、また世界的に見てもイスラエルのやりかたを超理想的に批判するのも欧州の新聞ではあります。
こうであるべきという目的(理想と一部の人がいうような)をはっきり掲げるのがともあれ一番大切です。
目的がみかけ極めて困難に見えると、理想と言われもするでしょう。しかし、超理想というのは、現実的に不可能だと断定されているわけです。でもそれを理想と表現してるからには、良いことだとはいちおう認めているわけです。
小池大臣は上に超をつけて超理想的としましたが、とりあえずいいことだとは言ってるのだから、そのあたりは理解してあげないと。超にあまり、反応してもしかたないでしょう。
それよりも、革命的な手段が超理想的な目的を実現するのに必要というあたりまえのことを思いださせてくれた点で小池大臣に感謝することも可能です。革命といっても血を流すことのない革命があるでしょう。無血革命という言葉があります。今の日本が必要なのは無血革命的な社会的な大きな変動です。
選挙を通じた革命は十分にあるはずです。ところが、地元新聞も含めて、県民の議論も、そのあたりの論調になるとぐっと現実的になってしまい、沖縄県民の当然の希望も超理想的でなおかつ悲願と形容されてしまうのではないでしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2006-07-26 14:06
2006年 07月 25日

ホテル業務のかんじんなところ

昨日の夜から沖縄にきています。今日は忙しいので、ごく短いものですませます。
きょうは米国で学位を取ってからこちらでポスドクをするかもしれない候補のかたが来ましたので、セミナーに出席するのと、ここの研究を説明するために来ています。
昼に久しぶりに海中道路のレストランにいきましたら、すごい引き潮でした。その先の海上で、風が強いのでウインドサーフィンをしている人達がいて、これも見たこともない早さで、もじどおり飛ぶようにサーフィンをしていました。
天気もよく、気分のよい昼食でした。
研究室の紹介がてらのまとめの話しをしました。その後、セミナーがありました。

最近泊まっている、ホテルグランメールですが、第一ホテル系になってから、マネージメントがどうもひどく悪くなってる面があります。昨夜10時頃に到着してから、わたくしにSさんが連絡しようとしたのですが、ホテルフロントがそういう人物はまだきてませんと、ずっと言い続けていたことがわかりました。結局携帯のほうに夜11時頃に彼から直接連絡がありました。ホテル業務のなかでも、滞在している人が把握できてないのが一番まずいことでしょう。なんど念を押しても、いませんという返事だったそうで、ひどいものです。このホテルは器(部屋)がいいので、泊まっているのですが、心が入ってないことは確かです。一時大分ましな時期があったのですが、経営者がなんども変わって、業務手順がガタガタになってるのでしょう。朝いく食堂も毎回いろいろコロコロ変わっていますが、改善よりは改悪が多いでしょう。宿泊直前にくるホテルからのthank youメールもヘンなわけのわからない文章が挿入されています。フロントで言っても笑って返事がありません。たぶん、別部署がだしてるのでしょう。
やはり細部に気配りができる、ホテル経営者であらねばなりません。

by yanagidamitsuhiro | 2006-07-25 15:31
2006年 07月 24日

マスコミ、子供

このあいだ、名古屋でのパーティで久しぶりに会ったYさんにわたくしのブログは(ここのところ)ややポジティブすぎるといわれました。Yさんはわたくしのことを昔からよく知っているので、わたくしの真骨頂がきつく批判するというところにあるとおもってるのかもしれません。たしかにわたくし、批判好きですが、ただこのようなブログでそんなことをしてもしかたない、とおもってます。顔をみての談論風発のときの批判言動はは一種の漫才的な感じでおもしろいけれども、毎日書いてるブログでの批判は単なる小言好きにしか見えないかもしれません。それに批判は結構疲れるのですね。ただ、まあYさんの期待にこたえてすこし小言でない、またたんにけなすのでもない、なにか意味のありそうな、でも気軽な感じの批判言説をちょっとしばらくシリーズ的にでもやってみようかとおもいました。

おんな子供、といういいかたがあって、たわいもない意見をかるがるしく言う、とかそんな軽い意見になびくような人たちへのまくらことばによく使われたものでした。おんな子供のような意見とか、おんな子供を騙すような意見とか、むかしよく見たフレーズでした。しかし、いまはそんなことを言ったり、また女性と子供を同列に置いたりすれば、とんでもなく叱られそうです。わたくしはもちろんそんなことは言いません。
ですから、マスコミ、子供というのが今風なのだとおもいます。ここで、テレビ、子供といえば無難でたぶんテレビ人も含めて誰もが怒らないでしょうが、マスコミ子供といえば、一部の新聞人などは反撥するでしょう。
しかし、いまの新聞などで重きをなすような言論人もいないし、影響力のあるようなひとたちもほとんどいません。驚くべき人材の枯渇が進行してるとおもいます。
おとなの意見をみるようなことは今の新聞ではほとんどない、というのが正直なところです。なぜか、知りませんがそういう風に社員をリクルートしてきたあげくの現状なのでしょう。マスコミ人の能力判定は、予知能力、分析能力、それにニュース源となる人々との深いコンタクトだと思います。そういう点で、これらの人は凄いという人が居られたらぜひ教えて欲しいものです。実はわたくしも数人なかなかという感じを持ってる人がいるのですが、あまり重用されてないので、真価がわかりません。
これじゃ、ここで終わってしまいますが、子供のほうはどうなんでしょう。最近の子供はませてるといいますから、マスコミより子供のほうがずっと上手かもしれません。
でもわたくしは、その子供が10年くらい経った青年とよくつきあってますが、首をかしげてしまいます。神童だったのが凡人になってしまったのかわかりませんが。ですから、子供はやはりいまも昔も子供なのだろうとおもいます。
それでは、なんで新聞が子供化したのか。新聞デスクが子供化を推進してきたのだと思います。デスククラスは、新聞が商売であることを熟知してますし、視聴率ほどではなくとも、子供でもわかるような記事しかのせないし、子供が面白いと思うような記事しか作らせないのでしょう。
問題はおとなの意見を毎日レベルでみられるような媒体があるかです。これが日本語では極めて困難です。
わたくしのしりあいの経済学の先生が日本での唯一のquality paperは柳田さん、日経ですよと言うので、なんべんか日経を買って読みましたが、まったくそんな意見はわたくしには妥当とは思えませんでした。ただ経済記事の大半は退屈ですから、子供はよまないと思うのですが。特にわたくしに退屈だったのは、わたくしの履歴書というもので、これを後生大事に読んでる人達の気がしれません。

by yanagidamitsuhiro | 2006-07-24 13:22
2006年 07月 23日

カブトムシ、6匹

花火は無事たのしめました。おいでになったみなさんも楽しんだとおもいます。
今日の日曜は、夕方になったら雨ですから、ほんとにきのう一日は雨の空白というか、唯一の晴れ間の見える日でした。
花火は写真に撮るのは難しいことがわかりました。シャッターを押すタイミングが実際に写真を撮る瞬間よりかなり前なので、いいところでとるのは勘を働かせる必要があることがよくわかりました。
みなさんが帰った後、深夜にカブトムシの来る木を見に行きました。日中に一匹、夜になってクワガタも含めてとれて、Iさんのお嬢さんを喜ばせたものです。天然物の虫ですから、養殖と異なって、なかなか精悍でした。
深夜12時頃はどうだろうということでまた見に行ったものです。
そしたら、懐中電灯を照らしてみて、なんと目を疑いました。一本の木に6匹もうじゃうじゃいました。これは写真に撮る価値がありそうなので、とりました。一枚示しておきます。
こんなにいちどに沢山見たのは初めてです。しかし、一匹もとらずに見るだけにしました。とってもわたくしたちにはしかたありませんから。
今日、早朝子供の声で、いるいるとか叫んでるのが聞こえましたが、この時のカブトムシだったのでしょうか。

湿気が非常に高いのですが、そこはこらえて、K君の論文を区切りまでやって、彼にメールで送りました。すぐ、返事がきましたから、やはり彼はいまは完全に臨戦態勢だなとおもいました。

安倍晋三氏がいよいよ有力な首相候補になったようです。福田氏は立候補しないようですので。安倍氏はおおかたの期待をになってるようですが、まだいろいろ未知数のことが多くて、このかたについて意見を出すのは困難です。
ただ、なにしろ若いということ。
韓国や中国について、かなり率直な物言いをされること、はあきらかです。
またマスコミなどについても、かなり批判的な言動を平気で(たぶん)される。
人気は、若いこともあるし、毛並みがいいこともあるし、さらに北朝鮮の拉致問題について、率直な言動と、救出について政府内で指導的な役割を演じてきた、ことのようです。
小泉首相との違いをどう出すかですが、もともとかなり違う人のように見えるので、むしろ小泉首相の影響からいかに脱するかのほうが大変なのかもしれません。
来年の参議院選挙で小沢一郎氏の民主党と一戦交えるわけですが、意外な展開になるような気もします。もしも負けたら、日本の政治は混沌として来るでしょう。しかし、経済的に恵まれない(と感じる)人達は増える一方でしょうから、自民党が勝てると考える方がおかしいのでしょう。いわゆる定職についてない、未来に強い不安を抱く人達を民主党がうまく取り込めば、安倍さんは選挙で勝てないかもしれません。それで、無理してでも、経済の調子がいいことを示す必要に迫られるかもしれません。

c0075365_16181847.jpg


by yanagidamitsuhiro | 2006-07-23 16:23
2006年 07月 22日

花火

きょうは、近江舞子の花火の日です。2,3年前にラボの人達に来ないかといったことがありましたが、今年も招待しました。10数人来ます。去年はわたくしたち二人で見物しましたがもったいないくらいの感じでしたので、今年はまた声をかけました。

梅雨がまだぐずついてますが、いまのところ晴れ間も見えて、わたくしの天気男の命脈はまた保てることになるのかもしれません。夜の7時半まで持てばいいのですが。
このあいだ志賀町の観光協会に電話で聞きました。志賀町が今年3月に大津市に合併したので、予算がなくて貧弱になるかと心配をしたいのですが、どうも逆で今年は15分間そのための特別な花火があがるとか。結構でした。
こんどは、妻がきのうにまた電話をかけて天気がどれくらい悪いと中止になるのかと聞きますと、台風かよほどひどい天候でなければやるとか。
それじゃきょうはやるに違いないので、取りあえず安心して、雑草取りと長いこと忘れてやっていなかった液肥を作物にやらねばなりません。水溜の大きな桶をみたらボウフラがわいてました。ここの蚊はふつうにかゆいですが、ぶとに刺されると大変です。比良のぶとは悪名高く、一週間くらい腫れが引きません。そのうえ痛い。ぶとの幼虫とはどんなものなのでしょうか。そういえば調べたことがありませんでした。

K君の論文準備のほうは本人の実験に追いついてきました。マラソン選手の伴走車の上から怒鳴るようなことはしたくありませんが、しかし、結果が出ないことには、イントロダクションもディスカッションも書けないのですね。95%のデータが出ていても、画竜点睛のように、論文に生命が付与できません。この場合は。
F君のほうも完全な実験データ待ちの状況になりました。
沖縄のほうも最後のデータ待ちです。
いま、三人が学位論文を書いています(いるはずです)。日本語でかいてる(はず)から、こちらのほうもわたくしの出る幕はありません。
この夏は、外国旅行もなく、論文のほうもそういう状況なので、わたくしは追いつめられている感じはありません。
久方ぶりにやって来た夏のあいだのわずかな、のんびりした休暇を味わいたいものです。しかし、東京、沖縄とあいかわらず旅行が多いのです。

娘の家に夜行って久しぶりに二人の孫と会ってきました。
まだ2才になっていませんが、性格がはっきり出てきました。これからどんどん性格の違いが出てくるでしょう。
三つ子の魂ということばがわたくしは大好きなので、この孫たちのこれから三才くらいまでの頃はぜひともじっくり観察したいものと、思いました。自然な魂の形成がベストです。どんな環境でも子供は育つ。これがわたくしの自分の体験からの結論です。子供の柔軟さはすごいもの(のはず)です。

by yanagidamitsuhiro | 2006-07-22 11:13