生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2006年 08月 31日

ポスドクの後

きょうは、昼頃にスコットランドでポスドクをしているTさんが来訪予定で、夕方にセミナーをされます。使っている生き物はちがうものの、わたくしたちと似た興味で研究をされており、ラボの若い人達とも研究の話しをしてもらいます。
まもなく帰国したいとかのことで、昼食時に新しくラボをもつならどういう心構えが必要かと言うことで、個人ではどうにもならないことは郷に入っては郷に従えで、自分の才覚でどうにかなることは目一杯自分を出す、ことでしょうと申し上げました。研究計画のよさで応募した職に決まるようなケースは滅多にありません。
実績で決まるケースが多いのですが、海外ポスドクの実績はかなりひどく割引されますので、海外での仕事をそのまま続けて職を得られるケースはたいてい強力なコネがある場合が多いです。
じゃあ海外からの帰国組はどうなるのかというと、ラボヘッドなら掛け値なしで評価されるでしょう、そこに到ってないケースはとりあえず帰国して人物的力量も含めて自らを広告する以外にないのでしょう。これが多くのケースを見たことから得られる、経験的事実です。もちろん運のよい人は、ラボヘッドになっていくのでしょうが。でも苦労するので、いちど日本的な仕組みに慣れるまで、ヘッドにならないほうが得かもしれません。
Tさんのセミナーはなかなか見事なものでおもしろいし、感心しました。

by yanagidamitsuhiro | 2006-08-31 17:44
2006年 08月 30日

バーベキュー、ソーキそばからやぎ汁まで

昨日夜は海中道路の途中にある海の駅でバーベキューをしました。夕刻はまだ蒸しましたが、暗くなると海から涼しい風が吹いて、気分のよい夜を過ごせました。やはりこういう環境ではオリオンビールがおいしく飲めました。ただ、アルコールを飲んだのはわたくしとN君だけであとのかたがたは運転の必要があります。申し訳ないことです。T君は京都での餞別とかいう七輪(なにも特製でなくまったくありふれたもの)をもってきて、サザエなどを他の男性メンバーと楽しげに焼いてました。メインのバーベキューのほうの、燃料はプロパンでして、女性陣がその周りをおしゃべりしながら囲んでました。わたくしは、どちらにも属せず、味見をもっぱらしていました。海中道路は周り全体が海ですから、どっぷり海という気分です。まわりに一人もいない環境ですから、やはり沖縄でなければ、経験できないでしょう。
ただ、おどろいたというか、当たり前というか、蚊に一カ所刺されました。靴下の上からでしたが、準備のよいN君のムヒをもらいました。彼は、特製の蚊よけを持っていましたがそれでも一手に刺されていたようです。他の人は誰も刺されてないので、一種の蚊取り線香的存在でした。

沖縄の日没近い、夕刻の雲はめったにみられない、男性的なもので、たくましいというか力強いというか、エネルギーを蓄えきって、空の上部とぐんぐん横に拡がっている感じです。
こういうところで、一週間くらい雲だけ見て過ごしたら、いままでと違う人生観を持てるようになるかもしれません。

ただまあ、聞くともなく聞いていると、この盛夏に紫外線を気にせずに戸外に出ると、とんでもなくひどい目にあうとかです。人生の大事も、ひどい日焼けとか皮膚炎とかには負けてしまうかもしれません。難しいものです。

きょうは、またまたユニットのみなさんとあれこれお話しをして、昼過ぎにゆたかやさんのソーキそばを食べてから空港に向かいました。

乗ったタクシーの運転手さんが、先生はそばが好きなようですね、この間もそば屋から空港までお連れしました、と言われてしまいました。先生と言われたのもショックですが、沖縄ではやはり誰かが見てると思って行動しないといけないか、と思った次第です。このあいだとは、たぶんつるりんのそばを食べたときでしょう。彼が言うには、渡口の近くにもっとおいしいそばを食べさせるところがあるとか、それに道中なんどもやぎ汁を試せといわれました。M君が先生、絶対あれだけはやめなさいと、沖縄での最後の言葉を残して英国に行ったのですが。ここなら絶対大丈夫とかいう店の名前も聞きましたが、さいわいもう忘れました。


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by yanagidamitsuhiro | 2006-08-30 20:31
2006年 08月 29日

亀田選手の再戦?

午前中みなさんの話を聞きました。たっぷり、2時間かかりました。

きょう、いつもとちがうそば屋に行きましょうとかで、八重山そばの店に行きました。
民家風ですが、えらい混んでました。客種もいつもいくところとちがってなんというんでしょうか、土建系の人がほとんどいないのが特徴でした。JALの機内誌にでたとかと、Tさんがいってましたがなるほどと納得。味にでなく、混み方に。
でも味はまあまあでした。やはり月に一回くらいは沖縄そばを食べるのはいいなあ、と思った次第。
今日の夜は、海中道路あたりで海を眺めながら、バーベキューとか。なんとなく、サウンズグッドです。ただ、沖縄の夜はちっとも涼しくならないですよと、Sさんの警告もありましたが。

昼食の時に隣にすわったSくんが、亀田選手また再戦しますね,ふってきました。彼は、わたくしがあの世界戦のテレビ放映についてブログでかなり怒っていたのを憶えてるのでしょう。
あの時と同じ二人で、おなじようにTBSは破廉恥に7時半に放映開始して9時頃に試合を開始するのでしょうか。ただ、学習効果が今度は視聴者にはあるので、だれも9時までスイッチを入れないでしょうから、パチンコ機械や消費者金融のコマーシャルも効果ないでしょう。
試合の結果にはほとんど興味がないのですが、TBSがどのように放映するかには興味があります。
しかし、この亀田ファミリー、いまや超有名になりましたね。日本を代表するファミリーなのでしょうか。いわゆる濃いファミリーなのでしょうね。まだ表に出て来ない、お母さんがどんな人なのか、そのあたりも個人的には関心があります。やはり母親を見ないと、納得できないものがあります。

今日はこれから夕方までいろいろ忙しいことです。みんなと話さなくてはなりません。

by yanagidamitsuhiro | 2006-08-29 14:40
2006年 08月 28日

エンドレスの中のエンド

朝はやめの電車で出かけて、関空に10時頃について、10時50分の便で那覇に向かい、到着後タクシーでセンターに向かい午後2時頃に着きました。家を出たのが朝8時ですから、やはり6時間かかってます。JAL便でしたが、満席とか。ちょうど昼飯時の便ですが、もちろん昼食などはでません。そのかわりに大塚製薬かなにかの、あまりおいしくない試供品のようなものを食べさせられました。食べなければよかったと後悔しました。関空では、アナウンスで1000円高いJ席が空いてることを宣伝してましたが、言いぐさがひどくて、一般席は混んでいてたいへん窮屈です(正確にはちょっと違う表現)とか、だからどうですかというものでした。これじゃまるで、一般席のほうは難民状態とでも自分で言ってしまったら、どうなのでしょう。
那覇空港はとても混んでました。しかし、タクシーに乗る人はほとんどいないので、団体が大半のようです。

論文を書くのはけっこう苦しい時が多いのですが、それでもいつかは終わる時があると信じてやらざるを得ません。なぜ論文を書くのが苦しいのか、それはわたくしが自分で実験をしてるときにはまったくそんなことはなかったので、他人のやった実験のデータをまとめる苦しさでもあるのでしょう。
わたくしは自慢になりますが、ラボヘッドになるまでは、自分でなんでも実験をしていましたから、一人で書いたことが何度かあります(去年もこのことを書きました)。その頃は、やっと論文が書けるデータが集まったというので嬉々として書いたもので、論文を書くのは不安はあったけれども、苦しいことはありませんでした。
しかし、学生や共同研究者のデータを集めて書き出してからは、なんどもなんども苦しい思いをしたものです。
つまり、ジグソーパズルのピースがないのだけれどもいったいどうしたものだろうという類の苦しさです。新たにピースを作ってもらうべきか、なんとかいまあるピースを変形して空いた空間を埋めるか、それともみんな捨ててしまって何も書かないと決めるか。怒ってはいけない、腹を立てるのは最低と自ら戒めているのですが、凡人の悲しさ、腹が結局たってしまって、しばらく立ち上がってぐるぐるそのあたりを歩いたりすることはよくあることです。でも、指導する自分が悪い、とこう思わねばならないのでしょう。
こんな生活を30年もやって来ました。論文を書かねば生きていけないし、学生を預かっている以上、どんな仕事でも最後には論文にせねばならないので、逃げ場のない苦しさです。
それでも、このエンドレスの生活もおりおりに小さなエンドがあって、論文を投稿するとか、論文が仕上がるとか、そういう解放感を味わうことがあります。
わたくしは、マゾヒストでは無いと思うのですが、論文書きについては、ちょっとマゾっぽいなあと思うことがあります。
今日あたりは、まだその解放感は味わえませんが、その三歩手前くらいまできました。

by yanagidamitsuhiro | 2006-08-28 16:57
2006年 08月 27日

首都圏と地方

とうとう雨が降りました。といってもお湿り程度ですが。でもかなり砂漠状態だったので植物たちには干天の慈雨ですか。
明日から、沖縄に三日間いきますので、日曜でしたが、仕事の切れ目をつくりました。北海道に行ってるOさん達の論文作成の一区切りまでやって、それから明日沖縄に行きますので、まえもって、あれこれお願いしたいことを沖縄のほうにメールで送りました。

自民党が総裁選まもなくで朝の番組では候補の人達をよんでいろいろ意見を聞いてるようですが、ひとりだけ麻生候補の話しだけ聞く時間がありました。
このかたは今は外相ですが、前は総務相をやっていたので、地方と東京のかんけいではそれなりに専門家に近い意見をお持ちのようです。

わたくしも、今は沖縄に行きますし、すむところが滋賀県で働く場所が京都市という大都市、それから月に一回くらい東京に行きますので、東京一極集中ということはよくわかります。
特に気になるのが、なにしろ東京に出かけていって、要職のかたがたと「対面」つまり会って、彼等を納得させないと、なにも実現しないことです。
学術会議で、ITを使った会議をぜひお願いしたいと発現しても、事務サイドの反応はほとんどありません。学術会議の建物の中に遠隔地とのテレビ電話というかネット経由の会議とか、最低限電話会議をする設備がないのだそうです。信じられませんが、とりあえず皆東京に出て来い、というのが役所の根本的態度です。

わたくしの研究室の研究費も、もう20年間くらい、東京に出て行って、要職のえらい人たちの前でプランを発表して、質疑応答をすることによって、すべて得たものです。
わたくしは中央突破とか東京突破とか呼んでいたのですが、沖縄のでも京都のでもすべて東京に行かねば話しにならないのです。
たぶん、国費というものの大半はこのような東京での会議で決まっていくのでしょう。そして、そのような会議にでていていろいろ決めてる人達が、いわゆる有識者でして、そのボス達をみれば、それがほとんど役所のなかでの継承性と類似したかたちで継承されているのです。
たぶん、これを否定すると、日本の成り立ちを否定するくらいに根の深いことなのでしょう。幸いわたくしはかつてNature誌に研究費のことで批判論文をかいたおかげかどうかしりませんが、そういうものとはまったく縁なしで研究者人生を送ってこれたのは個人的にはラッキーでした。

それで、このインタビューというか出かけていくのですが、される方の時間や日時の都合などは通常まったく聞かれることはあリません。日取りが一方的に通告されたら、何が何でも行かねばなりません。研究費をもらう側からすれば、そんなことで文句を言えるはずがありません。旅費ももちろん自分で工面して行くのです。当たり前のことです。お上にあいにいくのに、そんな贅沢なことを言ったら大変です。

研究費申請書を書くのにすくなくとも一ヶ月くらい隅から隅まで細かい注意を払って書いても、たぶん隅まで読んでくれるのは一人か二人で、面接会場にいるえらい30人くらいの人達はその場のパフォーマンスである、20分か30分程度のインタビューと質疑応答でお金を出すかどうか決めるのです。大型の競争的研究資金というもののほとんどすべてが、このように東京で行われる、インタビューで決まっていくのですね。
申請書だけでは決められない、「東京での対面」がなければなにも決められない、これがおかしいと誰もが思わないのが、いまの日本の科学研究費行政なのです。
カネを出す側が、カネを出すかどうか決める側が、研究を実際にやって成果を挙げる現場の人間より一段上のように、ふるまってしまう、これが東京と地方の関係の縮図なのかもしれません。
なかには東京に行くのが嬉しくてたまらないという、地方の研究者も沢山いるようですから、持ちつ持たれつがこの構図の特徴なのでもあるのです。

by yanagidamitsuhiro | 2006-08-27 20:38
2006年 08月 26日

地方区から全国区へ、河合隼雄さん、五木寛之さん

昨日の会食は七輪をテーブルに入れたところでの炭焼きでした。暑いことでしたが、若い人にはやはりいいのか、笑い声が絶えないようでした。
研究費のほうの話しは、どうもなんとも言いようのないものでした。なんでこんなことに、おたがい時間を使わねばならないのか、日本は難しい国です。

今日の話しは選挙の話しでなく、いかに人材を求めるかということで、わたくしのようにもう京大の大学院生が新規に誰も来ないところで研究室を運営しようとすれば、人材をどこにでも求める必要がありますが、それを全国区というのです。
つまり京大とか阪大とか、東大、名大などどこも自大学出身の学生がそこそこ多い大学では、自大学出身者で占められる研究室は「地方区」的というのだそうです。自大学の学生が来ないところは全国に向けて宣伝するので、これを「全国区」というのだそうです。
うまくできたもので、受験する学生はそのあたりの臭いをかいで、全国区的なラボにいくか地方区的なラボにいくか決めるのだそうです。
わたくしも学生は基本的にとれませんが、ポスドクなどの希望者は全国というようり全世界と言うことになるわけで、話しだけは大きく聞こえます。しかし、実態はそういうものではありませんので個別に関心を持ってくれる人がいれば、ひとりひとり「ていねい」に相談する。この丁寧さがかつてのわたくしになかったところです。
いまはメタボリスム、つまり代謝を表に出さねばならぬ研究費ですから、ラボのメンバーのほうもせねばならぬ新陳代謝はきっちりする必要があります。

河合隼雄さんが重病のようです。心配です。
高松塚古墳についての文化庁の不手際を謝罪する会見を沢山した後で、ご病気になられたとか。温顔の河合さん、ずいぶんおつらかったのでは。ぜひ元気になって欲しいです。
山田風太郎さんが亡くなってもう何年にもなりますが、彼の作品は愛読したものでした。司馬遼太郎さんも亡くなられてずいぶんたちました。お元気なら、いまの日本についてなんていうでしょうか。
それで、今は五木寛之さんが書かれたものを、読んで生や死について考えます。やはりこの人が沢山のファンを持つのは当然だとおもいます。人生の修羅場をいろいろあゆんできてるし、含蓄があることを軽くよませる技術は生まれつきのものだとおもいます。
わたくしは、五木さんの書かれたエッセー、どれを読んでも反撥するところがまったくないのに驚きます。昔はずいぶん年上だったと感じたはずなのに、いまでは共感を感じるところが多くて、自分の兄貴分くらいの感じで読んでます。いろいろ学べるところが多いです。
五木さんのような軽やかな若い気分で生きられれば、70代も悪くないかな、と思います。

by yanagidamitsuhiro | 2006-08-26 20:28
2006年 08月 25日

研究報告会二日目、研究費、墜ちたブランド、反日的日本人

研究費報告会二日目終わったところです。
素晴らしく進展した人達もいますが、相も変わらずの人達もおります。
すべてはまず本人の自覚からです。それと本人のdecision making,これがすべての立脚点というか、スタートですね。そこまでいってない人には本人がまず気がつくかどうか、です。

きょうは会食がありますが、熊野神社を下ったところでやるとか。わたくしはちょっと遅れて行くことになるでしょう。その前に研究費関係で相談に乗る必要があります。
研究費獲得は研究者にとって、最大の事業ですが、人のため自分のために頑張らないといけない時期があります。いわゆるグループをつくって重点研究プロジェクトに申請するような時は、その代表者になるとかなりの心労です。わたくしも複数回やりましたがしんどいものです。地下鉄の虎ノ門の駅をおりて審査会にいくとか、東京駅のすぐそば、上野公園の中、不忍池のそばのビル、地下鉄麹町のそばのビルとかいろんなところで審査を受けました。研究者としての後半はなんとかうまくいったときの方が多いのですが、若い頃には苦い落選も経験してます。ともあれ、どういう話しに今日はなりますか。

ソニーの電池の不良品回収とか。合計で500万個の電池をほんとうに回収できるのでしょうか。火をふいて家が焼けたとか、車が燃えたとか。ずいぶんひどい話しがあるようです。どれも福島の工場で作ったとかで、大変な回収事件になっています。コンピュータはデルと最初の記事で出たのですが、次の記事ではアップルになってました。しかもわたくしが使っている機種がありました。この関係のバッテリーはわたくしも、三つくらいはあるのでいちおう調べようと思っています。A1078, A1148だそうです。たしかに時折熱くて触れないくらいのことがありましたが、パソコンの中から炎が出ている画像を見ました。怖いものです。ソニーブランドが意外に壊れやすいのは誰もが認めますが、電池が火をふくのは、これはひどすぎます。
飛行機にラップトップを持って入れないことになるかもしれないとかの記事もみました、ソニーの回収経費は300億円とかですが、失ったブランドの価値はそんな金額ではないでしょう。

今朝の新聞を見ていたら、反日的日本人と媚中派日本人といういやな言葉が二つありました。媚中派は特にいやですし、こういう次元で物事を議論したくないですが、ただ反日的日本人というのをみているうちに、わたくしも20代半ば過ぎにはそういう人間だったかもしれない、ある程度こういう人もいないと国は健全ではないのではないかと思いました。
おもいだしたのは、わたくしがスイスに留学して政治的議論などができるようになった時期、研究室のボスに、天皇制よりは共和国的になったほうが日本はいいのではないかな、と深く考えずにいいましたら、ひどく詰問されたのを思いだしました。かれは純粋スイス人ですから、共和国の人間ですが、なぜ共和国がいいと思うのか、天皇制のどこが悪いのか、と矢継ぎ早にいわれて、付け焼き刃的なことで返事しましたら、こっぴどく批判されたのを思いだします。それいらい、うっかりそういうことを言わないようになりました。政治についてよく考えるようになったのはそういうことが契機だったような気がします。
政治というのは、思いこむと考えを改めるのが大変です。
中国についても、反米的な気持もあり、なんとなく中国は良いことをやっているのではないか、毛沢東は立派な人間に違いない、それにひきかえ日本は米国のいいなりではないかなどと、いまから40年前のわたくしは思っていたわけです。いつの頃からそうでなくなったのか、よくわかりませんが、日本に帰国したときにはまるで変わった意見になりました。日本は徴兵制が必要と、しばしば言って、顰蹙を買ったものでした。
それでも米国のベトナム政策に対する疑念と、ソ連悪中国善というパターン化された考えはずっと続いて持っていたことは事実です。
わたくしのような考えを持っている世代の日本人は多いでしょうから、この数年の中国の日本に対する荒々しいまでの攻撃によって、中国の失ったものはちょっと測れないくらい大きいのものでしょう。中国不信、これがいまの日本の政治の基本的潮流のことは間違いありません。しかし、それもあらたな思いこみを作っていることは間違いなく、なにごとも冷静に感情的にならないというのは政治に関する限り難しいことです。

そういえば、中国の攻撃の標的になった小泉首相が冷静だったことは見事としか言いようがありません。たぶん、この一点で長くそのことは記憶されるでしょう。
また、宮沢、橋本元首相のような対応をする首相はもうしばらくは出ないでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2006-08-25 16:07
2006年 08月 24日

研究報告会、フリーター、移民

きょうは朝10時から夕方5時まで研究報告会がありました。夏休みの終わり頃に毎年やっています。ラボの人数は減ってきましたがそれでも一日では無理で、きょうあすと二日かけてやります。午前はN君のはなかなかの力作に感心しました。たっぷりデータもあり、結局1時間半近くかかりました。新規なストリーですがかなりまとまってきました。別なN君も難しい実験をこなしてきて、これも楽しみになってきました。実験のやりかたは、大学院生として模範的です。H君の仕事もかなり整理されてきてわたくしの感覚的には著しい進展です。
あしたもう一日やって、その後はみんなで会食に行きます。
この仕事の報告会の日は、わたくしは昼食に気を付けています。ちゃんと食べると、昼食後眠くなるからです。たとえ面白い話しでも、駄目です。眠くなるか、注意散漫になります。しかし、ぜんぜん食べないと疲れて、これも集中が落ちます。ですから、眠くならない程度に食べます。今日は、ヨーグルトとバナナにしてみました。おかげで眠くなりませんでした。

8月は編集を担当している雑誌への投稿が少ないと言うことでかなり心配していたのですが、月末になったらどんどん投稿が入ってきて、これなら帳尻が合いそうです。やれやれです。

今日の気になるニュースですが、日経連に加入している企業ではフリーターを正社員に雇う気があるところはわずかに1%だか2%だということです。フリーターとは和製語でフリーランスのアルバイターだとかの略語で、げんざいは200万人くらいいて、若年労働者の数十パーセントに達するのだそうです。これらの人は、正社員から未来永劫シャットアウトというのは日本という国として、とても恥ずかしいと感じます。親身に教育すれば、しっかりした勤労者になりうるし、より給与の高い立場になれると思うのです。甘い考えなのでしょうか。たとえ甘くても、不況の時に切り捨てた若者をそのまま大量にずっとほおりぱなしは社会としてヘンだと思います。正義の国といえないとおもいます。

もう一つはニートいうのですか、ずっと家にいて就業しないわかものですね。その20%以上が発達障害があるという報告(どうも前から言われているようですが)が新聞で扱われていました。本当なのでしょうが、おやごさんは本当に大変でしょう。もちろん、本人もでしょうが。

こういう問題がまだ極めて深刻な社会的政治的問題になってないのは、親の世代がまだまだ豊かだからでしょうか。移民とか海外に出て行かざるを得ない状態にもなってないのは、国内で低賃金もしくは収入なしの生活でも、若者たちは、親がかりで生きていけるからなのでしょう。でも、これは社会がサポートしているのでなく、個人というか核家族のなかでやってるので、それが崩れたら目も当てられない惨状になるのだと思います。
昔は農村がかなり大きな緩衝地帯になっていて、都会で食いつめた後、しばらく農村で食べ物だけでも食いつなぐことが可能だったと、聞くことがあるのですが、現在の日本は50才代から80才代までの中高年者の蓄えで、かれらの子供達の破綻が社会的にそれほど明瞭になっていないようです。しかし、個人的な支えはたかがしれています。
しかし、これがいつ頃になったら枯渇始めるのか。そうなったらどうなるのか。誰にもわからないような気がします。その頃には本格的にまた大量の新移民が出てくるようなきがします。アジアのいろいろなところへ働きに出る人が沢山出るに違いないと思っています。その労働の種類がなにになるのか、わかりませんが、食いつめても国内に戻るところというか行くところががない以上、国外に出るほかないでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2006-08-24 18:00
2006年 08月 23日

ロシアの数学者ペレルマン氏、わたくしの偏見

フィールズ賞をいらない、もらいたくないと言って姿を消したロシアの数学者グリゴリー・ペレルマン氏が世界中で話題になってるようです。このポアンカレ推論というのか世紀の難問を解いた大変な業績をインターネットで発表したのですが、その後で、米国へも講演に行ってるのですから、もちろん自らが大問題を解いたということはしっかりわかってるのでしょうが、そのことによって賞をもらったり脚光を浴びるのがいやなのでしょうか。賞を拒絶したのはこれで2度目だそうです。
New York TimesとかBBCのニュースを読むと、数学界のえらいかたがロシアまでいって、ご本人を説得したようですが、駄目だったようです。ただフィールズ賞は相手がいらないといっても差し上げるものなので、受賞者には間違いないのだそうです。

このかたは大変にものしずかで優しい感じのかたのようです。決して戦闘的になってるとか、激しい感情でもらわないとかでないのだそうです。なにかまさにロシアに存在する、一つのロシア的魂の発露なのでしょうか。いまでは研究所の正規の職を辞めてしまって、お母さんの年金を頼りに二人で過ごしているのだそうです。日本の新聞にはキノコ採集が趣味とありましたが、欧米の新聞ではそのようなことは書いてありません。
非常に純粋でナイーブな心の持ち主なのでしょうか。

この難問の解決のあとでの、いろいろな数学者の反応とか似たような仕事を後からした、追随者の言動などに嫌気がさしたとか、わたくしなりに想像してみましたが、わかりません。
ただ、やはりロシアの人の心の中には大変にピュアなものがあるんだな、さすがにトルストイ、ドストエフスキーの国だななどと改めて感心してしまいました。見当違いな感心のような気もするのですが。日本の数学者ではおこりえない、ことでしょうし。
後での追記ですが、New York Timesによると、米国の大学のいくつかの職の提供も全部断って、そのうえこの難問を解いた人に差し上げると行っている財団の一億円もたぶん拒否するだろうとのことです。このあたりは米国人的な発想の記事なので、あてにできませんが。

きょう、昼過ぎにラボの人達3人と百万遍角のモスバーガーにお茶のみに行きました。わたくしは下にバーガーと名の付くようなところは心理的に一人では入れません。まさに偏見ですね。本家のバーガーのほうだったらたとえ複数の人間でも入れないのですね。別に食あたりをしたのではないのですが。抹茶なんとかと言うのを飲みましたが、まあおいしかったです。静かな感じで、ずいぶん違う雰囲気でした。
わたくしも沢山偏見をもっていますが、偏見はわたくしにとっては一種の創造性のもとになってると勝手に信じこんでるので、無くそうとは思っていません。どちらかというと、平気で口にするほうです。ただ、相手を選んでいますが。ブログに書くのはちょっと控えていますが。一つ一つ書いていけば、たぶん100日くらいは持つでしょう。

今日は一日良い天気でしたが、昨日激しい雨が降ったのでまあ作物のほうは大丈夫でしょう。ただあしたもあさっても良い天気が続くのでちょっと気にしています。

by yanagidamitsuhiro | 2006-08-23 17:53
2006年 08月 22日

データベースについて

ここのところ、一週間以上孫二人のいる生活をしました。
まだ2才になってないのですが、やはり立派な人間になっていますので、なんというのかそれなりの人圧のようなものを感じました。つまりこの新人間達へのそれなりの注意というか配慮というか人格を尊重した行動と言動が必要なので、疲れるのか、毎晩よく寝られました。今日東京へ帰りました。

昨日の講演をしたあと、いちど研究室へもどって、また夕刻懇親会に短時間出席しました。
ある人がわたくしの講演の意図を極めて的確に理解されているので、安心しました。
bioinformaticsは結局ホモロジーサーチとデータベース構築が大半である、という趣旨をわたくしは馬鹿にするのでもなく、ネガティブに言ったのではなく、それを冷静に認めて、発展させていけば行くのが大切である、遺伝学でも分子生物学でも、生化学でも根本的には極めて単純な発展的原理でここまで来ているのですから。ホモロジーサーチには、これからもあの手この手、アッと驚くようなサーチ法がいろいろ出てくるに違いありません。
グーグルの大発展でも、結局はある種のホモロジーサーチをして、サーチされた回数の高いものがリストの上位に出てくるらしいのですが、根本的には実に簡単な発想のように思えます。結局サーチしたのが結果が早く出るのが凄いのですね。この早さが大変な価値があるとおもいます。同じ作業が1秒と5分で結果が出るのでは、やれる仕事の種類が変わってきますし。
Bioinformaticsが商売のネタになるのは間違いないのですが、どうも無料で見られるデータベースの質が一番高いように感じるのはひが目でしょうか。
わたくしの研究室でも年間30万円を払っているデータベースがあるのですが、これは民間会社では年間1500万円とか3000万円とかとると聞いてますが、情報が未整理に多すぎるのと、他とのリンクも創造的ではありません。しかし、それなりに役立つので、購入していますが、無料のもののほうがずっと質も高いし、創造的なデータベースが多いようです。
なぜなのかわかりませんが、たぶん無料のところでデータを構築している研究者の質が高いのかな、と思っています。彼等自身も使っているので、洗練されてくるのでしょう。それに、無料ですから、沢山の人が使って、色んなコメントがでて改善されているのでしょう。グーグルもヤフーも無料ですから。結局無料がいちばんいいというのは、どこも同じなのでしょう。

今日と、何日か前に論文が出たようです。学位論文を後は早く書くようにと本人達に言っています。
手がけている4編の論文もそれなりにいいところまで到達しています。

それから、数独の中級版とかいうのを妻が買ってきましたが、その難しさというか時間のかかるのに驚いたというか参りました。

by yanagidamitsuhiro | 2006-08-22 18:00