生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2006年 11月 30日

ラボマネジメント

京都のほうは何日間も来てませんでしたので、新しい話しがたくさん聞けました。
格別に面白い話しも聞けました。
やる気満々になっている人たちと話すのは楽しいものです。
研究もこのように前向きになってると、つぎつぎといいことが起きるものです。
外の天気はあまりよくありませんが、晴れやかな気持になります。

午後は東京から来客がありました。あまり得意でない、ラボマネジメントについての話しをしました。最近は若いラボヘッドが増えて、やはりいかにしてラボを運営するか、プラクティカルな知識に飢えている人たちも多いのかもしれません。鵜のみにしなくても、いろいろなラボ運営のやりかたを先輩からきくことがラボ内での不祥事の発生を未然に防ぐ優れた予防策なのかもしれません。来年、適当な時期に講演をする約束をしました。
わたくしも、研究室に入ってからいろんな四方山話を聞きましたが、そういう断片的な話しを聞いたりするのが、結構ためになりました。

そんな話しの一つで半分冗談みたいな話しですが、場所がどこか言ってしまうと誰かわかるので言えないのですが、ずいぶん昔、かなり優れた論文が次々にでる研究室のヘッドのことを話題にしたら、あるひとが、その人の苗字を使って、あそこはホテル○○だからな、といいました。
何の意味かわからないでいると、何しろあそこはすごく居心地がよくて、まったく何も干渉されないので、その評判を聞いて、次々にやる気のある人が、ポスドクや休暇のサバティカルなどで、たくさん来るのですよ。
ホリディには大物がきても、もてなしはするけれども、なにも干渉しないし、要求もないので、最高のホテルかな、という話しを聞いて、そういうラボ経営もあるのか、と感心すると同時に、その人を見る目がなんだかだいぶ変わってしまったのを思いだします。どういう目かというと、敬意はもつもののそれまでとは違った敬意になったような気がします。年をとってからは、折々にこの先生の温顔を思いだします。わたくしにもそういう選択肢はあったのだろうかと、いう反省も含めてです。

昨日、帰宅する途中で偶然買った毎日新聞の夕刊にシンガポールのバイオポリスの記事が載ってました。昨年訪問しました。ここを作った、卓抜な政治力を有するフィリップ・ヨー氏ともお話しをする機会がありました。
色々な意味で、世界的にも非常に注目されてるのは、この記事に書いてあるとおりです。
その記事の中で、沖縄での同様計画、着工もまだ、というキャプションでわたくしが働いている大学院大学の遅い準備についても、記事がありました。
内容的には、うーん、ちょっとこれは記事の内容がだいぶ浅いな、という印象を持ちました。
沖縄大学院の計画はいろいろな意味でニュースの宝庫だと思うのですが、やはりぜひ深い取材をしてほしいな、と思いました。

by yanagidamitsuhiro | 2006-11-30 18:21
2006年 11月 29日

雨の沖縄、病者の選択肢

いわゆる地中海性気候の地域にしばらく住んだことがあるので、11月の末から12月に雨が降ると、そういうところに居るような錯覚がおきます。沖縄はもちろん地中海性気候の地域ではありませんが、今日のように異例に涼しくてそして午後になってから雨が部厚い雲の中からしとしとと降ってくると、昔いたスイスの町のことなどを思いだしてしまいます。

雨が降りそうな日の那覇は、バイク通勤の人が居なくなるので、車の量がどっと増えて、午後4時になると、渋滞が酷いのだそうです。
天気のいい日の朝の那覇は、バイクだらけでベトナムみたいなものですよ、というのは帰路乗ったタクシー運転手さんの言でした。ということは、ベトナムに旅行したことがあるのかな、と思いました。
わたくしもあと10日ほどで台北に行きますが、十数年前の台北は、なんというかまさにバイクの町で信号が青になった瞬間のバイクの立てる轟音がすさまじかったのを思いだします。いまはどうでしょうか、たぶん経済進展があってだいぶうるささは減ってるのでしょうか。

「病気腎移植推進・瀬戸内グループ支援ネット」というこれからたちあがる組織の推進者のかたからメールを頂きました。わたくしのかいたこのブログを評価していただけてるようでした。充分考え抜いて書いたものではないので、書いた内容に失礼もあったかもしれませんが、そのように言っていただいてありがたいことです。ブログの一部を抜粋して使用していただくとのこと、これもなにかの社会的価値があったのか、とおもい一つの励ましと受け止めました。
わたくしはいまの日本、だれでもみんな平等・公平に扱え、というのは原則賛成ですが、いっぽうで、みんなが健康で生活してるのでもなく、千差万別の病気にかかっている人が多いのです。
そこのところも、全員平等といってもそれは、成立しない論理です。
一人ずつ皆ちがって生きる、生きざるをえない、これはわたくしにとって平等、公平をしのぐくらいの重要さです。命について、みかけ不公平のようなことはあるじゃないですか。論より証拠、ひとりずつみんな異なって状態で死ぬじゃないですか。それを、不公平などと言えるはずがありません。
たとえおなじ病気にかかっても、本人の置かれた社会的状況や家族の状況、年齢などで著しく、病者は異なった立場にいるのです。さらに、病者の意識によっても、まったく違ってきます。生と死についての、感覚は一人ずつ、違うので、そこにまつわる最終的な選択肢があるのなら、それは病者にまかせるべきです。

また、主治医となる医師によっても、病者はずいぶん異なった立場になります。これを皆同じ平等公平さでと考えると、まったく現実無視ともなりかねず、また病者の立場も無視した、健康者が病者の世界に乱暴な論理で乱入するような論理になるのだとおもいます。

わたくしの「常識」なるものは、法律違反がなければ、常識的倫理に背くのでなければ、病者が選ぶ選択肢は広ければ広いほどいいのだと思います。その選択肢は、医師が提示できるものでしょう。医師も、また一人一人の患者によって微妙に提示するものが異なるのは当たり前に思います。

医師と病者、何千年も前から存在する関係でしょうから、その本質は既に語り尽くされているのではないでしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2006-11-29 17:19
2006年 11月 28日

歩かない沖縄

今朝の気温は低いのに驚きました。
外気温度は10度台の前半でしょうか。
沖縄が日本の西端であることからも、本州ではもう明るいはずの、朝6時半でもここはまだ暗いです。時差的には30分くらい遅いのではないでしょうか。
朝の散歩をしようと外に出ましたが、暗いのと誰も歩いてないので、ちょっと気分的に乗れません。
しかし、ホテルの外の住宅地的なあたりでもこの時間車はたくさん走ってますので、みな寝てるのではなく、起きて忙しく勤務地に向かってるのでしょうか。でも、30分の散歩でとうとう誰にも会いませんでした。車だけが切れ目なしに脇を走っていきました。
あと、犬に二回吠えられたのと、駐車中の車から若い女性が外に出ているのを見ただけでした。
沖縄の人はぜんぜん歩かないのか。そうでもありません。この研究ユニットでもよるにはジョギングする人もいます。昼までも、歩道を歩いている人はたまに見かけます。
しかし、これだけの車が走ってるのに対して、歩いている人の数は非常にすくないです。

沖縄で歩くのには二つはっきり障碍があるようです。
暑い。紫外線が強い。それで歩く人は、きょうみたいに曇天でも完璧に体と顔を日光から守っている人をよく見かけます。
起伏が激しい。自転車族にもこの点はきびしい。歩くのにぶらぶら歩けるのは海岸沿いはいけますが、中に入ると、起伏の激しいのに驚きます。

あとは、車になれすぎて、いちどそうなると車に頼りすぎるのでしょうか。
しかし、けさのようにこれだけ長く住宅地を歩いて、人に出会わないのにはちょっと驚きました。

研究ユニットのほうではみなさんの話を聞いて、午前午後を過ごしました。
昨日も午後はずっとひとりずつ聞いて、夜の会食中もずっとそうだったので研究漬けになっています。

なおきょうのニュースであった、京大理学部地下から煙 建物内に放射性同位元素、関係者避難、の建物はわたくしが30年間居た建物で、この3階にいて、煙がでたあたりはなんとなく心当たりのある場所です。なお、放射性物質を使って居る部屋には火災はまったくいってないということなので、心配はない、ただ火元の原因がわかるまではここでの使用は難しくなるのでしょう。

新聞でみた特別服の消防署員のすがたにびっくり。

by yanagidamitsuhiro | 2006-11-28 16:20
2006年 11月 27日

沖縄と本土の温度のちがい

きょうから沖縄です。朝たって、昼過ぎに着きました。この便は10時55分発で那覇到着が13時15分とかで、この時間帯をジュース一杯ですますのはけっこうお腹のへるものです。
駅弁も買えませんし、世界に冠たるJALもANAもこんなサービスの便を飛ばすのは国際標準で見たら、信じがたいのですが、泣く子と地頭には勝てない、の心境で、空腹をすごしました。
食い物の恨みとか言いますが、恨みをこんなところで晴らしてもしかたがないのですが。ところで、カウンターや機内のアテンダントはものすごく丁寧な言葉を使っているので、ちょっとそのあたりのサービスというかコントラストが激しいです。わたくしは、花より団子でない、言葉より食べ物と、言いたくなります。

飛行機はよく揺れて、疲れました。しかし、せっせと仕事だけはしましたが。
ラボに到着するまでのタクシーの中で、コンビニのおにぎりを食べて,元祖さんぴん茶をのみました。
標語に健康・長寿県をとりもどそう!とありました。
しかし、つくってるのはポッカですから、作ってる場所は沖縄でしょうが、資本は本土のはずです。
なんだか、沖縄人の肉声のようには聞こえません。
脂っこい料理の後に、とあるのですが、あまり健康スローガンな感じのない宣伝文句ですね。

沖縄はさすがに、温度は高い。気温は27度くらいあるでしょうか。梅雨時の暑いときのような感じです。
昨夜、夜中に掛け布団が外れて、寝冷えしたなと思っていたので、この暖かさというか、暑さが、体に気持ちよくしみ込んできます。

by yanagidamitsuhiro | 2006-11-27 18:19
2006年 11月 26日

退屈と秘密兵器

わたくしの今の生活の最大の欠点は、退屈する時間がほとんどないことです。
ワーカホリックという面もありますが、いまや自分の時間は大半自分でコントロールできる身分なので、やることがなくてぼんやりすることがありません。SUDOKUなんていうものも出てきてしまって、通勤時間の10分程度の時間も、退屈どころか、時間が足りなくて困ってしまいます。
テレビもまったく見なくてもいたくもかゆくもないし、列車や飛行機に乗っても、パソコンがあったりするので、退屈無聊を味わうことがありません。
もちろん、これは良くないことで、退屈する時間をもつことが、わたくしにとって一番大切なのであることは間違いありません。
退屈したら、何をやるか。
その時、おもうことがとても大切なのですね。
退屈しなければ、何をやろうか考えないわけですから、既存の路線の人生を歩む分にはいいのですが、そうでないことを考えるのなら、退屈することが一番肝要にちがいありません。
わたくしも、こんな風になったのは、40代の半ばからのような気がします。ですから、20年間退屈知らずできたのですが、これがわたくしの過去20年間の最大の反省点のような気がします。
これから、学者稼業が終わるまでに、いちど退屈する時間がたっぷりあるような時期があるのかどうか、たぶんその時はもうおわった時のような気がします。そうだとすると、残念ですが、でもまあ人生は思うようにならないのが、人生ですから。

わたくしの過去を振り返ると、自分の原動力が若い頃の「退屈さ」を味わった時間にあったことは間違いありません。
この若い頃というのは10代、20代の時期ですから、過去といっても振り返るのが難しいくらいの渺々たる過去なのですが、やはり今から考えると、一番価値のあった、時間はあの退屈していた時間だったに違いありません。退屈にまぎれたいろいろトライしたことが、自分の職業的能力のもっとも意味のあるものを作り上げたのにちがいありません。計画せずにやらなかったことが意味があって、計画してやったことはたいした価値はなかったな、と思う次第です。

それで、きょうの話題の前半は終わったのですが、後半の秘密兵器とはなにか。これは放射性物質を飲ませて相手を殺すというような、物騒なことではなくて、自分のやろうとすることの中に、秘密兵器の類の相手が予想もしないようなものなしでやろうとするのはつまらないな、といつもおもいます。
そういうものは、余分の時間が必要なのです。
わたくし、よく聞かれます。
柳田さん、いつブログを書くのです。一つ書くのにどれくらい時間がかかるのですか。

いつも、あいまいに返事をしています。なぜこんなことを始めたのか、それもこれも退屈しのぎに始めたと言えるような、状況があるのではないかと、思わせたいのですね。一方できょうみたいなことを書けば、おかしいと思われるでしょう。
そうです、生きるうえでの秘密兵器言葉がよくないですが、いろいろ手持ちのものを作り上げていないと。そういう、手持ちのものを作り上げるためには、退屈な時間を持たねばならない、なんかおかしな悪循環的なロジックですが、そういうことです。
退屈と、生きるうえでの人には見せない、隠し味の何かをもつことは、密接に結びついているのです。それで、また最初にもどれば、わたくしは本当の退屈さをもういちど味わいたい気持がここのところ大変強くなっています。

by yanagidamitsuhiro | 2006-11-26 17:41
2006年 11月 25日

絵描きさんをいじめても

昨夜家に戻ると、妻の絵が県展に入選とのこと、双子の世話が大変で2年間、トライしてなかったそうでした。さすがに、声が弾んでました。冷静はよそおってましたが。

こういうことを詳しく書くと叱られるので、これ以上はやめにして、別な話題ですと、石原慎太郎のお子さんの一人が絵描きさんとは知りませんでした。

そのお子さんが、父親の仕事を手伝って(?)、パリに出かけて手伝いのための滞在費と飛行機代の費用を頂いた金額が55万円とか、これを職権乱用とかマスコミが大騒ぎです。いいじゃないですか。その程度のこと。といったら、これもたぶん叱られるのでしょうか。例のおごそかにしゃべるキャスターが大事件大問題のようにいうと、元検事のさわやかなんとかとうひとが、「恥ずかしいですね」などといってます。そういう態度が正しいのでしょうか。妻に聞いても、評判悪いので、そのあたりが当たり前ですか。でも、わたくしは、この息子さんのボランティア的な手伝いは親孝行なのかもしれないし、美談でもいいじゃないですか。それじゃ、世間はそれをすべてタダでやれというのでしょうか。親が知事だと子供は何も都の仕事をやっちゃいけないのでしょうか。

わたくしは、この方について何も知りませんが、ネットでは作品が見られます。
ひとことで、芸術家をいじめるな、といいたいです。癖があっても、自己顕示があっても、芸術家のは、社会にとって罪がまったくないです。父親の場合とは、ぜんぜんちがいます。

たくさんお金を稼いで蓄財したお金持ちの子供が芸術家になって、財産を蕩尽しつくしてしまうとかいうのは、わたくしは世の中のサイクルとしてもっとも好ましいパターンとおもってきました。ですから、あこぎなことでお金をもうけた人物の子供が道楽をしているのならたいへん結構で、それなりに世の文化に結局は貢献しているのだとおもってしまうのです。

この都知事家族の場合はわたくしはぜんぜんわかりませんが、とりあえず芸術家は社会にとって必要な人たちで、こういうかたちで、いじめるのはよくないです。もしかしたら、都知事をいじめようとしてるのかもしれませんが、あの人はいじめても、いじめらることは、まずないでしょう。あくの強さも含めて、70代半ばとはとても思えない元気さのようです。

それよりも、いまの政治家、二代目三代目ばかりでしょう。自民党も民社党も、上の方にいる政治家を見てると、ほとんど全員、です。いやになってきます。親の七光りを記事にするのなら、こちらのほうが、十倍も百倍もまずいので、これをなんとかしてほしいものです。
政治家を家業にできるということは、父祖代々のなにかがあるのでしょうか。よほどありがたい商売なのでしょう。本人達も周りの人たちも。

by yanagidamitsuhiro | 2006-11-25 17:39
2006年 11月 24日

会議のあとで

今の時代、少年少女たちは研究者になろうとか思うような機会はどれくらいあるのでしょうか。わたくしは、かつて書いたことがあるのですが、漠然とそんな夢というか、なってみたいと思ったのは、小学校の高学年の頃でしたが、家族の誰かが学者でもないし、雲をつかむような話しでした。これも、前に書きましたが、大賀ハスという千年前のハスの種が花を作ったというニュースを強く印象に刻みました。いまの時代だとどんなことを契機に学問でもやってみたいと思うのでしょうか、はっきりいってまったくわかりません。それじゃ困るのだけれども、手がかりになるいまふうの知識がないのです。
最近ときたま話題になっている京都の堀川高校、京大現役での合格率が全国最高とか、彗星のようにあらわれた公立の有名高校らしいのですが、かつてラボに学生時代にいたF君が生物の教師をしています。
彼から聞くとやはり高校生くらいでは、学者というか、研究者になりたいとおもう生徒達はかなりいるようです。それは、とても嬉しいしらせなのですが、そのあと彼等がどうなっていくのか。楽観主義でいってほしいなと願うばかりです。
科学研究というのは、楽観的な生きるプランを持ってないと、なかなかやってけるものではありません。というか、夢想家つまり楽観的人生観をもってればかなり楽しくやってけるはずのものです。
アカデミアというか、学術研究の雰囲気というのはそれ自体、とてつもなく楽しいものです。ルールがわかって、自分がどう働けば、どうなるのかわかりだしてくると、こんな素晴らしい世界があったのか、とただただ感心したものです。
データが好きで、考えることが好きで、論文を読むのが楽しければ、もう職業的実験研究者になるための条件はほとんど整っています。
ただ、楽観主義を捨てて、成功シンドロームのほうに向かうと、研究も学術もなにひとつ楽しいものはありません。成功は結果であって、あれば嬉しいし、自信もつくでしょうが、成功、不成功で二色に分けたら、いっぺんに緊張とストレスの世界にいってしまいます。
きょうの会議のあと、こんなことを考えました。結局学問が継承を第一にする以上、学問に憧れるような少年少女が確実にいて、かれらが順調に学問というかアカデミアの世界にやってこれて、予想通り楽しいところと感じて、伸び伸びと学問、研究に励む、こういう世界を作らなければ、何も始まらないのだなとおもいます。そのうえでの、学術体制なのでしょう。

きょうの会議は4時間以上もやりましたが、Tさんの闊達にして明解な会議の運営もあり、わたくしはかなり楽しめました。手続き論に終止しがちな他の委員会とは大違いでした。

by yanagidamitsuhiro | 2006-11-24 21:53
2006年 11月 23日

おそまきながら、仕事が進むとは、学術体制

おそまきながら、と書いて、そこで「あれこれは」と辞書を見ますと、遅蒔きとは時期に遅れて種をまくことで、物事を遅くなってから始めるときに使うとあります。意識的に種まきの遅れと思いながら使ってませんでしたが、この場合はまさに、おそまきながら遅蒔きのほうれん草と二十日大根の種をまきました、ということでした。
ぎりぎり間に合うといいのですが、キャベツや水菜、菊菜の苗を植えたついでにやりました。これで畑もいっぱいなので、いよいよ農閑期となりました。
雑草取りと追い肥ていどで、あとは間引きも含めた収穫です。ニンジンはいまどんどん取れてますので、ニンジンの種まきのタイミングと食べる頃の時期の感覚もわかってきました。あとは、あちこち庭らしくする作業があります。木の剪定もあるのですが、自己流でやってきた悪い癖があるので、すこし本などをみて正しくやりたいものです。

勤労感謝の日なのに朝からひるまでは、働いて、沖縄のほうにもメールを何通か書きましたが、すぐ返事が返ってくるので、申し訳ないと思いながら、何回か往復して、だいぶ進みました。
この進むというのは、研究社会の外部の人にはなかなかわかりにくい感じでしょうが、データをじっくりなんどもなんども考え抜いて、結局そのデータ自体をどう文章に記述して、どう表現というか解釈を書くか、その作業はなかなか時間がかかるのです。どう記述するか、どう解釈するか、その時点での決定版ができたと思えば、それを進んだと表現します。わたくしの場合は、すくなくとも。このような、作業を毎日毎日繰り返していると、ある時天啓のようになにかすごい感じのもの、新しいアイデアとか新しい実験とかを思いつくのです。
そのような作業もなんども繰り返すのです。あるデータを吟味する、一回目の時はこのように記述してこう解釈したと表現したが、二回目の時は、微妙に変わるのです。論文では投稿してから、レビューアーがいろいろ書いてきて、その対応も結局どうするか、これは一段と難しいのです。迷うというか、データのどの側面を強調するか、データをどう解釈するかで、ずいぶん違います。さらに、類似の研究をどう引用するか、これも容易ではありません。結局、一つの研究成果を論文にする場合、各データを、ひとつずつ綿密に考えて、その時点でベストと思う記述、解釈に決めていくのです。そのうえ、論文というのはかならず一つのお話しを要求されているのですから、そのストリーのどの部分に、該当するのか、わかい学生さんにはよく「起承転結」を例に取って説明するのです。
各データが、その起承転結のどの部分に相当するのか、はめ込んでいくとおのずと足りないものが見えてきます。
わたくしも30台後半に自ら実験をすることはなくなりましたので、学生さんと生のデータを見ることはあっても、自分が出したデータを自分で考え悩むという作業はもう30年弱やってません、それでも現役でいられるのは、データを見て考えることはずっと続けているからです。
しかし、研究は結局聞いてくれる、他人あっての研究ですから、初期の仕事、オリジナルの仕事は、周囲の無理解に泣くことが多いものです。あの研究者こそ、この研究の意義を直ちにわかってもらえるとおもっても、ぜんぜん駄目なことはよくあります。
ところが、顔をみて、データを綿密に説明していろいろな疑問や質問に答えるうちにすこしずつわかってもらえるものです。場合によっては、こんなことを1年くらいかけてやらないと理解してもらえないことがあります。しかし、そういう作業をとおして、研究を進めるというのが、ある意味で世界中共通のルールなのです。
ここをはしよって、自分だけいつも抜け駆けしようとしたら、他の研究者から好かれるはずがありません。
たしかに、日本の研究者の仕事は相対的に理解されにくいのは、この顔をみて説明する機会が少ないからです。わたくしも、なんども若い頃に説明するために、自腹をきって外国の会議に行ったものです。でもそれを逆手に取られて、聞いた話しを先に発表されたり、ひどい目になんどもあいましたが、この作業を止めようと思ったことはまったくありません。
それで、各データをなんどもなんども考えてがっちりした記述と解釈ができあがると、他人と話したときに、自分の意見がぐらぐらすることもないし、逆に相手の言うことに新鮮味や自分の考えていなかった点があれば、一瞬にしてわかるものです。
これが、議論するときの醍醐味です。
碁や将棋の新手なんかも似たような作業から生まれてくるのでしょうか。

明日は、また東京の学術会議です。今回は東大医のTさんが座長をする学術体制の分科会でこれはぜひ出てみなさんと共にいい提言を作り上げたいと思っています。ずいぶん長丁場の会議となりますが、関西からいくものとしてはありがたいことです。

by yanagidamitsuhiro | 2006-11-23 17:54
2006年 11月 22日

セクハラ教授、その他

京大の情報学研究科の50台の教授がセクハラで、停職とか。新聞に出てました。女子学生の体に触ったというのですが、止めて欲しいというのに、止めないで続けたとか。名前もなにもそれ以上でないのは、被害を受けた女子学生のためなのでしょう。それ以上の具体性が記事にまったくないので、停職が重いか軽いかはわかりません。なんでやめてほしいというのを、止めなかったのか。そこのところが無いので、この教授が小学生以下の理非判断しか出来ない人のような印象を持ちました。誰だかもわからないので、情報学の50台の教授はみなこの人かもしれないと思われるし、外部からは京大にもこのようなわけのわからないセクハラ教授がいるのだな、と思われるのでしょう。
ある時聞いた話しでは、京大は男優位の非常に強い大学であることは、いろいろな研究室レベルで、上は教授から下は学部4年生まで、セクハラやりほうだいの研究室が多いと、聞いたことがあります。まさか、とだれでもおもうし、わたくしもおもいがちですが、これが女性、特に女子学生の意見なので、みかたによればそうなるのだろう、と思わざるをえません。ことばによるセクハラばかりでなく、身体をじろじろ見ることも含めて、体に対するセクハラも非常に多いと聞きます。うーん、そうなのかと、つまり女性が少なすぎるのだな、とおもったりもします。いずれにせよ、学位とか指導とかきわめて強力な権限を学生に対して持ってる以上、女子学生からみたら、欲求不満の男性教授は怖いでしょうね。よほど、女性への態度を気をつけても、それでも普通かまだそれでも足りないのかもしれません。

昨日は深夜に近くなって帰りました。疲れました。
わたくし、学術会議のあるぶぶん非常に嫌いなのですが、その部分がなにかわかりませんでした。もやもやと漠然としたものでしたが、それがなんなのか段々薄皮がはがれるみたいにわかってきました。
でもそれは書けません。

このこととは、別に最近、ここに書けないことがいろいろあって、それに対して、自分の意見はたくさんあるのですが、どれも差し障りがあって、なにも書けません。ちょっと、欲求不満です。

by yanagidamitsuhiro | 2006-11-22 14:20
2006年 11月 21日

京都駅舎、はまると淫する

きょうは夕方から東京での学術会議での委員会なので、午前中はラボに出かけました。きょうは、一日この先座ることになるので、正午過ぎにラボを出てからは、東山三条まで歩きました。どこから出てきたのかと思う数多の観光バスがどの道路にもひしめいています。紅葉シーズン真っ盛りです。朝、車でちらりと見た、坂本の紅葉もかなりいけるようで、観光バスも観光客も朝9時台でもたくさんいました。
京都のみならず周辺の観光地もこの時期は混むのでしょう。人気も昔よりずっとあるかんじです。
数日前の歳時記を見ていたら、京都駅舎が昭和25年に全焼したとありました。大正天皇の即位記念とかで、ルネサンス調の美しい建物だったらしいです。わたくしが始めて京都にやってきたのは中学三年ですから、昭和31年ですか、当時のみすぼらしい駅舎をはっきり憶えていますから、全焼の後の痛手だったのでしょう。そうだったのか、その古い駅舎を見たかったな、と思いました。
いまの京都駅の建物は割合評判いいですね。外国人も、立派だなというのだから、大きさに関しては文句なしでしょう。わたくしも嫌いではありませんが、日曜午後あたりのあの雑踏には参ります。

ラボの学生さんに、きみあんまりその実験に淫しては駄目だよ、というと、ヘンな顔をいままでに何度もされてます。字で見ればわかっても音声では伝わりにくいみたいです。
そこで淫してではなくて、そんなにはまってはだめだよ、というとこれは一発で分かるみたいです。でも、このはまるというのはどうも使いにくい。はまるは、イメージ的に、否定的な意味がそれほど無い感じなのですね。それに、受け身的な状態ですね、それに対して、淫するほうはご本人の意志のもとにやっているのだが、周りから見れば止めたら、という感じで言えるのです。はまるというのは、ぴったり嵌るという、モノ的な嵌るのと、はまるつまり相手の思惑通りになってしまう、というので、なんだか非常に受動的、受け身なのですね。
学生さんがいつの間にやら、指示されたこととはぜんぜん関係ないことをいつまでもいつまでもやってるのを咎めるのには、はまるというのは意味が通じるようでほんとのところが伝わらない。そんな感じがあるのです。もちろん、学生から見れば、先生の言うとおりにやってたら、こんなことになってしまった、指導者にはめられた騙されたと、おもうこともしばしばあるようです。
このあたりに、意志の疎通が微妙にうまくいかないときの人情の面白みがありますね。意志の疎通の齟齬は、それなりの意味もあるのです。意外に、相手の考えることがわからない。
いまの状態は、はまってるのか、淫してるのか、どっちなのですか、と今度聞いてみようか思います。
埋没というのも使いましたが最近は、いつまでも埋没してないで、なんとか脱出しようよ、などとあまり使いません。学生気質が変わってきたのでしょう。

いま会議直前に、このブログも投稿するところです。

by yanagidamitsuhiro | 2006-11-21 16:42