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2007年 01月 31日

あるある番組の顛末、いちばん向いた職業

あるある番組の顛末が読みたくて、週刊朝日を買って帰宅しましたが、記事をよむとやはり予想通りとはいえ、なかなか迫力のある記事で、次々に捏造の顛末が記述されています。捏造自体のいきさつはなるほど、たいへん悪質なのですが、しかしたぶんこうだろうと思っていた通りです。さいしょからストリーありきというか結論ありきで、それに合うコメントを何が何でも誰か識者、研究者から得られれば、万々歳という路線の貫徹なのです。現場は必死になって希望通りのコメントかデータをえるべく必死に努力しているという経過のようでした。
得られさえすれば放映OK,もしも得られなければ捏造しかない、という最初から結論ありきのやりかたです。これをたぶん毎週毎週繰り返していたのでしょう。その目でみれば、ひどいもので、その目で見なければ面白い人気番組でした。
分からないのは、その結論をつくって、なにがなんでもしゃにむにその通りの番組をつくらせたのは誰かということです。
その誰か、は単数か複数か。わたくしはいちおう単数と思いたいです。こういうストリー的なものに固執するのは、捏造に才能豊かな個人とおもうのです。そんなに沢山そんな人がいるとも思えません。
その首謀者をみつけるのが、ここまで来たらマスコミの責務でしょう。ここをあいまいにしたら、いつもの日本的な記事で終わってしまいます。

わたくしは若い頃から、何かの本で読んだ知識で、人間は二番目に向いた職業で人生を送ると言うのが大変気に入って、いつもそんなことをいってたものでした。自分にとっても研究者は二番目に向いた仕事とおもっていて、何が一番自分に向いていたのか、この年になってもときたま考えたくなるものでした。
それがフランスの小説家プルーストの言葉だと知ったものでした。
なにか違うような気もするのですが、出自をいちおう知ったことで、安心してこれからもいえます。
自分の脳裏に浮かんだいちばん向いている職業は、「何かの」批評家、ジャーナリスト、軍隊の参謀、映画監督、彫刻家、陶芸作家、登山家、百姓、新興宗教の教祖、などなどたくさんありました。口舌の徒か無言でいいか、どちらかに振れるるのも面白いです。

by yanagidamitsuhiro | 2007-01-31 20:55
2007年 01月 30日

JAL商法、沖縄市のレストラン、大学院大学と内閣府

今回は関空でのJALの40分の遅延を「出発時間変更です、ご注意ください、ご確認ください」、といい換えるせこい商法にムカッとしましたし、ホテルでもすごい臭いの喫煙ルームに入れられ、部屋を換えてもらいましたが、レセプションの対応はまったくまごころのないものでしたが、何回泊まってもいつものことなのでそれ以上は気にしないことにしました。

素晴らしい快晴でしたが、思いのほか気温が低く朝ホテルのそとに散歩に出たら、シャツ一枚でしたので、おもわずぶるぶるとくるくらいでした。
昨日の夜は、みなさんと初めての店に行きました。住宅街の一角にありウサギの絵が看板にありましたが、なかなかインテリアのしゃれた店で気に入りました。食べ物の味もよく、おいてあるお酒も趣味がよろしい。
色んなことが話題になりましたが、そのひとつは恩納村に移ると、こういうレストランは周辺にまったくない、どうしたものだろうというものでした。沖縄市は沢山のレストランが散在していて、まだまだ行ったことのない場所は沢山ありますし、値段はどこも安いかリーズナブル程度です。沖縄市はうるま市の隣にありますが、そういうレストランのほとんどないうるま市とは断然異なって、しゃれた店が多いのです。
恩納村にある予定地は現在まだ山林ですし、レストランも近寄りたくないホテル群のが主たるものです。
候補地の一つだった中城の元米軍ゴルフ場(そのレストランに非常に近い)だったらどんなに良かったか、ということで話しが盛り上がってました。わたくしも同感です。どういういきさつか知りませんが。キャンパスはやはり見た目を重視したのでしょう、それに敷地がずっと広いのでしょう。数十年たてば大変発展すると判断されたのでしょう。

しかし、この沖縄の米軍基地いったい今後どれくらい存続するのでしょうか。その期間をどう見るかが、この大学院大学構想と密接にかかわるような気がしてなりません。5年後の完全返還は誰も予想してないでしょう。しかし、20年後にすべて返還されてなかったら、主権国家日本は顔色を失うでしょう。歴代の首相、安倍首相もそう思ってるはずです。大学院構想も結局基地返還のタイムスケジュールに連動すると予想するのが妥当なのでしょうか。
現在この大学院の構想の胴元は100%内閣府の管轄下でして、文科省は表向きほとんどかかわっておりません。内閣府は沖縄振興の責任を担っているので、米軍基地が沖縄の枢要な土地に居座っている限り、その沖縄における任務は続くのでしょう。全国の自治体も沖縄の「特別扱い」に対して米軍基地を押しつけている以上、文句を言えるはずもありません。そういうわけで、内閣府は今後基地の完全返還があるまではこの大学院大学を「しっかりと」(安倍首相の口癖です)背負って行かざるをえないというのが、行政責任にもとづく予想となります。

by yanagidamitsuhiro | 2007-01-30 19:51
2007年 01月 29日

柳沢大臣へ

きょうは沖縄です。早朝に発って来ています。

わたくしは前々から生命科学を小学校の3年生くらいから必修にして、国民レベルでの生命科学、遺伝子科学の基礎知識をもつことが、むかしの読み、書き、そろばん並に必要だと主張して来ています。ITが21世紀のそろばんとして誰もが認めていますが、生命科学についてはなかなか認められません。しかし、昨今のあるあるなんとかテレビですぐ内容を信じてしまう、サプルメントなども鵜呑みに信じてしまう。そういう状態を直すために本当に生命科学の国民教育は必要だとますます思います。

それが柳沢厚労大臣ですか、女性の10代から50代までは産む機械とは、まさによくぞそんな表現をしてしまったものだと、思います。大臣はたぶん生命科学の基礎用語が欠落しているのだと思います。健全な常識がないので、このあと生命について何を言ってもたぶん常に失言をする可能性が高いです。あるあるなんとかの番組が、やればかならず捏造をしてしまう体質と同じです。
科学的なものの考え方をするうえで、生命をきちんと科学的に考えることがとても大切です。わたくしが何年か前に「生命科学はこんなに面白い」という本でかいたことはそういう生命科学をいかにしてすべての国民の常識というか徳目、場合によっては道徳教育のようなものとして分かっていただけるように努力して書いたものでした。

柳沢大臣には、「母性」という誰もがしっていることばを謹呈したいと思います。
機械などという言葉を決して使ってはいけません。女性には「母性」という本当に素晴らしい力というか授かった能力が備わっているのです。この母性を神様のように尊いものと思われてもいいと思います。
母性を論じる時には、男性も女性も、識者も普通の人も、いい加減な気持では論じられるはずがありません。どこかで頭をたれながら、論じるべき話題です。こういう言い方をすると、いやがる女性がいることもわたくしは知っています。でも人間が直接にかかわる生命科学教育はいい加減な用語でやってはいけません。
生命科学というのは、生命倫理と直結しています。
生命科学として人間の母性を記述しようとすれば、それは柳沢大臣がいう、産む機械という表現はもっとも野蛮な言い方に近いものでしょう。受精卵から妊娠し、赤ちゃんが育ち、出産するまでは、科学的にみても神秘といってもいいくらいの謎があり、驚異でもあり、また大変な喜びを得ることの出来ることなのです。

他のことでは大変教養もありそうな大臣ですので、ぜひ生命科学についても基礎教養を持って頂きたいと思います。

by yanagidamitsuhiro | 2007-01-29 18:19
2007年 01月 28日

格差社会の原因

あたたかい日でした。日中に比叡山のほうの家を見てきました。どんどん中の壁や床板がはがれて内側や家の土台がよくわかります。壁も二カ所抜いたので、広々として採光もよく楽しみになってきました。古いものと新しいものが一部まだらになりますが、ほとんど新しいので、一階は様変わりでしょう。
帰ってきて、薪を作りました。廃材をノコギリで切りました。このノコギリはOさんからもらったものですが、Iさんが見て、これは値打ちものですよ、長いこと使われてなんどもなんども目立てに出されています、との話しでした。
家から出たものも最後に燃やして、役にたちました。ただクヌギなどの薪に比べると、あっという間に燃えてしまいます。メリヤスみたいに燃えるといったら、ずいぶん古い言葉が出ましたねと、言われました。

格差社会という言葉が流行ってます。マスコミが最近特に気に入ってるようです。わたくしもいまの時代使っていいし、使うべきだと感じてます。使うと何かが見えるのでしょう。
社会で勤労している人たちのあいだで、まったく同じ仕事をしているのになんでこんなに年収がちがうのだ(3倍も4倍も)という実感が強くなってきたのだと思います。

これまでも日本の社会にはもちろん格差というか差別はありました。男女差別がもっとも激しいものでしょう。どういう言い訳があるにせよ、男女差別はいまも日本の勤労社会の基本にあるのでしょう。女性は家にいて、男は外で働く、というものです。

ついで、近くの例でいえば、定年後に同じ会社に勤めると、年給が非常に下がります。しかし文句などいえません。むしろ恩を売られた感じでしょう。それで月曜から金曜まで朝9時から5時まで働かせられるわけですね。年給は多くの場合、3分の1から、4分の1になるといわれます(聞いたはなしです)。これは、同じ仕事をもしもやってるのなら。年齢差別ではないでしょうか。定年前の年給が高すぎたのだと会社側が言うなら、それは年齢逆差別ともいえるのでしょう。

正社員と派遣、フリーター、大学のようなところでは常勤と非常勤の給与差は非常に大きいです。わたくしも大学の非常勤の給与の低さに心を痛めてきました。しかし、大学でルールを決めるので、給与を個人の裁量で上げることができません。事務職員などの常勤と非常勤の給与の差は、仕事の内容と量を考えたら、信じがたい差です。おおげさに天文学的な金額の差といっても過言ではないでしょう。このような問題を大学の職員組合はほおかむりして長年やって来ました。もう大学の正規職員は公務員ではないのですが、かれらの多くは自分は非常勤とはまったく違う人種だと堅く思っているはずです。いわゆる既得権を獲得したのだから、それを失うことは出来ない、そんな感じでしょう。企業の正社員と派遣とかフリーターの差についてはあまり実際の知識がないのですが、いまの日本は肝要な仕事は派遣まかせになっているとかよく聞きますので、そのあたりが実態なのでしょう。
東京に夜泊まったときに、どこかの店で中年の男性会社員が数人、派遣の若い女性をひとりずつ品評して、浮気したいとか不倫したいとか大声で言ってるのを聞いてて、ひどくおぞましいものを聞いてしまった、と思ったものです。その会話の中で、我が社の美人はみな派遣だよな、とかいってたのが記憶に残りました。いまの会社の一部ってそんなものなのでしょうか。こういう、組織内での激しいまでの格差というか差別がこれほどの大規模で起きるとはだれも思ってなかったのかもしれません。フリーターや非常勤になった人たちも、周りを見渡したらそういう人ばかりという組織はいま非常に増えてるのだそうです。実はわたくしの研究室も全員非常勤なのです。大学の正規職員はひとりもいません。
もうひととつの大規模な格差は、世代差による差別です。これは会社の雇用が新規卒業の学生に限るところが多い、中途の正規採用はすくない、こういう背景からくるもののようです。最近よくいわれる、就職氷河期に卒業した多くの若者たちが現在も相当に困窮している事実です。その数は非常に多いはずです。最近この問題、団塊ジュニアの苦難はこのブログでも触れたことがありますが、日本全体でたぶん数百万人規模で起きていることかもしれません。
いまここで話題にした、男女の差、年齢の差、正規と臨時雇用、特定世代の就職難、は社会が努力したらなんとかなるはずなのです。本来は譲り合いや、職のない人への同情心が社会の個々の人たちのあいだに充分あれば問題はミニマムになっていたはずです。
ですから、格差社会は政府行政の無策と批判するのは自由ですが、社会のなかにある失業や働きたい人たちに職を提供するための、譲り合いとか優しい気持ちを持つことの方がずっと大切だとわたくしは思います。

by yanagidamitsuhiro | 2007-01-28 18:14
2007年 01月 27日

理論と実践ー安倍首相の施政演説

安倍首相の風貌をみていますと、やはり毛並みのいいかたなのだなあ、と誰でもかんじるでしょう。わたくしももちろんそう思っています。
父親はなれなかったとしても首相候補であったことは間違いないし、岸信介元首相は祖父だし、佐藤栄作元首相も縁戚(たぶん大叔父ですか)なのですから、総理大臣になるのは約束とまでは言えなくとも、高い確率だったことはまちがいありません。

小泉前首相は、安倍氏をいつも前面にだして後継者的な扱いをしたので、首相になるための心構えと準備をこのかたくらい長期かつ、きちんとやった人はなかなかこれまでの首相ではいなかったと思います。たなぼたなんて言われた首相もいましたし。

そういう点でみると、きのうの安倍首相の施政方針演説は、間違いなく、時間を無駄にせず、よく準備したものとおもいます。美しい国日本、教育再生、憲法改正、再チャレンジ、イノベーション25など、どれもこれまでの首相がだれも言ってなかったことです。本来は新味が非常にあるはずです。

ところが、政治が魔物だとおもうのは、これらがいまや非常に新味があるように聞こえないのですね。なぜだか分からないのですが、もう聞いたことがあるような気がしている国民がおおいのでしょう。なぜでしょうか。
昨年秋から、安倍首相が発信してきたこれらの内容が、安倍首相でなくだれか別のそれこそ演説のゴーストライターが書いたかのような印象を与えているのです。おかしなことですが、安倍首相の独自の路線のように聞こえてこないのです。

これは、たぶん安倍首相にとってかなりの計算違いではないでしょうか。
理論的には、安倍首相は着々と準備したものを表にだして、政治的実現を図ろうとしているのだし、これらを政策目標にはっきり掲げた首相はかつていなかったのですから、拍手喝采とまではいかなくとも良い政策目標だし、大いに実現して欲しい、こうくるはずでした。
なにか齟齬があるのです。安倍内閣の支持率が、就任以来ずっと低下してきているのに、それを止められない。理論としては順調なのに、実践はあきらかに不調だということです。

独自な政策が独自な政策として選挙民にうけとめられない。下世話にいえば、政策が高尚すぎてるのかもしれません。目の前にある困難を直ちに解決してほしい、国民はそう思っているのかもしれません。

美しい国になる以前に、いまの社会では大変な不平等が進行しだしているのではないか、米、中、韓との関係が年々歳々悪くなっているのではないか、団塊の世代の年金は大丈夫なのか、逆にこの団塊の世代の年金をはらうことがこの国の破綻をひきおこすのではないか、などなど困りそうな問題が山積しているのだから、美しい国も、憲法改正も、子供の教育も前面にださずに、すこし後回しにしてもらって、緊急のところでなにか一つこれという成功を見せて欲しい。
選挙民はそんな風に考えているのではないでしょうか。選挙民は余裕があったもいいはずなのに、余裕がないのでしょうか。

ですから、安倍政権としては北朝鮮拉致問題か何かで強烈にインパクトのある業績をあげたいとそのうち思いだすはずです。一見緊急に見える他の問題はすべて根が深いからでっす。
安倍政権の人気の沈下については、もうひとつ安倍首相を支える人々が、どうも水と油というか、違和感がつよいコントラストを示しているのですね。特に防衛大臣などは、なんだかとても変だし、まったく合わない人種が混じっている感じです。
それとも、安倍首相も実は、事務所を雀荘か何かにしてしまう人物とどこかで一脈相通ずるのでしょうか。それから、官房長官が首相をよく補佐しているように見えないもの辛いところですね。
幸い、小沢民主党がまったく冴えないので、まだまだ命脈は保つでしょうが、でも安倍内閣の空洞化は毎日進行しているとみています。
やはり、理論と実践がマッチしないと、どうにもなりません。

by yanagidamitsuhiro | 2007-01-27 20:49
2007年 01月 26日

標語、わからない血糖値、糖尿病食

昨夜はリフォーム中の家を見に行きました。
すごいものです。皮がめくられて中の内臓が見えた状態のようなもので、雨漏りの歴史もわかりましたし、シロアリが食べたと思われる柱とか、でもとれも深刻な問題はありません。建て増しの時に無理をしたところが雨漏りの原因となったことがこれでよくわかりました。その時にやってくれたIさんですから、原因がすべていまや究明されて、ニコニコでした。古傷などがみな見えてきた、死体の解剖みたいなものですが、しかし、リフォームしたらここに住むわけですから、新しい生を与えてまたすみだす気持です。
歩いているうちにわたくしの足が何かに引っかかったのでおかしいなと、おもったら妙なものがついてました。なんとずっと前、数年前になくなったとばかりおもっていたものが靴に張り付いていたのでした。驚きました。家具を動かしたので、その陰に隠れていたらしいです。こういうこともあるのでした。

きょうは、デスクの目の前に、標語を印刷した紙を貼りました。
1日10分 書類かたづけ

この春にある引っ越しの準備です。ともあれ、身を軽くせねばなりません。
といいながら、昼からずっと忙しいのと、余裕がなく、その10分がきょうはありませんでした。

けさいつものように血糖値を測ったら、96でした。100を切ったのは、今年これで4回目です。しかし、前日なにか格別なことをしたわけではないので、理由はよくわかりません。妻と一緒に外食をしたのでいつもよりも長い時間をかけたかもしれません。また寝る前に10分ほど体操しました。ずいぶん品行方正な日でも、翌朝120くらいある時もあるので、この血糖値の変動は理解不能です。それにくらべると、血圧の変動は理解できるし、いわんや体重の変動はわたくしの場合、まったく容易に理解できます。

きょうの午後に大学病院の栄養士さんに糖尿病食の指導を受けました。
妻と同道です。
あらためていろいろ聞いて、やはり参考になりました。
酒と甘いものは、表の中に入っていませんでした。
妻が、栄養士さんにわたくしの食べ方などの問題点などをるると説明するのを聞いてると、なるほどそう見られているのかとよく分かりました。いつも苦労をかけているので、ただただ黙って聞いてました。去年の10月からのわたくしの食生活、飲酒生活、甘いもの生活についてのさんぜんと輝く業績の余裕で、反論の必要性を感じませんでした。
若い栄養士さんには賞めてもらえました。

by yanagidamitsuhiro | 2007-01-26 17:45
2007年 01月 25日

ブログに書けること、家のリフォームの始まり

前にブログに書けることはだいたい身辺でのできごとや考えたことのうち2割くらいとか、記したことがあります。
もしもその書けないというか書かないことをみんな赤裸々に書いてしまったらどうなるのだろうと、思ったりすることは稀にあります。そういう日は、出来事や考えたことのほとんど全部が書けないか、書かないか、もしくは研究の関心事で、休憩時間の話題にそぐわないとか、そういう日です。
みんな書いてしまったら、ひどいことが起こると思います。文句を言われるとか、もしくは誰もわたくしのそばに寄らないとか、そんなんで済めばいいのですが、周辺はたぶんそれではすまされないでしょう。なんかひどいことが起きるような気がします。
しかし、そういうのを書いたからえらいと賞められる人もいるのでしょう。その人との、距離が遠くなれば、面白いとかすごいとか感心するとか、そういうこともあるかもしれません。古くはジャンジャックルソーなんていうひとはそうだったのでしょう。私小説作家の奥さんやお子さんが書いてるものを読むと、いかに周辺が大変かわかります。そういうふうにはなりたくありませんし。
わたくしなどまだいいほうで、妻が怒らないので、ときたまごくわずかに話題にしますが、知っている人などは、奥さんのことをちらっとでもかいたら、ものすごく怒られるか、離婚の危機だとか、聞いたことがあります。存在してることが分かるだけでも、駄目なのだそうです。ブロッガー共通の悩みでしょう。匿名でやっていてもそうなのですから、わたくしなぞーーー。

比叡山坂本のほうの家のリフォームが始まりました。なかなかプランが固まらず、昨年の秋のあいだに始まり終わるはずなのが、厳冬期に始まることになりました。
二階家の一階部分全部なので、かなり大々的です。
きのう、すべての家財道具がなくなった、一階部分を朝見に行きました。
おもわず、えらく広い家に住んでたんだなあと、嘆息がもれました。
みてるうちに、だんだん楽しみになりました。
どういう家になるのか、あたらしい暮らしが始まるような気がします。
案外週末もこちらですごそうなどと自分が言い出すかもしれません。
細かいところは十分には詰めてないので、折々に出かけていって、話し合いもせねばなりません。一方で、30年前の家なので、屋根裏や壁の中などどうなっているのか分からないので、はがしてみないと工事もどうやるべきかその時点で決めざるを得ないところもそうとうあるとは、Iさんのお話でした。
ラボメンバーには、工事完了までいっとき住む比良の家が遠いので、早めにラボから帰る日が多くなるのを伝えました。また大雪でも降ると、出てこれなくなる日もあるかもしれません。

by yanagidamitsuhiro | 2007-01-25 15:28
2007年 01月 24日

生活情報番組での捏造

あるある大事典の関係者が解任などで処分され、また番組は打ち切りだそうです。
これでほとぼりが冷めるまで低姿勢でいくというのが、関西テレビの方針のようです。
重いとみるか軽いとみるか、意見は分かれるのでしょうが、わたくしはこういう自らを律するという点で、テレビ局はまったく信用してないので、すべてが茶番劇だとおもっています。
情報操作という点では、きわめて重い罪でしょうが、NHKも含めてすべてのテレビ局が「大げさ、過剰報道」という点ではいまや横並びでやってることですから、そこから逸脱してる度合いが激しいだけで、しょせん信用のできない組織、人たちの内部でのできごとでしょう。世論が断罪すべきですが、そのひとたちが納豆買いに走るわけなので、いまの日本の世相の「知識にたいする軽さ」を単に示しているだけでしょう。

この番組は「生活情報番組」と分類されるのだそうです。特に体内の「栄養素」にうんちくを傾けてきたようです。でも本当にそれだけでしょうか。
商業的には非常に成功していたようで、翌日にはかなり大量の納豆がうれるだろうという予測というかファックス情報が業界筋から各スーパーに出まわっていたのだそうです。
いかに消費者を誘導、操作するかそのあたりも番組の意図として見えてきます。業界と番組関係者のあいだに金銭授受のようなものがあってもまったくおかしくない構図になっていると見ました。
しかし、番組をみていませんが、よほど迫真の捏造だったのでしょう、これだけの人々が納豆の特別な食べ方を本当に効果があると思いこんでスーパー食料品の棚に走っていったわけですから。
わたくしがおどろいたのは、番組編成局長あたりが堂々と専門家はだしの文章で、番組の趣旨を公表しているのです。わたくしなどがみたら、専門家でもない医師でもない人間がよくぞこんな権威的な文章をかけるものだと、驚きました。
たぶん番組担当者にはひとりも博士号をもつような人物はいないのでしょう。
本来は2,3人は内部で専門知識に対応できる人間がいなくてはいけないのではないか。
わたくしも、かつてこういう類の番組の担当者から電話取材をされたことがありますが、担当者のあまりの無知さに途中で電話を切らせてもらったことがあります。

こういう番組をまったくの素人集団が放映するということじたいをやめさせるのがたぶんいちばん大切なのでしょう。
いまのテレビ局が博士号を所持するような人間を何人くらい雇用しているか、このさい内閣府か総務省あたりが調査すると、「知識にたいするいい加減な態度」をなぜテレビ局がとるのか、その理由が見えてくるとおもいます。

番組全体を学術的にも倫理的にも監視するひとたちが、テレビ局内部に必要でしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2007-01-24 15:50
2007年 01月 23日

研究倫理、捏造ニッポン、ニュースの宝庫

昨夜は病院に見舞いにいきましたので、東京に泊まり、昼から分子生物学会の研究倫理に関する委員会とそのあと学術会議のイノベーション委員会にはしごをする予定です。後者はたぶんきょうの会合で終了になるはずです。
学会の研究倫理についての取り組みはこれまでほとんどありませんでしたから、形式的には白紙からの議論です。そんなんでいいのか、という批判の声も聞こえそうですが、取り組みが遅いという以前に、このような問題は研究者の個々のレベルで解決できるはずだ、学会が乗り出せるような問題ではない、という考えが強かったことはまちがいありません。
いまとなれば、古き良き時代の考えで、昨今のシリーズでの出来事をみればもう通用しなくなったことは間違いありません。
特に、杉野教授が学会で枢要な役割を果たしてきたことからも、この件だけでも詳細な調査・報告が必要と思われます。さらに、学会として今後研究倫理の全般的なことについてどう取り組むのか、きょうはそのあたりが話題になるはずです。

日本ではほんの数年前では、生命科学研究において、研究倫理については社会の目というか関心を引くような出来事はほとんどありませんでした。もちろん研究不正などで職を辞するようなケースはありましたが少数なのと、組織防衛もありマスメディアで報道されることは稀でした。しかし、この一年間くらい多くの出来事が報道されるようになり、研究社会では捏造や研究不正が横行しているのではないかという印象が、拡がりつつあります。実態がどうなのか、わたくしも本当のところ分かりません。

さらに関心を引くのは、わたくしがこれまで関心を持ってきた、研究の犯罪とでもいえる、完全な捏造論文公表の行為から、研究倫理の問題は格段に拡がってきました。
組織管理レベルでの規則や一般的な研究マナーからの逸脱や、研究費の不正使用など問題が広汎に捉えだされています。
この流れは、研究者社会では行きすぎると困る点があるのですが、しかし社会的には大変好ましいことであるに違いありません。単に税金を使うからということでなく、研究とか学術というものはどのような環境で行われるべきなのか、社会を巻き込んだ議論があることはそれ自体大変に素晴らしいことです。

そういう点で、今回の関西テレビ(フジテレビ系列)の「あるあるなんとか」という番組での「納豆ダイエット効果における捏造」は当事者にはお気の毒な面もありますが、大変に教訓的なできごとだし、わたくしのような人間にもいろいろ考えたくなる点があります。
番組自体、残念ながらわたくしは見ていませんが、この比叡山近辺でのスーパーでも翌日から納豆の多くが消えるくらいによく売れたということを妻から聞いてました。報道の効果のすごさと効果を実感出来ます。政治的なデマとかに使われた場合の怖さも想像できます。

一連の出来事から、多くの提示されたデータが捏造なことは間違いありません。しかし、たぶん当事者は捏造をやったと自覚してなかったでしょう。
捏造ではなく、「真実」に番組内容を近づけるために、努力して出てきた目の前のデータを「真実のために改竄・偽造・捏造」したのではないでしょうか。よくある話しです。
番組担当者は番組を作る前から、納豆がダイエットにいいとかいう、「真理」をより効果的にしめすために、いまの日本のテレビのすべてがひたりきっている「センセーショナリズム」のテクニックをちょっと使ってしまったのでしょう。きょうのわたくしのブログの真ん中のタイトルもわたくしの出来るセンセーショナリズムの一例です。

このような過剰な演出効果はわたくしは「バラエティにおける北朝鮮当局的演出」と個人的に名付けています。セリフをよむ女子アナとかナレーション担当の声色は本当に北朝鮮当局の報道の声色と類似しています。

脇道にそれましたが、この「真理」に一歩でも近づけろ、聴取者を納得させろとお尻を叩かれた、最下層の下請けプロの可哀相な人たちが捏造データを作ったと、わたくしは想像しています。

なぜわたくしはそのような想像をするのでしょうか。
実は捏造を常習的にする研究者のマインドの多くは、そのような「真実」と非常に類似したものを持っているのです。そのような「真実」があるはずなので、それにあわせたデータを作ることは「許される」と思いこんでしまう人たちが研究の世界にもいるのです。わたくしが知っている研究上での捏造者の一部にはそのようなマインドの所持者がいます。始めてそれを知ったときには驚いたものです。しかし、そのような事例が多くなるにつれ、またか、という感があります。

科学というものはどのようなものであるのか、その根本を理解してスタートしないと、この関西テレビ社長がなかななか捏造を認めなかった、背景が理解しにくいでしょう。研究者の多くは、前もって持っている「真理」に反するデータを見ると大抵それは何かのエラーがあったのだろうと廃棄します。わからないことはわからないとはっきり言えること、結論のできないことははっきり結論できない、こういう能力を持った人たちが職業的科学者なのでしょう。こういう人たちのいないグループが「科学的番組」をつくることの根本的無知さを関係者は思い知るべきです。
バラエティ番組の担当者がそのような訓練を誰も受けてないのであれば、「面白い科学番組」を作ろうとすればほぼ必然的に捏造行為は起きるでしょう。

地下鉄の広告をみると週刊朝日がまた沖縄大学院に関係した記事を出してるようです。こんどは財務大臣に関係してるようです。
たしか、だいぶ前に、沖縄大学院はニュースの宝庫という表現をこのブログでしましたが(2006年11月30日)、その予言が当たってしまいました。わたくしの意図した意味はすこしちがっていたのですがーーー。

by yanagidamitsuhiro | 2007-01-23 18:43
2007年 01月 22日

そのまんま東さんがんばれ

政治こそ素人にやってほしい。
そういう意味でいまの国会は世襲的な政治家さんが多くてわたくしにはさっぱり面白くないのですが、この男っぽいそして素人ぽい、そのまんま東さんには、好感をもっていました。師匠と彼が呼ぶビートたけしは好きではないのですが、この東さんはまあすきなタイプです。顔つきがいかにも不器用な日本人の男という感じです。それに、演説はなかなか怒鳴る寸前のしゃべりかたで、いい感じです。
宮崎県の知事になられてこれからさぞ注目されるでしょう。だいぶ机上の行政は学んだみたいだし、情熱もあるだろうし、笑いをやってた人ですから、機転もきくし、妥協も得意なはずです。
大きな目標に向かって頑張ってほしいです。
政治というのは、究極的には簡単なはずで、人々の幸せに向かってやってれば常にその時々の答えはでるとおもうのです。
レーガン大統領だって、完全な素人からスタートしてるのですから、宮崎県の体質改善に成功すれば、将来は総理大臣だって可能というくらいに思ってやって欲しいです。
笑いを作れる総理大臣は、吉田茂くらいしか思い出せません。
ノックも面白い味はありましたが、政策はまったくないし、最後はつまらないことで命脈を断たれました。
東さんは、未成年の女性のいたところで遊んだとか、若い仲間を思い切り蹴ったとか、武勇伝があるのも、逆説的に好もしいです。人間、欠点がストレートにみえるのは魅力の一つです。かれのホームページでこの二つの出来事の説明を見ました。立派なものです。
離婚した奥さんが、もとのさやに戻ってくれれば最高なのでしょうが。
今朝のテレビで、東さんがテレビ界の大御所におくさんのことを頼んでるのが、面白かったです。東君と呼んでくださいとか、まだ芸能人的な雰囲気も残してるのもかえって好もしいです。
奥さんは俳優の人らしいので、東京に比べたら、そういう世界では、とんでもなく退屈そうな宮崎県に行くのはやはりいやなのでしょうね。残念です。

by yanagidamitsuhiro | 2007-01-22 20:20