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2007年 02月 28日

都知事選、最高裁判決について

都知事選に浅野前宮城県知事が出馬決意とかです。
がちがちの固定支持があると言われる石原知事に挑戦するのは、大変でしょうが、もしかしたらもしかするかもしれません。
これからの数週間の闘い方いかんなのでしょう。
この浅野さんというひと、なかなかのファイターとみました。石原知事はもちろんきわめつきのファイターですから、面白い。
政策論争がどうなるのか、そのあたりはわたくしにはまったく予期できませんが、そのあたりも面白そうです。
この浅野さんは役人出身で顔つきはやはり役人そのものですが、でもなかなかの硬骨のひとらしいのです。
ボクシングでいうと、そとからパンチを適確にうとうとする石原知事と、ブルファイターというのですかふところにもぐって打ってくる浅野氏、そんな戦いになるような気がします。
都民でないので、どうしても野次馬以上の興味は持ちにくいのですが。

今朝の新聞のすべてが社説で、君が代の伴奏をしなかった教員に対する懲戒が憲法違反でないという最高裁判決について触れていました。
朝日、読売、毎日、サンケイ、日経とネットでひととおり斜め読みしましたが、各紙の体質のちがいがみごとに出ていました。

わたくしはこの被告の人となりを知らないのですが、政治的な活動家でないようならば、こういう教員はたまにはいてもいいとおもうし、拒否するのもいるだろうとおもいます。
たとえ公務員でも、ごく少数の人間の考えを、一種の「人権」として認めて、伴奏しないのも認めてあげていいとはおもいます。
公務員とはいえ、全体の奉仕者としてやらねばならぬことは絶対せねばならない、というがんじがらめの考えは反対です。つまり、少数の変ったひと、珍しい人が公務員にいることは大切なことです。
徴兵忌避が出来るためには、政治的徒党としての反対者ではなく、良心にもとづく絶対的非戦をつらぬいてきた資格がひつようでしょう。米国のクエーカー教徒には認められていると聞きます。
君が代の伴奏を出来ない、というからにはその信条の背景を聞けば、わたくしは政治的徒党としての不服従か、内面の奥深いところにあるものから来た不服従かは、おのずと区別がつくと思うのです。校長さんはしかたなくテープを使ったようですが、代わりの教員はいなかったのでしょうか。

しかし、ひとたび今回のように裁判の争いになれば、最高裁の判決もひとりの少数意見があったこともふくめて、常識的にみてしかたのないものだろうと、おもいました。
日本の不幸なことは、教育現場にみずからの政治的信条をもちこむ偏向教員やそれを加勢する社会党のような政党があったことでした。そのためにこのような事例は政治的偏向と見られがちです。しかし、一般論として、政治的な信条でなく、良心にもとずく信条は認める必要があるのです。
一般論として、政治的信条にもとづくのでない、ルールへの不服従はたとえ公務員とはいえ認めてあげる、といいとおもいます。大抵の場合、代わりの人がやればいいのだとおもいます。それを止めようとする、偏向教員は厳罰にされてもしかたがない、というのがわたくしの正直な意見です。君が代は国歌というのが日本人の多数の意見だし、行政的にもそうあるべきです。

均質な日本がお好きな大臣がおりますが、すべて均質な公務員しかもたない日本という国はとても危ない国になるとおもいます。わたくしは、政治的信条にもとづいて職務をおこなう公務員は認めませんが、内面の良心から、上司の命令にもやれないことはやれないという、公務員は是非いて欲しいと思います。

いまの日本の公務員の世界では、良心にもとづいてやる職務などはほんとうに減っています。
だからこそ、このあいだ自殺を試みた女性を助けようとして命をうしなった警察官に対して、社会の感動というか、心からの同情があつまったのではないでしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2007-02-28 18:06
2007年 02月 27日

人権メタボ?大和民族による同質の国?

おきなわマラソン、G0ユニットのS君完走と連絡ありました。次の日は動けなかったそうです。証拠写真もあるとかで、ご褒美をださないといけません。まだ順位を聞いてないので、それによってなにをあげるか決めましょう。Kさんがどうしたかはまだ聞こえてきません。

文部科学大臣の伊吹さんが人権メタボとか新語を作ったようです。つまり人権とは脂肪をたくさん含むバターの様なもので、過度に摂取すると(たぶん社会が)メタボリック症候のようになってしまうという、お話しを講演会でしたのが報道されています。講演の一部を切り取ったものですから、わたくしはそこだけあげつらう気はありませんが、大臣の確信的風貌にふさわしい言動なので、このあいだの柳沢大臣の「産む機械」発言同様かなりリアルに聞こえました。
もう一つの発言は、大和民族が日本の国を統治してきたことは歴史的に間違いない事実。極めて同質的な国とおっしゃったそうです。大和民族という民族があるのを始めて知りました。日本のよさは、見た目にもかなりヘテロな人達の集まりで、均質というよりは生物的にはそうとうなバラエティに富む人達のあつまり、とみたほうがたぶんいいのではないかと思います。今後の遺伝子研究で、均質よりはヘテロという結果になるとわたくしなどは希望的観測もまじえて思っているのですが。大臣は大和民族なる民族をかかげて、同質だというのですが、どうなのでしょう。でもこのひとは、そう思いこんでるようですから、なにを言っても考えが変わるとも思えません。京都出身の国会議員です。
この安倍内閣の推移はだんだん興味深くなってきて、どんどん本音的発言が出てきています。最初は防衛大臣だけが勝手気ままな言動(左翼系マスコミに好評なのが不思議なのですが)を述べていたかと思ったのですが、次々に役者交代で問題発言が出てくるようです。一番大切な役割を果たすはずの官房長官は火消しの役割の存在感はゼロで、幹事長はみずから絶対服従とか時代錯誤的発言をやってのけて別な存在感を誇示しています。それに呼応してというか、政調会長は台湾が中国に陥落すれば、中国は日本を中国の一つの省にしようとするだろう、などと言ってるようです。これはちょっとひどすぎる、アジ演説とおもいます。
しかし、この伊吹大臣の人権メタボとか、趣旨をぜひ詳しく聞いてみたくなりました。
日本は過剰な人権国家でしょうか。たぶん大臣は、人権というときにはある特別というか特殊な意味を持たせて言っているのだろうとわたくしは推測しました。京都は同和人権行政でたくさんのニュース種を作ってきた経緯があります。
しかし、意味はどうあれそれをいま流行のメタボリック症候群とつなげたのは、どうだったでしょうか。そんなに日本人の多くが人権がありすぎて困る存在になってるとはとうてい思えません。
むしろ、このあいだの鹿児島での裁判結果をみればわかるとおり、百年前のような人権蹂躙の行為が警察や検察の建物の中で行われているようです。こういう点にもっと大臣はセンシティブであってほしいです。
いわんや、日本が同質な民族の国家などと言うのは、なにもいいことはありません。ひとりひとり、みなちがうけれどもお互いに親しく交際しましょうというようなことを大臣には是非言って欲しいものです。
国粋主義という言葉もあるように、民族が粋というか純粋とか生粋とかいう言葉で形容され出すとなにもいいことはありません。
外国からきた人達が日本人の容姿は、他のアジアの国と比べてずっとヘテロでとても興味深いといってくれてるのに、きわめて均質だなどと言って欲しくないです。
いまだって関西と関東の違いは相当あるし、かつて明治維新の頃の日本人は藩がちがうと言葉もなかなか通じなかったというではないですか。均質からはほど遠かったはずです。電車を待つプラットフォームの東京の人達のひとりひとりの様子、京都辺りとずいぶんちがうなあ、とおもって帰ってきたところです。若い女性もお化粧をおとせば、ひとりずつずいぶん違うはずですね。

by yanagidamitsuhiro | 2007-02-27 18:39
2007年 02月 26日

訃報、気に入った神社を発見、米国への傾斜

人の生死については、ほんとうに残念というか悲しいことがありますが、先日の訃報もその一つでした。それで、きょうは午後に京都を発って、東京に来ています。気持が整理できないので、なにも書けません。若い人の死はつらいものです。

このあいだの日曜日の散策時に気に入った神社を見つけました。
八幡さまで、とてもいい雰囲気でした。わたくしは前から、自分の神社は八幡と漠然と決めていましたが、大きすぎたり有名だったりして、近くにはこれというのがありませんでしたが、ここはすごく気に入りました。
じぶんの氏神などというとこれまで参詣してきた他のかみさまに叱られそうなのでそうは言いませんが、見た瞬間気に入る神社はそうありません。
いかにして、これから自分の私的空間として取り込んでいけるか、楽しみです。
比良の家から、徒歩30分弱なのでちょくちょくいけると思いました。
こういう気に入ったところは、自分の秘密にしておきたいという、子供じみた気分があります。

このところ、スポーツ番組の米国一辺倒に嫌気がさしてますが、そういう人はあまりいないのでしょうか。
野球がとくにひどいというか、いきすぎだと思うのですが、ニュースとして需要があるからなのでしょうか。たしかに、みなさんが関心を持つのは分かるような気がしますが、しかしどこかで自制心というのは働かないのでしょうか。
しかし、わたくしも松坂がどうなるかとか、桑田がどうなるかなど、それなりの関心は持ってるのですが、ここまでくると、ちょっとおかしいし、当事者は相当に困ってる可能性もあるような気がします。

by yanagidamitsuhiro | 2007-02-26 21:24
2007年 02月 25日

笠智衆のように

1960年頃の日本人の平均寿命は男性で65才、女性で70才くらいだったようです。その頃だと、わたくしはもう寿命的に暮色蒼然でいつなにが起きてもおかしくない、そう言う年齢なのだなと、再確認しました。
ここしばらく、血糖値がよかったり悪かったり理由が分からない変動をしているのですが、運動不足だけは間違いないので、けさは久しぶりに午前中はしっかり歩きました。約8kmです。眺めのいいところばかり歩いたのと、天気も良かったので気分が良いことでした。運動不足は通勤がある程度カバーしてくれているのですが、出張とか特に沖縄にいくと、ひどく運動不足になります。なんとかしないといけません。
きょうは日曜で、おきなわマラソンの日です。
当G0グループからは、KさんS君ふたりが参加すると聞きました。
Kさんは実績のあるランナーですが、S君はどうでしょうか。完走できたでしょうか。
完走したら、おふたりにご褒美を出させてもらいますといってあります。

ぜんぜん違う話題ですが、わたくし、ある時期笠智衆が好きで、ああいうふうに年取ったらかっこいいなあ、と思った時期がありました。もう亡くなってずいぶん経つような気がしますが、演技は大仰の正反対なのに、強く印象に残ります。独特のセリフ回しと遠くを見るような表情がいつまでも記憶に残ります。
東京物語の父役はなんべん見ても、感情移入してしまいます。彼はあの時50才になる直前だったとか。
わたくしは、自分に無いものを求める、無い物ねだり的な感じで笠智衆をいいと思ってると、自分では認めていたのですが、最近そうでもない、もしかしたら、というかすかな希望が湧いてきました。

というのは、この一年の体重の減少で、高校生の時の体重になったからです。
さらに体重が低下すると、わたくしももしかしたら鶴のようにみえる、老人になれるかもしれないという、かすかな希望が湧いてきたのでした。
しかし、笠智衆は痩せていると決めてますが、本当のところどうだったのでしょうか。

自分自身が老人になってきたときの容姿のイメージはなかなか無かったのですが、笠智衆的な姿もまったく不可能ではない、ありうるかと最近思いだしてます。
寅さんの映画での住職はちょっと難しいのですが、なにか真似のできそうな役柄はあったのではないかと思いだしています。
実は、わたくしの書斎にはエドガー・ドガの自画像の絵はがきがあります。彼みたいに見えたいという、願望はいまでもあります。

by yanagidamitsuhiro | 2007-02-25 19:55
2007年 02月 24日

寒い土曜日、リフォームの進捗、マンサクの花

寒い。
沖縄の後なので特に寒さが身にしみます。
昨夜は風も強く、ストーブの煙突の音も気になりました。
午前中にM君の論文を読みました。DGさんが面倒を見てくれるので、ほんとに助かります。
コメントを送った後に、昼飯を比良トピアのそばの脱サラの店で食べました。これで二度目です。音楽はジャズのかなり凝ったものですが、食事はジャズ的と言うよりはお袋の味に近いので、ご主人のジャズ好きと奥さんの食事のコンビネーションというところでしょうか。
いつのまにか、さらに喫茶とお菓子の店とかうどん屋がこのあたりにできています。近くにスポーツ大学ができたので、若者が増えているのでしょうか。
そのあと、リフォーム中のわが家に行って、進捗状況をみました。ずいぶん進んでいました。できあがるうちに、計画になにか不都合な点があったかどうかが気になるものですが、ありません。計画は良かったようです。
ただ、細部についてはこれからもまだ詰めるところが色々ありまして、ドアの形状や照明器具のつける場所、テレビの端子の位置の追加。壁のクロスの選択など、いろいろIさんに聞かれました。
返事をしているうちに深々と寒さがこたえてきました。
こういうところで一日仕事をするのはたいへんだな、とつくづく思いもしました。
外へ出て、近所の人にあうと、みなさんやってますねと、声をかけてくれます。
二階に住んでるとおもっていたかたもいるようです。

そのあと、スーパーにいったら近所の人達に会いましたが、どなたも開口一番やってますね、と言われますから、かなり目立ってるのでしょうか。家の中でやってるとはいえ工事用車がとまってるし、いまはガレージの再工事から水洗の外構をやってますから、家の周りは掘り出した土だらけです。
魚屋にいったら、ひさしぶりなので店主にめずらしいと言われてしまいました。元気そうでした。そういえば、そこでバッタリあった、Tさんひさしぶりでした。
奥さまとご一緒お会いしました。お元気そうでした。78才とか、驚きました。若々しい(奥さんも)。

比良のほうに戻って、またすこし仕事をして、そのあと薪を作りました。

とうとうマンサクの花が咲きました。
春がやって来たはずなのです。しばらく、寒風のなかで眺めていました。

妻が寒い、寒いを連発しながら、引っこ抜いた大根を二本ぶら下げながら、傍を歩いていきました。今日の夜は、鯛の鍋でも食べようという、ところです。

by yanagidamitsuhiro | 2007-02-24 18:34
2007年 02月 23日

日常的な膨大なデータ、あるある問題のゆくえ

朝9時に沖縄市のホテルを出て、10時50分の便に乗るはずが、またまたJAL得意の遅延に巻き込まれて、40分遅れましたが、あとは順調にいって、関空からはすぐにはるかに乗れて、京都駅からはタクシーに乗ったので3時半にラボに着きました。
その間、パソコンはほとんど離しませんでしたので、普通のワーキングディのように過ごせました。
N君が今回作った大作のファイルをズーつと眺めていましたが、途中からメモ取りを始めて、数時間後にはなんとか頭のどこかに入れることが出来ました。こういうデータの洪水のような状態から、N君は見事に整理して分かりやすいファイルを作ったのでした。こなれてくると、とても、面白いデータです。しかし、データが膨大すぎて、大変です。たしかにシステムズ生物学なるものが発祥してきたのも無理はない、と思わざるをえません。われわれが若い頃には、こういう全ゲノム的というか全タンパク質的なデータが日常茶飯事的に生まれうるなどとは、夢にも思いませんでした。
40年たつとこういう膨大なデータ整理が可能になって、そこからなにか意味のある結論を生みだすことに自分も参加してやってるのだと思うと、幸せと思うと同時に、質量分析機の威力とそれを扱うソフトの発展にも驚くのです。これからなんとか簡単なわかりやすい結論をおろしたいという、欲求はたかまります。

あるある番組の余波はまだ続いているようです。これはとても期待の持てることです。
内容のいい加減さにあきらめていたのが、今回の事件を契機に、様子が変わってきているような気もします。厳しい目で見て意見をだされるとさすがのテレビ局も耳を傾けだしているような気もします。ですから、科学的でないという批判が意味のある変化を生みだす契機になっているようです。

by yanagidamitsuhiro | 2007-02-23 19:00
2007年 02月 22日

年次報告の時期、捏造防止に向けた若手教育

この時期、沖縄では年次報告書の作成の時期でして、Sさん達の協力もえて準備をしました。済んでから京都のほうに戻ろうと思ってましたので、さっきだいたい終わりましたのでホッとしました。これであしたはゆっくりした気分で帰れます。今回はあしかけ4日来たことになります。ただ、沖縄に来て、議論とデスクワークが多くなると運動不足がこたえます。このブログを書いたら、ちょっと30分ほど散歩に出ようとおもっています。
それから、最近ひとつ沖縄の仕事の論文も出ることが決まって、これもいい区切りになりました。

沖縄の機構の研究室のほとんどは神経、脳関係ですので、きょうはわれわれのグループ以外はすべて恩納のほうに集まってシンポジウムをやってるようです。

このあいだの分子生物学会の研究倫理の委員会で懸案事項があり一つはわたくしが担当していて、いまだにうまく決着をつけられないので、非常に気にかかっているのですが、もうひとつのほうはNさんが担当した捏造防止にむけた若手教育の企てのほうでこれはおかげさまで具体化が進んできました。
こういう問題はお手本も教科書もありませんから、ひとつずつ手探りで地道にやらざるをえません。Nさんは着実にオーソドックスの方法でやろうとされているようです。
わたくしもこのあいだの理研の講演では、そのあたりのこと、当たり前のことしか言えませんでした。正直であることの大切さと難しさ、捏造事例を沢山知ること自体が優れた教育となりうること、研究指導者の捏造に対する態度がきわめて重要そんな程度でした。ただいろいろな人が発言することが大切なので、Nさんの企画する学会年会でのシンポジウムは意義深いでしょう。こういう問題は非常に大切なのだと、すること自体も防止に向けた効果があると信じます。

悲しい訃報がありました。

by yanagidamitsuhiro | 2007-02-22 16:52
2007年 02月 21日

おそば怖い

きょうは終日いそがしく、まだスケジュールがありますので、ごく短くします。
午前は恩納のほうで会議がありました。早く着いたので、海岸をしばらく歩きました。沖縄というのは不思議なことに、海水浴というのがどうもピッタリこない海がおおいようです。ここもそうで、歩くのにはいいですが、ぜひ泳ぎたいという気分になりませんでした。たぶん先入観があるのと、広い海に泳いでいる人をあまり見かけないのと、関係があるのかもしれません。
会議が終わった後で帰りに乗った車の運転手さんが、おいしいと評判のそば屋さんがあるというので、ついついその言葉に乗ってしまって、寄り道をしてそのそば屋さんに行ってしまいました。屋嘉というところにあるI食堂です。650円の野菜そばを注文しましたが、出てきたものを見て、しまったと思いました。
はんぱでないボリュームです。ほんとはコンビニでおにぎりを2個買って食べるはずだったのに、こんなものを食べたらどうなってしまうのか、困惑しましたが、乗りかかった船で全部食べてしまいました。まんじゅう怖いでなく、おそば怖いでした。
おいしかったですが、なんとなく気が気でないおいしさでした。必要量の三倍のカロリーを摂取してしまいました。
食べ終わって、待ってくれていた運転手さんにすごい量だといったら、そうでしたかと複雑な声を出してました。このかたも、糖尿病予備軍でいっときは体重100kをこえていたとか、HbA1Cも相当な値だったとか。
写真が一部曇って見えるのは、湯気のせいです。

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by yanagidamitsuhiro | 2007-02-21 18:33
2007年 02月 20日

ジャガー横田、絶対服従、絶対禁止

関空から沖縄に行く機内でこれを書いて後で投稿します。相変わらず遅れてます。

ジャガー横田さん、出産3カ月で復帰戦とか、立派ですね。年齢のことを言うべきではありませんが、出産にいたるプロセス、素晴らしいストーリーでした。わたくしの非常に好きなタイプの人(女性とはいいません)です。「産後というのは意識していない。リングの上ではジャガー横田。家族のことは忘れて試合に臨む」と力を込めた、とAsahi.comにありました。忘れていたタイプがここにいた、立派だなあと三嘆。このひとのご主人木下医師は好きなタイプの男性です。おしゃべりをしてみたい、ですね。面白くて深みのある人に違いありません。「ジャガーの中でプロレスが占める割合は99%。それを取り上げるのは死ねというのも同然。心配がないと言えばうそだが、華麗にやってくれるでしょう」と言ったそうです。うーん、そのままひと言だけ変えて、自分にあてはめたい、と思いました。劇場型のご夫婦ですが、いつまでも話題を作って欲しいです。

この二日ほどの新聞記事で気になった、言葉は「絶対」でした。
自民党中川幹事長が、本当かどうか閣僚は首相に「絶対服従」すべしと言ったそうです。首相が入室しても私語をかわしていて、立ちもしない人がいるとか。けしからん、という感想だったようです。
これ、とても違和感がありました。
この幹事長さん、風貌、言動ともに「絶対服従」からもっとも遠いように見えるのです。自分のためにしか動かない典型的風貌といったらたいへん失礼なのでしょうか。そういう人が、こんなことを言っても国民はひとりも同感しないでしょう(わたくしの推測ですが)。
ともあれ、「絶対服従」なんて、昔気質の体育会ならありえても、ほんとに言ったのなら、死語をもちいての訓戒など時代錯誤でしょう。これじゃ、安倍内閣の人気が低下するのは当たり前でしょう。それと、官房長官このひともぜんぜん人気でないですね。記憶に残る言動が何もありません。好き嫌いはかなりありそうですが、高市議員くらいにしたら良かったのに、と思います。この奈良県出身の人、言動は記憶に残ります。

その次は、「絶対禁止」という言葉でした。
移植関係の学会が瀬戸内グループの病気腎移植を調査したあとの報告のなかで、ちょっと忘れましたが、ある種の病気腎を移植するのは「絶対禁止」という言葉をもちいたようです。
禁止で充分なのに、そのうえに絶対禁止というと、これをおかしたらとんでもない重罪という印象です。ところが罰則規定はなにもないそうです。これも違和感が多々あります。
医師というのは潜在的にとても怖い人たちという印象がありますから、その医師の団体に「絶対禁止」と言われたら、並の人は決してやらないでしょう。ただ、この禁止という言葉の対象は、臓器移植をする人たちですから、当然医師がいるはずです。その、医師の団体が医師にたいして、絶対禁止などという必要があるとは思えないのですが、たぶんそう言いたくなったのでしょう。
万波医師はそこまで断じられたので、もうやらないと、言ってるそうです。ただ、やっても何の罰則もないそうですから、患者に懇願されて、ついついやっても、罰則はないので、「絶対禁止」という言葉が浮き上がってしまいます。

自分の命は誰のもの、といういにしえからの問いかけを思いだします。いまは、自分の命は100%自分のもの、と思う人達が増えているはずです。その命をどうするか、助けてくれるのが医師のはず、そのためにこそ医療費を払う、と考える人達がたくさんいるはずです。あと余命が一年しかない三ヶ月しかないという風におもっている患者がぜひこうして欲しい、と頼まれたら、法に触れない限り、その望みが人間としてまともな願いなら、医師のなかにはその願いに沿って、医療行為をする人もいるでしょう。医療の選択肢は、患者の年齢や身体状況さらには当然ながら高額の医療費を払えるかによっても、著しく変わるのは当然でしょう。移植については、ドナーへの説明責任がともないますから、それが不十分なら、批判はされるでしょう。ただ、毎日日本中で行われる種々の医療が完璧な説明をともなうなど誰も思ってないでしょう。だいたい、説明を聞いてもよく解らないし、自分がどのような医療を選択したのか解らないケースは非常に多いはずです。医療を経験した後で、そうだったのか、と思うケースが非常に多いはずです。
そのような時に普遍的な意味を有する「絶対禁止」という言葉が特定の医療行為に対して、いっさいの強制力を伴わず、罰則もなしに、使われるのなら、ほんとうにその重さを保ちうるのでしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2007-02-20 18:05
2007年 02月 19日

通勤時間と通勤時刻の関係

研究者にとって職住近接が理想であるといわれています。
喫煙者の多かった40年前では、家を出るときにタバコを吸い出して、吸い終わる頃に研究室にたどり着くのが、いいのだなどと言っていた研究者もおりました。
わたくしも、人生でいちばん近い所に住んでいたスイスのジュネーブの時代では、もっと近い所にいたので、途中のブラゼリでコーヒーなどを飲んで、時間をつぶしていました。寝坊したときなどは、ベッドから出て数分後にたどり着きましたので、人には見せられないような、寝起きのぼーっとした顔でラボに現れて笑われたものでした。
京大に来た当初は、徒歩10分程度のところに住んでましたが、それでもしばらくすると特に冬の寒い時期など、遠くに感じたものですから、贅沢に人間はすぐなるものです。
結婚してから、バスと徒歩の合計で40分くらいのところに住むようになり、子供が三人になってからまた遠くなり電車、バス、徒歩の合計で一時間になってしまいました。
しかし、それ以上遠いところに住んだことはありません。いまも同じ所に住んでるのですが、電車が速くなったり、地下鉄が出来たりで、駅まで車で送ってもらえると、連絡が良いときなど、40分くらいでついてしまうことがあります。

それが、いま自宅のリフォームのため、いっときですが、さらに遠いところに住むことになりました。距離的に自宅より25キロほどさらに遠距離となりました。
まともに通勤すると1時間半はかかってしまいます。しかも、電車が途中駅で特急待ちあわせとかで8分も停車することがあり、タイムスリップしたような感覚におちいります。
ところが、日中一時間に一本速い電車が走っており、これに乗るとびっくりするくらい早く研究室にたどり着きます。
けさも家を出てから歩いてJR駅までいき、それから正確に1時間後に百万遍のバス停にたどり着きました。そこからはラボまで5分もかかりませんので、30分は短縮されます。帰りも同様で速い電車が夜には7時頃にあって、これに乗るとすくなくとも20分は短縮されます。
別にせかせか生きているつもりはなくとも、結局この早い電車に乗れたら乗りたいと思うようになります。夜はなおさらで、本数も少なく、いまの降車駅までいくのが40分に一本のようになりますので、結局もう通勤は行きも帰りもごく限られたそれしかないという、時刻で動くようになってしまいました。
不自由でいやだな、と正直おもいます。
しかし、自由度はさげても、いっぺん味のわかった速い手段があれば結局それに気持がなびいてしまうのですね。
この気持のなびきは、便利さだけではなくて、なにかより合理的なものにいつも参加していたい、というものなのかもしれません。しかし、合理的なものに参加していると、生きる選択肢が少なくなってしまうのですね。寄り道や無駄道の効用は合理性を否定して、自由度をより大切にすることなのでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2007-02-19 17:13