生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2007年 05月 31日

不徳の致すところ、沖縄とのチャット、雑誌編集室、歯の治療

最近数人のひとにこれからわたくしが言うことは、あなたのブログに書かないでね!と言われました。それほど、書きますよ!というつもりはないのですが。
不徳の致すところですか。

きょう久しぶりに沖縄のN君とこちらわたくしとH君、チャットでしばらく議論しました。やはりとてもいいものでした。
メールはある程度はっきりしてきたことをやりとりするのはいいのですが、漠然としてこれからどうするかなどという時などはとてもチャットがいい、と再確認しました。
しかし、わたくしとチャットするのはみんな嫌なようです。折角あるのにぜんぜん利用していません。週末など、わたくしの自宅と京都のラボでやりたいなどというと、ゾッとするような顔をされます。
どうも、あれもやってないの、これもやってないの、と言われてるように感じるようです。そういうつもりはなく、話しの流れでそうなってるだけなのですが、これも不徳の致すところですか。

雑誌GtCの編集は研究室の引っ越しに伴って、また元へ戻るスペースがないので、京大構外に出なければなりません。
最近あちこち探してましたが、適当な物件があるとのことで、地図を見せてもらって見に行きました。徒歩5分程度で、近くて閑静だし、これはいいと思いました。散歩には近すぎますが、でもこれでわたくしの歩行量はまたすこし増えるようになるでしょう。

おとといの歯の治療なかなか大変でしたが、でもかぶせないですんで、詰めるだけでした。一時間くらいで最初から最後までやったといったら妻は驚いてました。
昨日はどうかなという段階でしたが、きょうあたりからしっくりいって、気持ちよくものも噛めます。ありがたいことです。あしたまたもっと奥の歯の治療があります。また詰めると言ってました。あの神経のそばを研磨するのでしょうか、その瞬間、麻酔はしてあるとはいえ、おもわず脂汗がでがちです。

最近年金関係の報道がおおいです。多くの人達にとって最大の関心事になってきたときには、もうすでにとんでもないことが沢山起きたあと、そういう状況のようです。
マスコミのほうもこういうことを何年もまえにスクープできる力はなかったようです。

by yanagidamitsuhiro | 2007-05-31 20:44
2007年 05月 30日

ワトソン博士の個人的なDNA配列、松岡農相の自殺の原因

ニューズウイークの記事は見てませんが、nature誌でジム・ワトソン博士のDNA配列が決まったとの報道を読みました。1億円の経費だったそうです。記事によると一カ所の配列は伏せてあるようですが、後は公開するとか。実は、大量DNA塩基配列法を開発したクレイグ・ベンター博士も既にご自身の配列を決めていて、こちらのほうはPlosというジャーナルにまもなく公表されるそうです。さらにジョージ・チャーチという研究者のかたのDNA塩基配列も決まっているのか、決まりつつあるのだそうです。

わたくしの感慨としてはふたつあります。一つは経費的にずいぶんお安い、ということです。宇宙ロケットで地球外に飛び出してしばらくいるのに要する経費、わすれましたがでも1億円などよりは桁違いにお金がかかるとの印象をもっていました。

二つめの感慨は、そうかやはりワトソン博士が個人の配列をきめた最初の人物になったのか、ということです。どこかの国の権力者でもなく、物好きな大富豪でもない、やはりDNAに深く関わった研究者が最初の人物になったのか、ということです。そのことについて、あまり気のきいたことはいえませんが、自分の配列を決めてもいいと、おもうには案外勇気がいるのかもしれません。のちのちに都合の悪いことがわかったら、困るとか思う人達もいるような気がします。ワトソン博士のコメントは人類の福祉に役立つとか、かなり前向きのようでした。

しかし、一般的にはなかなかそう前向きには受け止められない面もあるとおもいます。結局有名人やお金持ちの人達の配列がどんどんきまっていって、個人情報として秘密に保たれ、そして「窮極の自分にあつらえられた医療」を受ける資格が得られるようになる、そのような社会現象の前兆と受け止める人達も出るような気がします。
わずか1億円で決まってしまうのなら、そしてその配列でいろいろな医療情報が得られるのなら、有利になりたいと思う人が相当数出てきて、ビジネスとして成り立つような時代もすぐやってくるのかもしれません。わたくしには、人類は「富者のために特化した医療」という大きな問題を抱えるような気がしてなりません。もうすでに問題は顕在化しているのでしょうが、個人の全DNA配列が決まればかならず公開するとか、そういう枠をはめるとかしないと、いろいろ問題がおきるでしょう。
しかし、わたくしも充分考えてから、ものを言ってないので、まだ見えてないことが沢山あるような気がします。

松岡農相の自殺の原因は分からないようです。
遺書には不徳のいたすところ、とあるそうですが、それで自殺をするとは考えられません。
わが国では毎年3万数千人の人達が自殺でなくなると聞いていますが、そのうちの相当の割合は鬱病が原因のはずです。鬱になる原因はいろいろあるとしても鬱病になれば、自殺の可能性は高くなるので、医療の努力も自殺をしないようにすることに第一の目標があるのではないかと推測しています。松岡農相は急激に鬱病になったのではないか、とわたくしはちょっとおもったのですが、そういう記事はどこにも見あたりません。
いっぽうで自殺の原因をはっきり書いた記事は見あたりません。原因は不明という記事は沢山見ました。
辞職させなかった首相が悪いとか、ずいぶんこじつけのような報道は見聞きしますが、いっぽうで検察がもうすぐ捜査するはずだったとか、これもどうかな、という報道が沢山ありました。
わたくしの率直な感想は、いまのマスコミはつよいなあ、死者に思い切りムチをうつようなのがほとんどだったな、ということでした。マスコミの報道自体に問題はなかったか、というような類の反省は一片もないことだけはよくわかりました。松岡農相は、死ぬような悪いことはしてるようにまったく見えないのですが、しかし死んでしまうと、まるで死ぬのに値するくらい悪いことをしていたようだと、マスコミに扱われてしまうのだとよく分かりました。
マスコミはほんとにこわいですね。マスコミを裁くものがまったくなくなった社会にだんだん日本はなってきたと正直おもいます。やはり検察とマスコミが共生関係になってから、こういう社会が生まれてきたと、わたくしは個人的におもっています。

by yanagidamitsuhiro | 2007-05-30 18:42
2007年 05月 29日

シンポジウム、学会の存在の効用、家具の衝動買い

きょう、午前中学会での講演をしました。
細胞生物と発生生物の二つの学会が合同した年会で、シンポジウムの一つがあったのです。会場は、博多の北部、埠頭の多い辺りにある元海岸の埋め立て地に建った国際会議場で行われたものです。
会場の大半は日本人ですが、発表は英語でした。会場には旧知のひとたちと、知らない顔の若者たちが多かったです。
会場の外では、発生生物関係の人達が来ているので、ながらく会ったことのない人達にも会いました。先生、ひげはどうされたのですか?とかあんまりお変わりでぜんぜん誰かわかりませんでした、と言われたのには参りました。20年くらい会ってなかったのでしょうか。
まだ学会はあるのですが、昼飯をシンポジウムの講演者達と過ごしてから、駅に向かって新幹線で帰路についてます。

学会の存在の効用は、このような年会だけやってるのが、一番無難だと思います。学会ゴロを作らないこと、これが一番大切です。
学会ゴロという言葉を知らない若い人のために説明しますと、学会ごろつきの略称です。
特に学会の会長とかその周辺がなんらかの権力をふるい出すと、ほんとうにろくなことがありません。わたくしなどは若いとき、あそこの分科とか細目に研究費を申請しても絶対通らない、なぜなら、後ろにいる、学会の上部の関係者連中がすべて仕切っていて、研究業績よりも学会への忠誠度というのか一種の順番で決まってしまう、こういわれたものです。しかも、大半がそんなものだと言われてほんとうに望みが断たれたような気分になったものです。
だから、わたくしも自分の研究者の一生とも言われるような期間、そのような一種の「学会談合」がおきないような学会であらねばならない、と不断に努力してきたものです。わたくしの同世代の仲間にもそう思った人達は沢山いたはずです。
つまり、学会の権威とか結束力とかそういう類のものは言葉が汚くてすみませんが、「くそくらえ」という気持でした。研究者ひとりひとりが強ければいいはずです。
しかし、最近またぞや、そのあたりが非常に怪しくなってきています。学会の会長がなぜか直接関係ないことに影響をふるおうとするとか、聞いたりします。マスコミや役所などが、関係研究者が学会においてしっかり相談して決めて欲しいとか、そういう文章をみたり、言動を聞いたりすることが多くなってきてます。おかしな世の中になってきました。個人よりも、学会のほうが安心できる、世の中らしいです。わたくしなぞは、学会を代表してものをいう連中がもっともまずい連中という信念でずっときたものですから。
ほんとうにいやな感じがするし、ガッカリします。
学会の年会でみんなが集まって、学問の話しをして楽しむ、それ以上の任務を持つときには、気をつける必要があると思います。それがどのような意義があるのか、十分に考える必要があるとおもいます。ここで書いたことは、細胞生物学会や発生生物学会とはなんの関係もありません、念のため。

昨日の午後は別なシンポジウムに出席して、夜は、めったにないようなメンバー三人でゆっくりおしゃべりをしました。よもやま話、食い物もおいしかったし、話しもなごやかで、とても楽しい時間を過ごせました。

会場に行く前に、薬院の辺りをぶらぶらしていたら、英国製のアンティークを売ってる店があったので、ふらっと寄って、おもわず相当な額の家具を衝動買いをしてしまいました。買う直前に妻に連絡はしましたが、慣れてますから、やめなさいとは言われませんでした。しかし、これはとてもいいものなので、実物をみれば、誰も文句を言う人はいない筈と、確信しています。京都では見たことのないような逸品で、きわめてリーズナブルな価格でした。
わたくしの場合、このような衝動買いに特有なのですが、そのあとでなんとも言えない豊かな気持になります。つまり、「やった」、という達成感です。長く探していたものに会えたという気分でしょうか。それとも、わたくしが長く求めていたのはこれだったのか、という「発見感」とそれを所有できる喜び、です。ちょっと大げさに言ってしまいましたが。
この気持が続く限りは、わたくしの衝動買いが終わることはなさそうです。

by yanagidamitsuhiro | 2007-05-29 18:16
2007年 05月 28日

わからないこと、いくつか 金総書記、移民、国と民間の研究開発費

北朝鮮の金総書記の健康が悪化しているとの説があるとの、ニュースを見ました。一人の独裁者の健康状態が世界をめぐるニュースになる点では、金総書記の右にでるひとはいないでしょう。もしも引退したら、北朝鮮は良くなるのか、それとも。
毛沢東にせよ、スターリンにせよ、かれらの後はあきらかに漸進的に変化したことはたしかですが、一挙の大変化はなかったので、北朝鮮も同様かな、とはおもいますが、しかし誰にもわからないのだとおもいます。

イギリスやフランスでは、移民者を排斥する動きが非常に強くなってきている感があります。ドイツ、特に東側は前から強かったようですが、英仏は最近の傾向のようです。
ヒステリックには決してならないように振る舞おうとするイギリスでも多くの国民が移民を問題の筆頭にあげてきています。なぜなのか、英国民のかなりの多くが住宅問題で困窮していて、その原因を移民におしつけようとしているように見えます。つまり、職をとられていると。本当なのかどうなのか、わかりません。ただ、植民地を持っていた国が、みな似たような問題を抱えていることに気がつきます。マスコミも気をつけて、人種差別的にならないようにしているので、東欧からの流入者などを話題にしていますが、いわゆる有色人寿との軋轢はこれからますます激しくなるのかもしれません。分からないことです。

日本では国立大学の経営を話題にする記事がふえています。国立大学は約90あるのですが、その定常的な運営に必要なコスト(人件費とか建物の維持費など)は約1兆円と聞いています。これを高いと思うか安いと思うか、この点でマスコミの論調があるのかどうかわかりません。ただ、そのうえで競争的な研究資金として科学研究費補助金というのがあるのですが、それが総計で年間1200億円程度です。これを多いと思うか少ないと思うか、わたくしはものすごく少ないとおもうのですが、これもマスコミに一定の論調があるのかどうか分かりません。
わたくしが不思議におもうのは、この経費とトヨタのような世界的企業はひとまずおいといて、武田薬品のような世界的な超大企業とはいえない企業が年間につかう研究開発費は科学研究費補助金をはるかに超える額だと言うことですが、なぜこんなに民間と国では違うのだろう、その理由がわからないのです。たぶん、薬品業界なら中堅クラスの年間の研究開発費と同等のレベルでしかない、年間1200億円の競争的研究資金をまるで国の将来がかかってるかのような記事をかいてること、これが不思議でならないのです。
民間が特に無駄遣いをしてるとは決しておもえません。また企業が大学に研究開発費の相当部分を環流しているなどとも聞いたことがありません。つまり、日本の私立大学を入れたら何百という大学の研究者が群がっている資金は、民間の資金と比べると桁が二つくらい少ない、という研究資金についてのイロハのイに相当する知識があまり拡がらないのが不思議です。わたくしの考えのどこかに大穴が空いているのかもしれません。

投稿して仕事に戻ろうとおもったら、松岡農水大臣が自殺を図って、心肺停止状態というニュースを見ました。悲劇だとおもいます。なぜ?という疑問と、大臣は健康診断をうけていたのか、もしかしたらひどい鬱状態ではなかったのか、という疑問がわいてきました。マスコミに集中的にさらされる要職にあるかたが、鬱になるというのは常にありえることです。

またわたくしは知らないのですが、人気ボーカリストが慶応大学病院で転落死との報道がありました。状況からみて事故なのか、自殺なのかわからないようです。

by yanagidamitsuhiro | 2007-05-28 13:29
2007年 05月 27日

このブログ、松坂選手のしずかな7勝目

きのう夜はいろいろ興味深い話しをたくさん若手のみなさんから聞かせてもらいました。いいとこ取りの立場でありがたいような申し訳ないような気分。場所は唐人通りのあたりでさすがに評判どおりのおいしい海鮮料理でした。
あるかたがメンデル博物館に今度いこうとおもって、グーグルを開いたら、このブログが上のほうに出てきたと言うことを聞きまして、ちょっと吃驚しました。先入観をあたえたくないので、詳しくはいいませんでしたが、前もってメンデルになんらかの思い入れがあるかたは一日つぶす気持があるのなら、とても思い深い旅行になるでしょうと、もうしあげました。

実はこのぶろぐ、訪問者数が100万を超えた時点か1000回の投稿数にたっしたところで、なんか抜本的にスタイルを変えたいという気持があります。
しかしどう変えるのかは、漠然としていて、そんなにいい考えが有るわけではありません。つまり、石の上にも三年とかそういう類の感じで、3年も経ったらなにか新しい感覚が生まれるべきという程度のものです。
100万の訪問者というのは、やはりはるか彼方の話しとおもえたので、そんな風にどちらかが先に来たら、切りをつけたいという気持です。
というのもどこかにこのブログを毎日書くのが正直しんどいと思うこともあるからなのでしょう。
1000回にはまだすこし間があります。しかし、百万のほうはまもなく迫ってきました。それで、取りあえず、百万のほうでの区切りはなにもしないで、千回の投稿数の時になにか大きく変えるつもりです。オプションの中には、このブログをやめてしまうという案もあるのです。千夜一夜をよい切れ目に、(惜しまれながら?)止めてしまうのもいいかな、などと考えたりしています。いっぽうで、止めることもないだろう、ずるずるだらだらやるのもいいかもしれないと思ったりしています。
ずっとコメントを受け入れないかたちでやって来ましたが、この際、コメント欄を再開するのも考慮しています。ただ、コメントにはすごいのが来ることがよくあるので、その対応を前もって決めておかねばなりません。膨大ななんというのでしょうか、迷惑的なものが入ってくるのもあるので、対応に困る面もあります。

松坂選手、ちいさく7勝目という、記事をみました。これが当たり前の報道なのでしょう。
嘔吐をしていたとか。体調が悪いなりに、勝っていくこの選手の強さをかんじます。これだけの選手、やはり10年後にどう米国社会に入っていき、受け止められるのか、そのあたりを予想してみたいです。今や実力的にはまったく前評判どおりという印象を与えていると思います。そのうえで、やはりなんといっても言葉が大切でしょう。米国社会に入っていくには、人柄を前面に押し出せるような、しゃべる能力を持てたらいいのですが。
野茂やイチローのようなパイオニアにはもうなれないのですから、そのあたりで、後からきた松坂の独自性を発揮して欲しい。風貌的にも言動的にも、米国社会の尊敬をかちうるものがあると思うし、日本人のひとりとして、どういう人物かがよくわかれば日本社会にも大変な貢献をなすことになるでしょう。ぜひとも自分の考えや人生観も伝達できるような、カジュアルな英語力を身につけて欲しいなと期待します。

by yanagidamitsuhiro | 2007-05-27 12:32
2007年 05月 26日

博多へ、九州旅行、宮崎県

分子生物学会の研究倫理委員会はふたつのワーキンググループを立ち上げたのですが、ふたつとも九州大学の会員にお世話をお願いすることになりました。わたくしは、どちらも最初の会合に出席させてもらって趣旨の説明などをさせてもらっています。きょうは二つめのN先生が座長をされる側のワーキンググループの会合に出席させてもらいます。本番の会合のほうは遠慮させてもらって、晩飯からの参加です。どちらも多士済々のメンバーでこういうのは楽しみです。

わたくしが最初に関門海峡を越えたのは、いつの頃か思いだそうとしているのですが、たぶん大学ではなく、大学院に入ってからではないだろうかと結論しました。ずいぶん遅いのですが、たぶん九大であった生化学会に参加してそのあとに単独で九州一周旅行をしたと思います。修士一年の秋かもしかしたら二年かもしれません。そのあとでずいぶんの回数数え切れないくらい、九州にはいきましたが、最初の旅行はずいぶん奥手の経験なのでした。
わたくしも他の人達とおなじく九州はだいすきです。どこへいっても後悔したことがありません。自然、歴史、文化、人情どれをとっても素晴らしい。唯一鹿児島あたりパチンコ屋が多すぎるのが気になるのですが。

最近行ったのを思いだそうとすると、案外行ってないことに気がつきました。N先生の記念シンポジウムで博多へいったのと、分子生物学会の年会で博多へ行って昼の間に有田までいって町をぶらぶら歩いたのはどちらがより最近か思いだそうとしているのですが、はっきりしません。記憶力の低下は悲しいばかりです。
N先生とわたくしは同じ年に退職しましたが、一緒の会合になんども行きました。やはりN先生が辞められてから、九大に行くことが減ったのは間違いないでしょう。
九州の中でも宮崎県にいくことは本当にありませんでした。考えてみると、最初に九州旅行したときに宮崎県にいったのが唯一だとおもいます。
駅から歩いていける距離の旅館に泊まったとおもうのですが、若夫婦に歓待された記憶があります。わたくしが一人で旅行していることに関心をもたれたのと、生命科学のようなことをやってることで、いろいろ聞かれた一方で、ご馳走を沢山並べられて大変なもてなしを受けました。人情になんて厚いんだろうと感心したのをおもいだします。

しかし、どう考えても、宮崎県にいったのはそれが最後です。他の県は大分あたりでも何回も行ってるのに。
息子二人を連れて九州旅行をしたときも別府から山並みハイウエーを通って九重山から阿蘇山に行ってしまいました。やはり飛行機以外は宮崎はなかなかアクセスが大変なのですね。
宮崎県にとって、東国原知事の功績は大変なものです。端倪すべからざるパワーを持つ、この新型の知事さんを見にわたくしも宮崎県庁を訪ねたいと真面目に思ってるくらいです。というか、わたくしは東国原知事を見たいとやってくる、今の時代の善男善女はどんな人達なのか一見したい好奇心があります。次回は、7月にまた講演旅行が北九州であるようなので、宮崎まで空から足を伸ばしてみますか。

by yanagidamitsuhiro | 2007-05-26 17:41
2007年 05月 25日

激しい雨、心配な苗、研究室で作った抗体、立て看

朝から激しい雨です。土曜午後から九州のほうに用事がありますので、週末の畑仕事ができなくて気になっていました。それで、午後早めに帰宅して比良まできたものの、雨がひどくてたいしたことは何もできません。雨に打たれると弱い苗がありますので、気になってじっと弱々しくなった苗をみても何もできません。水田跡の新耕地は水はけがものすごく悪い(あたりまえですが、というか非常に優秀な水田だったらしい)ので、水たまりができています。ちょっと作物のいくつかは駄目かなと、弱気になりました。

雨が激しすぎるので、諦めて論文書きのほうを続けました。沖縄と京都というか、京都在住のG0メンバーも一緒の仕事で、ようやくかたちになってきました。
それなりに面白いのですが、これは競争のまっただ中というか、はっきり言ってわれわれは後発のテーマなので無理せずにどこかに出せればいいのでしょう。しかし、やはりだいぶ時間をかけてデータも出して、論文も書いていれば情がでてきて、いいところで発表したくなるのが常なので、その誘惑を断ち切らねばなりません。

お昼頃にはIさんがおいでになりました。いろいろな話しをしました。ぜひ比良のほうにも遊びにくるように招待をしました。

きょうはいろいろな類のメールが多くて対応が大変でした。インタビュー記事のもあるのですが、ちょっとスケジュール的にきびしいな、という感じです。あとA君の大変な努力による準備で、研究室で作った抗体の一部をS先生が作った新会社に送りました。抗体を希望者に送るのはほんとに面倒なので、助かります。もしも、すこしでもお金になるのなら、バイオリゾースのセンターの方に寄付する予定です。プラスミドのほうも、Hさんに準備して貰って、一部をやはりバイオリゾースのセンターの方に寄贈するよていです。
米国の研究者から、Genes to Cellsに投稿したいとのこと、なかなか米国も厳しい状況があるので、こちらにはありがたいことです。

きのうは忙しくて書けなかったのですが、農学研究科の院生の立て看板のなかに、再度の仮移転に反対し、移転作業にはいっさい協力しないという文章がありました。当然の気持とは理解しますが、作戦としてベストかな、とおもいました。これは本来一緒になって当局に向かうべき教員との距離を拡大してしまうような面があります。
むかしといってもいま50才くらいの教授が院生の頃に「タヌキ運動」とかいうものがあって、なかなか秀逸な当局にたいする情宣活動をしていました。やはり情報がいちばん大切なのでしょう。わたくしもいい考えがあればアドバイスしたいのですが、これというのがありません。大学の住人のおおかたの理解と支持をえることが大切でしょう。そういう点、この立て看をよんでいる通行人が一人もまだ見たことがないのはどうも残念です。
やはり立て看は分かりやすく、なおかつ何か面白みがないと。
ただ秘書のSさんはわざわざ見に行って、説得力のある文章で感心しました、とメールで書いてきました。

by yanagidamitsuhiro | 2007-05-25 20:45
2007年 05月 24日

工学部7号館の農学研究科院生の石塀立て看板

昨日のジャーナルクラブ、S君が紹介したのは、かつてのラボメンバーのYさんの仕事です。S誌に2回も発表されたという幹細胞についての話題の研究で、活躍されていることがよくわかる研究成果でした。彼女というと、元気な笑い声をおもいだします。ラボに居ることがすぐわかるのでした。

きょうもかなりの暑さです。昼食後に、理髪にいって雑談をしていたら、北白川ラジウム温泉が話題になりました。ここのかたがよく利用されているとか。わたくしは、ラジウム温泉のご子息お二人ともよく知っているので、しばらく話しがはずみました。

あさ、百万遍の石塀の前を通ったら地味な立て看で気がつかなかったのですが、わたくしが関心をもたねばならぬ内容でした。
工学部7号館にいる農学研究科生物資源経済学の大学院生から総長宛の要望書が出ていました。
ちょっと長すぎて読むのも書くのもたいへんなので、下に写真を示しておきます。お急ぎでない方は読んでください。ただ字が小さいので、立て看のタイトルと最後をみるだけでも何が要望されているか、わかるでしょう。
ゆっくりじっくり読めば、これは怒らない方がおかしい、のが分かります。それにしては、ずいぶん理性的で論理的で立派なものです。わたくしのように怒りっぽい人間はもっと単純に何が問題かひと言で言いたくなりますが、ここに見えている、若者達の自己抑制に感心します。
でももっと怒った方がいいのではないか、あんなに沢山授業料を払っているのですから、怒って当たり前でしょう。大学から給料もらってるわたくしでもこれだけ怒ったのですから。
相手の都合や事情を学生だったら斟酌などする必要ないでしょう。
そのうえで、当局が何を言うのか聞けばいいのではないでしょうか。
とりあえず、一部でも若者たちも立ち上がってきたことが分かりました。

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by yanagidamitsuhiro | 2007-05-24 17:01
2007年 05月 23日

京大における地上げ?

今朝、出かけようとおもったら強い腹痛を感じました。しばらく横になっていたら、痛みは軽減しないのですが、1時間くらいたってもう一度トイレにいったら柔らかいのが出て、急速に痛みが取れたので、まあ大丈夫とおもいました。歯を抜いたあとで、毎食後抗生物質を飲んでるので、腸の様子がおかしくなったのかもしれません。しかし、ちょっと昼近くまで休もうとおもい、ついでにこのブログを書き始めました。

N君の原稿、やはりもうすこし実験が必要というのが、議論の結論です。K君のrevisionまあ悪くない流れです。Aさん、頑張ると空回りになりがちなところあり。本人も分かっているのですが、解決策はわたくしもなく、とりあえず急ぐときほど土台に近いところのデータが必要なものです。

耐震工事、これくらいの錦の御旗はありません。だれもがひれ伏します。このご紋が見えないかと、怒鳴られてちらっと見れば、しっかり「耐震工事予算あり、喜べ」、とあります。国からのお金が出る以上、反抗も反論もしようもありません。工事次第で、そこに住む住人をとりあえず退去させるにはまず最高の方法です。その建物で働く人々の生命を守るという名分ですから、批判は不能です。それから、知識がないので、この建物は危険です、といわれたら、姉歯事件の反対のケースで、もちろんそのご判断を信じる以外に道はありません。わたくしは心の底でまったくの茶番劇と思っているのですが、そんなことを表だっていうわけにはいきません。
京大ではこの耐震工事に100億円がことしは予算としてついたときいてます。これからもまだまだ予算がつくだろうと予想されています。工学部の桂キャンパスへの移転は遅々として進まないのですが、この耐震工事はどうもどんどん行われる気配です。学内ではいろんなヘンなことが起きてるようですが、そのあたりのアンバランスが原因でしょう。
いろんな悲鳴が聞こえてきます。わたくしが昔いた理学部の建物も耐震工事ですが、元へ戻れるためには、二度の引っ越しとその間の居場所を確保しなければなりません。
耐震工事後もとへ戻れるところはまあその後は同じような生活をするので、だんだん工事があったことも、忘れることでしょう。
しかし、元へ戻れないところもあるのです。わたくしのところは当初はそういう話しでした。京大本部としては耐震工事、これを機会に構内の再配置に利用する絶好の機会と思っているはずです。大学人というのは誰かと似ていて、土地の所有欲がきわめて強く、陰湿な争いがよくあります。
しかし、この耐震工事、住人を建物から一時でも退去させ、そのうえ国のお金を導入して改修して後に元へ戻す過程で、あなた達のいる建物は自分のものではありませんよ、いつなんどき出ていってもらうかわかりませんよ。こういうことを大学経営者が、大学の教授以下の人々に分からせる最高の手段に見えてきます。

外聞は悪いですが、まあ地上げみたいなものですね。
土地の整理分合をして公共用地を生み出し、なおかつ地区全体の土地の価値を高めるというのが公的な地上げ。細切れの状態で強引に土地を買い漁り、街区単位でまとまった段階で転売して膨大な利益を上げようとするのが、いわゆる地上げ屋。これらは、善と悪、いちがいに言えな言えないものです。もちろん地上げなどと、決めつけてはいけません。あくまでも仮の解釈です。

問題は再配置計画の内容です。これは京大では長年行われているはずなのですが、最近はその場しのぎが増えているような気がしてなりません。長い目でみれば工学部と情報学は桂に行くはずなのに、現今の議論ではもうあたかもそれはなくなったかのような議論が横行しているようです。このキャンパスの中をどう利用するのか、その基本案をいまの京大の人間の大半は何も知らないでしょう。生命科学研究科は情報学研究科の出たあとに移ることになっていて、いまの医学部構内の建物は一時的という認識をわたくしは持っていたのですが、そういうのはなくなったとおっしゃる本部の人達がいるとのこと。これでは、将来像は局部的にも全体的にも見えません。工学部が去ったあとに、生命科学関係が本部構内で増えるのはたぶんベストと、我田引水でなく思うのですが、そういう考えはいまや排除されたようです。構内の端にちょこっと張り付くくらいしか残らないのでしょう。全学で次の時代を担う何かの学問を育てるというのはとても大切なことだとおもうのですが。

しかし、京大でおきてることはたぶん似たようなことが日本全国の国立大学で起きているにちがいありません。
地上げは完ぺきに成功したけれども、そのあとの計画はまったくの失敗だった、こんな風にならないように、しないといけません。国策にあわせてやってると、往々にして自前の計画を忘れてしまうものです。個人レベルも組織レベルも同じことでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2007-05-23 10:51
2007年 05月 22日

最近のヒット数、京大宇治時代?

左奥歯のおやしらずがなくなったおかげでなにか新しい生活が始まるような気がします。

研究室の経営などほんとに面白くない話題で、コップの中の嵐よりもつまらないと思うのですが、ここ数日訪問ヒットというのでしょうか、なにをほんとに現しているのか分からないのですが、それがまた急増してきのうはとうとう三千という数です。

まったく、不思議です。前にも触れたように、わたくしのブログは開始した最初の数か月は2,3百だったのですが、その後、週日が千くらい週末がそれより2割減でだいたい安定して、二年くらい経ったのですが、なぜかわかりませんが最近増えました。
さらに最近、このラボ移転でのわたくしの興奮ぶりが面白いはずはまったくないので、それにところどころ入る京大的な学内運営が興味をそそるのかもしれません。ブログの訪問者数というのは、決して多ければいいのではないので、気をつけなければいけません。

しかし、何人かの人々と話して、久しぶりに忘れていた京大的なるものを味わっています。
わたくし、むかし、京都大学新聞に京大三分割という極小の支持と大方の不評を買った、エッセーを書いたものです。つまり、京都工科大学、京都医科大学と京都大学にすっぱりと分けたらいいのではないか、というようなものです。ボストンのハーバード大学、ハーバード医大、マサチューセッツ工大をなぞったものでまったく独創性のない議論ですが、それなりの意義はあったようです。京大の医学部や工学部の学内での動きを傲慢とおもっている京大人は多かったですから。
当時は大学の統合ばかりが論じられていたので、分割も悪くないじゃないか、という程度のものでしょうが。

しかしいまとなると、わたくしは政治的には二つの大勢力をまったく視野に入れてなかったことに気がつきます。
ひとつは、京大のなかのもしかしたら唯一の縦断的な存在である職員組合を核にする左翼、というのかはっきりいえば共産党・社会党支持層の存在です。いまは職員組合がああても実質的には影響力は強くないようですが、しかし強固な人脈が年齢的に50代から60代にかけてあるような気がします。なにかの折りにこの層は出動するような気がします。
こういうことはは現役教授時代には言えても書けなかったでしたが。いまは一研究員ですから。

ひとつは宇治キャンパスの存在でした。工学部が移転しつつある桂キャンパスよりずっと古く歴史もあるのに、また見るべき研究業績もかなり上がっているのに、すっかり視野にありませんでした。これが百万遍界隈にいる人間の傲慢さです。

しかし、詳しくは検証しませんが、いまの京大の組織を動かす人々は、宇治関係の人脈が多い感じです。
京大宇治時代なのかもしれません。相対的に、吉田キャンパスの政治的活力が足りないのでしょう。
宇治には平等院の栄華がありました。21世紀初頭の京大にもいまあるのかもしれません。そういえば、宇治キャンパスのある、黄檗には○○プラザという京大の新しい建物が建つとか聞きました。
総じてつまらない話しできょうはすみません。

by yanagidamitsuhiro | 2007-05-22 16:36