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2007年 06月 30日

ズッキーニのある畑、心休まる一日

比良山麓にきています。明日夜の便でメルボルンにいくので本当は講演準備に時間を使わなければいけないのですが、畑で働くのと雑草を取るのと両方やる方を優先しました。
ことしはズッキーニをやってみましたが順調にできました。味は期待どおりですが、こぶりです。花が咲いてから4,5日というのですが、どうもひとまわりちいさい、原因は不明です。
ピーナッツと枝豆をやってみました。どちらも元気です。それにトウモロコシもスイカもカボチャもどれもみなすくすくと大きくなってきました。
この水田跡の畑ですがまだズッキーニとナスしか口の中に入ってませんが、これから期待できます。
ただ里芋を上と下の畑と両方でやってみたのですが、下の方ではすごく虫がついています。葉のうらに虫がはっています。化け物みたいにでかい虫もいます。

上のほうのケージではなんと、こんかい猿の被害にあいました。猿がケージの外から手をいれてトマトとキュウリを引っ張り出そうとしたらしくかなり沢山引っ張られて、その結果キュウリなどはずいぶん折れてしまって被害もでました。トマトも地面に沢山おちています。とってみたものの食べられなかったのでしょう。しかたがないので、ケージの外にさらにネットを張りました。見苦しいですがこれが一番効果的でしょう。

夕方までかけてずいぶんきれいになりました。サルスベリが今年は元気が良くてたのしみです。坂本のほうから移してきたのですが息も絶え絶えカイガラムシにいつもやられて花はちょっとしか咲かなかったのですが、ことしはカイガラムシを徹底的に除去したせいか、木がとても元気です。久しぶりに花が盛んに咲くかもしれません。

夕方まで働きましたので、すがすがしい、という表現がピッタリの状態となりました。これで心おきなく旅に出られます。一週間もないのですが、でも帰るとすぐまた沖縄に行かねばなりません。考えると慌ただしい気分になりますので、考えないようにしています。
いっときの充実した心休まる一日でした。

by yanagidamitsuhiro | 2007-06-30 20:31
2007年 06月 29日

「弱き者のいきかた」、ジェノサイド、日本を見る目

五木寛之、大塚初重両氏の対談をもとにした「弱き者の生き方」(毎日新聞社)を読み出しましたが内容が重いので、10ページくらい読むと打ちのめされたような気分になってしまい、なかなか進みません。通勤で読むにはしんどいのですが、でもどこでよんだらしんどくならないのか、そういう場所がありません。ただおふたりとも極力明るい話題を一緒に出しています。

ここ何日かで懸案の論文がひとつほぼ書けました。勉強せねばならぬ量がおおくて、なかなかわたくしの頭が整理されなかったのですが、ようやっと書くべきことは書けて、議論すべきところもこれでいい、とまで思えるようになりました。ずいぶんここまでくるのに時間がかかりました。

おとといのブログを書いているときにいやな記憶が呼びさまされました。
いつのことだったか、米国だったと思うのですが、知り合いの米国人の研究者と戦争中の話しをしているときに、米軍がが東京や大阪での無差別爆撃のやりかたはジェノサイド以外のなにものでもないようなものだった、もちろん広島、長崎の原爆はいうまでもないが、と云ったら相手がえらく怒るというか興奮して、例のそのおかげで米軍人も日本人も沢山助かったのだという米国教科書の説明を繰り返していうものです。ジェノサイドか米国教科書の説明かという不毛な言い合いになったときのことです。やめれば良かったのですが。
とうとう彼はとんでもないことをいいだして、そんなにおまえが俺の云うことに反対なら、もういっぺん戦争をしようじゃないか、とわめきだしました(わたくしにはそう感じました)。それで思いっきり日本人にはわかってもらうのだと、わたくしには支離滅裂な論理でしたが、つまりは「最後の言葉」がでましたので、そこで二人とも白けきって、議論は終わりました。そのご彼とはどこかであってもお互い知らぬふりの関係になったものです。かれはわたくしより5つは上だとおもうので、なるほど米国人のあるタイプの心の奥底を知ったような気分になりました。
今考えると、現在の米国人がアラブ人やビンラデンなどのテロリストに対するよりもずっと深い憎しみを持つように戦争中の当時の宣伝はあったに違いありません。反日の強烈なものが戦争中の4年間とそれ以前の何年間あったのですから、米国人が日本人を見る目は他の国とはまったく違ったものだったに違いありません。
戦後60年以上経過したとはいえジェノサイド的な爆撃は当然という当時の感情がすべての米国人から完全に消えたなどとはおもうべきではないでしょう。
わたくしは、この五木、大塚両氏の対談をおふたりの子供でなく孫の世代が読んで、日米戦争の本質をぜひつかんでほしいなとおもいます。日本人は、戦争体験をまず百年は忘れていけないし、日米戦争は千年というか、日本民族のつづく限り忘れてはいけないとおもうのです。前の大戦でたしかに日本人は加害者でもあったが、同時に筆舌につくせないような被害者でもあった、ということを忘れてはいけないとおもいます。それを考えることで、イラクの人達、北朝鮮の人達を見るまなざしも変わるはずです。

by yanagidamitsuhiro | 2007-06-29 18:36
2007年 06月 28日

パブリックな科学技術文献の電子図書館

蒸し暑い日でした。
東京の市ヶ谷のあたりにある科学技術振興機構(JST)での会議に出ました。
なかなか興味深い取り組みで日本に多数存在する学会誌を電子アーカイブ化するというもので国の予算の範囲で選択的におこなうのですが、だれでもがインターネットでアクセスできる時代なので、貴重な情報が国民財産化されるわけです。

戦前の科学技術の情報にアクセスするはいまではとても難しいものになっています。ものによっては一冊しかなかったり、紙がボロボロになったり、図版などが風化して見えなくなりつつあります。
しかし、昭和の初期や大正、分野によっては明治でもなかなか素晴らしい科学技術が日本にはありました。そのようなものが、特別な大学に大切に保存されているだけとか劣化したりでほとんどだれも見ずにうち捨てられたりすれば、本当にもったいないことです。
これらが誰でもインターネットからダウンロードして読めるようになれば遠い戦前の情報も誰でもどこでもすぐにアクセスできるので、画期的なことです。
あたらしい研究者や研究分野があらたに生まれるかもしれません。

日本の学会誌の中には19世紀に出発したものもありますので、そういう古い学会誌ではどんな風に発表され議論されていたのか、興味深いものがあります。
この電子アーカイブ化は当初国際競争力を高めるものとして始まったものらしいですが、きょうの会議で知ったことはだんだんこの日本語文献のアーカイブ化を重視しているようです。日本語文献こそ国がサポートしないと残らない意見がありました。たしかにそう思えました。

日本の科学技術についての長い歴史を背景にいろいろな文献を電子化して保存することは、とても大切です。盆栽、錦鯉、尾長鶏など一次文献などちょっとかんがえても沢山の日本技術があります。高松塚古墳の保存も大切ですが、紙などを媒体とした古い記録を電子化して誰でもがアクセスできるようになれば、海外での日本学も発展するような気がします。
米国の医学文献はパブメドPubMedというところにアクセスして知りたい用語をいれればその文献が古いもので1960年代くらいまでさかのぼってリストアップされ要旨を見ることができます。

日本でもPubSTつまりパブリック科学技術文献電子図書館のようなものをインターネット上に確立すれば、古くは空海弘法大師の農業技術の偉業などの文献などにもアクセスできて、日本の歴史のもつ広大なひろがりと深さが実際には科学技術にもたくさんあったことが一目瞭然わかるのになどと、夢想しました。

by yanagidamitsuhiro | 2007-06-28 21:22
2007年 06月 27日

沖縄機構での月給、米下院外交委員会慰安婦決議

今日は朝から蒸し暑い日です。
朝起きてすぐ朝食まで2時間デスクワーク。働き過ぎだと思うのですが、止められません。いったいいつになったら、こういう生活が止められるのか。昨日インタビューに来られた若い方は、先生研究室には大学院生が13人いるのですかと、真顔で聞くのでびっくり。誰がそんなことをいったのか、でも勘定するとその半分くらいまだいるのでがっくり。

沖縄の機構の月給が全国の独立法人で一番高いとか。新聞で数日前に見ました。驚きました。わたくしはラボのメンバーの給与の全額を知っていますが、多すぎるとはありえず、一部のひとには少なくて申し訳ないと思ってるくらいです。わたくしもここでの収入というか謝金はネットで公開されているようですので、あえて申し上げませんが、少なくは無いが、多くも無いと思っています。ここの研究員や技術員は5年契約でその時点で職を失い、終わりと言うこともありますし、またその際に退職金などはまったく出ません。公務員などと単純に比較するのはどうかと思います。もちろんボーナスなどもまったく出ません。単純に月給だけ比較されたのか、そうだとするとひどいし、年収か、退職金まで入れた全収入で比較するとかして欲しいものです。それともわたくしの何もしらない内幕が実はあるのでしょうか。

米国下院での外交委員会が慰安婦問題で日本政府に責任を認め公式に謝罪するよう求めた決議案を賛成多数で可決したことについて、官房長官は「他国の議会が決めることだからあえてコメントすべきものではない」として、静観する姿勢を示したと、産経は報じています。読売も朝日も似たような感じでめずらしく新聞も何もいいません。
しかし、日本国民の多くはかなり怒っているのではないでしょうか。
なんで米国がこの時期にこんなことで日本を非難し、攻撃するのだと、と。
最低限、かなりな不快感を持った日本国民は多いことでしょう。
わたくしも、相当な不快感をもちますし、この決議を主導した議員が「これは日本国民に対する攻撃ではない」といいってましたが、それ以外のなにものでもないとは思いました。
しかし、このような多くの日本国民の感情は決して米国ではどこにいっても反映されないでしょう。
しかし、冷静に考えれば、米国は世界国家ですから、国内の韓国系や中国系の活動家が人権問題として長年やって来たことが実った、良かった良かったというのが大方の米国民の感情でしょう。
またまたしかしですが、日本は戦後、大量の米兵がやってきてほしいままに日本女性を強姦したとはいいませんが、ほぼ米兵と同数の日本女性がかれらの性的欲望の対象になってお金でやとわれたオンリーとかパン助(古くていやなことばですが)が大量に輩出したことは決して忘れてはいません。わたくしなども東京に住んでいましたから、そういう女性が米兵の訪問を受けている姿は子供ながら唾棄すべきものと、強く印象に残っています。これを日本人女性が喜んで米兵のわずかなお小遣いをもらうために売春をこのんでやったのだ、日本女性の勝手な自由意志だと云われるのでしょうかね。実態からして多数の米兵つまり米国市民が日本女性を性的対象に金銭と権力を武器にとことん好き勝手していたのが戦後の占領期間ではないですか。
ほじくり出せば、いろんなことがでてくるのが戦争にまつわることでしょう。

米軍の無差別な市民攻撃で死んだ日本人、原爆で無辜の日本人を大量に殺害してもまったく反省をするどころか、米国の教科書で良かった良かった、米兵の死者が少なくて良かったと米国民を教育しているような国から、このようなことで重々しく非難決議をうける、ことを日本国民はきわめて不快に思っていることをわれわれは草の根レベルで米国民に知らせるべきだと思っています。
こういうことになると、日本政府はほんとにへっぽこだとおもいました。

by yanagidamitsuhiro | 2007-06-27 15:32
2007年 06月 26日

今週のスケジュール

週末からまたオーストラリアのメルボルンに学会でいかねばなりません。いかねば、と書くとまるで義務みたいですが、こういろいろこなさなくてはならない仕事が多いとそういうふうな気持になります。
昨日は仕事のあいまに歯医者にいきました。着々と15年間の空白が埋められていますが、でもまだ終わりません。

きょうも夕方から、インタビューの方がおいでになります。高槻にある研究所のかたでいちどカメラマンと一緒に比良の家のほうに来られましたが、二度目です。写真を集めたり、またインタビューの追加をしたいとか。
このあいだは、昔の話しをいろいろ聞かれましたが、どんな風にできあがるのか、ちょっと興味はあります。
最近はインタビューなどの記事も細かいところで違うところがいろいろあっても何もいわないことが多くなりました。まあそう受け取ったのならそれでいいか、というようなことです。文章になるものは手を加えだしたらきりがありません。

このあいだの週末にかけての議論はポジティブな結果がでました。詳しいことはかきませんが、結構なことでした。

今週はまだいろいろやることが沢山あって、オーストラリアでの講演準備ができるのは機内に入ってからかもしれません。しかし今回は、3日目かなにかなので、間にあうでしょう。秘書のSさんに忙しすぎて大丈夫ですかと聞かれましたが、直前までなにも考えないようにしているので大丈夫と返事をしました。研究の前線だけです、綿密に考えているのは。あとはすべて、おおざっぱ、ほどほどのことになっています。

フィンランドからの帰路、はるかの車中で会ったオーストラリア人のご夫婦からメルボルンは非常に寒いですよ、と言われました。妻のはなしによると最低温度が3度とか。最高が15度、これはだいぶ寒そうです。

ジャーナルのほうのインパクトファクターがわずかですが上昇したとの連絡が出版社から連絡がありました。色々あったのですが、出版社が買収にあい別会社になったので、状況も変わりましたので、本格的に内向けの努力をする必要をかんじます。

by yanagidamitsuhiro | 2007-06-26 15:30
2007年 06月 25日

幼少の頃からの無言無表情、事態を乗り切るには

百万遍の交差点を横切る若者たちの多くは、東京本郷の赤門などと似て、偏差値が格段に高いのでしょう。そういう「濃度」の高さも考慮しつつ、此処を朝の通学ラッシュ時に自転車で横切る若者を観察すると気がつくことがあります。
急いでいるので、はっとするような危険な一瞬がしょっちゅうあります。しかし、人と自転車、自転車と自転車、どちらの場合でもはっとした瞬間のあとでも、かれらは無言無表情なことがほとんどです。
わたくしなどは、危険な自転車がそばにくれば、顔の表情のみならず言葉にも「危ないじゃないか」と、でそうですが、幸い敬老精神は残ってるのか、そこまでわたくしに至近距離で迫ってくる自転車はまずありません。
やはり気になるのは自転車同志がわずか5センチ、10センチまで正面になって停止しても、いっさいのジェスチャーも、顔の表情の変化も、言葉もでないことです。
見事なものです。相手が人間でなく、物体とみなしたほうが相互トラブルがないのでしょうか。年が近い人間のあいだでこういう時に言葉や表情を出すと、危険なのかもしれません。無言、無表情のあとは、あいだがなくて、いわゆる「切れた」状態になるのかもしれません。
そんな風にわたくしはこの「現象」をみています。
幼少の頃からの数多の経験がかれらのこのような挙動を作っているのに違いありません。
社会の基盤の人と人とが至近距離まで来てしまったときの、身の処し方として、無言無表情が今の日本の若者社会の一つの典型例ともおもいます。もちろんわたくしは非常に困った事だと思っていますが、直ちにだせる処方箋はありません。

もう一つついでに書いておきますと、今の若者達に全般的にいえるのかどうかわかりませんが、本人にとって困ったり困難な事態を乗り切れない人達が非常に増えている感じがします。わたくしの周辺ではといったりすると、差し支えがありますので、事例のサンプル、そのあたりは漠然ととってください。

どうも「単線型の思考」が多いようです。つまり駄目だったらどうするという類の考える範囲が狭いというか「ひとつ」しかない場合が多いのではないでしょうか。
子供の時から、ひとは生き方も死に方も千差万別というあたりまえのことを家庭でしつこく教えてあげないのではないでしょうか。というか、教えなくても自然に分かる家庭があまりないのかもしれません。
わたくしはこのブログで離婚を取り上げたことがありませんが、ここで取り上げますと、婚姻が年間80万くらい発生しているようですが、離婚は28万件です。これは6,7年前の統計ですが、いまはもっと離婚が増えているでしょう。どんなに幸せそうに結婚しても、厳然たる統計はカップル3件のうち1件は遅かれ早かれ離婚するのです。離婚を考慮する夫婦はもっと多いでしょう。
癌で死ぬのはいやと思う人は多いかもしれませんが、日本人の三人に一人は癌で死んでいます。癌になっても直る人達は沢山いますから、いやでもどうでも癌になるひとはさらに多いことになります。
こういうことから、目をそむけないのが大切だとおもいます。幸せとかいうのは、こういう当たり前の事実を知ってからだとおもうのです。しかし、一方で政治などのやり方一つで社会の様子がガラッと変わってしまうことがあるとおもうのです。いま地方と東京などの一部の大都市の間での格差がいろいろ取り上げられていますが、そういう問題は政治の行い方ひとつでずいぶん変わってきます。社会のしくみや政治そのものに興味をもつことは非常に大切です。これも家庭で教えるべきことです。

話しがすこしそれましたが、個人的に直面する困難な事態の解決には、沢山の線が自分の前にあって、自分で選択できるのもあるし、選択できないのもある、まずそれを理解することだ思うのです。そして、選択したらはっきり選択したと内面的にみずからに宣言しないと、社会ですっきり生きていくのは難しい、ということを子供の時から早めに家庭で教えてあげないといけないのだ、とわたくしは思っています。選択した線がうまくいかないときはどうするか、だれでもがかならず直面する問題なので、それを考えるのは生きていくこと自体の何分の一かに相当する価値があることも家庭で早めに教えてあげることだと思うのです。そして、政治がよければこうなる、悪いとこうなると、いうことを親は信念をもって子供に伝えることだとおもうのです。

きょうはちょっとえらそうな書き方なのであまりいい気分ではありませんが、文章を推敲すると時間がかかるので、このあたりで止めておきましょう。

by yanagidamitsuhiro | 2007-06-25 18:35
2007年 06月 24日

時差ボケ、スーパー銭湯

昨日は夕方に研究科シンポジウムでしゃべりました。最後の順番なのはフィンランドの帰国がからんでいてその順番になるのをお願いしていたのでした。

帰国1日目は6時間一度も起きずに寝られたので、時差ボケはこれで克服かとおもっていたら、駄目でした。やはり昨日、今朝と睡眠3時間とか4時間で目が覚めるという具合です。
そういうときは無理して寝ない主義なので、静かに起きて静かに仕事をしました。
今朝は3時半から仕事を始めて、5時頃から草むしりを始めたので、お昼頃にはすっかり一日分働いた気分です。
雨が激しいのですが、草は抜けやすい状態です。朝食後は妻もやってくれたので、さすがの下の畑もだいたいきれいになりました。
こういうのは、時差ボケの一つでしょうが、時差が体に残る傾向が強いのを利用して働いているのだから、なにも損はしないし、つらくもありません。
どこかの時間帯でうつらうつらするのでしょうから、同じ事です。やはり今回は10日以上向こうにいたので、時差ずれ感覚がかなり強く残っているのでしょう。

新聞記事を見て分かったのですが、わたくしはスーパー銭湯なるものも言葉自体も、そいういう施設があるのも知りませんでした。
Asahi.comによると、
広島県呉市のスーパー銭湯で女性会社員(25)2人の下半身などを触ったとして、県警呉署は24日、県迷惑防止条例違反容疑で海上自衛隊第一術科学校二等海曹の○○○容疑者(41)=同県江田島市江田島町=を逮捕した。同容疑者は事実を認めており、呉署は動機を追及している。(時事)

このスーパー銭湯なるものと、事件の概要のイメージがわたくしにはまったくこの記事だけからはわきませんでした。
他の新聞の記事とネットでこのスーパー銭湯なるものの説明を読んで不学にしてそのような終夜近くまで開いている設備がいろいろあるお風呂屋さんの類があることを知りました。昔でいうとサウナが終夜営業していましたが、そのようなかんじでほんとのお風呂があるらしい。
でもなぜ女性が触られる状況になるのか、まったく分かりませんでした、通路で出会い頭とか、よもや水着を着て混浴?というかつて北海道のどこかで経験したヘンな温泉体験などを思い浮かべましたが、それでも事件の概要が分かりません。

読売ではやはりこういう記事は人生相談の権威紙だけあって、詳しいのですぐ分かりました。男女をわけていない仮眠室がこのスーパー銭湯にはあるらしくて、そこであけがたの2時だか3時だかで起きた事件のようです。なんとなく単純な事件、電車や映画館での痴漢行為のようです。スーパー銭湯、人騒がせです。
しかし、マンガ喫茶とか夜中に過ごせる場所が都会には増えてるようです。わたくしが若い頃に知っていたのは、サウナとか終夜喫茶ですが、どちらも夜をそういうところで過ごした事はありません。疲れそうというのが理由でした。

おもわず笑ってしまったのは、記事の最後にある警察がこの自衛隊員の犯人の動機を追求している、と言うものです。追求という深い言葉をつかうほど、動機が複雑なようには感じません。

しかし日本人はスーパーという言葉がすきですね。
いままでもっとも独創性を感じたスーパーの使用は、スーパーハウスという商品です。だいたい1坪から最大4坪までの大きさで値段もお手頃と商品を知ってる人にはすぐ頭にはいります。実際の値段は20万くらいからのはずです。たぶん、実物を見たら誰でも知っています。これにスーパーハウスと命名して今日までその商品と市場が存在するのですから、命名者は大変な功績があります。鉄筋アパート(大型集合住宅エレベーター付き)をマンションと名付けた人も意識しない独創性ですが、でもスーパーハウスのほうがもっと意識しない独創性のすごさがあるとおもいます。

by yanagidamitsuhiro | 2007-06-24 18:57
2007年 06月 23日

論文を自分で書く

このブログを読んでいる人の中には研究者になりたいとおもうまだ高校生のような人もいるかもしれません。
そういう若い人の中でみずからアンビシャスと思う人がいたら、わたくしの忠告はなにはともあれ自分で論文が書けるように準備してください、ということです。
論文が自分で書ければ、こわいものは何もなくなります。たとえば指導教官と関係が悪くなっても自ら研究論文をかければ困難の打開もかなり容易になります。
それではどうやったら論文が書けるようになれるか。
簡単なことです。論文を読むことです。気に入った論文があったら、何度も読むことです。記憶に自信があったら、全文暗記でもすれば、さらに未来の道は明るくなります。若いときですから、一生わすれない記憶になるかもしれません。
古典として名声が確立した論文でなくても、実用的に自分が気に入った論文ならなんだっていいでしょう。とことん自分のものにすることです。そのやり方は、自分の好きな方法でいいでしょう。
そのようなことを自らトレーニングしたら格段にちがいます。昔の知識人がやった漢文を素読するようなことです。
いっぽうで、文章に関するいろんな知識を本を読むことによって学ぶことです。
事実をいかに書くか。
意見をいかに書くか。文章の中で意見と事実の記述を瞬時に見分けるすべを身につけるにはどうするか。
研究には動機、目的とか理由とか背景とかいろいろなかたちで、お話し的に段取りをつけて説明する必要があります。それらを書くうえで、広い意味での規則はあるものの、決して堅苦しい決まりがあるのではありません。事実をきちんとかき、誰もがりかいしうる意見を入れていく簡素な文章がかければしめたものです。
首尾一貫さえしてれば自由なスタイルで書いていいのです。しかし、
その広そうな自由が初心者をかえって苦しめるのです。ですから、こういう初期の時に好きなものを「模倣」するのがいちばん楽です。

学問の世間にアクセプトされる論文をかければいっぺんに自分の未来の地平線は拡がります。
研究室の主宰者になることを早く目指す人ならもちろんですが、そうでなくとも自分の好きなように研究するには、まず自前で論文がかければまったく違った世界で生活できるようになるはずです。
アンビシャスな人はと、最初にくくりましたが、くくらなくてもだれでもが、自前で論文が書ければ学問はいっぺんに楽しくなるはずです。

きょうはOさんとK君坂本の家のほうに来てもらって、二日目の議論をしました。
この論文は彫刻でいうと、いっぺん作った作品を一部作り替えるような作業がひつようになっています。しかし、作り替える前の作品は難解な表情をしたものでしたが、それが分かりやすくて力強い表情をしたものになるはずです。できあがりがどうなるかは、作品が完成するまでわかりませんが、しかしいろいろと良いものが作品から醸し出されてきています。

by yanagidamitsuhiro | 2007-06-23 20:09
2007年 06月 22日

鹿肉談義、万死に値する、元公務員

きょうは札幌からわざわざ来ていただいたOさんもまじえてK君の仕事の議論をしました。新しいデータもでたので、前向きの話しに終始できたのは幸いでした。
夜は一緒に食事をしに外へでます。

フィンランドにいたときに、鹿肉の話題がありました。日本では鹿肉を食べる人がすくないので、いますごいいきおいで増えている鹿を捕獲したあとの工夫に困っていると言いましたら、スイス人のNさんの奥さん、それにスコットランド在住のO君が、それはなんともったいない、という話しをしました。わたくしもスイスでは例の真っ黒に見えるソースを使って晩秋になると鹿肉を食べる習慣があることは知ってましたが、スコットランドでは今の時期になると、狩猟が解禁されるのでしょうか、鹿肉が店屋に出てきて、おいしいのでみなさん喜んで食べるそうです。柔らかいし、料理はなんでもできるし、好物の一つらしいそうです。
そのうえ狩猟が一番人気のあるもので、そのうえの楽しみもあるし、鹿さまさま、ということだそうです。散弾銃ではなく、しっかりしたライフル銃のようなもので、急所を打たねばいけないので、技術もいるので狩猟のなかでは最高の楽しみだそうです。
比良の農家の人にこんな話しをつたえても信じないでしょう。そんなにうまいもんかな、と疑わしい顔をするでしょう。それにわたくしの家のあたり、深夜になれば20匹も30匹もでてくるのですから、容易に狩猟できそうですから、そのあたりの楽しみも共有できるかどうか。
ただ、いまは鹿ものさばってますが、人間が本気に銃をもって追いかけ回せば、かれらも必死になって逃げるし、それで狩猟も難しくなるのかもしれません。いまは、水田を電気柵とネットで囲むという、専守防衛つまりいまの日本の防衛の考え方でしょう。銃をもって、鹿を見つけて、見つけ次第撃ち殺すという攻撃型というか、予防攻撃にすれば事態はまったく変わるのでしょう。しかし、その場の話題はそうならず、日本がスイスやスコットランドに鹿肉を輸出するという笑いのある結論になりました。

なかなかすごい発言が、大臣から出たようです。万死に値するとか。
Asahi.comによると、
菅総務相は22日、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)中央本部が入った東京都内の土地・建物の「売却」問題で、元公安調査庁長官の緒方重威弁護士が差し押さえを防ぐための「仮装取引」を疑われていることについて「(朝鮮総連は)日本人拉致問題に深く関係していると言われている。長官は、まさに万死に値する。絶対に許すことができない」と批判した。閣議後の会見で語った。
これなかなかすごい発言です。大臣の発言ですから。戦前なら、この元長官は暗殺される可能性が大になるか、ともあれものすごく追いつめられたことになるのでしょう。しかし、今の世の中、どうなのでしょう。日本の諜報機関の親玉だった元公務員が、朝鮮総連の顧問弁護士というのは、どうなのでしょうか、ダブルスパイのようなことでもやっていたのか、それともそんなのではまったくなく個人的な収入手段だったのか。公務員をいまは見下すのが流行のようですが、見下さない時代でもこういう元公務員が日本の敵国のエージェントのようなところから、すごい個人的収益をえているのですから、今のようなやり方で公務員をいじめてると、とんでもないことが日本という国で起きるような気がします。辞めたあとも収入がろくろく無ければ、国を売るなど平気な人がどんどん増えるという不安は一般の国民はまったくもたないようなのが、わたくしには不思議でなりません。
今、国会で公務員の退職後の職を一括して面倒みるとかいう法律が論議されていて、それで国会が延長されるようですが、民主党はいっさい面倒をみるなと主張しているようです。しかし、正論かもしれませんが、公務員からの国民離れ、が起きるような気がしてなりません。
日本の国家公務には秘密がないから、辞めたあと公務員は何をしようと勝手なのでしょうか、そのあたりの議論はないようですが、戦前公務員が年金を非常に優遇されていたのは、辞めたあとも守秘してほしいことが沢山あったからでしょう。
これからの辞めたあとの公務員が外国との関係で何をするのかわかるようなさきがけ的なできごととわたくしは受け止めました。

by yanagidamitsuhiro | 2007-06-22 17:55
2007年 06月 21日

うつらうつら、体重は、帰心矢のごとし、参議院選

ヘルシンキから関空まで9時間を切ることがあるそうです。ひと眠りをすればもう半分の行程はすんでいるので、やはりかなり近いかんじでした。到着するとやはり暑い。27度でしたが、まだ朝の9時前で日中は30度を超したので温度の違いがだいぶこたえました。
きょうは自宅に昼前に戻りましたが、休息日にしました。
いすに座ってしばらくするとうつらうつらが始まりました。眠いのと疲れとどちらが主体かわかりませんが、なんどもうつらうつらしました。
一日早めに帰らなければ、自宅に二人ほど来てもらっていろいろ議論する予定でしたので、やはり早く帰ってきて休憩するのは良かったと、おもいました。

体重は1キロ増、でした。あれほど一生懸命食べたのにとガッカリです。予想ではもうすこし増えているはずだったのですが。

帰心矢のごとし、で帰国したらと、あれこれ考えだすと、その一部がかならず畑の中をそよそよと抜ける風とそよぐ葉を思い浮かべるものです。あれはどうなっている、などと想像するものでした。昼飯後に比良のほうに来ましたが、やはり想像は都合のよいことばかりで、雑草の多さに圧倒されました。それに日中はあまり暑いので夕方になってから草取りをしたので、比良名物のぶとに刺されてしまいました。かゆいこと痒いこと。詩心もどこかに消えてしまいました。

まとめて新聞をみて気がついたのは、参議院選どうも年金ショックで自民党は負けるというか、安倍内閣の支持率が非常に下がっているというのが、参議院選の結果に出ると、まるで確定的にいわれていることでした。
支持率が35%でそれがもろに選挙結果に出ると、そういうことですが、でも本当にそうなるのか、そうだとすると安倍首相はなぜなにもしないで手をこまねいているのか、不思議です。

by yanagidamitsuhiro | 2007-06-21 21:44