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2007年 09月 30日

旅行第一日、旅行と研究者、

これからヘルシンキ経由でオスロまで行きます。着くのは翌朝になりそうなので今のうちに投稿しておきます。
前回ヘルシンキに行ったときにはのんびりと関空に一時間前に着いてカウンターにいったらわたくしが最後の乗客とかいわれて、叱られるというかカウンターが閉まる直前だったので、今回は2時間前に関空に着きました。日曜なのか、混んでます。荷物のX線検査の列が長い。
このフィンランド航空は前回、疲れないので気に入りました。ヘルシンキまで10時間くらいです。特に今回はオスロですから好都合です。
わたくしは割合もの持ちがよくてスーツケースは長年にわたってサムサナイトのプラスチック製、機内持ち込み可でかつギリギリの大きさのものを使ってましたが、ボロボロになってしまったので、昨年からスイス製の布のを使ってます。例のスイスアーミーナイフを作る会社のです。車輪が優れものでかなりの長距離を引っ張っても疲れないしいい感じです。ナイフとかは機内持ち込みはどんなに小さくても駄目なので、こういう会社も大変でしょう。今回は、機内にもたずに預けましt。たぶん大丈夫とおもったからです。
お金はノルウエーはクローネですから現地で換える必要があります。日本からいくとかなりの物価高を感じるはずです。ノルウエーはお土産もほとんどないので、それに後でギリシアにも行くので、なにか小さな民芸品でも買いましょうか。ノルウエーには20代のおわりに最初に行きました。定番のコンチキ号博物館、ムンクの叫ぶ絵などが記憶に残りますが、その次は、妻と一緒でした。オスロからコペンハーゲンまで夜行船に乗りました。なかなか良い旅でした。そういえば、最初にいったときも同じ航路で船に乗りました。その時は最低料金の座でしたがさすがに二度目ははりこみましたが。今回はただ学会に出るだけですから、町を運動のために散歩するくらいの見物しか出来ないでしょう。
それにそもそも、このような研修旅行では遊ぶとか観光の日をとることは禁じられています。なんともお堅い話ですが、京大はすくなくとも現在は観光を追加することは、自腹ではらっても絶対駄目です。沖縄のほうはOKですが。ただもちろん自前で滞在費を払うのですが。
ワールドプレミアムとか外国人を呼んで教員になってもらうとかいいますが、学会の参加前とか後とかでの自前での観光を認めないのであれば、外国人はだれも来ないでしょう。流行っている外国の研究者はほとんど一年中旅行しているのです。その旅行は学会参加と私的なものが渾然一体化してるはずです。だから、私的なものをまぜてはいかんと、いわれたら、誰もが困ってしまうでしょう。
日本では、いっぺん帰国してそれから自前で飛行機代をはらって、それで行きなさいというルールなのです。研究者は幅広い経験をすることによって成長するのですが、それが出来ないのが、せせこましい日本の大学です。このあたりの制度を残して、大学を国際化するなどはしょせん難しいものがあるのです。

by yanagidamitsuhiro | 2007-09-30 09:57
2007年 09月 29日

ビルマの悲劇、政治家が憤激という言葉を使うからには、相撲界はひどすぎる、JST問題続き

あしたから旅行なのですが、比良のほうの最後の雑草の刈り取りをしておかないと具合が悪いのです。帰国した後がいそがしいのと、沖縄や東京への旅行がありますから。そういうわけで、朝、机での仕事をしてから、早めに出かけて昼までと昼過ぎをかけてかなり広い面積の雑草を刈り払い機でざっときれいにしました。
隣家のHさんがおいでになって、川を渡る手前のところに携帯電話用の40メートルの高さの無線鉄塔をたてたいとなんとかいう会社の人が来たと連絡がありました。法律が分からないので何も言えませんでした。

ビルマでの出来事に胸がいたみます。
北朝鮮よりもずっとひどい強圧的な軍政のようにみえます。この国に日本政府がこれまで温情でやって来たことがここにきて失敗だということがはっきりしてきました。こういうビルマの悲劇が起きた一因は日本にもあるのかもしれません。中国だけを責めていいはずがありません。いまからでも遅くないので、迅速にビルマに厳しい警告を発するのが大切でしょう。
なにしろ日本人が至近距離から兵士に殺害されたのです。
長井さんという人は、日本人が誇りにおもうべき素晴らしい人ではないですか。最良のジャーナリストがこのように無残に殺害されて、日本政府が黙っていたらどこまで腰抜けと思われるのか。
高村外相が、憤激ということばを使って声明をだしたのは当然だし、われわれは本当に怒らなければなりません。
しかし、なんですか、そのあとは慎重、協議、のオンパレードで何も政府からはでてきません。首相はもうほとんど壊れたレコード状態で、何があっても同じ言葉です。協議とか調査とか、とりあえず何もしないのだそうです。
本当に外相が心から憤激したのなら、なにかが政府から出るはずです。
マスコミも驚くべき冷静さです。大マスコミの凡百の記者諸君がとてもできないことをやってるからといって、遠慮はいらないはずです。外相とおなじようにぜひとも憤激して欲しいです。そうでなかったら、いったい日本人の心はどこにあるのだと思ってしまいます。
長井健司さんの写真を見ました。そして彼の殺害される瞬間の写真も見ました。これらふたつをみて怒らない日本人はいないはずです。
福田首相にはとっくに諦めているので、なんとか草の根からでもこの怒りを日本政府の行動に向けてやってほしいものです。
これ以上の、悪質なテロ行為はないでしょう。テロ特法がどうとかよりずっと深刻な事態ではないですか。自分の同胞がこういうふうにやられて、なにも怒らない国民が、いったいなんのテロに対する国際貢献なのでしょう。テロ特法の審議などやめてビルマ政府と日本はどう対峙するか国会で審議して欲しいものです。米国の迅速な対応の爪のアカでも煎じてのめ、と政府にいいたいです。

朝青龍がほとんど直ったとか。のこのこ日本に帰ってくるとか。信じられません。モンゴルにたたき戻すべきです。どこまでなめきっているのか。
北の湖理事長が文科大臣にあっても首がちょこっと曲がった程度のお辞儀で、大臣は深々と頭を下げていました。どっちがあやまりにいったのか。相撲は国技を廃止するのがいいのかもしれません。横綱も、理事長も、親方も国技にふさわしくない人物が多すぎるようです。

ついでに、ある若い研究者からの、JST問題についての意見を開陳したメールを紹介しましょう。

JSTの話は、全くとんでもないです。
1)JSTの方に、2重判断基準があることをばらしたこと。つまり、競争的資金と行政主導分野開拓とは、本来別物ですから、これを混ぜている意味がわかりません。
2)しかも、JSTの理事がIT分野の方ということで、むしろ後者を優遇していると疑われる危険があります。
3)その疑いを晴らすためには、本来は説明責任があるわけですが〔柳田さんの指摘どおり)、その明確な判断基準とやらを一切、この方は述べてません。
4)よって、これは形を変えた癒着とも言えますし、現在政府で話題になってる特別法人の発想と何ら変わりません。
5)少なくとも公的資金の運用ですので、明文化された議事録か成文法に近いものを彼らは提示すべきですし(はっきり言ってこのJSTの方の個人的意見など聞きたくありません)、もしそうしないならば、科学者は一致団結して署名運動すべきです。

ですから、研究者はいざというときは立ち上がらないといけません。分子生物学会とかは、真剣に討議して、学会としてアピールするぐらいであるべきです。会長声明としてまとめて、それを新聞広告か雑誌広告するくらいのことをやるべきです。これくらい大きな政治問題の場合は、ブログではらちがあきません。私はそう思います。

by yanagidamitsuhiro | 2007-09-29 17:35
2007年 09月 28日

美容整形とアンチエージング、ビルマの状況、軍政を嫌う、日本共生党への期待

きょうは朝からバタバタとせわしないことです。部屋にも工事関係者が出入りしてきました。

京大の老年科はアンチエージングをひとつのスローガンにして診療するとは前日書きましたが、昨日の新聞で神戸大で美容整形が正式に診療科目となり、それはアンチーエージングを標語として掲げてるということでした。
京大老年科Kさんが送ってきてくれた資料に面白いことが書いてあって、医学部の四回生にアンチエージングのイメージを聞くと、多くが美容化粧とあり、次いで健康サプルメントや不老不死長寿ががくるのだそうですが、実際の平均74才の老年のかた達に聞くと、不老不死長寿がトップにきて、ついで予防医学内科治療とかで化粧品美容を上げる人はほとんどいないそうです。そうですから、神戸大学のは利用者は若い人壮年者までで、本当の老年層はあまり行かないのかもしれません。つまりアンチエージングといっても顔に出来た小さなシミやシワみたいなものとかそういうものを対象にするのでしょうか。京大のほうは寝たきりにならない、健康な老年期間を2年長くすることを目標にしてまして、実際の老年期の人が必要とするような医療を目指しているのでしょうか。更年期(おとこもあるのだそうで)を経過する壮年期から実際に老年に入った時期でなる病気をつなげて対象に診療しようとするのだそうです。糖尿病や高脂血症は当然としてこのあいだ触れた骨粗鬆症のようなものが例となるのでしょうか。更年期の時に、将来は骨粗鬆症になりやすいと、検査結果がでてそれに前もって予防医療をする、そういうかんがえですか。まあ、美容整形とかお化粧も似たような考えであるんでしょうが。

ビルマ(ミャンマー)での政治状況はかなり危機的のようです。中国のバックがなければいっぺんに軍政はつぶれるのでしょうっか。
中国はなにがなんでも権益をまもりたいのでしょうか。日本人のジャーナリストが至近距離正面から心臓を銃弾で撃たれたとのいたましい報道です。このあたりでの日本の政治的存在は希薄なようです。今回は、ブッシュ大統領が国連でも怒りの演説をおこない、独裁者達の米国での銀行口座を凍結したようです。ビルマの為政者の腐敗は極めて進行しているようなので、日本も明確な政治シグナルを出すべきなのでしょうが、福田首相のこの件についての応対は冷ややか、無関心とみうけました。しかし、ジャーナリストが射殺されたので応対はかなり変えざるをえないでしょう。
それで驚いたのが朝日の朝刊で、ビルマの政治状況の解説記事で、ブッシュ大統領が軍政を毛嫌いする、という表現があったことでした。毛嫌いとはたいした理由もなく、嫌うという意味のはずです。どういうことでこの毛嫌いが記事の中に出てしまったのか、わかりませんがちょっと米国大統領が軍政を毛嫌いするというのは、どう考えてもまっとうな人間には頭にはいりません。まっとうな感覚なら、だれでも軍政が好きなひとはいないでしょう。

いまあと5分ほど時間があるので、このあいだ来られたジャーナリストと共産党が変わってきた、という話をしました。全国の小選挙区で候補をださないとか、それに小沢代表に参議院で投票したとか。かたくなな態度からかなり柔軟になってきました。志位書記長でしたか、このさいいっそのこと党の名前を変えたらいかがでしょう。
けさ通勤時に考えた名前ですが。

日本共生党、いかがでしょう。
これまでの名前ともにているし、内容的にも共産と共生にたりよったりの概念でしょう。
民主党、福田自民党の基本政策概念のパクリですが、でもいまは政治はみんな互いにパクリあいの時代でしょう。いい機会です。
それはさておきまっとうな左翼政党がいまいちばん欲しい時代です。共産党だけは論外とおもっていましたが、なにごとも例外は置かないで考えれば、共産党がまともな左翼政党になるチャンスは今かもしれません。ぜひ共生党とでも古い共産党の殻を捨てたらどうでしょう。
科学行政にも新機軸の政策をだしてください。そうならわたくしも投票したくなります。

by yanagidamitsuhiro | 2007-09-28 15:57
2007年 09月 27日

朝食前の仕事、JSTについて、引っ越しと旅行、時津風部屋での殺害事件

今朝はなぜか早く目が覚めたので、起きて講演準備、朝食前に3時間以上もやってしまいました。ちょっとやり過ぎですが、しかしおかげで峠も越えたみたいで、飛行機の中では必死でなくて、比較的余裕で過ごせるでしょう。しかし、ちょっとくたびれました。

ふと生駒さんの書かれた文章を思いだしました。あれくらい、普通にやっている基礎研究者にたいして、自己満足の論文書き、ばらまき予算の対象と悪意というか軽侮的に表現した文書はかつて見たことがありません。何人もわたくしにあれはひどすぎる、あれがイノベーションセンターなるもののトップの言動か、と言ってきた人達はいますが、繰り返しません、みなさん自分の責任で周囲に発信してください。
わたくしは、JST(科学技術振興機構)にもっていた一種の親愛の念がこれで木っ端みじんに壊れた感があります。こういうかんがえの人が勝ち誇ったように内部でやりまくっているのか、とよく分かりました。最近の急旋回の雰囲気の理由がよく分かりました。しかし、この件を詳しく議論している時間は今日はありません。
それで今日の産経ですか、JSTは独立行政法人として廃止とか、いう記事がでていました。どういうことなのか分かりませんがほぼ100%近い税金を投入した組織なのに、職員の給与が公務員より上なので、組織として存続する価値がないとか、論旨がわかりません。沖縄の機構も職員は全国一の給与とかですので、これもその理屈だと廃止でしょうか。国がやっている行政上の理屈がフォローできません。

ひっこしはかなり進行して、もう秘書のSさんはそちらに行ってしまいました。わたくしはまだがらんとした部屋にいます。ここならネットがつながっているからです。たぶん移ってもわたくしのはつながらないでしょう。
週末から旅行なので慌ただしいことです。
次から次に、色んなことがあります。難問はないのですぐ対応できますが。
Aさんの論文のほうもかなりの完成度となりました。別な論文もすぐ投稿出来る段階まできているのですが、最後の注意深い一読をする時間がもてません。
あしたは何人ものひとと不在中のことで意見交換をしておく必要があります。

そうそういっぺん投稿してしまいましたが、大相撲での時津風部屋での17才の少年力士の死亡事件というか、状況から見ると殺害事件というか傷害致死事件、これは本当にひどい話です。朝青龍事件もふくめて、大相撲は組織としてそうとうに退廃していると見受けました。
特に遺体をこちらで火葬にすると遺族に連絡したとかですから、暴行したがわがそれが原因で17才の少年力士が死んだことはよくわかったようでした。ビール瓶で顔を殴った時津風親方、金属バットで頭を殴った部屋力士は殺人で逮捕すべきです。

by yanagidamitsuhiro | 2007-09-27 16:42
2007年 09月 26日

引っ越し、消えた安倍前首相のイメージ、白樺派

きょうデスクなど最小限のものを引っ越し先に運び込みました。
建物の1階にある事務室に挨拶をしました。
この建物は文系のひとが1−3階にいますので、われわれ4階と地下で仕事をする人間はいろいろ隣人関係気をつける必要があります。
がらんとしたいままでのオフィスでこのブログを書いています。
人間は驚くほど可塑性が高いので、狭くなればなったで、それにじきに対応出来るはずです。たまにこういうふうにすっからかんに整理するとそれなりに気分がいいものです。
そういえば、関西のほうでは引っ越しのことを宿替えとかいうのを思いだしました。そういってみれば、それなりの実感もともないます。

オスロの講演は基調講演というオープニングなので思ったより時間がかかってしまっています。それに出発までに済ませねばならぬ事が山積しています。早朝の仕事がつづいています。

安倍首相が消えました。もちろんご本人はおりますが、就任当時の首相のイメージが完全に消えました。
同時に美しい国のスローガンも消えました。
残念でした。スローガン自体は良かったのに。
わたくしは国家の価値を本当に美しい国に向けるのなら、それはそれなりにすごいことだとおもいますが、マスコミ、世論どちらもまったく真面目にうけとめることはなかったのでした。
前にも書いたとおり、わたくしの戦後教育は日本はスイスのように永世中立国となり、その結果戦争がなくなり、それで誰もが感心する美しい国をつくるのだとおしえられて、それを半分以上は信じたものでした。後年、スイスに留学したのも、そのことがどこかに強く残っていたのかもしれません。
首相の郷里の山口県も美しいところの多いところです。
軍国主義を主張した政治家も多いいっぽうで、中原中也のようにいまでも青春の詩として愛唱されるすばらしい人も生まれました。わたくしも心から心服する吉田松陰も郷里のひとです。
どうしてこういう顛末になってしまったのか、これから時間をかけて誰かが安倍首相の政治はなんであったのか、どのように急速に瓦解するにいたったのか、検証する人がいるとおもいます。挫折が早かったがゆえに時がたつとその中にあった良さは思いおこされるかもしれません。

わたくしは、みかけ非常にちがうようですが、安倍首相の行動について、大正時代の白樺派という言葉が頭にうかびました。
当時の富裕階層の子弟が、西欧的な理想主義と急進主義に走って、芸術の発展、理想的な村の建設など、世間からきびしい批判も受けて、消え去ったものの、いまだになんらかのかポジティブなそして甘美な良さもあわせて思いだされるのは、その出自である学習院という日本の富裕層が生みだしたものにあったからかもしれません。
それに引き替えると、お友達内閣と揶揄された安倍首相の政治にはとても甘美なものを見つけるのは難しいのですが、育ちのよさ、一種の理想主義、いっぽうで崩れると早い弱さ、どれもある意味での魅力にもなりうるものです。
しかし、政治の世界、特に最初攻撃的ですらあった安倍首相の政治では、このような顛末を迎えるのは必然だったのかもしれません。ドラマとしてはもう続きは無いと思うので、安倍首相は政治からは完全に、去った方が本当にいいとおもうのですが。

by yanagidamitsuhiro | 2007-09-26 16:26
2007年 09月 25日

休みの後、仮設階段、福田内閣ここまでの人事、北澤理事からの追加のご意見

休みが続いた後なので京大病院に入ろうとする車が多数、熊野神社あたりでバスがなかなか先へ動きにくい状態でした。
百万遍について9号館の建物に近づくと、建物脇にプレハブが建ちだしています。これから半年間われわれが入る隣の分子棟にいく道が遮断されるので、急な芝生のスロープに危険なので仮設の階段をつけてほしいと、このあいだ強く施設の担当者に言ったのに、何もありません。研究科の事務のHさんに施設に連絡して早く階段をつけるように、と秘書のSさんにお願いしました。しかし夕方にいたっても何も変化ありません。この京大の施設の仕事の駄目さかげんは、無責任さとあいまってどうしようもないです。本当に月給泥棒と言ってやりたいものです。責任感の強いHさんがいかに迅速に施設担当者をうごかせるか、様子を見守りましょう。わたくしもあしたから引っ越し準備です。

福田内閣の官房長官が町村氏とか。わたくしはこの人も評価しません。このひとが口を開いてなにかいうと巧言令色鮮し仁という言葉をおもいだします。誠実さを感じません。森元首相にはなにか人間としての暖かさをかんじますが、町村氏はたぶん人望がないのでしょう。
小泉首相が福田氏を支持したと、という経過と今回の人事をみると、小泉氏に政治家としての首尾一貫性を感じません。辞表をたたきつけて辞めた飯島秘書官に首尾一貫性をかんじます。小泉氏はこのような派閥オンパレードの陣容を作る福田氏を支持したことで、政治家として晩節を汚したとおもいます。
福田内閣の派閥のトップをぞろぞろずらりと並べた人事は国民を完全になめきっています。世の中は福田氏の思うようなものではないことをまもなく思い知ることになるでしょう。しかし、いまの年齢が72才で東京の学芸大付属の小学校をでて、そのあと麻生中学高校をでたのであればお坊ちゃま路線そのものですから、しかたないのでしょうか。わたくしは福田氏は人間としてはそれなりの一貫性をもった方とみてますが、しかしこれまでの人事はいまの時代にそぐわないです。予算を通さなければ日本はたいへんになるといわれてもそう感じるのは、正社員とか公務員とか社会では上の方の少数派のひとびとだけなのがいまの日本ですからね。

9月18日にJSTの北澤理事からレスがありましたが、わたくしは北澤氏のいわれていることは充分理解もでき、JSTの運営の難しさもわかりますので、格別のコメントはありませんでした。
今日載せますのはそのあとで北澤氏から送られてきたものです。全文を掲げます。たいへん有意義な議論でもありまた情報が書かれております。お時間をとって書いていただいた北澤氏に深く感謝します。
なお北澤氏は10月1日よりJSTの理事長になるとのニュースがありました。

北澤氏の追加意見

これは今回のブログそのものではなくこれまでたまってきたものです。
北澤 宏一
1)理想的には「研究者自らの発意によって行われる基礎研究を支える科研費」と、「研究者に国から目標を指定して委託される目的基礎研究としての戦略創造」とで研究者に無理のない形ですべての研究がうまくカバーできればベストです。私の印象では「そのためには日本の競争的研究費はもう3倍に伸ばす必要がある」とみています。その理由は科研費の充足率が25%程度しかないことです。残念ながら4分の3の人は科研費がもらえません。このような状況では、先生も記しているように、優秀な研究者といえども、研究費に「当たるも八卦、当たらぬも八卦」になってしまいます。
2)米国の競争的研究資金は4兆円を超え、日本のほぼ10倍です。もっとも、そのうちのかなりを彼らは大学にオーバーヘッドとして貢ぎ(高いところは65%もとる)、また学生の給与もださねばなりません(保険まで考えると大学院生一人700万円位につく)。さらに、自分の給与のうち3ヶ月分位を研究費から出さねばならないようにできている場合もあります。しかし、にもかかわらず、この競争的研究資金の存在によって米国の大学や研究所は非常に自由な運営ができるようになっています。たとえば、ある大学がある分野の専攻を新たに作りたいと考えたとします。専攻長のやるべきことは「優れた研究者をスカウトしてくること」の一語に尽きます。なぜなら良い研究者は必ず競争的研究資金を取れるので、そこからオーバーヘッドも学生の給与も払えるので、「専攻を作ってひとを連れて来てさえしまえば良い」ということになるからです。このため、米国では競争的研究資金を取れる研究者を引き抜くために、「奥さんや家族を満足させることまで考えてスカウトをする」のが常識となっており、クリティカルマスとしての最初の数人をスカウトするためには大変な工夫がなされます。しかし、新たな専攻や研究所を作ることができる。日本の大学が変化についていけず、一方で、米国の変化がす早いのはこのような「経済合理性」によって大学が動くからと私は見ています。
3)米国の大学には定年制がなくなりましたが、これが可能になったのも豊富な競争的研究資金の存在が大きいと思います。すなわち、大学からすれば「競争的研究資金をとってくる限り、大学としては是非いて欲しい」ようになっているからです。逆に研究資金をとって来ることができない人は定年にならなくても自然と引退するようにできています。日本でも「間接経費」が導入されて以来、この点での自由度が少し増えました。定年後も研究資金がとれる場合には元の大学に、あるいは他の大学へ移籍して定年の制約のない「特認教授」として研究を継続するケースも増えてきました。JSTの戦略創造でもそのようなケースがいくつか見受けられます。
4) JSTがライフサイエンスにどの程度参画すべきかについては大きな課題を抱えています。その理由は「厚生科研費」と呼ばれる競争的資金約500億円が存在することと、さらに、ライフサイエンスには数多くの民間研究助成財団が存在します。このため、ライフサイエンス、特に、医療に関連する研究者の応募書類を見ると、他からの研究費を得ている人が相対的に多いと私は観察しています。活発な若い研究者で数件から10件程度も異なる研究費を集めているケースが少なくありません。一方、通信情報分野においても総務省の研究費が存在しています。環境関連の研究費は環境省のものがありますが、全体として小額であるため影響は少ないように見えます。さらに、物質・材料関連の研究者たちの研究費重複は一番少ないように見えます。
5)JSTでは平成18年度から「プログラム調整室」を設けて研究費の多重重複問題に対処することとしました。これは研究費の不正使用問題において多重重複の研究者の存在が指摘されたためです。必要な研究費は研究の内容により大きく異なります。そこで、重複の可能性のある人については、なるべく研究場所を見ながら研究者とも話し合って適正な研究費を算定することとしたものです。この役割は非常に難しい部分があります。それは、いくつかのファンドソースから異なった研究に研究費を受け取っているからです。そこで、実際に長く研究室を主宰した経験のあるプログラムオフィサーにお願いして、研究室の企画している研究の全貌を把握しつつ適正な研究費の算定をしています。研究費の不足する人にはむしろ増額を進言していただくこともあります。
6)研究費の不正使用の原因を調べてみると、その発端は研究費の年度繰越ができないこと、いわゆる合算ができないこと(複数の研究費を合わせてひとつの機器を購入するなど)、そして目的外利用ができないためです。研究の本質は未知のことを扱うのですから、計画通りには行かないし、ましてや、前年度にもらった研究費で行った研究内容を今年の研究費から学会出張して発表しなければならなくなる(流用に相当)など当然のことです。しかしながら、現在の研究費の使用は国のその他の税金の支出と同じ会計法に従っています。ダムの工事と同じく、二つの工事をするといって一つのダムを作ることは許されず(合算)、また、○○にダムを作るといって××にダムを作ることも許されません(流用)。さらに、○○のダムを作る今年度予算が余ったので、来年の××工事に使いたいということも許されません(繰越)。この制約を外れることができれば苦労はないのですが、現時点では研究界の努力はまだ実を結んでいません。
7)このため、合算、流用、繰越はすべて例外としてしか認められません。これを「基本的な研究者の権利」とするためにはまだ大きな努力が必要です。したがって、現時点では「合算、流用、繰越」問題はすべて原則的禁止です。このため、それを行わざるを得ないときには、1件ごとにお金を支払うに先立って例外措置を認めてもらわねばなりません。研究者の中には「例外をきちんとマニュアル化せよ」と要求する人もおり、私には気持ちはよく分かるのですが、マニュアルを作ってみてもしょせん「経理担当者には説明責任が求められ」ます。たとえば、「大学院生を学会出張させることができるか」、といった時に、発表もしない学生を含めて大勢を出張させているか、あるいは、非常にしばしば出張させているか、といった周辺状況まで含めて妥当性が吟味されます。
8)例外的措置を認めさせようとする場合には、研究者と経理担当者とはぎりぎりと詰める必要がでますが、そのとき、経理担当者はどうしても安全サイドにことを処したいという気持ちが働きます。それはいたし方のないことです。そのような場合、ファンド供給機関に相談していただきたいと思います。そのプログラムを支援する担当者はたくさんの事例を見ていますし、また、研究経歴をもつプログラムオフィサーが研究の立場からの「認めることに賛意」を表することができます。もちろん、にもかかわらず、会計検査院の調査で黒やグレー判定を受けることが皆無とは保証できませんが、その過程を経ている事項で研究費「不正」として大学や研究者が処罰されることはあり得ず、むしろ、相談をうけたファンド供給機関が問責を受けると思います。研究者はもっとファンディング機関にアピールすべきと思います。それに応えられるようにしていくのは私たちの仕事でもあります。
9)昨年度(平成18年度)、研究費の不正防止に向けた会合が文科省で何度も開催され、その結果、研究費は個人管理でなく、機関管理となりました。すなわち、仮に不正が起こったときには機関が責任を負い、個人は研究機関に対して責任を負うという米国方式の考え方に変わりました。
    そのような流れの中で、研究費の不正を招く最大の要因とされる「年度末繰越」を可能とできるよう、財務省も協力してもらえることになりました。ただし、あくまで現行法の範囲内ですから、「研究」という特殊性からくる「例外」としてすべての案件を処理しなければならないことにはなります。
すなわち、「繰越明許」を出さなければなりません。例外を主張するために書類に書く理由をほとんどどのような研究の場合にも適用できるように、適用記述例をたくさんに増やしてもらったものです。これにより、研究者は汗を流す必要はありますが、実質上翌年度に予算を繰り越せるようにしたものです。
しかしながら、現場には情報が十分に伝わらず、大学の各現場の事務は「繰越明許は出さない方がいいですよ。万一認められなかったらそのお金はすべて没収されてしまいますよ」といった指導がなされたやに聞いています。財務省がそこまで考慮してくれているのに、繰越申請が出てこなかったら、大学は笑われてしまいます。東大では副学長名で「繰越を申請して、認められずにそのお金が財務省で没収された場合には、大学が補填します」という通達を出しました。その結果248件の申請が東大からなされたそうです。全国を合わせて641件、科研費全件数の1%弱でした。それでも、その前の年に比べれば10倍以上になったそうです。ちなみに、財務省に申請があった科研費に関わる繰越明許は、すべてが認められたということです。これは研究の特殊事情を財務省が良く理解してくれたことによると思います。ただし、現行法にしたがっているので、あくまで個々の申請を「例外」として認めたものであり、このため、個々の申請書は財務省と大学の間を平均4回も往復したとされ、担当者たちの苦労は大変なものがあったと聞いています。
財務省の担当の人たちは「納税者に対する説明責任がある」ために、一つ一つを「なぜ例外として判定しなければならないか」を自らが納得できるまで修正を求めねばならない立場にあります。担当した人たちは「今回で大学も学んだので、来年は書類が往復することは少なくなるでしょう」と言っています。
私は研究費の繰越は不正防止の上で非常に重要なことでありますので、研究者は汗をかいても繰越明許を出すべきと思います。全員がいつも出すようになれば、いずれは法律改正がなされる理由にもなります。1%の例外であるうちは、「ほら見よ。研究者は年度間繰越など必要としていないではないか」ということになってしまい、関連者の努力は水の泡になってしまいます。

by yanagidamitsuhiro | 2007-09-25 18:18
2007年 09月 24日

リジェクトしにくい、福田総裁の党内人事、ある若手研究者からの生駒氏からの回答についてのメール

論文ドラフトについての意見、しろうとからの意見はなかなか元気づけられるものです。いわくレビューアーはなかなかリジェクトしにくいのではないか、ただ、そうしたがる人はかなりいるかもしれない、云々。タイトルが良くない。わたくしもタイトルはかなりいけないと思って、新しいうんと短いものを考えていたところでした。
専門家の意見はポジティブでした。コメントは、詳細にわたるものですが、建設的かつ批判的、非常に役立ちます。これだけ論文内容を詳しく読み込める人は世界中でほとんど他にいませんから、たいへんありがたいことです。あしたは、現場の本人とこれらのコメントについて、話し合いしなければいけません。

きょうは午前中に来客あり。妻があきれてることについての件ですが、わたくし自身もすこしあきれています。これ以上は書けません。

福田総裁の党内人事をネットで見ました。伊吹幹事長、谷垣政調会長、どちらも京都の選出議員ですか。わたくしはふたりとも面白くないので評価しません。伊吹氏は京都生まれの京都大学卒、大蔵省に入ったのですから、さぞ秀才だったのでしょう。でも、ひとつひとつのセリフが面白くない、のですね。わたくしには。谷垣氏は、もっと罪深くてなんか面白そうなことを言いそうな風貌なのに、なんにもおもしろいこと言わないので、どうしょうもないですね。どうしてこんな人が派閥の長になれるのか、これも世襲なのですか。伊吹氏は世襲ではないということです。前に京都からは甲高い声でさけぶ実力幹事長がいたことを思いだしました。福田党内体制は表向きは、陰陽の陰でいくことを決めたようです。伊吹氏は政治活動資金でいろいろいわれていましたが、これからも大丈夫でしょうか。

外は雨です。さっきから降り出しました。畑のほうはだいたいやったので、いいタイミング、また水やりの必要がありません。これから、オスロでの講演準備でもしましょう。

「追記」5時にあった病室からの安倍首相の謝罪会見を見ました。「失意」ということばがなんども浮かんできた会見の様子でした。いろんな薬の効果でしょうかうまく喋れてません。こんごの議員としての政治生命を維持するために、新政権発足の前に国民に謝罪をするという必死の行為とみました。


ある若手研究者からの生駒氏からの回答についてのメール

以下のメールは生駒氏からの回答があったその日ある若手研究者から頂いたものです。ほぼ全文を掲げます。内容的にはわたくしはまったく同感です。わたくしの周辺のある若い人もほぼ同様な意見をわたくしに言ってきましたから、多くの基礎系の生物・生命科学研究者は類似の考え方をしていると思います。ただ危機感はもっても、絶望しないでもらいたい、と強くおもいます。生駒氏のようにおもうかたもたくさんおりますが、いっぽうでまったくそう思わない人達も沢山おるでしょうから。このことについては、まだまだこのブログで続行します。

9月21日付の「彼岸の頃、
生駒氏からの回答」というタイトルのブログエントリーを拝見し、生駒氏からの
メールの内容にある意味衝撃を受けました。このような拙い文章をお送りするの
はまさに汗顔の極みであり、かなり逡巡致しましたが、発信者であられる柳田先
生に、私を含めた多くの中堅研究者がどのような思いであのエントリーを読んで
いたかを感じ取っていただけたらと思い、メールを差し上げることに致しまし
た。先生の貴重なお時間をお邪魔するのは大変申し訳ありませんが、お読みいた
だければ幸いです。

ご存じかもしれませんが、さきがけは、私たちのような業績のおぼつかない比較
的若手の研究者(といっても私はすでにxx歳ですが)にとって、他の雑用に干渉
されることなく、自分のアイデアだけで研究を進めることのできる貴重なチャン
スを提供しています(年間一千万円は、研究室のセットアップは不可能にして
も、小さなグループが研究を続けるには十分な額です)。私も去年までの職(助
手:任期なし)を辞め、より研究のしやすいxxxxxxに移って研究を進め
ることができるようになりました。生駒さんの指摘にもありますように、JSTは
「研究者が喜んで研究できれば成功」という方針のようで、領域発足の席で北澤
さん自らそのようなお話をされたのを聞いたときに、採択されたことの喜びを実
感できたのをよく覚えています。

しかしながら、今回のエントリーで、研究開発戦略センター長である生駒氏が示
された個人的見解を読みましたとき、JSTの将来に絶望とも怒りともつかない感
情を抱いたのは私だけではないように思います。私が感じた絶望は、主に以下の
ような点から来ているように思います。

IT関連分野は、「大学の基礎研究が論文で終わったのでは研究者の自己満足にす
ぎない、実用になってこそ初めて基礎研究も研究としての価値が生ずるという特
徴」を持っているのかもしれませんが(私はこの分野に疎いため、本当にそうで
あるのかはわかりません)、少なくとも基礎生物学分野はそうではないことは言
を待たないことでしょう。それにもかかわらず、研究開発戦略センターの長たる
生駒氏は、「他の分野でも、CRESTはこのような共通の高いゴールを掲げて研究
を公募する形に変えていく必要があると感じて」おり、文面からそれを推し進め
ていこうという強い意志を感じます。

「JSPSの科研費と実質的な区別がなく、第2科研費と陰口をたたかれ、その存続
に疑問の声があがっています」「採択された研究者も科研費との区別なく研究を
進め、成果報告会でも科研費の研究報告となんら変わらない状況です」などの意
見は、文脈から判断する限り研究者から出た意見ではないように見受けられます
が、自由な発想に基づく研究に対する悪意さえ感じるというのは言い過ぎでしょ
うか。また、「明確なゴールを設定して、各チームが自身の研究のベクトルを少
々変更してでも、ひとつの目的を達成」するという発言が、基礎研究を含む科学
政策の決定に影響を及ぼすことのできる人物からであったことをお考えいただけ
るならば、絶望を禁じ得なかったのは容易にご想像いただけるのではないかと思
います。このような方向付けは、経産省や厚労省で進められている応用的研究に
適合することはあるかもしれませんが、基礎研究にはおよそ役に立たないもので
はないかと考えます。

果たして明確なゴールを見据えた基礎研究があり得るのかどうか私は非常に疑問
を感じます。そのような人知の域を超えたところにあるのが真理であると私は思
いますし、明確なゴールのある研究テーマで質の高い基礎研究を行うことは、不
可能ではないにしろ、非常に困難ことではないかとも思います。それを理解して
いるように思われない方が、JSTにおける科学政策の策定に関与していること
は、これからの日本の科学にとって不幸なことのような気が致します。そしてそ
の影響を最も被るのは、これから研究者となる若い世代ではないでしょうか。

「日本の研究者が将来を見据えて自分の研究分野を果敢に変更し、積極的に新分
野を開拓していく努力を応援」しているのは、十分ではないにせよ、現在の
CREST/PRESTOの制度であり、こと基礎研究に関して言うならば、生駒氏が描くこ
れからのJSTではあり得ないというのが私の個人的な意見です。

私に何ができるのかはわかりませんが、もしも本当にJSTがあのような考えを推
し進めようとしているのならば、多くの人に危機感を持っていただくよう働きか
けたいと思います。

by yanagidamitsuhiro | 2007-09-24 15:50
2007年 09月 23日

クルミ一つ、冬瓜一つ、しかく豆の人気、福田総裁のこれから

むしあつい日です。
比良のほうにきました。
さいわい日照りではなかったみたいで、枯れているものはほとんどありませんでした。
昼頃に、O君が来たので一緒に昼飯を食べました。植物というか野菜系はすべて自分のところですから、おいしく思えるのはあたりまえです。
大木になったクルミの木にひとつ実があるのを発見しました。なぜ一つだけなのか。不思議です。昨年も一つでした。ことしはゼロかと思ったら、サルが通過したところはだいぶ枝が折れてその隙間から一個見えました。こんな大きな木なのに、受精率がひくいのか、しかしそもそも花がまったく見あたらなかったのでした。
冬瓜5つあったはずなのにいまは3つ巨大化したのがあるだけです。妻がぎんもくせいの木の裏に一つ食いかけの冬瓜があるのを発見しました。サルが運べる程度の大きさでした。歯形が沢山ついて、三カ所から攻略して、結局中まで到達できなかったようでした。まちがいなく、サルの仕業でしょう。なぜこんな冬瓜を食べるのか、過去にいちどもそんな経験がないので、変わったサルが一匹いるという仮説でけりをつけました。
このあいだの妻の友人のあいだではしかく豆の評判が良かったとか。わたくしもたいへんおいしく日本食によく合うとおもいます。鞘ごと食べられるのがいいです。熱帯系の野菜で沖縄ではよく知られた食材のようです。根っこも食べられるようですが、まだ食べてないと思います。今年は食べましょう。豊作だし、さるもそのおいしさに気がつかないのか被害がありません。しかしこの異常気象でこれほどのしかく豆豊作なのかもしれませんが。

ちらっと、テレビで福田総裁の選出の様子を見ました。
麻生氏はおもいのほかの健闘ではないでしょうか。ほぼ200票というのは、予想外です。わたくしは一番多くて150票くらいと漠然と思っていましたが。
やはり福田氏が国民レベルではそれほど人気がない、ということを知って、議員の一部がバランス感覚で対立候補に入れたのでしょう。麻生氏が特に人気があるわけでもないでしょう。
さてこれからどうなるですが、スタートは安倍首相よりもずっと良い状況の面とずっときびしい面の両面があるようです。この民主党との関係、国内世論の動向のきびしい面をいかに乗りきるかですが、床屋政談のレベルのわたくしにわかるはずもありません。
しかし、福田さん、すぐかっとなる感情の起伏のはげしそうな人柄というのはわかりました。小泉首相の場合の飯島秘書のような人がいるといいのですが。
あま人相のよくない古賀氏とか山崎氏が重要人物になるとすると、そしてかれらがテレビに頻出すると、福田政権の先は暗いとおもいます。大臣のほとんどは変わらないとすると、新味もないし、先細りでしょう。わたくしは、舛添氏はもうツーマッチでかれの言動は極力聞かないようにしています。顔もきついし、言うこともきついですね。同族嫌悪の一種でしょうかね。いずれにせよ、福田政権、なにかきらっと明るいものが、ふたつみっつぜひ欲しいものです。

by yanagidamitsuhiro | 2007-09-23 17:56
2007年 09月 22日

少子化時代の運動会、生駒氏の回答についてのわたくしの意見ーその1

きょう夕方までは、妻は帰りませんし、ラボにも行かないので、慌ただしくないので、朝食はちゃんと自分でつくり、料理的に温かいメニューですませました。冷蔵庫をあけると、二週間は十分にたべつづけられそうなくらい食材がありました。久しぶりに朝にコーヒーをいれてゆっくりしました。それから昼まで5時間近くありましたのでみっちり仕事をしました。その間、飼い猫が嘔吐したのでその始末が必要だったのと、小学校のほうから運動会のスピーカーからの音が聞こえてすこしうるさいのを除けば、平穏な土曜日です。昼には外には出ずまた料理をしました。なぜか塩がみつからないので困りました。しかしいろいろ味つけ用のものが冷蔵庫に入っていますので、誤魔化しは簡単です。
昼飯後はオスロでの講演の準備を始めました。まずはパソコン内のあちこちに散在している、必要なファイルとか図とか、一カ所のフォルダーに集める作業だけでおよそ小一時間かかったので、それで一休止。ここまで六時間はデスクワークをしたので、まあいいかと外にでて、小学校まで5分ほど歩いて運動会を見に行きました。最近は校庭には入れません、こういう時しか三人の子供達が6年間ずつ厄介になった学校の最近の様子を見られません。大きな校庭に大きな校舎、一時は一学年4クラスもありました。
1400世帯もある住宅地の小学校ですが、それが、いまは一学年やっとこ一クラスと聞いてました。実際に運動会を見てびっくり、子供の数の少なさに、それと家族観客の少なさです。小学生は全部で100人もいないのではないでしょうか。先生や見ている人も多めにみて100人以下でした。
そうか、これが少子化の現実かと納得しました。10世帯に一人も小学生は居ないのだと、分かりました。子供達は大声を出して、やってましたが、なにしろ校庭が広すぎて、ちょっとうつろな感じです。それに暑いこともあって、大人はみな校庭の端の樹木の下にいるので、なんとも締まらない、感じ。わたくしの知っている熱気と歓声に満ちた、小学校の運動会とはまったくかけ離れたものでした。

生駒氏の回答についてのわたくしの意見ーその1
昨日生駒氏からのわたくしのブログに対するレスポンスを載せました。
経過を復習すると、まずわたくしが9月7日のブログに今回のJSTの戦略研究費の発表に怒って、責任者でてこい、と怒鳴った(もじどおりではありませんが)ら、18日にJST理事の北澤氏が、そして昨日21日に生駒氏から回答がありました。極めてお忙しいお二人から、真摯な回答をいただいたこと感謝してます。
しかし、わたくしはこれで終わりにするつもりはありません。
特に生駒氏からの回答は、これで最近のJSTの研究領域の設定についていぶかしい感じをもっていた疑問が氷解しました。たぶん、多くの研究者がこの生駒さんの回答をかなり重要なものと了解されると思われます。もちろん生駒さんの現職のもつ意義と氏の影響力があるからです。
わたくしは、問題点を指摘せざるえないとおもいました。問題は多岐にわたるので、きょうはそのうちの二点を表面的に触れるだけにします。わたくしは、だいたい行政的なことはたいていはしかたないということで、文句は言わないほうです。つまり行政にはなんらかの論理がたいていはあるからです。おかしいと思ってもその時に論理的に誤りを相手に理解させるのは時間もかかるし極めて難しいからです。しかし一方で、振り子が振れるように、時間が経つと、行政の行きすぎは訂正されて、こんどは別の方向に行くものです。
それで今回の戦略の研究費のなかで、まったく該当者が無かった領域と40%と50%いう高い率で採択された2領域がありました。わたくしは、これはなにか3つの領域策定になんらかの問題があったと考えることも可能だと述べました。領域を極端に限定するのは、領域設定者、領域責任者に説明責任が発生します、と述べました。
そもそも採択件数がゼロなどは、領域設定に深刻なエラーがあったと言わざるをえません。いわゆる「責任者でてこい」、状態でしょう。日本中、研究費でみんな悩んでいるのです、こんな馬鹿げた話しがあっていいのでしょうか。とも述べました。

これに対する生駒氏の回答は以下のようなものです。
達成すべき目的のハードルがかなり高いために、2年目の応募者の中で該当する者がいなかったのは不幸でしたが、あえて妥協せず本当にゴール達成に資する研究者を選定する方針をとったと聞いています。
なぜその領域に応募がすくなかったのか、という説明は特にされていません。
氏は回答の終わりのあたりで、以下のように述べています。
「したがって、われわれのセンターでは、将来重要となる研究分野・領域を提案し,そこへファンディングすることによって、研究の進むべき動向を提示していきます。こうした新たな研究分野には往々にして研究者の数が少なく、したがって応募者の少ないテーマも有ります。それでも、そこへ勇気を持ってファンディングすることによってわが国の研究を正しい方向に誘導していきます。」
ひとつの論理がここにあることは間違いありません。
JSTが生駒氏をセンターの長にすえたことは、彼のような方のかんがえでJSTの今後を動かしていくようです。これでJSTはいいのでしょうかね。北澤氏はずいぶん違ったニュアンスのことをいつもおっしゃっておられますが。
わたくしの第一点は、生駒氏がまったく問題にしていない応募数の少なさが戦略の全領域にわたると、極端なケースと聞こえるかもしれませんが、採択が全領域でゼロとなることもありうる、そのようなことも覚悟して氏のいうところの国策的な研究を遂行する、これは極めて重大な方針変更へのコミットと思われます。JSTは本当にそんなんでよろしいんでしょうか。

さらに二番目において、看過できないのは、氏の領域設定における「癒着」の問題です。わたくしは、氏の説明において、今回の問題となった、領域設定のあいだに、不思議な感じをもちました。
日本の戦前、戦後の歴史は、「国策」と称するものが実際には、一部特定私企業の利益や便宜をはかることであったことをしめしています。国税による研究は、原則として特定企業の自己利益のみの追求に使われるべきではないでしょう。しかし、わたくしは実際には、日本の技業の体力のない部分や将来性のために国税を使うこと自体、特に経産省や厚生省農水省などの分野では当然でもあり、致しかたない面もあると思っています。しかし、このような方向への研究費の行政にかかわる関係者は徹底的に身辺に気をつけないといけないと思います。最近では、官僚の天下りの場所を確保するために企業への研究開発資金として国税がつかわれることが多いという、意見が国民レベルでは多くなっているからも当然です。関係者は格別に注意をはらう必要があります。
生駒氏は、ITの専門家であり、またかつてはIT企業のトップでもあり、IT関連をこの戦略研究の領域に設定するからには、最大のそして細心の注意をはらうべきです。個人的な影響力を行使すれば、いわゆる利益相反のルールに反することになるとわたくしは思います。
科学技術の分野は広大です。ITなどそのごくわずかな一部分です。その分野に研究領域を設定するからには、トップである生駒氏はその議論にはかかわってはいけないとわたくしは思います。かかわって、ある方向に誘導するのは、利益相反の問題が生じます。これは企業などがかかわらなくても当然の倫理的なイロハでしょう。
わたくしは、一研究者として、こんかいの戦略領域設定において、生駒氏は恣意的にみずからの影響力を行使した可能性がないか、JSTはきちんと監査してほしいと要求したいとまでおもいました。ここに書いてあることは、あくまでブログでわたくしのひとりごとのようなものですが、しかし、国策と称して一部企業群や領域の便宜をはかっては決していけません。特にそれが行政的な決定プロセスを経ずして、個人の特にトップに立つ人間の個人的な恣意的意図の影響があっては絶対になりません。
氏の回答は全体としてそのあたりの利益相反性についての部分があいまいです。領域設定は公開で行われてない以上、格段の透明性が必要となります。
きょうは、このあたりにしておきます。




by yanagidamitsuhiro | 2007-09-22 16:35
2007年 09月 21日

彼岸の頃、生駒氏からの回答

まだ外は暗い早朝に起きて、かなり返事がたまっているメールの返事などをしました。また、メールは読んでいて返事もしているのですが、添付ファイルをちゃんと見てないのをいくつも時間をかけて読みました。そのうちまた眠たくなってうとうとしました。昨夜遅くまでみなさんと時を過ごしたからでしょう。
妻が東京に彼岸でいってますので、朝飯準備、猫の世話、水やり、などをしました。水やりですが、すごくちいさなヒマワリが一本あって、それにまた小さな虫がとりついているのが、なにか滑稽でした。
Aさんの論文もかたちになってきて意見を聞く段階となりました。研究室外の素人一人と、専門家一人にとりあえず読んでもらうことを、頼みました。この週末からはオスロとギリシアでの講演の準備も始めたいので、きりをつけたいのです。K君の原稿のほうも、いちおうこの先の完成化にむけての段取りについてメールを書きました。それからA君の仕事もだいぶかたちが見えてきているので、ラボにいってからは、ずっと彼と議論をしました。
手帳で予定を見ると、もう終わりのほうになっています。いつのまにやら一年のほぼ4分の3がすんでしまいました。
まだまだ暑いですが、しかしことしもそろそろ終わりに向かうのかと思うと、寂寥感はかなりあります。しかし、秋の頃の良さもこれから味わえるので、それはそれで楽しみな面もあります。

昨日、JSTのセンター長をされている生駒敏明氏からも、わたくしの書いたブログに対する回答を頂きました。お忙しい中を、北澤さん、生駒さんお返事を頂き深謝する次第です。生駒さんのもかなり長いものなので、きょうはここに全文を示すだけにいたしましょう。生駒氏は東京大学生産技研研究所教授や日本テキサス・インスツルメンツの社長、会長を歴任され、JSTの研究開発戦略センター センター長をされています。なぜお手紙を書かれたのかは、読まれるとわかりますが、今回のCRESTの分野設定に深くかかわっているというか全面的な責任をおもちのようです。国策研究とか競争的研究資金に関心を持たれるかた達にはお二人からの回答はかなり興味を持って読んでいただけると思います。特に生駒さんのかんがえはわたくしとは著しく異なりますが、一方で明確な方針をもって行政サイドで力をふるってるわけですから、ともあれ生駒さんのかんがえは十分に理解する必要がありそうです。なお北澤さんからもその後追加のご意見が来ているのですが、別な機会にそれも示したいと思います。なおこれらをここに掲げるのは、ご本人からの許可はもちろん得ています。

柳田先生
JST 研究開発戦略センター長
生駒俊明

拝啓
永らくご無沙汰いたしております。小生は現在科学技術振興機構(JST)の研究開発戦略センター(CRDS)のセンター長をしております。センターのミッション等についてはJSTのWebをご参照ください。一言で言いますと国の科学技術政策を立案し、戦略プロポーザルとして関係各省に提案することです。そのために各研究分野において、専門家を集めて分野俯瞰ワークショップ、未来戦略ワークショップなどを複数回開催し、当該科学技術の海外比較を行いながら、いわゆるエビデンスベースで政策立案をしております。設立後4年を経過し、少しずつ日本のファンディングが変わりつつあると思料しております。

さて貴兄のプログでJSTの戦略創造事業に関する批判意見を拝見しました。その中で責任者が出てきて説明責任を果たせと発言しておられます。戦略創造事業の責任者は北澤理事でありますが、貴兄がご指摘のデペンダビリティに関するプログラムは当戦略センターの戦略プロポーザルに基づき、文科省が決定し、JSTの戦略創造事業部が実施しているものです。したがって貴兄が指摘の内容の大部分は当センターに責任があり、その長である私に責任があります。したがって私から説明をする必要があると思って筆をとっている次第です。

元来JSTの戦略創造事業は国の政策課題を実現するためのトップダウン型ファンディングシステムと定義され、文科省が戦略目標を設定し、予算枠を確保して、JSTがそれを受けて研究を公募し、総括の下で研究を実施するシステムを取っています。これがJSPSのボトムアップ型の科研費との相違点であります。しかし過去の戦略創造事業、その中でも貴兄が問題にしていますCRESTは、戦略目標を極めて広く曖昧に定義し、多くの研究者が応募できるように設定し、応募者の多いことを良しとして運営し、さらに採択された研究者には、自由に研究してもらうというスタイルを長年続けてきました。そのため、研究者からはありがたがられていましたが、反面、これではJSPSの科研費と実質的な区別がなく、第2科研費と陰口をたたかれ、その存続に疑問の声があがっています。採択された研究者も科研費との区別なく研究を進め、成果報告会でも科研費の研究報告となんら変わらない状況です。しかし、科学技術関連の政府投資がこれだけ巨大になった今日、CRESTなど戦略的創造研究事業は本来のあるべき姿に戻さなければならないのです。すなわち、国が特別に支援すべき研究領域、課題にファンディングし、トップダウンに明確なゴ―ルを設定しで研究を進め、わが国の研究を将来重要となる方向へ誘導していかなければならないのです。

ボトムアップ型のファンディングは研究者の研究の自由が保証され、研究者にとっては貰い勝っての良いものですが、多くの研究は論文を書くことで終了してしまい、社会への還元が行われていないという批判があります。特に第2期基本計画終了までに40兆円以上が投資されたにもかかわらず、その成果が社会に還元されていないという批判が聞こえてきます。私自身もそのような意見を持っています。

当センターで提案しましたイノベーションを指向した科学技術政策が第3期基本計画に盛り込まれました。 研究が単に論文を書いて終わりというのではなく、その成果が有効に活用され、社会経済的価値の創造に貢献して始めてその任務を果たしたことになるという考えです。 この考えを研究者コミュニティに普及させる必要があります。したがってJSTはイノベーションを誘発することをその重要な役割と明確に定義して、ファンディングのシステムを変えようとしております。したがってCRESTも第2科研費から脱却し、真の政策誘導型のファンディングへ変えるべきであり、その役割の一翼を担っているのが当センターであります。すなわち各CRESTは研究の戦略的な目標を明確に設定して、研究者の英知を結集してその目標を研究期間終了時に達成していただくという厳しいスタイルに変えるべきであると思料します。この考えは文科省からも支持されています。すなわち科研費が「研究者がやりたい研究」または「やれる研究」にファンディングするのに対して、CRESTは「やるべき研究」「やらねばならない研究」にファンディングするという違いです。国税でまかなわれる国の研究投資にとって、このことは極めて重要で、当センターでは将来重要となると考えられる研究領域や研究課題を抽出して、国が支援すべき研究領域、課題を提案しております。これからCRESTの戦略目標の一部が設定されます。

わが国の研究者はどうしても自分の過去の研究領域や自分の分野に固執して、新しい分野へ進出できない傾向にあります。アメリカではPOによる予算執行によって新しい分野の開拓に研究者を誘導しています。私は、戦略的創造研究事業はこのような役割を担うべきであると考えています。この考えは必ずしも戦略的創造研究事業の担当者間には浸透していません。従って多くのCRESTは昔のスタイルで実施されております。その中で貴兄の目にとまったIT関連のプログラムは新しい挑戦型のプロジェクトで、明確なゴールを設定して、各チームが自身の研究のベクトルを少々変更してでも、ひとつの目的を達成していただくという今までにない研究スタイルを採っています。そのためには総括に強い権限(編集権ともいえるもの)を与え、予算執行にも自由度を持たせ、あらかじめ研究チーム間でよく協議した上で、テーマ分担をして期限内に本当のまとまった成果をあげてもらうというものです。そのために、総括やアドバイザーには従来とは全く異なった責任と権限を付与しています。ちょうどアメリカのARPAの挑戦的なスタイルを一部真似ています。その中でも試験的に走らせているのがデペンダブル組み込みOSのグループで、総括にはソニーの所氏、副総括(普通はいません)に早稲田の村岡氏をあて、アドバイザーには大学人のみでなく、企業人をも配し、さらに研究推進委員として企業で実際に研究開発に携わっている人達を一種のメンターとして当てています。研究開始に当たってはこれらのメンバーで熾烈な討論を行い、合意に達したうえで研究を進めています。達成すべき目的のハードルがかなり高いために、2年目の応募者の中で該当する者がいなかったのは不幸でしたが、あえて妥協せず本当にゴール達成に資する研究者を選定する方針をとったと聞いています。

このような推進方式を採っているのは主としてIT関連分野ですが、これは大学の基礎研究が論文で終わったのでは研究者の自己満足にすぎない、実用になってこそ初めて基礎研究も研究としての価値が生ずるという特徴によるところ大です。現CRESTでは、「低消費電力システム」と「デペンダブルVLSI」がその範疇に入ります。この種のプログラムは総括に大きな負担がかかります。また責任も大きくなりますが,この3つのプログラムの総括は私心を捨ててまことに献身的な働きをしておられます。また透明性も十分保たれています。貴兄の言う癒着などという言葉は見当外れの批判であると思います。

さらにIT以外の分野でも研究者の自己満足で進められている「基礎研究」は多くあると私個人は見ています。したがって他の分野でも、CRESTはこのような共通の高いゴールを掲げて研究を公募する形に変えていく必要があると感じています。この考えに賛同してくれる人もかなり居りますが、JSTの中にはこれに抵抗する人々もいます。特に戦略的創造研究事業の担当者レベルでは私の考えに抵抗する人も多く、「応募者の数が多ければそのプログラムは成功、先生方が喜んで研究できれば成功」と思っている人々がいます。しかし日本全体の研究予算の使い方から見れば、科研費的なばらまき予算を今以上に増やすことは許されないことです。さらに日本の研究者が将来を見据えて自分の研究分野を果敢に変更し、積極的に新分野を開拓していく努力を応援する必要があると思料します。

したがって、われわれのセンターでは、将来重要となる研究分野・領域を提案し,そこへファンディングすることによって、研究の進むべき動向を提示していきます。こうした新たな研究分野には往々にして研究者の数が少なく、したがって応募者の少ないテーマも有ります。それでも、そこへ勇気を持ってファンディングすることによってわが国の研究を正しい方向に誘導していきます。また文科省でもこの種の新たなファンディングの仕組みを立案中と聞いています。CRESTなどのJSTの戦略的創造研究事業も変わらねばならないのです。また総括の役割と責任も変えねばなりません。真にイノベーションを誘発する仕組みを作る必要があります。貴兄がご指摘のテーマはまさにそのような試行のひとつです。
このような将来重要となる分野にファンディングする際には、今までの戦略的創造事業とは異なったやり方をする必要があることも分かりました。また研究分野によって違ったファンディング方式をとる必要があるかもしれません。このような点はさらに問題を掘り下げて改良していく所存です。

このような構造改革はさまざま抵抗に会います。しかし日本の科学技術・イノベーション政策を実あるものにするには改革を進める必要がありますので、貴兄にもよく理解して頂き改革推進にご協力ください。

もし必要であれば公開でも、非公開でも貴兄とお話しする用意があります。ご提案ください
敬具
平成19年9月20日
(なお 上記見解はJSTの中で承認されたものではありません。センター長個人の見解とご了解ください)

by yanagidamitsuhiro | 2007-09-21 16:54