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2008年 01月 31日

寒い!、中国産毒ギョーザ、千人、万人にひとり、万波医師本当によかったですね

けさはかなり寒かった。
というか、いま会議から帰ってきたところですが、本当に寒い日です。十度くらいかもしれません。雨も降っているので、寒さが滲みるのかもしれません。ただし、京都の今の寒さからみればまったく暖かいのですが。

中国産毒ギョーザ、餃子とかくのかぎょうざと書くのか分かりませんが、やっと日本も騒ぎ出していますが、これまでに相当な被害者や場合によっては犠牲者が出ていた可能性が高いです。やっと今頃、日本でも騒ぎ出したのか、その遅さに日本の世相の特徴が現れています。
わたくしのようなせっかち戦後人間からすると、昨今の日本の世相はなにしろ感度が低くてなにごとも対応が遅い、のでイライラすることが多いのです。

中国製の餃子に農薬が混入して何人もの人が入院とのニュースで、欠けた視点があります。
薬物に対する感受性は同一の量を摂取しても人によってずいぶん異なるということです。
こういう事件もそういう目で見る必要があります。
世の中には薬剤に千人に一人、万人に一人という感受性を持つ人達がいるのです。それはアレルギー特異体質とか、注射とかそういうときにも色々聞かれるし、誰でもが知ってることです。
非常に長期にわたって毒物を摂取しても気がつかないけれど、病気が慢性化悪化して始めて気がつくのも、水俣病などこれも誰でもが知っているはずの経験です。
そのなかで感受性の高い人がたまたま激しい症状を示すわけです。そういう人達はある意味、ご本人も早く分かったし幸運とも言えるし、また周囲にとっても長期的に摂取すれば同じようなもしかしたら取り返しのつかない病気になってるかもしれないことに気がつくのです。
今回の事件もそのようなケースかもしれません。突発的に混入したのでなく、恒常的に少量入っていたのが、たまたま閾値を超えて、少数の入院者出したのかもしれません。

そういうことを考えれば、現在の中国の農業や漁業などの汚染状況をみれば中国製品は絶対に食べないという、のがとれる一つの態度でしょう。
わたくしたちはずっとそうしていました。妻も賛成してくれています。というか、賛成してくれなければ、実行出来るわけがありません。
だからといって、日本製が常に安全とはいえません。今回でも国内有名ブランドで販売され、産地中国というケースのようです。
誰が作ったのか分かるものを食べているのが相対的に一番いいのでしょう。椎茸、蜂蜜、干し柿など中国製と日本製はだいぶ値段がちがいますが、これらはもっとも危険なものだろうと推測しています。

万波医師の病者の腎臓を用いる手術法はすばらしい、という米国移植学会の反応だそうです。
万波医師のにこやかな顔をテレビで見ました。ついぞ国内ではみられない笑顔です。
よかったですね、と彼に申し上げたいです。
わたくしも、周りの医師がみなあまりに否定的なのでなかなか応援がしにくい状態でした。しかし、直感的にもかれほどの医師は本当に滅多にいないとわたくしには思えました。
彼をとことん責めたてたマスコミはそそくさと知らぬふりを決めています。
いつものことですから、別におどろきません。
ただ、さすがに米国での名誉回復があったのですから、もうすこし日本社会は彼の気持と意慾に寄り添ってほしいなあ、と心からおもいます。

by yanagidamitsuhiro | 2008-01-31 16:50
2008年 01月 30日

沖縄大学院

けさホテルからタクシーに乗ってしばらくすると、運転手さん学者さんですか、とこういわれました。わかるの、と聞くとなんとなくわかりますよとのこと。しかし目的地を聞けばおおよそ見当はつくはずです。
沖縄大学院、いつできるんですか? こう聞かれます。
よく分からないが、間違いなくできるでしょう。
こういうふうに返事することにしています。
実際そう思っているからです。沖縄に基地があるかぎり間違いなく出来ます。県民がこれだけの甚大な迷惑をこうむっているのに、沖縄政策に未来志向のものがなければあまりに悲しいことです。
沖縄大学院、政策的にその一つです。
ですから、期待を裏切ったら、ほんとにいけません。
現状はどうなのでしょう。どの角度からみるかですが、わたくしが好んで見る角度なら、そこそこのものです。
期待をまったくしてないで現地にくれば驚くくらいの進展ぶりです。
しかし、期待が大きかったり、期待の方向違いだったりすると、ガッカリするかもしれません。
いずれにせよ、箱物行政的な側面ももちろんありますから、その面はかならず実現するでしょう。欧米スタンダードから見ればそれほどでなくても日本国内的にはある意味画期的な組織が出来つつあることはまちがいありません。
会議は英語であること。
正式文書も英語のこと。
メールも大部分は英語のこと。
研究代表者の過半数が外国人のこと、これで大学院に移行すればその点だけでももうすでに日本的な大学としてはユニークなことは間違いありません。

しかし、もしもこの大学院が米軍基地の内部みたいになったらいけません。ただ日本の組織ではもうないと思ったほうがここではたらく日本人にとってはいいのではないかとおもいます。
まあ国際組織ではたらくというくらいに思えば色んな苦労もまあがまんできるのではないでしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2008-01-30 17:39
2008年 01月 29日

沖縄の低気温、小手先つなぎ法案

きょうは沖縄です。
昼過ぎまでラボで仕事をして、夕方早めのフライトで来ました。
こちらも意外に温度が低い。20度以下かもしれません。いろいろ相談事をしてあとでレストランの外にでたらほぼ寒いという表現に近い気温なので驚きました。
とはいえ肌を刺すようなあの京都の寒さにくらべると、まったく心地よいとしかいいようがありませんが。でもTくんは外套みたいなものをきていたので、沖縄としてはめいっぱい寒いというところでしょうか。
わたくしも薄いセーターの上にカーディガンを着てちょうどいいくらいでした。

Sさんのはなしでは、最低温度で14度位とかのはなしでした。

昨日奈良先端大で夜にいろいろよもやま話をしましたが、そのうちの一つはやはり気温でシンガポールから帰ってきたばかりのK先生は温度差が激しい経験をいってました。奈良も結構寒いです。
ちょっとはなしが飛びますが、マックの新型エアーブックについての話題も結構ながく続きました。
わたくしは勇気をふるってすでに注文しました。

テレビをホテルでみているとよくわからない暫定税率のつなぎ法案とかのニュースが長々と続いています。
まったく興味がもてないけれどもしかし多くの国民が多大な関心を持つことはたしかです。
福田内閣またこのわけのわからない法案で支持率が下がるのではないでしょうか。
小手先は駄目ですね、なんにしても。学問でも小手先がいちばんいけません。

by yanagidamitsuhiro | 2008-01-29 22:12
2008年 01月 28日

きょうも奈良先端へ、絶句するセミナータイトル、大阪府の新知事橋下氏

きょうは午後から奈良先端大での講義です。終わった後でセミナーをしますので、たぶん疲労困憊するでしょうから、今のうちにごく手短にかいておきます。

前回は沖縄での分裂しない細胞の研究のまとめを講義しましたが、KJ教授からのメールでは学生さんにたいへん評判がよかったとか。なにほどか差し引いてもそういわれれば、嬉しいものです。

きょうは京大でつづけている染色体分配の研究のはなしを二コマしゃべります。このあいだ書いた本の一章がありますのでそれ(英文)をもっていって、それに沿って講義する予定です。

三コマ目のセミナーは「ストレス下の分裂細胞と非分裂細胞の生存ストラテジーの違い」なるもので、秘書のSさんに奈良先端でのセミナーどんなタイトルでしたっけと、聞いてこれが返ってきておもわず絶句したものです。そんな難しいタイトルのセミナーをするのか、いったい自分は何を考えてそんなタイトルに決めたのか、理由がわかりません。しかし、しかたありません。その時に考えたことを自分で想像して、準備しています。やれやれです。土日、かなり準備に苦労しました。

橋下さん、大阪府知事に当選。若々しいですね。元気があっていいじゃないですか。高校の時はラガーマンで、テレビはどこで探したのか、かれが17才の時の大阪府での試合後のインタビューを見せてましたが、いまよりずっとハンサムでした。あれなら、賢夫人を射止めたのもわかります。

大阪府民は新知事をしばらくは暖かい眼で見守っていくでしょう。上手に発信すれば、大阪府民は彼を大切にするでしょう。
破綻が一部にあるかもしれないけれども、正直な人という印象が強いです。それに、いうことがわかりやすい。
タレントタレントというけれども、彼は文字通りのタレントで、自分の口舌ひとつでここまでのし上がってきたので、それ自体は大変な個人的資質です。
例のたかじんの委員会も橋下氏が抜けてから番組の「知的な華」というかなにかの光が足りない感じがします。
わたくしもこういうタイプの研究者がいたらいいなと思っています。
正直で、面白くて、知的で、笑いがとれる、こういう研究者に税金をはらうことを国民は嫌がらないでしょう。
自分の頭と口舌で世間の批判も浴びながら、のし上がるというのは、今の時代人間のもつ能力の発揮として一番分かりやすいし、政治家を目指すなら当然こういう道しかないでしょう。
二世とか三世とか、どこかの大学の学長の弟というだけのブランドで選挙にでようと人種よりずっと分かりやすいしより期待できます。
お父さんを小さくして亡くしたという母子家庭での育ちときけばますます好感がもてるのです。子供の笑い声の絶えない大阪というのも、単なる思いつきでないことは7人の子持ちと併せて明らかです。

入った金額でしか予算を立てないというセリフを聞きました。実行できたらすごいですが。有言実行したら、支持率は非常に高くなるでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2008-01-28 08:45
2008年 01月 25日

三年日記の発見、前駆体人間の蓄積、NHK新会長

あさ外を見たら、しっかり雪が降っていました。5センチというところでしょうか。でも道路は歩けそうです。駅までの道、比叡の山は真っ白、木々も雪でお化粧というところでした。
出かける前に、部屋の一角を片づけたら三年日記が一冊出てきました。あまりいい記憶はないのですが、開いてみるとやはり三ヶ月できちんと止めていました。とすると、全体の12分1しか書いてないところで挫折しています。自分が三日坊主のことをわかっていながらついついやってしまう気質が濃厚にあった時代です。片づけてるわけですが、記述の部分を捨てるのはもったいないので、残りの白紙の部分は捨てることに決めて、びりびりと破って、書いたところだけ残しました。
日付を見ると、1977年とありました。31年前です。
記述をみると面白いことはあんまり書いてないのですが、まだ自分は毎日実験をしていることがわかります。
図などを入れて、考えている様子がわかります。何日分か拾い読みしているうちに、いろいろなことがまざまざと思いだされてきました。
まだバクテリオファージ、つまり細菌ウイルスですね、そのT4の形態形成の実験をしているのでした。学生さんもひとりふたりいましたが、自分でやった実験は自分で論文を書いて単著で発表などしていた時代でした。
T4頭部の前駆体をつかまえるべく、色んな突然変異体と使ってやっていたら、いくつかの低温感受性株で、はっきりした前駆体を見つけたのでした。
嬉しいらしくて、日記に手書きの絵が描いてあります。
ワイングラスの上部のようなかたちをして、それらが細菌の内膜にお花畑のように咲いているというか、並んでいるのでした。
こういう前駆体は普通に研究していたらほとんど見えません。ごく短時間出現してすぐ次の最終構造になってしまうからです。
前駆体の出現時間が1秒よりもずっと短ければ多数の最終構造に隠れて見つけるのは難しいのですが、変異体を使えば前駆体より先に進めないので、沢山前駆体が見えてくるのです。
そうか、あの仕事は結局どうしたのだっけ、と考えるとこの後すぐに教授になってしまって、いまの研究テーマに変えてしゃかりきに頑張りだしたので、きちんとした論文にしないで、2,3年後にレビューのなかで結論だけ書いたのを思いだしました。
もうひとつ思いだしたくないことも思いだしました。ファージの仕事は沢山変異体をとったけれども、一部は海外の研究者に送ったけれども研究室の地下のどこかの小さめの冷蔵庫においておいたがもう二度の引っ越しでどこかに消失してしまったのだろうな、この前駆体を沢山見せている変異体もどこかに消えてしまったのかな、と思ったことでした。
この前駆体をなにかの例えに出来ないか、今日のブログのネタの締めに使えないか、とかんがえましたが、ひとつまあまあのを思いつきました。
最近の若者(年寄りのくちぐせですが)は前駆体人間がおおいな。
昔なら、中学くらいですませてる前駆体状態が、大学院生ならまだしも30才過ぎ場合によって40才ひどいのは50くらいでもいるな、と感じたのです。
たぶん死ぬまで前駆体で完熟というか成熟せずにその人の最終型にならずに死んでいくのだろうな、と思ったことでした。
わたくしだって、死ぬことを一生懸命考えた昔の人から見たら、甘くて甘くて前駆体人間のままで60代半ばを過ぎているのかもしれません。

NHK新会長、アサヒビールの元会長さんらしいですが、よくぞ引き受けたものと、あきれています。ビールを売って40年、法令遵守がウリの人らしいですが、よせばいいのに、とおもいます。日本人の若者は日本語をしっかりまなべとかいいながら、自分の話は外国の受け売りの経営理念をアルファベットの記号を連発したお里が分かる講演録をみました。
しかし、歴代の会長さんも見るべき人物はだいぶ前にさかのぼらないといないようなので、こんなものなのかもしれません。

by yanagidamitsuhiro | 2008-01-25 17:33
2008年 01月 24日

糖尿病とがん

けさは朝からみぞれ的な雪かとおもうと太陽がでたりで、はっきりしない天候です。ただ一日中風があって寒い。
正規というか5年目の院生のI君の学位の公聴会があったとか。わたくしは審査員の資格がないので、制度自体への抗議の意味も含めて公聴会にはでません。
合格とかで、そのあと今後のこともあり彼と昼食を共にしました。

そのあと、京大病院のほうで定期的な主治医による診察がありました。朝、尿血液などの検査があり結果がでています。HbA1Cは前回とおなじ、ギリギリ5.9という値でしたが、お正月の後の割にはよろしい、ということでした。他の数値も全体として改善されているとのこと。格別の努力はしていませんが、一昨年の10月以来の努力によって体質がかいぜんというかかなり変化したことは事実です。運動できなかった日はストレッチですこし汗ばむ程度運動をするといい、というA医師のお話でした。

糖尿病とがん、二大生活習慣病ですが、もちろん家族性の面もあります。
肥満(習慣的食べ過ぎ)と喫煙を追放すれば、国民レベルでのかかる人は激減するでしょうが、これら2つの病気は医学的にはずいぶん違った状況にあります。がんのほうは、その原因について大変な進歩がありました。体細胞のDNAレベルでの病気でして、がん細胞は他の体細胞とはDNAレベルで異なったのでその性質が「がん化」したわけです。がんには非常にいろいろなタイプがありいろいろながん細胞がありますが、その原理的なレベルでの理解は非常に進んだと言えるでしょう。
ただまだ満足な治療法が多くのがんでないので、がんになりやすい生活習慣や機会を避けるというのが統計的にはもっとも有力な方法になります。
しかし、政府や製薬会社のミスで肝がんになるかもしれないようなアクシデントに見舞われた人達がたくさんいるわけで、かれらの怒りは当然です。誰を信用していいのか分からなくなりますから。アスベストによるがんもありました。これからの新たな人為的ながん化を避けるのは自らよく考える必要があります。わたくしは中国製の食べ物やプラスチックや塗料など化学製品は極力食べたり身につけるのを避けるのが無難だとおもいます。日本製が絶対安全というわけではまったくありませんが。

がんに対して、糖尿病はずっとその病因の理解がとぼしいのです。
Avram Hershkoさんとゆっくりおしゃべりする機会があったときに、わたくしが糖尿病のことを聞いたら、ミツヒロ、糖尿病の原因はほとんどなにもわかってないのだよ、といっておりました。彼はタンパク分解でノーベル賞をとった方ですが、もともと医学を勉強した方ですし、いまも医学生に糖尿病を講義で教えてるということですから、軽い気持での発言でないことはまちがいありません。彼の透徹した頭脳では糖尿病の研究状況では何もわからないと言い切りたいのでしょう。
こういうひと言はとても大きいのです。わたくしもその後自分のことがあり、色々勉強していますが、がんの理解の度合いにくらべれば、本当になにもわからないというのが学問的な感想です。しかも糖尿病は合併症がでて、目がみえなくなるとか、足が腐るとか、透析をしなければならないとか、心筋梗塞や脳出血に見舞われればだれでもひどい病気をわかりますが、それはもう糖尿病のどんずまりでして、大半の人はわたくしのように痛くも痒くも、体の不調もなにも感じないわけで、そういうひとが日本国民中2千万人とか千5百万いるとかいるのですから、これをどう捉えるかは、容易でありません。食べ過ぎとか運動不足とかストレスとかそういうものが高血糖を引き起こすのでして、しかしそれ自体はある日に合併症がやってくるまでは、破裂も爆発もせずに体内でじわじわと体をむしばんでるわけです。
ひとことでいえば、炭水化物、糖分の体内での処理が不調になった状態が10年単位で続くことから起きるのがいわゆるII型の糖尿病で、わたくしが長年やってきた分子生物学がなかなか適応できません。時間単位が長いのです。それに炭水化物代謝というDNAから遠い生体物質のために分子生物学者にとってはなかなか遠い問題だったのでした。しかし、わたくしは自分がなったおかげというか、そのおかげでずいぶん理解が出来るようになりました。
正直、今は余生というか糖尿病の研究のどこかの一角に食い込みたいと、最近は真剣に思いだしています。それで釣り師が釣り場を探すように、わたくしも糖尿病理解のための釣り場をさがしています。

by yanagidamitsuhiro | 2008-01-24 16:51
2008年 01月 23日

博士号取得時の父母懇談、馬鹿馬鹿しくてーー(続き)

KT君の学位授与式がきょうあったとかで、彼とご両親が昼頃にラボにおいでになって、しばらくお話しをしました。
昔的には父母懇談ですが、大学院のおわりの博士学位の時ももう若者いうには立派すぎる年齢だし、親子といっても中学高校の時とは大違いでしょうが、やればやったで意義があるものです。
親にしてみれば子供の現場を見て、そこの「親方」にあって、百聞は一見にしかずでしょう。

このあいだの馬鹿馬鹿しくてーーーのはなしの続きをかかないといけません。

そのやってられないとか、しんどいとか、そういう感覚はトップに立つ人達でも折々に持つ感覚でしょうが、それをいってしまえばおしまいよ、ということですから普通は決していわないものです。わたくしも家ではよく言ってましたが、ラボ内でもときたまいってましたがさすがに公にはいってなかったはずです。でもついつい泣き言を言ったかもしれません。
そこで最近発見した真理ですが、たいした真理ではありませんが、この馬鹿馬鹿しくてやってられないというのも、結局一生やるわけではないので、そう思うのだとわかったのです。
たとえば毎日トイレに行きますが、もしも人生の中で10年間だけトイレに行かなければいけない、残りの期間は行かないでもいい、植物のように排泄しないで人生をおくれるとしたら、トイレに行くのもときおり面倒でやってられん、馬鹿馬鹿しいと、おもうでしょう。やはり死ぬまで排泄とは縁が切れないと、毎日毎日、小だと一日になんども行くのですが、これを馬鹿馬鹿しくてやってられない、という感覚をもってるひとはまずいないでしょう。
つまり生きること自体を馬鹿馬鹿しい、と思うことになってしまうからです。生きること自体は当然のこととして、わたくしたちは受け止めてますから、わがままな感覚になれるのは、やはり任期のあるようなことに対してです。
そう考えると、任期のある仕事、そういう仕事はやはりそういうやりたくないという、感覚をもちがちなのでしょう。
わたくしは、研究に関しては大学生の頃に始めて、最初の2年か3年の頃に迷いがあって馬鹿馬鹿しいと思った時期がありましたがそれ以降はまったくありません。天職というか死ぬまでやりたい、と思うようになりましたが、それいがいのはっきりした任期のあるものはすべて、馬鹿馬鹿しくてやってられんと、時折に思ってきました。まあ、わがままというか任期のあることからくる自分に対する一種の甘えというか、慰めというか。

そういう点でいえば総理大臣がそうおもってもしかたないでしょうね。
しかし、皇太子妃殿下にはそういう方向では思っていただきたくないです。

そして気がつくことは、天皇陛下はたぶんずっとお生まれになって物心ついてからずっと国事のことをお考えになっておられてきたので、やはり別次元のおかたなのだな、と納得するわけです。つまり、日本のことを考えるのが、天職で、任期はひとたびなればもうずっと続くわけですから。誰かが、日本のことを一番深く、そして真剣に考ええておられるのは陛下だろう、と書いていましたが、わたくしも同感です。
本当に大変なお仕事です。われわれ民草はのほほんとして、ぼやいたりしていても、陛下にはそういう日が一日もないかとおもうと、申し訳ないとおもうのは、わたくしが変なのでしょうか。
そういうことが可能かどうかわかりませんが、平成天皇にはぜひとも伝記的なかたちでの記録を残してもらいたいと希望します。平成天皇が過ごした時代を考えれば、もっとも希有にして貴重な歴史的なものになることはいうまでもありません。そしてまさに任期がないかたちで、日本という国をずっと国の象徴的元首として過ごされた期間にお考えになったことを残されれば、日本という国の成り立ちを考えるうえでももっとも重要なものになることは間違いないとおもうのです。

by yanagidamitsuhiro | 2008-01-23 16:37
2008年 01月 22日

株さらなる暴落、はやくホリエモン神社をつくらないと

けさ妻に起こされました。最近記憶にありません。
昨日の講義かなりつかれたのでしょうか。昨夜寝る前に紳助の司会のバカげた番組でアホな笑いを強制させられるようなのを見て15分ほど笑ったのも、寝坊の原因のひとつでしょう。しかし、昨日の講義は学生諸君のかなり真剣な質問があって、ここちよい疲労でよく寝たのかもしれません。来週月曜は3コマもあるので、準備が大変そうです。

朝刊にシカゴホワイトソックスが45年だかシリーズ優勝戦が無いそうで、それは前回の時にヤギを連れてきた観客の入場を断ったのでその呪いというか祟りが今も続いていて、ヤギのタタリとか、いうのだとか。ボストンレッドソックスのベーブルースを放出した逸話と似ているのでしょうが、このヤギのははなしは詳しいことは知りませんが、かなり気に入りました。こういうはなしは好きです。説明の出来ない困ったことは祟りの性にするという、のはわたくしの日本人の血が騒ぎます。

それで、今日も続いている日本の株価の大暴落です。怖くなって、新聞も記事にしにくいようです。
これは間違いなく、一部はすくなくとも、ホリエモンと村上氏を検察が逮捕してかれらの経済活動をゼロにしたことの祟りです。間違いありません。断言します。
こんなことが聡明な株トレーダー諸氏に分からないのが不思議です。かれらは当局にアピールする必要があります。
一刻もはやく、ホリエモン神社を作って怨霊を慰めなければいけません。いま現にいる堀江氏が問題なのではなく、あの株の(誤った)ブームを作ったホリエモン魂の祟りをすこしでも和らげる努力というか、そのようなジェスチャーだけではない、本当の悔恨の気持を、謝罪の気持を当局者が発露する必要がありますね。
次いでといってはなんですが、村上氏の神社も必要です。お二人の得意な合併を考えると、ホリエモン村上神社でもいいと思うのですけれど。それにやはりアベ首相の怨霊を慰める神社が必要だと思います。これらを作って一挙に大々的な慰霊の祭典をすることが福田内閣にとって、一番いいのではないでしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2008-01-22 15:32
2008年 01月 21日

奈良先端大での集中講義

今朝は寒かった。比叡山も白かったけれども、風が冷たい。痛いにちかい寒さでした。
北海道にいる次男にいわせると、こっちの方が寒い、なぜならこんな風は北海道では吹かないとか。本当かどうか信じられませんが、たしかに風による寒さがきついことは実感します。
奈良先端大学院での講義で高の原にいきます。思いのほか近いので、時間はかかりません。KJさんが駅まで同僚のU先生と駅まで来てくれていました。一緒に昼飯を食べました。
ジャスコが出来ていました。建物のなかに沢山人がいて、やはりその集客能力の高さに感心します。わたくしは讃岐うどんをすこしとって、おかゆにしました。
講義はこれでたしか三回目ですので、慣れました。
二コマですが、研究のはなしがもっぱらなので、それなりに間違ったことはいわないように緊張します。ずいぶん質問があって安心しました。十分に分かってもらえたみたいです。つっこんだ質問もずいぶんあって、学生さんのやる気と能力を感じます。
きょうは沖縄の研究のはなし、つまり増えない細胞のはなしをしましたので、ここの学生である、SK君の研究もはなしをしました。
この大学はやはり大半が就職するので教育する側がかなり大変みたいですが、でも学生の質はかなりいいじゃないですか。すくなくとも名古屋大学の時の経験からすると雲泥の差です。こちらのほうがずっとやる気がある印象をもちます。

講義のあと、短時間ですが、Hさんとはなしが出来ました。
そのあとまた、KJさんに高の原まで送ってもらいました。T先生お元気なようで良かったでした。もう何年かお会いしていません。年賀状は交換しているのですが。
このあいだ、喜寿のお祝いがあったようです。うちわだけなので、わたくしなどは呼んでもらえません。、T先生のお弟子さん、化学研究所のOさんは今年、定年とか。そうか、もうそうなのか、時の経つのが早いことに驚きます。こうやってたまに外に出てしばらく聞いてないかたがたの消息を聞くと時というか、年のたつのを強く感じます。
近鉄の急行は昔に比べると速くなったのか、7時には自宅に到着です。
近鉄の電車は混んでいましたが、客の雰囲気は湖西線より一ランク上かな。湖西線は生活感がきつくでている乗客が多いような気がします。

そういえば大津市の市長は現職の目方氏が勝利。対抗の候補は、大津市は暗いので明るくしたいとかいっていたようですが、余計なセリフでしょう。政治的な候補者としては。
わたくしは暗いと思ってことはありません。むしろ明るくてのんびりしてると思うのですがね。ビジネスチャンスはあんまり無いでしょうが。でも市街の空洞化はどこでも起きているので、それを暗いという市長候補者はあまり適格とも思えません。
暗いでなく、閑散とした商店街などは見るのがつらい、これくらいならアクセプタブルでしょうが。
大阪のほうはどうなるのでしょう。
このあいだの日曜日のたかじんの委員会には橋下氏は当然ながらでておらず、素っ頓狂な女性弁護士がでてましたが、どうも視聴率が確実に下がるであろうくだらない発言が多かったようでした。

by yanagidamitsuhiro | 2008-01-21 20:34
2008年 01月 18日

Yamatoya永遠に, 馬鹿馬鹿しくてやってられない

月曜には奈良先端大学院での講義がありますので、きょうはその準備をしつつ飽きもせずに毎日の論文書き作業です。この仕事ははっきりいって、書くこと自体がそうとうにクリエーティブな作業なので、苦しいが楽しい。データを出したSK君や他の沢山の人達に感謝しつつ。
奈良先端のの準備はもうだいぶやってあるので安心です。
昨年なんどかしゃべったり、こんどの評価で作った絵などを使えばいいのです。はなしの骨格は作ってありますから。

昼に血糖値の上がりそうなうどんを食べたので、食後1時間後に熊野神社まで散歩。理由は最近行き場のなくなってしまった百万遍界隈の喫茶店をあきらめて熊野あたりまで探しにいったわけですが、やはり閉まった店などもあり、入りたくなるところがなかなかありません。国際学生の家あたりとかも食べ物屋はあるのですが、駄目で結局ここだけは大丈夫そうな熊野のYAMATOYAになってしまいました。
実はここにいくのがちょっと怖かったのでした。というのはここが駄目になったらもうおしまいという感を持っていたのです。
店の隣までくると、安心しました、かすかなジャズの音楽が聞こえてきました。中に入ると昔からまったく変わらない雰囲気。時間が中途半端であったのか、客人はわたしくらいの年齢の男性ひとり。
ゆっくりと腰をかけて、70年代の頃の気分にしばしトリップしました。
後に若い女性二人組が入ってきたので、すこし安心、しかしやっぱり心配。
熊野神社境内は300年後もあるとしてもしかしたら聖護院八つ橋もまだあったりして、しかしなんとかこのYAMATOYAとかBLUEPARRORも最低50年後、できたら百年も三百年も続いて欲しいものです。
帰り際にママさんとすこし雑談、人もかわり世も変わってしまって、京大の変化が一番痛い、とのこと。わたくしもまったく同感。
ウイーンの喫茶店が何百年も続いているのに、京都の喫茶店は衰退がわたくしがまだこのあたりをウロウロしているうちに起きるかと思うと、索然とします。喫茶店がことごとく無くなった頃は京大の学問もほんとにつまらないものになっているのでしょう。
帰りに隣のBLUEIPARROTでこのあいだから欲しいと思っていたものが見つかり、購入。こういう店があるうちは、わたくしもこの近辺で働きたいな、とおもいます。

今日は実は、この馬鹿馬鹿しくてやってられない、ということを話題に書こうと思ったのですが、もうだいぶ書いてしまって、やめるべき時間になりました。続きをまた書くとして、ちょっとお話しの導入だけしておきます。
総理大臣だってたぶんそういう気持になることはけっこうあるでしょう。特に現首相の場合は、家に戻ってゆっくりすればしょっちゅうそうおもうのではないか、勝手に想像してしまいます。お気の毒に公邸に無理矢理入れさせられたようです。心の安まることがないでしょう。
もちろんあの民主党の代表などは毎晩とまではいかなくてもしょっちゅうそういうことがありそうな気配です。ご自身がプッツンしてしまった、と言ってました。大阪に行きたかったので行っていいじゃない、とわたくしは思いますが、世間は決してそう思わないようです。日本はこういう時、きついし、潔癖ですね。
おそれおおいことですが皇太子妃殿下もこういう感情に近いものをもっているのではないでしょうか。たぶん、世間の代表であるマスコミと宮内庁のお役人との接触でたぶんこういうご気分になられているのではないでしょうか。

卑近な例ですみませんが、わたくしもそういう感情は折々に持ちますが、持続的に毎朝思ってしまった時期がありまして、それは慣れない管理職を定年前に2年ほどやったころでして、最後の2か月くらいは毎日、毎朝こういう気分になったことを思いだします。たぶん精神の病として診断されてまったくおかしくなかったとおもいます。
今日はここまでにします。

by yanagidamitsuhiro | 2008-01-18 17:12