生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2008年 03月 31日

黄昏亭余聞

土曜日にはT君が比良のほうまで来てくれて、議論の続きをしました。ラボのほうが停電なのをすっかり忘れていたので、電気の無い部屋での議論よりはということで1時間かかりますが、来てもらいました。この二日でだいぶはっきりしたと思います。かれも、お子さんが出来たのですから、いわゆる「頑張らなくっちゃ」状態で、話のひとつひとつが生活がかかって頭に入ったと信じます。

昼過ぎには彼と一緒に京都へでて、わたくしは、東山三条から岡崎公園を経て徒歩で、銀閣入口にある橋本閑雪の旧宅であった黄昏亭27周年記念パーティに行きました。
やはりいってとても良かった。わたくしは、不義理に不義理を重ねるどうしようもない人間ですが、おりおりに強く義理を感じます。この会は義理以上に自分のためにも参加したかったのです。
まだ明るい時間に店主のH子さんにお会いするのははじめてですが、いつもとかわらずおうつくしい。元気、いっぱい。女性参加者多くて、誰が誰なのか、分からないのですが、お子さんの中学生や小学生も混じってなんともいえず、なごやかにして、上品。H子さんのもつ雰囲気そのものです。
沢山の人がこころあたたまるスピーチをしました。あの暗い空間ではわからない、それぞれの人の平素の「まともな市民」生活もかいま見えました。なんともいえないいいものでした。深夜の黄昏亭の参加者が昼間に家族などと一緒に集まった様子を見ることはちょっと日本離れの雰囲気です。。

知ってる人は誰にも会えないかな、と思っていたら旧生物物理の、三人と会えました。Sさんは神戸からの参加でした。長崎のA君は来ませんでしたが、祝電がありました。
ここにいちばん通っていたTさんはロンドン在住、Sさんから通知がいって、ぜひ来たいという気持があったようですが、さすがにロンドンですから。
わたくしも彼に連れられて来たのか、彼が連れて行った人物がわたくしを連れて行ったのか。もう20年以上前ですからわかりません。わたくしも彼に知らせるかどうか迷ったのですが、たぶん誰か別人が誘う方がよかろうと判断しました。

名物黄昏亭の看板、あの字は誰が書いたのか、H子さんに聞きました。
看板は店主が書かなければいけないという助言もあり、自分が書いたとのこと。
あのたそがれ色のきいろっぽい看板にうかびあがる黄昏亭は彼女が27年前に書いたのか、となんだか深く感動しました。
Sさんも、水曜日が定休なのをわすれて、建物の傍までいって、看板の電気が消えてるのでガッカリしたことが何度もあると言ってました。わたくしもです。考えると、タクシーかなにかで行ったことは一度もなく、いつも歩いていったものです。
そうだったのか、看板をみたら、店主の人物がわかる、そういうことだったのか、ふかく納得もしました。
27年、区切りでない年のパーティなんの意味も無いとのH子さんの言。
わたくしは、3×9の27だから、サンキューの意味かなと思いましたがそんな深読みは意味なしでした。挨拶の中に、手紙をみて閉店の知らせかと、ドキドキして封を開けたとの、話がありました。多くの人達はそうおもったでしょう。
しかし、H子さん、元気です。まだまだ閉店ははるか先でしょう。

日曜は一日、畑づくり。
かなりの重労働でした。でも、ほぼ終わったので、こんどの日曜からの沖縄での国際ワークショップや、月末のフランスでの学会参加があってもほぼ問題なく、わが農業は順調にいくであろう、と安心しました。後はなにをどう、どの時期に植えるかです。これは頭を悩ませますが、いちばん楽しい事でもあります。
夜は、妻と琵琶湖大橋たもとのフランス料理店に行きました。味は及第です。わたくしは、鹿を食べました。滋賀の鹿ではなくニュージーランドからだとのこと。いまの日本の山の状態から見ると、日本人はせっせと鹿を食べなくてはいけないのですが、まだボタン鍋のような鹿に特有の名物料理がないですね。

by yanagidamitsuhiro | 2008-03-31 17:31
2008年 03月 28日

ユニオンジャックと日章旗、窓のない部屋でのディスカッション

けさ東山三条のバス停に立っていたら、向こうの方から巨漢の外国人が自転車できます。あのあたり平坦なようで登り坂ですから、半分立ち上がってこいでいます。
自転車の買い物かごのところの両側に小旗が取り付けられています。
良く見ると、日章旗とユニオンジャックでした。ほほえましいですね。
交流したいというきもちが素直にあらわれていて。
そういえば、このあいだこのバス停で平安神宮に行きたいという、女性に道を教えました。困ったような顔でいましたが、もっているガイドブックがハングルだったので、声をかけて説明しました。

きょうは沖縄から、T君が京都にやってきてもらってかれの研究の議論をしました。
連続で3時間くらいやりました。こんなことはありません。
わたくしの沖縄でのオフィスには窓がありません。
だいたい一回の議論、一時間が限度です。
外へでて外の気分をちょっとでも味わう休憩がないと、とてもじゃないですが、議論が気力的に続きません。
かれは歩くのが好きなので、よく外へでます。かなり暑い日でも外にでて30分くらい歩きながらの議論をすることがあります。
きょうはかなりの数のデータをこなしての議論なので、部屋に居ないと出来ません。
ぜいたくですが、研究なんてしょせん贅沢なものですから、いいアイデアもいいデータの解釈もよい環境でないとなかなか出るものじゃないです。
その点、いまのこの仮住まいのオフイスはいっさいの密談が出来ないし、広さも2畳くらいですが、窓はしっかりありますので、気持がめげることはありません。
彼には、遠路きてもらいましたが、すくなくともその価値はあったと、思うくらい内容のある議論が出来ました。
議論のあとで、熊野神社そばのYまで往復と、お茶を飲む時間、続きの話をしました。

ところでラボの引っ越しの件ですが、まだまだ正式には戻れそうもありません。事情をかくと、また腹立たしくなってきてからだに悪いので、書かないようにしています。

きのうのサッカーU23代表のアンゴラ戦、だいぶましでした。
このU23チームの監督はやりたいことがはっきりしているように思いました。
明らかにゲームを見せてくれたし、まえへまえへ、という気持が溢れていて、気持ちよかったです。香川という選手、とてもいいです。
それにひきかえ、ワールドカップ予選中の、本代表はバーレーン戦を見る限り凡チームに成り下がったという感じです。

by yanagidamitsuhiro | 2008-03-28 18:30
2008年 03月 27日

チャット用の新カメラ、サッカー日本惨敗、福田総理の終わりのはじまり?

きのう京都と沖縄のあいだのチャットで使っているカメラの調子が悪いので新しいのを秘書のSさんに買ってきてもらいました。
K君がこれがいいだろうというもので、実際に使ってみたらその画像の鮮明さに唖然とするくらいに驚きました。こんなにも違うのか、という感想です。これで来週またやってみます。ただ向こうのカメラはマイクもスピーカーも(たぶんパソコンも)古ぼけているので、結局向こうだけが鮮明な画像を見るだけなのかもしれません。同じものをぜひ買ってもらいましょう。

きょうは休暇をとりました。春に一日くらい休まないと、農作業がくるしくなります。おかげで、ぽかぽかと暖かい日、楽しみました。
苗木をうえるのに時間がかかりましたが、色々なことができました。アスパラガスもいつのまにやらできていました。
梅は満開、サクランボの花も満開、黄色一色のサンシュユずいぶん大きな木になりました。

昨日深夜のサッカー、バーレーン戦、あんのじょう負けました。
負けるべくして負けたような感じ。深夜まで起きていたのですが、うつらうつらだったので、腹もただずに静かに寝ました。
朝の各新聞をみてもどこもトップ扱いのニュースになっていません。桑田選手が野球をやめるというほうがずっと大きな見出しです。
要するに話題もなければ、面白くもないのです。だらだら、試合をやっているだけの印象でした。引き分けになっていいはずの試合なのに、ハンドを相手がやったあとにすぐ点がはいっても、監督は抗議するでもなく、しずかに無為にしての敗北でしょう。海外組を呼ばないのは、どういう判断なのか、それだけは聞きたいものでした。
今回負けたので、次回は呼びたいとか。そうなら、呼ばなくても勝てると踏んだのでしょう。そうなら判断ミスの、責任があるでしょう。
オシム前監督が、個々の選手の人気にまったく無関心、岡田監督も無関心、それでも勝てばいいのですが、負ければやはり組織内では責任を問われるでしょう。
岡田監督、どうもほんとにやりたいことがあって、監督をしているようにみえません。まったく溌剌としていません。負けがつづけば、辞めるでしょうというか、辞めさせられるはずです。常識のある組織なら。

福田総理、またまたずれた政府案を必死の顔つきでだしてきました。
素人が聞いても、これは民主党が飲むはずもないし、世論も味方はしないでしょう。周辺の官僚の案に乗ってしまったとしか思えません。
直ちに民主党からは拒否され、自民党内部でも相手にされてないようです。いくさがへただなあ、と思いました。世論の受け止め方や、民主党のでかたとか、まともな情報が入ってこないのではないのでしょうか。
もう誰もこの総理をあいてにしないでしょう。半死に体の首相、あとどれだけもつのでしょうか。
安倍前首相がとつぜん辞められたのを思いだします。
似たようなことがもうすぐおこってもわたくしはまったく驚きません。たとえあしたでも。でもまあサミットまで続くんでしょうかね。ご本人もほんと、つらいでしょうね。

by yanagidamitsuhiro | 2008-03-27 19:56
2008年 03月 26日

静かな社会の果て、さすらいの賭博師

日銀総裁がいなくても代行がいれば、世の中はなにも困ってないようです。大事態が生じるとかいう意見はやはりためにするものでしたか。
次はガソリンの値段なのですが、4月になるとなにが起こるのか、安いガソリンを求めてスタンドに消費者は向かうでしょうが、みかけはたいしたことがないように、見えるのでしょう。本当はたいへんなことでも、世の中が静かに対応しているのは、どうなのでしょうか。
不可解な世の中になっているのかもしれません。
でも動物のなかには、死ぬときは誰にもしられずに消えてしまうというのがありましたが、いまの世の中はそんな気分に似ているのかもしれません。ひとりずつ、静かに退場して、そして誰もいなくなったというような気分の社会なのかもしれません。そういう社会でのごく少数(と思いたい)人達がおこなう犯罪がグロテスクに聞こえてくるのは致し方ないのかもしれません。
むかし、よく聞いた「連帯」とか言うのが完全な死語になりました。あのことばはいまや年金世代になった、団塊世代が青年の時によく叫んだものですが。欧州では復活している言葉なのですが。

最近、自分の研究の先が短くなったので、よく自分の研究の特徴をふりかえる事があります。このあいだの評価の前後にはいろいろ考えました。なぜ、考えるのか。残された時間にいかに良い成果をあげるためには、自分の特徴を最大限にいかさねばならないからです。
そこで出てきた、一つの結論は自分は研究では賭博師みたいなものだったのかもしれない。いちかばちか、白か黒か、丁か半か、のるかそるか、そういうのが非常に好きだったな、いまでもそういう傾向は強い、と思いました。
ただ刹那的な賭博でなく、一度決めたら、数年はそれにひたるというか、賭けるという面で、執着心はつよいというか、ぶれない、そのあたりが研究者としての長所かなとおもいます。それから、根本的には自分も含めて人間嫌いかな。賭博師にはなんとなく人間嫌いが多いような気がします。そういう点で、わかいころに賭博師をしながら世の中をさすらうような人生に共感するというか、そういう類の映画を見ても飽きないというところはありました。
ギャンブラーと言わないのは、鉄火場というか、不法行為にちかい賭博にきょうみがあるので(やったことはないが)、五月晴れの競馬場でのギャンブルなどは自分には合いません。若いときに阿佐田 哲也の麻雀ものを耽読したのを思いだします。
そんなことで、この賭博的傾向の強い自らの性向をなんとか、残された時間にうまく利用したい、そんなふうに思いだしています。

by yanagidamitsuhiro | 2008-03-26 18:18
2008年 03月 25日

卒業式、熊本県の新知事、長にひとを得ない組織の悲惨さ

卒業式のシーズンです。
昨日は大学院、きょうは学部のようです。
若い人が着飾って体育館付近にたくさんいます。就職状況はかなりよいらしいので、総じて明るいのでしょう。しかし、この世代にどのような未来が待っているのか誰もしりません。日本の若者は、エリートになればなるほど、無駄な時間をすごさない傾向が強いので、幅というか奥というか、足りない人がおおいですね。
そういう人が長にたつような組織は、つまらないことが多くなりがちです。若いときの無駄な時間、無為な時間、大切にしたいですね。

こんどの熊本県の新知事、面白そうな人ですね。経歴がたいへん、夢があっていいです。家畜の生殖科学で大学院修士をでてから、政治学に転向してというのもなかなかユニークですが、最初は農協職員からスタートして、やむにやまれず米国留学というのもいいですね。こういう一見道草を食ったような人が本当はいちばん政治家に向いてるのだとおもいます。東大教授という経歴よりも、世界政治学会だか世界選挙学会というものの会長歴任の経歴のほうが、国際性が高そうで、期待しています。

最近、国政ではほんと期待の新星がまったくいないのですが、知事さんには国民の支持や関心の高い人たちが出てきて、こういう人たちが国政を担当出来るように、大いに能力を磨いて高めて欲しいものです。それが日本国民の切望するところでしょう。

福田首相、小沢代表にはもうすっかり興味を失ってしまったというのが平均的日本国民でしょう。一刻も早く退陣してほしいのですが、代わりの候補を見るとガッカリなのですね。それで皆さん黙っているのかな。
もう麻生氏はやるつもりだし、自民は次の選挙は麻生氏でいこうと思っている人がたくさんいるのでしょうか。その点、民主党は代わりをみると苦しいですね。

日本の世の中、社長とか、会長、理事長とか、総長、総裁とか、監督とかトップになる人達の職名は色々ですが、トップに人を得ない組織は悲惨ですね。
そういう悲惨さをつまびらかに記録しておくことはとても価値があることだと社会が認めておくことが大切でしょう。リアルにその酷さかげんを書いておくと何十年か経つとその時代が見えてくるのでしょう。残念ながら、うまくいってる組織よりはひどい組織のほうが価値ある記録になるのだとおもいます。
わたくしも過去をふり返ると、ああはなりたくない、ああいうやつだけにはなりたくない、という気持がけっこう前向きのエネルギーを作ってきました。

by yanagidamitsuhiro | 2008-03-25 18:07
2008年 03月 24日

帰心矢のごとし、生活習慣病研究会の感想、もっと生理学を!

土曜は鎌倉であった生活習慣病の研究会に出席して一泊しました。日曜日には朝食抜きで、早朝にでて午前中10時すぎには比良の家のほうに戻ってきました。
畑が気になっていたので帰心矢のごとしでした。
梅が見事に咲いて、サンシュユも満開となりました。サクランボの花もほころんでいました。いろいろな木から新芽がでています。桜も三本あるのですが、数はすくないものの花芽があることは確かです。

研究会とてもためになりました。日本の糖尿病などの生活習慣病の代表的な研究者のかた達が主催されただけあって、講演もたいへんおもしろくポスターもほんとに勉強になりました。発表者ではわたくし一人が医学ではないのですが、でも研究内容的には沖縄の研究とある意味一番近い研究者のかた達の集まりなのだなとおもいました。
これはとても嬉しいことでした。
研究上の仲間をあらたに見つけるのは研究者稼業でほんとに楽しく嬉しいことなのです。
主宰者のひとりである東大の門脇教授がわたくしの講演の座長をしていただきましたが、わたくしたちの沖縄での研究の狙いや現状をもっとも深いところで理解していただいてるようで、ありがたいと同時に、感銘を深くしました。
わたくしにはもうどれだけの時間が残されているのか分からないのですが、でもまだ5,6年はこの分裂しない分裂酵母がいかに生き続けるのか、そのしくみは?という問いかけが出来そうなので、まさに体に気をつけて現場を続けたいとおもっています。
たった一日でしたが稔り多い一日でした。
沢山の人と話したので、どなたから聞いたのか失念しましたが、ラパマイシンを免疫抑制のために投与された患者さんは糖尿病になりやすい、というのが本当ならば、やはりTOR遺伝子の研究はぜひともやり続けなさい、という天からの暗示と受け止めました。
糖尿病というのは、ほんと研究してみたいテーマです。極めて多細胞的な病でありながら、しかし根本原因は単細胞のなかでの出来事にある、がんが20世紀の病気としたら、糖尿病や肥満が21世紀の病気なのでしょう。わたくしは晩年からこの21世紀課題に挑戦ですから、おのずと限界はありますが、やはり染色体でつちかってきた、細胞生物と遺伝学的アプローチを基本にしつつ、あらたにomicsを徹底的に使う、という路線は続けていくつもりです。
しかしサイトビジットしてくれた評価委員会メンバーたちの主たるコメントのひとつは、「もっと生理学!」をでした。わたくしも100%同感なので、このコメントにいかに応えるかが課題だし、真に応えられたらなにかブレークスルーがおきるはずです。

by yanagidamitsuhiro | 2008-03-24 00:08
2008年 03月 21日

海上幕僚長の辞任、横浜市立大学での医学博士学位取得の謝礼

防衛相が海上幕僚長の更迭を発表したとか。
これが責任のとりかたということですか。
白けて聞く感じです。日本が所持する最高の艦がこのような事件というか事故をおこして、どのような精神面での変革が自衛隊にあったのかまったくわかりません。
でも海上幕僚長が更迭されたのだから、責任はとったのだし、これで幕引きでもしかたない、と言うような流れになるのでしょうか。実に表面的な対応なのだとおもわれます。

かつて、全国どこでやっていても不思議ではない、博士学位取得の際の謝礼金の支払い、これが横浜市立大学で表にでて、かなりひどい話のようです。
30万円が「不文律」だそうで、ださないと主任教授が激怒したとか。
たぶん当てにしていて、使い道がはっきりしていたのでしょう。
しかし、京大でもどこでも現在は知りませんが、謝礼金の支払いは過去には横行していたはずです。金額も10万円とか、噂だけはずいぶん聞きました。
わたくしがいた研究科はそういうことが無いので、珍しいなどともいわれたくらいです。
たぶん、新聞などのマスコミはこのケースはひどいので、安心して書いているのでしょう。しかし、どのあたりから、不正行為なのか、現金は絶対いけないとして、菓子折一つの謝礼なども同等にいけないのか。菓子折、それもけしからん、もらった主任教授は辞任せよとはさすがに、いわないでしょう。
日本のお礼社会の風習を完全に学問の世界から払拭出来ればいいのですが、なかなか難しい。特に医学とか病院では、患者や関係者のあいだでの、お礼のやりとりというか、お礼をしたがる人達が沢山いるのですね。それに、金銭感覚が庶民とはすこしというか、だいぶ違います。30万円も、3万円くらいに感じているのかもしれません。

わたくしなど、学生さんの頑張りのおかげで、今日ここまできたので、学位の時にはこちらからお礼などしないといけないのかもしれません。
そういえば、昔はしんどい実験などをしてもらうときにはそれとなくおごりにいって、元気づけやっていたなあ。あれは学生への一種の懐柔策、前お礼みたいなもので、いまだと一種のアカハラになるのかなあ、学生さんへの酒などのおごりもいけないのかな、などとおもったりします。

30年前研究室にヌードカレンダーなどはどこにでもありましたが、いまそんなもの全国どこにもないし、そんなカレンダーそのものないでしょう。研究室内でもわたくしも含めてタバコをまだすっていましたが、いまやラボ内で吸う人などまったく皆無のはずです。
学位謝礼金、まだあったのか、という感が深いです。
世間から見れば、手心は十分に加えられているだろうと、おもわれるのでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2008-03-21 18:45
2008年 03月 20日

キノコの原木、木の苗、畝づくり

明後日は鎌倉にでかけて、生活習慣病の研究者の研究会に招かれて講演をしますので、その準備を早朝から始めました。前からちょこちょこ準備をしてましたので、順調に進んでます。糖尿病とか老化とか自分の関心事でもありますから、職業的な興味以外にも実益的興味もあって、他の先生方の講演やポスターなども見てこようとおもっています。わたくしがする講演のネタは今回はすべて沖縄からのです。

比良のほうのお隣というか近くに住むFさんがキノコを作る原木を世話してくれましたので、妻とふたりでなめことヒラタケの二種類を400あまり十数本の原木に打ち込みました。かなりの重労働です。しかし、ふたりでやったので、というか穴づくりの大半は妻がやったので、大変楽でした。
なめたけ、ヒラタケはサルが食べないと聞いていすので選びました。。椎茸はケージの中に何本かHさんからいただいたのが入っています。
今回は坂本の方に置くために何本か椎茸原木も作ってみました。
上手に収穫すれば2,3年は原木が保つとか、聞いていてその収穫法も聞きました。

比良のほうには、猫の額ほどの林があって、それに木のない原っぱみたいな土地をもってまして、そこで木の苗を購入してすこしずつ植えています。鳥が食べられるような実がなるような木を増やしたいとおもっています。Iさんにお願いしていたのですが、彼も忙しいらしくまだ苗を全部植えていないので、きょうは10本ほど植えました。
穴を作って、堆肥を入れて、苗木を入れる作業です。これらの苗は鳥取県の森林組合から通販で買ったものです。

それから下の畑の方で畝づくりをしました。田んぼの後の畑なので保水性がよすぎるので、高い畝をつくる必要があります。一生懸命やってるうちに腰がだいぶ痛くなりました。力もいるし、慣れない仕事だからです。掘ってるうちに、水田の作りが分かってきました。この年になって、水田の作りが分かるのもずいぶん無知な話ですが、掘ってみなければ分かるものではありません。

これら全部をやってさっき帰って来ました。ちょっとかなり疲れました。
でも気になっていたことがかなり済んだのでホッとしました。畝づくりはかなり力が必要で。
まだ、すこし腰が痛みますが、満足感と相殺です。

ところでサッカーの話題なのですが、滋賀県にはいまJFLのリーグのチームが2つあります。一つは佐川急便のチームらしい、もう一つはミオとかいう草津にあるチームです。このあいだ沖縄の琉球チームについての新聞記事をホテルでみて思いだしました。佐川は強豪らしいです。その佐川に開幕戦でかったミオは楽しみです。

by yanagidamitsuhiro | 2008-03-20 20:38
2008年 03月 19日

沖縄の定宿、大阪知事と沖縄知事の怒りと嘆き

わたくしが今回沖縄で泊まったホテルは嘉手納基地のそばにあるビジネスホテルで、まあ家庭的な良さがあります。
野球シーズンではたしかヤクルトだったかの二軍の選手が泊まるところらしいです。一泊6500円くらいという安さですが、別にホテル代をけちってるわけでなく、最近行ってるホテルが満員で行くところがないので泊まっているのです。しかし、今回は部屋のあまりのおんぼろさとタバコ臭さにほとほとまいりました。ただ5階に大浴場があってこれはかなり気分のよいものです。
ともあれ沖縄も4年がたち、泊まるホテルがだんだん無くなってきてかなり疲れてきた感があります。リゾートとか言われますが、4,5日滞在したくなるホテルが豪華ホテルも含めてどれだけあるでしょうか。このホテルはいい部屋にあたればまあまあなのですが。しかし、定宿はできません。

大阪の新知事さんはなにかと物議をかもしているようですが、きのうは禁煙休憩なし、と庁舎の完全禁煙でした。いいんじゃないでしょうか。話題づくりとしてはまず最高の人材なのでしょう。
大阪が悪いこと言われるのが本当に口惜しい、と言ってるのは本音でしょう。
大阪はひったくりが多い。全国一です。
大阪でも生活水準というかそういうものが低そうなところは治安が悪い。いいたくありませんが、事実でしょう。
かなりの危険を感じる地域があります。大阪の町づくりにはそんなところがあります。わたくしが大阪人を信用しないのはこのあたりです。えらそうな事をいう大阪財界人の本社はみんな東京に本社を移しています。商売のまえには、モラルなどなんの関係もないのが大阪流なのでしょう。
大阪では言葉はかなり悪いのですが、貧→ひったくり、という連鎖的想像にかなりの真実味があります。これは全国に広まった大阪のイメージです。
しかし、沖縄ではそんなことはまったくありません。そういう点、大阪と沖縄とはまったく異なります。
沖縄でもひったくりは皆無ではないでしょうが、貧→ひったくりという図式はまったくないでしょう。沖縄では収入が低ければ犯罪に向かってもしかたない、というような大阪人気質とはまったく無縁だとおもうのです。
貧になってもなるべく助け合う、これが沖縄流なのでしょう。すくなくとも、これまではそうでした。
しかし、わたくしが不思議に思うのは沖縄では橋下知事的な知事さんが出たことがありません。
つまり沖縄がこんなに全日本の犠牲になってるのに、全国一の低所得であるのはおかしい。口惜しくてたまらない、という知事が出てきた記憶がありません。
沖縄では、経済の前に、まずモラルがあるのかもしれません。しかし、いまの沖縄一番の問題は怒りの方向が違うような気がするのです。
全国最低の県民所得に悔しがる怒る、知事が出てくるのが望ましいのではないでしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2008-03-19 23:09
2008年 03月 18日

牧野富太郎と小山鐵夫、福田首相の頼りなさ

忘れないうちに書きとどめておきたいことは、新幹線の車中で読んだ記事、牧野富太郎と小山鐵夫のうるわしい師弟関係です。
小山氏がまだ小学生の頃に植物についての質問を牧野富太郎に送ったところ父親に、この子は植物に才能があるのでぜひ対応してほしいという返事が父親宛にあったそうです。
それでどういういきさつがあったのか、父親は転勤を希望して、家族は牧野富太郎の自宅にちかいところに住みだして、それからはひんぴんと小山少年は牧野富太郎の自宅に通ったのだそうです。
このとき、牧野富太郎は80才、小山は12才であったという事実自体が感動的だとおもうのです。現在小山氏が、高知県にある牧野富太郎の記念館の館長をしているという事実も含めて、学問の継承性を考えるうえでわたくしが知りうる限りもっとも年齢の離れた師弟関係とおもいます。
小山氏の談話によると、植物の標本の絵をかくかきかたは牧野流というのがあるのだそうですが、その描き方をするのはいまや小山氏も含めて日本でもわずか2,3人なのだそうです。
少子高齢化の日本を考えるときに、とても参考になる世代を越えた人間と人間の交流とおもいました。

きょうは長い会議日でした。朝九時から午後2時まで。
恩納にあるシーサイドハウスでありました。
その後センターに戻って、ラボの人達と研究の話をしました。
夜は評価委員会の結果の報告も兼ねて皆さんと会食。

日銀総裁人事での福田首相の,わからなさぶりはちょっとあきれました。
前には、首相は特攻隊員かと、書きましたが、いまはこの人は道に迷って途方にくれた旅人のように見えます。
弱い人だなあ、というのが正直な感想です。
つぶやくように、民主党がなにをかんがえているのかわからない、と言ってるのですが、国民は首相がなにをよりどころにこのような人事案を次から次にだすのかわからないでしょう。
ひとごとみたいですが、漂流する日本を実感します。

by yanagidamitsuhiro | 2008-03-18 22:29