生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2008年 08月 30日

土曜ですが、話題があるので

土曜ですが、ちょっと書くことにします。
きょうは昼まで坂本の家でデスクワーク、比良のほうには昼過ぎからきて暗くなるまで、もっぱら草刈りでした。

全国学力検査の結果。沖縄、大阪あたりは全国最低、最下位あたりでした。
大阪府知事は激怒で、教育委員会、教師をはげしく難詰。これはとりあえずもっともな態度ですか。しかし、知事就任して何年も経てば怒る先は自分に向かうのでしょう。いっぽうで沖縄のほうは、面白い。見かけまったくの人ごとのようなのが、沖縄の新聞、琉球新報です。毎日新聞の記事を転載しただけなのです。沖縄タイムスは記事にもしていません。もう分かり切ったこと、という態度です。でも一方で沖縄での人材育成が最も大切、と紙面の別のところで力説してます。
秋田県でのモットーは子供は夜更かしをしないこととあります。
沖縄の子供の夜更かしは有名で、親が率先して深夜にスーパーなどに子供と買い物にいくとかです。家庭団らんはいいのですが、このあたりから変えないと、学力も平均寿命も先はくらいでしょうね。
滋賀県も成績はかなりひどく低いのですが、ここの教育委員会はほとんど大分県状態なので、誤差の範囲、平均値のようなもの、などと強弁していました。嘉田知事も学力には関心が無いようだし、県民も学力にはあまり興味がないようです。無気力な県だなというのが実感です。

米国共和党の副大統領候補にアラスカ州知事、44才の女性がなるとか。さすが若い国、米国です。われわれ日本も、このあたりの変化への衝動は爪のアカでも貰わないといけないようです。ただこの候補、考えは保守で、中絶反対、ライフル協会終身会員だそうです。いわゆるオンブズマン系の活動家で出てきたらしいですが。とりあえず、おもしろい、としか言いようがないです。

by yanagidamitsuhiro | 2008-08-30 21:59
2008年 08月 29日

研究の自由における倫理、サンテミリオン、地続きの大陸

来週水曜日の午後には京大の百周年記念ホールでの講演会で話題提供をせねばなりません。講演会は「研究の自由における倫理」なるものでして、法学部の位田先生がコーディネートなされるので、もちろんしっかり堅いです。
この講演会は、京大連続公開シンポジウム「倫理への問いと大学の使命」なるものの三回目でして、わたくしの柄でないことははっきりしています。
いっそのこと、おもいきり柔らかくやるか、という誘惑にかられています。
むかし、落語を聞くのが好きだった頃、ラジオ放送のない日の寄席には噺家がサービスして発禁ではなくてもかなりきわどいお話しなどしてくれたものです、そのたぐいでいこうか等と、考えたりしています。もちろんわたくしの柄の範囲でしかできませんが。ところでわたくしの演題は「生命倫理への挑戦は研究の自由を拡大するか?」なるものです。演題を決めたのはずいぶん前で、その時はどういうつもりだったのか、メモも書いてないので分かりません。
法学の教授のかたが「研究はだれのものか」という気になるタイトルで話をされます。
おまえのものではない、とたぶん言われるのでしょうね。
他の講演者をみて、軟派でいくと甚だしく場違いになるか、それでもいいか、迷っているところです。

フランス行きSさんの協力もえていくところがどういうところか分かってきました。ボルドーからさらに西へ、砂丘でも有名で食べ物もおいしいので有名とか。嬉しいことです。いくのなら、世界遺産のサンテミリオンにもついでにいくべしとは、別な東京におられるSさんの示唆でした。帰り道、数時間でも寄れるらしいので、考えます。ユーロが高すぎてワインのショッピングはあきらめですが。
帰りは英国による計画があったのですが、時期が近くなると、仕事が山積みされているのもはっきりしてきて、どうしたものやらと思案しています。ぜひ来ないかとはいわれているのですが。

ロシア首相のプーチンが激しく怒って、米国の陰謀でグルジアが軍事行動をしかけてきたといっています。一分か三分の真理があるのでしょう。でもロシアに同情する国はほとんどないでしょう。日本からは遠い国の問題とおもっていると大間違いかもしれません。
第一次大戦も例のバルカンの小国での出来事からはじまったし、現在はユーラシア大陸の中央から周辺あたりにたくさんの新たな発火庫がありそうな気がします。アフガニスタン、ウイグルは当然近いとして、グルジアもそこからは遠いようで意外に近いのではないでしょうか。ウイグルはもう内乱戦争状態とか。島国の日本にはわかりにくいのですが、大陸の地続きというのはつながりはホントにつよいものです。韓国のソウルでのアンティークショップで見たものは日本とは全然違うものでした。まさに大陸と地続きなのです。
トルコにいったときに、田舎の光景の一部がインドの田舎によく似ているのでびっくりしたものです。アレキサンダー大王の時から、たぶんもっともっと昔から、文化的に強くつながっているのでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2008-08-29 16:46
2008年 08月 28日

オバマ氏正式に大統領候補に、参議院新党、瞬時の対応、少数者つづき

米国では民主党大統領候補一色ですが、クリントン夫妻がオバマ氏を強く支持したとか、この時期ニューヨークタイムスは民主党の機関紙となります。
このあいだのカナダ旅行での草の根にたいするわたくしの取材によると、
オバマ氏はよい候補かもしれない、しかし取り巻きが非常にわるい。
オバマ氏が米国大統領になればアフリカ大陸のこれからはまったく違うものになるだろう。
という2つの意見が印象的でした。

民主激震!「参院新党」にあの姫井議員ら5人参加へ 、という産経の見出し。産経が最初に記事を出してました。ホントかな、と思って他紙を見たときにはどこも出ていませんでしたから。民主党というわけの分からない政党の一部からわけのわかる(政治欲がまるだし)動きがでてきました。小沢代表を本気に嫌うひとはやはりいたのかな、と勝手に思いましたが。この顛末を知るにはまだ半年も一年もかかるのでしょう。

アフガニスタンからの悲しいニュース。たぶん本人がいちばん危険を感じていたはずです。ごくさいきんも数人の外国人女性が無差別射殺されたとかいうことですから。危険をひしひしと感じていたのではないでしょうか。善意にみちた素晴らしい日本の若者です。危険が迫ったときに、瞬時に彼を帰国させる動きがなかったのでしょうか。情勢の変化にごく短時間で対応することができないと、もう決していかないという、消極的な援助しかできなくなります。残念です。

昨日のつづきのようなそうでない話ですが、江戸時代外国からの使者がある徳川将軍に拝謁したところ、どうも話が通じるような相手ではなさそうでしたとのこと。先天的な知能障害をもった脳性マヒでをともなっていたとの記録があるそうです。第何代将軍かしらないのですが、この使者は日本という国がこのようなトップをいただいてなんのわだかまりもなく、大変におおらかで素晴らしい国だと報告したそうです。将軍を囲んで世話をするひとたちもまったく恥ずかしがってる気配も無かったとのことです。もしかしたら、子供だったのかもしれません。

もうひとつ、生類憐れみの令をだした将軍綱吉は非常に小さいひとだったらしい。
当時の記録では将軍が非常に小さいとはあまり書いてないのだそうですが、歴代将軍の墓所にある位牌の大きさからわかるのだそうです。受け売りなのでどこまで本当なのかわからないのですが。
心配になってネットで見ましたら、やはり身長124センチとでていました。
わたくしが興味をもったのは、生類憐れみの令という不可解な法律はかれのこの例外的な体躯と関係があるかもしれないと思ったのです。この動物を殺生しないという社会的なルールにより、当然ながら人々の生き物に対する関心が高まらざるをえないわけです。
嵐山光三郎氏の受け売りですが、芭蕉はこの社会的気分に巧みに乗って、名句をつくったとのことです。古池やなどがその代表だとのことです。
わたくしはこの綱吉の体の小さなこと、芭蕉が生類憐れみの風潮に巧みに乗ったという、ことなど始めてその時代をリアルに感じたエピソードでした。そしてこれらが本当なら昔も今も人間は変わらないな、とおもうのです。
わたくしは、研究もふくめて、常に少数者が時代をつくるという意見をもっているので、こういう話は格段にすきだし、昔の日本人は当時はどうおもっていたのかわかりませんが、今の目でみると、ほんとに面白いひとたちだとおもいます。まあちょんまげ結っていたいのですから、ヘンな人たちのことはまちがいありませんが。

by yanagidamitsuhiro | 2008-08-28 17:34
2008年 08月 27日

グルジアと満州、ロシアの横暴、少数者を考える

ロシアがグルジアでやっていることは、かつての日本が満州中国でやっていたこととよく似ているようです(リアルタイムで経験したことは無いので単なる憶測です)。
というか、満州での日本のやり口にたいする当時の世界の反応を理解しようとしたら、たぶんこの現在のロシア、グルジアを類似ケースとしたらいいのではないでしょうか。
ロシアのナショナリズムはいまやたいへんに興隆してかつての一等国意識がロシアの民にむくむくともちあがってきているようです。
ロシアが近隣諸国に嫌われるのはこの一等国いしきです。
どこの誰がこのロシアの「横暴」に一撃を与えられるのか。米国しかないはずですが、その米国は北朝鮮に振り回されても何もできないでいる状況です。
しかし、誰でもしっているとおり、米国は突然怒り出して、北(朝鮮)爆でもなんでもやりだしかねない素地があります。時間の経過とともにとんでもないことが起きる可能性があります。いわゆる挑発的行為がどこまで放置されるかです。日本が真珠湾攻撃に追い込まれる前に、いったいなにがどんな日本の行為が周囲の許容の限界を超えてしまったのか、そのあたり歴史に詳しい人にヒントをもらいたいものです。

少数者のことを考えてみたいとおもいます。
少数者というのはどれくらいの割合のことをいうのでしょうか。10人に1人というと、わたくしの考える少数に入らなくて、だいたい20人に1人くらいか、それ以下が少数者とおもっています。
生まれつき、先天的になにか問題をもって生まれてくるひとたちはだいたい30人に1人といいます、それくらいが少数者の一つの目安かもしれません。
生き物は誤りが少ないようにできているといっても詳しく見ていけばそうも言っていられません。
自然流産というのがあって、母親の胎内で受精卵が生まれてから、体の外にでて出生になるには長い時間と複雑なプロセスがあるので、かなりの頻度があります、だいたい自然流産の頻度は15%くらいといわれています。少数とはとてもいえないかなり高い頻度での「異常の存在」なのです。むしろこれは正常と言ってもいいのでしょう。つまり、異常は正常の一部なのです。
母の体内でしかその生をまっとうできなかった人(の胚)たちは決して少数者でも異常者でも本当はないのです。
人口流産つまり堕胎は出生数と同じという統計があるそうです。本当なら、本来生を受けてもおかしくなかった人たちが出生者に拮抗するくらいの数があったということになります。こういうことは、常にこの世の人のことを考えるうえで知識としてもっていた方がいいと思うのです。
とくに、女性が水子とも呼ばれる、生を受けられなかった「こたち」に深い気持を寄せるのはよりよい社会をつくるうえでの基盤の感情として大切に思う必要があるとおもうのです。もちろん男性もどうようなはずですが、でも自らの体内に宿る生命の感覚を男性が所有することはなかなかできません。

少数者について書こうとして、意見を開陳する段階になかなかいかないのですが、日本社会は最近少数者に対してどのような文化になっているのだろうか、そんなことを感じています。
体や目に障害をもつひとたちへの配慮は町中でもされてきていますから、見かけは格段によくなっているのでしょう。車いすでも外にでやすいとか、改善はされています。しかし少数者とは身体だけに限りません。文化とか社会的存在の少数者も沢山いるのです。知能的な少数者もおります。
少数者のやることは、見て見ぬふりをする、そういう文化というか社会は日本ではまだ存続しているのでしょうか。
誤解されるのを覚悟で言えば、やくざというのはもう日本にはいないのでしょうか。やくざはもうみんな暴力団になってしまったのでしょうか。やくざはたぶんまだいるのでしょう、でもかれらは少数者として生きることは、建て前としてできなくなったのでしょう。
法の下に平等ということでわれわれの頭はどのひともみな同じ権利を有するようにかんがえがちですが、少数者には特権のようなものがあってもいいのでは。
たとえば先住民族には特別な権限をあたえるのとおなじような意味合いで、少数者にはなにがしかの特権をもってもらう。
そのひとつに、社会が見て見ぬふりをする少数者たちの行為のようなものがある、こういう考えはいまの西欧的かんがえにはなじまないのですが、世界中で古くからあった習わしでした。
このようなものをまた21世紀的に復権できないものか。
ここできょうは時間切れとなりました。

by yanagidamitsuhiro | 2008-08-27 17:55
2008年 08月 26日

激辛数独、糸川英夫氏は復権したのかな

通勤時にあいかわらず数独をやっていますが、激辛というのの最後の段階で、難易度が10とかになっていて、難しさがいちだんと増しています。2つくらいのコマを埋めるのに、行き帰りの通勤時を使うことがあったりしています。あと4つくらいしか問題が残っていないので名残が惜しくなってきました。2巻を買いたいのですが、どこで1巻を買ったのか思い出せません。どこかの大きな本屋のことは間違いないのですが。

朝早く起きてデスクワークをしているのですが、ここのところ4時台になっていてちょっと早過ぎるような気もするのですが、やはりこの時間がいちばん思考というか、試行錯誤的な思考に向いているようです。一日に一つくらい何かを決めて先に進む感じです。年を考えたらしかたないのでしょうか。

息抜きに理髪に行きました。火曜でも休みがあるのですが、第2,第3が休みとか。しかし、聞いたはじから忘れてしまうのがかなしくかんじます。

ある堅い雑誌の表紙に糸川英夫氏の写真が出ていました。日本のロケット学の父なのだそうです。まったくそのとおりでしょうが、この方は復権したのでしょうか。
日本のロケットいうか、ペンシルロケットの創始者としてわたくしでもよく知っています。晩年は何かテレビ番組にでていたようですが、そちらのほうは何も知らないのですが、この方が東大を無理矢理に辞めさせられたときのことは強く記憶に残っています。
詳細は資料もないので、書けませんが、1967年に東大を突然辞任して、そのあとはロケットの現場には出てないのでしょうか。
わたくしの記憶では、どこまで正確かはわかりませんが、新聞で予算の使い方か何かで不正があるかのような記事を書かれて、もしも辞めなければ、官憲が乗り出すかのような、書かれ方をされたような記憶が残っています。
つまりわたくしは海外留学にでる直前でしたが、同じ大学にいて、このようなおそろしいというか、ひどい目にあって、経歴の頂点から奈落に落ちるような目に会うのか、怖いこともあるものだという、学者としての幼児の原体験的な知識になりました。わたくしになにがしかの用心深さがあるとすれば、この時の知識がもとにあるかもしれません。糸川氏と寺山修司氏にたいする激しいマスコミのバッシングは忘れられません。

今回のこの堅い雑誌の紹介文にはそのあたりのことはただの1行も出てきません。1967年に東大を辞職してロケットから完全に離れたのですが、そのいきさつも無ければ、かといって復権的な記述もありません。これはどうしたことなのでしょう。
それで、ネットでも調べたのですが、このあたりことについて、何かを発言しているような人も居ないようです。ずいぶん、口の堅い分野なのだな、と思いました。
ですから、日本のロケット学の父、と言われて当然な糸川氏はある日とつぜん現場を辞めてしまった、こういうことです。亡くなられて、もう10年ちかくなります。
写真をよくみると、なんとなく憂鬱そうな顔をしています。

研究者の顔としてはよいものだと思いました。研究者はだいたい大半は憂鬱な人生をおくるものだという、なにかそのような真実かそれとも錯覚をわたくしはもって生きていますので。

by yanagidamitsuhiro | 2008-08-26 16:50
2008年 08月 25日

オリンピックの終わり、星野監督についての疑問、喫茶店好きな人間には

やっとというか、とうとうオリンピックも終わりました。
中国人民のみなさんも、大量の金メダルを獲得して、また海外メディアからの運営についての大賞賛もあり(ということらしいので)、自国の誇りを最高度に高めたようです。
結構なことでした。これが何の始まりになるのか終わりになるのかは定かではありませんが、日本国民の側にたてば、中国人へのそこはかとない反感がかなりはっきりしたかたちにこのオリンピック開催中に明らかになったことでしょう。まあ消極的、おとなしい国民となった日本人は、あからさまには言わないにせよ、いやな人たちだな、というかいやな人が相当たくさんいる国で、日本人をことさらに嫌う人が大多数と思ったのではないでしょうか。期待度を低くもつと、隣人との関係がいちばんうまくいくという説にのっとれば、いまがいちばん隣国とは良い関係なのでしょう。

星野ジャパン野球や反町サッカーへの批判など、福田団長がやってくれました。
どんな人か調べるとわたくしと同じ年でしたが、スペイン語、英語も使えるビジネスマンでかつてはレスリングで世界選手権優勝者とか。
わたくしも、いまの中年のおじさんの支配するマスコミがなんでこんなに星野、星野とさわぐのかまったく不可解でした。選手にろくなのが居ないのでこうなったのか、いかんせん、野球をしない監督が頭にくる野球チームなど面白いはずがありません。
性懲りもなく、まだ他の大会の監督を依頼しているようですが、やめた方がいいに決まっています。自ら辞退しなければ、呆れてしまいます。
野村監督が、仲良し組の人間をコーチにしたのをみてこれはもうだめ、と思ったとか。王監督は星野監督は擁護したそうですが、監督が監督のようごするなど、あまり賞められたことでないでしょう。興味をほとんど持ってないのですが、指導者の質に問題があればすぐクビを変えるのが正道だとおもいます。
日本サッカーの岡田監督にも疑問はありますが、次のバーレーン戦では海外組をたくさん呼ぶようですから、まあ軌道修正自体はいいと思うのですが。でもどんな作戦、これからの計画か分からない人です。ただ、ゲーム中のジャージ姿は新会長の命令でスーツになったとか、それはすこしましだとおもいます。

きょうは長時間のデスクワークにくたびれて、外で書類を読むために外出しました。何度も書きますように近隣の喫茶店がほとんど無くなり、かなりの遠出が必要です。きょうは鴨川べりの美人(だったか)姉妹のやるところに行きましたら、店が閉まってました。小さな紙が貼ってあって、しばらく閉店とありました。ここも飲み物とケーキ、ビスケットくらいなので、それが原因なのでしょう。
しかたなく、今出川通りを戻ってきたら、一軒入ったことのない喫茶兼食堂があり、入りました。インテリアはまあまあなのですが、料理のにおいが強くて、たぶん夜用の仕込みなのでしょうが、お茶を飲む雰囲気にはなかなかなれません。30分程度で我慢が切れて外に出ました。外の空気のよいこと。
喫茶店好きな人間には先のくらい世の中となりました。
帰路パンを買いました。ここの店こそ、二階にでも喫茶席をつくってくれれば、毎日でも来るのですが。

by yanagidamitsuhiro | 2008-08-25 17:27
2008年 08月 22日

日本男性は韓国に学ばなくては、

女子ソフトボール、金メダルとのこと。すごいものです。日本女性どこみてもマラソン以外は元気だし、立派でした。
それにひきかえ、男子は。まあここでやめておきましょうか。
野球も韓国に負け。ずるずると終盤で点をたくさんいれらら、負けるのが、いまの日本男子の特徴ですか。最悪のパターンともいえます。
韓国にほんとに学ばなくては、いけませんね。日本の男性は。
かなりの女性が日本男性に愛想をつかして韓流とか、もう流れはすでにできていますか。
スポーツだけが人生ではないですが、韓国よりはるかに人口の多い日本はどうもいろいろな面で抜かれてしまったようです。

きょうは英国ケンブリッジの共同研究者のVさんが来訪しました。
昼飯をK君も一緒にともにしました。

あとはもっぱらデスクワーク。

それと来月末にいくフランスでの学会の旅行準備。いったことのないボルドー近辺で、どのルートでいくのかをまず決めねばなりません。それと会議後どこかに寄っていくのかそれともすぐ戻ってくるのかそのあたりを決めかねています。

そういえば民主党の選挙は、小沢代表が無投票でなりそうとか。
でる出ると言っていた、野田氏がやめたというか、やめざるを得ないようです。
この人、国民的人気は皆無だし、たしか前に問題になった偽メール事件でおかしくなったなんとかいう議員を擁護してわけのわからない発言で迷走した人物との記憶があります。
こういう人気も判断能力もないひとが候補ででるとか、出ないとか、民主党も人材難のようです。ひとごとではなく、ほんとに困ったことです。あの名古屋弁のへんてこな人物はでないのですか。

by yanagidamitsuhiro | 2008-08-22 16:13
2008年 08月 21日

秋来る、カタカナ問題

今朝はとても涼しく、いよいよ秋来るとおもいました。

最近海外の研究室との共同研究がうまくいっています。論文として公表されているものはまだありませんが、投稿中のものがふたつとかその前の段階のものも2つ3つあってなかなかいいものです。前にも書いたように、実際にデータをだしたものしか共同研究とはみていません。

まえに沖縄にいたSさんがいまは日本の国語問題をやっているようでして、なにかのメールの交換時にそのあたりの話を知らせてもらったことがあります。
このグローバル化の時代、日本の言葉の壁は本当にたいへんで、いっぽうで伝統もまもらないといけないし、国語問題は日本の文化の根底にあり、また一方で日本の将来を規定するともおもいます。
わたくしはカタカナは便利ですが、日本人が外国語を覚える上での相当な障害になっている面もあるとおもいます。また外国人もカタカナが非常に難しいといいます。
LとR、BとVなどのの区別をしないカタカナの問題はおいといても、外国語の語感を分からずに使う弊害も深刻とおもいます。グローバル化といわずして地球化というとたぶん日本人はしらけるので、語感がとらえにくいカタカナで問題を直視しないですませる、そういう面もあるようにおもいます。
都合のわるいことはカタカナで意味をぼやかしてすませる、明治以来の日本人の悪癖かなともおもいます。しかし、いっぽうでよく分からないことから来る居心地の良さもあるのでしょう。民宿というとしらける人がペンションといえば興味をしめす、そんな面もありますし。
カタカナをなんとかもうすこし外国人の発音にちかいものに変えるのは意味がないでしょうか。中国人の人の名前、アルファベットをみても誰だかさっぱりわからない習慣もなんとかならないか、とおもいます。

きょうはバイテク関係の研究をしているTさんの来訪がありました。なかなか面白い話をたくさん聞かせてもらいました。

by yanagidamitsuhiro | 2008-08-21 17:23
2008年 08月 20日

豊穣すぎることしの畑、デッドラインに入ることでの決定

元気な孫たちも東京に帰ります。妻も同伴なので、すこしのあいだ一人暮らしとなります。
この間に、家猫の体調が悪くならないように祈ってます。最近はドライフードを食べることもなくなり、夜は涼しいのかそれとも周りに水があるためか、洗面所のなかとか、風呂場の中とか妙なところで夜をすごしています。

まだまだ夏はおわってないとはいえ、気持的には秋にむけてかんがえだしています。
ことしはなにしろ畑は豊作すぎてあまりの収穫に圧倒されました。さいわいそろそろ収穫も下り坂なので、今年の秋はあたらしいことは秋なすのための切り込みくらいにして、後は何もしないことに決めました。たぶんトマトとかもまだまだ出来てきそうなので、枯れるにまかせても9月10月11月といろいろ獲れてくるでしょう。それで晩秋になった頃にはさっぱりした農閑期でいたいなあ、と思いだしています。週末農業には、ちょっと豊穣すぎる夏だったな、とおもっています。
ブドウもことしはできました。出来てみると決して難しくなく、梨や桃の難しさに比べればたいしたことはない、と思いだしています。栗や柿を猿飛佐助に食べられないにはどうするのか、最初の対策は笑いを誘っただけで完全な失敗、新たな対案を考え始めています。

きょうは沖縄のS君とつきあいました。彼は昨日の夜から来てくれて、朝からさきほどまで、昼飯の時間を惜しんで論文の作成のための議論しました。もうデッドラインに入ってきているので、決めざるをえないこともいろいろあって、それで路線が決まります。なかなか決めるのが難しいことがあったので、結局デッドラインに入ってきて決められるようになるという経過でした。
S君が沖縄に戻ったあとはラボセミナーでI君の気合いの入った話を聞きました。
なかなか面白い。自前で話を作るのは大変よいことです。

by yanagidamitsuhiro | 2008-08-20 18:04
2008年 08月 19日

家猫の近況、大麻取締法

いっときはこの夏を越せるかしんぱいしていた家猫のGはさいきんすこし元気がでてきてよろよろあるきながらもだんだん声がおおくなってきたし、こちらを見つめる眼にもこころなしか、力がついてきたようです。
孫たちと一週間すごしましたが、なるほど上昇期のひとたちですから、元気がいい。ノド風邪にやられて熱がでてもぐったりせずにつぎつぎにいろいろな注文がでてきます。育児の大変さは大変でも先が明るいのに、下降期の人間相手の介護の大変さはその100倍くらいかなと思う次第。さいきん死んだとはきいてないのですが、ながいこと表にでてこない、かつてはマスコミに毎日のようにでていた有名人たちもかなり多くが介護されているのでしょうね。このあいだ無くなったおばのように一日か二日の病であの世へいくのが希望ですが、これだけは希望通りにいきませんし。

相撲取りのロシア人が大麻取締法で捕まったようですね。
前にも触れましたが、シンガポールほどではないのですが、日本は厳罰のくにです。ヨーロッパなどはかなりゆるい罰則、事実上大麻は麻薬とはみなされない国も増えているので、外国で習慣的に使っていたひとも増えているので、逮捕予備軍は日本は相当多いはずです。
大麻は古来日本では衣服や綱や祭祀につかわれていて、麻薬という認識はなかったのですが、戦後米国に負けて新しい法律で厳罰化されるようになったらしいです。
ただ大麻取り締まり法として、麻薬の取り締まりとは一線を画しています。しかし、懲役刑が基本で10年以下というのですから、非常な厳罰です。罰金などでしのげる外国などとは大違いなので、つかまって法律の枠の中に入ってしまえば、どうにもならないものです。学問的に、大麻の無害を主張しても日本の法律はこうなっているということで、しかたないのでしょう。ただ、大麻を麻薬的に使うのはどう考えてもおかしいので、一種の神経安定剤というか、瞑想をたすけたりするような作用はあるのかもしれません。インドでは昔はだれでも利用したりしていたらしいのですが、最近禁止されたとか聞きます。そのかわり飲酒が蔓延するのだったら、どうなのでしょう。
わたくしも、日本は普通のひとには飲酒があるので、大麻はいらないのだと思います。もちろんタバコもあります。しかし、タバコはたぶん大麻と同等の習慣作用と健康を害する作用があるだろうと多くの人はかんがえているようです。

by yanagidamitsuhiro | 2008-08-19 16:34