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2008年 11月 28日

この国民あってのこの大新聞、昭和50年の頃の鴨川

大新聞トップ記事は少年が1億円賞金のゴルフプレヤーになったというものでした。天下太平です。首相と野党党首の討論などはずっと低い価値なのでしょう。あまり出ていません。面白くなかったのでしょう、たぶん。
ムンバイでは依然激しい銃撃戦が行われ、タイの2つの空港では座り込みの人たちが死ぬまでここで頑張るという様子、もうすこしこの辺に関心持ったらと、思うのです。
すこしノー天気が過ぎると思うのですが、記事もやはり国民の要求があってのものでしょうし、この国民あってこその、この大新聞なのでしょう。

しばらくぶりに、理髪へいきました。
隣に座った男性は、元気がよいひとでした。帰られた後で聞くと、もう80ははるかに超えているとか。宝ヶ池に競輪場があって、そこまで市電が行っていたという昔の話を尋ねたら、話がはずみました。その頃は競輪の日は花火があがって、子どもが花火の一つに落下傘があって、これを拾うと賞金がもらえるとかで、みな川に入って、拾おうとしたとか。川とは髙野川のことでしょうかね。市電の始発の駅がどこか、聞いたのですが、忘れました。昭和50年くらいまでは、何百匹も魚が簡単に釣れたとか、三条の橋のしたでも鮎がごっそりとれたとか。いまは全然いないとの話しでした。わたくしも、昭和47年には京都で住みだしたのですが、そんなに魚影が濃かったとはまったく気がつきませんでした。

月曜の講演準備、まだ終わりませんが、おおかた進みました。
でも週末、月曜直前まで、かかるでしょう。
やはりこういう準備は大変ためになります。いろいろ忘れていることに気がつきます。
ためになりすぎて、なんか切ないような気持になります。ヘンなものです。
しかし、われながら、えんえんと現場人間をつづけているな、あきれる気持もあります。
月曜から、インドからふたり来訪滞在します。RM君は実験をしに、もうひとりの学部学生の若者のほう(まだ名前をちゃんとおぼえていません)は6週間の期間でなにかコンピュータを使ったプロジェクトをやる予定。

by yanagidamitsuhiro | 2008-11-28 17:42
2008年 11月 27日

英語がだんだん下手になる日本人、会費500円(医師のみ)、偉大な岡本太郎、

昨日の続きですが、本当のところかなり気になっているのは、海外に長くいるわたしの知る若い人たちのなかでだんだん英語のプレゼンテーションが下手になっているケースがわりあいあるのです。うーん、なんでなんだと、思うくらいにプリミティブなプレゼンテーションで呆れてしまうことがあるのです。外国に十年も十五年もいて、年々下手になるのはいったい何故なのでしょうか。
英語に堪能な日本人を作るはずが、これじゃ逆な結果になってます。
たぶんマンネリになって、注意深く自分のいいたいことを正確にいおうという努力が足りないのでは?とも思えるし、生涯学習のつもりでいつも改善に努めるとか、海外に生活しているのだから、そうじゃなくちゃおかしいと思うのです。
一方で、海外に10年も居て帰国して、プレゼンテーションがすごい勢いで劣化している人たちも知っています。
こういうケースを詳しく吟味しないと、日本人の英語力の改善など絵に描いた餅になってしまうのでしょう。わたくしが疑っている原因は、こういう人たちは込み入った内容の英語をしゃべるのを面倒くさがっているのだと思っています。

きょうは月曜の講演の準備を本格的に始めました。よく見たら、午後6時15分から8時とあるので、討論時間を考えても75分程度の講演時間があるので、たっぷりあるのはいいのですが、これを退屈させずに話しきるのは至難の業です。
よくポスター見ると、会費とあって、500円とあります。しかし、括弧して医師のみとあります。わたくしの話そのものに金を出すのでなく、軽食でも出るので、その料金を医師からはとるのでしょう。なにか経理事務上の理由なのでしょうが、ラボの医師のF君はポスターを見てぶつぶつ言ってました。医師じゃない、といえばいいじゃないと言いましたが、それはさすがに出来ないのでしょう。

昨日帰り道、本屋に寄って、日本語の未来だか、将来だかの本を買おうとしましたが見あたらず、その代わりに石原慎太郎氏の偉大な日本人とかいう本を買ってしまいました。こういうタイトルはあまり好きではありませんが、でもその中の一人に岡本太郎があったので、読みたかったのです。電車の中で読みましたが、同感でした。ただ、格段に切れ味が鋭いということはなく、岡本太郎は偉大にして天才(わたくしもまったく同感なのですが)と思って、彼の人生をみれば同じようなところが見えてくるのだと思いました。
ただ、中でわたくしがおもわず快哉を無言でつぶやいたのは、某芸術大学学長だったかのえらい(と本人と周囲がおもうらしい)絵描きを偽善者ととしてこっぴどくやっつけているところで、わたくしもこの人物は売名のインチキ徒として、聞いてくれる人がいないので、自宅で妻が聞こえるところで、この人物の記事がでると悪態をついていたのですが、慎太郎氏もそうだったのか、とここがいちばん嬉しかったです。くだらない、話ですみませんが。

自宅にもどると、妻はいつものように娘とチャットをしていましたが、わたくしも参加しました。娘が仕事で、日高敏隆先生にインタビューしたという話を聞いて、懐かしく思いました。奥さまも一緒だったとか。そういえば長いこと日高さんにお会いしてないです。娘によると、立派な勲章をもらったようです。
娘のところもとうとう子どもの送り迎えがたいへんすぎて、車を買ったとのこと、ここまで無しで頑張ったのだし、立派なものでした。

追記になってしまいましたが、インドムンバイでの同時テロ、ひどい事件です。写真にでている、豪華ホテルは覚えがあります。観光名所で、お茶を飲んだ記憶があります。
100人も死んで、数百人が怪我、非常にいたましい事件です。インドもヒンズー教徒だけではありませんから、かなりの回教徒もいるし、社会的にボラタイルな部分は相当あるわけです。出生率も圧倒的に回教徒が高い、とわたくしの知り合いのインド人達はよくいいます。でもインドは民主国家なのですから、この苦境を乗りきる民衆の知恵がでてくるはずです。

by yanagidamitsuhiro | 2008-11-27 17:00
2008年 11月 26日

日本語の将来、英語が堪能な日本人

きょうも沖縄のS君と朝から夕方まで論文の読み合わせです。
時間がかかりましたが、ともあれここまできました。
来てもらっているので助かります。
昼食はZへ。そこへK君から電話、なにかとおもったら、元宇宙飛行士のMさんがラボにおいでになってるとか。著名人なので、K君はかなり慌てています。しかし、すぐには戻れないので、お会いできませんでした。傍までおいでになったと言うことですから、同じ建物にMさんの知り合いの先生がおられたのでしょうか?

けさの新聞で日本語の未来について論じた文章をよみました。著者(女性)はちょっと苗字を思い出せないのですが、顔は憶えています。ベストセラーの日本語の将来を論じたほんも出てくるのですが、なかなか面白かったでした。

日本人のかなりの多くの人たちを英語とバイリンガルにするくらいでないといけないという、一つの結論も出てくるのですが、その前提としていまの日本語は素晴らしい、大切、存続する必要があり、そのための手当というか努力も必要、そういう論旨らしいです。本を買って読まないといけないのですが。でも、わたくしが思っていることもほとんど同じなので、本を買う必要が無いくらいな感じです。長年、海外とつきあい、いっぽうで日本の伝統文化の素晴らしさと日本人としてそれをよいかたちで次代に渡していくにはどうしたらいいのか、考えればどうしても一つの結論はそんなものになってしまうのです。

わたくしはバイリンガルである必要は無いと思います。でも、英語の書物や新聞などを苦労なくよめることと、英語でしゃべったり書いたりのコミュニケーションが生活の一部であればいいとおもうのです。バイリンガルになるには、時間的な投資が多すぎる感をもっています。でも、もっと短い期間で英語が堪能になれるのなら、バイリンガルレベルまで上げるのもいいでしょうか。

問題は日本人のどれくらいのパーセントの人にそうなって欲しいか、というか希望でなく必要性としてどれくらいの人たちが英語の読み書きしゃべるに堪能になればいいかです。人口の1%である130万人では少なすぎます。いまでも1%くらいならそのレベルには達しているでしょうか。10%の千三百万人はすくなくともそうであって欲しい。できたら、20%の二千五百万人くらいまでいくと、素晴らしいと思うのです。

20%は決してエリート層の教育ではなくなります。しかし、国民すべてではもちろんありません。20%のひとたちが英語のテレビ番組や外国人との会話を不自由なくできるようになるために、どうすればいいのか。
どのような方策があるのでしょうか?
文化だけでなく、日本が経済的にも将来強固になるには、5人にひとりの日本人は英語に堪能、なおディジタル文化やロボット文明に違和感がなく、わたくしへの我田引水ですが、生命科学にも健全な知識をもっている。
こんなふうになれればどんなに素晴らしいか、と思います。もちろん20%以上であってなんらかまわないのですが、しかし幻想をもてません。現実的にはそんなもので、社会は成り立つはずだし、みんながみんな学習する頭を主たる武器で人生を送るような社会はつらいし面白くないものでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2008-11-26 17:14
2008年 11月 25日

頭の切り替え

きのうも書きましたが、いま3つの論文がほぼ終わりに来ていて、どれも進行せねばならない一方で、頭の切り替えが大変です。
パソコンの前に座って、そのうちの一つをやるときには、頭の中に色んな懸案の問題が数珠つなぎにぞろぞろ出てくるのを待つのですが、年のせいか出るスピードが遅いのです。
昔は、朝昼夜、違う論文ができたのですが、いまは駄目です。やはり一日ひとつが能率がいいのです。
きょうは沖縄のS君がきて彼のをやりました。でも、早朝から出勤までは京都のラボのH君の論文をやりましたから、こういうのは例外のほうの日です。あいだに朝飯と通勤がはいるので、切り替えができました。
さらに午前沖縄のTP君もきました。かれの仕事の進捗やこれからのまとめに昼飯までつきあいました。S君はTP君の来る前と昼飯後ゆうがたまでやりました。
というけでかなり疲れました。

そういえば、今日は他にも早く原稿を書いて欲しい、という催促のメールもありました。
他には、講演依頼もありました。これは前向きに対応しようとおもっています。
あと、いくつか依頼があるのですが、すぐ返事できません。でもすぐ返事しないとすぐ忘れる傾向があるので、困ったものです。でもそれでしのいでる面もあるので、しかたありません。
来週月曜にある長い講演の準備もしなければいけません。あと最低三日は準備にかかるでしょう。もうある程度はすましてあるのですが。

そういえば、昨日はかつてのラボのメンバーだった、I君が家族と一緒に短時間現れました。関西の大学に研究室を構えるのですから、立派なものです。しかし、いまは教授になったって安楽な人生はまったく待っていませんから、いかにしてみずから心の余裕と平静さをたもつか、と励ましのようなお説教のような話をしてしまいました。

by yanagidamitsuhiro | 2008-11-25 18:04
2008年 11月 24日

縁戚のはなし、serenityな気分、「あんた、あんた」

縁戚というのは、むかしは組むことによってなんらかの利点や恩恵があるということで行われた場合がおおいのでしょう。しかし、いまでは結婚は恋愛が多いので計画的な縁戚をつくるということはないのでほとんど偶然な組み合わせの場合になるわけです。
また昔のように同じ村とか町での見合い結婚ならば恋愛でも家同志予備知識がある場合が多いのですが、最近はこれもまたほとんど無いわけです。
そういうわけで、年数を経てつきあっていかないと、お互いの家のことがなかなか分からない、このあたりが世間の相場の状態でしょうか。わたくし達夫婦の場合でも、35年もたって、長年のあいだに、いろんなつきあいがあり段々縁戚と呼べるくらい深くなってきました。
おなじように子ども達の場合もなるのでしょう。
前置きが長かったでしたが、週末土曜に長男の結婚後に、2つの家族のメンバーが親しく時を過ごす機会がありました。こういう機会はわたくしは大好きで、たくさん持つことが良いのだと思います。幸い、京都と大津ですから、これからも気軽に親しく交際できるでしょう。

晩秋の農作業は好きです。
英語でいうserenity,静けさ平穏晴朗清澄、心の安らかさおちつきなどと訳すようですが、まさにそういう気分になれます。
作業が進むと、あちこちきれいで、さっぱりになってきました。
ストーブの薪も今日の朝で昨年の分が終わり、来週からは今年買ったものになります。

論文書きのほうも煮詰まってきたのが3つもあって頭の切り替えが難しいのですが、それでもかなり進捗しました。

元次官夫妻殺害犯人については考えると不可解にして憂鬱になるので、なにも書きません。

小沢代表が麻生首相との会談時にずっと「あんた、あんた」と呼んだとの報道をみました。なかなかの戦術です。相手はさぞ怒るでしょうから。
それで、小沢なんて信用できないと、首相が言うと、ちんぴらの言いがかりみたいな程度の低いものとNHKでの放送で決めつける。
この決着はどうなるのか。自民党のなかからはしびれを切らしてなにかの動きがあるとみるのが自然なのでしょうか。
アメリカのビッグスリーの動きからもこの12月の一ヶ月間で相当な経済の動きが日本でもあると見るのでしょうか。
こういうのは地震のように突然揺れ出して大あわてするのだとおもいます。ただどう揺れるのか見当がつきません。

by yanagidamitsuhiro | 2008-11-24 18:00
2008年 11月 21日

さらなる株安、医師嫌いの首相、首相のすげ替え

帰りの新幹線で読んだ雑誌の京大の佐伯教授の書かれたものでは、まだまだはるかに激しい株安がやってくるだろうとのご託宣でした。説得力のある論でした。結論的には、来年にはいまの半分、再来年にはまたその半分になるかもしれない、とすると、株価がいまの8千円くらいから2千円になってしまうのかもしれません。恐ろしい話です。それともそうでもないのか、そうなってみないと分かりません。
京大職員が宇治での路上駐車内で生活していた男性を殺人した容疑で逮捕されたとか。長いこと、そういう犯罪で京大での職員、教員が容疑者になったとのニュースが記憶にありません。

定期健康診断の「成績票」なるものがきました。
腹囲(これ容易に変換ででてきません)が75.2センチが自慢です。わたくしが測ったのではありません。念のため。

学習院大学出身の首相はどうも医者が嫌いなようで、とうとう医者の大半は常識を欠落している、とまで放言してしまいました。自分で病院を経営しての経験だ、とまで言い切ったので、この人の頭の中にある医師像というのはすごく悪いのでしょう。医師が足りなくなったのは、お宅(医師のこと)の責任だとまで言ったのだからこの一言だけでも首相失格でしょう。
でもマスコミ、特に読売新聞やテレビのお金持ちのみのもんたなどのキャスターやタレントは首相はすばらしいとか、さわやかとか、いってますからまだすこし命脈を保つ時間があるのでしょうか。
自民党はとうとう、小泉首相以来四代で土台まで腐ってきたのでしょうか。
知恵者がでてきて、一刻も早く麻生首相をクビにして、清新な首相候補で次の選挙を戦うという路線がいいに違いありません。しかし、知恵者も含めて、二世か三世議員しかいないのでしょう。官僚叩きを繰り返しているうちに、官僚出身の清新な議員も払底してしまったようです。
自民党の衰退は日本体制の衰退と同義とわたくしは思っていますので、日本国民はよほどの覚悟でこれからの日本の政治に立ち向かわないと、国民みなが被害者になるとおもいます。

by yanagidamitsuhiro | 2008-11-21 14:04
2008年 11月 20日

カタール戦,こういう難しい時代の社交,村松先生と山川先生

朝起きられなくて、サッカーのカタール戦は見られませんでした。
4時にネットを開けたら、3−0で快勝とは素晴らしい。
これまでのもやもやが吹き飛ぶような勝ち方でした。やはり勝てば官軍ですか。点を実際にいれた田中、玉田、闘利王が誇らしげなのもいいし、サポートした中村俊輔がくわしい解説をするのもさまになってみえました。

東京化学同人から出版されている「分子細胞生物学辞典」の新版が刊行されたので関係者の集まりがあるので、午後から東京に向かっています。
編集主幹の村松先生たちと久しぶりに会えるのが楽しみです。

こういう難しい時代、色々な人と会って話しを聞いたり、自分の意見を言って相手がどう反応するか、経験することに相当な意味があるとおもっています。
特にむかしからよく知っている人たちと会うのに意義があると思っています。時代の変わり目でおりおりに意見を聞いたり話したりしているので、こういう時にはどういう風な意見をお持ちか聞くこと自体にとても意味があるのです。

社会における自分の生き方のバランスを保つためにも、こういう難しい時代の一つの処世術には社交が大切だとおもいます。そのためには京都から東京に出向くのも、時間のむだどころか、有意義な時間のつかいかたとおもっています。

そう言えばこのあいだの武田薬品の賞の会合で東京に行ったときに、会食が立食でなくテーブルでして、偶然に山川民夫先生の前でした。
山川先生とわたくしのあいだにはなんの接点もなさそうですが、実はわたくしまだ修士か博士の学生一年の時に先生のところで脂質の実験を植田先生の指導でやったことがありまして、しばらく研究室に行かせてもらいました。
細胞性粘菌の細胞膜画分にある脂質の分析を薄層クロマトとガスクロ(たしか)で分析したものでした。もう40年も前のことだし発表もできなかったので、これ以上は書けないのですが、いろいろ教わりお世話になったものでした。わたくしのいまのG0 projectの基礎になる教養のもとになる経験でした。
先生はいまはお忘れになったようですが、30年くらいまではラボでお世話になったのを覚えていたはずなのですが。
ともあれいろいろ楽しいお話しができて、先生の元気ぶりにも感心しました。
先生の自伝まで頂き、家に帰って読みましたが、いろいろ知っている先生の話が多くわたくしは確かに東大で院生生活をしていたのだと、再確認できました。もう40年も前の話ですが。
村松先生は、山川先生の後任教授だったはずで、人脈はなかなかおもしろいものです。

by yanagidamitsuhiro | 2008-11-20 16:53
2008年 11月 19日

いやな空気

きのうは寒い夜でした。きょうも朝から寒いです。

衝撃的な殺人事件と傷害事件が、厚労省の元トップと配偶者に対して起こりました。最初が自宅にいた夫妻を殺害し、次が玄関に出てきた妻を重傷にしています。たぶん同一犯人、やり方が酷似していて宅急便を装っていたようです。マスコミは連続テロという表現でその衝撃の深さを報道しています。

理由がわからずに特定の人物、しかも国の行政官庁のトップを務めたような人たち、しかも妻を巻き添えにするという点で、従来の犯罪観ではでは対応できないし、不特定殺人に近い不気味さがあります。
年金の専門家でもあったようなので、年金不満を元にしたような印象もあたえますが、2番目の傷害事件では30代の男性ということなので、その犯人像はわかい男性ということになります。年金にからんでどのような犯罪動機があるのかまったく不明なのでしょう。
深い社会的不満をもった人物の犯行ともおもえます。やはり秋葉原での不特定連続殺傷と類似点はあるものの、攻撃が一段と特定人物化しているので、社会的な衝撃はとくに政治や行政の関係者においては深いでしょう。

ここのところいやな社会的空気を強く感じていました。大きなだれでも知っているような出来事も見方を変えたら自分のきわめて近傍のひとたちにも深甚な影響をあたえているのかもしれません。

やはりなんといっても世界の金融の大混乱です。お金をたくさん失った人たち、その周囲の人たちがたくさんいます。企業レベルでも個人レベルでもです。虎の子のお金をうしなったひとたちがたくさんいるようです。

日本の国政のどんずまり感はただならぬ深さです。三代の首相が選挙の洗礼をうけずに、しかも来年のあきまで居座るかのような言動が盛んです。代わりのはずの民主党もはっきりしません。

財界トップがマスコミに対して、「報復したい」とまでいったのはごく数日前です。マスコミの厚労省叩きがひどすぎる、という理由でした
政治のトップの首相の理由のないニヤニヤ笑いは多くの人を不快にしているようです。

それに自衛隊の現場のトップが出てきて、世間のマスコミと学識者をあいてに歴史観を開陳して、激しい攻撃をうけました。後味がたいへんに悪いです。それじゃどのような歴史観をもって戦闘機のパイロットは日夜の働きにやりがいを持てるのか、代わりの歴史観はだれもなにも提示されません。歴史観についての八方ふさがりの閉塞感は一般国民に夢とのぞみをあたえません。

生活で追い詰められ将来に夢をまったく持てない若い人たちが多くなりました。特に30代の男性にいまの日本のもろもろの問題がおしよせ、のしかかっています。40代前半まで波及しているかもしれません。

なんて平和な国でいいのだろうと、言える人たちはいるようですが、実感を持って言えるのは、衣食住にたりた高齢の世代だけが言える言葉です。その高齢者もこの経済の混乱で怖れだしているのではないでしょうか。
平和な国でいいですね、そういう発言をフリーターの30代の半ばの男性は決していえません。戦争がおきてほしい、とまで発言する若者が出てきているようです。社会の激動を期待しているのです。そうでなければ、かれらのつらい生活がかわらないのでしょう。
そういうふうに考えていくと、このような事件はまだまだこれからの日本の社会の行き着く先の単なる始まりを示しているだけなのかもしれません。

犯人がつかまったとしても何も解決しないし、このいやな空気を払拭するのは大変なことなのでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2008-11-19 18:01
2008年 11月 18日

年齢差別ハラスメントについて

けさ、駅に着く前の交差点で、あの落ち葉マークだかもみじマークだとか言う後期高齢者の車が目の前を通りましたが、運転手はだれが見ても二十代の若者でした。
このマークは、つけないと罰金とかいうはなしで、年齢差別ハラスメントの最たるものだなと思いました。だいたい高齢者だと強制的に周囲にしらしめることがハラスメントのうえに、犯罪などの対象となりやすいことを考えたら、とんでもないことを日本の政府というか、行政はは高齢者にしているとおもうのです。家の前に駐車してある車にこのマークがあれば高齢者がこの家にいることを知らしめる点でも、本当にけしからんのではないか、つまりドイツやポーランドがやった、この家にはユダヤ人が住んでいるという印章とかユダヤ人につけさせたダビデの星の腕章に匹敵するのではないか、こういう議論がまもなく始まるような気がします。

というのも昨日のC.Booneさんとの個人的な雑談でも、やはり年齢差別が非常にいけないことだという意見が北米を中心に強く出てきていることが話題になりました。
セクハラ、パワハラ非難に匹敵する勢いだとおもいます。
そのうち上司が年齢だけを理由にして部下を不利に扱うと、訴訟の対象になるだろうとおもわれます。落ち葉マークなどはもちろん言語同断、ということです。

わたくしも米国での経験からもう何年も前から、年齢に対しては、若かろうが年寄りだろうが普通の会話では非常に気をつけています。相手が年齢をどんどん話題にしたときだけ、わたくしもそれに乗るようにしています。
自分が年をとってきたからそう思うのでしょうが、年齢差別たしかに非常に怒りがわくこともあります。なんで年齢でそんなに差をつけるのだ、あほったれ、といいたくなることがあります。
だから、映画館無料だから、いこうよ、とかいう妻の誘いにも聞こえないふりをしています。美術館で割引料を喜んで払おうとしているときにはなるべく遠くにいて関係無いかのようにしています。
でも本当のところこの年齢ハラスメントにはかならずすぐにも反論が出るところがおもしろいのです。わたくしも、年取ってボケボケになっているのがいつまでもいたらみんな迷惑だろうし、とかつい言ってしまうことがあります。年取って→ボケボケ、という論理は常に成立どころか、たいていの場合はそうでないので、おかしいのです。
そう言ってしまうのは、高齢者は動作が緩慢だし、言語も素早くないので、そう見えるのでしょう。素早くしゃべる教授やマネジャーが実際にはボケボケよりももっとひどいくだらんことを言ったりやってることが多いのです、本当のところ。そう言うこと、最近よくあります。
高齢者はなにか言うのに時間がかかるけれども、耳を澄ませて聞いていると、ひと言で本当にいいことを言ってる場合がおおいのです。

ともあれ、年齢ハラスメントをする人間にはこれからすぐ指摘してやろうとおもったことでした。
セクハラでも同じで、同じ言葉をいっても相手によって年齢ハラスメントにならない、というふうになっていくに違いありません。優しい気持ちで年齢を話題にしていたら、気にならないのですね。

by yanagidamitsuhiro | 2008-11-18 17:31
2008年 11月 17日

トロント大学の研究者コミュニティー、

きょうはカナダのトロント大学からこられたC. Booneさんが来訪されるのであさ宿までいきました。いつものスリーシスターズインアネックスですが、隣の建物が無くなって大きな駐車場になっていました。
一緒におしゃべりしながら、途中で喫茶店によりましたが、いろいろよもやま話をしました。
日もうららかで気分がよいことです。
昼飯はまだ焼きそばを食べたことがないというので、百万遍近くのお好み焼きに連れて行きました。
カナダはアメリカと違って、研究者のコミュニティーもはるかに小さく、もちろん日本よりもずっとちいさく、そういう点で日本も学ぶべき部分が沢山あります。
つまり同じ大学にいる研究者間の協力関係です。見事な協力関係で、世界的にもビジブルになっています。
かれがやっている斬新なあたらしい生物学をやるうえでは、このようなトロント大に共通の関心をもった研究者を集めていくのはたいへん意味があるのでしょう。
4時からセミナーがありますので、京大での聴衆のレスポンスがわたくしにはかなり興味があります。

by yanagidamitsuhiro | 2008-11-17 17:34