生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

mitsuhiro.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2009年 03月 ( 25 )   > この月の画像一覧


2009年 03月 31日

大事な会議、白沙村荘の茶室が全焼、

きょうは大事な会議が名古屋駅のそばであって、出かけますので、いまのうちにごく短く書いておきます。会議のほうは岡田理事長も出席して、わたくしが担当している分子生物学会の雑誌の将来について話しあうものです。大事なことを論じることになるはずです。

五人のラボメンバーが去りましたから、今朝はかなり静かに感じます。

今朝というか、今日の深更に銀閣寺そばの白沙村荘というか橋本関雪記念館の茶室が全焼したとの記事を見ました。空からの写真で見ると、池の傍にある大きな建物で、橋本画伯が絵を描いていた部屋との記憶があります。また去年の黄昏亭のパーティ時に参加者皆が集まって歓談した部屋でもありました。
燃えやすい建物ではあるものの、もっと寿命を保って欲しかった、と残念におもいます。
最近は、食事をする部屋として利用していますから、沢山の人が出入りしていることはまちがいありません。
そういえば、吉田茂元首相の家も全焼したとの報道を見ました。
群馬でも痛ましい火災事故死がありました。タバコが原因とかみましたが。
これだけ技術が進んでも、火災の防御がなかなかできないのはなぜなのでしょうか。
失火なのか他の原因なのか、それも明らかにならないと。

by yanagidamitsuhiro | 2009-03-31 11:47
2009年 03月 30日

生活習慣病の研究会、藤間紫さん、M先生ご夫妻、

先週の土曜は「生活習慣病の転写・シグナルネットワーク研究会」に参加したのですが、たいへんおもしろく実に有意義でした。こういう百人程度の、しかも一日で完結する会でも充実感は大変なものですから、やはり水準の高い発表者がいればこうなるという、優れた典型例でした。
わたくしにとっては一線の習慣病研究者の発表をきくことは大変な刺激で、また自分の感覚を点検するのに必須です。世話人である東大の児玉、門脇、加藤の三先生の選別の目の確かさに感謝する次第でした。ポスターでも若手のいい話を聞けました。ただベストという賞の該当のポスターは時間がなく聞けないのが残念でした。通常はわたくしは疲れるので、ポスターは聞かないのですが、今回は数も少ないので、聞けてよかったでした。さらに、後半に、東工大の白髭さん、理研の石井さんの最新の素晴らしい研究成果を聞けたのも、一日として贅沢の極みでした。石井さんの新概念、白髭さんの新技術どちらも、すばらしく本当にいい会でした。

日曜は早朝にホテルをでて、まだ朝と言える時間に坂本に戻り、すぐ比良のほうに移動して、畑仕事をしました。
コブシも咲いて、桜ももう一息でした。

新聞によると藤間紫さんが亡くなられたとか。踊りのほうは見たことはありませんが、映画で何回かみて、大変な存在感がありまたたいへんな美人のかた、という印象を持っていました。人生で二回、年の非常に異なる結婚を経験したひとで、時代を超えたなにかすごいものをもっている(はず)人という印象を持っていました。年齢的には、森光子さんとか寂聴さんとかおなじくらいなのでしょうが、晩年での社会への存在感の広がりはあまりなかったようですが、でもたぶんそれはマスコミでの報道がされていないというだけで、人間的力量ではまけず劣らずずのかたであったにちがいありません。最初の結婚と二度目の結婚のときの世間のすごい好奇なまなざしだけのゴシップに嫌気がさしたのでしょうか。日本では、かなり多くのひとが事件のたびにマスコミ嫌いになります。実際にあわずに、素晴らしい人に出会えるというのがマスコミの役割とすれば、そういう役割を捨てるのが、センセーショナリズムの行き着く先でしょう。特に最近はマスコミの暴走、横暴がひどすぎて、テレビ報道などは内容的にマスコミ横暴の限界にたっしつつあるのではないか、などとこれを書きながらおもいます。まあ見なければいいのですがね。でも、自分がその標的になったら、ほんと大変でしょう。益川さん、ずいぶん最近は慣れてきたようですが。本当のところはどうなのでしょうか。
寂聴さんとか森光子さんはたぶんマスコミの相手の達人の境にいるのでしょう。

きょう昼に短時間そとへでたら、百万遍のバス停付近で、M先生ご夫妻にバッタリ会いました。本当に久しぶりでした。
先生はもう80をだいぶ前に越えたとか。わたくしも年取るのはしかたないです。立ち話でしたがしばらくお話ししました。奥さまもお元気そうでした。本当に懐かしいことでした。

きょうは、かつてラボにいたS君が訪問してセミナーがあります。これからです。
午前は、H君の学位の公聴会、合格との知らせがありました。去年の4月の時点では、一年後の可能性は低いと思っていたのですが。めでたいことです。彼は、明日から東京で働き出します。ほんとにギリギリのタイミングでした。

by yanagidamitsuhiro | 2009-03-30 15:53
2009年 03月 27日

電気自転車、次世代シークエンシングの仕事

久しぶりに電気自転車に乗りました。
向かい風があるので、やはり電気があると快適でした。
ただ風はかなり冷たい。
つるりんでまた昼にそばを食べました。
辛いネギの入ったので、沖縄そばとよくあいます。

今朝はずいぶん早くラボに行ったつもりなのに、もう二人来ているので、びっくりしました。二人とも遠距離通勤ですが、やる気満々です。

次世代のシークエンシングの仕事は、なかなか奥が深いというか、一筋縄ではいかない面もあります。でも最終的な答えがでれば正しいか誤っているのかは非常にはっきりしています。ここまでA君の頑張りで非常に進みました。
そういえば、米国のラボとの共同研究、次世代のが一つ論文がアクセプトされたと、連絡がありました。わたくし自身がこの方法に目覚めた契機となった仕事です。
午後にTP君の内輪でのセミナーを聞きました。

今日は夕方から空港に向かって夜の便で羽田に向かい、明日は鎌倉での会合に出席します。

by yanagidamitsuhiro | 2009-03-27 15:09
2009年 03月 26日

原点に戻る、すべては議論から


京都の研究室の廊下で、ことしの分子生物学会年会のポスターを見ました。
大きな字で、原点に戻る!とありました(記憶違いで原点に帰るだったかもしれません)。
それにすべては議論から始まった、というような小さめの文章が付いていました。
今年は、三島の国立遺伝学研究所の小原さんが年会の会長さんですが、「さすが小原さん」とおもいました。
事情通でなくても、これは割合挑戦的なスローガンとは感じるでしょう。

ここのところ、数年、分子生物学会は他の学会である生化学会と年会を共催していました。このことについての反応は学会内ではさまざまです。こころよく思わない人も、これでいいと思う人もいるのです。
だいたい、分子生物学会とは、もっとも学会らしくない学会で、普段着で参加できて、なおかつ年会をする以外になんの価値も認めない、という人たちの集まりだったのです。
いまのように学会が色んな活動をするというのは本来の任務とは違うという風に感じる古参の会員もいるでしょう。
非常に学会らしい生化学会と共催など、初期にはとうてい考えられるはずもなかったのでした。
今年はまったく別なスタイルでやってみて、それがどう出るか見ましょう、そんなところですが、でも広告として、挑戦的に「原点に戻る」、共催せずに、もういちど創立時の熱気みたいなものがいまも有効かどうか、経験しましょう、そんなところでしょうか。
楽しみですが、わたくしは最近は自分の発表のない学会にはこんどの鎌倉での会合のような勉強会として、利用できるもの以外は行かないようにしているので、ことしの年会に行くかどうかは未定です。でもどういう噂が拡がるかは興味があります。単独でやってもマンモス学会ですから、議論に集中するのはなかなか難しく、行くとかなり疲れることは事実です。
ところで、沖縄にくると分子生物学会の年会は相当に遠く感じます。

ノーベル賞の下村博士ではありませんが、いまあまり元気のいい若手教授が多くなくて、会場にいるだけで結構ガッカリすることが多くなっていますのも、国内学会から足が遠のく一つの理由です。
しかし、原点に戻る、つまり初心に戻る、毎日といわずともおりおりにそうしたいものです。

今日の沖縄、晴天ですが、風が冷たく、半袖では寒いです。
でも昼につるりんでそばを食べた後、海沿いの道を20分くらい歩いたので、今日が週の最終日、なんとか一週間の歩数の帳尻は合いそうです。昨日の夜はホテルに戻ってから、歩きましたし。

by yanagidamitsuhiro | 2009-03-26 15:59
2009年 03月 25日

中田ヒデ氏、イチロー氏と東大、それと次男、沖縄のとんでもない寒さ、研究の選挙区替え

だれかに聞いた話しですが、サッカーの中田ヒデさんと野球のイチローは非常に頭が良くて、ふたりともその気になれば東大に受かる(話した人は京大出なのですが)とか。中田ヒデ氏については、そうかなと思っていました。しかし、あの独得のクラサというのは大変なもので、東大にいっても意味ないし、やはり超一流サッカー選手で今も活躍して欲しかったです。
イチローさんは、どうなのでしょう、伝説であってそうではないような気もしますが、彼はぜんぜんクラク ないですね。昨日の優勝後のインタビューを聞いていて、独得のひょうきんさ、とちょっとオタクぽいところがあるのですかね。それとも意外に人見知りするのでしょうか。よくわかりません。万人受けのする人ではなかったのかもしれませんが、今回の優勝戦でのあの活躍で、彼をきらいといえる日本人はまずなくなったのでしょうか。
実はわたくしの次男がこのイチローさんに風貌が似ているのです。テレビの画面を見ていて、ときたま、妻と顔を見合わせて笑ってしまうことがあります。野球の実践をしているときのおごそかな時ではなく、シャンパンかけをしているときの、ひょうきんな姿が似ていると思いました。次男も最近顔のどこかにヒゲをはやしていて、イチロー氏も今回のはあれはなんでしょう、無精ヒゲが進化したように見えますが、まあ似て見えます。

今日の沖縄の寒さに驚いています。これじゃ本土なみです。
途中ホテルに、荷物をおいたときにカーディガンも置いてきてしまったのですが、失敗でした。上着をきないと寒くてたまりません。

TP君の論文もとうとう姿を見せてきましたので、達成感があります。

そういえば、今から30年前、大腸菌のファージから酵母の染色体に研究分野替えをしたときに、論文投稿とか学会参加とか非常に苦労しました。その頃、よく選挙区が変わった、議員候補みたいなものだと、よくぼやいた記憶が戻りました。学会のポスター会場で、酵母の染色体が視覚化されるというのをだしたときに、ミトコンドリアの会場にされて怒った記憶もあります。このTP君のも選挙区替えの典型で、鹿児島から岩手の選挙区に行くような面もあるので、論文をそもそもどこに投稿するのか、その一歩手前の段階の誰かに読んでもらうというのが、なかなか難しく、悩んでいます。

by yanagidamitsuhiro | 2009-03-25 17:58
2009年 03月 24日

WBC優勝、日本の野球

昼過ぎになったら気になって、ネットできょうは読売のを使いましたがWBC優勝戦の進行状況をチェックしていました。
すごい緊迫したいい試合にちがいありません。とうとう延長10回で、イチロー選手の勝利打でWBC優勝となりました。
家に早めに帰って、テレビでなにか特集があるでしょうから見たいと思いました。

投手、特に岩隈が素晴らしかったようですが、最高殊勲選手は松坂とか。でもダルビッシュもよかったし、終わりよければすべて良し。
この言葉、今回のイチローのためにあるようでした。最後に千両役者のポジションを持っていきました。色んな意味でひどい不調がやはり極度の緊張というか、チームの重荷がかれ一人にのしかかっていたかのような、流れで認識されていたので、これですべて帳消しさらに新たな勲章がかれに付いたのでしょう。控えめな原監督もとてもよかった。韓国チームを尊敬するという言葉が、うそ偽りのない本心から出ていると思わせました。人徳でしょう。
ダルビッシュを変えずに最後までいったのも、彼の若さまだまだ10年以上日本の投手の重責を担えるようにということで経験を積ませたのでしょう。
これで、四年だか三年だかWBCチャンピオンといえるのですから、とても大きい、優勝に違いありません。二度続けて優勝、これは不滅の金字塔です。
日本にとっては、世界一といえる数少ないプロスポーツとなりました。

どうしても歴史を考えたくなるわたくしとしては、野茂の偉さ、それに続いたイチロー、などの選手が大リーグでもまれた来たことがこの水準の高さを急速にもたらしたと思いたくなります。亡くなった仰木監督が生きていれば非常に喜んだでしょう。

明日から、沖縄です。そのあと鎌倉にいって、日曜まで旅行となります。

by yanagidamitsuhiro | 2009-03-24 15:29
2009年 03月 23日

日韓、いざたたかわん

今週は、週末までおいそがしになります。
そうはいえ、きょうは野球が日本、米国とあり、ラボで仕事や議論をしながら、ときたまどうなったのかな、と自動更新される進行状況で見ていました。
勝ったのは素晴らしいのですが、米国のマスコミにはほとんど何も出てこない、のは一体どういうことなのか、負けるので報道したくないとは考えたくないのですが。探すとやっと小さく出てきます。日本が勝ったとあって、米国が負けたとは書いてありませんでした。このあたりの事情はさっぱり分かりません。

次は韓国戦ですが、よくぞ日韓、頑張って、ここまで来たと両チームが肩を組んでたがいに祝福してから、優勝戦をしてもらいたいと思いました。
実際、ベネズエラ戦での韓国の豪快な勝ちっぷりに、感心しました。
日本の米国に対する勝ちっぷりも見事です。
もう日韓は4回戦って、2勝2敗、十分力が互角であることは分かりました。
一つの席を争わざるを得ませんが、隣国の友情をもちながらの、激しい戦いとなれば、ほんとうに歴史に語り継がれるものになるでしょう。西欧のスポーツマンシップというより、まさに日韓両国のサムライが互いに名乗り合っての堂々たる戦いをみせることが、ホストである米国民にたいする最高の答礼でもあるでしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2009-03-23 16:58
2009年 03月 22日

いやな予感 検察と大マスコミがつるむと

決して誤りをおかさないような科学者はいない、これはわたくしの基本的な姿勢です。もちろん自分もふくめていますというか、毎日のように自分は誤っていないか検証しています。基本姿勢は間違いがどこかにあるはずだ、というものです。
まったく分からないことがこの宇宙、地球上にはたくさんあるので、間違えることは当たり前だとおもってます。神様が完ぺき無欠、無謬性の代表と考えるかたがたもおられるようですが、でも古代の神様はどこの国や地域においても、人間的かつおおざっぱなところがあって、失敗もたくさんやるいっぽうで欠陥も見せる、でもなにか神様らしい偉大さも卑小さとともにあわせもっているのではないでしょうか。だいたいそういうものがほ乳類的な生き物であるはずです。神様が生き物である人間の畏敬と尊敬をかちえるのは、無謬性ではないはずです。

しかし、人間社会、無謬性を求める組織主張する組織は必ず出てきます。ですから、いかなる社会組織も、その活動を批判するだけでなく、誤りがあればそれをきちんとみつけ是正するための別組織が無ければなりません。
日本に限らず、多くの国が三権分立という、分立を強調するのも、無謬性を掲げた組織が国家を好き勝手に支配したらどんなに悲惨なことになるか、多くの国が経験したことです。
日本ではいま検察の特捜なるものが絶対無謬性を掲げているようです。民主党党首の政治資金を強制捜査して、彼の秘書を逮捕し、捜査過程について、一切の説明責任を拒んでいます。誤るはずがないから説明不要、だそうです。無謬性を主張するすべての組織が同じように主張します。
いっぽうで、大マスコミがこの無謬性を掲げる特捜検察に寄り添って共生するかたちで、守秘義務によって守られているはずの捜査情報を、一見なんの批判的な検討もなさずに、大量にたれ流して、検察のつくるお話しを国民に提供していうのです。恐ろしいのは、右から左まで大マスコミはすべてまったく同じスタンスでこの問題を扱っているかのように見えるのです。検察捜査に批判的な大マスコミはいまのところみあたりません。
これらの情報は民主党にとって、破壊的にちかいダメージをもたらしているようです。野党第一党の国会議員が浮き足だっており、いっぽうで国民の間において、民主党に対する幻滅感はかなり深まっているのは事実です。

わたくしは、このような検察と大マスコミがみずからの無謬性を信じて、一体化して作る状況こそが政治不信を引き起こす最大の原因だとおもっています。
検察は日本政府の一行政であり、他の行政とおなじように過ちを犯す可能性がおおいにありうるはずです。
防衛省の守屋事務次官の明らかになった生活スタイルと意見をしれば、日本の防衛行政がこのようなとんでもない人物になされてきたのです。元幕僚長の意見は元気がよいので、一部に人気があるのはしかたがないとして、これが日本人の多数の意見になっている、と思う人は誰もいないでしょう。厚生省の官僚トップもとんでもないのいたことが想起されます。国家公務員、官僚である特捜検察関係者の頭の中がどうなっているのか、日本という国をどう見ているのか、本当にふたを開けて分かる日がいつかやってくる日がきたら、日本国民がその片寄りぶりに仰天することがあってもあまり不思議はないでしょう。経験的に、霞ヶ関あたりの官僚についての突飛な思考には日本国民はいまや相当な経験があります。

検察官僚に癒着して、捜査情報を垂れ流す報道関係者の、無謬性にもとづく「視野狭窄的正義感」これほど危険なものはない、悪いものはない、というのがわたくしの意見です。マスコミ者として犯罪の共犯役をあえてやりながら、国政を動かす、これは一種のテロ行為に近いものです。いま日本でいちばん危険なものは、といえばこのようなマスコミ関係者の活動が野放図に許されていて、調査、捜査が不可能だということです。これらのマスコミ関係者が逮捕、捜査される可能性は完全にゼロというのが、いまの日本です。
マスコミが、個人をやり玉にあげて社会的な死をもたらす、つまり裁判無しで個人を社会的に抹殺するのですから、マスコミがある種のテロ行為を行うというのは日本における最近の顕著な傾向ですが、政治家にそれが向かうと、気をつけないと、日本という国家に対して、きわめて反体制的というか反逆的行為です。
とくに現政権の政敵に向かうというのは、よくよくのことである、と思います。なぜなら政治不信を引き起こすにこれほどの絶好の材料はないからです。小沢は悪い奴だから、人気がないから、たぶん大丈夫という理由で許されると、信じているのです。ベネズエラではきのうだか、現大統領の政敵が逮捕されたそうです。日本もベネズエラの隣国的な状況に近い、のかもしれません。

日本がかつて歩んだ道は、政治家や政党の腐敗を弾劾し、軍人や軍部はそれに比べれば清潔で正義にもとづくという概念で国を動かしてからが、国家としての破滅の道を歩むようになった、とわたくしは思っています。戦争への道を誰が主導したのかは、別として、マスコミが一体化して情報操作をしたことは間違いありません。いま戦争などあるはずがないから、という発想では国家としての日本の命運危うい、とおもいます。

政党や、政治家の上に検察やマスコミの倫理性の高さを置くようになれば、また日本は同じような道を選ぼうとしているのか、と思われます。自民も民主も腐敗して駄目、どっちもどっち、同じくらい悪い奴らだという、議論ほど不幸なものはありません。

かつての日本が歩んだ破滅的な経験からの帰納としては、これから日本の社会ではまずテロ的な行動が頻発するだろうと予測せざるを得ません。
マスコミ関係者や検察関係者が自分たちが作り上げていった政治不信のもたらす、巨大な負のエネルギーの恐ろしさにおののくことが近未来にやってくるのではないか。杞憂だといいのですが。
いま、日本の行政にも国会にも司法にも、この社会のどこかで作られ、毎日流される得体の知れない捜査情報なるものを検証する手段がありません。
一刻もはやく特別な組織でこの出来事を捜査する必要が日本という国家の政治のためにもっとも必要になってきた、とわたくしは思います。米国ではニクソン時代に、特別検察官なるものが任命されましたが、日本でもことと次第でそのような組織の必要性を感じます。

これの検察と大マスコミの共生が跳梁すれば、それに対する日本の中での反作用が生じて、いやな予感ですが、政治不満を乱暴な行為で発揮する出来事が頻発し、それによりますます政治不信がたかまるという、負のスパイラルの可能性を杞憂と願いながらも、予測せざるを得ません。選挙というものを軽視する、官僚の体質は検察に限らず極めて危険なものとわれわれは思うべきです。

明後日には、たぶんこの件でマスコミはニュースが埋め尽くされるでしょうから、今日書いておきました。

最近のどこだかの世論調査で、自民党の印象はという項目をえらぶので、自民党は「傲慢」と「不信」というふたつのキーワードで圧倒的に他より多いという結果が出たようです。いまの自民党首脳のかもしだすムードをよく現しています。
自民党には良心的な人達が沢山いるに違いありません。かつて自民党はもっと柔軟で他を認めることが出来た政党のはずです。検察の批判を自民党関係者が始め出すのが、もっとも効果的なはずです。
愛国的で愛党的な自民党関係者が、日本の政治のために、検察批判を開始しだせば、自民支持は回復しだすでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2009-03-22 16:46
2009年 03月 20日

春分の日の花、政策の大転換(続き)、染色体と栄養

春分の日です。肌寒いかんじで、きのうとは大違い。
比良の家のほうにきて、さくらんぼを猿飛佐助にとられない算段を途中までですが、妻の助けをかりてやりました。
失敗すると、口惜しいのでどう算段したかは具体的な方策は書きません。
サクランボの花、きれいに咲いていました。梅も咲きました。サンシュユも。
いい季節となりました。これで、コブシとナシの花がが満開となれば、春です。
桜は三本あるのですが、まだ若木なのでそれほど立派な花とはならないでしょう。
夕方、大きな木の切り株も散歩道の途中から運びました。ギックリ腰になる寸前の重さでしたが、なんとか運べました。座ってみると、なんとも座り心地がいいのでした。

昨日のつづき、政策の大転換で書き足りなかった点をちょっと足しておきます。

タンパク源である窒素栄養物を枯渇したときに、じっと生えないで小さな細胞となって、成長拡大路線を否定して、成長無し、リサイクル路線でいく政策以外に別な政策がありました。
それはこの世をあきらめて次世代に命を託す、というものでした。具体的には性の異なる細胞とセックスをしてタマゴというか胞子に変身してしまうのです。胞子は、別な細胞とセックスをすれば遺伝子を組み換えることになるし、元細胞は無くなって、あらたに生殖子であるものになってしまうのですから、これも政策の大転換です。次世代というか来世作戦とでもいいますか、適当なご時世がくるまで、種子のような胞子になって、静かに待っているわけです。胞子がどれだけ代謝活動をしているのか、分かりません。大賀ハスのように千年もタネで存続するものがあるのですから、ほとんど死んだふりをしているのがタネとか生殖子には多いはずです。
窒素源を枯渇するのでなく、炭素源であるブドウ糖を枯渇というか低下するとどうなるか。窒素源とは大違いな点はリサイクル路線をとれないので、つまり糖分は分解したら元に戻れないので。
低濃度グルコースに対応する方策を持っているはずです。その詳しい方策は最近のわたくしの研究上の大きな関心となってきました。

染色体の研究で、研究者としては終着する、と思っていたのに、栄養というものがわたくしの研究上の大きな関心となったのはまったく意外でしたが、人生そんなものかもしれません。
今年のわたくしの個人的な目標は、染色体と栄養を結びつけるというものでして、どんな風に結びつくのか、楽しみです。なんとなく、あてがないのでなく、あてがあるような感じに最近はなってきました。

by yanagidamitsuhiro | 2009-03-20 19:55
2009年 03月 19日

眼が痛い、政策の大転換

好天です。突然の温度変化でこういうときは気をつけないと、体調がへんになりがちです。
わたくしのばあい、眼がかすれてきたというか、やや痛いというか、東京で黄砂でも眼に入ったのでしょうか。
それとも日頃の仕事の疲れか。
けさ、それで目薬をふたつ買ってそれをつけながら、昼のコーヒーを飲みながらこのブログを書いています。
きょうは午前も、午後もスケジュールがいっぱいですので、昼に時間をみつけました。

ちょっとたとえ話のようなものをかきます。
わたくしがこの30年以上つきあっている分裂酵母の栄養源を飢餓させると、細胞の生活はがらりと変わります。細胞を国とでもたとえるなら、政策の大転換が起こります。
タンパクや核酸の元になる、窒素源を枯渇させると、細胞は成長、増殖の政策をあきらめます。一切成長しないで、細胞として無成長の状態で存続をするようにします。
ただ、無成長ではありますが、活発な代謝を行っていますから、経済活動自体はかなり活発とでもいえます。外界のストレスや変動に素早く対応するし、DNAなどに損傷がおきても迅速に修復します。それに長生きです。
政策の転換には、当然準備が必要で、たっぷり窒素源があるときには大きな細胞でのびのび細胞分裂を繰り返していたのに、窒素源が無くなると、成長抜きでいそいで二回分裂して、身の丈を小さくします。三分の一くらいに小さくなります。
一番肝心な政策の大転換は、タンパクや核酸の元は外から取れないので、体の中でリサイクルすること、つまり体内のタンパクなどを分解・再生するのです。
窒素源抜きで生き延びるには、このような政策に転換せざるを得ないのです。
つまり生めよ増やせよではなくて、成長抜きで体内分解とリサイクル再生を徹底的にしながら、生き延び作戦に出るわけです。これでかなりの長期間、生きていけます。半年くらいは問題ありません。自然界でもおきているとわたくしは信じています。

ただ、炭素源としては糖であるブドウ糖を必要とします。炭素源はリサイクルできません。エネルギーを作るために燃えて炭酸ガスと水になるのです。ですから、環境条件としては、糖質が豊富で窒素源がほとんど無いようなときは、成長、増殖を一切しないで持久路線に転換するわけです。

相手が細胞なので、この生き様の理屈を聞くわけにいきません。いかにして窒素源から遮断されたことを認識するのか、政策転換の仕組みはどうなのか、リサイクル路線でどうしてかくも活発な代謝を行いつつ「元気に」細胞は生きていけるのか、このあたりはよく理解できていません。いわんや窒素源が利用できるような状況になると直ちに成長路線への復帰に向けて対応するのですが、そのしくみもよく分かっていません。
そもそもこの政策の大転換の「意志決定」のいちばんかんじんかなめのところがどこにあるのか、そのあたりも分かっていません。

by yanagidamitsuhiro | 2009-03-19 13:39