生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2009年 09月 30日

不健康な、研究費申請のシーズン、

きょうはさわやかな日です。
日中の日射しは強いですが、日陰は涼しいし、屋内も風が通ればさわやか気分でいられます。
ただわたくし的には運動不足になるのでほんと閉口しています。
さっき昼にそばを食べたあと、てくてくと歩いて研究センターまで戻りました。遮るものがなにもないところで30分くらいあるいたので、すこしましな気分となりました。でもわたくしの一日に歩くべき量の3分の1にしかなりません。時折ぼやいているのですが、なんて不健康な日々なのだ、というものです。自分の努力が足りないとはいえ、自然に運動ができません。公共的な交通機関の欠落もこの島では大きな問題だといつも思います。

研究費の申請書を書いています。
いつものこととはいえ、たいへんです。このあいだの最先端の様なとんでもない申請金額でない、まっとうな研究費なのですが、もちろん競争は非常に激しいですから、一生懸命です。
締め切りも遠くないですから、焦りの気持がすこしあります。
しかし、いつものように自分の推進している研究をかなり厳しい目で自ら再点検しますから、かなり意義のある作業のことは間違いありません。
研究費申請書をかくたびに、その時やっている研究が大きく進む契機になることを何度も経験しています。

11月末に沖縄でやるワークショップのプログラムをS君T君と一緒に作りました
出来たプログラムを見て、なかなかいいワークショップになりそうだな、と思いました。
楽しみです。

by yanagidamitsuhiro | 2009-09-30 15:30
2009年 09月 29日

宜野湾のレストラン、夫婦別姓、外国人の地方参政権

昨夜は宜野湾にあるKSというフレンチというかイタリアンというか洋風の食堂にいきました。店の名前に食堂とあります。シュクルットというかつてスイスでは何度もたべたことのあるしかし日本では食べたことのないメニューも出てきて懐かしくも美味しく食べました。若いお客さんがどんどん入ってきて人気のあるところのようです。

今朝、いつものホテルどうしたのでしょう、食堂にいったらわたくしひとりだけ。
20分後もわたくしひとりだけ。
これは珍しいことです。記憶にありません。部屋にもどるとちゅう、短パン姿の米国人とすれ違いました。遅く起きる客の多い日だったのでしょう。バイキングの食事の量はそこそこありましたから。
湿気がかなりありますが、でも不快なことはありません。

どうも民主党の政策は本人達以外にはほとんど知られてなかった見たいです。
マスコミもほとんど予測が出来ていないようです。
マニフェストに書いてあるとおりやるといっても、生身の人間がやるわけなので、一つ一つ、それなりの劇場が見えているようです。ダム中止で怒り狂う群馬県知事の発言があってもいまさら中止をしない方向には戻れないでしょう。300議席の重圧は重いでしょう。それとも知事は戻れるかもしれないと思って大臣は独裁者と叫んで発言してるのでしょうか。首相を4人も出した群馬県が50年もかけてまったく本体工事の出来ないダム、結局その間に3千億円も県内でつかってしまったと聞けばと、血税が3千億円群馬県に投入されて、ずいぶん美味しい目にあったのではないか、と関係ない地方の人たちは思うでしょう。
夫婦別姓もとうとう認められるようです。
永住外国人の地方参政権も認められるようです。
もちろん両方とも法律を通す必要があるのですから、その時になるとまたマスコミと反対論者は大騒ぎをするかもしれません。どんな劇場が見えてくるのでしょう。
しかし、民主党は多数を取っているので、いまさら考え直すことは無いでしょう。これらが決まったあたりで、外国の民主党を見る目は確実に変わってくるのでしょうか。
また日本国民もこんごマニフェストはひとつずつもっとよく読むようになるでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2009-09-29 16:46
2009年 09月 28日

JAL便で沖縄へ、世の中が変わる前兆はまだはっきりしないが、見直しと民主党の政策

早朝におきて6時過ぎの電車で京都駅にでて関空から沖縄便に乗りました。JAL便でして、すいていて、静かなものでした。パソコンではるかでの車中からの続きの仕事をしたのですが、それなりにはかどりました。朝早いはるかは関空まで時間がかかり90分くらいかかります。きょうは最初の45分は睡眠を取ってしまいました。こちらも空いていて、静かでした。
沖縄は31度もあり、湿気も高く、最近までは天国のようにいい陽気だったのに、きょうから駄目になりました、とT君が言っていました。昼からは激しく雨が降って来ました。
新聞で見るところのJALの苦境、沖縄基地移転への防衛大臣の視察、記事だけ見ると、そういう意識で見たくなるのですが、実際のJAL便にしても沖縄にしても何年も前から見かけなんの変化もありません。しかし、このあいだの選挙では民主党がすべて勝ったとかなので、沖縄の政治行政もそのうち大きく変わらざるをえないのでしょう。嵐の前の静けさかどうかは分かりませんが、世の中が変わる前兆というのはそうはっきりしたものが見えるわけではないのでしょう。でも前兆がすこしずつ出てきた感があります。
あの最先端の研究費を民主党はどう見直すのか、その結果はずいぶん研究の世界に大きな影響を与えるのでしょう。見直す際にどうしても民主党の考える科学技術政策ははっきりと出ざるをえません。
JR西日本のトップが安全委員会委員に内通を頼んでいたという事実が今ごろ出てきたのは、不思議です。わたくしはJR西日本はいやいやながら責任を認めたものの、あの事故は自分の責任ではないと最初言っていたあの体質がいまもしっかり残っているのだと思います。この事故については沢山のことが隠されている感が深いです。おそまきながら真相が出てくれば、よりはっきりとそのあたりがするのだと思います。今回のあのおかしな説明と謝罪だけで切り抜けられるのでしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2009-09-28 17:53
2009年 09月 27日

百才以上の高齢者の実数、コンクリートから人へ

きょうみたたかじんの委員会で最後に知ったのが一番考えさせられる情報でした。
日本の百才以上の高齢者は約4万人なんだそうですが、このうち確実に人物が同定されているのは半数の2万人なんだそうです。役所は残りの2万人については書類上はあるのですが、本当のところは分からないのだそうです。
高齢者の年金をあてにして、死亡しても役所に届けないケースがどんどん増えているのだそうです。
にわかに2万人の大半がよもや身代わりとも思えないのですが、百才以上の高齢者のお子さんはもう80才くらいにはなっているし、顔だって似ているかもしれないので、死亡届が出てなければ年金はそのまま払い続けられるとかです。だから、これからは150才という高齢の人も出てくるかもしれないという話でした。

女性の高齢者で極貧のかたが増えているという、つらいけれども本当そうな話もありました。

コンクリートから人へ、という民主党の政策はだんだん浸透しつつあるみたいで、テレビ局もとりあえずは民主党の政策を理解するのが重要ということになったみたいで、自民党の議員を呼んで時間を半々にしてやりあうなどという番組作りはどんどん減っているようです。前原大臣、ダム、JAL問題の対応、説明がさっそうとして、こういう役回りはかなりうってつけなのだ、ということが分かりました。

あしたから沖縄なので、きょうは比良の家のほうで、急ピッチで畑仕事です。
ことしも去年と同じく食べきれないくらいですが、今年は一つ宅急便で送るファミリーが増えたので、あまり困りません。

by yanagidamitsuhiro | 2009-09-27 16:46
2009年 09月 26日

JALとANA、日本の空のゆくえ

毎月沖縄に空の旅をしてきたものからすると、このJALのゆくえがどうなるのか、関心を持たずにはいられません。しかし残念ながら、考えるための基準をつくるための何が良くて何が悪いのか、その善悪の基準をもっていません。
かつてPANAMERICANという航空会社が米国の国を代表するとか聞いてました。たぶんベルリンに人を運んでいたからじゃないか、国策的だからと思われます。でもわたくしベルリンの壁が崩壊した直後にPANAMERICANに乗りましたが、これくらいやる気の無くなった飛行機会社はかつて経験が無いという強い印象を持っています。いまの米国、国旗を運ぶ会社はないはずです。大統領はエアフォースワンとかいう空軍の飛行機に乗っているし。
JALの場合、乗務員はどの程度の収入があってもいいのか、この基準をわたくしは持っていません。機長は噂では年収3千万円と聞きます。中年の上品なアテンダントどれくらいの年収なのでしょう。その上品と余裕からいうと、正規職員なら、機内で乗っている旅行者の大半よりはいい給与かもしれません。これけしからん、という意見を最近までわたくし持っていませんでした。しかたないか、親方日の丸、威張っているJALなんだから、とそんなふうに思っていました。たぶん倒産会社に近いので、はるかに給与を下げて、いくべきなのでしょうが、どれほど下げていいものやら、分かりません。
結局JALとANA国内で競争がほとんど無いのですね。飛行場にいけば、カウンターはこの二社が二分しているし、見かけの競争だけで、国内では好き放題やっているのが、この2社なのですね。ですから、乗務員のほうが乗客よりずっと余裕の人生を送れる、そんな感じなのですね。JRや民間バスの乗務員レベルの雰囲気にならないのですね。そうなればたぶん空の旅はお安くなるのでしょう。今だって、安いチケットはありますが、それは普通の仕事でいく旅行客にはなかなか当てはまらないので、やはり空の旅はまだまだ贅沢なのですね。でもそれがいいのやら悪いのやら。そういうわけで、JALはもう駄目、というのがはっきりしているのですが、つぶれたあとの日本のそらが不便になるのはかなわないのですね。韓国とか米国とか欧州の会社が国内便を飛ばしてもらえばいいような気もするのですが、そうはなかなかいかないのでしょうね。
民主党もこの難題を抱えてどうするのでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2009-09-26 17:41
2009年 09月 25日

堀江敏幸 いつか王子駅で、定期健康診断

長男は育休なるものをいま取っているのですが、なかなか半端でない長期間なので、勤務する社でも非常に珍しいにちがいありません。
育休とはいえ、おしめ替え、おさんどんと、忙しいに決まっていますが、退屈を感じることもあろうとおもって、数冊本棚から持っていきました。
昭和20年代のベストセラー本なんかも混ぜてです。
お返しのように、一冊本を借りてきました。堀江敏幸。読んだことありませんが、評価は高いらしくて、芥川賞以降も賞のそうなめです。ぜんぜん知りませんでした。
いつか王子駅で、というタイトルの薄い文庫なので読めるかとおもい、今朝から通勤途上で読みだしました。
なるほど面白い。ただ息子がある頃まで入れあげていた競馬の部分も多くて、なるほど、競馬の面白さはこんなふうにも書けるのか、と思いました。わたくしの知っている競馬を書く小説家は山口瞳でこのひとはえらく散文的でかれのを読んで競馬をやってみたいと思ったことありません。この堀江氏のは詩的というか情緒的でこんなふうに楽しむこともできるのか、と初めて学びました。わたくしは競馬は競馬場にすらいったことありませんので面白いのでしょうが、その味を憶えるとお金がない人間がますます無くなるので本能的に避けていた、こんなところです。
ペダンティックなところが嫌味にならないというか情緒的なところがあまり気にならない、いまの若い人はこう言うのを読んでるんだ、とひとつ学習しました。堀江氏はわたくしが大学を卒業した頃に生まれたようです。

今朝は定期健康診断にいきました。11時15分が終わりなので、11時5分くらいに会場の工学部8号館3階に着いて、終わったのはちょうど12時頃でした。耳はまだかすかな音も聞こえる見たいです。去年あった視力測定がありませんでした。身長も縮んでいません。血液ずいぶん取られました。ずいぶん感じのいい若い女性でつい名札をみたら、京大でなく、例の京都がん協会の職員でした。
腹囲測定は去年から始まったのですが、去年と同じでした。メタボからははるかに遠いというか少ない値です。だれかに自慢したかったのですが、知ってる人もいないので、自慢できません。
血液で時間が取られたので、胸部X線はすぐ終わりました。汚い車です。競輪のお金での車です。ここでの技師さん、過酷な労働環境だな、と思いました。ほんとにつらくて大変でしょう。わたくしなどほんの数秒いるだけでもイヤなのに。

帰り、構内の道を歩きながら、まだ京大の人間なんだと実感しました。そういえば職種が空欄だったので係りのひとに聞かれました。なんですか。エー、研究員かなと返事しました。

by yanagidamitsuhiro | 2009-09-25 17:08
2009年 09月 24日

国宝姫路城、書写山、ウイルコム、アイフル,日本航空

昨日は長男夫婦の家にいきまして,これを機会に姫路城を見物してきました。
わたくしはこれが初めてです。天守閣のてっぺんまで昇ってみました。
眺め,内部どちらも世界遺産にふさわしい一級の観光スポットなのでしょう。なぜ今まできたことがないのか、食わず嫌いなのでしょうが、あまりお城が好きでないことは確かです。
しかし、文句なしに美しくて昔の日本人は偉かった。作っても美しいものを作る,これが伝統でつづくといいのですが。フランスのモンサンミシェルに負けない、と見方によればこっちのほうがいいのではないか,と思いました。ただ、むこうは立派なレストランがあっておいしい食べ物が頂けますが,姫路城はそういう楽しみは旅行者には与えてくれないようです。
息子夫婦と孫は書写山の近くに住んでいて、わたくしも初めて知ったのですが,立派なお寺があるとかなので,次回の訪問時にはそちらにいくことにしました。
大きなイタリア品種のスイカを持っていたのですが,なかなかおいしかったでした。彼らがシシリー島に行った時にお土産で買ってきたスイカの種から出来たものです。
なお朝はやく起きたので,行きは渋滞がゼロ,帰りは夕方だったので,北神戸から宝塚で40分くらい遅れて,そのあとは順調でした。しかしいつも思うのですが,京都大阪間の名神はなんともいえない荒涼感です。

ウイルコム、アイフル、日本航空,これどれもみな経営が怪しくなってきたものです。
うち二つも、わたくし、しばしば利用しています。アイフルは使ったことありません。
日航については誰もがいっぺんつぶれて体質を変えたほうがいい、という意見をいいます。
米国のGMの時と同じ感じみたいです。しょっちゅう使っている立場でいうと、ますます国内線がひどいことになって、(料金)高し(実質サービス)無し、になるのではないか,と恐れています。日航のサービスは乗務員の丁寧な言葉と態度だけで、実質はほとんど何もないのです。ウイルコムは困ったものです。これは消えてしまうのかもしれません。激しい競争に打ち勝つ体質は持ってないのでしょう。これから新しい携帯に変えるとしたら何に変えるべきか,若い人に聞いています。まだ答えがありません。iPhoneはどうもいけないことが,このあいだのイタリー旅行で知りました。ドコモかAUなのでしょうが、どちらがいいのかは,わかりません。

by yanagidamitsuhiro | 2009-09-24 13:27
2009年 09月 22日

35才問題

きょうも入れてまだ二日も休日があることにびっくり、あきれています。日本人大丈夫でしょうか,こんなに休日とって。
わたくしは,ラボには行きませんが,しかし激しく(?)デスクワークしているので、休みを取っているという意識はありません。ただ畑にでて一日に何度か働けるのでありがたいです。それと明日は、休みをとって、姫路まで長男夫婦の住むところまで遠征します。もちろん孫にも会いにいきます。収穫物も相当数持っていきますので車なので、世間でいま話題になっている大渋滞に巻き込まれるかもしれません。

きょうはラボではしばしば話題にしている日本の35才問題なるものにちょっとだけ触れてみたいとおもいます。ラボメンバーは耳にタコでしょうが、ブログでは初めてでしょう。

要するに、研究の世界もかつては終身雇用制的な色彩が濃かったのでした。万年助手という言葉がかつてあったとおり、50代半ばで大学の助手なんてざらでした。なった本人の側の言い分としては、他にいきようがないからしかたないからいるというものでした。そういうのを見てあきらめて研究の世界を離れるとか、もしくは旧帝大系の大学なら,教授の薦める地方大学の助手あたりに応募したものでした。都落ちなんていう言葉もありました。
いずれにせよ,ひとたびなったなら、言葉は悪いのですが、しがみついてずっといられる職があったものでした。そういう時代、35才なんて単なる通過年齢でした。例外的に出世が早い人達を除けば研究の世界では,35才など、独立の研究グループを率いるなど考えられませんし,下手に考えたりすると,早すぎて発情したような状態になり欲求不満で悶々とその後の十数年を送らねばならなかったのでした。これが、まあ昔のごく平均的な研究者の様子だったのです。いまだって,日本の一部の研究機関はそんなものでしょう。

いまはどうでしょう。研究者の世界,セーフティネットなんていうものもなく,35才になったら正面切って社会がというか外界が本人に聞いてきます。それであなた、どうするつもり?と。
つまり研究室の主宰者になろうとするのか,それ以外の道を選ぶのか。論文を書いて,研究費をかせぐ、自分のラボに人を連れてくる能力もいります。そんな能力、35才ではまだまだありませんよ、と返事をすればそれじゃいつになったらあるの?、とこうくる訳です。一部の幸運な若者をのぞけばこの35才関門を楽にクリアできる人はあまりいない、感じです。主宰者以外の道などそんな簡単に見つからないでしょう。でも主宰者の道はもっと難しく厳しそうです。
わたくしの周辺でも、35才問題がやはりあります。そんな先のことまで前もって考えていた若者はほとんどいなくて、困ってしまうというのが実感でしょう。
しかし,研究費稼ぎ,論文書き,人集め,この三つのうち一つでも出来ないものがあれば、やっていけないのが,研究室の主宰というものです。先伸ばしでやっていければ良いのですが,周囲の見る目というか、制度的にも、続けていけなくなるのが実情です。
35才問題、容易な解決策は見当たりません。
派閥の親分みたいなのがいて、宙ぶらりんの35才以上でやる気がありそうな研究者にお金を配った時代もありました。いまも一部にあるでしょう。でもたぶんもう続けるのが困難でしょう。

かつてわたくしの若い頃は、独身を続けるのが困難でした。独身主義なんていう言葉があったくらいです。いまは結婚するのが難しい時代です。
研究者の世界でも、研究をそのままずっと同じように続けていくのが困難で、主宰できなければ研究がつづけられない、という観念にとらわれてしまうでしょう。人によっては研究室主宰者以外では研究の世界では生き延びるのは難しい,そんな風に聞こえるのかもしれません。
ですから、わたくしは35才以降に複数の選択肢のある、研究者会,研究生活があるべきだと言っています。
そうでなければ、日本の将来は暗いとまで思っています。
研究者の能力は、主宰者にならなくても十分に発揮し続けて一生やっていけるはずなのです。
万年助手が懐かしいのが,いまの時代なのかもしれません。

by yanagidamitsuhiro | 2009-09-22 14:41
2009年 09月 20日

犬の国勢調査、月下美人

このシルバーウイーク二日目で,日曜なのですが,ひさしぶりに坂本のほうの家で過ごしています。
朝からずっとデスクワークで万歩計も夕方になっても千歩にもなっていません。
一日のうちの一番良い時間帯である薄暮に家の外に出て、椅子に座り続けで堅くなった体をほぐしていますと、散歩している人達がみな犬を連れているのに気がつきました。たまたまかどうか、みな小さな犬です。一人でなく,数人で歩くのはたいてい同じくらいの年の女性たちです。
そういえば、最近妻から聞いた話でも知り合いで犬を飼ったことがない人がここに来て犬を飼いだしたとか。
たぶん流行なのでしょう。長年我慢していたがここにきて犬を飼いたいという人が増えてるのかな,と思った次第です。
この町は千世帯以上ありますが、二軒に犬が一匹くらいいるのかもしれません。
どういう犬がどれくらいいるのか、国勢調査のようにしらべたらおもしろいことが分かるような気がします。
わたくしは猫がいなくなりましたが、もうペットはいらないという気持ちです。
植物がペットかもしれませんが,枯れてもちょっとため息をつく程度の不人情です。
妻がどう考えているか知りませんが、今日東京から帰ってきて、すぐ月下美人が今晩か明晩咲くかもと言っていました。

by yanagidamitsuhiro | 2009-09-20 17:33
2009年 09月 19日

最先端研究費の審査の精査を文科省副大臣が言明とか

きよう二回目の投稿です。

毎日新聞のネットを見ると,最先端研究費、文科省鈴木寛副大臣は再検討すると言明したとか。
どう再検討するのか、政権の方針が変わったのですから,政権の方針で,精査すべきでしょう。他の予算と同じ,政治家は研究者を怖がることはまったくないとおもいます。
今回の30人の選定,これが研究者の拍手をもって迎えられたとは言いがたいのが,実情でしょう。
いくら自由競争とは言え,東大が11人とか首都圏が大半とか、研究費については昨今本当に厳しい時代にこういう一極集中的分配をやって何万人という多くの研究者のつらさをいや増すようなことをなぜやる必要があるのか。このような結果を、どこかで自制するうごきが内閣府にまったくなかったとは不可解です。
昨日もかきましたが、東京辺りでは不穏な噂がかなり流れているとか。噂らしかったらわたくしも書かないのですが,かなり信憑性があるかのように聞こえるのです。困ったことです。
かつて科学研究費での審査などでこういう噂など聞いたことがありません。
だいたい貴殿の提案を厳正に審査したなど、かつて聞いたことのないr台詞です。当たりまえのことは書かないのが常識でしょう。書くということ自体なんだか変だと思ったのです。
わたくしは応募時点では,非常に透明に見えていて応募ができたので、内閣府は偉い,と喜んでいたのですが、騙されたような気になっています。最初から出来レースだったとかなりの人達が話題にしています。つまり内閣府が前もって声をかけた研究者たちがいたようです。そんな話はかつて文科省では聞いたことがありません。

わたくしが不採択の理由を見た時にカチンときたわけもここでかいておきましょう。

本提案は研究の視点、研究計画などは具体的な研究課題と認められますが,研究開発体制が不十分であり、プログラム終了時点で実現する具体的成果が必ずしも明確ではないなどの意見もあり、不採択と致しました。

プログラム終了時点で実現する具体的成果が必ずしも明確ではない、との理由ですが、そんなことあたりまえでしょう。具体的成果が確実な研究など予想どおり、つまらないに決まっているし,根本的に科学技術研究がなんたるかをわきまえてない台詞です。予想外のことが沢山おこるので、だから研究提案の審査は本当にむずかしいのです。
開発体制とはなんだ、企業みたいな体制をつくるのが、優れた研究提案かと言いたいものです。わたくしの研究提案はビッグな開発体制ではありませんが、きわめて優秀な戦闘部隊を作ったつもりです。霞ヶ関チック考えではな開発体制は東大的なものがお好きなのでしょうが、わたくしが40年近くいる京大では小さなコマンドがすごい成果をあげる伝統があるのです。
実現する具体的成果が必ずしも明確ではないなどの意見もあり,
これが不採択の理由とは、考えれば考えるほど腹が立ちますが,しかし落選したこと自体はなんら腹が立っていません。わたくしなどは研究面で毎日のようにば思いどおりにいかないことに遭遇してますし、この応募でとおるなど1%もあるとはおもっていませんでした。
でもお祭りに参加しましょう、という気分だったのです。でもお祭りとはまったく異なるものだったことがだんだん分かってきました。あの当選者30人を見た時に、こんな結果なら最初から彼らを指名して公募などしてほしくなかった、というのが正直なところです。

by yanagidamitsuhiro | 2009-09-19 15:33