生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

mitsuhiro.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2009年 12月 ( 31 )   > この月の画像一覧


2009年 12月 31日

ゼロ年代の最後の日に考える

2009年の大晦日,ゼロ年代の最後の日、です。
個人的には感懐は相当あります。
この10年間、前半はまだ大学教員として現役でした。2000年の年に発表した論文を見ても本当に一昔前となりました。大学院生やポスドクだった人達がラボを主宰したり教授になっています。
2001年はテロの年でもありましたが、また細胞周期にノーベル賞がでた年でもあり,忘れがたい年です。
後半は大学を辞めて、でもラボを主宰するという変則的なものでした。また沖縄でのパートタイマーの研究主宰にも熱が入ってきて、現役の時よりずっと働いているという実感があります。
研究には若い頃から一心不乱に打ち込んできたつもりですが,それでも大学教員を辞めてからのほうがずっと研究へのうちこみかたが厳しくなったというか激しくなった感があります。
からだがこれで持つのかな,と時折かんずることもあります。
でもまあ好きでやってることですから。

そして世の中というか、日本の立ち位置が随分変わってきたように感じます。
80年代のバブルの時もわたくしは研究に没頭していたので,世の中での経済バブルとか財テクとかまったく頭に入りませんでした。それですから,突然日本は富んだ国だ,世界で一番リッチな国だとか言われても、言ってる相手の頭がおかしいのではないか,と思ったものでした。
あの頃わたくしたち研究者は給与的にも研究費的にもまだまだ非常に貧しく、アメリカの研究生活がまぶしく見えたものです。だからその頃の日本が世界一お金があったとかいうお話なぞ、信じられなかったものです。というか、いまでも信じるのは困難です。
それでいまや,長期の不況と政治の弱さから、国家として困難に直面している。
普通の独立国ではない日本が鮮明に見えてきており、日本のありとあらゆる分野でリーダー格の人たちが払底しているようにも見えます。
しかし、政権交代でいろいろな政治家がでてきたように、社会の土台が変われば,つまり政治が変われば,これまで黙っていた人達,政治の力にはまったく縁がなかった人達,そういう人達が社会の前面にでてくるのではないか、というかそうであってほしいものです。
いまの日本人は昔みたいに働かないかわりに判断力は随分増してきて、大人の判断をする人が非常に増えているようです。2010年以降、案ずるよりは生むがやすし、ではありませんが、いい結果がでると期待したいです。

分子生物学会も、研究倫理について関心を持つ人は一昔前にはほとんどいませんでした。しかし今では,意識の高い人達が急速に増えています。
なぜかと言えば,この分野でもっとも高い業績をあげたひとたちが積極的に沢山のあらたな活動を始めたからです。本当にたのもしい限りです。
これに続く,さらに若い世代が関心をもってくれるに違いありません。
研究倫理など、研究費の足しになるわけでもありません。またすぐにはほめられるような活動でもありません。しかし,実は研究の一番の足腰の強さに直結するものです。
研究成果が上がるためには,研究倫理にたいしてオープンで議論しすっきりした姿勢で臨めるのが,一番だとわたくしは思っています。研究をするうえでの「空気」と「水」に相当するのでしょう。倫理ですから,やってはいけないやってもいい,というのは時代や場所(国)によって異なるのは当たり前です。でも関心を持たなくてはいけません。
ワトソンとクリックとフランクリンの研究をどう考えるか、答えのでない議論になることに気がつくためには、いちど「倫理」をしっかり考える必要があるのです。
そして,自分はこれら三人の異なった立ち位置のどれに共感を感じるか、それを考えるのもいいでしょう。

これから一足はやくやってきた次男と妻と三人で自宅で年越しのそばを食べます。

by yanagidamitsuhiro | 2009-12-31 17:41
2009年 12月 30日

嵐の元旦の予報、ゼロ年代の最後の日々

天気予報では元旦は嵐とか。
特に西日本がひどくわるい予報。雪だと畑のネットが心配です。

ごく最近,民主党の小沢氏は京都だか京大だかにきて数十人の学生に講演をしたとか。
学生に向かってどんなことを言うのか,聞いてみたいです。

なおゼロ年代ということば、一部ではとっくに使われて定着しているようなことをコメントで知りました。
たしかにグーグルでも沢山使われています。しかしまだ新聞などでは見た記憶ありません。

それでゼロ年代の最後の二日を思索的に過ごしたいものです。

by yanagidamitsuhiro | 2009-12-30 22:24
2009年 12月 29日

ゼロ年代? 旧暦と数え,

2000年から2009年までをまとめてどう呼ぶのか、が決まらなくて、メディアも困るしだれもが困っているらしいです。
これまでは90年代とか80年代とか70年代とか言っていたのですが,欧米でもこの00−09年の十年間どう呼んだらいいのかいい言葉がみつからないのだそうです。
日本でもおなじでしょうか。
そこで,思うのですが日本語では00年代つまりゼロゼロ年代といって通るでしょうか?
さらに短くゼロ年代というのが簡単かなとも、おもうのですが。どうでしょう。
英語でもいいのがないので懸賞までかかってるとかだそうです。
zeroesというのは候補になってないのは、語感が悪いのでしょうか。
日本語ではゼロ年代はそう悪い語感とも思えません。
ゼロ年代はイラク戦争,アルカイダテロと金融クラッシュどれも米国発の大きな出来事がありました。
ゼロ年代の日本ではことしの政権交代がやはり一番大きな出来事なのでしょうか。それとも中国の経済や政治の影響下に否応もなく入りつつあった10年とも記憶されるでしょうか。

きょうがラボに来る今年最終日で午前はK君の論文をやりました。
それから来客などがありそれなありにばたばたと慌ただしいです。

来年は良い年でありますように、祈るきもちでわたくしもおります。

わたくしが最近よく思うことは、旧暦がいい面が多々あることです。
韓国や中国はいまも旧暦の正月を祝うのは季節感的にもベストだからだなと思います。
それと年齢の勘定のしかた、生まれた時に一才、これがいいのです。
母の胎内でほぼ一年弱滞在していたのだから1才でいいじゃないか。賛成です。
それで次にやってくる正月で2才,ちょっと違和感ありますが、でもみんなが正月に一つとしとるってやはりいいじゃないですか。
新暦でなく旧暦と、満年齢でなくて数え年,いいなと思う次第です。

by yanagidamitsuhiro | 2009-12-29 14:07
2009年 12月 28日

積み残しと新春からの仕事の境目,小沢一郎氏を考える

きょうあすとまだラボに来る予定です。
とはいえ誰にも邪魔されずに仕事ができるというのではまったくありません。
それに年末積み残し,残ってしまいそうな仕事をどうするのかも考えなくてはいけません。
来年になるとずらっとやらねばならないことがあって、境目がはっきりあるといいのですが,どうもだんだん無くなっていきそうです。このご時世とグローバル化の両方です。日本ではクリスマスのときには普通に働いて,それで新春をほとんど休まない欧米の仕事に合わせていては、こちらはほんと休み暇がありません。

小沢一郎さんという人がずいぶん最近また一段とにぎやかに話題になっています。
わたくしはこの人は間違いなくある種の天才なのだけれども、世間はあまりその事実を受け入れていないのが事実で、なぜなのだろうといつも思います。彼を好きだろうが嫌いだろうがとりあえずある才能は天才の域にあると認めたらいいのに,と思います。それで世の中随分違うのに。
このかたは東京の小石川高校の出身で、昔の第五中ですからご本人も東大志向は強くて、受けたけれども合格しなかったと聞いています。
この辺りが東京の東大法チックな連中のくせのある部分で、わたくしは小沢氏が二浪しても東大に受からなかったというのを、東大卒の人から(複数)耳タコくらい聞いています。つまり俺たちよりあたま悪い,どんなに威張ろうと彼はたいしたことない、劣等感のかたまりなのだ、こういう聞きたくない類いのキャンペーンを彼が自民党の幹事長時代に聞いています。
東大出のひとつの特徴は他人の学校がどこでどういう成績で卒業したとか、上級公務員試験の成績とか非常によく憶えていることでして、なにかあるたびにそういうことを話題に出すものです。
小沢氏の官僚嫌いといいますが、ほんとはこういう独特の東大法出の官僚にあるタイプが嫌いなので普通の官僚を小沢氏が嫌いなはずがないでしょう。ところで例の宮内庁長官は京大法出なのだそうです。
でもたしかに小沢一郎氏は、自分は口べたで損しているとかよく言っていますから、自信満々な部分とそうではない部分があって落差が激しいのかもしれません。若い頃の挫折はいまもすこし尾を引いているのかもしれません。
でもこのかたは相当に学者肌なのではないか、父君が亡くならないでそのまま大学院にいればかなり個性的な政治学者として著名な教授とかになっていたのではないかと思えます。
でもどちらかといえば仕事のやりかたは気難しい職人肌の面があるのかもしれません。

しかし日本の政治を長年にわたって非常に真剣に考え実行してきたうえにかついまだに現役で、なおかつ生涯で最高の権力も手にしてしまったのですから,なんとも凄いものです。
それにもかかわらずマスコミなどでは随分ひどく批判されて、こんな人がどういう資格でというような物言いをされて,気の毒です。
ただ、わたくしは本当のところ小沢さんいくつかの点で好きになれない面があります。

やはり角栄氏の光と陰を政治家として明確に言ってもらいたい。
それにからんでなぜそんなに政治でお金を使わざるをえないのか,正直に言ってほしいものです
中国との主席との会談後のあの嬉しそうな表情は国内でみせることがほとんどないので,みてるこちらは嬉しくないです。
中国や米国とのこれまでのやり取りを見たり聞いたりしていると,やはり首相にはなってほしくないです。なるんなら,外交についてとことん考えをきかないと非常に不安を感じます。

by yanagidamitsuhiro | 2009-12-28 16:29
2009年 12月 27日

とうとう見てしまった日本の購買意欲の一面,来年の目標三つ

けさ普段は比良のほうですごすスケジュールとは異なり、京都駅の伊勢丹とホテルにでかけショッピングをしてしまいました。
ホテルの三階に特設売り場があるとかで招待状が来ていましたので,妻と一緒に出かけたのです。なにをわたくしが求めていたかはわたくしの周辺のごく一部のひとたちは知っていますが,ブログでは秘密です。
それで特設大ホールで売り場に入ってわたくしの目玉がでんぐり返りました。
これはいったいなんなのだ、この静かなホテルのロビーの雰囲気とは100%異なる熱気むんむんの雰囲気は何なのだ。満員どころか,歩けるかどうか、という込み合いです。
98%は女性、目をこらすと男性がちょぼちょぼいました。
わたくしはもちろん目指す売り場があったのですが,売り場とはいえないような狭いところに特攻隊のような感じで人々がいてけっこう高価な(元は)商品をまるで100円とか200円とかの商品のように手に取ってはすぐ放り投げて別の商品を見ています。
すごい、この購買意欲はなんなのだ、どこにこの購買意欲が隠れていたのだ,というすごいもんです。
こんなもん、女性にはありふれたことかもしれませんが,わたくしには生まれて初めての経験,世の不景気はあれは全部ウソというくらいの衝撃的光景でした。
それでわたくしはどうだったか。
恥ずかしながら,これら女性の熱気にあっという間に感染してしまいまして、気がついた時には妻があきれるほどのていたらくでした。まあ、たまにはいいでしょう。
特設の支払場には多数の店員がおられましたが,それでもかなり待たされましたが,1時間後では延々長蛇の列と聞きました。ブランド品で正価よりずっと安ければすごい数のひとが購買するという事実を見せつけられました。

そのあと、ラボにいきました。何とかせねばならぬことが勃発してしまいましたので。
なんとかこれもけりがついて,一日の奮闘に満足して自宅にもどりました。

それで話は違いますが,来年の目標を決めました。
ひとつは、「自助」です。自助に向けて,といったほうがより正確かもしれません。
このブログでももう何度か言っています。
もう一つは、「よりていねいに」です。これまでも研究面でわたくしは丁寧に仕事をしてきたつもりですが、もっと丁寧にしたい,とこういうことです。あたりまえのようで、でも心のなかでもっとも大切にしたいものです。
三つめは秘密です。
いうわけにはまいりません。誰にもいいません。
いつも一つのもっとも重要な目標年ごとに随分違って変わってきていますが,でもだれにもいわずに20代前半からやってきたのです。
いえる訳がありません。

by yanagidamitsuhiro | 2009-12-27 21:55
2009年 12月 26日

科学研究費予算

きょうはいろいろと出来事があって、あちらこちらに動きました。坂本、比良の家、また坂本の家、それからラボへ、そして坂本の家に戻るという順でした。
まさに師走でした。

政府予算は新聞によると科学研究費は去年とほとんど同額ということです。
やはりというか、あれは一体何だったのか、という感があります。
色々気を持たせてというか、民主党の科学技術政策なにもないんだなということがよく分かりました。
なんだか疲れました。
もちろん予算が減らないのですからありがたいことではありますが。
でも東大のT先生などと学術会議でこの科学研究費の2000億円を倍増してもらうことがもっとも肝要などと議論していたのですが。
ともあれ、科学技術政策については、ここまでは、民主党はなにも特徴がないと、特有の政策がない、いうことになりました。
つまり霞ヶ関官僚のいうとおりに動いたのではないかとおもわれます。
それは残念、ぜひコンクリートから人へ、の考えを科学技術政策でも生かして欲しいものです。

by yanagidamitsuhiro | 2009-12-26 21:14
2009年 12月 25日

訂正10人弱の民主党議員が来訪とのこと、ヨーロッパでのポスドク

昨日かいたこと、訂正する必要があります。
田中眞紀子議員だけというのははやとちりで民主党議員多数おいでになったとのこと。はっきりした人数は分かりませんが8,9人とか。それでは関係者が右往左往するのは当然かもしれません。
ただなぜ来たのかは,誰も教えてくれませんでした。
ただ山中先生のところへ訪問するのが主たる目的だったのかもしれません。
いずれにせよあまりみて素晴らしい光景ではありませんでした。
またお忍びでおいでになったのかそれとも公開だけれどもその訪問理由はたんにわれわれには知らされないのか,よくわからない訪問でした。

若い時に自分がどう年をとるかなんて分かるはずもありません。
でもポスドクくらいならその先じぶんはどうなるのか数年先は真剣に考えるものです。当たり前ですが。周囲の意見に左右されますが、順調ならばそのうち独立の職を考え出すものです。
そういう環境としては米国より欧州のほうが日本人には向いているかもしれません。考えるだけならばという条件がつきますが。
歴史がたっぷりあり、未来を考えるセッティングとしてヨーロッパのほうが日本人にはいいものです。
でも独立の職をえるという具体的な課題となれば別問題です。英語国のイギリスを除けば大陸での独立した職を得るのは大変です。言葉の問題もありますが、やはり人脈をつくるのが難しいものです。わたくしのラボ出身者でも大陸で独立職をえたのはたった一人です。それに対して英国ではかなりおります。
ポスドクかラボ主宰者という転換時は本人よりも周囲がわかるものです。文句なしでなれるというのは100人のうち5人くらいでしょう。こういう人は本人が自覚しなくても周りが職を探しなさいと言ってくれるものです。残り25人くらいは、いろいろ時間がかかっても最後はなんとかなってどこか決まるのですが、それはボスとか分野とか複雑な要因があります。
残りの70人は難しい。それでどうなるのか、いろいろですが、50才くらいまでにはだいたいはっきりします。
こういう経過を考えると、欧州がいちばんあいまいに時を過ごせる、ようです。ポスドクなのか,ちょっとそれよりましなのか,よくわからない職にありつけたりして,いつのまにか40代半ばくらいになる。でも給与ももらえるし、たまに論文を発表すれば、なんとか居られるのです。主宰者でなくとも。
これに対して米国では一部の医学部をのぞけば黒白がはっきりします。それに主宰者になれる機会は欧州よりもずっとあります。職については圧倒的に開かれています。ですから、ポスドクのあとで主宰者になることをまず考えるのなら,米国でやるほうがずっと機会があるものです。
ただ生活の質みたいなものは考え方次第ですが、それでも平均して欧州のほうがいいでしょう。ですから日本に必ず帰ってくる計画がはっきりしていれば、欧州でポスドクをやるのは悪くないアイデアです。パワーが米国みたいになくても研究の源流みたいなものはありますから,日本人にはいろいろ勉強できるでしょう。
がむしゃらにでも独立職をもとめるのなら、やはり米国のほうが断然機会は多いでしょう
英国もかなりありますが、しかし米国に比べたら比較にならないでしょう。
そういうわけで、日本に戻るのかどうなのか、そのあたりをはっきりして海外でポスドクをやるのがベターなのです。そして三分の二はそのあと独立の職を得るのは困難という統計的事実も知っておくべきです。しかし、真面目に働いていればそれでも50才くらいまでは職がありそうなのが、海外でして、日本はそういう点はとても厳しい。
米国は違った意味で厳しいのですが,でも自分に自信があれば成果に見合った結果がでる可能性が高いので、好きになれる人はたくさん居るでしょう。
きょうはこんなことを書いたのもこの12月かなりたくさん海外滞在組や帰国組がラボに遊びにきていろんな話をして、ちょっと思いついて書いた次第です。

いっぽうで最近は海外にいかなくても、英語をちゃんとしゃべれて、すばらしい業績を上げている人が増えてきました。もっと大勢いればいいのですが、しかしそれでもかなり顕著になってきました。

by yanagidamitsuhiro | 2009-12-25 16:02
2009年 12月 24日

これじゃ困るWP、田中眞紀子さんのお姿、いつものようにすればいいのに

きょうは懸案のK君の論文の改訂版を作る日です。
かなり時間がかかりましたが彼も頑張りでここまで来ました。
ただ大掃除で床ワックスがけの業者さんが来ることになっているので,朝仕事をして昼頃に百万遍に来ました。秘書のSさんに電話するともうわたくしの部屋の掃除は終わっているとのことで、まず部屋に荷物をおいてそれから理髪にいって終わってから始めるつもりでした。

建物の前までくると、男性10人くらいが一台の車に激しくお辞儀をしています。これくらい壮観なお辞儀をみたことついぞ京大キャンパスではありません。車はわたくしの横を通りましたが,誰が車内にいるかは窓が黒いので分かりません。

建物のにはいってエレベーターむかうとここも見たことがない男性たちが何人もいました。
エレベーターを待っていると京大という腕章をした男性が寄ってきて、いま四階におられます。というではないですか。何のことやら、と思って,誰が,と不機嫌そうに返事しますと、相手は驚いて引き下がる気配でしたが,わたくしは3階にいくんだから関係ないですよ,と返事はしました。
こんな経験もなく、こんな人にここでこんなことをなんでいわれるんだと、思った訳です。
通過した2階のエレベーターホールにも見たことがないくらい京大腕章族がいました。そういえば車にお辞儀をしていたのもみな京大腕章族でした。

ラボにいくと、何これ?というわたくしの質問の返事のまえに、秘書のSさんが、先生、田中眞紀子さんが来ているんですよ、とのことでした。そういえば大きな会議がきょうはあると、連絡がありましたが、それがこれなのか,でも田中眞紀子さん一人来るだけでなんでこんな大騒ぎをするんだ、というのがわたくしのレスポンスです。
彼女にはなんのうらみもありません、ただなんで大学がこんな大騒ぎをするのだ、これじゃこのWP、つまり世界最高のワールドプレミア、予算切られるのもしかたないな。こんなに大勢が右往左往する人員の余裕があるのなら、まだまだ無駄遣いが沢山あると思われてもしかたないでしょう。
なんでいつもの姿をみせないのだ、それが一番よい応対なのに。
といって、部屋をでて(わたくしのラボは3階にあります)、またエレベーターに乗って,1階を押して乗りますと、止まった階の前にところに沢山人がいます。
一階と思って外へでると、だれかなんの用があってここにくるとかいう声が聞こえたので,違う階つまり2階にに止まったことになるのですが,またエレベータに乗りました。その言い方に頭に来て、なんでのりもしないのに,エレベーターを止めるのか,と文句をいいながらですが。
そこの大勢の中にお一人知っている先生がおられのに気がつきわたくしついついこりゃひどいね、という類いの言葉を大声で発しましたら,なんとその瞬間に田中眞紀子議員が廊下を曲がって目の前に現れました。ドアも閉まりつつあったので,聞こえたのかどうかは分かりません。
そうなら失礼,先生に対する感想ではまったくありません。WPの応対がです。

やれやれ、おもいつつつ、一階にでると、またまた大勢が右往左往しておりました。
ひとりの政治家にこんなになってしまう京都大学、なんていうことでしょうか。
仕分けがあったとはいえ、なんでいつもの姿を見せないのか,なんで事務屋さんを排除して研究者だけで応対しないのか,「情けない」という気持ちで一杯でした。
わたくしの口癖,世もすえ,でなく京大も末、だなとおもって何事もないような百万遍の交差点にでました。

by yanagidamitsuhiro | 2009-12-24 16:36
2009年 12月 23日

ことしのおわり、激しい変遷

研究発表も終わってこれで新年ならいいのですが、まだそのまえに沢山すませなければならないことがあります。
ことしは例ののとばっちりでどこもかしこものんびりがありません。いろいろそれにあわせてやるようなことがあります。東京から来るメールに楽しいものはありません。あれやれ、これやれ、ばかりでこれじゃ新年などやってきそうもないのです。
いやな世の中になったものです。

そういえば昨日の忘年会で世のうつりかわりが話題になりましたが、何百年も続く家業のある京都のまちですらこの40年大半の店が変わってしまました。
百万遍角のシンボル銀行のビルはいまや安売りドラッグの店の広告がべたべたに張られる場所に.なってしまいました。保険の女性が出入りしたビルも食べ物屋やコンビニになりました。あと固い職業の建物も、いまや不動産やや漫画喫茶です。警察官の寮とか郵便局がは残っていますから,やはり官業はつよいようです。それにパチンコも生き延び,花屋驚いたことに炭屋が残っています。
先斗町も生存はきびしいようです。あちこちに散在する町家の食べ物屋のほうがいまは強い、この不景気で京都の木屋町や先斗町はかなりの店が厳しいことになってるだろうと想像しています。みかけなんとかやっていても客の層がかなり高年齢でこれじゃ10年後はアウトかなとも思えるような店が増えているようです。農業や林業的な店が多くなっていて,その周辺が風俗的な店になっているのが悲しいです。スギ苔がだめになって、そこをゼニ苔が置き換わっていく感じです。

by yanagidamitsuhiro | 2009-12-23 20:16
2009年 12月 22日

良い判断,自己成長のしかけを持つ若者

きのうの首相の子供手当に収入制限をつけないことと暫定税率についての判断は良かったとおもいました。収入の多すぎる人達に寄付の機会を与えるのもいいです。ガソリンは今くらいの値段ならしかたないと思う 人が多いでしょう。これで年内予算が出来るとか。やれやれです。

きょうもこれから皆さんの研究報告を聞きますが、水準は悪くないのですが,でも自己成長に役立てようとの努力がはっきりかたちで見えるのとそうでないのがあってその差は大きいものです。

このあいだ東京でやったセミナーの時にも感じたことですが,若者で自己成長のしかけを自身でもっているひとはわかります。質問のしかたやその時の表情でどういうつもりで聞こうとしているのかわかるものです。やはり何事も自分の成長に役立てようという気持ちがあるひとは表情もいいですね。そういう若者がたくさんいれば日本の未来は安心ですが。

自己成長のしかけは一つが使えたたびに変わっていいものでしよう。なにかを達成した後で次の段階のしかけにいけたらいうことないでしょう。

女性の中で一部の人にはかつまーなるものが流行っているそうで,つまり勝間さんという人気のひとの生きかた考え方をめざすとか影響を受けるひとたちらしいのです。わたくしも一度テレビ番組で考え方を聞いて、かつまー族がでても不思議はない,と思いました。ただ女性の生き方をろんじているので男性には信奉者はでないでしょう。否定的な人もいますが,でもいちど族になってみるのもいいので、その後に何がでてくるかでしょう。成長のきっかけにはなるでしょう。

わたくしのような年寄りの人間でも自己成長はぜひしたいもので、いつもどうしたらいいか考えています。できるだけ挑戦的に研究をしたい、そのためには?、と日夜考えるものです。
いっぽうで動と静、両方がないといけないので,どのような「静」の時間をもつか、つまり無意識の静の期間がどれくらいあればいいか、そんなことも考えます。期間はやはり3ヶ月とか1年とかの期間を考えることもあります。この年になっての1年は長すぎて感じるのですが,でも人間の生理としてしかたないと思っています。

by yanagidamitsuhiro | 2009-12-22 08:59