生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2010年 01月 31日

政治的な選択課題、電気バイク

わたくしが昨日日本の等身大の問題としてトヨタのことを話題にしたのは、トヨタが世界の超大企業になってもなかなか日本の企業文化が世界中の人たちを納得させる企業文化にまでいかないのではないか、ということです。
国内からの人材補給という点では、図体が大きすぎるのかもしれないし、日本の厳しい消費者マインドを納得させかつまったく同じ製品を海外でも売り続けることができにくいのではないか、という感じです。
どこの国のトップブランドも自社のブランドをつけつつ海外工場で作らねばならないことからくる難しさがあるようです。いずれにせよ外国で学ばず働かずずして国内だけの人生を送りたいというマインドの日本人が大半になってしまって、それでものを海外の沢山の工場で作り続ける世界企業を日本人がいつまでも主体的に維持し続けられるか、どうなんでしょう。
実は沖縄でも、若者の大半は沖縄を出たくないのですね。
全体としてみれば、自県である沖縄で生活したい、生きたいという志向は非常に強いのです。
それでいて、かつ日本中、そして世界中どこでも通用するような人材を沖縄はいかにして作っていくのか、これが問題なのでしょう。
一部の人達を除けば、望めば自県で一生をおくれるように国作りというか県作りを考える必要があるのかもしれません。世界のどこでも活躍できどこでも住める、それとも自分の故郷で満足できる一生を送る、どちらを強調するのか、すぐれて政治的な選択課題と思います。わたくしは日本は政治的には後者を選ぶべきと長年思っています。自分自身がどちらかといえば前者の人生を送ったからでもありますが。

けさのテレビニュースで中国の電気バイクのことがでてきました。
この環境によく経費もかからない、なによりも静かなバイクが日本でも盛んに使われるようになってほしい。とくに早朝の配達をする新聞や牛乳などの配達バイクにぜひともこの電気バイクを使ってほしい。そうすれば朝の3時過ぎにバイクの音で目がさめることもなくなります。
昨年中国に行って以来、中国のほうが環境問題では日本の先をいっている面が多々あると色んな人達にいってきたのは、この電気バイクが一つの証拠です。上海では電気バイク以外は禁じられています。
なんでこれが輸入されないのか、またなにかどこかのお役所が邪魔をしているのに違いありません。もちろん安全基準に疑義があるとかと言うことでしょう。でも中国ではどこでも誰でも電気バイクに乗っているのです。調べればガソリンバイクとどう違うかはっきりするはずです。この点、日本は完敗なように見えるのですが。自国でも作ってもいいですが、でも所詮中国からどんどん輸入することになるでしょうに。

by yanagidamitsuhiro | 2010-01-31 09:49
2010年 01月 30日

この時期の準備作業、トヨタのリコールや鳩山首相の施政演説

旧の正月もあと2週間で、農作業の準備もだんだん本格化しなければいけません。
ことしはタマネギをちゃんと食べたいのですが、いまのところは順調。
去年は鹿にぜんぶ食べられたのですが原因は二重のネットの両方が鹿が入れる状態に雪のためになったので今年はそれだけはないようにしています。
しかしことしまだこれといった雪がありません。アーティチョークは冬を越すと言うことがわかりました。巨大になりつつあるのが6本あります。

この比良の敷地はヘンなかたちをしていて全部で4回購入したのですが、最初の敷地は登記簿の広さより実際はかなり広い。とんがった部分がありきょうはここを整理しました。
猿飛佐助がもっとも好む立派なサクランボがあり口惜しいので去年木全体を囲みました。今年はどうでしょう。となりにたらの木が何本かありますが、これは確実に芽を天ぷらで食べられます。その奥にクリの木と枇杷があり、昨年は枇杷は大成功、クリは少数ながらおいしく食べました。なぜか猿飛佐助の被害にこのクリの木はあいません。その手前に柿の木とミカンがあって、広くないのに色々あります。
きょうは雑草や枯葉をとって燃やして、片づけました。肥料も与えました。なんと大きな亀の甲羅がありました。ここで死んだのでしょうか。でも完全にカラカラになった甲羅だけですからどういう事情でこうなったのかは分かりません。
それに大きめのカボチャが一個雑草に隠れていました。
今晩はこれを食べます。切ったら水がでましたからカボチャの気密性はすごい。

このヘンなかたちをした敷地の三角部分の手前にケージを作ったのですが、この中にある柚子、ブンタン、ブドウ、イチジクは邪魔されずに食べられます。ただ柚子は外でよかったのでしょう。今さら移せませんがことしは100個以上できました。ブンタンもまだ食べ切れていません。自慢できるくらいおいしいです。先週ブドウを思い切り切りました。サンテミリオンでみたようなブドウの木にならないかと思って真似して切ったのですが。どうでしょうか。

トヨタやホンダが非常な数のリコールをしているようです。売り上げ台数とほとんど同じとか。トヨタはあまり説明をしようとしないので、問題化しているという記事も見かけます。なんとなく偶然のできごとでなく、いまの日本の等身大の問題がトヨタにもある、という感を深くします。
トヨタという会社にはいまやご意見番のような人がいなくて、世界企業として発展をつづけていくには人材補給に問題があるのではないでしょうか。
昨日の鳩山首相の施政演説は命を守るというのが主たるテーマだったようです。なかなか格調はあったが各論が具体性が乏しい、と言うのがおしなべての批判だったようです。
教育費をサポートするだけでなく、学力の向上がおきるための方策を国が考えるのが大切なのではないでしょうか。命を守る、もちろんそれはいいのですが、命が思い切り燃焼できるような生きがいのある国作り、こちらも同じかもっと重要なのではないでしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2010-01-30 17:48
2010年 01月 29日

肩の荷がすこしおりて、西山事件のこと、だれが情報漏洩違反者を逮捕するのか

ここのところ論文がふたつ通ったのですこし肩の荷が下りました。一つは沖縄主体、もう一つは京都主体ですが、最近ではわたくしの頭の中は両方の研究が渾然となっています。ただ事務も組織も研究費も違うのでそれを意識せざるをえないことはよくあります。
すぐにまた二つ論文を完成したいのですが、一つはもうデータ的に完成形ですが、もうひとつは一人の研究員の最後のデータ待ちです。いっぽうでしゃかりきに進めている真ん真ん中の仕事も二三ありまして、これの進捗をはかるために毎日相当な時間を割いています。色んな段階の仕事に応じて、頭の中の仕切をいろいろ作ったり壊したりする必要があります。

このあいだ沖縄で晩飯を食いながら、公務員が守秘義務のある情報を自主的に漏洩をしたり、もしくは誰か(たぶんマスコミ関係者が)が教唆して漏洩したり、というような違法行為があったら、それらの関係人物を逮捕できるのはだれなんだろうかとかいうはなしになったことがありました。かつて警察官だったSK君は自信に満ちてそれは警察です、と言いました。そうなの、と念押してもそうだと言うので間違いないのだとおもいました。わたくしはこういうことには疎いので、法曹関係者の違法行為は検察がやはりやるのか、などと曖昧に考えていました。しかし、そう聞くと、なるほど警察なのか、となんか腑に落ちました。
それで記憶のどこかにかつて毎日新聞の記者が外務省の職員を教唆したかなんかで機密情報を得て逮捕された事件を思いだしました。法曹関係者ではありませんが、情報漏洩と教唆という点でいまの日本のたれ流し状況を考える参考になります。さいきんその機密情報がホンモノだったと証明されたことも記憶にあります。あの時警察が彼等を逮捕したのかなと、記憶がよみがえりました。
 
ところがいま西山事件という項目でウィキペディアをみると、西山記者は東京地検特捜部に逮捕されたと書いてありました。毎日新聞は当初猛烈に検察に反抗していましたが、西山記者と情報漏洩した女性職員が情を通じていたと政府筋の情報で週刊誌に書かれて、政府の反撃にもあって新聞は窮地におちいったとあります。西山記者は情報目当てに既婚の事務官に近づき酒を飲ませた上で性交渉を結んだとされ、情報源の外務省女性事務官を国家公務員法(機密漏洩の罪)、西山記者を国家公務員法(教唆の罪)で逮捕したとあります。長い裁判で事務官は有罪、記者は無罪になったので、かえって記者は倫理的に非難され、記者ご本人も新聞社も激しく叩かれてしまったとあります。真相は分かりませんが、得た情報は正しい内容を含んでいたので密約は真実だったようですが、当時はそんなこと絶対無いという、政府見解が勝ち地検特捜はその流れに決定的な役割を演じたとあります。

そういうわけで、いまの日本の司法記者と検察の共生関係はこのあたりの事件(1971年から1972年の頃)から続いた長い経過があるようです。
司法記者も検察関係者も情報漏洩の違法行為でで逮捕されることなどは今の様子では夢のまた夢のようです。
でもこのあたりが良くならないと、日本の司法野蛮国のレッテルはわたくしの心の中からははずぜないと思います。

by yanagidamitsuhiro | 2010-01-29 16:37
2010年 01月 28日

蒸し暑い、英語ディナー、旅行用スピーカー、非日常的な研究の要素

きょうは蒸すというか蒸し暑い感があります。
でも本土からくれば温度的には天国です。
からだのどっか痛いのも消えてしまいます。
きのうは英語だけのディナーでラボの二人のチェコ人とメキシコ人との晩ご飯でした。残念ながらラボの他のだれも英語ディナーに挑戦する人はまだいません。たしかに難しいのは分かりますが。
TP君のアパートの傍の居酒屋で、泡盛が飲み物のほとんどの店でビールと焼酎を飲みつつも沖縄の食べ物を多いにエンジョイしました。もちろん会話も。同じ若者でも日本人の同輩よりはたしかに成熟しているので気楽に話ができます。

前にも書きましたが、こちらで飲むコーヒーも百万遍Zで買うのと同じです。
同じ味のコーヒーを飲むのが生活の「続き感」があってくたびれません。
このあいだから小さなスピーカーも持ってきています。iPodにつなげるためでホテルの部屋などはイヤホンで音楽をきくよりもこの小さなスピーカーのほうがずっとのんびり音楽も聴けます。ただ性能的にはもっと上があるのではないか、と感じています。

けさも合計4人の人達としゃべってこれで全部一巡しました。
研究というのは日常性の中から、非日常的な発見をしたいのです。
ですから、日常的な会話のように見えて、会話の中身には非日常的な発見に向けてのありとあらゆる努力と関心がはいっていなければなりません。
そのようなあたりまえのことを知ったのが20代の初め院生になり立ての頃ですが、ラボのみんながそのようである環境を作るのはなかなか難しいものです。

このブログを書いていたら、外ですごい雨が降り出したことに音で気がつきました。窓の無いオフィスですから、すぐには分かりません。相当な雨音にならないと。もうここにも6年もいました。あと2か月で窓無しオフィスの生活もおしまいということになっています。

by yanagidamitsuhiro | 2010-01-28 14:24
2010年 01月 27日

記憶にない二日続けての歩き、つるりんとびん玉、ガッカリする国です本当に、またゼロからの出発

きょうもまたまたさわやかな日です。
朝ホテルには修学旅行生もいなくて熟年の家族連れが大半、静かでおちついています。
おかげで気分よく朝を過ごせます。

歩くのに最高の天気なので研究の議論の区切りや昼飯時にせっせと歩いています。
おかげで昨日も今日もノルマの歩数を越える距離が歩けています。二日も続けてこんな歩けることは沖縄ではまったく記憶にありません。
昨日は運河のあたりで水上スキーの男性がものすごい勢いで転倒しているのを見ましたが今日はだれもおらず釣り人もゼロ、しずかな歩きでした。昼には八重山そばのびん玉という店で食べました。きのうはつるりんのほうでした。つるりんは土建系労働者でも満足できるカロリーがあって下手すると1500キロカロリーくらいあるランチですが、わたくしは一番少なそうなのを選んでますが、それでも700キロカロリーは越えるでしょう。でもついつい食べてしまいます。この八重山のほうはなんか民芸系で単品なら600キロカロリー以下ですみそうです。平たいソバを選びました。さっぱりしておいしいです。

郵便不正事件、女性の村木元局長は全面否認、検察側の二人の有力証人(上司と部下)がいかなる心変わりか、村木局長との共謀とか指示を全面否定。これでは検察の公判維持が可能なのでしょうか。当時のマスコミを思いだせば、村木局長は100%クロという印象でした。
なぜこのようなことが次々に特捜の目玉事件で起こるのか。福島県での佐藤元知事の逮捕などもすべて検察のでっちあげ証拠によるらしい。ふたりとも、非常に有望なかた達だったのに司法記者と特捜検事のでっち上げで人生を失ってしまうのはあまりにも悲しいことです。
司法マスコミと検察のつるみとたれ流し、日本の恥部だしもっとも野蛮なところなのでしょう。
しかも情報漏洩がまったくないと、言い張るのがひどい。つまり誤った記事はすべて司法記者のでっち上げと言うことになるのでしょう。ガッカリする国です。本当に

追加記入ですが、恩納村へのラボの引っ越しのことですが、いろいろ未知のことが多いのですね。
わたくしも60才過ぎてからこれで4回目のラボ引っ越しですが、なるべく関わらないようにはしているのですが、ついつい口が動いてしまいます。
引っ越しに伴って、相当な研究へのダメージ、かなりの期間の研究の遅滞、これは覚悟しています。でも一番のダメージは研究室のメンバーへなのです。沖縄の公共交通の完全な欠落環境では、車での通勤は長時間になりまた危険度も飛躍的に増します。もちろん疲労も。恩納というところは月給の多くない通常の勤労者には基本的には住むところが非常に少ないのです。なぜ恩納の場所に決まったのか、それは辺野古と連動していると6年前にえらい人達から聞きました。本当かどうか知りません。たぶん見学にくる人は皆さん、立派なところで素晴らしいですねと、こう言ってくれるでしょう。でも生身の人達が生活して一定のリズムでの生活の中から研究成果を生みだしていくのですがせっかくこのうるま市でできたそこそこの研究環境を100%失うというのはかなりつらいものがあります。またゼロからの出発です。

by yanagidamitsuhiro | 2010-01-27 15:18
2010年 01月 26日

目薬、引っ越し、沖縄の寒い日、

今朝から目薬をしてないのにさっき気がつきました。いつもとスケジュールが異なるので完全に忘れていました。一日4回というのですが。
もうだいたい直っているのですが、駄目押し的にクスリを使うのは大切なのです。それで慌てて、いまいれたところです。一発で命中するのが案外むずかしい。左目はきれいに入るのですが、右目がずれて命中しない傾向があるのはなぜでしょうか。

ラボの引っ越しが近づいてきました。
かなり大変です。
大むかし広大な荒野の筑波に転勤せねばならないひとの話をきいて同情したことがありますが、それに比べればまだましというところでしょうか。
でもラボの誰も恩納に自分の住むところを引っ越しするものはいません。

きょうは沖縄の大寒という感じで、タクシーの運転手さんも今日がいちばん寒いと言ってました。
でも気温は10度くらいでしょうか、外を歩くと冷たい風が実に気分がいいです。
朝、昼前、それに昼後と喜んで歩いて来ました。

by yanagidamitsuhiro | 2010-01-26 15:40
2010年 01月 25日

名護市長選の結果

けさから沖縄に行きます。いま伊丹空港です。
名護市長選の結果がでて移設反対の候補が当選。
これで辺野古への移転は無くなったと見るのが常識的なのでしょう。
県外のどこに行くのか?県外と確定すれば経済であえいでいる自治体は本州にも相当数あるでしょうから噂の長崎県も含めて名乗りが上がるのでしょうか。
また後で書きます。

どこからも名乗りあがらずどこも強固に反対になると、結局また話が辺野古に戻ってくるのではないか、とこう予想する人達はどこでも相当多いのではないでしょうか。
米国の海兵隊などどこも来てほしくない、と思ってしまうでしょう。経済的に窮地におちいった自治体くらいしか考えない選択肢です。これまで沖縄は温厚な県民性を逆手にとられてずっとつらい目にあわされてきました。しかし基地経済に対する依存性は依然高いのでどんなに基地がいやでも、完全には反対仕切れない面があるのです。実際、今回の市長選でも二人の得票の差はかなり小さいものでした。
沖縄も県内でいろんな受け止め方があるでしょうが、誰もが満足する解決などあるはずがありません。5月末に解決するという大見得を切っている首相ですが、そんなことができるはずがありません。解決できないが、これしかない、という案で誰かが悪者になるしかないのでしょう。行政のトップの誰かが自治体の住民から見て悪者になるという解決策しかないという悲観的な予測です。それは誰がなるのか。そしてどの程度の悪者になるのか、こういう予測しかもてません。
それとも本当に長崎県あたりが立候補するのでしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2010-01-25 11:33
2010年 01月 24日

わたくしはロックマン

理論をやる人は価値観がひろいのでしょうから好きなことをやればいいのでしょう。外的条件が許す限り。評価は後でついてくるのでしょう。

きょうは音楽のことについての話題をしましょう。これまでかなり用心をして音楽のことはなるべく書かないようにしていました。理由は何が好きとかどれが好きかいうと、強い先入観を持たれる傾向がありますので。音楽の好き嫌いは個人差が激しいのでなるべく話題を向けないようにしていました。
わたくし自身もかなりひどいほうで、孫の母親に「早い時期からモーツアルトを聴かせるように」などとつい言ってしまっています。孫の母親が「なんで?」などと聞けば、「ベートーベンのような濁った音楽を幼児に聴かせると頭が馬鹿になるよ」などとの暴言をついはいてしまうのです。

クラシックとそれ以外のものを聞いている時間でいえばクラシックのほうがずっと多いのですが、でもそれ以外のものも気分にあわせて聞いています。いまはやはりロックが多いのです。60年代からの生き残りがまだいますから聞きやすい連中がいるのです。書斎で聴くと言うことはまずなくて外で歩いているときなどに聞きます。行進曲代わりですか。案外精神が高揚してぜひあれをやろうとかあれは絶対やらないとかともあれ前向きだろうが後ろ向きだろうが強い意志がでてきたりします。バラード系のロックも好きです。旅行のフライト間の長い疲れる待ちあわせ時間なんかにピッタリだし東京で疲れる会議のあとなど新幹線で聴いたりするのに。iPodは必需品です。いま携帯しているのは4台目(クラッシック)ですが坂本や比良の家やラボにも一台ずつ置いています。

子供が小学生か中学生の頃に父親が日曜の朝になるとジョンデンバーを大きくして聴くのでホントに参ったと彼等が大人になってから言われたことがあります。
わたくし高校生から大学院まで山登りをしていたのでした。山は晩飯の後はすることがない。真っ暗な森や草原に向かって大声で安ウイスキーを飲みながら山の歌をがなりたてていたものですから、フォーク調の歌が30代くらいまでは嫌いでなかったのでしょう。その頃は演歌も流行歌も嫌いでありませんでした。スキー場なんかで聞くくだらない加山雄三などのも鼻歌でフォローしながら滑ったものです。音楽が占める部分は生活の中でかなり小さかったと思います。ともあれ忙しかった。
30代後半でタバコをしっかり止めて毎月タバコ代プラスアルファをCD購入に充てることにしました(前に触れたことあります)。これで急速に音楽に親しむ度合いが高まりました。オペラなど平素聞かないものもよく聞くようになりました。古い音楽とか宗教音楽のCDなども買うようになりました。それと同時に、クラッシック以外のものも購入する頻度がたかまりいろいろ聞き漁ったものでした。
クラッシックと違ってロックとかポップとか激しいのやしつこいのや官能的など色々あって、やはり一度聞いたら二度と聞きたくないものも沢山あります。総じて米国系のはわたくしは駄目でした。例えばお尻をふるのでも米国のお尻ふりには共感が持てないのです。なぜか分かりませんが。英国のロックかユーロビートがなじみやすいのでした。
結局溜まっていったのがエルトンジョンでした。結果、半端でないCDを持っています。次男は呆れていました。長男はわたくしの影響を受けたのかどうか分かりませんが、エルトンジョンが日本に来たときにライブにもいったったようです。誘われたのですが、わたくしは行きませんでした。彼はロックよりもポップに分類されることが多いようですが、わたくしはロックと思っています。
40代の10年間はまだタバコを止めたという意識が残っていたのかせっせと買ったものです。その10年間でいま所持しているものの8割くらいは買ったでしょう。前に買ったので気に入ったのをぐるぐる回して聞いてるだけで厭きません。でも時折新しいのは買いたくなります。
最近はロッドスチュアートもよく聞きます。若い頃の写真をみたら美形なのにびっくりしました。エルトンは美形とは違いますが、でも顔と歌は合っています。ゲイと聞いていますが、違和感がありません。
わたくしは昔と違って音楽をツールにする傾向が増してきました。つまりこういう気分の時にはこんな感じの音楽を聞きたいとか。音楽に依存するように感じることがあります。内在する生命力が落ちて来ているのでしょう。音楽の持つパワーが必要になる度合いが増してきたような気がします。ところでわたくしはロックを聴くのがこんなに好きなのに一曲たりとも歌えません。生まれ変わったらインストルメントを一つくらいものにしたいものです。

by yanagidamitsuhiro | 2010-01-24 17:11
2010年 01月 23日

理論生物学者の実例、強風の跡

コメントにあった質問、たしかにわたくしも実例を挙げないといけないとは思っていたのでごく手短に触れておきましょう。わたくしの考える理論生物学は生物現象におけるルール、法則を理論的に予測することだと思うのですが、もちろん密接に実験とは結びついているはずです。日本では中立論の木村博士などが代表的な存在なのでしょうか。
わたくしは20世紀最大の理論生物学者はフランシスクリックだと思います。もちろんDNA二重らせん解明時の働きもそうですが、なんといっても遺伝子コード解明時のクリックの役割は、理論的な要にいたのでした。かれはガモフのトリプレット説を強力に推し進め、その推進にはまったく迷いがなくかつ、アダプター分子を予言しました。これはtRNAの発見に結実しました。クリックがいなかったら遺伝子コードの分野はすくなくとも5年は遅れていたでしょう。彼の理論で数式を使ったのはらせんのX線による回折の場合くらいでしたが、どれも単純にしてかつ極めて明晰な論理でこうあるはずだと、たたみかけていく論理構築は素晴らしいという表現ではまったく足りないくらいです。
DNA二重らせんを解いた彼に神様が降臨してDNA遺伝暗号解明の使命を果たせたのだと、わたくしなど若い頃には神がかりで尊敬というか敬うというか、そんな気持ちでいました。数回クリックがセミナーで議論を主導する様子を見たことがありますが、生きている偉大な生物学者、という先入観は壊されませんでした。ある意味天才的な生物学者はあまり沢山いらないので、もうそろそろ次の大天才がどこかからひとり現れてこないだろうかなどと思います。
となるとワトソンの役割をはたすような実験生物学者もいる必要があるのかもしれません。

きょうは久しぶりに夕方になってから比良の家のほうに来ました。
すごい強風があったらしく色んなものが飛んだり落ちたりしていて、アヒルの素焼きがひとつこわれていました。またカラスよけの超音波機が重しの石と一緒に落ちて木っ端みじんに壊れていました。重しの石は相当に重いのでどうして落ちたのかわかりません。たぶん風の強さで台がぐらぐら揺れたのでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2010-01-23 16:49
2010年 01月 22日

理論生物学者になるには

昨日の続きですが、どういう理論的生物学の分野があるのか、ちょっと私見を述べておきましょう。
やはりDNAの近傍が理論をやるにはまだまだやりやすい。DNAは個々の生物の全能力をなにかのかたちで伝えているはずなのです。それにこれから大発展するであろう進化生物学の周辺ですね。
理論家になる準備に必要な論文の多くを読むための基礎的な分子細胞生物学の知識が不可欠。でもこれを取得するのはいつでもどこでも一年くらいで簡単にできる。理論の研究をする時期まではほんとに基礎中の基礎的なDNAや遺伝現象が理解出来るくらいでいいはず。

Bioinformaticsと言われる情報科学の実力がどうしても必要。ゲノムDNA配列の決まった生物種のデータベースが猛烈な勢いで増えているのですが、これらはかならずしも世界でまとまって維持されてない。保存のされかたもまちまちなので、理論をやりたいひとは、これらのデータベースを自分で換骨奪胎して好きなように扱い使えるためのコンピュータ上のスキルが必要と思われます。今後ますますデータ量が増えるでしょうが、それでも地球上にいる生物種のなかでは微々たるものでしかありません。これらのデータをタイムマシンとして過去にさかのぼっていく過程で生まれてくるはずの理論はわたくしなども興味深々でいます。
次ぎに、有機化学的な分子科学の能力ををかなりこなれた感じで持っている必要を感じます。この能力を持つのは青少年期では至難と思われますが、どこかにチャンスがあるかもしれません。数学と有機化学は若いときにしか頭に入らないと昔から良く言われていました。わたくしも最近生体内反応を理解するために色んな化合物の反応を頭に入れようとしているのですが、ほんと苦労しています。一瞬にして数十手先を読むような感じで化合物の可能な反応が見えるといいのですが。将棋や碁の世界に近いのかもしれません。
タンパクや核酸の構造生物学の知識は年をとってもいくらでも学べるので、また直感的に理解もしやすいので自分のスキルとして最初から持っている必要はない。
三つ目は生物多様性についてなにか一つ耽溺するような経験が子供の頃からずっとあるといいですね。生き物のある生活をしたうえで、夢中になれるものがあったら、それを思い切り伸ばしてほしい。昆虫少年は掃いて捨てるほどいますから、なんでもいいですキノコでもトリでもサカナでも、やはり植物に強いとあとあと非常に違う。
と言うわけで、情報科学、有機科学、それに生物多様性の経験的知識、このあたりのことがらに10代のほとんどの時間を耽溺して時間を途方もなく使ったことのある青少年たちが現れればホント素晴らしい。
そんなこと、なんのためになるのか、という点で医師という資格のために理3を目指す青少年とはだいぶ違ってしまいますが、しかし次代の生物学はこのようななんのためか分からないけれども突拍子もない能力をもった若者が理論家になることをホント求めているのです。
かれらは可能性に充ち満ちたすごい理論的な研究者になれるでしょう。
しかも一生続く能力だと思います。

by yanagidamitsuhiro | 2010-01-22 13:29