生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2010年 07月 31日

科学と社会、ユーモアと機知に満ちた紹介

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by yanagidamitsuhiro | 2010-07-31 07:45
2010年 07月 30日

わたくしの今回の役割、2009年のノーベル賞、米国遺伝学会賞

わたくしは今回講演ではなく染色体分離のセッションの座長と、特別講演をするJack Szostakさんの紹介をする役割で来てます。二年前のトロントのときにはLee Hartwell lectureをしたので今回も来れたらきたいなとおもっていました。日本人的義理感覚かもしれませんが、実際にはきてかなり楽しんでします。
Jack Szostakさんは昨年のノーベル医学生理学賞の受賞者三人のうちのひとりです。染色体の末端がいかに保護されているかいかに形成されるの業績でした。Szostakさんとわたくしのラボの関わりは古くもう20年以上もまえですが共同研究で一緒に論文を出しました。彼はその後RNAの分野にうつり今は生命の起源をやっているので分野的に遠くなってしまい、ながいこと会うこともありませんでした。それでお会いするのも楽しみにしていました。
きょうはやはり永年の知人であるRodney Rothsteinさんが米国遺伝学会賞のNovitskiメダルを授与されました。その賞の進呈にSzostakさんが来られてRothsteinさんの研究内容を紹介されました。お二人が学生時代とポスドク時に同じラボにいたので、近しい関係にあったということを今回初めて知りました。
Rothsteinさん嬉しそうでした。奥さんも授賞式の前に会場に入ってきていました。彼がだいぶ前ですがノーベル賞をとってもわたくしにはまったく正当とも思えたのですが、残念ながら彼がやった酵母の研究成果をほ乳類の応用と医学への展開に生かした人のほうにいってしまったのです。
さっきご本人に確認したのですがSzostakさんはいまは米国市民なのでしょうが、もともとはカナダで育ち教育も博士までカナダということでした。

by yanagidamitsuhiro | 2010-07-30 05:54
2010年 07月 29日

寒く感じる会場、気になる日本のニュース 死刑執行と不人気な大臣

きょうもこちら快晴です。比良のほうでは雨が降ったときいて、ひと安心です。

真面目に講演をきいていますが、会場がだんだん寒く感じられてきます。北米の参加者は短パン、半袖シャツが多い。なにかが違うのはまちがいないのですね。みんなみんなびっしりと皮下脂肪を蓄えているのではないので、先天的よりも後天的ななにかのせいなのでしょうか。

それいっちゃおしまいですよとたしなめられましたが、大学食堂おいしくない。ここまででやめておきます。

気になる日本のニュースは法務大臣が死刑反対のことは周知の事実ですが、落選しても大臣を続けるのはべつにかまいませんが、でも議員の資格の無くなる一日だか前に死刑執行を二人も命じたとか。
どういう考えの変化があったのでしょう。
しかもおどろいたことに執行場所までいって見学したのだそうです。どこまで見学したのかは分かりませんが。この女性大臣まったく理解出来ません。野党は激しく非難している(色んな理由で)らしいのですが、わたくしは非難もなにもする前に、このかたがどういうひとなのか、まったく分からないということで気になるニュースでした。
もうひとつは厚労省の残業が突出して長いとのこと。突然死があってもなんらおかしくないくらい残業が長いのだそうです。その理由のひとつは大臣の指示が多い。もう千を越えているとか。それと同時に省内の大臣および3人だかの政治家に対する不信感が下々まで徹底しているようです。
なるほど長妻氏はいっときヒーローでしたが、自分がトップの職場ではあんまり人気がないどころか、ぜんぜん無いようです。支持はわずか1%と聞くと、げんなりします。それに残業の長さを考えるとなんだかひどい話でこれも気になります。外部のひとで内部をよく知る人たちが、この有様について議論をして欲しいものです。

追記 きのうの講演の目玉のひとつScheckmanさんの話は興味深く聞きました。ずいぶん進んで構造的な縦方向の深まりも印象的でしたがやはり横に拡がってヒトの病気遺伝子に拡張していく方が面白く聞けるのがいまの時代の特徴というか限界なのかもしれません。この会議は普通の酵母が主たる会議ですが技術的な進展には目を見張るものがあります。でもやはり年寄りには結局生物学に戻って来ないと駄目なのですと、ついつい自信をもって言ってしまうところがあります。栄養、環境、耐性、長寿、などなど複製、転写、クロマチンの仕事はどこに行ってしまったの?というくらいトレンドの変化が激しい。そういう点でも参考になります。わたくしの使っている分裂酵母ではまだまだ20世紀的な細胞生物学や遺伝が主たるものですが、こういう流れに向かうのは必然なのでしょう。ただ、それでデータばかりが増えて生物学的な概念の進展があまりないと具合が悪いのでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2010-07-29 10:59
2010年 07月 28日

バンクーバーは近い

成田乗り換えは時間もあまりかからずまた荷物も預けたままなので、伊丹は成田の下請けをしているのがわかります。満席でした。関空からはカナダ西海岸に直行でいけないし、米国の通関を通るのはいやだし、しかたないです。
乗ったら9時間で着くのにちょっと驚きました。ヘルシンキ並の近さです。でも考えると風が順風だからで帰りは10時間以上かかるのかもしれません。
カナダの国柄は米国に近いがでも相対的に激しくない、おっとりしている、普通の国という感があります。
ブリティッシュコロンビア大学通称UBCは沢山の学生さんがいるのでキャンパス内は賑やか。でもダウンタウンから離れているので、ここに一週間いるのかと思うとあまり元気がでません。都会がもう恋しいです。
いま午後6時10分、日本は朝の10時10分ですから、日本は16時間先行しています。
これから会場の建物にいって講演が7時から9時半まで、そのあとレセプションパーティというか飲み物と軽い晩飯にありついて、11時までがスケジュールとなっています。

追記 きょうは先端技術の短めの講演を4つ聞き、トロント大学Brenda Andrewsさんの受賞講演を聞きました。このグローバル解析のチェアーはDavid Bosteinさんがやりましたが、かれのジョークはよく分かるのですが、先端技術のほうはあんまりよく分からなかったでした。表面的にもついていけないのはロジックがフォローできてないからで、この関係のはいつもフォローが難しい。あとで若い人に聞いても似たような印象を受けたので、とりあえずは気にしませんでした。受賞講演もグローバル解析ですが、こちらは前からやっていたグループのひとの話なのでフォローは出来ました。あとでレセプションでかなりの人としゃべり,部屋に戻ったら深夜でした。ひと眠りしたら4時間後だったので、起きてメールなど対応し、このブログも書き足しました。ここのキャンパスに来たことのあるMさんからメールでいいところを教えてもらいました。会期中に寄ってみたいです。

by yanagidamitsuhiro | 2010-07-28 10:14
2010年 07月 27日

カナダへの旅行日、日本女性と男性の寿命

もうすぐ家を出て伊丹空港から成田にいって、カナダ行きの便に乗り換えるという旅程です。成田は久しぶりです。
着くのが現地時間の昼頃になるのでしょうか、それでホテルに行って、夕刻から夜遅くまでプログラムがありますので会場に行きます。ホテルからは徒歩で行けるのは確認してあります。
こういう旅行日と会議のスケジュールがつながっているときは、よほどの用心が肝要で、特に年をとったわたくしなんかはかなり気をつけて行動するつもりです。
ただ折角はるばる行くのですから、めったに会えない人々に会ったり、講演を聞いたりするのは出来るだけしたいものです。寝てしまってはおしまいですから睡眠の調節も必要。長旅の疲れの調節が特に大切で工夫はいろいろあります。あとはなにごともなく現地につければ言うことありません。

日本の女性の寿命が世界一です。もう何年も続いています。
まだ頭打ちの気配がありませんので、じわじわと90才に近づいていくのでしょう。
寝たきりにならない健康寿命も日本女性は世界一ということらしい。
女性の大半は自分のことは自分で出来る人生をおくっていますから、やはり強いですね。もともと強いのですが。成人三大病もありますが、ながい寿命を楽しもうという気持ちがみなさん強ければ日本女性の寿命はまだまだ延びるでしょう。寿命は結局本人の生きる意慾と密接に結びつくにちがいありません。
それにひき替え男性は寿命が年齢的にも大差をつけられています。女性は90才が射程に入ってきたのに、まだまだ80才あたりです。しかし、世界では5位ですか、もちろんたいしたものですが、でも日本女性に比べると総じて生きる気迫が足りないと思っています。80才になる前に生きることに疲れてしまう男性が多いのでしょうか。自殺も男性が多いのでしょうね。やはり外で働いてきたので、そこに生きがいがあって。家にずっと20年も30年もいて元気いっぱいは外働きの男性たちには無理かもしれません。やはり男性は自分のことは自分でする女性のような生活に変化するか、死ぬまで働く場所を探すか、なんかしないとだいたい80才前に命の火種が無くなってしまうのかもしれません。あまり露骨にいえませんが、男はお金を稼いでこその生きがいでしょう。大抵は。お金を稼ぐのでなく、年金での生活、虚勢をはる男性はたくさんいますが本当のところ寂しいのですよ。ここをなんとかしないと、日本は高齢男性がはつらつとはなりにくいでしょうね。

by yanagidamitsuhiro | 2010-07-27 10:02
2010年 07月 26日

相撲をとりまく反社会勢力

名古屋場所が終わりました。横綱が涙で優勝旗を手にしていました。喜びの涙というよりは優勝杯を手に出来ないくやしさというか情けなさかもしれません。こうなったら平成時代の大横綱になって双葉山の連勝記録も破ってほしいものです。
わたくしがなにもいうことはないのですが、あんまり反社会勢力つまり暴力団との関係根絶をいっていると相撲をやる若者が国内ではどんどん減ることはないのでしょうか。つまり手術は成功したけれども患者は死んでしまったということになりませんか。いまの日本、ほとんどの社会的努力が不景気風を吹かすようなことばかり目について残念です。
暴力団の構成員と準構成員はおよろ10万人といわれているようです。かれらをこの世の中かから消したいのか、といわゆる識者に聞きたいものです。というか消せると思っているのか、と聞きたいのです。
嵐山光三郎さんのエッセーを読むと例の野球賭博は年間1兆円のお金が現に動いているとか。
需要があるからそういう盛況なのだそうです。実際なかなか面白いらしい。嵐山さんはいっそのこと野球賭博を国営にしたらいいだろういっています。暴力団主催の野球賭博のてら銭は15%と低いそうです。
暴力団の資金源である覚醒剤、麻薬、闇金融、売春そのほか年間にうごくお金は10兆円を軽く超すとか。誰かに聞きました。ですからこういう活動の周辺で働いている人たちの雇用の数は大変なものなのだそうです。
日本社会にあって相当な雇用市場を担当していることになっています。
中卒で相撲を始めて幕内にいけなかった若者たちの就職先には表にはでてこない感じですが、このようなものの影響下にあるようなものがあっても不思議は無いでしょう。はっきりは分かりませんが、飲食業なんかも含めて多いと聞いています。こういうものがゼロになったら、相撲で見込みがなくなった若者がホームレスみたいになるのだったら、だれがあんな修業の厳しい世界にはいるでしょうか。

それから、古い歴史のあるたにまちと言われているひとたちから暴力団色を完ぺきにゼロにしたらどうなるのでしょう。お相撲さんの知る世界はかわりにどこにいくのでしょうか。。いままでそれなりにあった相撲を支えるものがなくなるという恐れはないのでしょうか。こういうことはあまり書きたくないのですが、でも相撲が庶民に親しまれてきたのもこういう点もひっくるめてあったのではないでしょうか。
反社会勢力といいますが、やくざがそんなに日本人に嫌われていたら、やくざ映画なんて存在しないでしょう。国定忠治も清水次郎長も完全に昔だけの話だけでしょうか。一本刀土俵入りのストーリーだって出てくる人物の多くはマスコミのいう反社会勢力的な人々の群像じゃないですか。
いいかげん偽善はやめにしてきちんと議論しないと、反社会勢力の完全な除去の後には相撲の未来はまさに手術は成功したけれども患者は死んでしまう状態になるとおもいます。
それともこの時期を過ごせばまた昔と同じになるということで嵐の過ぎ去るのを待つと言うことなのでしょうか。そうならそれなりに安心ですが。
でも日本の政治はカネと政治の関係をいいだしてからずっと半身不随状態になってますしね。

追記: お相撲さんがなんでちょんまげしているのか一度じっくり考えれば、この世界のこと世間はあんまり口を出すべきでない,こう思うのです。ちょんまげをして大きな体をした目立つ人たちの世界なんです。鍛錬もちがうし、精神的にもちょっと違う人たちなんでしょう。相撲協会も公益法人をやめて純粋に民間になればいいとおもうのは素人の考えなのでしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2010-07-26 14:18
2010年 07月 25日

花火、猛暑つづく、才能のはなし続き、90才になってからの才能

「追記」昨夜、近江舞子の花火を見ました。7時半から8時半まで刈ったばかりのきれいになった空き地で見ました。こんなに贅沢に花火を見れたことかつてあったでしょうか。豪勢で、見事でした。子供たちだれも見たことありません。いちど見せてやりたいものです。

きょうまた猛暑、いったい雨が降らない日が何日つづいたのか。植物が緑の葉っぱをまだまだ持っているのが不思議です。ともあれ朝のうちに昨日やった草刈りをほぼ完成。でもここらが限界で家のなかに撤退しました。明後日からカナダに行くので、次の週末は空くので大変心配ですがしかたありません。

昨日の話題の続きですが、もうすこし才能について言葉を足しておきます。
わたくしは誰でも才能を持っていると思っております。それも一つだけでなく複数あるのでしょう。
でもそれというかそれらを発見出来た人はそう多くないでしょう。誰かにその才能の存在を教えて貰えたらどんなに楽でしょう。
走るのが速いとか、それもただ事でなく速ければ、本人が気づく前に周りが気づくでしょう。
このあいだテレビで見た盲目のピアニスト辻井伸行さんの感動の経歴も早い時期にその天分がまず両親からその世界のプロの権威に見いだされたことがあるのでした。さらに少年時代ずっと指導した先生もおりました。こういう場合、本人のすごい努力もあったようですが、周りの人間がこの辻井さんの才能を天からの授かり物のように感じていたことが才能というものをある程度説明するかと思います。
希有の才能というものはあるにちがいありません。一千万人にひとり一億にひとりという確率かもしれない才能はたしかにある。その才能によって時代がかわる。モーツアルトひとりでいまもどれくらいの多くの人々が喜びを見いだしているでしょうか。
でも才能の種類というのはどれくらいあるのか、これは無数にあるというべきだと思うのです。昔からの身体能力や頭脳や感性にもとづく能力もあるでしょう。
しかし、新しい時代には新しい時代の才能が必要、コンピュータ時代にはコンピュータ周辺に多種して多数の才能が新規に生まれています。
グローバル時代にはもちろんあらたな才能が生まれてきているはずです。才能の種類が一億とは思いませんが,我々の持つ遺伝子の種類くらいはあってもおかしくありません。
そのうえ才能が開くのはなにも若いときに限りません。高齢になってからも才能が花開くかもしれません。高齢化時代人類はあたらしい世紀に入ったはずです。日本からは沢山の高齢者の身体能力の世界記録を生みだしていると聞きます。他の分野だってそうでしょう。
屋外での仕事にでる前にちょっと見たテレビ番組で90才以上の女性の作る詩が感動を引き起こしているとのことでした。驚くことはありません。90才になったからこそ感じるものがあるはずです。

自分の持つ才能を発見したいものです、そのためにはいろいろ試みないと。
まず自分が認めないと。この部分は自己愛と感ずるかもしれませんがそうでないのです。才能は自分でなく、自分のなかにある客体と思えばいいのです。
他人も同じように認めてくれるかもしれません。そうだったら嬉しいでしょう。でもゴッホの絵を存命中に買った人は立った一人と聞きます。めげることはありません。周りの誰もが認めなくとも。
こういう態度でできるだけ才能を自分のなかにある客観物のようにみなして、それをたゆまず育てていく態度をとりたいとおもうのです。
なぜかというと他人とのつきあいでいつもいちばん心がゆたかになるのはその人のもつ一番の魅力がその才能に基づいていると感じるからです。

おわりにひと言。才能で御飯が食べられるか。まず食べられません。
ですから、三度の食事を得るためには別のことをしないといけません。
生活力がある人間というのは、まず食べることが出来ることです。そのうえでの才能の話です。子供でなければそうなってしまいいます。
ここがわからない人間というか若者が日本には溢れてきたのでしょう。だから才能の話が話題に出来ないのかもしれません。でも腹をくくれば極貧だって才能のためには好きなことが出来るかもしれません。でもそれを隠れてこそこそでなく、広言してほしい。

by yanagidamitsuhiro | 2010-07-25 11:31
2010年 07月 24日

暑いなかの畑と草刈り、才能のはなし

昨夜は夜のうちに比良にきて暗い中で散水などをしてしまいました。
さいわい、柳の木以外は枯れてるものはありません。しかしたとえばブンタンなどは落果が激しくて今年は食べられるのか。柳はムシのせいなので炎暑とは直接関係がありません。
けさも早く起きてデスクワークを一時間してから、畑の水やりとひどい雑草は抜きました。
朝食後は裏手にある雑草の増えた100坪くらいのところの草刈りをしました。暑いので熱中症にならないよう休み休み水飲みをしながらです。10時半にデスクに戻ってパソコンでの仕事に戻っています。

さいきんよく感じることですが、いまの若い人は自分の才能についてあまり語らない。才能を自慢しないと言うのでなく、そういう話題をいっさいしない、頭の中に才能という言葉がインプットされてないように感じます。ほんとに、不思議に感じるることがあります。
わたくしなどは若い頃には自分には才能があるのかないのか不安でたまらなくていつもいつも考えてました。それで、どうしてもすぐ話題にでてしまいます。
若いので否定的にいってしまうのでした。
でも結局は自問自答で自分の才能がどこかになければ研究生活はいくら好きでも続けられないだろうと思っていました。このあたりは20代のころの感覚ですが、30代の頃は自分に足りない能力を補うことによって、自分があるとおもっている才能をより豊かにしようといつも努力したものです。
いまの若い人にあんたの才能は?などと話題を振り向けたら泥酔でもしてないかぎり返事はもらえないでしょう。困惑したような表情になるだけでしょう。
たぶん子供の頃から学校のクラスの中で才能を論じるのはタブーだったのでしょうか。
わたくしは、学問の1/3くらいは才能だと思うのですが。あとの1/3は運で残りの1/3は努力と思っています。
でやはりその才能を論じるのがいちばんおもしろい。ひとそれぞれ違いますから。
次ぎに運を論じるのがおもしろいかな。
努力はあんまり論じたくないですね。

by yanagidamitsuhiro | 2010-07-24 11:32
2010年 07月 23日

始めてのバンクーバー、つづく猛暑で心配、

来週の火曜からカナダのバンクーバーに国際研究集会で行きます。帰りが月曜になるので、一週間となりますが,実質は5日間滞在という感じです。始めての町なのですが、まだ何も頭に入っていなくて、たぶん機中ですこし調べることになるのでしょう。懐かしい人たちに会えるのが楽しみです。今朝メールを書いたらすぐ返事のきたJSさんなんか20年以上も会っていません。ビデオで最近の風貌はみましたが。

猛暑が続きます。
比良のほうの畑や庭の木々の水やりがかなり気になりますが、しかたありません。8月上旬は毎年乾燥して水やりをしないと相当の被害がでるのですが、まだ7月23日ですがおなじ心配です。
明日行くまで目をつぶって考えないようにします。
これから栽培しようと、というか収穫を10月末にみた種を3種類播きましたが、一部出てきました。
明日はそれらも持っていってみようと思います。猛暑いつまでも続くまい、週末明けくらいには雨が降ることを期待しましょう。

by yanagidamitsuhiro | 2010-07-23 12:28
2010年 07月 22日

女性限定のグラント、レフェリーとしての認知、猛暑

欧州の某国の研究助成機関からの依頼で研究費申請の審査をして欲しいとの依頼ありました。この類を受けていると仕事の3分の1くらいになるのでなんとか別の人を推薦しているのですが、今回のは女性研究者をエンカレッジするための女性限定とか書いてあるので、ちょっと興味を感じてOKしてしまいました。政府機関のはたいてい締め切りはゆっくりしているのが特徴です。有名ジャーナルはこれから2週間以内とか10日間とかはげしいものです。

そういえばわたくしが関わっているジャーナル編集長あてに、貴誌のレフェリーとしてぜひ自分を登録してくれとの売り込みが非常に多いです。ほぼ100%中国人の名です。察するに米国から中国へ戻るためには論文とかのほかに、どれくらい論文審査をしたか、その証拠を出しなさいというのが応募機関から尋ねられるのでしょう。つまり研究者社会でどう認識されているか、レフェリーとして認知されているのなら学識もちゃんとしているし、コミュニティーでもちゃんと扱われている,こういうことでしょう。日本ではそのあたりどうなのか知りませんが、そういう依頼はかつてありません。なおわれわれのジャーナルではレフェリーを登録とかはしていませんのでご期待にはまったく沿えないのですが。

きょうは朝から、暑いことです。9時でもう猛暑の感じです。駅まで歩いて行くのもちょっとつらい感があります。でもまあこれが出来なくなったときには体力的におしまいなのかもしれません。

ラボでは、沖縄のP君が来訪してもらっていろいろと大切な話し合いがありました。
昼食には最近できたフレンチの店にいきました。スープ付きワンプレート850円のランチが一種類です。まあまあかな。でも店を出る頃に入ってきたわかもの男女3人の雰囲気をみてもうあまり来たくないと思いました。

by yanagidamitsuhiro | 2010-07-22 17:00