生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2011年 01月 31日

アルメニア行き

天気はいいけれども非常に寒い日。
今月後半にアルメニアに行きます。ヨーロッパの生化学連合FEBSが講演するワークショップというか講演シリーズに行きます。アルメニアというと、西アジア、黒海とカスピ海のあたりにある国、トルコとイランとかアゼルバイジャンに隣接する国ということです。FEBSが支援するということは、ヨーロッパに近い、つまりキリスト教国なのででしょう。もちろん現地のオーガナイザーの方がいて首都エレバンの大学関係者が会を仕切ります。アルメニア人の実に70%が国外に住んでいると言うことで、生命科学の分野でもアルメニアの人は意外に多いのかもしれません。
わたくしとしては、どんな国か、トルコとイスラエルには行きましたが、イランやイラクには行きにくいのでキリスト教国家とはいえこのアルメニアあたりで地理的な意味でも、知識の空隙を満たしたい、そんな気持ちです。お土産はコニャック、琥珀、キリム、そういうものがあるらしい。わたくしは陶器が狙い目です。
ことしは招待がきたなかに、ぜひ行きたいというのが二つありました。これらも楽しみです。

エジプトのきわどい情勢ですが、もしもムバラク政権が倒れると深甚な影響がアラブ世界にあるでしょうから、アラブ世界に囲まれたアルメニアの様子は興味があります。

小沢一郎氏は強制起訴とか。もう決まったことでしたが、すべての大マスコミが大きな記事にするのでしょうね。でも読んでも新しいことがないでしょうから、読んでもしかたがない、見出しだけのニュースです。最近はこういうものが多い。
それに較べると,科学記事などは大抵はみな立派に内容があってしばらく立ち止まって考えたくなるようなものが多いです。
エジプトがらみでBBCなどの外国のニュースを見ていますが、アジアカップのことなど一行も出てないのに、ちょっと腹がたちます。

by yanagidamitsuhiro | 2011-01-31 16:55
2011年 01月 30日

長友から李へアジアカップ優勝のボールが、ヒヨドリに同情、天孫降臨の地になぜ

オーストラリアによく勝ちました。奇跡的な勝利と思いました。
あまりの興奮に明け方3時までおきてしまい、朝も8時まで寝てしまいました。
ザッカローニ監督素晴らしい。日本の若者の起用というかつかいかたが素晴らしい。
彼の名前がわたくしにはおぼえにくく、マカロニに似ているなどと思っていましたが、これで憶えたでしょう。
瞬間的ではあるが、しかし強烈なドラマが試合を通じて無数にありました。しかしその中で、長友のすごいパスが二回あり記憶に強く残りました。受けた岡崎ははずすという失敗をして口惜しがりフィールドを激しく叩きました。李はパスを受けて100点満点にみえるボレーシュートでゴールに入れました。その後、なんでしょうか弓を飛ばすようなパフォーマンスをしました。
監督が長友のポジションの位置をあげてからまもなくのことでした。
わたくしがサッカー少年なら時間をもてあます青年ならなんどなんどもこの試合をビデオでみたでしょう。それでたぶん、興奮のあまり、オーストラリアの数人の選手に悪罵を叫んだでしょう。やはりおまえらは○○の後裔だと。巧妙で汚い反則に見えましたが、どうなのでしょうか。しかし、日本もいつもはもっと反則がありました。この試合は本当に少なかった。韓国戦での苦い経験があり、特に延長では反則が無かったようでした。勝因は監督の選手交代と長友のポジションの変化というのはよく分かりますし、これほど分かりやすいのも珍しい。それに反則をしなかったことでしょうか。いずれにせよ、クリーンカットな優勝。このような快挙が20代前半を主体とする若者たち、若者の群像とでもいえるチームによって為されたこと、いまの日本にとってこれほど素晴らしいことがあるでしょうか。わたくしもう大学院生などはもうごめん、とりたくないとおもっていましたが、この試合のあとに、沖縄大学院が開学したらやはりこの世代の若者の教育に関わってみたいとマジで思い始めてしまいました。当たり前とはいえ、かれらみなヨーロッパとかロシアとかに留学しているのです。わたくし好みの若者に違いありません。

夜来激しい風が吹いて、雪かとおもったのですが、朝は新たな雪無し。日中も激しい風。庭をあちこちさまよっている、ヒヨドリもよろよろと飛んでいます。同情して妻にヒヨドリにあげるなにか食べ物がないか、と聞いてしまいました。

宮崎では火山の爆発とあらたな鳥インフルエンザの猛威。天孫降臨の地になぜこのような災厄が続くのか。口蹄疫の記憶がまだ強く残っているうちに、どうしてこうも。
高千穂の地、宮崎のことは野球のキャンプ地になる以外はニュース種にならないのに、テレビタレントが知事になって以来、つぎつぎと色んなことが起こりすぎます。昔なら、予言者はなんというでしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2011-01-30 17:17
2011年 01月 29日

アラブ世界のひとびとは何をもとめているのか

比良のほうの家にきました。雪のおおさにびっくり。
つぎにブロッコリーがヒヨドリによってほぼ全滅状態なのにまたまたびっくり。
ここまでひどいと、よほどお腹が減っているのでしょうとおもってしかたないという感想となります。


チュニジアで始まった反政府デモがエジプトにも飛び火し大変なことになっています。長らく続いたムバラク政権が激しい批判にさらされています。デモの死者は相当数に達しています。いちばん影響力があると思われる、米国は政権を支えつつもデモ隊の要求をのみなさいといっているようです。アラブ世界がこのようにネット族が蜂起するかたちでチュニジアのように政権が転覆することを誰が予想したでしょう。安定政権と言われていたエジプトがいまやもう一歩で崩壊の様相を呈しています。
はっきりした指導者がいるわけでもない点がきわめて特徴的で、それで政権崩壊までいくのですから、他のアラブ諸国もいまや戦々恐々でしょう。
アラブ世界の人々がいったい何をいちばん求めているのか、事情にうといわたくしにはわかりませんが、社会の不自由さと権力の腐敗に対する怒りが起爆ではないかと想像します。
それとネットによる連帯が人々を昂揚させているのでしょうか。これから数日がエジプトの今後に大きな影響を及ぼすのでしょう。エジプトはたぶんアラブのなかでいちばん大国的であり世俗的なのでしょうが、国として行くべき方向がはっきりしているようには見えません。不満は社会の相当なひろさに蔓延していたにちがいありません。

by yanagidamitsuhiro | 2011-01-29 19:47
2011年 01月 28日

国破れて山河あり、財政よりもはるかに深刻な日本の問題

日本国債が格付け会社によってランクが下げられて、中国国債と同じになったとかです。
日本は外圧によって常に動くのでこれでいろいろな動きが始まるのでしょう。
わたくし的には政府のいうことよりもまた大マスコミのいうことも信用できない。とりあえず、まず自分の感覚と論理で判断したいとおもっています。ただまったくのしろうとですから。判断は誤るに違いありません。でも政府などの言いなりで、間違うよりは、自分の判断で間違うほうがまし、と思っています。
日本は一方で巨大な金融国家で途方もないような金融資産も持っているので、単純な対応がうまくいくはずがありません。昨日も書いたように、人口とか少子高齢化もからむのだし、一つの政策で問題が解決もしないし、一方でそう簡単に奈落の底のような悪化もないのだろうと。まあ国破れて山河あり、どうなっても日本のうつくしい自然は残るのでしょう。昭和20年、大敗戦の後の青空は素晴らしいといったひとたちが沢山いました。
それよりも、遅々として進まない、検察の改革、ひとごとのように記事や報道をする大マスコミ。可視化すらもできないので、ガス抜きだけがおこなわれ、村木局長のようなケースはこれからも絶え間なく起こるのでしょう。
わたくしの感じでは、検察よりもマスコミのほうがはるかに悪くて、いっさいの反省の念が欠落しているので、なんどでもこのような罪の捏造が起こるのだとおもいます。この関係のことはこれまで何度も書いていて、もういやになっています。ただ報道する側が、犯罪の捏造に加担して、なんらの反省も自戒もない、しかも政権のトップがそのようなことが起きてもほとんど無自覚のまま、というようなことはかつて経験のない事態なので、財政よりもこちらのほうがはるかに日本にとって深刻だとおもっています。しかしこのあたりのこと書くのはすっかり疲れました。

by yanagidamitsuhiro | 2011-01-28 14:29
2011年 01月 27日

未来の日本、年寄りにとっての

未来の日本、よほど年寄りがしっかりしないと。
死ぬまで働き続ける覚悟の年寄りが増えないと。いま年金で暮らしているとしよりは一刻も早く宗旨替えして、死ぬまでお金を稼がんといかん、というふうに考えるべきだし、そうでないといけない、こんな風にわたくしは考えています。
考えてください。
いま団塊の女性、おばさんたちはだいたい64才をピークにしています。この方たち、平均であと25年くらい生きるのです。途方もない長さです。平均ですから,その時点で半分死に、半分生きているのです。つまり、いま64才の女性130万人くらいいるとして、25年後まだその半分65万人が生きてるのです。この間もそのあとも、カネを稼がずに年金で暮らせると本気で思っているとしたらよほどおめでたいとわたくしは本音で思っています。
その頃は、団塊ジュニアもほとんど60才、定年間近です。もしかしたら、まさかとはおもいますが、かれらも年金たよりに老後を生きていいけると思ってるのでしょうか。
ありえない話しです。
団塊ジュニアは男女で一年あたり230万人いるとして、その子供達は、かれらの半分強しかいないはずです。つまりの団塊ジュニアの子たちが今から25年後にまだ残っている団塊のおばあさん、そして実の両親を、支えられるはずがありません。数を考えたら、絶対無理です。中学一年生だって分かる勘定です。
それじゃ、どうするか、年寄りは、いざとなったら自活して生きる覚悟があればいいのです。草の根を食べていきるのがいやなら、団塊世代の女性はこれからの25年間もしかしたら35年間も政府かをあてにして生きるとか、子供をあてにして生きるとか、そんな考えはスッパリ捨てなければいけません。そうしないと、最後は25キロくらいの体重で飢え死にしかないかもしれません。
そこまで考えれば、とつぜん水平線というか地平線に新しい考えが浮かび上がってくるものです。
わたくしは60才ころから毎日、水平線というか地平線に浮かぶ考えを希求していましたので、いまはだいたい考えは定まっています。これからずっと同じ考えとは限りませんが。
わたくしは団塊よりはだいぶ年上なので、それに男なので、団塊の女性よりははるかにもう残った時間もあんまり無いので、その分気楽です。

by yanagidamitsuhiro | 2011-01-27 16:04
2011年 01月 26日

深夜の勝利 日本人が溺愛する代表チーム

日韓サッカー戦、視聴率が深夜なのに40%近かったということですが、わたくしもその一人でした。途中で、ちょっとだるい時間帯はありましたが最後まで楽しめました。
小さいドラマが沢山あって,最後に勝利という大きな結果がでたので、日本人ならだれもが楽しめたでしょう。もちろんわたくしも勝った瞬間はおもわず大声がでました。
新監督を一口でいえないかと思ったのですが、そう簡単ではないみたいです。これまでの代表監督の誰とも異なるます。わたくしは指導の自由度がたかそうで、もしかしたら日本チームは大きく化けるかもしれないなどと思っています。なんというのか、一人の選手が大きくのさばらないでみんな可能性を持っているということで、日本人好みの、日本人が溺愛する代表チームになるのではないか、と思いました。女性だと内田がさぞ可愛く見えるでしょうね。わたくしはこの川島というちょっと抜けた感じのガッツのかたまりみたいなゴールキーパー好きです。やはり金髪の本田、つっぱりわかもの、可愛いです。あとやはり長友、日本人としてもっとも誇りに思いたい選手です。もうひとりの本田、アホな反則して日本チームを窮地におとしいれた張本人の悪役でししたが、しかしその後の川島のドラマを作ったので、あんがい殊勲選手なのかもしれません。金髪の本田がPKを失敗して細貝というヒーローを生んだのを自慢していました。そういう意味で、マル金の本田とマル悪の本田が陰陽の役を担ったのかもしれません。それとマル悪の本田を出場させた長谷部の負傷が最終盤の伏線のドラマだったのかもしれません。そう意味で、いろいろな人生のアヤを感じさせる,日本人好みのこの日韓戦を演出したイタリア人の新監督、すばらしいイタリアからのの贈り物ではないですか。日本人の好きなスパゲッティに次いで2番目に好かれるようになるかもしれません。

by yanagidamitsuhiro | 2011-01-26 17:16
2011年 01月 25日

細胞性粘菌の農業、きょうの日韓戦

ふたつ話題にしたいです。
一つは粘菌が農業をするという科学ニュース。
これは最短交通網体系をつくれる賢い粘菌Physarumとはことなり細胞性粘菌Dictyosteliumといってタマほこりカビdiscoideumという種のようです。アメーバの時には細菌を食べて、それが尽きると多細胞体をつくりslugナメクジのようにうろうろと動き回りますが、どこかに落ち着いて停止して、基部と高さ数ミリの柄と胞子がつまった頭部を作ります。いい匂いです。新聞での情報ですが、この細胞性粘菌、バクテリア細菌を胞子を持つ頭部に貯蔵してあたらしい栄養源のあるところに来ればそこで細菌を繁殖させ(つまり農業をさせて)、それを食べてまた増えることができる、こう言うことらしいです。論文を読んだわけではありませんが、論文の新規性は細菌を胞子嚢(頭部)に貯蔵していることの発見でしょうか。偶然の存在でなく、新天地での繁殖戦略として「栽培用の種」として持ち歩く、たぶんこういう発見なのでしょうか。やはり食物は大切という当たり前のこと、そのためには下等に見える生き物でもなかなかの知恵を持っている、こういうことでしょう。たぶん。

もう一つはきょう夜のサッカー日韓戦です。
これはかなりの大勝負でサッカーファンならずともおおいに関心を持っているでしょう。
わたくしももちろんです。
新監督になって、日本代表の体質というか雰囲気がどんどん変わっている感じで、期待が持てます。
新監督は,選手を「素でみる」ということが、あたりまえのようですが出来るみたいでこれが大きい。これまでは人気とか実績とか、監督はこの重圧に負けて代表にいれてしまっているような感がなきにしもあらずでした。それが新監督でその時のその試合でのベスト日本代表という選択になってマスコミもおとなしく受けとめるのがたいへんいいことです。
今日の試合は強い韓国、常識的には日本は胸を借りる、つまり上手との試合と思うので、そう思えば勝機はあると思いたいです。しかし、1−0でかっていても最後の瞬間までわからない、そういうことになって欲しいいうか、そうなるはずです。

by yanagidamitsuhiro | 2011-01-25 17:50
2011年 01月 24日

1月の沖縄行き

朝早く伊丹空港にむかいました。
6時20分の湖西線電車に乗って京都駅についたらせっせと歩いて特急はるかに乗ります。時間的にはぎりぎりの連絡ですがこれで新大阪駅に時間のロス無くつきます。しかし、バス乗り継ぎのロスはありまして、15分もまって空港バスに乗ります。でもこれで早々と空港に着きます。9時発の那覇行きにはまだ1時間もあります。でも次の電車は連絡が悪く、結局この早めの出発が年寄りにはいちばんの方法でした。
那覇空港で310円のやすい弁当を買っていつものタクシーのTさんの車にのってそこで早めの昼飯でした。弁当の値段が安ければ安いほど、ヘルシーなのが悲しい事実です。これで12時半に恩納のキャンパスに着きました。トアツードアで6時間強の時間がかかりました。
そのあとはいまホテルについた23時まで次と次といっぱいのスケジュール。
晩飯は久しぶりにSK君のこれからを祝していろいろ話をしました。彼が代行で帰れるように沖縄市までいきました。登川のあたりでDDというかつていったことのない店。客は若者ばかりですが、でもなかなかいいところでした。

by yanagidamitsuhiro | 2011-01-24 23:14
2011年 01月 23日

日本の学術科学の世界は国内市場なので

きょう帰国ししました。よく寝たせいか疲れは感じません。この一週間寒かったらしく、雪もすこし残っています。あすは早朝沖縄にでかけます。
関空で買った読売新聞に野依先生が日本にとって科学がどれくらい大切かを述べた記事が出ていました。はじめからおわりまで同感でした。ただこう格調たかくは言えません。
その中ですこし違うかなと思ったのは今の若者の海外志向が減っていることをどの程度の危機とかんじるかですが、わたくしはしかたないというあきらめ感も含めてあるがままを受けとめる気持ちが最近は強いです。たとえば米国の若者ですが海外志向は余りありません。自国で十分と思っているのでしょう。日本の若者もそんな感じなのかもしれません。
日本の学術科学の世界は国内市場であると見抜いているのでしょう。講義も会議も日本語、研究費申請も日本語ですから、外国人参入はかけ声はあっても実現は難しいし、国内競争で勝てれば充分というか、国内で勝つのに必死になっているのが今の日本の科学を志す若者の多くなのかもしれません。
いまの日本、国内では若者の囲い込みもきついです。自大学の出身者で優秀とみなされると、自大学のスタッフにしたい、こういう考えは非常に強いです。実際英国のケンブリッジやオックスフォードでもかなりそんな感じはあります。
日本人の英語ベタは宿痾の業病ですが、それでも益川さんのようにノーベル賞授賞式参加がはじめての海外旅行という嘘としかおもえない話もあるわけなので、いまのままでしかたない、と最近はよく思います。こんどウイーンで会った日本からの若者の中には実に逞しく生きている人もいましたので、昔も今もあんまり変わらない、ただかつてのアメリカ病が減った分、代わりの留学先がなかなか無いのかもしれません。知米家なんて言葉がマスコミにまだ残っているようですが、外国との関係なんてそんな言葉でくくれるようなものではないでしょう。
ネット主体の世界になってきているのですから、留学のスタイルも変わっていいのでしょう。
ただ人間の本質はどんなに世界がデジタル化されても、アナログ的に残っているので、学問の感情面などを取り上げれば、最後は人と人との交流が学問の根幹なことは間違いありません。

by yanagidamitsuhiro | 2011-01-23 17:08
2011年 01月 22日

スロバキア首都のブラスチラバの印象

きょうは帰国日、日本の時間にだいたいあわせて行動します。
きのうスロバキア首都のブラスチラバに行ってきました。こんかいウイーンに講演してくれ、と言ってきたGさんはスロバキアのひとでして、ラボの若い人たちも同国の人たちが多い。こういうかたちで東欧の科学が勃興してきているのです。ウイーンから車で1時間くらいです。途中国境近くはまったく何も無く風力発電がたくさん並んでいるくらいです。つまり長年の東欧共産圏のあいだの厳しい国境管理がもたらしたものでした。しかし、いまはユーロの国で貨幣もユーロ、ソ連支配下の傷跡は沢山残るもののそれらは指摘されて分かるもので、町は静かで落ち着いたヨーロッパの町です。ウイーンに似ていると言うよりはわたくにはスイスの静かな町を思いだしました。人口40万は公称で実際の町は数万人でしょう。お城とか、大きな教会とかオペラ座とか町の中心部を歩くと代表的なものがみなこじんまりと揃って、ウイーンからのアネックスのような感がありました。実際にはハンガリーの人も沢山住んでるとかで、スロバキア、ハンガリー、オーストリア(ドイツ語)の三カ国に関わって歴史を過ごしてきた町なのでしょう。東ヨーロッパを理解するには非常にいい町なのだろうと感じました。
わたくしのセミナー聴衆はよくて10人くらいと思っていったのですが、なんと溢れるほどのひとびとで100人ちかく熱気に溢れていました。なるほど、ウイーンは沢山の研究者が来るのに、わずか1時間のスロバキアまで来る生命科学者はあまりいないようでした。しかし、この人々は、熱意いっぱいではないか、とおもってふと日本が戦後歩んできた道を思いだしました。建物はかつての日本の地方国立大学や帝大系でも戦後の貧しい時期に建てたものとそっくり、建物の中の雰囲気もその頃とそっくりでした。胸にじんとくるものがあって、なにかわたくしに出来ることなら是非してあげたい、と強く思いました。いまラボにいるチェコからきたTP君のエピソードを話したら結構うけました。

by yanagidamitsuhiro | 2011-01-22 12:20