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2011年 02月 28日

興味をそそる京大不正入試事件

時差が5時間なので回復もはやくぐっすり寝て朝はめずらしく妻におこされました。
ラボで、さすがに一週間後なのでたくさんやることがあって、忙しく一日よく働きました。Sさんも来て研究の進捗話しあいました。たっぷり仕事をした充実感。研究現場にいるしあわせ感があります。

さてなんといっても京大(以外の大学もありますが)の入試問題流出事件が、興味をそそります。
きのうは単独行為とおもいましたが、誰もが推測するように複数犯と考えるのが妥当かな、と思いました。そうなれば、やり方は無数といってもいいくらい、このネット時代あるのではないでしょうか。
京大が警察に偽計業務なんとかというので告訴したのは当然とはおもいますが、一方で京大の頭脳を駆使してこの流出にかかわる出来事を早く解明すべきと思いました。そうでないと、ひと言で言って、「なめられ」ます。
複数犯なら、入試問題をカメラでとってそれをネットに送った、つまり一種の監視カメラとか盗撮カメラ的な情報の流出を外部にして、その受け手がYahoo!に投稿したと考えたくおもいます(そういう推測はありきたりのようでした)。カメラとネットへの転送はワイアレスでできるでしょうから、極小カメラを使えば、携帯などいらないでしょう。受け手がインターネットを通じたか、大学近辺で受けたかは使った機材で異なるでしょう。あとは受け手が全部質問をしかつ返事をしたのかもしれません。入試会場で送り手がやったことは、さりげなく極小カメラを受験問題にたいして撮影しただけではないでしょうか。
そもそもYahoo!の返事などあてにした受験生かどうかも怪しいでしょう。もしかしたら、受験という社会の重要な出来事に反逆的な行為をするのが目的かもしれません。そうならば複数の若者が共同してやった世間を騒がせる事件かもしれません。京大が監督がいい加減とかいう、ネットでの発言などもそういう挑発的な感があります。
でももしかしたらこれは全部カモフラージュで、ほんとうは複数の受験生が答えを聞いて合格する、金銭がからむ不正入試事件の可能性もおおいにあります。いまこの時代イヤホンにネットでの文章を音声でしらせるサービスはいくらもあるので、受験生は座っていれば、何もしなくても情報が耳に入ってくるのかも知れません。長髪の若者なら簡単にイヤホンくらい隠せるでしょう。
あとは専門家の推理にまかせたいですが、わたくしのような乏しい知識の人間でも、この時代不正行為をハイテクでおこなう可能性は無限にあると感じます。
そうは言っても根本は電波なので、受験生のいる会場でワイアレスに使えるような電波をすべて妨害するのがいいのかもしれません。
なるべく早くだれがどういう目的でこんなことをしたのか、解明すべきでしょう。
見かけは複雑でも単純な不正カンニング行為なのか、若者の社会にたいする反撃的な行為なのか、それとも金銭がからむ犯罪事件なのか、どれかで受け止め方はぜんぜんことなります。

by yanagidamitsuhiro | 2011-02-28 21:17
2011年 02月 27日

ドバイの人々、アルメニアの最終日でソ連問題がわかった、ドバイの廃墟ビル、京大入試

いまドバイのホテルにいます。かつて経験のない16時間というトランジットということなので空港にいては疲れ果てるので、町にでてホテルに滞在しています。おかげで気分よく、デスクワークができます。深夜3時発という便に乗るので眠くなるまで仕事をすればいいので自然です。昼飯時にちょっと散歩しました。ペルシア料理店に入って伝統的なんとかいう羊肉料理を頼んだのですが、肉は半分、サフランのごはんは5分の1くらいしか食べられませんでした。まずいのでなくて単に量が多い。
それに関連して歩いている男性も女性も異様にデブが多い。ちょっと異常で、米国の一部とかギリシアを思いだしました。深刻な肥満問題があると思いました。アラブのおっさんも服装で隠していますが,腹部の出っ張りはひどい。まともに歩けてない。
UAEのドバイとアルメニアのエレバン、飛行機で3時間南下したのですが、まあかくも違うかとおもうくらいです。まずここはひどく暑い、歩いているひとたちはアラブの人は当然いるとしてむしろインド人、バングラデシュ、マレー、白人、北アフリカ、それに中国系アジア人、とまあ実に多様です。収入と人種と相当関係があるみたいです。アルメニアのほうは比較すれば恐ろしいくらい均一です。均一なひとたちが相当な貧富の差にある。最後の日になって、若者のひとりがアルメニアの最大の問題はソビエト問題といっていたのが理解出来ました。ソ連の一部の時のほうが良かったと思う人もたくさんいるし、顔つきも雰囲気もソ連の兵隊さんか警察官みたいな人が市庁舎にいったらたくさんいました。なるほど。実は問題はそれだけではない、外の国から見るアルメニアは結局ロシアの一部、味方より第5列(昔の言葉、知ってる人すくないかな)になってしまうのではないか、という疑念の目でみられているのですね。

高層ビルにはほとんど興味がないのでドバイの有名なビルも見る気がしないので、行く来も起こりません。最近東京のなんとかという高層ビルで大騒ぎしていますが、テレビで見えるとすぐ消すくらい興味というかくだらないと思っているのです。それで、この国の高層ビルには興味ないのですが、むしろ廃墟と化したビルがたくさん、はやっているホテルやレストランのあいだにあるほうがずっと興味があります。廃墟のビルはかなり大きいし投資効率はこの国では高くないのは歴然としています。たぶんリーマンショックをもろに浴びたのかもしれません。誰かの解説を聞きたいものです。

ある人がフェースブックに入れと言ってきて居ます。英語と日本語ではフェースブックって違うんでしょうかね。すこしだけ迷っています。

投稿してから、京大入試でネットによる公開カンニングというのか教えてください!という投稿があったようです。携帯電話を使ったのですから入試中に問題の答えを教えてという投稿をYahoo!の知恵袋とかにしたら,続々と解答があったとか。事実上すべての問題であったということで、解答もされていたとかですから、ウイキリークス顔負けの技です。どうしてできたのか,それを一刻も早く解明しないといけないのでは。この時期ですから,愉快犯の仕業ではないか。誰か友人に聞けば何も知られずにできたわけですから、この技でもうどこか合格しているのでしょう。技を誇示したくて、公開でYahoo!に投稿したと推測します。東大でなく京大であったというのが、かなり象徴的で監督は先生にまかせてますから、監督なんかしてるようであんまりしてない先生がほとんどでしょう。それが京大カラーなのでしょう。それに昔から京大では事務官に監督を絶対させないというか、しないというかそんな伝統がありましたね。あれ、理由ホントに分からないです。今ごろやった人物は楽しくてたまらんでしょう。でも携帯が同定できて、結局所持者も判明すると思いたいですが。ほんとにそんなことして、ばれれば一生棒に振るかもしれないのに。

by yanagidamitsuhiro | 2011-02-27 01:24
2011年 02月 26日

アルメニアの貧富の差、

こんかいもZのコーヒーにお世話になりました。毎朝食事の2時間前には起きてますので,いっぱいずつ飲んでいました。生活の持続感が保てます。わたくしの生活も沖縄に移っても京都百万遍界隈の部分をどこかで維持していくことになります。はっきりいってそうでないと、頭がおかしくなるでしょう。

アルメニア最後の日、お土産を買いに外をしばらく歩いて、貧富の差は相当に激しいのではないか、と思いました。手がかりは車、中国ほどではないが落差が激しい。これほどすさまじく値段の高そうな毛皮のコートを着た女性たちを見たことがありません。昼に入った寿司屋さんでとなりにいた女性二人は全身をパリのブランドもので決めてました。でも99%の庶民はごくごく質素な身なりです。けっこう物乞いもいます。

さて頭を切り換えねばなりません。次の一ヶ月で引っ越しにともなう色んなことをやらねばなりません。もちろんこれまで何ヶ月も献身的に引っ越し準備をしてくれたラボの若い人たちの努力があるのでかなり進んではいますが、ラボがきれいさっぱりになるかどうか、40年も京大にいたので、初期の1970年代前半に購入したようなものがまだあったりします。実に懐かしく見えますがでももう今のラボメンバーには分からないでしょう。わたくしが惜しむと作業が進まないので口出しはしませんでしたが、自分の関係のものすべて捨てるかどこかに移動するか決めないといけません。

さてもうすぐ空港に出発です。

by yanagidamitsuhiro | 2011-02-26 09:26
2011年 02月 25日

アルメニア美人、アルメニア人は有能にして善良、でも国はたいへんだな

きょうでスケジュールは終わって、明日早朝帰国します。ドバイでとんでもなく長いトランジットがあるので関空に着くのは日曜です。
こんな忙しい時期にこういうところにいていいのか、というある種の申し訳ないと言うか罪悪感があるのですが、これが最初で最後のこの国への訪問とおもえば一日や二日早く帰るよりはいいと正当化しています。
アルメニア女性、たしかに美人ですね。切れ長の目と背丈が日本人とあまり変わらないので、若い日本男性には美人見物というか、もっと近づけるかもしれませんからそれをあてにやってくるのもいいかもしれません。資源の多い国ではないので美人女性が一大資源かもしれません。ただ60%くらいの女性、かおだちほんとよく似ています。驚きです。日本の女性のバリエーションは、ここと較べるとほんとにすごい。もちろん日本も美人国ですが。
アルメニアの人たちは世界中に出かけているわけで商人としても辣腕をふるうと言われています。フランスに50万人いると書きましたが米国でも大変おおいでしょう。東京はどうなのでしょう。かれらは有能なことはこれだけ長い歴史色んな国に征服されながら残ってきたのですから、大変有能であるに違いありません。ユダヤ人と相通ずるものがあります。生き延びてきたのに、とても善良な人たちが多いのにある意味驚きます。イスラエルに行った時には随分きつい国と思ったのですが、ここではまったくありません。きついアルメニア人はみな海外にでて富裕な生活というかそういうものをめざしているのかもしれません。頭脳流出はこの国では深刻です。
そういうことで,この国の運営はたいへんだな、人ごとながらため息がでるな、というのが実感です。陸路で友好国を通じてヨーロッパに行けないし、いったいどこに行ったらいいのだ、という感があります。トルコは仇敵かもしれないが、トルコとの関係を改善しないとどうにもならないな、とおもいます。国境はほぼ封鎖状態と聞きました。トルコがEUに入るのを邪魔しないで、その後に自分もEUに入ろうとするのが、キリスト教国としてのやり方ではないでしょうか。まあ、これは外国人の勝手な批評ですが。
若者たちのポスターを見ました、また個人的に何をやっているのかも聞きました。一生懸命に科学と技術を通じて国を興そうという努力がありありとわかりました。
機会があれば、個人的に協力したいと思いました。

さて仕事にもどりましょう。

by yanagidamitsuhiro | 2011-02-25 10:58
2011年 02月 24日

エチミアジンEchmiadzin大聖堂、古文書博物館、それに共和国広場で考える、日本の若者と会う

アルメニアの若者たちほんとうに献身的にわれわれをもてなしてくれます。年寄りはまったく出てこない、ほんとうに手作りの若者たちだけの活動です。どうお返しをできるのやら。
昨日は、Echmiadzin大聖堂、古文書博物館、それに共和国広場にある国立歴史博物館を見ました。この国には特有の文字があるのが国家が存続してきた最大の理由なのでしょうか。わたくしにとって、もっとも印象的だったのは歴史博物館にある考古学的な展示で、素晴らしいとしか言いようがありません。しかも展示物のほとんどが目の前にあって一見無造作に置かれているので臨場感がすごい。なるほどこれらが出てきた遺跡が世界遺産であるというのも当然です。しかし、それがいまやトルコ領内になってしまっているのですから。でもこのあたりは古代からいろいろな民族が通過したりしたところだし栄えた国も紀元前3千年前をはるかにさかのぼる時代からあったに違いありません。最初に通過したわれわれホモサピエンスのご先祖が3万年まえとするなら、いまの考古学は、このあたりの時代の遺物をほとんど見いだしていません。8千年まえのものなら原型を止めた遺体などが遺跡から出ているのです。しかもすごい文明的なものと一緒に。そもそも同じあたりで見つかった30万年とか50万年まえのもっと前の人類(われわれの先祖ではない)の作った石器の精巧なことにも驚きます。30万年と8千年まえのあいだをつなぐものがまだないのだな、と思いました。
アフリカから出てきたわれわれの先祖は6万とか3万年前と言われているので、それを金科玉条にすれば、日本の遺跡なども詳しく見ればわれわれの先祖がこの列島に着いたのはいつ頃かいつか分かるかもしれない。しかも先住民族もいたのかもしれない。
いまのこのアルメニアとトルコの対立を聞いていると、6万年前からホモサピエンスは先住人類を殺しまくっていったのではないか、などと考えてしまうのです。このホモサピエンスには人殺しの残忍遺伝子があったから世界中に広まっていったのではないか、ネアンデルタール人を初めとする色んな先輩、近縁人類はみな心優しいので殺されてしまったのかなど、しょうがないことを考えてしまうのでした。
共和国広場で日本の若者に会いました。大聖堂でも見かけたのですが、日本人かどうかちょっと迷って声をかけませんでした。去年の五月から中国をスタートに延々旅行して、イランからこのアルメニアにたどり着いたとか。日本人はわたくしが初めてとか。好青年でしばらくお茶しました。まだこれから半年も旅行してヨーロッパ、米大陸を横断してから帰国するとか。人生に向かってやる気はすごくあるみたいですが、何をやるかそれも決まっていても、漠然とした不安でもあるのでしょうか、突き進めない。その感覚は正しいのでしょう。わたくしは、この青年に、どこかで君も自分に見切りをつけてどんどん前に向かっていったら、とアドバイスしました。見切りの意味は分かってもらったようでした。
いちばん安全と信じられていたニュージーランドで、日本人の語学留学生が建物の地震による倒壊で多数なくなったでないかというニュースはほんとに心痛みます。関係のかたがたにはきわめて残酷なニュースにちがいありません。いちばん安全というものがやはりこの世にはないということなのでしょう。このアルメニアも地震国です。
リビアの騒擾、人殺しカダフィ大佐といわれただけあって、傭兵とか空からのデモ隊への攻撃とか荒々しい支配者であることを見せつけています。BBCやNew York TImesも予想についてはお手上げ状態で静観状態です。たくさんの虐殺が続いているに違いありません。

by yanagidamitsuhiro | 2011-02-24 12:02
2011年 02月 23日

アルメニアを嫌いになるひともたくさんいるでしょう

きょうは世界遺産を二つ見れるエクスカーションの日です。何が見れるのか、楽しみです。まだこちらの朝早いのですが、書いておきます。

日本に旅行者としてきてすごく気に入って,日本に職を求めて住んでそのあとで、日本が大嫌いになるひとたち、さっさと帰国する人たちがたくさんいると聞きます。旅行者と滞在者が感じる国のすがたは大違いですから、前者で好き、後者で嫌い、これはよくあることです。前にインドの飛行場で会ったホンダの社員がおかしかった。世界でいちばんの悪人はインド人だな、と二人でわたくしに言ったものでした。ところが一人はどうみてもインド人にしかみえない頭に布を巻いて、服も例の長いやつでインド人にしか見えない日本人が世界でいちばんの悪人はインド人と力説する自動車販売のプロをみてホントおかしかったでした。でもエピソードは結構リアルでした。悲惨だが滑稽感も残る、そんな感じです。だからわたくしもインドに住めば、インド嫌いになってしまうかもしれません。
それはさておき、アルメニアにもそういう気配は相当にあります。若者の愛国意識もというか歴史知識もここまで過剰になると鼻につくな、ちょっと一時の(今でもかな)韓国の若者たちと似ているのではないか、と思った次第。そういう点では、なにもしらなくてあんまり感じない日本の若者なんかいいのかもしれない、などと思ってしまいます。このエレバンの町に虐殺博物館というのがあってトルコのした虐殺をるると見せるらしい。わたくしは行きたくないです。なおトルコ政府はこの約100年前の「虐殺」を認めてないのですね。日本をトルコとすると、アルメニアは韓国とか南京市民とかそういう関係かな。自分の気のつかないところで毎日日本の悪口、非難がおこなわれている、そういう感じです。でも、南京虐殺とはおおちがいで日本政府は認めているし、違いは死んだ人の数くらいでしょう。わたくしは南京虐殺は中国がいろんな日本軍のやったことを一つにまとめて南京としていることで、十分に謝罪するべきだし、もうしたはずだとおもいます。謝罪が足りないといわれてもあんまり聞きたくない。
アルメニアの若者がわたくしにも虐殺博物館に行こうと行ってきます。愛国意識でしょうがわたくしは丁重にことわるし、ハッキリ言って自分ひとりなら行く気持ちもあるが、アルメニアの若者とは一緒にいってかれらのとうとうとした説明を聞きながらの展示品をみるのはいやだな、と思います。
歴史というのは難しいものです。まあでもトルコ人ならずともアルメニア嫌いになる人も多いだろうなと思います。歴史観の押しつけはやはりいちばんいやなものの一つですね。今回感じました。でもこの国のおかれた立場はほんと難しい。
米国の原爆、大空襲で殺されたごくふつうの戦闘員でない市井のひとたちのために日本政府が米国政府に対して何かをしたことが一度もないのも困ったものでしょうが、自国の地政学的な困難さをあまり周囲にまき散らすのはアルメニアにとって賢いことではないでしょうね。

by yanagidamitsuhiro | 2011-02-23 10:46
2011年 02月 22日

小沢一郎氏のこれから

いま昼休みで二度目ですので短く。
小沢一郎氏の党員資格停止が、判決確定までという期間で、確定したとのニュースです。なにかひと言書きたいのですが、アルメニアボケというかうまいセリフがうかびません。
ただ言えることは、いまの日本で軍団とかいえるような組織は、小沢支持議員の(一部)しかないかもしれないし、いちばんこの決定に怒っているのもこの人たちでしょう。
怒ったら直接行動にでるのでは政治家とも言えませんから、すぐ何かお湯が沸騰したような行動をするとは思いませんが、怒っているのならどこかでそれを示さないと、国民の中の少数の小沢シンパシー派も納得いかないでしょう。よく言われる、信長、秀吉、家康の対応がありますが、何であるかを小沢軍団は示して欲しいものです。民主党をでてしまえば党員資格の停止もなにも関係ないのでしょうが、それではあんまり良く思われないでしょう。もうひとつ、小沢氏の人間性は大マスコミをとおすかぎりどうみても日本国民の多数には好かれてないので、最低限同情されるくらいには本人もまわりも工夫して欲しいものです。

by yanagidamitsuhiro | 2011-02-22 19:43
2011年 02月 22日

三日目のアルメニア

アルメニアも早いもので三日目、セッションのほうは大変おもしろい。昨日のティムハントさんの講演は、わたくしホスファターゼの仕事になってからこれで三回目の講演を聞きましたが、今回はほんとに隅々までよく分かりました。熊本大にいった持田君のしごとがいかに素晴らしいのか本当によく分かりました。彼が応募した静岡県の某国立研究所はよほどの節穴なのだろうな、と思った次第。というかTHさんがそうおもっていてわたくしが単に同意しているという構図にすぎないのですが。わたくしの講演もかなりの大成功かな。山のように質問がでました。講演のあとで昼飯時にも非常によく分かった人がいたことが分かりました。この仕事をしてから数回しゃべっているのですが、始めて隅々まで肉迫して分かろうとうする人がいたのが感動的でした。スピーカーの一人ですが。それに飢餓の研究についてもたくさんの質問があり、皆さんの関心が分かりました。THさんんも今回は寝ないできいていたので、めずらしく成功です。彼は大抵誰の話でも一回は寝ますから(寝たようなふりをするから)。昨日の他の講演もなかなか。アルメニアの先生がたの話も奥行きがあって面白い。

それで夜にかなりな一流レストランで晩ご飯。講演者とアルメニアの若い生化学の研究者の会の中心的な人たち。アルメニアの食べ物はヘルシーです。野菜も地の味がしっかり残っていますし、日本食に一脈通ずる。沖縄のカロリー過多の食事とはだいぶ違います。ところが宴たけなわになって、とつぜん音楽がなり踊りが始まりました。なんとなんとちょっと見たら沖縄のカチャーシーと何も違いがありません。いや驚きました。手のあげ方体のうごかしかた、そっくり。さすがステップは、こちらふうの切れ味がいいものですが、音楽はあれアラブか、というもので、若い人たちが先頭に立って踊るものだから、講演者も全員、わたくしも一緒になってアルメニアカチャーシーに参加してしまいました。これが延々続き、その間に中国かロシアの伝統か乾杯、乾杯と何か誰かがかこつけて乾杯音頭をとるのですから、なかなか楽しいものです。若者たちを見ていると、女性も男性も元気でしたし、しゃべらせればユーモアがあるし、なるほどこれが世界を股にかけるアルメニア人たちの故郷というか、インキュベーターだったのだとよーく分かりました。なおアルメニア人というのは名前をきいたらだいたいほとんどわかってしまう人たちだと言うことも分かりました。
隣国との関係も聞けば聞くほどおもしろい。
彼等も日本と中国とかロシアとかの関係、聞きたがります。ただわたくしがたいした問題ないとかいうものでなんとなく失望している感じです。大変だ、大変だといえば聞いてくれるのでしょう。
さてきょうは今から座長です。急いで会場に行きます。

by yanagidamitsuhiro | 2011-02-22 14:13
2011年 02月 21日

アルメニアの第一印象

昨日、アルメニアの首都エレバン行きの飛行機にのると和気あいあいの上品にしてあかるいムードの人々でした。やはりほぼ100%クリスチャンの国に回教の国から入るのはあまり賢くないとおもわれました。50万人が住むと言われるフランスのパリからとか、アルメニアの第一の友好(たぶん)国であるロシアのモスクワ経由からが来やすいのでしょう。ここの人たちはもちろんコーケジアンですが、背は高くないし、日本人くらいの背丈のひとびとヨーロッパ系の顔立ちと雰囲気にした感じ。肥った人もわかものにはほとんどいません。あかるく饒舌で気安くつきあえる感じです。若い人たちも、年配の人たちも。
空港までアルメニアの若い生化学者の会の人たちに迎えてもらって、楽にホテルに入れました。講義の準備などもあり、夜まで部屋にいて、8時頃からのレセプションに出ました。知っている人は誰もいなくて、期待していたZさんは都合が悪くなり来なくなったとのこと、残念。THさんは今晩というか深夜くるとのこと。
京都のラボからはN君がきました。かれはモスクワ経由です。もうみんなと楽しげにおしゃべりしていて、頼もしい。わたくしも色んな人とおしゃべりをしました。
やる気満々のひとたちです。国は小さく資金は不足しているのでしょうが、海外からの資金もどんどん取り入れて極めて前向きです。日本との交流も相当ある感じでした。
やはりロシアがどんどん金を稼いで,その一部が回流してくるのを期待しているのだと思いました。外国語は英語が第一ですが、ロシア語が第二で、若者は英語はもちろん、みなロシア語が堪能です。フランス後も、たくさんの人が住むこともあり、ひろまっていルとのこと。メルシもいまやアルメニア語とか。シャルルアズナブールがアルメニア人とは知りませんでした。
こういうやる気満々の人々を見ていると、日本はもっともっと協力してあげるべきだと思いました。大使館も領事館もないとのこと。スロバキアには一等地に領事館がありました。アルメニアのほうが戦略的にはるかに重要ではないのかな。
アルメニアはスロバキアよりもヨーロッパから遠いし、アジアとの境界にあるが、日本人は意外にも明治以降いろいろ文化的な接触をしていると思います。
非常にクレバーな人たちに違いありません。
トルコとの長年の宿怨の対立、それにアゼルバイジャンとのソ連統治以来の争いもありますが、でもそれらを深く理解することつまりアルメニアの人々の意見を聞くことが日本人にとっては、韓国や中国、それにロシアともいかにつきあうか、教えてくれるはずです。
日本にとって、最高の「他山の石」となるでしょう。
そういう印象を持ちました。

なお時差は5時間でした。サマータイムがあるのかどうか聞いてみたいとおもいます。

by yanagidamitsuhiro | 2011-02-21 11:42
2011年 02月 20日

ドバイの空港、ターミナル2で。アフガニスタン行きの人たちと

いまドバイの空港です。到着はターミナル3でこれはごくまともな国際空港の雰囲気ですが、ターミナル2の乗り換えを試みるとちょっと聞いてもわからない。やっとシャトルに乗れということがわかり、どこかかなり歩いたところまで行かないといけないことがわかりました。そこへ行きましたが、男ばかりかなりむくつけき男性ばかりが列を作って待っている。ひとりは泣きそうにパスポートの期限が切れて嘆願していました。なんとこのひとボーディングパスもらえました。ただ向こうではどうか(アフガニスタンらしい)分からんとのこと。やっと番になったら、1時間後にまた来いというのでショック。食い下がったら、出発3時間前になったらということでした。ひどい場末の雰囲気で我慢してまって、やっと他のむくつけき男性ばかりとぎゅうぎゅう詰めのシャトルバスに乗って、このターミナル2までたどり着きました。となりに座ったカナダ人もどういう用事か知りませんが、アフガニスタンに行くとか。セキュリティがきついのはしかたないか。
なるほど、欧州から逆もどりのほうがストレスは少ないでしょう。
でも一泊よけいにせねばならないのでしたし、しかたないです。
これも一度でも経験すれば次は(もう来ないでしょうが)二度目は楽だろうなと思った次第。あと1時間でアルメニア行きが出る時間となりました。

by yanagidamitsuhiro | 2011-02-20 14:20