生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2011年 08月 22日

まずしさの美学2

那覇便すごく混んでいました。一席も空いてないという感じでした。仕事ももちろん溜まってますから次から次に対応がありますが、でも楽しいです。充実して。
ただ家にいったら冷蔵庫にアリが沢山いてかなり疲れました。なぜか玄関にも大きなアリの死骸のかたまりがあって。アリ以外ににはこれといった異常はないのでまあ安心でした。

さて今日、二度目の投稿、続きです。
沖縄の若者と話すると、本土にいくのは機会を求めてではないことがはっきりします。食いつめていく、どうしょうもないから行く、行きたくないけれども他に職も無いし、しかたない、こう言うことです。
京都の若者だってにたりよったりです。東、北、西の山々に囲まれてできたら一生京都で過ごしたい、こんな感じです。もちろんわたくしには異常としかいいようが無いのですが、事実この中でですからしかたありません。沖縄と京都の若者はそれほどまでに外に出るのを忌避してでもかれらにはこれが正常です。なぜ外に出ないか、理由はたいして深い理由はありません。今住んでいるところが好きなのです。ですから、まずしさなぞ関係ないのです。そういういう意味では、40年前の先輩諸兄も今年の沖縄の要職の人も間違っていません。
まずしさと、住みやすさはあまり関係がないのです。
日本中でいちばん平均所得が低くても一番住みやすいとおもう人たち、年寄りも若者たちも居るのです。

それで今の日本ですが、バブルの頃と較べて、今の日本住みにくいのでしょうか。
わたくしには分かりません。一時、日本人の住む場所は、ウサギ小屋ということばが大マスコミに氾濫していました。
つまり日本人は収入が増えてもなーあんだ、ウサギ小屋のような小さなアパートや家にすんでいるのではないか、こういう批判があって、大マスコミがあたかも大喜びでしばしば引用したものでした。
本当のところ家の貧しさは決して広さなどではありません。
わたくしはこの間のボストンの講演で鴨長明の方丈の家を説明して宣伝しましたかなり受けていたようです。アメリカ人だって、説明をすれば、方丈の家に宇宙を見ることが出来るのです。
いわんや、カロリー制限を話題に、方丈の家のような環境を説明すれば、家の貧しはは実は豊穣のシンボルではないかと思いだすことも可能なのです。
京都銀閣寺近辺の飲み屋、10人も入ったら満杯の店で、感動のあまりこんな素晴らしい店に生涯はいったことがない、と告白した米国人、巨大なパブスペースになんの未練があるでしょう。
わたくしは彼に、ここのママはうちの院生とほぼ同じようなライフスタイルと収入であることを説明するのに時間がかかりました。でも彼も分かったときに本当に理解して感動したようです。
つまりまずしさのみが生みだしうる空間の理解が出来たのでしょう。その後、せまいせまいわずか5,6人しか座れない空間がどれほど貴重なものであるかわたくしも彼等もわかったのでした。
これらは1990年代から2000年までの話です。いまはどうなのでしょう。知りません。同じであってほしいのですが。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-22 21:58
2011年 08月 22日

まずしさの美学

けさ伊丹から沖縄へもどります。乗った新快速は混んでいて京都駅でも空席がまったくできず、たちぱなしですが、でも全部で小一時間ですからたいしたことありません。ただ電車は混んでいる。

まえから書きたい書きたいと思っていた、話題ですがかなり長く書かないといけないので、やめていたのですが、こまぎれれになるとは思うのですが、この機会に書きたいのです。

理由は、例の古賀氏の本(2冊とも読みました)を読むといまや日本はOECD諸国の中でどんどん順位が下がってもう下には数カ国しかないそうです。もちろん貧困国ではないのでしょうが、もう先進国とはいえないくらい低くなって、国民の購買力からみた貧しさでは顕著な低下らしいです。これに触発されました。実際のところこのあたりの実感がわたくしには無いのですが、統計的にそうである以上間違いないのでしょう。

それで話は40年前に戻るのですが、わたくしが京大に奉職して京都の生活を始めた頃、それ以前は米国にいましたし、また短期間東京にもいて、京都の簡素なまでの乏しさというのか、都市というよりは町のお金のなさ、まずしさという感覚の近さにビックリしたものです。
京都駅に降りてみると、当時は悪名高い京都タワーがあるだけで他には京都観光デパートという場末のような建物があって、他にはパチンコ屋があるくらいでした。京都駅舎も実に簡素なものでした。駅前には市電があり、2番に乗ると延々40分くらいのって百万遍で、そこもまたまともな建物は第一勧銀とパチンコくらいでした。
まだわたくしも30才くらいで、銀閣寺近辺のどこかの飲み屋で先輩の諸兄とおしゃべりをしたときに、この京都の素晴らしい過去の遺産にくらべ、現代京都は極端に貧しい、とついついいったら、偉く叱られました。
やなぎだ、おまえはなんも分かってない、京都はこれがいいんだ、京都が東京や大阪みたいになったらおしまいだよ。おまえはほんとに駄目なヤツや、とさんざんでした。よく見ろ、まずしいというけれど、他のどんな町にもない、すごいものがあるんや、まあこういう調子でした。
確かにそういう面もあるのは分かりましたし、京大人になるにはそういうことは言わないということで以降は思っても口には出さないという、常識をひとつ持てるようになりました。
当時の京都は薄給で、給料をもらうのなら大阪にいかなくては、と聞いたものです。
しばらくして石油ショックもあり、わたくしの給与も徐々にあがり、京都での俸給生活者としては最低クラスではなくなって、この京都のまずしさの、居心地の良さをだんだん味わえるようになりました。貧しいからいいとは決して言いませんが、購買力といいますが、京都に住めば京都でしか買えないものがあるので、他のことは消えてゆくのですね。ただ、結婚子供三人という事態になってから、京都の教育の購買は恐ろしく高価ということが分かって、教育では庶民が暮らしやすい、滋賀県に移ったわけです。いまの京都は40年前からは想像も出来ないほど、豊かに見える町です。わたくしが来たときには蜷川さんという共産党支持の知事さんがいて当時の自民党はお金をださずに兵糧攻めをしていたのでした。おかげというか、京都の道路は全国一お金が出ない(といわれていて)、市内のどこにも高速道路がありません。

それで40年後の現代ですが、このあいだ沖縄の官庁系の要職のひとと話す機会がありました。
わたくしが沖縄はもっと地場産業をもとうとしないと、全国最下位にある県民所得からの脱出は困難ではと、話をふり向けると、いやいやどんなに低かろうと、東京なんかの生活よりずっといい生活が沖縄ではできるんです、といわれました。本当にそうなのでしょうかという疑問の前に、40年前の京都での記憶が戻りました。
そうなのです、全国で自県というか自分が育った町でとどまりたいというパーセントは沖縄がトップ、二位が京都というのを見たことがあります。
(続けます)

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-22 10:22
2011年 08月 21日

一週間の夏休み、もう出そろったの?民主党候補

前夜から雨が続きいまも激しい雨、予定はおお狂いですが、でも日照りの長かった樹木にはいいあめでしょう。

きょうで夏休みを7日間取ったとなるのですが、実際には休んだ日はありませんでした。自業自得ですから、なんの不満もないのですが、まいにち、夏8月お盆時期としてはよく働き、よく今後の行く末を考えました。ただ、働いているとはいえ、なんというか、毎日休憩時間が長目で、それにいろいろ学問以外の別なことを考えたり、また家族たちともつきあいました。
ちょっとですが、琵琶湖にも短時間つかりました。また孫たちともつきあいました。結局、よく遊び、よく学び、いい夏休みだったのでしょう。

民主党の代表選、候補者は全部出たのでしょうか。そうだとすると、もの足りない。
また一年も持つのか、心配です。
中曽根、小泉両氏が長期政権を維持したことを考えると、やはりブレーンというかスタッフというか、政権を取った時に一番そばで政権操縦をするひとにどんなひとがいるのか、そのあたり知りたいです。
中曽根氏も小泉氏もやはりいましたね。ながらく官房長官をやった後藤田氏とか竹中氏とか飯島秘書とか。
情報蒐集とマスコミ対策がたけたうえに、危険要因を早々と察知するとか。
でも今回の政権は、中曽根時代や小泉時代とは著しく異なって、国運が急速に傾きつつある日本の屋台骨をささえ、かつ大震災と福島原発というウルトラ級の国家大問題に日々対応しつつ、かつ世界経済と日本経済の困難な国内国際問題にやつぎばやに対応しつつ(しつつばかりですが)、それに長期的な国内課題をしっかりつかんで、落下しつつある日本を浮揚最低限とめるための方策を立てていかねばなりません。
もちろん非常に難しい。でも難しいことは誰もが分かっているので、ちゃんとやれば支持はあるでしょう。
骨格のしっかりした政見を提示し、情報を最大限出しつつ前に進んでいけるような首相候補がいないだろうかということです。国民もわらをもつかみたいくらいですから、点は決して辛くない、スタートをうまくやればいいのですが。
既知の候補者、野田氏は大連立を呼号しすぎて、これではみなさんの評判通り、駄目なのでしょう。
前原氏はどうか分かりませんが、わたくしは前にも触れたとおり、とても無理だとおもうし、この人に多くの方が期待を寄せているのは不安だし、残念です。風貌的なものからくる、期待感だけだと思うのです。最近も、も言葉が踊って、踊って、ほんと困ったものです。

昨日は他の候補の二人、馬淵氏と小沢さきひと氏の話を聞きました。
言ってることには格段の違和感がありませんが、でも実績的には、特に馬淵氏は芳しくないように思いました。首相補佐官時の存在感と実績が乏しい。それに前原氏の後でやった大臣業もはっきりしない。小沢氏は紳士で政策通ですが、サロン的な感じで、弱いという印象。一緒に出てきた民主党鹿児島選出の川内議員なんかのほうが面白いしなにかやってくれそうな感じでした。
でもこのあたりの人たちがスタッフ、ブレーンが出色なら、票もたくさんとれれば思いのほかいけるかもしれないと思いました。ふたりとも国民レベルでは傷もないし、期待感の持てる内閣布陣を作れるかも。
後の候補者はもう意見を聞いてもしかたない感じです。鹿野氏や海江田氏は菅内閣にいるあいだの実績はわかりません。大臣をやりながら、半年後や一年後に総理候補にでてくるという自覚はあったのでしょうかね。
もしもあったのなら、大臣業は芳しくないです。そういう点、前原氏はしっかり自覚があったようですから、今回は出ないのが正解でしょう。野田氏も、エステとかいってもうちょっと見かけを改善すればよかったのに。この野田、前原、お二人は仙石臭がプンプンして、出る前から操られているという感もあります。
ともあれ、ブレーンがいるのかいないのか、そのあたりが誰が総理になっても短命かどうかを決める重要な因子なのでしょう。菅氏のブレーンはたぶん夫人だったのですね。結局。お二人はいとことか。だからどうとも思いませんが。
民主党の科学政策、始まる頃期待をもっていたことが今は恥ずかしいです。
鳩山、菅のお二人が理系総理として記憶されないように願いたいですが、でもそうなるでしょうね。鳩山氏は特にPhDですからね。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-21 09:22
2011年 08月 20日

健康診断の異常値、なるほどたかじん氏、沖縄での週末が退屈の理由

健康診断で異常がない人はわずか8%の人々だそうです。この値、どう考えるかですが、異常があっても現に長生きするし、女性は世界一です。だから異常があっても世界一長生きできるということですね。
この健康診断をしている組織は、異常があるが元気、とかいってるそうですが、それを聞くとなんとなく腹が立ちます。理由は分からないのですが。
異常値記載の報告があると、かならず精密検査を受けるように、という注釈がついています。その勧告を受けてその通りにしないひとが世の中にはたくさんいるのでしょうね。
わたくしも血糖値が高いという記載と警告をうけつつなにもせずに22年を過ごしました。でも気にはしていました。気にするのがいいのかもしれません。
だから異常とはいわれてもいちいち対応をしなくてもいいものが多いのでしょう。しかし中には、異常といわれたらほっておくわけにはいかないものがあります。
92%異常といわれても世界一の(女性ですが)長寿国、どうもヘンですが、でも健康診断の異常判断がヘンか、それともヘンなところがたくさんあっても人間は長寿でいられる、この後者が真実なのでしょう。健康診断的には満身創痍でも90才100才まで生きている、こういう風になるのでしょうか。

沖縄で週末を過ごすのが退屈な理由が分かりました。最近の発見です。他人には実にくだらない理由でした。つまりたかじん氏のばんぐみが沖縄では見られないからでした。あのくだらないのをみて思い切り笑うことが無いのがいけないようです。日曜は[委員会」で、土曜は、年寄りでも頑張っているなんとかいうアイドル女性がでているなんとかいう番組ですが、ふたつのうち、どちらかを見ないとわたくしの体調にいけないようです。たかじん氏はよくよく見ると、高校時代仲が良くて一緒に山登りをしてMにそっくりですが、Mは品行方正で、単に風貌がちょっと近いだけで、わたくしがなぜたかじん氏に依存しているのか、わかりません。たぶんたかじん氏の偽悪的なところがいまや極めて稀少価値なので、そういう人物を週に一度みないといけないのかもしれません。
偽悪と笑いの両方を芸としてもっているのは、芸人として希有なうえに、それをテレビの人気者にしたてるのはやはり関西、特に大阪のユニークさなのでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-20 15:59
2011年 08月 19日

知らぬがほとけ、

知らぬがほとけ、みなさんどんな時に使うのでしょう。
知らないことをいい意味でつかうか、良くない意味でつかうか、場合場合でしょうね。
このあいだ五山送り火の薪のことを話題にしました、きわどい話題でもあるのですが、でも測って安心する、それこそ知らぬがほとけかもしれません。原発が生みだす放射性物質はいろいろ多種多数ですから、簡単には測定できないものも多い。そういうものは[無い]のではなくて[測れてない」のです。そういういろいろな原発由来の放射性物質のなかでどれが生き物の体の中で何をするのか、どういう効果をもたらすのか、分かってないことがいっぱいあるのです。DNAの損傷も実に多種多様で、その損傷修復についてもエラーのない修復とエラーのしがちな修復もあります。毒性が高い放射性物質は細胞を殺してしまうのでかえって安全で一番こわいのが一見毒性は低いものの突然変異が非常に置きやすいものです。発がん性が極めて高いものも有るかもしれません。放射性物質は検出されないくらいでも、濃縮といって、ある種の生物の体内のある組織部分にうんと濃縮するものあるのでしょう。そうですから、安心もできないし、かといってやみくもに不安になることも意味があるかどうか。
危険なところを退去するのがベストいうことなら、どこなら退去するのでしょう。政府の言うことを信用して、自分の命が守れるとおもうのは日本人失格で、過去の日本政府の実績は、自分の命は自分で守る必要があるという結論です。外国人のように日本に来なくなるのも、ひとつの安全策ですが、日本人はそういうわけにいかないので、どこかでわから無さと妥協せざるを得ません。沖縄のような遠くでもホームセンターで売っていた腐葉土から相当なカウントのセシウムが検出されています。検出されてないものがあっても、知らぬがほとけでいかざるをえないのですね。

そういうわけで、はっきりしていることは、広島に落ちた原爆20個分の放射能がもう福島原発から既にまき散らされたのです。官房長官が爆発的事象と造語して、かつ直ちに健康被害はないといって、大量にまきちらされて放射能についてまったく言及しなかったあの水素爆発のあった日にです。原発容器の中には実にいろいろな核種の放射能物質があるとも聞きますから、ストロンチウムやヨウ素だけ知っていれば十分とは言えません。未知の放射能物質で半減期のながいもので体内残存期間が極めて長いものがもしもあれば微量でもよろしくないかもしれません。まだ広島原爆の980個分の放射能が福島原発の容器の中かそれとも容器から地中に漏れているのだと言われています。しかし、公的に東電も政府もこのような情報を流しもしないし、認めもしてないのでわかりません。
原爆の場合は、超高温でかつ高空で爆発したので、地上での残存放射能は相対的に少ないと聞きました、福島原発の場合はそうはいかないのだそうです。濃厚に風で遠距離で運ばれているのだそうです。

今起きていることの結果が、10年や20年のタイムスパンしかわからないのだとしたら、知らぬがほとけが一番いいのかもしれません。しかし世界の人々は同じように思うでしょうか。
否でしょう。
原発容器内の残りの放射性物質はまだ閉じ込められていないのです、取り出してどこかにしまうとかいう話も聞きますが、そんな方法があるとはまだ誰も知らない、ということはたしかのようです。
悲観的なことを知ればかえって安心できる人達と、そのような話は聞きたくない耳をふさぎたいという人たちもたくさんいます。あたりまえです。
でもこのようなことが起きたことに日本中だれも責任を感じず、訴追もされず、津波がすべて悪かったで、すませていいのでしょうか。
次ぎにまたこういうことが起きて始めて真剣に責任追及をするのでしょうか。
わたくしはいま徹底的に水素爆発の起きた日々の前後のことを強制捜査も可能な機関をあらたに作ってやることが次の10年のために必要だとおもいます。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-19 14:12
2011年 08月 18日

自分で自分に面食らう

古賀茂明氏の[日本中枢の崩壊」最後まで読みました。最後の章もなかなか面白くためになりました。
このひとは頭脳がよほど明晰で、理系の学者としてもすぐやっていける論理的な骨太さがあります。骨格がしっかりした論理があるので、好感をもちました。経済や政治の世界のことですから理屈のようにことが運ぶとはおもいませんが、でも理屈をもってしかもきちんとした理想とビジョンを持っての意見なのでまさに傾聴に価しました。今後もいろいろ発言を是非してもらいたいかたです。

Aさんとの話し合いも今日で一段落。この間膨大な時間をかけたような気がしますが、でもまだ時間がたりません。惜しみなく時間を奪われる感もありますが、これが学問の醍醐味ですから、不平も不満もありません。ただちょっと疲れました。

病院のほうのKさんの研究室にきょうは短時間ですが2回も行きました。
予備的な結果とはいえ、話すネタが出てきたので、楽しみです。
やっているR君もめちゃ面白いとのこと。
ありがたいです。わたくしもこういう感じの学問はまったく初めてなので、自分で自分に面食らっています。

民主党代表選はもう10日後にやるというのに、誰が有力候補でかつ何をスローガンにするのかもわからないという、まあひどいものです。野田氏は先行しても、勝ちきれないので前原氏もでたくなったのでは。海江田氏がでるとか鹿野氏がでるとか、馬淵氏がでるとかいろいろ言われていますが、違いも主張もわかりません。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-18 21:01
2011年 08月 17日

古賀茂明氏の[日本中枢の崩壊」

古賀茂明氏の[日本中枢の崩壊」、最初は知っていることが多いなどと思って読んでましたがだんだん面白くなってきました。古賀氏は経産省の役人ですが、いかに役人というか役所が日本を悪くしているかを力説しています。
日本がとてつもない危機にあるという認識を持ち、日本を救うためにはすべてに先行して公務員改革をおこなうのが一番に大切と思っています。
氏は役人としても相当に成功して上位に到達した人ですからもっている体験も知識も霞ヶ関の上層に達しているのでかいてあることに迫力と説得力があります。
民主党にも自民党にも耳の痛いことがたくさん書いてあります。
現在は役所において完全にほされているのですが、クビになっていませんので、この方がこれからどうなるのか、注目されています。
この方がこれからどういう役割を演じるのか、興味深い。
ここまで誰もが書くことのできなかったことを赤裸々に書いてしまうと、これを読んだひとたちがどのような行動にでるのでしょう。
あるいみ[尊皇攘夷」のようなことが起きるのかもしれません。
尊皇の皇はこの場合国民で、攘夷の夷はこの場合官僚になるのでしょうか、官僚ひとりひとりが悪人かどうかでなく日本の現在の官僚制が日本を滅ぼしていくのだという著者の「確信」は相当なもので、その信念が著者をつきうごかしているのでしょう。
霞ヶ関に関心をもつのなら必読の本でしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-17 23:04
2011年 08月 16日

百万遍、五山の送り火の日に

忙しい一日でした。
早朝から11時まで下の畑の草取り。まだ終わりませんが、でもずいぶんきれいになりました。明日も頑張ってやればだいぶ進むでしょう。
11時25分の新快速に乗ると11時50分に山科につきます。
百万遍のオフィスで6時まで働きました。ずいぶん進みました。
帰る頃、きょうは五山の送り火ですので百万遍界隈人がそろそろ増える時間でした。
帰りも夜に一本ある快速に乗りますので早くて、こういう通勤なら早くて楽です。

きのう手作り市だったことに後で気がつきました。残念。
探したいものがありました。

きょうは仕事の途中疲れて会場の知恩寺境内を短時間散歩しましたが、ゴミひとつ残ってないのに、感心しました。当たり前のことかもしれませんが、でもいくら探しても昨日手作り市があった気配が残ってないのです。片づけ、立派なものです。

雄渾社という小さな出版社の建物がありますが、裏から見て、これも驚きでした。裏と表、景色がぜんぜん違います。

帰り、山科でちょっと時間があったので大丸で紅茶を買いました。それにコーヒーのフィルターも。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-16 21:55
2011年 08月 15日

武士と侍

なかなか雨が降りません。きょうはちょっと降りましたがでも続きません。
昼まで比良にいて、昼に京都へ出て昼食とショッピングをして、二家族の東京へ戻るのを見送りました。そのあと百万遍にいって仕事の続きをAさんとしました。

盆の家族のget togetherやはりいいのもですが、遠くからやってくる若い世代には負担かもしれないし、なにか考えなくてはいけません。

Iichikoいいちこというお酒を販売している会社が出版している雑誌があって山本哲士氏が編集をしています。娘は編集アシスタントにかかわっていることもあり、かなり長いこと読む機会がありました。
哲学を本格的にスローガンにして幅広く論じているユニークなものですが、今号は武士と侍についての特集でなかなかおもしろいのです。わたくしもまったく知らなかった新しい知識をえることができました。
こういう堅い話題をつづけている雑誌をサポートするこの酒造会社に敬意を表したいのですが、それよりも中身は相当おもしろい。ただ、まあ難解かな。すらすら読んでいくのは難しい。
しかし易しくしたら価値は半減するでしょうし、この難解さがいいのです。しかし、いまの日本のように羅針盤を失った国家にとってはこういう雑誌と一般人を結びつける何かが非常に大切なのではないかなと愚考するしだい。宮本武蔵を論じてまた新渡戸稲造を解説して超一流の水準でもこのままでは十分に理解されないので、なにかのインターフェースが必要な気がします。
なにが必要か、いまの日本なら漫画かもしれません。
しかし、侍と武士、武士道、知っているつもりで実はぜんぜん分かってないことを再認識しました。
帰りに本屋で造反官僚とか言われる古賀氏の本を買って車中で読んでみました。
面白いのですが、これを読んで官僚が恐怖を感じることはまったくないのでしょうね。
批判は真っ当なものですが、デジャビュにちかいのです。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-15 21:01
2011年 08月 14日

躍動する日本サッカー

何日か前の出来事ですが、もちろん日韓戦みました。
東京の国立でなく札幌(でしたね)であったというのもなかなかいいのですが、この試合、時代の流れ目を見せる文字通り[画期的」なものでした。
とうてい日韓戦とは思えない、日本が相手を圧倒する試合運びで、こんな試合が韓国に対してできるのだ、その立役者が海外で活躍する本田とか香川たちで、海外組が違和感なしに日本代表を[代表」しているのが、またまた画期的でした。遠藤も国内組ですがいぶし銀のように要所要所を占めて、若手の海外組が躍動して試合を支配していました。
ともあれ日本のサッカーは変わった、と実感できる素晴らしい試合でした。
なでしこのワールドカップ優勝が関係があるかないか議論できるとも思えませんが、同じ日本人、女性が世界一になれるのなら、なぜ日本男子はなれないのか、という素朴な疑問と同時に自信のようなものもあったはずで、なでしこの優勝が重圧になるほど日本男子はまだ注目されてませんし、まず日韓戦でのこの躍動サッカーで次のステップを踏んで欲しい。
ザッケローニ監督の采配も次々にあたって、日本のやることでサッカー、これほどうまくいってるものは他にないでしょう。
わたくしもサッカーのことを考えると沢選手の顔や男子選手の何人もの顔にいつもザッケローニ監督の顔が思いだされていい気分になります。
日本中の多くの人たちがおなじような気分になるはずです。ところで、サッカー選手はいつのまにやら内田選手のように甘いフェースのアイドル風の若者もでてきてかつ攻撃性の高いので、英国のベッカムのような選手がでてくるような期待もあります。
まあこれからのグローバルな世界、世界の若者の人気者になろうとしたら、やはりサッカーがいちばんの近道ですし、そういうことをちゃんと分かってるスポーツ若者が日本でも増えているのは心強いです。日本のスポーツは例に始まって礼に終わると言われるように礼儀を重んじているので、相手を重んじつつ、勝負に勝てば、日本のサッカーが世界のトレンドになるのも夢ではないでしょう。
それに外国語の習得ですね。世界で生きるからには。GKの川島なんか外国語を巧みに使いこなしていますが、聞いたところでは5カ国語までやるとか。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-14 10:13