生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2011年 08月 13日

京都の体質がついつい

なにかまとまったことを書きたいのですが。
盆にやってくる子供たち家族が見られる程度には生えすぎた雑草などをさっぱりするのにすっかりエネルギーをとられました、それで軽い話題しかできません。

この五山の送り火に岩手から送ってきた薪を放射能があるとかないとか、京都人がごちゃごちゃいって、相手をふりまわして、怒らせて、それでもまだ市長あたりがあきずに相手にできた不信の傷にさらにトウガラシをかけるようなことを次々やっていますので、ひと言いいたいです。

基本的に相手が希望もしないのに京都人が勝手に放射能検査をするなんて、まずおかしい。そんなものしないで黙って燃やせばいいのです。そんな当たり前のことができないのが、この送り火の主催者かとおもうと世も末(すみません、またです)です。
主催者が相手に五山で燃やさせてくれというからには、検査なんてしちゃいけません。
だいたい京都人はもともと意地が悪いのですが、その基本に相手をみくだす、というのがありますから、今回のもそのひとつのあらわれとみることができます。

ご存じのように京都は都でしてながらく日本の文化の中心だったので、ついついこんどのようなことが起きがちです。つまり五山で燃やすなどと言えば相手は喜んでありがたがるに違いない、そういう感覚です。
五山はたいへん裕福なはずで前に京都ホテルが高い建物を建てるときに、絶対反対で京都ホテルの宿泊者には銀閣寺を見物できないようにしたくらいです。金持ち、それにしてあげるという見下す視線、そのうえ東北は未開という偏見、そういうものが背景にあってのついついの本音がでてしまった、ある意味、京都は何百年も変わってないともいえるのです。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-13 21:51
2011年 08月 12日

雑草取りの無念無想

暑い!
といっても涼しくならないので、言わないほうがいいのでしょうが、でもほんと日中の雑草取りはこたえます。
でも無心になれるので気持ちのいい時間です。
座禅をやるほど無欲を求める気持ちももてないので、時間を無為に使わず有益なことをしながら無心になれる。
雑草取りはそういうものかな。
このものすごい植物の生命ですが、刈っても刈ってもどこかに種とか根っこは残ってるでしょうから、殺生をしているのでもないでしょう。天衣無縫にのびすぎないで、おとなしくしてくださいね、そうお願いしつつ、刈ったり切ったり、抜いたりしているのです。
それはそれとして、雑草の中に希に葛のつたがあります。
この土地を購入した時には古家はほとんど全面が葛のつたでおおわれていました。
二年間くらいは油断するとその葛の蔦が出てきたものです。あんなものすごい凶暴とでもいえる繁殖というか成長する植物がああいう上品な味のお菓子などに使われるのも不思議です。
ともあれいまは、鳴りをひそめていますが、わたくしがこの世を去って、だれもこの土地の面倒を見なくなれば、5年も経たないうちに全面がまた葛でおおわれるだろう、無心でいるはずなのに、ときおりそういう無心とはとてもいえない想念が湧いてくるのも本当です。
色鮮やかなシオカラトンボとヤンマがそばを飛んでいます。
でも数はめっきり少ない。
この土地を買ったとき、水田は鎌倉時代の頃とあまりかわらん、とはMさんのお話でしたが、それほんとかどうか知りませんが、でもオニヤンマもウチワヤンマも多数飛んでいました。まだオニヤンマはたまに見ますが、ウチワヤンマはまったく見えなくなりました。平成の土地改革というのか大きな水田の区画になって生き物のすめる余った空間がほとんど無くなってきたのでしょう。
あしたから孫たちがこの比良の麓にきますが、はっきり言ってこのあたりの里山はもうかつての里山のゆたかな自然ではないのでしょう。美しい山も湖もありますが、生物の種類が激減しているのではないでしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-12 15:01
2011年 08月 11日

くだものにちかいトマト、

久しぶりに比良の家にいきました。
妻がひんぱんにきていたのと、Iさんが森や原野部分の敷地の相当部分の草刈りをやってくれていたので気持ちはらくです。家の周辺とあと下の畑の雑草取りです。でも300坪くらいはあるのでこの暑さのなか慌てては熱中症になってしまいます。
まさにぼちぼちのろのろがいちばんです。
今年はけなげな孝行息子と娘というか、作物がドンドンできて、ケージのなかのミニトマトちょっと食べてみてあまりのおいしさにビックリ、こんなことがあるんだな、と思いました。水やりも10日間近くできなかったのに驚きです。
トマトはこうなるとくだものだな、イチゴに負けないな、と強く思いました。
でもこう言うことは珍しいのです。
手入れをしなかったからが原因なら来年もこんな程度でやってみますか。
家のへりというか、垣根近辺の草やツタをたくさん刈りました。
だんだん頑張りすぎてとうとうすこし負傷してしまいました。
下の畑には手が回らずでしたが、見に行くと雑草の中で元気よくナスとかトマトもできているのが見えました。地面を這うキューリも今年やりましたができていました。
夜坂本の家に戻りました
明日朝エアコンの修理がくるとか。10年目でエアコンの調子が悪くなっています。それほど使ってないのですが、年月の問題なのでしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-11 23:19
2011年 08月 10日

百万遍のオフィスで

この百万遍北のオフィスは静かです。ときおりバイクの音や車の走る音が聞こえますが、時々ですし、音はあまり気になりません。でも外にでれば百万遍まで100メートルくらいですし、交差点あたりは騒音もきついものです。この建物から至近のところに食べ物屋が何軒もありますがそのうちの一軒にはときたまいきます。この三日間朝から夕刻まで仕事をしていましたが、よく集中できました。
あしたからは、夏休みをとろうとおもっていましたが、でもやはり待ったなしの仕事もたくさんあるので、残念ながら、本当の休みにはほど遠いのです。
でもオフィスにはこないで週明けまで畑の雑草とりに精をだしますか。
今年は手抜きの畑でしたが、収穫はたくさんあって、驚くほどです。わたくしは長いこと畑にいっていません。
作物にほんと申し訳ないと、いう気持です。
あしたから罪ほろぼしに畑の作業を真面目にやろうと思っています。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-10 15:48
2011年 08月 09日

蝉にとまられるようになったわたくし

きょうはもういっぺん投稿したのですが、ちょっと追加です。
朝駅に向かって歩いていますと、とつぜん前方から比較的大きな黒い物体が飛んできて、わたくしの胸にぶつかりました。
上から見ると、大きなアブラゼミでした。
とうとうわたくしも蝉にとまられるような木のようなものになってしまったのか、と思いました。
おしっこをされるのはかなわないので、そっとつまんで退散してもらいました。飛んでいきました。
すぐ傍の、ここができるときの開発で沢山出てきたお地蔵さんをたくさん祭った地蔵尊のところにある一本のケヤキの幹にはなんと勘定したら20匹の蝉がとまっていました。
過密になったので、どこか別を探してわたくしが代替えの木の幹になったのでした。
おもわず声にならない笑いがこみ上げてきました。
この地蔵尊はいまはぬくとばとかいうデイケアの施設がそばにできています。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-09 22:22
2011年 08月 09日

松田直樹選手の死を考える、美空ひばりさんと三島由紀夫氏の死

横浜マリノスから長野県の松本にあるJFLのチームに移籍した松田直樹選手の死が世間を驚かせ悲しませています。死んで松田選手の存在の意義大きさが見えてきたのでしょうか、ほとんどマスコミで見なかった松田選手のことが毎日報道されています。
人は誰でも死ぬとはいえ、34才あまりにも若いし、そもそも死の数日前にフルで元気に試合に出ていたと言えば、心筋梗塞に本当になるのだろうかと誰でも思うでしょう。もちろん診断が誤っているはずもありませんが、こんな強靱な肉体のトップアスリートがなぜそのような病気に、誰でもが不可解な気持ちに襲われます。
わたくしは知りませんでしたが、松田選手はその個性の強さでもよく知られて存在のようです。日本代表になり、ジーコ監督批判をして、その後二度と代表にはなれなかったと聞きます。中田ヒデ氏と好対照でいつまでも現役にこだわったとのことです。マリノス一本やりできて、一挙にJ2を飛び越えてJFLのチームにいくなど常識では考えられません。なぜ、どうして、と誰でもが思うでしょう。そこのところ、説明はあまりありません。
かつての監督だった岡田氏は、良くも悪くもマリノスを代表する選手だったと言っていました。その通りなのでしょう。
同僚だった城選手は、そうはみな見ないけれど、非常に繊細でかつ深く悩むことが多かった、と言っていました。ということは、一見そうは見えない、豪快かつ奔放な青年のように見えたのでしょうか。
トルシエ元監督がマリノスのゴールキーパーで今は磐田にいる川口と長く抱擁していたのは、なにか深い悲しみを共有していることを意味しているように思いました。
松田選手の移籍が挫折であったということ、深い懊悩のあげくの決断で移籍し短期間でこのような死がやって来た、そのことへの深い嘆きであったとわたくしは推測します。
サッカー選手はこういう点でみな寡黙ですが、でもどこで経歴を続けて行くか、だれにとっても非常に難しい問題なのでしょうか。
メンタルにどのような状態だったのか、思い切り選手生活を続けられる状況だったと思いたいのですが。

美空ひばりさんが死んでからもう23年たったと言うことです。
生きていたらいまも元気に歌ってファンを魅了し楽しませていたでしょう。それにおりおりにシャープなコメントで世間を楽しませていたでしょうに。ほんとに残念です。疑いもなく人間国宝みたいなひとでしたし。
三島由紀夫氏が生きていれば86才ですが、例の三島事件を起こしたのは45才の時です。彼の予言はかなり当たっていたのですsがいまでも日本国民はそれを認めるのがいやなのですね。後何年たつと三島氏の主張が時限爆弾のように炸裂するのか、個人的には炸裂してほしくない、と強くおもうのですが、いまの日本のこの国際社会での無気力な国情をみていると、三島氏の意見を自分の意見とする若者が何十年もたつと出てくるような予感もします。三島氏の意見をそろそろ真面目にとりあげて換骨奪胎する努力が必要なのかもしれません。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-09 21:51
2011年 08月 08日

本土の水道水の温度、沖縄電力の社長と会長、村上春樹、吉本隆明、島田紳助の諸氏

比叡山坂本の家に戻って最初に思ったことは水道の水がとても冷たいということでした。沖縄では水は大抵気温と同じです。家の屋上や屋外にあるタンクに蓄えてあるのです。今回の停電で、水はすべてミネラル水に頼らざるをえなかったのですが、その水もぬるくなっていました。それが水道の水でも冷たいというのはちょっとフレッシュでした。
本州人である妻は、沖縄電力の社長の顔が見たいと言っていました。
わたくしはいつもの通りきつくて、社長も会長も土下座をして行脚、まわらねばならんのに、天災だからしかたないといってるのだろうな、これもすべて沖縄人がおとなしすぎるからこうなるのだとのセリフです。恩納村では沖縄電力のいう一世帯がときたまホテルのように千人くらいの数になっても別になんとも思わないのでしょうか。それともホテルは世帯には入っていないのか。
きつい表現で批判すると沖縄ではまた本土から来た連中がきついことをいうとのことです。批判はぜんぶ本土由来と。
しかし、今回のようにこれだけの長時間停電をしてそれが当たり前のようなこの沖縄電力の体質は沖縄のいちばんの悪いところだとおもいます。要するに平素台風がきたら停電の原因となるところはすぐ分かるはずだと思うのです。言い訳無しに、なんとかこのひどい体質を一掃して欲しいものです。その方法は知りません。
わたくしは残念ながら村上春樹氏の小説に対して理解というか興味のレセプターが欠落しているらしくて努力しても読めないのですが、そういうケースはあたりまえでしょうが案外多いのです。吉本隆明氏もどうようで、昔からなんで一部のインテリが彼に感心するのか理解出来ません。日経が戦後思想界の巨人と彼を紹介するのにビックリ、いつから巨人になったのでしょう。そのあげく原発断固支持なる所論をよんで「またか」と思いました。昔とおなじ、対象が違うだけ、サイダーのあぶくのような味が、断定のしかたが一部の人に好かれるのでしょうね。吉本氏を好きな人はバナナ氏で増えているかもしれませんが、わたくしは別にこわくないので、彼はなんにも分かってないとだけいっておきます。
島田紳助氏は特に親近感はないもののなんでも鑑定団は好きな番組ですし、彼の沖縄の家がわたくしが借りている家からよく見えるで、好意に近い関心がありました。それで、ついテレビの番組欄で彼の家を公開するとかのフレーズにつられてつい見てしまいました。結論はガッカリ、なんとも後味がよくない番組作りで、公器の電波でこんな最低のプライベートの内容を延々みせるのは許し難いと正直感じました。沖縄の宣伝にもぜんぜんなってないし、番組制作者は反省が無いのでしょうか。見ながら感じたことは、こんな番組はまさに世も末だな、といういつもながらの繰り返しのものでした。紳助氏絶え間なくタバコを吸っていました。これもどうかな、

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-08 22:08
2011年 08月 07日

沖縄電力の体質、

いま神戸空港から三宮までのあいだです。途中の駅に京コンピュータ前という名前のがありました。ちょっと、流行を取り入れすぎるとおもいますが、でもこのあたりが神戸人の真骨頂か。
結局沖縄での停電、40時間も続きました。
沖縄電力についてのぼやきというか文句はいくらでもありますが、この体質は沖縄人と表裏一体のようにも思えるので、あんまりいってもしょうがないとおもいます。
ともあれ電気が回復して最初にやったことは妻は洗濯でわたくしはエアコンの除湿でした。深夜の23時を越えていましたから、いかに忍耐していたかの証拠です。
今朝は台風で荒れ果てた借家の庭をきれいにいくぶんかして、それに家の中を掃除して、でした。
娘と孫も明け方の便にのって名古屋中部空港に無事着いたとの連絡もあり、ホッとしました。
那覇空港はすごい人でした。でも殺気だった雰囲気はなくそのあたりが沖縄のいい点なのでしょう。
昨夜は娘の知っている那覇のダウンタウンのとある居酒屋に連れて行かれましたが、なかなかおいしいところでした。孫たちも祖父さんの食べるものを同じようにおいしそうに食べていましたから、年齢を超越したおいしさでした。
わたくしとしてはこの台風のひどい洗礼を受けてもう二度とこのひどさに会いたくないので、今後の行動もその原理にもとづくことは間違いありません。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-07 17:27
2011年 08月 06日

沖縄の台風はハンパでない。台風イコール停電、断水を想定してプランを立てることです

台風の気配があったら本州人は絶対沖縄、特に恩納にはこないほうがいいというお知らせです。

結局今回の台風は異常に遅い動きに、強風プラス雨なので、ダメージがきつい。
さらになんといっても、停電がひどい。
昨日の朝8時頃に始まって、いま一日たって午後5時まだ停電が続いています。
沖縄電力のページにいくといまどこで停電があるかという曖昧模糊とした統計がありますが、まだ島内5万戸が停電とか。
リゾートで快適ということをお望みなら、停電、部屋が暑い、風呂に入れない、下手するとトイレに入っても流す水がない、外にでてもすべての交通信号は消えて、開いているのは一部のコンビニのみとという状況が好きなはずはないでしょう。台風下の沖縄は湿度100%で海にも入れないし、太陽も見えないのは当たり前です。
ともあれ沖縄電力はオール電化を売りまくっているようですが、買った人は私たちのように酷い目にあいます(貸家ですが)、1日半電源が無いので、冷蔵庫がどうなるか料理するコンロは暑くならないわけですから、わたくしたちはカセットコンロを何気なく買っていたので、しのげましたが、この沖縄電力を頼りにすると酷い目にあうでしょう。
独占企業、最近では東京電力も俎上に載っていますが、この沖縄電力もかなりひどいのではないかな。
国道をテクテク歩くと、強風で木が倒れたり折れたりすると即電線が切れそうなところが無数にあります。こういう事態を考えてないので、台風は沖縄を去っているのに停電がまだまだ続くのでしょう。
孫たちは汗もだらけになりそうなので、那覇に送ってホテルでちょっとまともな文明生活をおくってから、本土に戻ってもらいましょう。
これで分かりました。沖縄の台風はハンパでない。
沖縄電力はまったく信用出来ないので、台風イコール停電、断水を想定して生活プランを立てるところです。帰路の便もキャンセルの可能性大なので、まともな帰路も経験できないでしょう。

今日午後にすぐ傍の巨大ホテルKにいって様子を見ましたが、真っ暗でなんともいえない陰々滅々の雰囲気でした。電気無し、でも冷水だけでもでるのですからまだわたくしのところよりましです。

なお丹精込めた(?)野菜は塩害で全滅となるでしょう。残念ですが、このあたりは沖縄の老農夫の気持ちがわかります。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-06 17:07
2011年 08月 05日

徒歩にちかい台風9号の動き、暴風雨と停電で足留め

台風に慣れない本州人はえらい目にあっています。
この9号、ほとんど動きません。時速7キロとか9キロとかです。
もう長いこと沖縄本島近くでぼちぼちうごくだけで激しい暴風雨をもたらしています。
そのうえ、しっかり停電です。この恩納の大きなホテル見える範囲でどこにも電気があるように見えませんのでたくさんの旅行者は足止めされた上に電気無し、みずなしで不自由でしょう。われわれもそんなところです。
もうパソコンの電池も無くなってきたので、しかたなくいまこのブログを短めに書いています。
風呂の水張りはしましたのでトイレは困りませんが、炊事はミネラルウオーターです。
娘孫たちも足止め帰れません。明後日のチケットがなんとか取れたとか。でも子供たちはなにも感じずに元気楽しんでいます。
わたくしたちも日曜に大津に盆休暇もとりつつ戻る予定でチケットはとってありますが、孫たちと同じ日のすこし前くらいになりそうです。
やれやれです。
この停電いつ終わるのか。
さっき国道にでたら、大半の交通信号は消えて、でも幹線なので車はけっこう走っています。
コンビニだけが命綱的に開いてました。道路は折れた木の枝が散乱しています。
国道の一カ所で木の枝が電線にもたれて工事車が何台か止まっていました。まさかこれが原因とは思えませんが。車で動いた範囲では恩納村どこも電気がついていません。
スーパーはすべて休みとかで、しかたないですね。
これでいろいろ沖縄で住むことについて、新たに考える材料が増えました。
もう野菜作りは無理ですね。またみんな塩害で真っ黒になるのかな。

by yanagidamitsuhiro | 2011-08-05 16:04