生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2012年 03月 31日

雨,風,虹

週末の天気が悪いことがこれまで今年はなんべんもありました。
きょうも雨と強い風です。でも時々晴れ間がみえました。大きな虹もできました。寒くて咲いた花もみなかじかんでいるように見えます。
サンシュユ,ウメ、サクランボ、レンギョウみななんだか咲いても元気があるようには見えません。

しかたなく、雨の合間を使っていくつか力しごとをしました。
椎茸をのたねを打ち込んだ原木を10本弱、きれいにブンタンの木の下に整列させました。一本ずつ重いこと。これまではシートにくるんでいました。
ストーブの薪の整理とかもやりました。薪の消費が少ないので,まだ去年購入したものが手つかずです。
昔かったおんぼろになった机をきれいにして上の台地の土地の物置に入れました。物置の窓から、広大な琵琶湖の眺めがいいです。恩納の海とはまったく違う風景ですが。
あとはデスクワークです。
昨日書いた、対立というか分断ポイントに書くのを一つ忘れていました。
地方と東京、対立ととらえるのか、協調ととらえるのか
他にも書きようがあるのでしょうが、まだ頭が整理されていません。

by yanagidamitsuhiro | 2012-03-31 21:57
2012年 03月 30日

中途半端は売れ残る。分断ポイントの列挙、

朝早くから、百万遍のオフィスでM君の論文の作業。やはり顔を見てはなしをするのと、メールの交換では、天と地ほどの差があると、痛感。昨日沖縄から着いてすぐ2時間ほどやって、これで合計5時間ほど。大変意義ありでした。次は3週間後。東京で。M君たいへん成長。
比叡山坂本まで戻って、妻と信楽まで行きました。気持的には遠いのですが、車的にはかなり近い。新名神の威力です。30分強で着いてしまいます。
予想外の買い物もありましたが、気持はとても良し。

店のオーナーさんとのはなし。いいものは大丈夫売れる。でも中途半端は売れ残る、とのこと。作品は買い取りとのことなのだそうで、これが実感。なるほど。商品でなくても人間でも通じる話に近い。

でもいまの日本、メディアでは中途半端な人間ばかりがおもてにでてきているというのが、偽らざる実感。個人的には、別に痛くも痒くもないのですが。

仕事に戻る前にメモしておきます。今の日本の分断ポイント

1.東北のがれきをひきうけるの賛成、ひきうけるの反対
2.原発再稼働あり賛成、原発再稼働反対
3.消費税の増税賛成、増税反対
4.秋入学、賛成、反対
5.国民背番号賛成、反対
6.TPP参加賛成、反対

まだまだ沢山あるんでしょうが、これらどれも賛成、反対がおおむね五分五分に近いようにみえるところが、いまの日本の社会の変質を感じます

by yanagidamitsuhiro | 2012-03-30 17:10
2012年 03月 29日

小さな分裂後に大きな分裂の予兆

増税だそうです。でも多くの人がしらけているのは、国民不在の政治家のあらそいがあるからでしょう。かたや国際公約の増税をしないと管理能力なしの無能政府とレッテルを貼られたらたいへんというのと、今回の任期中は税金を上げないと約束したじゃないか、増税の前段階がなにもできてないじゃないか、このままでは選挙に大敗するという別な意見です。自民はこの際、連立に復帰したいがその前提が出来てないというものです。誰かの主張が正しいのかもいしれないが、税金があがれば生活がまちがいなくしんどくなるに違いない国民からすれば、楽しいはずがありません。税金をはらえば国家が良くなるという見通しがぜんぜん無くて、30%くらいの消費税をはらわないと財政危機を脱せないときくと、うんざりするだけでしょう。
どう考えても、国民不在の8日間の増税論議でした。それで、まだどうなるのか分かりません。国民新党という小さい政党が今晩分裂しましたが、大きな民主党も早晩分裂する予兆なのでしょうか。
自民党も分裂するのではないか、と言われています。
政治家は分裂するエネルギーがありそうですが、税金をはらう国民のほうには分裂するエネルギーはいまはまったく無いでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2012-03-29 22:55
2012年 03月 28日

ピカドンからの連想

広島と長崎の原爆をピカドンと比喩した時代が長くありました。原爆の被災者であることを隠した時代も非常に長くありました。1960年代の初めの頃でも、あなた(出身の)おくには?と聞いたときに広島出身のひとは、返事を言いよどんことがあったでしょう。
ピカドンの原爆は兵器として核爆弾ですが、数10キロの核を搭載したとのことです。福島第一原発には4つの発電所がありますが、各その千倍の核燃料があると聞きます。ですから、約4千倍の燃料があります。これをコントロールして発電するのですから、ある意味単純ではあるがその途方もないエネルギー量をコントロールしうると言うことで、20世紀の後半に人類が考案した技術の「粋」ともいえるものです。安全安全といってきたものの、世界でも技術水準が最も高いはずの日本で地震と津波で技術が破綻して、もう後戻りの出来ないことになりました。しかもそのピカドン4千倍の核燃料が福島原発の地に容易ならざる状態で置かれているのです。後始末に何年かかるか分からない、もしかしたら、その核燃料が突然そらおそろしいような牙をむく、という可能性すら将来的にあるわけです。
ここでわたくしが書いたことが間違いがあってほしい、本当はもっともっと安全な状態で置かれ水をかけられていると言いたいのですが、そのようには書けません。

このピカドン数千発分の核がなんとか制御可能な核燃料になる見通しが立つといいのですが、わたくしの知識ではまずいつのことになるやらまったく分からないという予想になってしまいます。

嘆息混じりに思うことは、かつての理論物理学者のうちの少数の人々が、原子力の平和利用はありえないと主張していたのはいかに先見の明があったかということです。
それは原子力の途方もないエネルギーと、そのエネルギーがもしも生き物に向かえばもっとも残虐な死をもたらす兵器になるからでした。そして、それは広島と長崎ですでに証明されてしまったのでした。
しかしながら、まだまだ原発をつかわねばならないという、大合唱が最近聞こえてきます。致し方ない面もあるでしょう。戦争に負けた次の日にはもうあらたな再軍備を考えだした人も日本では沢山いました。
色んな人たちがいて当然です。

しかし多くの日本人は一日もはやく原発を使わないですむ、技術を確立して欲しいと願っているでしょう。たぶんそれが最大公約数的ないまの日本人の考えでしょう。

そのために国民総動員の号令がでれば、わたくしも一人の兵卒としてお役に立ちたいと願ってます。

by yanagidamitsuhiro | 2012-03-28 17:42
2012年 03月 27日

一億総中流から格差の社会、そしていまは不信と分断を目前にして日本は、

きのうの続きのようなはなしですが、経済格差のうえのほうにただいるだけ、とか健康おたくでたんに健康をみせびらかず、これあきらかに感じ悪い人物像ですね。経済的にめぐまれていることをみせびらかすような人物は目の前から消えて欲しい、健康むきむきの人物も嫌悪感しかもてない、実際にはこういう受けとめされるものかもしれません。
むかし、米国のサンディエゴで健康みせびらかし都市という印象を持ちました。いまはどうなのでしょうか。不健康見せびらかしよりははるかにいいでしょうが、おじさんおばさんが公園で太極拳をゆったりしている光景のほうが、音楽をならしてジャズダンスというのですか、威勢のいい跳んだり跳ねたりの踊りをおどるよりは見映えがいいでしょう。このあたりは「さりげない」のが上品なのでしょうか。やはり、これ見よがしはどうもよろしくない。
そういう意味でいうと、失われた20年で日本人のこころはかなり鬱屈しているかもしれませんが、でも海外でのこれ見よがし族がほぼ一掃されて、しずかにかろやかに動くひとびととなりました。なんといっても世界一の長寿国で、経済の調子がわるいわるいといってもお金持ちの国であることはまだまだ間違いありません。

問題はこの大震災以降の日本人の心です。一億総中流がなくなって我慢ができるかどうかの格差社会に向かっているときに、この震災で、日本は不信と分断社会になってきたように思えます。
不信とは、もちろん社会の枢要な立場にある人間たちが、責任をまったくとらない、うそを平気でつくと、日本人が自分の社会に対してそのように思うようになってしまったのです。極端なはなし、日本の上層部では、天皇と皇后以外は信用できないとまで言える極端な社会風景になってしまった、その不信の荒涼さです。
分断とは、福島や東北地方の人々をみる日本人の目つきです。沢山の献身的な助けようと心の底から思う熱い心の人達と、それに無関心、それどころか、わずかな放射能があればぜったいがれきをうけつけない、というこの放射能を原因とする、心の分断です。この荒涼さはひとたび始まればかなり長期にわたって続くのではないかと怖れています。不信と分断のうち、やはり分断が非常に気になります。
不信も分断もそこから何も生まれてこない以上、それらを乗り越えるための心の強さを持つ必要があるのでしょう。その心の強さは、やはり広い気持にささえられるべきものです。

by yanagidamitsuhiro | 2012-03-27 15:07
2012年 03月 26日

健康格差を考える

さっきやりたくない仕事を一つ終わりましたので,ちょっと気分がましです。

きのう書いた健康格差のことをもうすこし書いてみたいです。かつて下流社会という三浦展氏の書いた本を読んで感心して受けとめたことがありました。このかたはマーケット解析をしているようですが,自分を大切にして自分の能力を伸ばそうとする若者の多くは失敗して下流社会層にいってしまう。下流にいかないのは、自己を抑圧した若者だというのです。つまり東大などに入るのは我慢に我慢を重ねて過ごしたわかもの達だけが後の生活を保障されるのだというのです。異論はあるでしょう。でも相当な真理があることもたしか。

さて、健康格差で下流に行かないためにはやはり我慢我慢が必要なのかです。健康で問題のない若い人の多くは、自己抑制、我慢など必要ないと言うでしょうが,健康が気になれば,自己抑制が必要なことは間違いありません。
わたくし、40才で喫煙習慣から完全に離れましたが,三五才頃からのやめるための努力は相当なものでした。高校での大学受験勉強に匹敵するくらいの自己抑制だったと思います。そしてやめられてほんとうに幸運だったと思います。
65才になって、夜の食事を10時頃からスタートするのを止めると宣言して、遅くとも夜8時には食事を終える生活に変えました。同時に食事量を減らし,体重5キロ落とし,血糖値の減少を試みました。目標はおよそ半年間のバトルによって達成しましたが。この期間は、まさにいくさという表現がぴったりでした。つまり自分が自分の脳みそとの戦いをしたという実感です。
わたくし、自分の寿命を延ばそうと努力しているのでなく、研究者としての現役継続のために必須という判断でやったのです。健康で落伍しては研究を続けられないですから。

そういうわけで,健康下流社会に属さないためには、少なくとも自分に関しては自己抑制と我慢我慢が必要であった,と言わざるをえません。
ただ、いちどある健康状態に到達すると、それを維持するのは実に簡単なものです。禁煙も一度達成してからはなんの苦労もなく維持できました。
いまの状態も油断は出来ませんが、体重が増えれば直ちに食べる量を減らせばいいので必要なものは体重計だけです。
ただ言えることは,食べ物についての特にカロリーについてのそれなりの知識が健康上流に行くためにはいるということです。結局,自分の身体についての科学的知識が必要ということになるのかなとおもいます。
それで結局わたくしなりの結論は、おおむね経済格差と健康格差で下流に行かないためには,相当な自己抑制が必要ということになるのかもしれません。抑制という言葉がよくなければ、自己制御、克己心とかいいますか。ただ経済格差のほうは若い時の抑制、健康格差は中年になってからの自己抑制で,人生での時期が異なるのでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2012-03-26 16:00
2012年 03月 25日

料理の段取りを楽しむ,五木寛之氏の放射能につよくなれ日本人という意見、

週末の天気快晴なものの風は寒いと言ってもいいくらいです。
ひとりなので自分の食べるものを自分でつくる楽しみにはまっています。他人にごちそうするだけの力はないのですが,自分で作って自分で食べる楽しむ力はあるみたいで、ゆっくり時間をかけて楽しんでいます。やることはデスクワークと超ミニの庭にある植物の世話をするぐらいですからその時間の合間を使って食材を準備し料理の段取りをとる、そんな調子です。夜もちゃんと最後はなにかスイーツをひとつ選んで新聞をよみながら音楽を聞くという時間を楽しんでいます。
きょうは午後4時近くになって国道の奥にある恩納で唯一気に入ったコーヒーを飲める空間JBにでかけて閉店までの時間を過ごしました。5時に閉まるので短いのですが、それでも十分に店主の作った空間を違和感ゼロで楽しめます。パウンドケーキを一つ買って,一切れ切ってもらってエスプレッソを飲み、幸田露伴の「骨董」なるエッセーを読む時間を持ちました。
この素晴らしい(恩納の中で)空間はたぶんあとあまりもたないのではないかと心配しています。恩納においてはいろいろな意味での「破壊」が進行していますので。

五木寛之氏がさすがの卓見を披露しているのをたまたまテレビで見ました。どこのチャンネルだったのでしょう。氏の意見は,いまの日本は大戦後の時は国は破れても山河あったのだが、今度のいくさは、山河が敗れてしまっても、国は残っているという状態だというのです。
そして日本人は放射能に強くならないとこれからいきていけないのではないかというのです。勇気ある発言です。原発を再開せよというような意見ではなく,生き抜くためには放射能に負けない日本人になろうという意見と受け止めました。戦後の歴史を生き抜いてきた人間として、体験に裏打ちされた意見です。死生観もふまえての意見とさらに日本の未来を見据えた意見と受け止めました。
そうか、大震災後一年経って、五木寛之氏はこのようなことをいうようになったのか,とある感動をもって氏の言葉を受け止めました。自分はまだ曖昧な世界の意見の中にいたな,と思いました。

きょうはここでやめようと思ったのですが,もうちょっと書きたくなりました。たぶん中途半端な終わり方になるのではないかと思うのですが,もう少し書きます。
日本は格差社会になったというときはおおむね経済的格差を意味するようですが,実は日本の社会で進行しているもうひとつは健康格差だとおもいます。周囲が騒がないので気がつかないのですが,健康格差はいまの日本非常に大きくなっています。高齢でも健康であることはどれだけの有利さが生きる上であるか、は病気になってみれば分かるはずです。若くても何らかの理由で健康を長期に害すれば、健康のありがたさは経済的なものでは絶対的にあがなえないものです。健康であり続けることは自らの努力でもかち得ますが,いっぽうで経済力や知的な力も大きく関係します。生活や職業環境も大きく影響します。さらに生まれつきの生得的なものの影響もあるでしょう。だから格差という言葉をつかっても差し支えないと思います。
最近触れた、ぎんさんの4人の娘さんが平均90才を超えていることからも健康長寿は継承されうるようです。一方で日光や放射能に生得的に弱い人たちもいます。そういうひと達にとって、福島にすむことはいまや恐怖でしかないでしょう。
五木寛之氏のことばは、日本から逃げられないひと達つまりほとんどの日本人に向かって、放射能に強くなろうと言っているのだと思います。たぶん立ち向かう以外に道がない以上、強くならざるを得ないといっているのです。勇気をだして、原発絶対反対を主張するのも強くなることだし、自分が放射能弱者だとおもったら、どんなに愛する故郷福島でも生き抜くためにはそこを去らないわけにはいかないということなのだと思います。それを負けたとおもわずに強く生き抜くためのすべであると言っているのだとおもいます。日本人もいろんな理由ですむ場所をかえざるを得なかった歴史的な理由があったはずです。今回の大きな戦の敗戦の結果は、直視せざるを得ないのだとおもいます。
山河破れてしまったのだから、という諦観のあとに、それでも強い意志で生き抜いていこうというメッセージと受け止めました。大部分の日本人に対して,放射能を単に怖がるのでなく、これから何世代も放射能と共存して行きていくのだから,共存の思想を持たざるをえないではないかと言ってるのだと思います。誤解されがちな言葉ですから,勇気ある発言と思いました。

by yanagidamitsuhiro | 2012-03-25 21:32
2012年 03月 24日

新しいmacbookair慣れるまで,学生さんに教育意欲、柔道金メダル古賀氏の快挙

あたらしく買ったMacBook airたしかに速い。気になるのは,起動すると前回使っていたファイルがパカパカ自動で開いてしまいます。よけいなこと、と思うのですが。あと、Mailは新しいバージョンで、まえのに慣れていたのでちょっと慣れるまで時間かかりそうです。それから、iCalもバージョンが変わってiCloudになったので,勝手が違います。ラボのメンバー全員が見れるスケジュールと自分のスケジュールとか,切り分けにともない、頭の切り替えが必要のようです。そのうち慣れるでしょう。あとTimeMachineをあらたに作ったのですが、なんとなくこのあたりの自分のやり方に不安があります。

きょうはラボにふたりいる学生さんとずっと研究の話をしました。ふたりとも日本人ではありません、リトアニアとドイツが母国ですが、日本語が急速に上手になっています。そういう若者なので,わたくしの教育意欲はかなり高まっています。迷惑かもしれませんが。

読売でみた記事,柔道金メダルの古賀稔彦さんが博士の学位を取ったというもの。なかなかいいニュースです。
記事によると、論文のテーマは「五月病」だそうで。出身の日本体育大の男子柔道部員を対象に追跡調査を行い、高校3年の時に夏の大会後から練習を休むと、大学入学直後に意欲が低下する可能性があることを突き止め、「五月病は対処法で改善できる」とした。環太平洋大(岡山市)女子柔道部の総監督を務めており、研究結果を踏まえ、新入生に入学前から練習をするよう指導しているとのことです。
学位は弘前大学でとったとのことで、2008年に入学し、神奈川県の自宅で衛星通信システムによる講義を受けたり、実際に弘前にでかけ大学院に通ったりしてきたとのことです。
医学研究科博士課程を修了し、医学博士の学位を授与された。古賀さんは弘前の町も知ることができ、学生指導の重要さを分かったこと,この町を知ったこと,人生での大きな財産と言ってるとのことです。
本当にいい話で,古賀氏は40代で学生としてもこのようなかたちで研究と教育意欲を持ち続けて学位を取るなんて、ぜひ話を広めてほしいです。そして学位を取ることの価値と言うか意義をぜひ広めてほしいなとおもうのです。

by yanagidamitsuhiro | 2012-03-24 18:05
2012年 03月 23日

macbookair三台目

とうとうMacBookエアー買ってしまいました。いままでもMacbookエアーでしたがOSは通称Leopardでした。今度はもちろんLionです。これでMacBookエアー三台目です。二台目は結局2年と3ヶ月余使ったことになります。天寿をまっとうしたと言えますか。もちろんまだ使えるので、第二の人生があるはずです。
いまこの新しいのでブログを書いていますが,新しいのを買ったという意識が持てません。じょじょに感じてくるものがあるのでしょうか。はっきりしていることは容量が250Gあるので余裕があります。
apple careはやめました。それで得をした気分になりました。量販店で買ったので,値引きはないのですが,でもポイントがたくさんつきました。
それでGPS付きのカシオのデジカメを買いました。これでiphotoの情報が賑やかになりますか。写真をとる自分の行動がすべて場所で記録に残るのはなんだか未知の不安な感じがあります。でも外国旅行などでは非常に便利と思われます。ただGPS機能のオンオフのスイッチがあります。

ところできょうの沖縄、あたたかい。シャツ一枚でも充分な天候。
植物の葉も急速に大きくなっています。
からだのどこかに残っていた節々の痛みもみな消えてしまうようなかんじです。

by yanagidamitsuhiro | 2012-03-23 15:09
2012年 03月 22日

世界人材となる日本の若者たち

東大の秋入学を端緒にいろいろなことが起きるだろう、という予測があるようです。要するに、日本人の若者で世界中どこにいっても働ける人材が少なすぎる、という企業などでの強い実感が背景にあるようです。それが東大のような日本の[支配者たち」を作る大学にも伝播したのでしょう。わたくしに言わせればそれを言う年配の人達の何パーセントがかつて世界どこでも働けたかです。その欠陥のツケがいまいっぺんにやってきたのでしょう。
たぶん商社の外国駐在員や、外国に高額の機器を売ったメーカーのエンジニアがそのような人材だったのでしょう。日本の商社がいまものすごく儲けているとか聞きますし、東芝、日立のように沢山売ったモノの面倒を見るエンジニアが世界中に出かけた企業が好調と聞くと、こういう企業は元々世界企業だったし、と思うのです。わたくしは日本電子という電子顕微鏡製造会社のサービスマンの何人かと20代の若い頃に会っていてかれらのたいへんな苦労話を聞いています。たった一人で欧州全体のサービスを鉄道でカバーするなんていうのはザラだったのでした。かれらのすごい能力とそれに比較した語学の貧弱さは欧州の電子顕微鏡のスペシャリストのあいだでも語りぐさでした。
よく聞いた話しは、ほとんどコミュニケーションできないので不安に思っていたら、完ぺきに直してそのうえ、性能を上げてくれたなど、賞賛の言葉をたくさん聞き、わたくしも嬉しく思ったものでした。日本電子のひとたちに聞くと、現地にいって装置の置かれた状態をみるだけでどんな故障かだいたい見当がつくとのことでした。国民気質で壊しやすい、壊れやすい部位があるのだそうです。
その当時でも英語使いのはずの外務省つまり大使館の人なんて言うのは、実際には通用しない典型だったのでしょう。
それに親方日の丸で若い癖にもう国から派遣されたなんていうプライド意識ばかりの大学の若い先生なんかは、駄目だな、ほんと弱いな、という実感でした。たぶんいまも似たようなものでしょう。
自己正当化するわけではありませんが、自分の将来がまだなにも決まっていない、職はなにもない若い時代に海外で生き抜く経験をもつことが世界に通用する人材の養成方法だと思うのです。若いときの貧乏は貴重な財産になるはずです。
海外ではまず挨拶と現地のひとたちと仲良くなることです。週末には現地の人達の集まりというかパーティに呼ばれれば、それでいいのです。成功です。パーティの目玉人物になれれば素晴らしい。海外でも自然に現地の人に好かれるなにかのパフォーマンスができる。これが世界人材の基本必須です。そういう若者が日本で増えるのならほんとにいいのですが。
東大が乗り出したことで、日本の若者の世界人材化はかならずや[制度化」されるはずです。東大の得意技です。どのように制度化されるかはわかりません。でもそうなるし、たぶん間違いないはずです。灘やラサールや開成の中学生がいま何を考えているか、調べると面白いでしょう。
自分の将来にみんな国の支援を考えているようだったら、もう駄目でしょう。裸でひとりで、外国へ行く、そういう気持ちがいちばん大切でしょう。
それさえできれば、日本の若者の魅力は世界に伝わるでしょう。
それがはね返って、日本の世界化に寄与するはずです。

by yanagidamitsuhiro | 2012-03-22 14:53