生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2012年 08月 31日

着々と食べる

おとといに写真でしめしたナスは着々と食べています。
普通の味、悪くないです。
けさはヘチマを食べてみました。
水っぽいと言うかこれもあたりまえのヘチマの味でした。美味しかったでした。
小さいほうのなので、量はすこしです。大きいのはまだ冷蔵庫です。
しかく豆はまだ食べずに冷蔵庫にあります。理由は好物なのでついサンエーでかった2パックをまず食べてからで、まだ1つ残っています。
運動不足なので、気をつけてもじわじわと体重が増えるのが,気になります。

きょうはお盆なので、弁当を売る業者さんがすくなく長い列。
かつてのメンバーがおふたり遊びに来られました。
近況を聞きました。

by yanagidamitsuhiro | 2012-08-31 22:51
2012年 08月 30日

一円の差の意味するところ

沖縄の最低賃金はこれまで645円で全国最低だったのですが、今回8円上がって653円になったとのことです。それで652円の島根県を一円越えて最低では無くなったそうです。
最低賃金の相場がどう決まるのか。ネットでは以下のような説明がありました。

地域別最低賃金は、全国的な整合性を図るため、毎年、中央最低賃金審議会から地方最低賃金審議会に対し、金額改定のための引上げ額の目安が提示され、地方最低賃金審議会では、その目安を参考にしながら地域の実情に応じた地域別最低賃金額の改正のための審議を行っています。

よくはわかりませんが、地方の審議会があって、それが中央の目安を参考にして地域の実情に応じて決めるとありました。東京が一番高くて836円で、近畿圏では大阪で786円だそうです(去年10月)。滋賀県は709円、奈良県は693円、地方によってずいぶん差があります。

こういう具体的な金額と、地方の実情での金額の具体的な決め方の関係はそう簡単にはわかりません。
分かるはずも無いでしょう。
この島根県と沖縄県の1円の差の逆転のいみするところなど。

by yanagidamitsuhiro | 2012-08-30 21:45
2012年 08月 29日

よく作りましたね

台風の影響ありました。
見た目には惨憺たるもの。
いろいろ倒れたり飛んだりしてました。でも植物ですから見た目、しかたない感じになっています。
いっぽうで極小のガーデニングのプロダクトもありました。
プランターのナスとヘチマ、それにしかく豆。ナスは食べられそうです。ヘチマは食べるのは怪しいですが。しかく豆は大きくなりすぎてます。
でも水やりしないこの3週間以上、ホントよく作りましたね、と頭をなでてやりたい気持です。


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by yanagidamitsuhiro | 2012-08-29 19:48
2012年 08月 28日

ふたつの台風

きょうは関西の三空港から沖縄に向けての便には一席も空いたのがないなどと言われまして、しかたなく名古屋発できました。
でも実際には伊丹も関西便も空席はあったようです。そのあたりどう読むのかむずかしい。まあ時間的には似たようなものです。
那覇空港からの高速道路、すごく激しい雨でした。
この雨は台風15号の後遺ということです。
でもこんどは停滞していた14号が動きだして、あしたからは14号の影響下で雨が降るらしい。ただ、本島に14号がくることはないが先島にはくるとのこと。
家のほうの被害は軽微。

by yanagidamitsuhiro | 2012-08-28 21:43
2012年 08月 27日

伊丹監督のタンポポについて考えて

この夏、テレビの前に座って一回長編映画を見ました。伊丹監督の「たんぽぽ」です。前にもみたことがあるのでこれで2回目かもしかしたら3回目かもしれません。初めてみたように面白かった。
むかし親しくつきあった米国人のKさんはむちゃくちゃ面白いといっていました。
他にもアメリカ人で同じようなことを言った人たちが言いました。この映画米国で受けたようです。100回見た人もいるようです。日本ではあまり。

伊丹監督自殺してしまいました。理由は知りません。
あのたんぽぽとかマルサの女とかお葬式とかでなにかの国際賞をもらっていたら、やはり死を選らんだでしょうか。わかりません。
惜しい人を日本の社会は失ったな、と映画を見ながら何度も思いました。いまのこの政治の混迷の時期、ぜひとも作品を作って欲しかった。
伊丹監督の作品、日本的にエキゾチックでなかったのかな。日本文化の良き理解者のフランス人に受けなかった理由はなんだったのだろうと、映画を見ながら何度も思いました。伊丹監督は欧州での賞賛を渇望していたのではないだろうか。

仮の説明を思いつきました。
不必要なエロとグロが混入しているのが、どうも。味付けの意図としてはわかるが、後味は良くない。お葬式の映画でもおなじような感覚を持ちました。でもこれが伊丹監督の持ち味というか、サービス精神のプロダクトなのか。
伊丹監督の思想とは結局なんなのだろう。何を描きたいのだろう。不正を憎むというのでもなく、また人間の感情を掘り下げるのでもない。なにかファナティックな情熱を持った人間を実にドラマチックに生き生きと描くことでは素晴らしい。鋭利な刃物で切ったような場面が何度も何度も出てくるので,息もつけないような面白さはあるが、昇華してくるものに何か欠けている。
そうなのです、昇華してくるもの、精神の高さ、純粋さが分からないのです。
わたくしは、宮本信子のタンポポさんの息子がいじめられていたのが、映画の終わりのころにはいじめられなくなっていた、あれがさりげなくて、それになんとなく粗い印象があったのです。
あのあたりが昇華できる部分だったかもしれない。
そもそもタンポポさんと主人公の男性山崎努が恋愛的にならないのがおかしい。あれだけ、エロとグロがあるのに、この主人公の男女の精神の交流が,愛欲ゼロなのが変。
ここのところがフランス人に受けなかった理由とこのさい決めました。

もうちょっとなのになあ、と深く嘆息気味におもいました。伊丹監督の親戚である大江健三郎氏がノーベル賞をとったのですから、国際的な高い評価を得るすべについてなにも知らないはずはありません。
惜しい人を日本の社会は失ったなあ、と映画をみながら何度もおもいました。
死なずに生きていて欲しかった。
いまなら、橋下市長さんあたりをモデルにすごい映画を作れたとおもいますが。
でも考えたら、伊丹監督はヤクザの映画を作って襲撃されて大けがをしたのでした。
伊丹監督は自殺でない、と信じ込んでいる人がまだいるとか。

by yanagidamitsuhiro | 2012-08-27 17:13
2012年 08月 26日

尖鋭のくにとなれるか、ジャパン

昨日はいろいろ忙しくて、気がついたら遅い時間になっていました。

多くの人が感じるように日本はだんだん変わってきました。幸か不幸か隣国とのつきあいのなかでいろいろと覚醒することがあるのだとおもいます。その結果、忘れていた「日本の体質」が復活してきたのかもしれません。
ひとことでいって、日本(人)は「尖鋭」になってきたという感じです。
経済大国ではあっても、尖鋭さに欠けていた、日本(人)にそういう部分があちこちで出てきているのです。
というか、歴史の流れで、そうならざるをえないのかもしれません。
尖鋭になるのに一番抵抗しかつ貢献したのは65才くらいになった団塊の世代であり、しかも日本の尖鋭さが明瞭になったのが、かれらが社会現場の一線から(みかけ)退場する時期と一致するのが不思議です。

尖鋭さをもった人材が社会にいっせいに沢山出てた感じがしませんか。
たとえていうと、日本の野球のヒーローが米国にいけばいつも日本組とでもいえるような、メディアがそばにいて、日本社会の一部をひきずって米国で生活しています。かれらは、非尖鋭組です。
それに対して、サッカーの活躍選手は、はるかに現地の生活に溶け込んでいます。6カ国をしゃべる日本のサッカー選手はもでてきました。かれら個人は個人として活躍しながらも、現地でも人気者になりつつ、シャープに生きるすがたを日本の若者に見せています。
こうであって初めて世界でも日本でもどこでもおおむね似たように生活できる。そんな感じを示しています。
野球とサッカーの外国でのパイオニアえある、野茂選手と中田ヒデ選手は,日本ではちょっと変わり者という感じでしたので共通点がありました。もうその時代はすっかりおわった感があります。
いまの外国で活躍するサッカー選手はフツーの日本人の若者スタイルで、外国でも日本でも「尖鋭な」存在感をしめしてかつ違和感がありません。溶け込んでいます。
なでしこの沢ほまれ選手はたぶん真にグローバルな人なのでしょうが、それに匹敵する女性選手はまだ日本にはいないので、チーム内でギクシャクがあるに違いありません。
彼女はたぶん野茂やヒデのような苦労もいま味わっているのでしょう。
この尖鋭さは社会のどういうところであらわれているのでしょう。いくらでも例をあげられます。
わたくしには登山家の竹内洋岳氏もその代表的な一人だと思います。
この方は、酸素を使いません。外国人と一緒にパーティを組みます。組織よりも個で工夫して動き、それでまさにワールドクラスになっています。ドキュメントを見ると、日本の伝統的な考えも持った方です。文句なしの現代日本の誇る尖鋭者です。
昔の日本は尖鋭者がうようよいたとわたくしはおもっているので、やっと尖鋭な雰囲気が社会のの中でひろく生き生きと生まれている、のでしょう。そうだといいのですが。
やはりスポーツや世界中にひろまる音楽の影響はとても大きいのです。かれらは現場での「演奏者」「実行者」として生身をさらして尖鋭を実証し、かつ注目を浴びているのですから。
そのようなレベルまで行かなくても、もっと人目にふれない社会のすべての領域で、尖鋭な生き方は可能になりました。
戦後日本の社会ではながらく難しい、とか不可能と思われていました。
そんな態度をとれば、ごく少数の例外を除けば、世捨て人とか反逆者になってしまったかもしれません。
しかし、どうも尖鋭者でもやっていけそうそれでも職を得て生きていける、という日本の社会に、雰囲気が出始めています。
ぜひこの雰囲気がますます拡大してほしい。

尖鋭路線はけっこういけるのはないか、生きるうえでのビジネスモデルとして、OKだと、そう思う日本の若者が増えてほしいです。
現在の日本の超大企業の創始者のすべてもそういうふうな尖った若者たちだったはずですし。しかし、国策的な創始者でなく、あくまで市井のひとりの若者として創始者をめざしてもらわないと。

by yanagidamitsuhiro | 2012-08-26 14:10
2012年 08月 24日

てごたえあり、

西浦温泉にやってきました。昼に寿司をたべました。海の幸は新鮮かつおいしい。
ここで100名以上の若者が集まって生命科学夏の学校をするということです。
初日、2番目のセッションでしゃべりました。
1番目のセッションで同じ会場でしゃべったのは理研の林崎さんでした。ながいことお会いしいませんでしたが、彼の話の終わった後に、ちょっと言葉を交わしました。
若い人たの多くは修士か博士の院生でしょうから、とにかくわかい。
コミュニケーションができたらよかったのですが。
話の途中での様子からはなんとか疎通があったようです。
そういう手ごたえはありました。
おりおりにこういう経験をもつのもわたくしには刺激があります。

by yanagidamitsuhiro | 2012-08-24 21:32
2012年 08月 23日

身の破滅

きのう書いたブログを読み返して、このことであらたなことを書きたいが無理だなとおもいました。

それと同時に昔話を思いだしました。
京都に初めて来た頃におじさんかおじいさんクラスの大先生に、おまえら祇園あたりで飲もうなんておもうなよ、身の破滅だぞといわれました。いまもむかしもちゃちゃを入れるのが趣味でしたので、どんなふうな身の破滅になるんですか、と聞いたらこわい顔をされて一喝されました。破滅だ、破滅だ、と。あとで二次会の席でお兄ちゃんクラスの先生に、祇園に行くんなら財布の中を気にするようならまず駄目、といわれました。さらに亀岡あたりに家作を何軒かもっていて、芸者さんひとりとつきあうたびに、家を一軒は手放すつもりならいいだろうとおごそかにいわれたものでした。なぜ亀岡なのか、解説してもらいました。フーンと、感心しました。もったいないので今日は説明しません。不動産ブームの頃ですから、そうか芸者さん一人と「まじめに」あそぶなら何千万円もかかるのか、と感嘆したものでした。京都での金遣いは奥深いと。

ところがその後、本当に遊んじゃった人が比較的ちかい研究者なかまから出てしまったのでした。
詳しくは書けませんが、国際会議の開催時にVIPを歓待するための一席を設ける必要があり、下見というか、係り担当になった人が下見をしたときに席にでてきた芸者さんに惚れこんでしまったというのです。奥さんも子供もいて当時の月給が多くても10万円くらいなのに、です。
詳しくはかけませんが、やはり身の破滅だったみたいです。職を離れたと聞きました。貸し家はもって無かったみたいでした。
でも、パチンコや競馬、競輪で家を失った人は沢山いますから、あの奥深い伝統の祇園でごく短時間でも深く遊んだのだから、しかたないのかもしれません。というかうらやましい。本当のところ、身の破滅だったのかどうかも分かりません。下見の時はどうか知りませんが、その後は自腹を切っての「破滅」でしょうから。

by yanagidamitsuhiro | 2012-08-23 14:40
2012年 08月 22日

元教授の説明・弁明を聞きたい

京大元教授の再逮捕という記事を見ました。まだ贈収賄があったのだそうです。
知り合いのかたの話ではまだ詐欺的な事件もあるとかですが詳しくは知りません。
底がみえてきません。
この事件の不思議さは、この訴追されるであろう日本のゲノム創薬を代表するといわれる生命科学者がまったく無言でいることです。
もちろんマスコミ的に無言という意味です。
わたくしとしては、ご本人がぜひどのような弁明なり説明をしているのか、知りたいです。
裁判になるとして、その時までなにも発言しないのでしょうか。
日本を代表する大学の教授だったひとで高額の研究費の代表者、ノーベル賞受賞者と共同で研究推進をおこなっていたかたが、ずっと無言でいるのは不可解です。
京大当局はこの問題にどうあたっているのか。知りようもありませんが、世間的にはほぼ無言であることもたしかです。

そういえば東大での出来事もその後は静かに推移しています。
ポトンという音も聞こえてきません。
どうも無言作戦がいちばん無難であると当事者が理解しだしているようです。

by yanagidamitsuhiro | 2012-08-22 15:43
2012年 08月 21日

仰木の里山、わたくしの40年間の週末のすごしかたは6つの矢印で

休みもだんだん残り少なくなって。
きょうは午後比良のほうにでかけて水やりなどをしたり草をかったりしました。
平日でも道路はかなり混んで。
それで比較的空いているしたの旧161号国道を通って、堅田の混雑をさけてローズタウンから抜けてきました。
久しぶりに里山のきれいな仰木のあたりを通ってはっとしました。このあたり数限りなく自転車で走っていました。セカンドハウスをもたない40代から50代ずっと週末は自転車で走っていたのでした。
そういえば安楽率院のあたりももう何年もいっていません。

自転車の前の30代は、囲碁でした。でもタバコをやめてから、碁をやる空間の空気が気になって。
結局わたくしの週末は、囲碁→禁煙→自転車→ニュージーランド旅行→自転車での琵琶湖周辺土地探し→財布を拾う→セカンドハウスの土地に出会う

という顛末なのでした。不思議な顛末でした。
しかし、おそろしく長い時間経過が矢印の六つか七つで説明できるとは。
財布のはなしはいちどブログで書いた記憶があります。

by yanagidamitsuhiro | 2012-08-21 23:22