生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2012年 09月 29日

完熟トマト、小動物オコジョか?

明日からスペインバルセロナに行きます。朝出発がやたらに早い。

比良の家に行ってきました。まだまだ収穫がたくさんあって。
トマトは今年は豊作でした。真っ赤な完熟ばかりです。なぜ今年がいいのか理由はわかりません。

上の土地を見に行ったら、珍しい小動物を見かけました。
イタチより一回り小さく、シッポも短め、こちらを見てしばらく見つめるところが、かわいらしい。
オコジョという名前がおもいだされましたが、
こんなところにいるのかどうか。すぐ、川のほうに姿を消しました。
帰って、ネットで画像をみましたが、よく似ている。このあたりのイタチとはどうみても違って見えました。
結論はおろせません。

by yanagidamitsuhiro | 2012-09-29 18:09
2012年 09月 28日

村上春樹氏の「安酒の酔いに似ている」(訂正版)

この使っているEMOBILEのWIFI LTEは新幹線のなかでもサクサクとネットに入って素早くいろいろ読めます。便利です。でも、いまはどこの会社でもそうなのかな。

村上春樹氏が昨今の領土争いによっておこったこの日中の領土をめぐる熱狂について以下のようにいっています(朝日新聞への寄稿)。小説家の書かれた文章の一部を引用してあげつらうのは、研究論文と異なり気がひけるのですが、わたくしが関心を持った部分は以下のところです。ちょっと長いんですが引用します。

我々と東アジア近隣諸国との間に存在するいくつかの懸案も、時間はかかるかもしれないが、徐々に解決に向かって行くに違いないと期待を抱いていた。文化の交換は「我々はたとえ話す言葉が違っても、基本的には感情や感動を共有しあえる人間同士なのだ」という認識をもたらすことをひとつの重要な目的にしている。それはいわば、国境を越えて魂が行き来する道筋なのだ。
 今回の尖閣諸島問題や、あるいは竹島問題が、そのような地道な達成を大きく破壊してしまうことを、一人のアジアの作家として、また一人の日本人として、僕は恐れる。
 国境線というものが存在する以上、残念ながら(というべきだろう)領土問題は避けて通れないイシューである。しかしそれは実務的に解決可能な案件であるはずだし、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。領土問題が実務課題であることを超えて、「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは往々にして出口のない、危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。論理は単純化され、自己反復的になる。しかし賑(にぎ)やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ。
 そのような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽(あお)るタイプの政治家や論客に対して、我々は注意深くならなくてはならない。

やはりこの安酒という表現にかなり引っかかって、素直に読めないのです。
それじゃ高級酒ならばどうなるのか、という類の単純なまぜかえしもありますが、わたくしには領土問題を高級酒で議論してどこがどう違うのかわかりません。
たとえがかなりまずい、わたくしのレベルでは致命的に悪いたとえと思われます。

他のところは,格段に目くじらを立てるようなところがないのですが、でも領土問題の争乱というか乱れた争い、見苦しい争いは,決して酩酊した争いと言ってはならないとおもいます。
たとえ、しらふでやっても、村上さんがみてまともな議論にはできないでしょう。

村上さんは司馬遼太郎氏とおなじだな、似ているな、とわたくしは思ってしまいました。
つまりこの醜い領土の争いは安酒による酩酊といってしまえば、そこで何かが解決したみたいですが(つまり安酒を飲んで酩酊したうえでの乱暴議論、行動への倫理的な批判)、でもそうではないでしょう。司馬氏は日本の戦前の軍部の悪行を類似の理屈では説明できない愚かな悪行としています。
わたくしは、今回の政府の土地の国有化はすべきではないと思ってましたしここでもそう言ってましたが、だからといって、政府がやったことは安酒の酩酊のせいとは全く思えません。
たぶん今の日本政府は、中国への謝罪外交は終わった、その時代は終わったというシグナルを出したかったのでしょう。そのように率直にいわないで、国有化をおこない、まさに不退転で国有化をする、という路線なのでしょう。ヘンだし、いいとは思えないが、しかししらふの大まじめ路線なのでしょう。しかしそれを酔っぱらいと片づけてはいけません。
安酒のせいではなく、この時期に謝罪外交時代への終焉と決別を示したかったという、仮説にわたくしもそうかもしれないと思います。
いずれにせよ、しつこいようですが、これはあくまでも安酒の酩酊のせいではなく、完全に正気でしょう。政府は政府なりにしらふで計算していることは間違いない。その政治的計算があやまっていたかどうか、それはこれからわかるのでしょう。日本政府が外交をやっているのですから、とりあえず結果はどうなるのか、判断の分かれるところですが、知識豊富なはずの政府、外務担当がやっているので、ここまでは中国政府と4つに組んでそれなりに頑張っているじゃないですか。政府と政府の戦いなのは間違いありません。国民の代表かもしれない人が、がそれを酔っぱらいの所業といってしまえば、ちょっと困るのですね。

要するに、今後、中国の怒りが何ほどのものか、どれくらい怒るのか、すべてはそこにかかっているはずです。中国の国家の威信をかけて全力でこの国有化に対し報復してきたら、たぶん平成24年の武力行使無き尖閣紛争として長く記憶に残るでしょう。
日本が負けてしまうのは、経済制裁と通関制裁その他もろもろの制裁にねをあげて中国に降伏する(つまり国有化を止める)と言うことになるのでしょう。もちろん日本の経済界やメディアは相当にへこたれていて、政府を真剣にこの点で支持することが弱体しつつあると思います。
日本政府が勝つ姿はあんまりはっきりしませんが、中国の内部で大きな内部闘争がふき出してしまう,そんなことでしょうか。たぶん勝ち負けがはっきりしないで曖昧になると見ます。
これから短時日で小康にいたれば、尖閣領土権のあらそいが、世界の耳目を集めたといわれるのででしょう。日本は東アジアで謝罪外交時代を終焉させ、中国と対峙しようとしたと記憶されるのでしょうか。もう日本の弱みである60年以上前の大戦時の中国での侵略の謝罪を繰り返さない、というか別の次元の日中関係、つまり厳しく対峙する両国関係になる、それでもよい、そうなるのが当然という日本人が急速に増えているのででしょう。

「追記1」読み返してみて、なにか足りないと感じました。出口のない争いをするなという村上さんの意見についてです。わたくしは政府が意識しているかどうか知りませんが、出口がすぐにはできない「領土問題という熱い問題」を政府はてこにして、まさに国民感情を利用して、謝罪外交の終焉を目論んでいるとおもいました。
この熱い争乱を引き起こした領土の国有化に対して、意外に国民レベルでの反対が少ないのは、深層心理的に今回のできごとはなんらかのカタルシスを生んでいるのでしょうか。これまであまりにも長々と謝罪を繰り返してきましたから。たしかにやめ頃でしょうか。
「追記2」昨日は新幹線で名古屋近くから書きだしたので、時間が足りなくて、文章の乱れがありましたので、もういちど手をいれました。

by yanagidamitsuhiro | 2012-09-28 19:02
2012年 09月 27日

メタボリズム沢山勉強しました

きのうはついつい2回も投稿してしまいました。
きょうはメタボリズム、沢山勉強しました。あしたもです。
平素はなかなかできない、現役の先生方といろいろよもやま話もできました。
それからきょうは東大構内を沢山歩きました。ホテルに戻って万歩計みたら1万2千歩とありました。

by yanagidamitsuhiro | 2012-09-27 20:48
2012年 09月 26日

ニセ医師と研究室侵入者の生きがい

数千人の人々を診察したニセ医師がつかまったようです。
集団検診後のひとたちの診察くらいなら自分の知識でも、できるのではないか、と思ったそうです。
本人の動機というのは新聞などでは書いてありませんが、純粋にお金目当ての犯罪ではないとおもわれます。
なにかの記事での、このニセ医師稼業で稼いだお金は300万円にも満たないようでした。診察ひとりあたり千円くらいの収入と予想するとだいたいつじつまがあいます。
それじゃなぜ?たぶん好奇心とか自己満足とかそういう類のものではないでしょうか。医師を相手にすれば、診察を受けた多くの人たちは信頼のまなざしで見てくれて、いろいろ相談もするでしょうし、ニセ医師の診断にも素直に耳を傾けてくれるでしょう。
たぶんこのあたりの満足感とそこそこの収入が楽に入るということで、いっぺんやったら止められない、やみつきになったのでしょう。あくまでも想像ですが。
でもかなり危ない橋をわたったものです。ただ、集団検診時の医師はひとりひとり別々に座っているので、医師間の交流もほとんどないので、他の医師からどこの医大の出身とかも詮索され尋ねられないのでしょうから。医療関係の学校の講師もしていたらしいので、好奇心プラス趣味と実益の目的なのでしょうか。

それはさておき、ずいぶん前にも書いたことがありますが、教授になった頃、カバンを紛失したことがあります。電車の中で忘れたとながらく思っていたところ、数年後に松原署に呼び出されて、カバンは忘れたのでなくて、ラボの教授室に朝置いてあったのが盗難にあったことが判明しました。驚きました。貴重品は何もなくなぜ盗難?と不思議に思ったのでした。
そのカバンには実は雑誌(日本語)向けの原稿があったのですが、書き直したつらい記憶がありました。その、うらみ深い原稿も戻りました。何気なく、原稿をぱらぱらめくると、なんとわたくしの原稿にびっしりと赤字で添削がしてあったのです。意味不明としかおもえない添削文章がずらずらあるのでした。驚きました。
いったいなぜと、わたくしを尋問というか事情を聞いていた警察官に、この犯人はどんな人?と聞きましたら、大学(たぶん京大)に受かりたくて何年も受験して駄目だった青年だったのだそうです。
捕まったとき、車のトランクの中はいろいろな研究室から盗んだとおもわれる学術書や教科書でいっぱいだったそうです。
こういう青年の犯罪もなんだか、ニセ医師と一脈相通ずる,個人の情熱のようなものを感じるのです。
なんとなく「惜しいなあ」と感じるのです。
こういう人たちは社会のどこかで非常に役立ったかもしれない人だったのにと思ったりするのです。

by yanagidamitsuhiro | 2012-09-26 21:40
2012年 09月 26日

安倍元首相自民党新総裁に、メタボリズムのシンポジウム

安倍元首相が自民党の新総裁になったとのニュースを見ました。
やり残したことがあると、強く意識することがあるようですので、たぶんスローガンも明確に出されるでしょう。
難しい病気だったものが完治されたということなので、政治活動に不安はないものと期待します。
しかし自民党は依然世襲政治家が多いことに驚きます。安倍元首相は、かなり強硬な右派政治家というイメージもありますが、総理になればそうもいってられないでしょうし、外交的には硬軟取り混ぜるのでしょう。ただ、野田首相に解散を迫る点や国内問題では、他の候補よりずっと強硬な印象がありますので、これから年内は民主と自民は激突すると予想します。

明日と明後日東大で薬学研究科の三浦教授のオーガナイズするメタボリズムのシンポジウムに出席します。講演もします。東大の弥生ホール、農学部構内にあるホールであるとのことです。面白そうで、勉強できそうで楽しみです。
びっしりと講演が続くので、前もって、英気を養っておかないといけません。

by yanagidamitsuhiro | 2012-09-26 14:43
2012年 09月 25日

脳細胞の更新、沖縄の健康科学と医科学

きょうは琉球大学医学部の石内教授とゆっくりお話しをする機会がありました。脳外科の世界というと遠い感じですが、実際お話しをするとたいへん興味深くそれほど遠い話ではないのかもしれないと思うようになりました。どの程度わたくしが理解したかは心許ない面もあるのですが。
とくに海馬のなかでのニューロン神経細胞の更新が非常に大切というのが強く印象に残りました。わたくしの脳もきょうはあたらしいことを沢山聞いて、ちょっと興奮気味です、今晩寝てるあいだにいろいろなことが海馬で起こるような気がしてます。
先生の書かれたエッセーを読むと、百才になっても脳は進歩しうるし,海馬では新しい刺激に呼応して更新する細胞が生まれるらしいので、なんと頼もしいと思いました。
いっぽうで生活習慣病である肥満が極端化すると若くても認知能力が落ちてしまうということも知りました。

沖縄での健康科学や医科学、医療科学の発展のためには現状の多くを改める必要があるにちがいありません。
どうするのが一番いいのか、悩ましい問題ですが、まずは研究者の数が増えること、そして互いに知り合うこと、難しい話もやさしい話も気軽にできる人的交流が活発になるのがまず必要なのでしょう。
研究者の絶対数を増やせばいろいろな面で飛躍的に活発化するでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2012-09-25 21:35
2012年 09月 24日

スペイン、中国、専制のあとに何が

わたくしかつて1960年代のおわりにスペインを旅行しました。
まだ独裁者フランコ総統が支配していました。バルセロナからマドリッドに旅行しましたが、どの町もすごい数の警察官というか秘密警察や軍警察の異なった制服のひとびとが町中を闊歩していました。庶民は肩をすぼめているというのが正直な印象でした。つらいな、抑圧されているなというのが第一印象でした。そのうちスペインの持ついろいろな魅力もあり、気にならなくなりましたが、でもおりおりに流通する硬貨にある総統の肖像の目の部分が強く傷つけられているのが印象に強く残りました。強いこの体制は1975年まで続きましたが、王政に戻った後、国王の英断で立憲民主体制になったことは記憶に新しいです。つまりスペインの奇跡は上から起こったのでした。

中国に初めて旅行したのはもう20年くらい前でしたが、共産党国家なのでなんらかの抑圧国家だろうと思い込んでいったのですが、警察の存在はあまりはっきりしませんでした。北京は一歩町の大通りから中へ入れば貧しさは目立ちましたが、でも安全であり行動の不自由は感じませんでした。党先制国家という印象も持ちませんでした。天安門広場も自由に歩けました。スペインの抑圧的な独裁国家とは似ている面はほとんど感じませんでした。

現在の中国、たぶん中国人でないと、中国のなにが自由で何が不自由なのかほとんどわからないのだと思います。たとえば一人っ子政策、予備知識がなければ気がつかないかもしれません。
地方の人が都会で住めない、つまり居住地の自由がない、これも気がつかないでしょう。さらには車の番号によってしないに乗り込めるかどうか、曜日によって異なるなど、基本的なことからごく日常のことまで規制は綿密にはられています。
わたくしも自分のにかぎらず誰ものブログは中国では読めないことに気がつきました。これも普通は気がつかないでしょう。

いまの中国政府の作り上げた綿密な体制、わたくしには破綻しはじめたと見えます。すくなくとも日本に対する秩序だった対応を、自分で壊してしまった様に見えます。なにが起きてもすべて日本のせい、という中国スポークスマンの発表がわたくにはなんだか悲鳴に聞こえるのです。
いっぽうで、一歩あやまれば、中国朝野は武力攻撃も辞さないまでに、思いつめているようにみえます。
緻密な体制が破裂状態に近づいているかのようにも見えます。これから、なにも起きないかもしれません。もしかしたら大変化が起きるかもしれません。
10月半ばにあるはずの、首脳陣の大変化をもたらす党大会のスケジュールがいまだに発表されないのだそうです。
スペインと同じく、中国の政治的な大変動も上からの判断で起こるのかもしれません。
さて、次期指導者はいかなるものをもたらすのでしょうか。中国人民と、われわれ周辺国の国民に。
たいへん気になります。

by yanagidamitsuhiro | 2012-09-24 21:53
2012年 09月 23日

朝鮮ニンジン、ジンセンと改めたい

朝鮮人参は不老長寿とか強壮とかそういう効能があると昔からよく知られています。
しかしどう効能があるのか、専門家などに聞いても確たる返事はかえって来ません。
しかし、効能そのものを疑う人はいないわけで、なにもないといいきる人はいません。
ところが日本で売られているいろいろなサプリメントがありますが、それらについては、専門家に聞くとだいたい何人かにひとりはまったく効果がないなどと言い切るようなことがあります。評価はまさに個人的感想段階なわけです。

そういうわけで、朝鮮人参についての世界的評価はなかなかのものです。
きょうはそのことを吟味しようというわけではなくて、そもそも日本でこれを「にんじん」と呼ぶのはどうも具合が悪い、ということを述べたいのです。
普通はジンセンというのが日本以外の呼び方のはずです。英語でもGinsengとつづります。
これで世界じゅう通じるのに、日本ではにんじんというものだから、例のにんじんのようなものと勘違いされます。
わたくしたちが食べるオレンジ色のにんじんは,似てはいますがセリ科、朝鮮ジンセンはウコギ科ということです。英語でははっきりcarrotキャロットとginsengジンセンと分けています。
日本でもそうするほうが、これからのことを考えるといいに違いありません。
この薬用ジンセンを栽培しようという動きは世界中にあります。米国でもかなりの栽培が行われて、販売されています。時間が大変かかります。6年ものくらいのが目標らしいですが、4年ものでも販売されます。野生のものではうそかほんとうか百年ものとかいわれたりします。値段もすごい価がつくとか。
まあそういうわけで種まきから半年後にはたべてしまうニンジンとはぜひ分けて考えたいものです。
それで効能なのですが、サポニン配糖体という言葉がよく出てきますが、これ自体にすべての効能があるというよりむしろ色々な成分が溶け込み結合しているのでそれがいいのだ、という説をよく聞きます。
最近聞いたのでは、金属イオンが重要という話でした。詳細はいうな、といわれたので、書きません。
海外のひとたちと話が通じるためにも、日本でもジンセンという名前をぜひ定着したいものです。
米国産の朝鮮人参などといってて、ではこんがらがるばかりです。

なお、わたくしも一瓶、韓国の公式の公社である正官庄の粉末状の紅ジンセンなるものをどこかの飛行場で買って持っていますが、いまのところ飲んで効いたという感想はもてません。

by yanagidamitsuhiro | 2012-09-23 12:18
2012年 09月 22日

伊江島へ

きょうは伊江島の観光を思い立って出かけました。本部港からのフェリーは大きな船です。車は満杯で預けられませんでした。それで自転車で廻りました。ざっと4時間弱のりました。
天気が良すぎて,サイクリングにはちょっとつらい日でしたが、でも休日の過ごし方としてはかなり楽しいものでした。
観光的には割合価値があるのではないか、ただ何処がと聞かれても特別なスポットは無くて、島の中央の岩山である「城」を目印にまわるわけです。水仙がいちばん有名らしいです。ピーナッツ黒糖も美味しくて、探しましたがそれほどピーナッツ畑はあるのではなくてやっと一カ所見つけました。
ともあれ非常にのんびりゆったりしました。
またいってみたいです。こんどは泊まりたいです。

by yanagidamitsuhiro | 2012-09-22 20:02
2012年 09月 21日

気配を感じる

子供の頃に年取ったらつまり老齢になったら塚原朴伝にみたいになりたいと思ったことを突然おもいまだしました。
剣聖といわれたひとで、わたくしはたぶん小学校低学年の時によんだ本に影響を受けたのでしょう。漫画ではなく、たぶん講談あたりを元にした子供用の絵付きの読み物でしょう。つまり自転車でくる水飴も売るあの紙芝居で人気だった話を本にしたものなのでしょう。
どういうエピソードが気に入ったのか、ウィキペディアで探したらありました。

若い頃の宮本武蔵が老人となった塚原卜伝が庵でひとり食事の準備をしているときに背後から勝負を挑んで斬り込み、卜伝はとっさに囲炉裏にかかった鍋の木の蓋を盾にして武蔵の刀を受け止めたとする逸話でした。
なるほど背後からの必殺の剣をそんな薄い鍋の蓋で止めるのはすごい、こう思ったのでした。
剣聖があいてなので、こういう卑怯としかいえない方法での攻撃もゆるされたのでしょうか。

しかし、実際には武蔵が生まれるよりもずっと前に卜伝は死んでいるため、卜伝と武蔵が直接出会うことは有り得ないのだそうで、作り話なのだそうです。

激しい殺気を体の後ろに感じた,朴伝が裂帛の勢いでおろされた剣を止めるという話で、話の根幹は「気配」を感じる殺気を感じるところにあったのだと思います。
このような神業を持つ人間になりたい、まだ8才にもならない子供が憧れるような、時代だったのでしょう。
日本がまだまだ米国というか米軍の占領下にあった頃の話ですが、気配を感じる人間が,格として最高になるという基準があったのでしょう。
いまのわたくし、どのくらい無言のしかも背後の気配を感じられるのか、考えてみたいです。

by yanagidamitsuhiro | 2012-09-21 15:24