<   2012年 10月 ( 20 )   > この月の画像一覧


2012年 10月 22日

ブログ、ほぼ毎日から折々に

風邪で寝ていました。
何人かの人たちから大丈夫ですか、とメールを受け取りました。ご心配をかけていますが、いまは微熱にもどりあと2,3日で元に戻るでしょう。
ただこの間、ふとんの中でうつらうつらと考えていたのはこのブログのことでした。
実際に書いている時間は短いのですが、何を書くか考えるのに時間がかかることが多くなりました。
それであんがい負担になっています。
要するに楽しい話題を社会の中で探すのがむずかしくなっているような気がします。

それにいちばん書きたいことが書けないのです。残念ですが。

ネアカなわたくしとしては、こういう負担になってきたブログは忘れてしまいたい心境です。
それに、ながいこと締め切りも遅れたしまった原稿や(編集のかたたちに申し訳ない)、さらに来年にかけて絶対書かねばならぬ原稿などに関心を向けた方がいいと思うようになりました。

そんなわけで愛読してくれているみなさまには大変申し訳ないのですが、このブログのエントリーはきょうから、ほぼ毎日から、かなり頻度が落ちることをお詫びします。何日おきかはいまのところわかりません。
twitterのほうはスマホを使いこなせるといいのでしょうが、結局パソコンから入力することが多いので、あまりかわりばえしませんが、折々に使っていきたいと思います。

ただいまの世相ですが、中国政府や国民との関係は日増しに悪くなるのですが、そうなることを日本国民は「静かに」是認しているということですね。
そうなると、尖閣あたりで、極地紛争や極地戦争がおきてもしかたがない、とおもう日本国民はひましに増えてくるのでしょうね。経済封鎖や制裁が強化されればますますそうなるでしょう。
一年か2年前、だれがそこまでいってしまう国民感情を予想していたでしょう。
後年、誰がしかけて、誰が是認したのか「犯人」探しをしてもなかなか分からないでしょう。
中国側はごぞんじすべて日本が悪いと世界中にいいつのるでしょう。
いまの時点でいえば日本当局は国民の是認のもとに一歩一歩「極地戦争」に向かっているのでしょう。
はっと我にかえってこの動きを止めて欲しいのですが。しかし、ここまで中国政府が激しければしかたないか、とわたくし自身も思ってしまいます。
第二次世界大戦への日本の参戦も真珠湾攻撃にいたる道もこのような国民のひとつひとつの「是認」のステップがあったのでしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2012-10-22 15:29
2012年 10月 19日

稔り多い一日、懲戒免職の森口氏、幕前のできごと

研究報告会、2日目。無事終了。いろいろな発表があってたいへん稔り多い一日でした。
わたくしはどうも風邪気味で、のどが痛いのでしたが、なんとか切り抜けました。
ただ、東恩納でやったみなさんとの夜の会食はすこし早めに切り上げて家に戻りました。
世の中も変化するようにラボも変化します。

話題の森口氏は東大を懲戒免職になりました。やってないのに、やったという医療がたくさんあって、大学の名誉を大いに傷つけたということのようです。なるほど。
しかし研究者としては一定の成果があったればこそ研究費もたくさんもらい、特任教授(研究員)にもなっていたのでした。今回のできごとはなにがどうなったのか分かりませんが、氏の活動に内包されていた問題点や矛盾が一挙に吹き出してきたのでしょうか。
森口氏の指導教員かつ共同研究者の東京医科歯科の教授も当該大学から譴責かつ処分を受けるようです。
東大などの大学側の迅速な処分自体は分かりやすいですが、森口氏の研究者像自体はかならずしもはっきりせず、毀誉褒貶が現状では相半ばしているようです。
発表については研究者として勇み足と嘘があり、処分を受けても対抗はできないだろうとの話を聞きました。
これから延々長期に続くiPS細胞をもちいた医療行為の幕開けでなく、幕前のできごととして記憶されるのだと思います。

by yanagidamitsuhiro | 2012-10-19 22:29
2012年 10月 18日

カフェーAでの研究報告会、たいへん困った傾向

朝からさきほどまで研究室の報告会でした。
なかなか充実してよかったです。
真栄田岬のそばにあるカフェーAでやりました。平素とちがう環境で研究の話をする意義はそれなりにあるものです。明日もまたやります。こんどはキャンパスで。

血脈主義ということばがでてきました。
橋下市長が週刊朝日の連載記事について人の出自をあばきたてるのは民族浄化につながるおそろしい考えだといってます。
「ハシシタ 救世主か衆愚の王か橋下徹のDNAをさかのぼり本性をあぶり出す」というタイトルがもうおどろおどろしいのですが、家族の出自を調査して記事にするというものです
それについては、橋下氏は自分は父親をしらないし、一緒に生活したこともないので、なぜこのようなことを言われるのか分からない、と言っています。
氏の人生の過程は丸裸にされてもやむを得ないが、先祖を徹底的に調査して暴き出すのは一線を越えている。氏の子供、孫たちにも影響する」と指摘しています。「橋下氏はヒトラーだとか言われているが、それこそナチスの民族浄化主義につながるような非常に恐ろしい考え方だ」とも述べているようです。
この件、わたくしも心配しています。この刺激的で目立つ政治家を標的にした、激しすぎる記事がですぎています。主義主張で反対と言うよりはむしろ商売のネタとしてうまれてくる強烈な差別観の記事の出現は大変心配な流れです。
記事は読んでないし、読みたくもありません。
でも、出自がたとえば朝鮮人とか中国人とか台湾人のの血が入っているとか、そういうことを話題にするのは、結局いまでも克服できない同和問題にある人々のあいだの差別感を助長するものでありましょう。
「橋下徹のDNAをさかのぼり本性をあぶり出す」、という強烈な差別観としかいいようのない表現は許されるのでしょうか。
だいたい、そもそもDNAが人格とかを決めているとはいったいどこの誰が言っていることでしょう。そんなことをいう遺伝子差別主義者は社会のとくにマスコミでは絶対に活動してはいけないと思います。

by yanagidamitsuhiro | 2012-10-18 21:25
2012年 10月 17日

JPさんの来訪、台風21号

朝からここ一週間ずっとかかりっきりの仕事、でも素地がいいのでずんずん進んでいいところにたどり着きました。こういうときは瞬間的に楽しいです。絵で言えば下絵ができたところかな。

ゆうがたJPさんが来訪されました。長年のつきあいで、昔は感じなかったけれどもこの年になってだとこうやって会えば、戦友に会ったような気分。といっても戦争なんていったことはないのですが。彼は、ことしはプリンストンでの学会で lifetime achievementの記念講演をしたとのこと。目の前ではいわなかったけれども本当におめでとう。いまやっている共生の生物学のはなしのレクチャーを聞きました。
台風21号、とうとう近づきました。嵐です。あしたはラボのリトリートというか研究発表会をやる予定なので本当にできるのかどうか、心配です。
家に帰る前にメディアの方からの取材あり。この方の関心はわたくしの関心でもあるので、話はしやすかったです。

by yanagidamitsuhiro | 2012-10-17 22:20
2012年 10月 16日

実直に正直に謙虚にでもしっかりと着実に

たしかにこの森口氏の公表しているものは論文ではなく、意見みたいなものが多いのです。
ちょっと文献リストを見ると沢山あるようでしかもけっこう有名ジャーナルです。
でもよく見ると、要旨もついてないような短いコメントみたいなものが多い。
なんか上げ底のお菓子箱みたいな文献リストのようにも見えます。
でもこれで、ともあれ肩書きは東大(特任)教授だし、高額な研究費も文科省などからもらっていたことも記録にあります。
実体はどうあれ、書類上は東大を代表する医療系のiPS細胞研究者だった(ちょっと言い過ぎかな)ようでもあります。だから読売新聞がなんどもなんども記事を書いたのも分かるような気がします。
でもこうなってくると、また東大か、という気持になってしまいます。

どうもいかさまかもしれない研究者が全国的に増えてきて、どれが本当のいかさまか、どれがそう見えるだけで本当は真面目な研究者か区別がつかなくなってきている感があります。
やはり宣伝しないと研究費がもらえなくてまともな研究生活ができないと思う人達が増えているのでしょうか。背伸びのしすぎかな。
あの人研究のはなしおもしろいのだけれど、本当はどうなのですか?、と関係の人に聞くとすんなりいいですよ、という意見を聞けるケースが減っているのが心配です。

実直に正直に謙虚にでもしっかりと着実に研究をしているひとがちゃんと生きていけるといいのですが。

きょうはこれからサッカーブラジル戦がテレビであるのが分かったので、仕事を急きょやめて観戦することにしました。
フランス戦は見れませんでしたので。

by yanagidamitsuhiro | 2012-10-16 20:57
2012年 10月 15日

森口尚史 (ひさし) 氏の釈明

東大研究員というか特任教授の森口氏が米国でやったと主張するiPS細胞を使った患者を対象とした治療実験が大きな話題になっています。
この人はどういう人かというと、これが容易には分からないのですね。色んな職を動いています。
科学研究費の受領状況を知らせてくれるいちおう権威あるサイトで調べると現職は東大特任教授というのがでてきます。でも、新聞では研究員とありました。
これは不可解ではなく、わたくしも定年後は京大特任教授という称号は元いた大学内の所属からいただきましたが、でも大学本部では研究員の扱いのはずです。
財務省的ないいかたでは物件費から雇用されていた研究員でしかありませんでした。森口氏も同じようなものでしょう。つまり研究費払いの不安定な立場の研究員でしょう。
次ぎに分からないのは、誰がかれの研究活動をサポートしていたかです。みずからの独立して研究費で活動していた可能性もありますが、でも実績的にそれなりに日本で力のある研究者からのサポートがあったにようです。東京医科歯科大の先生が共著者である論文がかなりあるようです。
iPS細胞にそれなりにアクセスできる立場であったのでしょうか。米国での共同研究者はいたのでしょうが、名前を秘匿していたいのでしょうか。そういう約束の上での共同研究者であったのでしょうか。
それがどうも森口氏の釈明のポイントのようです。臨床に用いたというのはどう用いたかはわかりませんが、やったはずだと、そう言いたいのでしょう。
それじゃ、iPS細胞を日本から持参したのか。そこがこの大騒ぎの話のポイントなのだと思います。
森口氏はこれまで荒唐無稽な話をつぎつぎに発表していたというよりは、話題作りを狙った研究を繰り返していたように見えます。なんらかの実体があるように見えます。
ですから、森口氏は秘密の聴聞にはどこの誰とどのようなことをやったかはしゃべるのではないでしょうか。
すべて想像の範囲でしかありませんが、それくらい過熱した分野ですからなにがあっても驚きません。研究者の功名心もいくところまでいっているのでしょうか。
森口氏の真の意味での正直な陳述をもしも聞くことができるのなら、奇怪な話と言うよりはむしろなるほどね、納得と言うことになるのではないかとおもいます。
でも東大は、加藤研究室などの調査の様子結果をみればわかるとおり、調査するといってもあとはなしのつぶて、なにも聞こえてこない、ブラックボックス状態になります。
真相は明らかにされることはまずないのでしょう。
森口氏本人がたいへんにマスコミ好きなようなので、真相(の一部)はご本人がしゃべるのではないでしょうか。今の時点から、彼をあまり罪人扱いして欲しくないです。真相の究明のためにも。
とりあえず彼に自由にしゃべってもらってその話をききたいものです。

by yanagidamitsuhiro | 2012-10-15 22:38
2012年 10月 14日

喜屋武岬と具志川城趾

夜8時半頃に花火があがりました。どうも港のあたりであげているように見えました。わりあい盛大ですが、でも5分くらいで終わってしまいました。

けさは那覇のまちを長く散歩して,帰宅前に島南部の喜屋武岬と具志川城跡を見て帰りました。
天気は良かったですが、台風の影響もあり波激しかったです。
喜屋武岬、島の最南部ですが、昭和20年終戦の2か月前に、多くの人々が亡くなったところでよく知られています。「平和の塔」もありますが、それよりも海を眺めているだけでひしひしと感ずるものがありました。どんなにつらくおそろしい出来事が、この美しい海を望むところであったのか。
犠牲になった住民、軍人合わせて1万人。
塔の碑文には「善戦空しく玉砕した将兵や、戦闘に協力散華せる住民の遺烈を伝う」とありました。
具志川城趾では復旧工事をしていました。海はとても美しく,さえぎるもののない海だけの景色でした。
この静けさと簡素な人工物のみが続くかぎり、戦争と悠久の沖縄の歴史を考えるうえで沖縄本島の中で、将来もっとも優れた場所になりうるのではないか、と感じました。

by yanagidamitsuhiro | 2012-10-14 20:49
2012年 10月 13日

山田實展をみる、

たまに那覇の町にあそびに来るようにしています。
きょうは昼過ぎから来て、県立美術館を訪れました。
たまたまやっていた写真家の山田實展とてもよかった。高齢ですが、現在もアクティブに作品を生んでいるようです。
妻の父である義父と私の母のあいだの世代です。だからよく分かる部分があります。
徴兵され戦後シベリアで苛酷な抑留も経験し、帰国後はふるさとの沖縄の原風景が失われたにもかかわらず、それを追い求めるような作風でとても気持の残る写真が沢山ありました。
なかにしばらく作品から離れがたいものもありました。
大学もでたうえで那覇桜坂で写真屋を経営しつつの実作家でもあるので、性根がすわっていることは作風からもよく分かりました。
子供の作品がたくさんありました。背中におぶって子守をするこどもたち、1960年代から70年代まで沖縄では沢山いたようで、心に残りました。
本も2冊買ったのであとで楽しみながら読もうとおもいます。
ホテルに行くには早いので壺屋通りで時間つぶのショッピングしもしました。
明日は島の最南部に行こうと思っています。最近よく来ています。

by yanagidamitsuhiro | 2012-10-13 17:41
2012年 10月 12日

台風による植物の被害、沖縄人になる第一歩

沖縄での台風による塩害の被害、栽培している植物では深刻なようです。
キクとかピーマンは全滅状態がかなり拡がっているとのことです。
今回は雨がほとんど降らないので、海水が風で運ばれて、そのまま植物にかかりそれが乾燥して葉などが塩枯れをひきおこす。樹木ではなんとか命を永らえても、草のようなものは死滅してしまうわけです。
わたくしの住む家の樹木の葉も茶色になるか、黒色になるか、色が全部抜けてしまうこの三種類に分類されました。山はだいたい茶色に見えて、街路あたりも茶色と黒色の混合です。雑草もおおむね三種の色ですから、きつい眺めです。

またもう一つ台風が来るようです。いまフィリピン近傍で停滞しているとのこと。沖縄来訪は来週ですか。家の電話線はいま破断していますが、直す前に次が来るそういう状態です。
まあ最低限の生命線が確保されていればいいか、という心境になってきました。
沖縄人になる第一歩でしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2012-10-12 21:47
2012年 10月 11日

進歩の胎動

風がつよい。
オフィスの窓は塩が乾いてべったり。外もよく見えません。

朝からいろいろなアポイントもあり、夕方まで対応しているうちに一日がおわってしまいました。
でも、なにかの進歩の胎動をかんじる一日でした。

by yanagidamitsuhiro | 2012-10-11 22:10