生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2012年 12月 30日

そりゃ教育がよくないんじゃない?

今年最後のブログを書いておきます。

若い先生と話をすると大学院にきて博士をとろうとする若者が激減しているとしばしば聞きます。理由をきけばやる気がないのじゃないかという類の返事なのでわたくしには役に立ちません。要するに、大学院博士取得のコースは人生設計として危ない、という感覚が非常に強いのでしょう。
成功すれば素晴らしいだろうが,大半は成功しないのだから、こういう「賢い」判断なのでしょうか。それについてはわたくしは言葉がありません。

ただ、わたくしの場合では、大学院にいくかいかないかを最終的に決める頃の学生実習で、実験室であくせく働くのが非常に面白い,やみつきになる、こういう体験をしたのでした。
しかもそれを普通の学部の学生実習で体験したのでしたから、誠に幸運でした。
随分前のこのブログで一度書いたことがありますが、くり返しも悪くないでしょう。

学部4年生になって、実習はもうそろそろ大人扱いされてきて、かなり自主的に実験をさせてもらいました。記憶が正しければ(なにしろ50年近く前なので)、4月の最初の日に、先生が学生の人数分の試験管(8本)を持ってきて、ニコニコしながら説明を始めました。
これらはみな成分の違う粉末が入っているとのこと。一種でなく、二種入っています。中身は、全員違うのだから、自分でやらんと駄目なのね。
はい、この実習の目的は、これらの試験管内に入っているもの2種類を当てて下さい。自分の頭で考えて、実験をやって証明をして下さい。
そしてこれらの2種類の化合物を合成する反応を自分でやってみてください。
それじゃこれで、7月上旬まで自由にやっていいですから。
たしかそういう説明だったのだと思います。もしかしたら、4月でなく5月に始まったかもしれません。
でも、この大人扱いの実習に、わたくしはすごく活性化したのを憶えています。
全員、なけなしの化学、有機化学の知識を総動員として始めました。まず結晶を目を皿のように見つめたり、拡大鏡の下で眺めて色から、大きさから見て、学生実習質の薬瓶の中にある結晶と似てないか、とか見たものです。ふたつの成分を分けなければいけないので、溶解度などを水や有機溶剤に溶かして見たものです。
中には結晶のかたちが歴然と違うのもあって、ピンセットで一つ一つ分けるという剛の者もいました。
担当の先生は、当時の江上研で助手をしておられた景山真先生か小山次郎先生のどちらかだと思うのですが、どうもはっきりしません。おふたりとも後に北大に行かれたのでは?
先生の説明では、とんでもない難しい化合物は入ってないし、1ステップか2ステップ程度の合成反応が実習室でできるような常識的な化合物のものです、という説明がありました。
正直、この実習期間中に学んだ、自主的に学んだ有機化学の知識はそれまでの勉強で得た知識の数十倍はあったかもしれません。そしてその後のわたくしのなけなしの化学の知識の土台を作りました。
融点なるものを知って、成分を分離したあとは、それぞれ融点計で測ってそれを頼りにすくなくとも数十の候補化合物を分厚い文献で知りました。なかには融点のないものありましたが。
そのあとは、図書館にいって長いこと論文を探したり読んだりしたものでした。そしてできそうな実験を一生懸命やったものでした。すべてが手探りで。仲間との相談も多かったでした。クロマトグラフィーなどもその時やったのだと思います。
細かい経緯は忘れましたが、わたくしの答えは安息香酸とグルコサミンでした。分かったときは、ほんとう嬉しかったものでした。
正解に近づくと証明する実験は容易に思いつくものでした。紫外吸収スペクトルやアミノ基の反応とか、ペーパークロマトグラフィーなどもその時にやったのではないかと思います。また仲間の化合物についていろいろ議論したものでした。
2か月か3か月か期間は正確には記憶していませんが、この実習の終わりの頃に私は、実習室での毎日の実験にやみつきになっていました。
そして楽天気質のわたくしはこういう推理的な総合的な推理的な実験には自分は非常に向いていると信じたものでした。直感的に天職に近いものを感じました。
安息香酸はたしか合成できたような記憶がありますが、グルコサミンを合成するのは難しかったできなかったような記憶がのこっています。酵素反応をとりあえずためすようなことはしなかったでしょう。
いずれにせよ、もう半世紀も前のことですが、たしか理学部3号館の1階で実験をしていたはずです。
その実験室の場所と図書館で、わたくしはこの極めてすぐれた教育によって、研究者のタマゴとして目覚めたというかこの世に存在できたのだと思います。

だから、博士課程に学生が来ないと聞いても、心の中ではいつもそりゃたぶん教育がよくないんじやない、と思っているのです。

by yanagidamitsuhiro | 2012-12-30 15:58
2012年 12月 24日

憂さははらさないで、キープして

日本人は学術研究に非常に向いている、これがわたくしが長年の研究経験のあとでの結論です。
日本文化は日本人が学術研究をスタートするのに最適な環境を作ってくれてるのです。
多くの日本人は学術をひたむきにおこなう。
このひたむきさは日本人にとってなんの苦労もなくできるのですが、他国人はそうでもない。
だから多くの日本人は自分の特徴的な能力にあまり気がつかない。しかしそれは欠点ではありません。

しかし、ひたむきさだけでは研究の世界で成功するわけではありません。
成功するためには、あとふたつくらいプラスアルファが要るのでしょう。
このプラスアルファを何にするかは、自分で決めて付加していけばいいのです。

さらにそのうえで、職業人として安定して学術活動を続けるためには,学術で生計をたてられる職にありつかないといけません。ひたむきさだけでは、ことは解決しません。

学術活動における、個人個人の能力と評価といういちばん若者にわかりにくい、ポイントが前面に出てくるわけです。ここで多くの若者は壁にぶつかります。
そういうとき、どうするか。
憂さをはらしたくなります。理解出来ることです。
自分の気持ちが発散できる仲間と一緒になって憂さをはらしたい。当然な欲求にみえます。
でも憂さは晴らさない方が案外いいものです。
憂さをキープしてため込むことができませんか。
ため込むものが大きくなればなるほど、あなたの未来が大きくなると、予感したことはありませんか。大きな憂さのあとには大きな新しいものが見えてくるものです。そうやって先人は大きくなってきたのです。
こまめに憂さを晴らす、特にアルコールで憂さを忘れてしまっては、あなたの未来はあかるくない、とおもうべきです。

by yanagidamitsuhiro | 2012-12-24 14:17
2012年 12月 16日

選挙の日、雑感

国政選挙というと思いだすのは、もう50年近く前の1960年安保後の総選挙です。池田勇人内閣が成立したときの選挙でした。最悪の保守反動の政治家というレッテルを貼ったマスコミや左翼系の意見もつよく大学生のあいだでも、不安の的でした。とくに安保の巨大エネルギーが消えた後で、日本の将来に大きな不安を持つ国民が多かったはずでした。
池田氏は貧乏人は麦を食えというセリフで悪名が轟いていました。しかし、実際の発言は割合穏和なもので、所得が少ないのだからしかたないので貧乏な人は麦の割合を多く食べていただかざるをえない、言うものでした。また「中小企業の一部倒産もやむを得ない」とかいってこれも大問題になったものでした。でも大企業の倒産は影響が大きいが、中小なら一部倒産はやむをえない、ごく正直な発言に違いありません。
しかし、池田内閣は所得倍増をスローガンにして,実際に目標を達成したのです。、
政治運営はは寛容と忍耐をモットーにして、かなり融和的な政治を行ったように記憶しています。
特に東京オリンピックもあり高度成長経済は日本の60年代前半に奇跡の発展をもたらしたとよく言われました。日本人が心地よく思い出せる期間となりました。
ガラガラ声で、後に咽頭癌になられ政権を中途で辞めざるをえませんでした。
大蔵省の官僚出身とはいえ、京大卒で野党的な人柄もあり、さらに若いときの大きな病気の経験もあり、決してエリートという印象はなく、日本的な意味でのよきボス、奥行きのある人物であったことは間違いありません。
今回の選挙、結果どうなるのかは分かりませんが、やはり経済を第一と考える国民の強い願望があり、そして政治のほうも対立助長より寛容と忍耐はまちがいなく良い政策となるでしょう。
元気のでる日本になれる下地をつくれる内閣があらわれて欲しいものです。
池田勇人氏のことを書いてみたのも、やはり経済運営の成功がいちばん大切なのかな、と確認したくてです。

by yanagidamitsuhiro | 2012-12-16 12:30
2012年 12月 15日

若者に将来性のある研究

わたくしがいま若い研究者に将来性のあるテーマはと聞かれたら、政府のサポートのないような研究かな、というでしょう。
それじゃ、研究できないじゃない、といわれそうです。まったくその通りです。
でも日本のどこか、世界のどこかでそのテーマを将来推進するに必要な準備として役立つ研究をしているはずですから、そこへいって準備したらいいでしょう。
本当にやりたい研究は自前の研究室を持ってから初めても遅くないでしょう。
たぶん、こんな忠告に耳を傾ける若い研究者は非常に少ないでしょうが。

ただ、もうすこしプラクティカルにいえば、その準備のための研究に対していまは政府の強いサポートがあるのなら、そこで時間をすごして、成果もあげればいいじゃない。ミイラ取りがミイラにならなければ,わかものにとって、悪くない時の過ごし方のはずです。

by yanagidamitsuhiro | 2012-12-15 12:05
2012年 12月 12日

3つの予想外のできごと

朝S君と研究上の議論をしていたら、彼の携帯電話がもぞもぞ振動をはじめて、彼が先生北朝鮮が、と言い出しました。メールを見ると、金武町役場が北朝鮮ミサイルが沖縄上空を既に通過した模様というものでした。あっけにとられました。報道や解説の予測とはぜんぜん違う展開になっています。夜になってニュースを見ても、北朝鮮は人工衛星が軌道に乗ったといっていますが、日本では事実上のミサイルの発射という報道です。いずれにせよ、北朝鮮の行動を予測出来なかったことは間違いない。
北朝鮮の技術向上は著しいようです。
15才の少女を殺害したとして、無期懲役の一審刑を受けた被告が高裁で無罪になったという報道。これもまったくの予想外の結果。釈放された被告はニコニコ顔でしたが、被害者家族も、世間も報道もあっけにとられた結果でした。まちがいなく犯人だという報道があまりにも圧倒的でしたし。
三番目の予想外のできごとは、尼崎事件の首謀者といわれる女性が警察の留置所で自殺という報道。驚きです。留置所にいたというのもなんだか。この9人だか死んだと言われる,事件これでどうなるのでしょう。
いまの日本、報道では世の中で起きた結果はかろうじて理解できるが、これから何が起きるかの予想はほとんどできない、という例証的なできごとでした。

by yanagidamitsuhiro | 2012-12-12 21:41
2012年 12月 08日

皆川先生の死去、戦艦大和の最期

京大の阿形さんから、皆川貞一先生がお亡くなりになったという連絡を受けました。
12月1日に逝去されたとのことです。寂しいです。百万遍のバス停で奥さまともどもばったり会ってあのとき挨拶だけでなくもっともっと話しておけばよかったと後悔しきりです。
88才、先生は米寿の年に亡くなったのでした。
わたくしが京大で働き始めて最初の10年いろんな先生のお世話になりましたが、いちばん世話になったのは皆川先生にちがいありません。わたくしはよくいって荒削り、悪くいうとあちこち抜けて、かつ人間性の欠点がもろに表に出てました(いまもかな)。皆川先生、わたくしのことをあずまえびすだからしょうがないとからかいつつ、でも背後でいろいろ気がつかないように助けてくれていたのでした。皆川先生の助けがなかったらたぶん挫折していたような気もします。それなのに、なにもおかえしもできないうちに年月が経ってしまいました。慚愧に堪えません。皆川先生とうまがあったのはもちろんおなじようなファージの生物学などをやっていたこともありますが、世の中をまっすぐ見ないで,斜めにしか見れない共通点があったからでしょうか。

きょう夜になって、NHKの戦艦大和で生き残った兵士たちのドキュメントを見ました。
若くても85才、多くは90才のかつての兵士たち、その破天荒なまでの活力と元気のよさに驚きました。80才までは戦争時代のことをほとんどいわなかった、その同一人物がなんと饒舌なこと。率直なこと。生きているというよりは、戦艦大和の最期をかたるべく生かされているのかもしれません。生きているあいだじゅう、経験者目撃者として証言したいのでしょう。
特に心をうったのは、帰還した故郷は決して住みやすくなかったという、事実でした。
帰還した兵士は英雄でなく、歓迎されないのでした。生きていた兵隊にはたいへんに窮屈な時代が非常にながく続いたようです。
もうひとつよくわかったことは、大和は戦艦同志の戦闘のためにつくられたのであって、戦闘機の攻撃には無力だったという聞いていたことが証言を聞いてよく分かりました。
あの戦争は決して愚かなものではなかった、ひとことでそう言えるものではない、という元兵士のことばも100の理屈よりは戦争の不条理さを証言し、生きていました。

by yanagidamitsuhiro | 2012-12-08 21:56
2012年 12月 04日

選挙予想について

実験科学を行ってきた人間の考えのパターンは、これからやる実験の結果をだいたい、うまくいっていちばんおもしろい結果の場合と、最悪の場合を考えて、おこりそうな結果を数種組み合わせてかんがえておきます。悲観と楽観というコントラストで考えるのでなく、だいたいの実験結果はめったに面白いことはない、という経験にもとずきます。ただ、将来性のある結果にはセンシティブに反応しますが。

そういう人間の今回の選挙の予想です。
考えた結果だけで書きます。途中の考え経過は抜きで。
自民党が第一党になる。安倍政権ができるという予想がたぶんあたる。
ただ、政権は公明党と2党では無理だろう。もう一党が必要。
ただここまでは誰もが考えるとおりです。
わたくしは安倍政権でいまの民意を反映するのだと思います。自民が駄目になり、民主も駄目になり、中途半端で辞めた安倍氏にもう一度続きをやらせてみてみる、それほど悪い考えとはおもいません。安倍氏ももう一度首相をやってみてもしも惨憺たる結果になぜかなってしまったらいさぎよく辞めるでしょう。もしも、うまくいけば国民も安倍氏も喜ぶでしょう。
それで、どこと政権を作るか。これが悩ましいというか、ポテンシャルとして国家大厄になる可能性もある。そのことは論じないで可能性だけ書けば、維新か民主のどちらかでしょう。
自公民か自公維新の連立政権になる。
自公維新の場合はややこしくて、石原氏が維新から首相を出せなければ連立を組まないという可能性がある。それでしかたなく、自公民連立政権になる。
この可能性は、日本の政治がデッドロックに乗り上げるかもしれないので、やって欲しくないが、でも増税法案はこの三党で決めたので、政治家的には、かなりなりやすい。
こんな簡単な予想です。
みんな党が連立に入る可能性はないと思います、江田氏も渡辺氏もまだそれなりに若いので、もうすこしながれを見るでしょう。維新党も首相をとれるという可能性以外は常識的に連立に入らない。常識的には。

未来党はあまり議員をとれないが、でも壊滅的ではない。嘉田知事の女性らしさの政治主張が段々浸透して最後は持ち直すのではないでしょうか。この政党は来年の選挙や、もっと先の,次の衆議院選挙を目指して努力するのがまっとうな流れでしょう。

さてわたくしはどうするかですが、期日前投票をしたいと思っています。
沖縄のことは沖縄の外ではまったく議論されない選挙になりそうです。
中国との関係も対立的な案のどちらかをとるというのでもなく流れに身をゆだねるかのような不安な選挙です。TPPも賛成か反対かという表面だけの突っ張りあいです。外から見れば、えらく内向きの選挙なのでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2012-12-04 22:55