生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

mitsuhiro.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2013年 01月 ( 6 )   > この月の画像一覧


2013年 01月 27日

日本人と英語、自分の場合

きのうの朝、寒かった。名護6度、恩納村6度とありました。外に出ると、身を切るような冷たさの風も吹いていました。たぶん一番の寒さだったのでしょう。本土のほうもそうだったらしい。

日本の教育はいい面とあまりかんばしくない面と両方あることは日本人なら誰でも知っているでしょう。英語教育がその最たるものでしょう。最近は若年に英語教育は向かっているようです。でも、たぶん同じ結果になるのではないでしょうか。つまり中途半端で、使えないのが大半。やはり聞くのがわかってしゃべる、そのためにひとりひとりが意見をはっきりいわないと。この問題が解決しないと。それに英語を使ってお金を稼ぐ人たちが社会の中で増えないと。でもそういう英語を使わないと生きていけない人が増える日本の社会がいまの日本よりよくなるという保証がないのですね。
自分の意見をはっきり言うのが好きな人たちは必然的に外国語でもしゃべりたいと、思うようになるはずですが。でも日本の社会ははっきり言わないのが、美徳なので、これが外国語教育への逆風になるし、またいまの日本の諸問題と密接に結びつくのですね。
日本全国でどこの地方が英語をどんどんしゃべれるようになるか、そのあたりのコンテストをやったら面白い。ヨーロッパでは、歴然としてフランス人が下手で、オランダ人などが上位です。
これは国の問題でなく、スイスでもフランス語圏のほうがドイツ語圏より英語は下手ですから、言語にも関わるのでしょう。
だいたい英語はヘンな言語でいろんな言語の混ざりにかんじます。
わたくしは職業的な仕事は成果を英語で書かないといけないのですが、それ以外の発信は日本語で充分とおもうようになってしまったのはなにか理由があるはずですが、よく分かりません。
ある年齢までは、英語のエッセーなど書いていたのですが。
力不足を無意識的にも強く感じているのかもしれません。

by yanagidamitsuhiro | 2013-01-27 09:17
2013年 01月 19日

日本は自由の国なのだから,鳩山元首相と川内選手

わたくし高校生か大学入りたての頃には週一回くらい映画をみたものでした。当時はよく米国映画も見たものです。強く記憶に残るのは、米国は自由の国と米国人が誇らしそうに言うことでした。そういう例では、非戦のクエーカー教徒の存在が記憶に残ります。男性俳優ではモンゴメリー・クリフトとかジェームズ・スチュアートが意志強く頑固に異端者の役割を演じる時の顔の表情を想いだします。たぶんいまはむかしものがたりかもしれませんが。でも、そのような自由の意識は脈々といまもあの国にはあるはずです。

そういう前振りで、鳩山元首相の中国での発言と歓迎のされかたについて、述べるとすれば日本は自由の国なのだから、と思います。氏が責任をもってやってることですから、反対するのも自由だし、国賊と呼ぶのも自由ですが、かれがこの時期南京にいって虐殺博物館で献花をして中国人が喜ぶ発言をしても日本では、帰国後に逮捕も身柄拘束されないのは、それなりに日本の国柄が外国に伝わっていいのだと思います。鳩山氏の信念の発露はいまは国賊に一部の人たちに見えても、中国とのあいだに平和を希求する日本国民には、後に大きな救国的行為でもあったと気がつくことになるかもしれません。日本人は少数派が自由に行動して発言する国柄であるそういうことをしても身の危険がない、ことに誇りを持つべきなのでしょう。

それに続く、話題はあの市民ランナー川内さん、川内くんとよびたいですが、素晴らしいわが国の人材ではないですか。エジプトででのマラソンに見事優勝しました。タイムもすごい良かったのではないですか。
おまけにパスポートを忘れてせっかくの招待フライト便を逃して、自腹80万円をきってエジプトまで言って、一日だか二日後には優勝という素晴らしいニュースを日本にもたらしました。組織に属さないきわめて強い個人のランナーだということがまたまた実証されました。こういうずっこけた強さはほんとにいいものです。冗談でなく。
自由の国の日本だから生まれた,われわれが心から誇りに思える市民ランナーです。つまりスポーツ大組織と無縁なのですね。たしか月給は埼玉県庁のお役人としてもらってるのですね。
この人のランナーぶりはホントに見事で、おおきな大会参加を練習の一部に入れているのではないか,と思わせるくらい気軽に大会に国際のも含めて。
まだ若いがわたくしは今回のパスポートを忘れて自腹を切っていったことも含めて「スポーツ大人物」の称号をさし上げたいし、彼のようなランナーがでてきたいまの日本の市民スポーツ状況をこころより誇りに思いたいです。
川内くんの人物がけた外れに大きいことははっきりしたので、記録のほうでも歴史に残る大選手になってほしいとおもってしまいます。

by yanagidamitsuhiro | 2013-01-19 11:42
2013年 01月 12日

勇気ある発言、桑田真澄さん

ネットで読みました。以下、桑田さんの発言です。
桑田真澄さん:体罰に“反論”殴られ愛情感じたこと一度もない
2013年01月12日
 ◇「体罰」について
 小学生の時、グラウンドで監督やコーチから殴られない日はなかった。
 殴られて愛情を感じたことは一度もない。「なぜだろう」「おかしい」と思ってきた。体罰が嫌でグラウンドに行きたくなかった。体罰で力のある選手が野球嫌いになり、やめるのを見てきた。子供は仕返しをしない、絶対服従だと思っているから体罰をする。一番ひきょうなやり方で、スポーツをする資格はないと思う。
 体罰をする指導者はたくさんいる。そうした人たちのほとんどが情熱家だが、熱意が空回りしてしまっている。殴って何が解決するのか。体罰を受けた子供は「殴られないためにどうしたらよいか」と、その場しのぎのことを考えるだけだ。これではうまくならないし、自立心がなくなってしまう。
 体罰が減らないのは勝利至上主義があるためだ。ただ、スポーツには体力と技術力と精神力が必要なのであって、根性では勝てない。
 指導者は子供たちがなぜうまくいかないのか、ともに悩んでほしい。うまくいくためのヒントを与えるのが指導者だ。
 今回の体罰事件を機に、スポーツ界は変わっていくべきだ。
 (元プロ野球巨人投手)(スポニチ)

桑田さん、最近の番組で清原選手との対決とか言うのを見ました。清原を中心に据えた番組作りで、清原のお子さんにホームランを打つところを見せたい、という感動を売りたがるレベルの低い番組でした。でも番組にでてくる桑田選手の姿と発言を聞いて、非常に感心しました。厳しくて、でもやさしい。桑田の顔の表情がとてもよかった。

今回の発言はスポーツ界広しといえど、たぶん桑田選手だけが言えるのでしょう。
暴力や体罰を自分ではやらなくても周囲でやるのを見て見ぬふりをしてきた人が大半なのでしょう。
ですから、桑田選手はすごい勇気がある。
その勇気はかつて体罰をうけて野球をやめた少年たちのことを思い起こせるので勇気がでるのでしょう。卑怯な指導者が消えて欲しいのでしょう。
かれのスポーツ界への提言は本当にすばらしい。

わたくしは毎日出てくるこの大阪市立桜宮高校の顧問(教員)の犯罪的暴力の記事を読むのが非常につらいです。
立派な人物とかいう意見を聞くと、この純真な少年の心をもてあそび暴力で死にまで追い詰めた人物の大罪を認めない(一部)社会の風潮を嘆かわしく思います。

by yanagidamitsuhiro | 2013-01-12 10:58
2013年 01月 10日

話題の乏しさ、猫に記憶媒体

なるべく社会的なできごとで面白そう、楽しそう、愉快そうな話題を探しているのですが、新春さっぱりありません。これはいけません。どうしてそんな日本なのか。今朝のニュースでも前向きなお話しは、10代の怪物ボクサー期待の新星のようですが、パンチが強すぎて、自分の骨も傷つけてしまうとか。うーん、これは楽しくも愉快にもなかなかなれません。

ちょっと目を引いたのが、猫の首輪に記憶媒体があったという出来事、猫の写真と首輪と記憶媒体。これは相当目を引きます。写真の猫はちょっと汚れていますが、みため可愛い方で野良猫らしいのですが、なぜか人なつこいのか、例の「パソコン遠隔操作による犯罪予告事件」の関係者と思われる人物がこの首輪に媒体をいれ、それにいろいろな情報を入れて、警察を翻弄というかからかっているらしいのです。
どうも手が込んでいて分からないのですが、警察幹部は警察に恨みがあるにちがいない、と感じているようです。
そもそも警察は大失態の逮捕をくり返し、いまだにまったく手がかりがないのです。そのうえ、野良猫風情にここまで翻弄されて、そもそもこれは真犯人とはなんの関係もない、人物の愉快犯行ではないか、とも思われています。そうなら情けない。
でも犯人に近くないと知り得ないソフトの内容が書いてあるとか。しかも警察庁長官の名前を暗号的にちりばめた文章があるとか、警察関係者のあぶらあせがにじんだ苦痛の表情も思い浮かびます。
さて、この犯人を捕らえられなければ、警察の失態は続くわけなので、逮捕を急がなければいけないのでしょうが、監視カメラに複数の小肥りの青年が写っているらしいのです。これが今のところ、最大の情報とか。
ですから、そういう青年は公園の猫には近づかない方がしばらくは疑われないで、いいのかもしれません。
なんだか個人犯と組織犯と半々くらいの可能性を感じます。

けっきょく、楽しくも愉快でもなく、また面白くもない話題ですみません。

by yanagidamitsuhiro | 2013-01-10 08:40
2013年 01月 06日

新年の気分

2013年、新しい年がはじまりました。
ここ何年か、いろいろなことを感じます。その中でいちばん強く感じるのは世の中が後ろ向きに動いているという感覚です。とくに、正義とか権利とかもっとおおらかに声をだして発言するのが社会の相当部分で当たり前だったのが、だんだん用心しないといけない雰囲気が高くなってきたような気がしています。杞憂だといいのですが。もっと深刻な生存をおびやかすようなことが多くなったのかもしれません。生存権のほうがあやしくなれば、思想的なことを言っている余裕がなくなる、つまり衣食足って礼節をしる状況にない人々が多くなっているのかもしれません。いまの日本、現状ではまだ足りていても将来の不安がすごいのかもしれません。

暗い話題からスタートしてしまいましたが、明るい話題をなるべく見つけていきたいと思っています。
わたくしは、20代とか10代に天才的な人々が出てきている感じをもっています。フィギュアスケート選手とかスキーのジャンプとか自動車レースとか、10代の男女があっさり世界最高とか一位とか達成したと聞くと、日本のあちこちに非常に力強い選手が出てきているんだなあ、と思っています。
わたくしなど、学問を初めてもう50年もやって達成感などはわずかですが、でもそのうち20代でとんでもない生命科学の発見をするような青年がでてくるのではないかなどと、夢想してしまいます。一挙にたくさんのバリアーを乗り越えてしまうという感じです。だんだんではなくて、一挙に高く飛んで遠い到達店に立ってしまう、というイメージですね。10代の選手が世界最高点をたたき出したなんて言うのを聞くと、可能じゃないかと思うのです。

いっぽうでそんなに明るくない話題、でも考えておきたいのは、日本の囲碁です。若い井山名人が大活躍です。名人には20才で到達しました。たしか五冠とか。素晴らしいのですが、韓国、中国の名人たちに2年連続で負けています。本人はたぶん非常に意識しているようなので、今後の結果を期待したいのです。
ただ、井山選手には、なにか競争というか闘いに挑むところで日の丸を背負うのをやめてもらった方がうまくいくのでは、と思っています。
囲碁は所詮個人技なので、あくまで個人技と徹底してもらった方がいいですね。
その点、研究も同じようなもので、国籍を忘れることはできなくても、でもやはり個人技で研究をしないと。
日の丸の旗を背負った研究をわたくしはしたことがないのでわかりませんが、でもそういうものを、背負わない科学研究を志向して今日まで来た以上これからもそうしていきたい。
そして願わくは日本の社会から、彗星のように躍り出てきた、20代の若者の才能と大発見に心を踊らせたい、そんな風に新年の気持をまとめて見ました。

by yanagidamitsuhiro | 2013-01-06 16:14
2013年 01月 02日

今年はヘビ年なのでしばらくヘビの人形をロゴに

c0075365_62776.jpg


ことしの年賀状の絵を掲げておきます。
妻が描いたものです。
毎年の年賀状は妻が描いたもです。
今年のは滋賀県の県展の入選作です。実際にはかなり大きな50号くらい日本画です。

遅ればせながら、開けましておめでとうございます。

by yanagidamitsuhiro | 2013-01-02 06:29