<   2013年 02月 ( 5 )   > この月の画像一覧


2013年 02月 22日

三日やったらやめられない

三日やったらやめられない、という言葉がありますね。
グルーグルに出てくる、例文は「医者と乞食は三日やったらやめられない」でした。もう一つピンときません。
医者と坊主,というのもあるとのことです。
乞食と役者は3日やったらやめられない、というのもあるようです。
何も働かなくても,生きていけるので乞食なのだとのこと。ほんとかな。
医者はすごい儲かるからだそうです。若い頃はそうでもないが、年取ればかなりそうでしょう。

わたくしが初めて聞いたのは、大学の研究室に入って、学者と乞食は三日やったらやめられない、というセリフでした。当時、大学院生の最後の年か、助手に成り立ての先輩の言葉でした。逆説に違いないとも思えました。

でも、なんか妙に納得したような記憶があります。見た目に相当苦しそう、つらそうだけれども、職業秘密的に実は始めたら辞められないなにかの安楽さとか良さというか醍醐味があるのではないか、こう思えました。もちろん食べ物を乞うような生活はしたことはないのですが。

それで30代のころは本当にそうだな、と思えた時期があります。成功した頃ですが。
20代の迷いのある頃は、一生楽しめるなど夢にも思えませんでした。
でも役にもたたないことに耽溺できる、この無用の用の学問生活にひたっていました。
辞めることが考えられなくなったのは、28才以降でしょう。
それ以前はおりおりに深く迷ったものでした。こんな生活でまともな家庭など将来持てるのか、持てそうにもありませんでしたから。
40代のころに三日でやめられない、という意味がどこか分かってきました。
つまり学者は口舌の徒になることを自戒せよという意味だな、やめられないというのは、そういう口舌の徒であることに満足すること、その魔力への警告なのだ、と。

最近は、若い人たちがさっぱり研究の世界に入らないと誰もがいいます。リスクの高い職業を目指すのは危ないという、健全な常識が勝っているのでしょうか。
実際にはそれほどリスクの高いのかどうか分かりません。むしろ博士の学位をとるところがリスクなのかもしれません。
大学院生は三日やったらやめられない、というセリフはかつて聞いたことがありません。
でも実際には後で考えると、人生で一番楽しかったのは,あの時期だったな、とわたくしは思ったりしてしまうのです。苦しいが楽しい、未知への夢が大きかったのでやっていけらのでしょう。でも自分は、無知で愚かだったな、と思えるのです。いまの賢明さがあればとも思えます。でも、無知と愚かさがあったからこそ、夢を追えたのだとも思えます。

by yanagidamitsuhiro | 2013-02-22 17:18
2013年 02月 16日

わからない、と言えること

大津のほうでは雪だそうです。
こちらは天気は青空と雲が半々で日光もあり悪くないですが、でも風はかなり冷たい。
ただ歩き出して30分もたつとすこし汗ばみ快適となり,沖縄の一年でいちばん屋外の運動に適したシーズンとも言えます。

さて、最近ある大学院生(沖縄の学生ではない)とつきあっているうちに、ひどく簡単なことですが、学んだことがあります。これだけ長い年数、大学院生とつきあってこんな簡単なことを学ぶとは、とわれながら驚いています。

どういうことかというと、なにかについて、分かりませんと言える、のは案外高級な知的発言なのだということなのです。あったりまえでしょうと、思いますか?
わからないと言うよりは、こうでしょう、ああでしょう、と断定的にものを言うほうが頭が動いているように見えます。
でも何かを発言しているのは、いろいろ考えたうえでの結論を言っているのか、それともその言ってることひとつしか思いつかないのかもしれません。そのひとつしか思いつかないことを断定的に言ってるだけなら、複数のことを考えてどちらかとも決めかねて、分かりませんというよりはずっとプリミティブな発言になってしまいます。
つまり発言について、
A, その発言以外のことは思いつかない
B. 複数の可能性があることを考慮して、断定は無理なので、わからないという。
C. 複数の可能性を調査、探求して,そのうえで「ほぼ断定的に」発言する。

わたくしは、大学院生の年齢まで知的活動をやって来て人生経験もそこそこなら、Aというケースは最初から除外していましたが、どうもそうではない。自信ありげに発言していても、じつはいろいろな可能性を考慮したうえでの発言ではまったくないことが、わかって非常に愕然としています。
そうか、そうだったのか、それで色々なことが理解できました。
Aのひとは周囲で日本社会では案外嫌がられますが、米欧社会では結構いけてしまう人たちもいます。わたくしが折々にアルジェブラボーイと一括して呼んでいる連中なのですが。そういえば日本社会でも偏差値のきわめてたかい中年層を先頭に増えて来ているのかもしれません。

ところがさらに考えているうちに、このAでもまだ高級で、実はゼロとでも呼ぶレベルの、ほとんどなにも発言しない人々が増えているのではないかと思いだしてきました。
つまりAというのは本当は水準が高いので、社会では責任がある地位につきがちとなる。なぜなら、ゼロレベルが多数になってしまうからです。
実はゼロレベルのひとたちも、わからないと言います。ですから、ゼロレベルもBレベルもちょっとみには区別がつかない、のです。
Cレベルも、詳しく話を聞かないと、Aレベルと区別がつかないのです。

そういうわけで、なにごとも詳しく相手の話を聞かないと本当はどういうレベルの意見なのか分かりにくいのです。

by yanagidamitsuhiro | 2013-02-16 10:17
2013年 02月 09日

歴史における偶発時

ロックオンという言葉を知りませんでした。ミサイルを発射する前に当てようとする目標物に照準を合わせることらしいです。ひとたびあわせればミサイルは自分であいてを探して飛んで行くらしい。大変危ないことは間違いない。
中国艦船が日本の船などをロックオンした、これは戦闘直前の行為で大変危険やめてほしい、という日本政府の警告と要求に対して、きょうは中国政府がそれは日本政府のまったくのでたらめ捏造であって、そういう危険なロックオンなどはまったくしていないという100%否定の返事が出てきました。日本政府が嘘をいってるのでないでしょうから、これで言い合いが続くはずです。
これで日中またまた悪い方向に向かう可能性が大ですが、でも日本政府は極力冷静に冷静にといっていますので、偶発的な戦闘は起こらないだろうと思います。しかし、中国軍はちょっとおとなしくなってもすぐパワーアップしてまたやってくるでしょう。

わたくしもこの10年くらいで中国にも研究者の知己ができてまた実際に旅行したりして、遠い国ではなく近い国でそれなりの親近感もあります。ラボにも中国人研究者はいますが、別になにも対立も緊張もありません。あたりまえです。
多くの中国人も真相は分からないが、困ったことだ、いいかげん静かにならないものだろうか、と思う人達は多いはずです。日本問題よりも国内の公害や経済格差などに関心をはらう人も多いでしょう。しかし、抗日が国家開始というか存立のスローガンだったことは事実なので、いざとなるとこの部分だけで他のすべてが消えてしまうような国情の国でもあります。

日本人はいま大変いい学習と経験をしているわけですが、これが最終的にいい勉強で終わるのか、ひどい経験となり、日中不仲が何十年も続く原因となるような偶発的な出来事だけは起きて欲しくないと率直におもいます。
どんな偶発事が危ないのか、だれもが想像するようなことがありますが、でもひとりでもクレージーな現場トップがいれば、なんでも起こりうるということは忘れてはならないでしょう。真実は細部に宿るという言葉がありますが、毎日毎日神経をすり減らして、危ない接触をくり返している日中の軍事関係者が現場でどういう気持でいるのか、そのあたりの実情を知りたいものです。
写真などをみると日中艦船はきわめて近い場所でお互いが多数船橋にでて見合っているような状況のようです。
彼等がどちらかといえば、憎しみでなく同業者的な親しみを根底に持って互いを見るような感覚ならばいいのですが。

by yanagidamitsuhiro | 2013-02-09 11:48
2013年 02月 04日

市民ランナー川内優輝さんの顔の表情

このブログでなんども取りあげていますが、昨日別大マラソンで優勝した川内選手またまたとりあげたいです。
昨日は21キロのところからテレビを見ました。昼飯には恩納村では有名とかの水車のある食堂でそばを食べてきました。ここ初めてですが、再訪はまあありかな。店にあった、沖縄の怪談という60年くらい前の本を見ました。これは面白い。一冊欲しい。それで戻って来てから川内選手の走りを見たのでした。
ひとことで言うと、人柄、走りぶり、しゃべり方どれをとっても素晴らしい。コーチ無しでここまで来れるのですから、マラソン玄人はいったい何をしているのかと言いたくなるような、そういう存在でもあります。
今回はずっと川内選手の走るときのあの苦しそうな歯を食いしばった表情をずっと見ていました。
なんともえらいものです。
そしておもいました。博士の学位をとるために頑張る学生さんもああいう歯を食いしばった顔をして研究をしていたら心から協力してあげたい気持になるなあ、と真実思いました。
こういう選手、優勝するような選手でいたでしょうか。
二位になった中本選手、実に涼しい顔で走っていましたが、終盤とうとう涼しくなくなりました。
最後でバネが出ませんでした。試合後は表情豊かに口惜しいと言っていました。この中本選手も好青年です。
すがすがしい男性二人がえんえんのデッドヒート誰もが賞賛した闘いでした。
わたくしは川内選手みたいな表情の選手が彼だけでなく今後も出てくると,日本人をみる世界の人々の気持ちが変わるのではないか、とまで思いました。

by yanagidamitsuhiro | 2013-02-04 15:52
2013年 02月 01日

見事な謝罪、佐野真一氏、わたくしの場合

橋下徹大阪市長の出自を取り上げた週刊朝日の連載が打ち切りとなった問題で、連載を執筆したノンフィクション作家の佐野真一さんは1日、開高健ノンフィクション賞と石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞の選考委員を辞任する意向を示した。東京都内で開かれた出版関係者の勉強会にゲストスピーカーとして参加し「差別を助長させる記事だった。万死に値する」と述べた。
 同時に「この問題で多くの方に多大な迷惑を掛けた。記事のタイトルが橋下氏の出自と人格を安易に結び付ける印象を与えた」と謝罪。
これは東京新聞の記事ですが、いさぎよい、見事な謝罪と思いました。彼にも言い分は沢山あるのでしょう。とくに見出しは誰がつけたのか、彼ではないのかもしれない、でも自分の名前で出た以上いまさら言い訳してもしかたない、と。わたくしはこの方の書かれたもの決してすきではありませんが、こういうふうに明解に詫びる態度は立派だな、と思いました。

わたくしも実は最近、謝罪しています。このあいだの12月の分子生物学会の会合でのことです。例の東京大学の研究室での多数の捏造論文がでたラボの教授が学会の若手教育の委員に就任したときの学会の倫理委員長はわたくしでして、委員任命に関わるひとりとして責任を強く感じるという謝罪文がそこで出て、それにわたくし同意しております。この不正データを含む多数の論文がいかにして発表されたのか、その経緯はまったく公にされていませんので、なにかを論評するための材料がほとんどないのです。論文のなかには著者の申し入れで撤回されたり訂正されたりということで、当該ジャーナルがその旨、アナウンスはしていますが、全貌に関わる内容は東大からの報告待ちです。この段階ではわたくし自身、非難すべきなのか同情すべきなのか、その中間なのかわからないのです。つまり当該教授のかかわりがご本人の説明以外は判然としないのです。説明をそのまま信じるわけにもいきませんし。
最近は物言えばくちびる寒しの時代となり、こういうことはなるべく黙っている方が楽なのですが。気楽なものいいや、議論が難しい社会の気風となりました。また、謝罪をするところをメディアがすごいいきおいで取材にいいきます。謝罪が一番のニュースともなる日本の社会ともなりました。とりあえず深々とお詫びするのがまずやるべき姿勢となっているようです。わたくしの場合も、本当に申し訳ない、すみませんでしたというお詫びとなっています。でも、とかしかし、とかは言わないのです。

by yanagidamitsuhiro | 2013-02-01 22:55