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2013年 03月 30日

日本発の論文数の低下 追記しました

日本の論文数が外国に比較して地位低下が著しいとの記事をみました。
そうだろうな、とおもいます。
もう長らく続いている日本の研究費の集中、重点化、5年おきに生まれる新研究分野への研究費特化による研究者の先鋭化による結果に違いありません。
研究者といういきものはニッチ的なもので、たとえ年間50万円の研究費でもひとたび頂ければ一生懸命論文になるようなだれもやってないトピックを探して研究をするのです。
論文を書こうとする研究者の数が減ればとうぜん論文数も減るでしょう。こう推測します。
わたくしが研究費をひろく浅くばらまかなければ大変なことになると要職の人に会えば常にいっているのもこういうことをおそれてきたからです。
1960年代から70年代の頃の乏しい研究費ではあるものの一律の大学や研究所の講座費で広く浅くやって来た研究の広がりもとうとう枯渇してきたのかと思います。わたくしなどがそういう環境の中で育ってきたというかなんとか生きぬいてきた雑草のような世代の研究者です。広く浅くの成果でここまで来たのです。でももうこの世代も消えてしまったか、消えつつあるのです。
集中と重点で育ったいま40代、50代前半までの世代、さらにかれらよりずっと若い世代はどうなるのでしょうか。わたくしにはまったくわかりません。
もっと若い20代になるともう研究の世界にやって来ないと聞きますので、日本のこの厳しくも先鋭化された重点化された研究環境はいかなる人材を生みだすのか、大きな疑問符です。日本の研究環境、これからどう進むのかどういう人材がうまれてくるのかわたくしには皆目わかりません。いや、わかるような気がするのですが、それは困るから、わからないと思いたいのです。

論文の数はまったく重要でないという類の行政系かたの意見も聞きたいとはおもいます。
特許が重要とか論文は二の次ぎ、企業系の研究者はまさにそのような発言をするはずでわたくしも会議などでよく聞いたものでした。特許だけが価値があると。しかしその特許も国内特許ではほとんど価値がなく世界特許は維持費が大変、ということで、ここも少数化で、なにをかいわんやという気持になります。

読み返してみて「浅く」というのが誤解されるのに気がつきました。これは研究内容が浅いのではないのです。研究のサポートの程度が浅いのです。でも最初の大切な発見があればより深い研究は世界のどこかで行われるのです。それでいいのです。サポートが浅いのですから。わたくしが常に言うinitial findingの重要性です。
ノーベル賞だってそれだけでもとれるのです。研究費50万円でもそのような巨大な未来を暗示するinitial findingにたどり着くかもしれないのです。そう思って、大きな夢をもって些少の研究費でも溌剌と研究が出来るのです。雑草のような研究者は。そういう研究が日本の原点的な研究だったのです。
まず生きるに最低限の生活費をください。そして些少の研究費をください。研究テーマは自由に選ばさせてください。でもたとえ50万円の研究費でもどのような成果が得られたかきちんと評価されるのはいいです。でもテーマは自由にやらせてください。これが雑草派の研究者の本音でしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2013-03-30 23:13
2013年 03月 22日

生きた跡

あしたは東京にでかけて勉強してきます。
生活習慣病の分子細胞病態学の研究会ということで、一日ですが面白そうな話が精選されていて効率のよい勉強時間が過ごせそうです。
いまでは誰もが年をとってからの病気はその原因の多くが生活習慣と関係があると、いわれて反撥することはなくなりました。塩分を沢山取りすぎる習慣は高血圧になりやすいとか、そもそも肥満などは生活習慣が集積してなるわけです。生活習慣の最たるものは、食べる飲むこと、寝ること、それに体を動かすことですから、どれかひとつくらいの問題点がないひとは珍しいわけです。
わたくしも晩ご飯を夜10時頃から食べ出す習慣を30年続けて、なんとかまだまともに生きているのは幸運だと思っています。改心して夜7時には食べ出すようになってもう5年以上経ちますが、昔を想い出そうと思っても、よくそんな生活が続けられたものだと、不思議に思うだけです。よく10時までなにも食べずにいられたものだと。
習慣というのはいっぺん離れるとこんな風に頭には残りにくいようですが、でも体のほうはその習慣によって積み上がったものを記憶はしているようです。
しかたのないことでしょう。傷跡、英語ではscarとかいいますね。
わたくしも色々傷跡あるはずです。
古いのは、学生時代にスキーでやった捻挫でこれがずっと腰痛で残っています。
もっと古いのは,幼児の時に首に大きなでき物ができて、それをメスできったのですが、そのあとが残っているはずです。自分には見えませんが、でもわたくしがよく首を傾けているのはその時からのくせです。ひきつれているのでしょう。
内臓は見えないのですが、それでも最近胃カメラとか超音波で解像度がひどくあがってきて、毎年同じ内臓の同じ場所になにかがあるとか言われます。でも年の割には生活習慣の後の割にはきれいなほうらしいです。
食べたり、飲んだり、痛くなったりした、いろんなことの跡が体のあちこちに残るのでしょう。
深刻なことに直結しない跡ならどんなにあってもいいじゃないかと思ってはいますが。

by yanagidamitsuhiro | 2013-03-22 17:19
2013年 03月 16日

昭和薬大附属高校

金曜日には浦添市にある昭和薬科大学の付属高校にでかけて高校1年生と2年生を相手に講演をしました。なかなか興味深い体験でした。
知らなかったのですが、沖縄県では随一の進学校といえるらしいです。子供たちもしっかりした顔立ちでなるほどと、納得できます。内地の私立の進学校は開成、麻生、久留米、や桜陰など男女の別学がほとんどですが、この学校は男女共学、いいですね。進学校といっても東大今年合格者3人ですから多くはないが、琉球大学医学部合格者が25名と聞けばそれはともあれすごい、と思います。なお、沖縄県の全国学力テストの平均結果は全国最下位だそうです。
この学校がどうも突出している存在らしいということが徐々にですが分かってきました。沖縄県では著名のようですがあまり話題にされないというか、したくない存在なのかもしれません。とくに教育関係者には。つまり子供が最初から学業優秀なのかそれとも先生が優秀なのか、それとも両方か、いずれにせよ公立の先生は別世界の学校と思っているのでしょう。
わたくしがなぜこの高校に出かけていったのかというと、昭和薬大の学長先生にはお世話になっていて、来沖の際に高校の校長先生と共々お会いしたことがあるからです。
なお、昭和薬大の大学が沖縄にあるのではないのです。沖縄県には薬大も薬学部もありません。創立40周年だそうで、かつて昭和薬大の先生の沖縄教育復興の助けになればということで高校を創設したという経緯があるようです。
経緯はどうあれ、この学校をもっと注目してもいいでしょう。沖縄の子は学力が低いとかいう一般論はここでは適用されないし。
わたくしの講演も終わったあとでずいぶん質問があって、どれもよいものでした。
京都では長年洛南や洛星を白眼視する傾向がありましたが、公立の堀川高校ができて、あっというまにトップクラスの進学校になってしまって、受験事情もそれなりに「正常化」してきたようです。
進学校をどう見るか、世間は色々でしょうが、ともあれ難しい大学に入る人材は輩出しているわけですし、20年、30年で大きな影響が出るものです。
沖縄では、私学では尚学というところも有数の進学校と聞いています。公立でも3年制や6年制で特別高校をつくってなんら悪いことは無いでしょう。
この昭和薬大の附属高校また気軽なかたちで出かけていってもうすこしはっきりした印象を持ちたいものでした。
沖縄にはディープな場所が沢山あるのでして、わたくしはそれなりに再訪問をして、印象を確かめるのを楽しみにしています。この学校も他の場所のディープさとは違いますがなにかがあるし、分かりたいと思いました。特に父母と話したら面白いのかもしれません。父母の8割は沖縄人のようです。苗字でも分かってしまうのですよね。

by yanagidamitsuhiro | 2013-03-16 22:59
2013年 03月 10日

放射能とのつきあい

科学者というか研究者は、わからないことになれば無力です。
わからない、と申し上げてうなだれる、こういう状況は多々あります。

わたくしが若い頃に地震学者に不信感をもっていたのも、地震予知なるものが出来るといって、政府から沢山の予算を獲得してなんら恥じない、そういう偏見からです。それに、大学院生の時に、同じ建物に理学部の地球物理の教室があって、著名な地震学者がこわい顔をしてそばを通る学生をにらみつけて、自分の自家用車を大学の建物の前で洗車しているのを見て以来、不信の念を持っていました。幼児の原体験の類です。

生命科学者が人々の放射能の感受性について何が言えるか、非常に強い放射能が体に間違いなくダメージを与えることは確信を持って言えるとしても弱い放射能がどのような影響を与えるのか、絶対安全とはいえない。しかし危険とも言い切れない。まさにうなだれることになるわけです。なぜそうなのか、それは今回の福島原発のような事例はきわめて希で、データとして使えるものが少ないのです。それにわたくしも何度も申し上げているように、放射線への感受性には個人差が大きい。
分からないことにどう対応するのか、放射能については山のように俗論というか確立しないレベルの知識があり、多くの場合研究者が言うこともそれに近いのです。つまり、かもしれない、そういう可能性がある、用心したほうがいい、そういう類の言説です。これでは、一般の人は困るばかりです。
いっぽうで、放射能をおそれるあまり、建物、家の中に子供を閉じ込めることから起きる心的なストレス、こちらのほうがずっと間違いなく言えることが多いでしょう。
福島での人々、特に子供のおかれている立場については、申し上げられることがすくなく、うなだれるばかりです。
そこで、わたくしがこれまで若い頃からどのように放射能とつきあったのか、思いだすままに書いてみます。
学生の頃、山登りを盛んにしていた頃、秩父増富ラジウム鉱泉にいったときは、なんの根拠も疑いもなく、ラジウムは体にいい、とおもい、ガブガブと鉱泉水を飲んだものです。
大学院の頃、電子顕微鏡を使い出した頃に、だれかにあなた電子線が蛍光版にあたると多量の放射線がでて、顕微鏡の筐体を通過してあんあたの体に注いでいるぞ、とおどかされたものです。でも、まさかと信じませんでした。後にスイスの大学であるヨーロッパ人が観察のたびに鉛のはいったエプロンをするのだと聞いて耳を疑いました。でも意見は研究者でも二分されていて、わたくしは分からないので、エプロンはしませんでした。
顕微鏡の試料を作成するのに、酢酸ウランの飽和溶液を使用します。誰も言いませんでしたが、ガイガーカウンターで測ると結構あります。でも日本ではまったく普通の試薬として売っていました。わたくしは5グラムぐらいで5年間は持つくらいの利用度でしたが、研究によってはすぐキログラム単位で使ったものです。後に管理は日本でも厳重になりましたが、欧州では、この溶液を使うときは結構大変で放射性物質としてやっている人がいました。でもわたくしの指導者の教授や技師は心配ないと笑っていたので、わたくしもその派に属していました。
放射性同位元素の利用は日本の大学は非常に厳重に取り扱いしていました。わたくしもそれを学習していたので、厳重にやりました。
しかし、外国、とくに米国でのいい加減さにただただ驚きました。どんどん水道水で実験で使った放射能を有する溶液を流してしまうのです。いまはどうか知りませんが、こんなにも違うのかとただただ驚いた記憶だけが残っています。
しかし、ひそひそというか折々にだれそれ先生が肺がんで亡くなったのはあれが原因じゃないか。
先天的に障害のあるお子さんが生まれたのは、あれが原因ではないか、という話は正直ありました。
トリチウムの水が放射能をものすごく持っていることはすこし考えれば分かるのですが、でもそれを大学の研究室が購入して、普通の部屋で使えば部屋全体が蒸気に吸着されて汚染してしまいます。
トリチウムは特別の計器で放射能を測りますので、しかも部屋の窓から壁に吸着すると、スメアテストという拭き取り検査でしかなかなか残存量が分かりません。今となると不思議ですが、トリチウムの水が大学などでは案外簡単に購入できる時代もあったのです。トリチウムは最悪の同位元素とも聞きます。
リン酸は半減期は比較的短いのですが、核酸の代謝を見るために強烈に高い放射能の物質を多量に大学の研究室ではかつて使ったものです。細心の注意を払っても被爆しがちです。わたくしは核酸代謝の実験をしませんでしたが、分子生物学のある時期放射性リンの使用は必須でした。すごい量をつかっていた友人がおりおりに悩みをわたくしに告げていました。まさに体を張った実験をしていたいのです。
ヨウ素の放射能もよく言われますが、すぐノドにたまります。計器でのどにたまっているのがすぐ分かるので、検査するときは怖いものです。
こういうことを書いてなんの足しになるのか、疑問があります。
でも放射性物質を使う研究者は被爆の効果が分からないことを承知したうえで職業上の必要性のために沢山の人たちが放射性物質を使ってきました。もう何十年もしてきているのです。そしてその被爆効果をきちんと調査したことはあまり聞いたことがありません。
厳重な管理にあるとはいえ、やはり上で述べたように不明な点も常にあり、個人的なリスクとして考えられがちです。
国家的な事業として、従事した人々の調査聞き取りは意味があるに違いありません。X線技師や放射線治療に従事する人々も含めてです。

by yanagidamitsuhiro | 2013-03-10 18:04
2013年 03月 02日

他人を巻き込んでいく

昨日午前は須谷君のセミナーがありました。とてもよかった。
この感想はわたくしだけでなくラボのメンバーにも共通でT君などは素晴らしかったと目を輝かしていました。
昼に中沢君が知っているそば屋が近くにあるというので一緒に行きました。夜は島ブタ料理の店で営業していましたので昼がそば屋とは気がつかなかった。あらためて見ると、確かに沖縄そばの幟が三本ほど立っていました。昼だけそば屋をやっているとのこと。建物内も意外にいい雰囲気でそばもおいしい。値段はちょっと高めで、観光客相手なのでしょう。
夜は石川にある最近好んでいくTに行きました。ここは食材が良くて食べたあとの感じというか満足感がよろしい。
みな30代かせいぜい40になったばかり、自分のことで精一杯、余裕はないとのことです。
このあたりは実感でしょうが、でもわたくしのような人間には不満。
他人を巻き込むことが出来ないのか、こう思います。
自分のことで頭もいっぱい、時間もいっぱいいっぱいという30代若者にいいたいのは、もういい加減で孤独な一馬力の生活を考え直したらどうなの?、と言いたいのです。
他人を巻きこめるのはラボのヘッドになってからと思う必要もないでしょう。
自分の仕事の推進に他人の知恵や他人の労力を入れて何が悪いのか、みんな知恵を出して助け合ったらいいじゃないですか。わたくしなんかいつも他人の仕事に口を出していたので、考えがぜんぜん違うな、とおもいます。お節介はいいものです。
もっともっと周囲の人々と知恵と労力を分かち合うのがいいでしょうに。

来週の月曜は、神戸市にある先端医療センターで講演をします。鍋島さんの招待です。けっこう長い講演時間なので準備をかけていました。タイトルは「研究生活、50年目に考える」というものです。内容はいろいろです。
ここは井村先生が理事長をされていて今をときめく再生医療の拠点なのであまりアカデミックな話ばかりをするわけにはいかないと勝手に決めて,それなりの準備をしています。

by yanagidamitsuhiro | 2013-03-02 09:23
2013年 03月 01日

朝の訪問者

早くも三月になって日々暖かくなってきました。

きょうあたり朝はさわやかで暖かくシャツ一枚でも充分過ごせる気温でした。
鳥の鳴き声も大きくなり、春だなと実感します。
借家の庭には朝早くてもヒヨドリがやって来ます。二匹でつがいです。人をおそれないで逃げません。最近知ったのですが、沖縄ではヒヨドリは縁起が悪い鳥ということで、嫌われているのだそうです。そういう目で見てもカラスの類で、理解出来ますが、でもたぶん栽培植物の食害が原因ではないかと愚考します。わたくしの比良の畑では毎年ブロッコリーの被害が大きい。ここではゴミの日にネットの隙間からいろいろ悪さをします。
朝はもう一種動物がきます。マングースです。来る方向と帰る方向が毎日同じなので、散歩道か食べ物をさがす巡回道なのでしょう。小さな動物の癖に態度が大きく感じるのはなぜなのかわかりません。
あと名前の分からない鳥がいて大声で木のてっぺんで鳴きます。ちいさなくせに声量の大きさに驚きます。
あと、朝早くからゴルファーがきています。
外にでると、道路の向こう側、遠くで玉を叩く音が聞こえます。ペシャッとした音であまり興味はひきませんがでも早朝のゴルファーの勤勉さに感心しています。

by yanagidamitsuhiro | 2013-03-01 17:28