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2013年 06月 30日

まだまだ

英国の旅は終わっていまヒースロー空港のターミナル5の建物にいます。WIFIが45分無料とかでちょっと書いておきます。ホテルはいいのですが、何しろネットにつながらなくて、というかつながっても非常に遅くそれで一日15ポンドも取るなんてまあひどいものです。日本ではこんな商売あり得ないのですが、英国ですから。

まだ講演が3つもあります。これから向かうバーゼルで2つ、チューリッヒで1つ。わたくしの研究商売もそこそこ繁盛しているので、そのあかしに、下に講演タイトルを書いておきます。
われながら自慢できるのは、3つとも内容が非常に異なることで、ほんとたいしたものです。
ただ、講演内容は一般のひとにはちょっとなんのこと?というものですが。

Genetic control of glucose starvation response in fission yeast (Bizentrum, Basel)

Approaches for Human Longevity and Aging using Human Individual Red Blood Cell and Fission Yeast Metabolome (FMI, Basel)

Clearing Mitosis and the Role of Condensin (ETH, Zurich)

by yanagidamitsuhiro | 2013-06-30 19:33
2013年 06月 29日

この美しい花園と田園はどうなる

今日午前中が最終日、あしたはスイスのほうへ移動します。
ほとんどのセッションに座っていました。みんな真面目に聞いたとは言えませんが、でも発表者の顔や雰囲気や発表の内容などは会場にいないとわかりません。
この400人か500人のひとたち、世界中から来ています。どの発表を聞いてもポスターを見ても、すべて水準以上の研究です。
この分裂酵母を材料にした研究はごくごく少数の研究者により始められ、ここまでしっかりと耕されてきたのです。まだ荒れ地や開拓されてない部分は沢山ありますが、美しい花園と田園のような世界がここにあるのです。
素晴らしいことです。だれかの手柄でなく、みんなが努力してきてこのような美しい世界が半世紀後に出来たのです。
しかし、発表者が内容の高い発表したあとで個人的に話して、それで今後の研究を聞けば大抵のひとびとは直ちに暗い話題を提供します。
大半は今後の研究が続行出来るかわからないというのです。米国が特にきびしく、欧州もそれほどではないにしろ、厳しい。日本ももちろん厳しい、ただ日本人は厳しくなってもあまり声をあげない傾向があります、しかし今は誰もが厳しい,といいます。
どう厳しいのか、それはこの世界ではtranslational researchといって、役に立つ研究、基礎研究の成果を社会に説明出来る還元できる研究をしなければ、研究費はもう出さない、という類の厳しさです。
そこで、どう社会に役立つ研究をするのか、はっきり提示しないと研究費どころか職を失う。これが多くのこの花園と田園の居住者の直面している問題なのです。
わたくしのように大学定年を経験してきたものには、おどろくことはなく、このブログでも書きましたように、二刀流でいかざるをえないし、そうしなければならないでしょう。
それで会期中に同じ事を何度もあちこちで力説しました。
生命科学はもはや基礎だから役に立たなくていい、それに専念してればいい、という議論は成りたたないのです。
この美しい田園と花園には、自前で稼いでこの土地を守っていく必要があるのです。そのためには住んでいる区域に小工場や商店やレストランやオフィスが必要になってきたのです。人の訪問が増えなくてはいけません、お金の流れの入りも出ももっと活発にする必要があります。
そのための努力はわたくしなりにもう本当に10年近くやって来たつもりです。
その一部の成果はごくごく一部ですが、こんどの学会でも発表しました。
反響はありました。はっきり。
そう、美しい花園と田園を守るためにはこの類い希な微生物をもっともっと活用しなければいけません。そのために、荒れ地やまったく未開拓な土地を耕してなにか価値のあるものを生みだしていかねばなりません。
わたくしに残された時間があるとすれば、そういう方向での二刀流をますます発展したいと思っているのです。
しかしながらわたくしにとっての障害はあります。
はっきりわかっているのですが、それを指摘するのは差し障りがあります。わたくしが目障りでたまらないという人々は国内外に、近傍にも遠くにも、自分で思う以上に多いというのは充分知っています。
まあしかし、人生そんなもんでしょう。

それと、このコミュニティで育ってきたはずの、若手のボスが案外あいも変わらない古典的な愚かなボスになるケースが多いことです。住む人々がある程度以上の数になればしかたないのかもしれません。どこの社会もそうでしょう。このコミュニティ、いま50年前に開拓が始まって以来の危機にあるようにもみえます。危機こそがチャンスとも言えるのでしょうが、でも危機によってこの美しい世界が消える可能性もあるのです。

まあ、なんとか問題は、ひとつひとつ克服出来るはずなのですが。
昔の開拓者の気持ちに戻れば。でも、悲観と楽観正直半々です。

by yanagidamitsuhiro | 2013-06-29 15:58
2013年 06月 27日

ロンドンのホテルで

ロンドン大学の近くに泊まっているホテルはありふれていますが、気に入っています。これで三度目です。朝食は7時からですが、空いていて今朝は7時半近くに食堂に行きましたが先客は7,8人で静寂そのものです。お隣のフランス人と思われる夫妻のささやくような会話が心地よいです。ほかは一人客で静かに食べています。こんな静寂な朝食をホテルで食べる贅沢はもうずいぶん経験していません。
英国の朝食は改善されたとは言え、緑色の野菜がほとんどみあたりません。これが困るのですが、今回はシリアルをためして見ることにしました。穀物風の繊維の多そうなシリアルを選んで牛乳にいれて食べるのです。格別に美味しくもなくかといってまずいわけでも無く、ローマに入ってはローマに従うです。コンチネンタル風の朝食で済ますのは、観光でないので歩き回らずにおとなしく会場に座り続けるからです。英国風朝食がイヤなわけではありません。
オックスフォードではKG先生が校長をされているところで一緒に朝食を食べましたが実に美味しかった。あんな美味しく調理されたキノコは英国でついぞ食べた事がありません。特にカレッジの食事となればですから、奇跡的に感じました。EFさんのはなしでは先生は気合いをいれて接待してくれたのだそうです。深謝です。30年以上のつきあいですので、こういうこともあるかな。

さてきょうは夜のセッションでしゃべるのですが、さっき準備を済ませました。それで、バーゼルとチューリッヒでの講演も準備を始めています。ひとつ増えたので、ちょっと大変です。でもこういう声がかかるうちが花です。いつかは終わるわけですから。
このホテルの外を歩くと、なんか心が浮き浮きしてきて、自分が町の子だということにあらためて、気がつきます。そういえば、ジュネーブで初めて下宿生活を始めたときも階段を降りると、すごい庶民的なカフェのアパートにいたっけと、思いだしました。毎朝、新聞を読んで30分くらい過ごしてからラボに行ったものでした。そんなことを思いだしました。

by yanagidamitsuhiro | 2013-06-27 02:45
2013年 06月 22日

三保の松原と辛坊治郎さん

富士山の文化価値が世界遺産として認定だそうです。
めでたいことです。
ついでといってはいけませんが、三保の松原も認められたということです。
それで、富士山周辺、つまり静岡県と山梨県が大喜びということらしいです。
富士山マニアは沢山いますし、海外からも登山者が増えて、富士山と周辺の観光の時代はこれからなのでしょう。
わたくしは登った事がありません。
こうなると残念かつ口惜しく恥ずかしいような。
日本の3千メートル級の山はほとんど登ったのに、富士山とあと御嶽山が,登らないでこの年になってしまいました。
もう駄目でしょう。
でも沢山の周辺の山から富士山を眺めたのでまあいいかなとみずから慰めましょう。
東京からは三つ峠という山というか峠に登って富士山を眺めるのが昔人気がありました。いまはどうなのでしょう。そういえば卒業した戸山高校の建物のどこだったかよく見えた記憶があります。

わたくし三保の松原にも行っていません。
次男が大学受験の時に、三保の松原のそばの大学を第二だか第三だかの志望で受けるとか言って居ましたが、一緒に行けば良かった。
今回の一連のニュースでいちばん感心したのは、奈良県から富士山の夕日だかを写真に撮っているかたの努力でした。そんな遠くから撮れるのかと驚きでした。

ところで辛坊治郎さん米国へのヨット航行中、遭難してあやうく命を落としそうだったらしい。自衛隊が最新式の水上機を飛ばして救助とか。
寝ていたらすごい衝突音が数回したとか。日本から千キロ離れた太平洋上にいったい何があってそれに衝突したのでしょう。
同乗のかたは目が不自由なのでそれに夜なのでわからないらしいです。
クジラかそれともなにかの漂流物とか書いてありましたが、不思議な話です。
ところでこれ、飛行機を待っている間に書きました。

by yanagidamitsuhiro | 2013-06-22 22:12
2013年 06月 17日

あこがれ負けかな

負けてしまったサッカー日本の選手たち、みないさぎよくなにが足りなかったのか、こころの中を述べています。
わたくしはそのことをとても高く評価したいです。香川選手の述懐、すごくよくわかるし、今後を期待したいです。
わたくしは、どうしてこういう試合になったのかそれが知りたいのですが、その疑問はまだ解けていません。
実力の差とみなさんいいますし、プロと中学生の差と長友選手自身もいっていますが、でもそれだけではない、なにかがあったのだろうと思います。

数日経ってみたわたくしの結論は、名前負けかな、というものでした。伝統負けといってもいいかもしれません。もうちょっと違ったいい方ですが、あこがれ負け、かもしれません。

この日本の若者選手たちはみなブラジルサッカーにあこがれたに違いありません。特にJリーグを始めた頃、ブラジルから来たトップ選手は絢爛豪華というか大変なものでした。ブラジル人は本気で日本のサッカーを育てようとしてくれたのでした。そのことを当時幼稚園くらいの子供たちだった選手たちはみな身に染みてわかっているでしょう。
今回の試合は欧州でもなく、アジアでもなく、そのあこがれた国での試合、恩義のある国での試合です。そこでブラジル国中の人々の応援を背に戦ってくるブラジルの若者に対して、力を思う存分発揮できなかった、のだとおもいます。ブラジル国民はいまのブラジルチームがあまり強くないと思っていたのですから,不安だったでしょう。それにもかかわらず、日本の選手は、名前負け、サッカー伝統負け、教わったのですから、それにあこがれ心が残存して力が発揮できなかった。

わたくしも心あたりがあります。欧州にでかけてまだ短時日で英国のケンブリッジにいったときに、そこの大学院生などにどうも引け目を感じてうまく会話が出来なかった記憶があります。まさに20代の半ばを過ぎた頃でした。米国のハーバードにいったときにはもう時がたち慣れていたので、ほとんんどなんの意識も無くつきあえました。
やはりいちど強くあこがれたものはどこかでそのことについて卒業する必要があります。卒業するのは簡単で場数を踏めばいいのです。今回はその場数の1つだったのでしょう。

力の差は思ったよりも小さいと思います。でも伝統の差は大変なものです。もちろん名前も。偉大な選手たちも、ワールドカップ優勝回数もゼロの日本です。失うもののない日本なのですから、次の試合からはのびのびやって欲しいし、そうなるはずです。
そうならなければ、実力の差とわたくしも思わざるを得ません。

by yanagidamitsuhiro | 2013-06-17 11:52
2013年 06月 11日

関西の4つの空港

関西にはというか京阪神には3つの空港があり、多すぎる、伊丹と神戸は廃止しろとかいう意見もあるようです。ところがもう一つ空港があってそれは八尾空港でした。知る人ぞ知るの空港でした。
官公庁の飛行機や民間会社の飛行機、それにヘリコプターや軽飛行機が飛んでいるようです。
いまネットで見ると1.5キロ程度の滑走路が2本交叉した珍しいもののようです。
ここを米軍のオスプレーの訓練用飛行場に使ったらどうか、という大阪市長、知事さんの意見が公にされ地元市長は危ない、とんでもない、駄目といいだしているようです。
政治的着地点はどうなるのか、わかりません。
それよりも,京阪神は贅沢だなと他の地方から思われても仕方ないでしょう。

商売的には、八尾空港を国に恩を着せて米軍訓練場にすれば、別途優遇されることもあるでしょうし。また、沖縄の苦しみの緩和ということなので、地元以外に反対をいうのは難しい面もあるでしょう。ですから八尾市長がどこまで反対を貫くのか、おいしいご馳走付きだと将来的にわからないです。
ところでオスプレーの爆音ですが、米軍の戦闘機のつんざくような音に比べたらたいしたことはありません。落ちるから、危険というのはもちろん確かですが、でも米軍がつかうところはすべて兵隊という人的にも武器という物的にも危険なのです。沖縄にいればすぐわかります。
米国との安保条約があるから憲法9条で戦後のうのうとここまできたのですから、危険危険という議論は、聞く人は日本以外ではあまりいないでしょう。世の中には争いも戦争の芽もまったくないという願望と実際の事実をごっちゃにした議論はできません。
それで八尾ですが、市長さんがOKといったらすごい興味深いことが起きるとおもいます。
今の日本、やはり大阪人が希望の星なので、八尾にオスプレーが来だしたら、たぶん、金のタネ、笑いのタネ、そして非常に面白い政治タネになるに違いありません。観光客が続々と来て、八尾は一挙に観光サイトになるような気がします。
このあたりでやめないと誰かに叱られそうですが、関西空港も不便ですが、将来的には大きな起爆剤になる可能性があります。市長さんがいうように新大阪駅から15分程度でいける新交通を作れればです。神戸空港も時がたつと意義がだんだん見えてきて、いまはまだまだ価値が低く見えますが、将来的には可能性大の飛行場でしょう。伊丹は結局ニューヨークのラガーディア空港みたいに大阪地元の人々の下駄的な飛行場になってるし、これからも意義が下がることは考えられません。
こうやって見ると、わたくしの住む滋賀県とか大阪の間の京都とか飛行場にはやや恵まれません、ただわたくしの大津の家から伊丹までは車なら45分くらいで行くので、国内旅行的には伊丹で充分という気持です。
こんなふうに考えると将来的に空港で可能性があるのはやはり沖縄でして、嘉手納が返還されればとてつもないプラスの効果が出るに違いありません。沖縄県のみならず、日本全体に大きなプラスの効果がでるとおもいます。
最近沖縄では列車建設プランが公表されました。ぜひとも実現して欲しいのですが。

by yanagidamitsuhiro | 2013-06-11 11:42
2013年 06月 03日

勇気をもつには

東京株式がだいぶ安くなっているようです。でも、昨年はたしか8千円とかいうくらいでそれが一時1万5000円までいってまたどんどん安くなったとはいえまだそこそこの額なのですから、こんなものなのでしょう。ただ、だいぶ損をした人たちがでているのでしょう。いっぽうでヘッジファンドとかいう人たちはさっと売り逃げするそうで、この相場で大儲けのはずです。

きょうはそんなことを書きたいのではなく、勇気とはなにか、日本的勇気とはなにか、ということを考えて見たいです。最近周辺国がやたらに日本のかつての侵略の非を述べ立て、日本を歴史認識という点で責めたてています。そのことをここで論じるつもりはありません。ただ、日本が米国を真珠湾で攻撃したのはとんでもない勇気だったと,勇気のうえになにか冠がつくような勇気だったともいえます。この冠には無知とかバカとかつくかもしれません。今の目では。当時の日本人以外の世界の諸国は欧米列強を相手に日本がドイツとイタリーとくんで大戦をしかけることを勇気がすごくあると思った人々がどれだけいたか。知りたいものです。
このような「勇気」をいまの日本人が誇りに思うことはほとんどないでしょう。でも日本人の大勇気はそういういものになりがちであることを経験知とすることは意義があるでしょう。特に最後は、広島、長崎の数十万人の原爆による日本国民の虐殺を引き起こしたのですから。それに沖縄島民の多く、東京大空襲で死んだ人々、たいはんは無辜の人々だったのです。
最近では、橋下市長の発言が世界で反響を引き起こしています。この人は行政家として相当な成功をおさめているらしいにもかかわらず毎日記者会見を延々とやってその過程で、戦争の話や従軍慰安婦問題について、長々と見解を述べている過程で、例の「必要」との見解が出てきたのです。
なにかの番組たしかたかじんの委員会で当日の会見を延々放映したので見たのですが、前半は至極もっともだったのが、仕事が終わった夕刻らしいその続きを記者にいろいろ聞かれた過程で、どうも脱線したらしくて、いわなくてもよい発言が次々に飛び出したようです。記者の誘導に引っかかったともいえるし、ついつい風俗文化に寛容というか嫌いでない人柄とかまあ公の人が口にしない類の言葉がつい出てしまった。それで、この発言が世界を駆け巡り、橋下バッシングが大規模でおこり今日に至っているわけです。
最初のいつもの会見での発言は勇気どころかいつもの持論、それに後のは脱線とでも言えるものですから、勇気とは無縁ですが、そのあとの橋下氏の反駁はなかなかの勇気の持ち主と見受けました。
まず大誤報であると。本人からすればその通りでしょう。しかし、微妙だと思われます。虎視眈々と大失言を待っているものからすれば、とうとう言ってくれたと思われてもしかたのない、あいまいな表現でした。しかし、氏はかなりそこから態勢を取り直して、反撃はしないものの、なんとかバランスをたもって、自己の主張を貫こうとしているようでした。つまり、平謝りではなかった。いまの時点では,橋下氏は水に落ちた犬のように見えるようですが、わたくしにはそう見えません。
しかし、いかにも日本人的勇気だなと思うのです。つまり欧米の理解者がほとんどいない、勇気の類なのです。
彼が一線をなんとか踏みこたえたのは週刊誌の見出しだと、米国人のタレントの友人による忠告とありました。それだけでも良かったとおもいます。
地震のあとの余震のように、橋下氏をさらに落とそうとするメディアなどの流れがありますが、まあ良く踏みとどまったし、これで参議院選挙を極端に落とさなければ、政治生命は続くかもしれません。しかし、このままでは、女性の敵、橋下市長というレッテルはそう簡単にははがれないでしょう。
人間にはいろんな側面があり、暴論をはくような人物が意外にも行動はじつに見上げるような君子であることは確かにありえます。側近の古賀氏の意見では、市長は人物的にバランスのとれた人格だということです。でもいまの世俗的理解は暴論の持ち主になっています。
橋下氏が日本的存在から国際的存在になるには時間はたっぷりあるのですから、大々的なモデルチェンジをすることです。周辺に能力の高い女性たちを配して、そして諸外国のアドバイザーをおいて政治行動をすれば、彼の日本的勇気は矯正され、世界に理解される勇気となるかもしれません。

真珠湾攻撃という日本の2千年近い歴史での(大馬鹿)勇気をもった軍事行動の要にいた山本五十六氏は、軍事的には真珠湾の後半年くらいは持つだろう、しかしその後は、ーーーと言ったそうです。政治家がその半年後に停戦休戦をしてくれるとの軍人の淡い期待は、木っ端みじんに砕かれたのでした。この日本的勇気は勇気の後のプランがあったのだけれどもしかしそれは敵国に通用するプランではなかったのでした。歴史的にみて、日本的勇気の最たるものでした。どこかに負けてもいいという気持と敵国も負けてもそうひどいことをするまいという気持があったのでしょうか。日本の戦争知のほとんどすべては国内戦争ですから、甘いのかもしれません。戦後日本は負けてよかったという、言論が風靡したものです。

わたくしが今日こんなことを書いたのも、研究の世界でも勇気はもっとも必要な人間的資質だと思うのです。しかし、わたくしたちの明治以来の先輩たちが日本的勇気を発揮した後に苦渋の結末を迎えたことがどれだけあったか、と最近よく色々なかつての例を想起して、考えてしまうのです。わたくしとしは、自分が死ぬまで考え続ける問題だとおもっています。

橋下氏が今後どのようになるのか、彼の場合には国内に相当の数の敵がいますからたいへんに見えます。
しかし、実は日本の学問発展の過去をふり返ると、日本的勇気を発揮した明治以来の優れた研究者が敗れたのは,ほとんどの場合に、国内での敵というか海外研究者への融和者というか、国内対立の勝利をめざす対立的な国内研究者の行動がが原因だったとも思われるのです。
実に、驚くべきことですが、これも歴史的な経験知として日本人的研究者のひとつの通性として、これをよむ日本の若い学徒には知っていてもらいたいものです。
決して悲観的な意見ではなく,事実としてです。日本の歴史は国内での対立を抜きにしてかたれません。日本のよさは、そういう国内的な多様な意見にもあるのです。経験知として,無用な国内対立を引き起こさないことが未来に生きる日本の一番の大切なポイントでしょう。あくまでも「無用な対立」ですが。

by yanagidamitsuhiro | 2013-06-03 17:05