生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2013年 12月 31日

血液のはなし

血液というと、さらさらとかドロドロとか言う表現でよくいわれますが、自分の体内に約5リットルの血液があってこれが非常に短い時間(数分と聞きます)で全身を循環しているというのが素朴な驚きです。
赤血球はこのうち約半分の容積を占めて、これも全身を循環しているのです。細胞としてはきわめて省略したもので酸素を運ぶ以外に能がないように言われがちですが、細い毛細血管を円盤状から伸長して窮屈なところを迅速に通過するさまを映画などでみますとこれもまたまた素朴に驚きます。
生まれるずっと前から心臓が拍動しだしてこの血液の全身循環を起こし、人生の終焉までくり返し循環しているのですから、この心臓の能力にもまたまた素朴に驚くのです。
脳とか筋肉にある細胞の栄養は基本的に血液からもらうわけですから、血液のなかには沢山の栄養成分(の元もふくめ)があるわけです。
このあたりは教科書を読めば書いてあるので、ふーんと感心するわけですが、いざ血液を対象になにか新しい研究しようということになれば何をやったら新しいことができるか、そんな簡単に見つかるわけがありません。

わたくしはある時期から血液を対象に研究を始めようと思っていました。
血液のなかの赤血球を対象についでに血漿というか残りの部分も調べようというものです。なぜそんなことを、と聞かれれば、血液がいちばん頂きやすい、ということにつきます。尿でもいいじゃないですか、髪の毛じゃ駄目なんですか、と聞かれます。
いけるかもしれないが、とりあえず赤血球と血漿がいいだろうと決めました。いまさら何か新しいことが分かりますか、と疑わしそうな顔をする人たちが大半です。
でもだからいいのです。人がやらないことをやるというか、もうとっくに済んでしまった炭鉱のトンネルをもう一度掘りかえすようでも、新しい考えでやれば分かることが色々あるはず。
わたくしがやりたいのは、長寿の研究なので、髪の毛では長寿でも試料がもらえない人もいるし(冗談ですが)、尿もいいかもしれませんが、ちょっともうすこし複雑そうなものを対象にしたい。

研究手段として唯一の飛び道具はメタボローム解析という低分子の化合物をいっぺんに沢山定量的に測定する手段です。
あとはわたくしの半世紀にわたる研究経験で、まあそのあたりには絶大な自信というか自負がありますので。そんなこんなでもう2年以上経ってしまってそろそろ成果を世に問わねばならない時期となりました。
この研究は医学というよりは化学生物学で、遺伝学を使えないので能力の半分も使えませんが、でも執念でやっているうちに段々面白くなって来ました。
わたくしは皆さんが毛嫌いするつまらないという赤血球が非常に面白いと思っていて、しろいろ秘策もあります。でも秘密です。
病気よりは健康な人たちの個人差にいちばん興味があるのです。病気よりは健康のほうがずっとおもしろい、このへそまがりがわたくしが今日まで研究を続けられた原動力なのです。
つまり病気で差がでるのは当たり前なので、差が出そうもないところに差を見いだして、新しい人間の化学生物学に挑戦したい。あたらしい人間像をつくりたい。
まあそんなところです。病気は優秀なお医者さんにまかせればいい。
しかし健康人の研究はどうも皆さんの研究対象になりにくい。

まあおおぼらのように聞こえるでしょうが、今年の最後の日なので風呂敷をほんのすこし拡げてみたいとおもいました。

by yanagidamitsuhiro | 2013-12-31 17:46
2013年 12月 25日

唐草模様について

以下に掲げるのは山田繊維という会社のブログのページです。読んでいておもわずクスクス笑いをしてしまいました。なかなか秀逸な宣伝文でもあります。
最後になぜこの会社のスタッフさんのブログをコピーさせて頂いたのか理由を書きます。

唐草文様とはギリシアの神殿などの遺跡でアカイア式円柱などに見られる草の文様が
唐草文様の原型であり、メソポタミアやエジプトから各地に伝播したと考えられています。
日本にはシルクロード経由で中国から伝わったとされています。
アラブ諸国ではモスクの装飾としてよく用いらます。
そのためヨーロッパでは「アラベスク(アラブ風の)」と呼ばれています。
日本では、緑地に白の唐草模様の風呂敷はなじみ深く、獅子舞のかぶり物として使われるとともに、
漫画やコントの中では泥棒の小道具としての印象もあります。
唐草文様は蔓草の茎や葉が絡み合って曲線を描く文様です。
生命力が強く途切れることなく蔓をのばしていくことから「繁栄・長寿」などの
意味があり、縁起のいい文様なのですが、もう少し詳しく説明したいと思い
ます。
蔓(つる)は音読みではマンなので「万」と読み替えて、それが帯のようにつら
なっていることから帯を音読みでタイ、タイを「代」と読み替えますと「万代」と
読めます。
要するに一族の万代の繁栄、長寿の意味を持ちます。
そのため唐草は大変好まれたようで、昔は唐草模様の風呂敷が各家にあ
ったようです。
泥棒が唐草模様の風呂敷を担いでいるというのは、空き巣に入った際に唐
草柄の風呂敷がどの家にもあるので、それをまず探して、その風呂敷に盗
むものを包んで逃げたからだと言われています。
「唐草」が縁起がいい柄、泥棒が使う風呂敷、の知識が多少なりとも深まれば幸いです。
京都の風呂敷メーカー、山田繊維㈱の青山でした。

このあいだ、那覇で散策中につい買ってしまった、唐草模様の陶器ふたつ。
おかみさんの説明では沖縄では唐草模様は長寿と家族の繁栄の象徴と言うことでした。なるほど沖縄に限らず、どこでもですね。
でもこの知識、わたくしも含めて昼飯時のおしゃべり時間に参加した全員知りませんでした。
だいたい実在の植物名というのではありません、中国伝来の植物文様とあります。
模様ですね。

唐草模様(からくさもよう
唐草文(からくさもん)とは、葉や茎、または蔓植物が伸びたり絡んだりした形を図案化した植物文様の、日本での呼称。

ネットの説明では上の二行のとおりです。
たいへん恥ずかしながらこれらの知識、わたくしにはありませんでした。

by yanagidamitsuhiro | 2013-12-25 15:56
2013年 12月 23日

那覇に滞在、天皇陛下80才の誕生日を寿ぐ

この連休のあいだ那覇にいました。ホテルに泊まって、できるだけ歩きました。3日間で4万歩近くあるきました。空いた時間は論文書きでした。あと少しでも地図をみないで那覇の町の中を歩きたいのでグーグルの地図を見ながら歩け歩けで土地勘を養いました。結論は大通りならなんとか目的地にいける、しかし一歩細い道に入って地図を見ずに10分も歩くともう分からなくなる、ということでした。細い道は迷路みたいですが、でも魅力がいっぱいで,どこにいっても猫がたくさんいて、そしてその猫がきれいな毛並みで、那覇はいい町だなと再確認しました。小径も熟知した地域をすこしでも増やしましょう。
この三日間那覇の町で内容のある会話でしゃべったのは、骨董屋のおやじさん、壺屋どおりの二軒の陶器店のおかみさんたちだけでした。
内省的な日々と言いたいのですが、やはり論文書きはいちばんつらいところなのでうんざりした時が何度もありました。

きょうは天皇陛下の80才の誕生日でした。
お言葉をぜんぶ読んだわけではなく部分ですが、感銘を受けました。
陛下は日本国民すべてのひとたちに平易なおことばで近寄り話しかけられています。
大震災の被災地にご訪問されても膝を折られて,ひとびとと同じ目線でお話しをされねぎらっていました。
陛下でありつつ、かつここまで親しくひとびとに接する姿勢は、たぶん歴史上初めてなのでしょうか。
また皇后へのお言葉もおもいやりに満ちておりすばらしいの表現しかできません。
また映像にでるお二人でのにこやかなダンスなど、これだけの素晴らしいカップルが日本国民の象徴であることはなんと幸運なのだろう、とおもいます。テレビでみたご一家でのお米の収穫の風景などとても親しみ深い。皇室一家に幸せが続きますようにと願うばかりです。

陛下がつくりあげた天皇像は理想の天皇像の用に見えます。
わたくしにはいつもお若いときの皇太子時代のにこやかな表情があたまにあるのですが、今回の写真をみると威厳のようなものも強く感じました。平成も25年間、日本のことをいちばんよく知って深くお考えであるに違いありません。

天皇は政治にかかわらないということですが、しかし天皇の役割は国家の中で次元が違う役割があるのでしょう。
平成天皇と皇后の存在が、どれくらい日本社会の安定に役だっているか、言うまでもないことです。陛下も皇后もそのことを熟知しているのだと信じています。
平成天皇はいつまでも語り継がれる天皇になるにちがいありません。

by yanagidamitsuhiro | 2013-12-23 23:13
2013年 12月 15日

医者に殺されない47の心得の著者近藤誠さんの意見

連日ブログを書くのは控えているのですが、けさの新聞(朝日)ちょっと書いてみたい記事がありました。かの有名な近藤誠さんとがん専門医の方の主張と反論でした。

見出しがもう近藤さんに不利な書き方で、がん放置大丈夫?なるものです。放置していい気持ちのはずがありません。
でもお二人の意見は比較的ながい記事ですから、言いたかったことはそれぞれ書いてあるのでしょうね。
近藤さんは比喩が巧みなゆえに曲解されがちですが、真実を含むことはまちがいありません。
ただおっしゃることが全面的に正しいと、もしもそれを認めたらいまのがん治療の根底を否定することになるので、「まとも」ながん臨床医なら同意するはずがありません。
でも近藤さんは現在のがん治療方針、つまり早期発見早期治療をほぼ全面的に否定して(たぶん)いるのでしょうから、すごいのです。
簡単に言えば、がんは痛くなってから、異常がはっきり感じられてからでも治療しても、いいのだというのが近藤さんの意見です。
わたくしの友人の西欧系のひとたちはおおむね同じような態度です。
日本では、確信的な少数の人達がそう考えていますが間違いなくごくごく少数派です。でも近藤さんの本でそう考える人達が増えているのでしょう。
わたくしは未定です。なってみたら考えます。

近藤さんは、今のがん治療では、特に化学療法は体を痛めるだけでほとんど効果がないから、早期発見の治療でより効果的に直るというのは,根拠がないと言われます。確率的に本物がんはどんどん転移してどうにもならないので、治療はほとんど無駄。もしも早期がんにたいして、外科治療が効果があるのなら、大きくなったり、痛くなったり、異常を自分で感じてからでも、遅くないはずというものです。つまり放置するのでなく、大きくなったがんは切除する、それで余命が伸びるのならということでしょうか。
本物がんは大きくなり転移する、しかしほっといた場合やおそまきに手術しても,早期の対応と余命はほとんどかわらない。こんな意見です。
ほっとけば痛みも少ないし、たとえ命を失うとしても、静かな余生を送れるというのが、近藤さんのいい方のエッセンスなのでしょう。かなり説得力があると感じるのはおおかたの読者ではないでしょうか
近藤さんはさらに医師であるがゆえに、医療の過ちやインチキ的なデータ処理を情け容赦なく批判します。
いっぽうで、専門医のかたの意見もまっとうな治療医ならそう言いそうな意見です。
近藤さんの意見に対しても一刀両断に駄目というのでなく、いちぶ正しいといっています。
だんだん寄ってきているのではないでしょうか。

医療の世界にも医療村みたいなものがあって、予防医療や健康診断に従事する人達も非常に多いので、うかつにいまの早期発見早期治療方針を捨てたら大変だという考えが根底にあるに違いありません。
ともあれ、自分の命ですから、どう対応するか、選択するために、いろんな考えが有るべきです。
わたくしは近藤さんの言うとおりにするひとがすくなくとも2割くらいになっててもわたくしはおどろかないです。ベストセラーを連発する著者の考えは浸透しているのでしょう。4割位になっても近藤さんのいうとおり、余命はあまり変わらないのかもしれません。

日本社会がこのものすごい勇気のある医師、近藤さんをどのように遇するかだんだん問われてきていると思います。
こういう問題には超保守の朝日新聞がよくこのような記事をだしたものと感心しました。
ネットの近藤誠さんの紹介を見ると以下のような記事を見ました。

がんもどき」理論が有名になったため、放置すれば治ると主張しているように見えるが、むしろ、手術、抗がん剤で治るという医師らを批判しており、治らないがんは放置して静かに死を迎えるべきだという主張が近年では強くなっている。しかしがん検診の際の放射線ががん発症率を高めるとして検診を勧めない点などは、依然として批判、ないし黙殺にあっている。

by yanagidamitsuhiro | 2013-12-15 12:14
2013年 12月 14日

島本功さんを悼む

今日は、JR奈良駅に隣接するホテルであった、この秋に亡くなられた奈良先端大学院の教授だった島本功さんを偲ぶ会にいってきました。ついでにといってはいけないのでしょうが、ぜひ研究の話をしたかったかた達ともその前に会いました。
近鉄奈良駅と較べると、JR奈良駅はなんというか公的なお金も投入して大々的な再開発をやってしまったのでしょうか、なんかモノトーン的な町の空間の感じがするのですが。

島本さんをどう呼ぶか、わたくしはさんで呼ばせてもらいます。
それほど何度もお会いしたわけではなく、酒席もまたカラオケも一緒になったことはないのですが、強く印象づけられるような出会いがあったように思います。
植物の世界ですから、わたくしには遠いのですが、でもその業績を聞けばすごいと、感服します。
しかし業績だけではなく、島本さんまだまだ未完のひとだな、まだまだもだえているような感じだな、と思ったような記憶があります。数年前のことです。
まだまだやりたいことが沢山あって、これまでの業績を誇る時間があるのなら、これから何をやるか考えたい語りたい、そんな風に感じました。
わたくしが島本さんに特別な親近感を感じたのは、学問は彼にとって二番目に向いているというタイプのひとなのではないか、ということです。
わたくしは、自分ではそのタイプだと思っています。
島本さんにそのことを尋ねる機会は失われてしまいました。

かれの発見した花を咲かせ、サツマイモも沢山作らせる植物ホルモンフロリゲンとそのレセプターの研究はぬしを失っても、興隆を続けるに違いありません。

by yanagidamitsuhiro | 2013-12-14 23:58
2013年 12月 11日

[意地っすよね、意地」

地方の時代といわれて久しいですが、政治、経済、マスコミなどは依然どっぷり首都圏中心なのですが、スポーツのほうはいつのまにかしっかり地方の時代になってきたようです。

今年の優勝は、野球が仙台の楽天イーグルスで、サッカーが広島サンフレッチェですから。
広島のFWの佐藤寿人さんは、颯爽としてかっこいい。
朝日のひとの欄で読むと、[意地っすよね、意地」といったそうです。これだけ点をいれても日本代表にいれないザック監督へのうらみつらみもあるでしょう。
でも元々身長170センチのハンディで随分つらい思いをしているから、それをはねのける、体と頭脳のすばらしさを相まって持っているのでしょう。子供の頃から、[意地っすよね、意地」できたのではないでしょうか。
この佐藤選手と大久保選手のふたりがなんとかブラジルのワールドカップに招集されないか、期待しているのはわたくしだけではないでしょう。このふたりにわたくしも強い親近感をかんじます。
理由はわたくしだって、[意地っすよね、意地」です。

わたくしは、広島の野球チームにいるカープスの投手の通称マエケン、前田健選手が好きです。
なんとも風貌がかっこいい。
わたくしが若い女性なら、かれの風貌と投球動作を見るだけで心をときめかしたでしょう。
わかざむらいという言葉がぴったり、日本の伝統的な凛々しい美々しい若者です。

楽天イーグルスのまー君こと田中選手も破顔一笑すると若者のかわいらしさがありますが、でもだいたい仁王立ちという言葉がぴったりのように、若い仁王サマという感じで、強いのは当たり前的なのですね。損しているかな。でも美人でいまや賢夫人の誉れ高い奥さんを持って、日本の未婚の男性諸君のあこがれでしょう。
まー君、アメリカに行くようですが、どこに行くのか、有名球団でなく、地方の弱小球団にいって、救世主になり神様仏様と米国人に末長く呼ばれるような伝説のピッチャーになったら面白いのに、とひそかに思っています。

by yanagidamitsuhiro | 2013-12-11 11:02
2013年 12月 04日

研究発表と宣伝行為

いろいろと刺激的な情報が東のほうから聞こえてくるのですが、いまは書くべきでないらしいので、やめておきまして、きょうは論文刊行とはそもそもなんなのかについての自分の考えを書いておこうとおもいます。
論文を書くとは結局宣伝告知の類ではないのか、とおもいます。昔論文投稿の経費は研究費に入っていませんでした。研究費で払うものではない、機関か個人かが払うものだ、などという理屈だったのかもしれません。いまは研究費で堂々と払えます。公開が必須のジャーナルでは30万円とかかかるのはざらです。つまり研究の完結は論文をだして研究成果内容を一般に公知するということなので、パブリックの利益になるはずで、だから国民の血税も刊行費に使ってよろしいということになります。個人の欲望を満たすための私利私欲の論文刊行なら血税を使うべきでない。当然のことです。
ですけれども、論文刊行や学会発表はやはり宣伝だと感じています。
発表者のしているしゃべり方なども聞いていれば、また論文の内容を読めば必死に宣伝していることをひしひしと感じます。とくに研究成果の査定などの席での研究者の発表は生活がかかった[宣伝」と感じる事がおおいです。論文内容も、いかにすばらしい発見や効能みつけたなどの文章があちこちにあります。こんな感じですから、多くの論文は宣伝以外の何者でもない、こう感じます。英語ではadvertisementに相当するので、宣伝以外にも通知、公示、告知などと訳される場合もあり、公共的な宣伝行為が、学会発表や論文発表などに相当するという考えでいいのでしょうか。

そうなると、たとえ広告でもというか、広告だからこそ、虚偽や嘘などがあれば糾弾されるし、まちがいも間違いがあったと認める必要があることになります。もちろん広告媒体のスケールもある程度関係して、読者数が多いのと極めて少ないのでは、影響にも大きな違いがでます。テレビとか何千万人が見る広告でぬけぬけと嘘八百の宣伝をすれば嘘と分かった後の世間の糾弾が厳しいのは当然です。

しかし、根本的には宣伝だということになると、その本質のところに立ち戻って考える必要があるわけです。そもそも宣伝は好きじゃなかったのではないか、伝統社会の日本では。

必要なデータをずらずらと並べてろくすっぽ説明もしないでいる論文があったとします。宣伝的努力をまったくしていない。しかし、見る人がみればすごい新規データで、結論もたった一行しか書いてないけれども、真理をひと言で言い当てている。こういう論文、分かる人は分かる、しかし大半のひとには分からない,ものになります。いっぽうで同じデータを素晴らしく分かりやすく説明してあれば、だれでも後のほうの論文に、その意義と価値をみとめ軍配をあげるでしょう。前の論文はよほど探さないと見つからないかもしれません。
しかし、かつての日本文化、つまり伝統的日本文化は、以心伝心、言わなくてもわかる、過剰な説明は見苦しい、こうだったのです。
日本文化は宣伝などしなくてもそのすごさが分かる人にはわかる。そのごく少数でもわかる人がいればしい。
わたくしはいまでもこういう価値感に惹かれてしまいたい衝動にかられることがあります。しかし、「待て、待てそれではだれも分かってくれないじゃないか」、こう思い返すのです。本来の西欧社会での学者稼業の本質を思うのです。
でも、宣伝しなきゃならないのにそのことに嫌悪感を感じるのです。まあ甘ったれているのです。
たぶん日本人の、いまではごく一部になったかもしれない、伝統文化や社会への痛切な回帰的衝動です。しかし衝動は感じるものの、実行はできない。わたくしが学者としてある程度成功したのはこの衝動を抑えて来たからでしょうか。

上に挙げた例、それに近いケースは案外多くて、前者の人物は日本人とは限りません。
宣伝下手でしかし研究能力は極めて高い研究者。案外世の中に多いのです。
後者の人物は、その読むづらい論文を読んだレフェリーかもしれません。知恵も働くので、その論文の刊行を遅らせつつ急いで追試のような実験をする。そして、実に分かりやすい論文を書いて、刊行して、いわゆる宣伝の部分で完全な勝利をおさめるわけです。
こういう逸話はわたくしは人生で何度聞いたでしょう。いやになるほど、聞いています。ありふれた出来事なのです。
日本でよりも海外でとても多いですね。
日本人は自分がそういう目にあっても気がつかない人が多いみたいです。なんだか変だなと感じるくらいはあるかもしれません。

かなり不愉快な話ですが、救いのある方向が暗示されています。つまりぜんぜんそういうことを気にしないか、もしくはそういう行為を発見して、徹底的に糾弾することです。
というか、そのような行為を知りうる立場にいる人々にリークしてもらうのです。
本当は有名ジャーナルにかぎらず色々なジャーナルの編集者、エディターは証拠を握っているのです。でもかれらは絶対開示しません。著者から要求されて匿名のレフェリーを開示したら、だれもレフェリーをしなくなります。でももしもレフェリーの匿名性がなくなったら、関係分野の学者が驚き呆れるようなレフェリー行為というのは実際無数にあるのです。
宣伝は公共の利益のためにあるので、嘘や誤りがないように同業者がレフェリーとして読んで批判するるというルールはとても良い面があるのです。でもに、これの制度が続くかぎりこのような事例はいつまでも続くでしょう。

日本の世間では捏造データの論文の問題で血道を上げている人々が非常に多いのですが、日本の未来の科学にとってどこまで価値があるのか分かりません。ガッカリすることばかりのような気がします。

日本の科学にとっては宣伝ベタ、謀略ベタ、秘密をあばく能力の低さを嘆くような人々が増えるほうが意義があるのかもしれません。それともなぜ宣伝ベタなのかを世界の研究者に理解してもらい、忠告をしてもらう。これもいいかもしれません。
日本的研究の宣伝の下手さ、その原因がなにか自分のことなので気がつきにくいのですね。
日本の研究者の多くが自分の研究の価値を充分に宣伝できずに、競争相手の宣伝力に遅れをとって、損している姿は、なんだか昨今の東アジア情勢をみてもつながるようなものを感じます。

by yanagidamitsuhiro | 2013-12-04 11:44
2013年 12月 02日

石巻と女川訪問

今年の流行語大賞が選ばれたそうです。4つも選ばれたそうで、それらは

「今でしょ!」
「お・も・て・な・し」
「じぇじぇじぇ」
「倍返し」
だそうです。みんな知ってました。一つかふたつくらいしらないのが研究者らしくていいのでしょうが。
みんなそれぞれ、持ち味があっていいですね。

ところでこのあいだの仙台訪問時、さらに石巻と女川に行きました。
両地とも短時間の訪問でした。行きは車を乗り継いで海側に沿って行きました。被害の様子をすこしでも知りたかったのです。
なにか書きたいのですが、書きだせないのです。ショックだったからといえばその通りですが、書けないのはそれが原因ではありません。
つまり何を書いても本当の事を書けないような気がします。
一つだけ書けそうなことは女川町の終点、代行バスでしたが、終点から坂を降りて、家が一軒もないところをしばらく延々と歩いたら、売店があって、そこに入りました。狭い売店でした。
わたくしよりすこし若そうな女性が店をやっていたので、彼女と小一時間話しました。
地震と津波のその日のことから80日間の避難生活のことをすこし合いの手をいれましたが、ほとんど聞きづめでした。
途中で、インスタントラーメンにお湯をついでもらって食べましたけれど。
この話の内容も書いたからといって、女川町のようすが伝わるとも思えません。つまり見えている様子を書いても人々のことを伝えられないような気がします。
売店の女性もなにか印象的なことを言ったのでなく、淡々と起きたことを話すだけなのですが、そのはなしと道路と区画を作り直す工事用車両以外になにも見えない周囲の光景を足すと、やっとすこし語れるかなという気分です。ひっくりかえった大きなコンクリートの建物の下にはまだ人がいるかもしれないから撤去してほしいという意見は現地で聞いて初めて分かりました。
ともあれ、何を書いてもまともなことを何も言えないそれが女川の印象でした。気持ちがふさがってしまって。でも現地で会ったりみたりした人々は表情は暗いどころか明るいものでした。それで、どうしていいのかわからない、そういう気分です。
石巻の印象はもうすこし複雑です。
はっきり復興というかかなり元に戻っているのでしょうか。でも海岸沿いにだんだん町に近づいて、漁港や工場地帯をみてから、町の中心部を訪ねたものから見ると、印象を軽々にはいえない。何を言ったらいいのかよく分からないのです。
石巻市では行方不明者をいれて約4千名のかたたちの命がうしなわれたのです。
女川町では、町民の半数以上が犠牲者になったとあります。
そのことを考えるだけでも。

あの時以来、わたくしはいったい何が出来るのだろうとふさがる思いの中でおりおりに自問自答していますが、なにも答えが見いだせません。

by yanagidamitsuhiro | 2013-12-02 17:53