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2014年 04月 20日

百年を十年にしても、さて?さて?という感じです。

昨日は親族に慶事があり横浜に日帰りで行きました。雑誌と週刊誌を買ってみました。理研の小保方さん問題について特集的な記事を並べていたからです。こういう特集ものがあるというのは、よく売れるからなのでしょう。みなさん関心、興味があるからでしょう。当然、出版側もうれるからには毎週記事を作る、そういうことになるのでしょう。
記事の多くは途中で読むのが嫌になったものが多かったでした。特にコメントを寄せる人達のコメントの内容が無益無害どころか有害有毒としかいいようのない歪曲性にみちていると感じざるをえないのが多くてうんざりしました。報道現場からの記事がかなりまともなのに、その最後にでてくる有識者の意見が現場をしらないもしくはそもそも科学研究の現場にたったことがなくてどこかで教授と名のつくポジションに理由もなくついたのか、と言いたくなるようなものなのでガッカリです。

一般のかた達も記事をいくらよんでもさっぱりわからないという印象でしょう。もちろんわたくしも同じです。問題はあまりに多岐にわたってしまい、登場する人々も多彩ですから焦点をあわせないと。しかもひとつひとつ論じないと。面倒だし、くたびれます。
このあいだの笹井さんの長時間の記者会見で,研究者のわりあい多くの人々が強い関心は失ったのではないか、とも思われます。理由は氏の説明がそれなりに達意で、氏がしかも副センター長であり、今後の展開に良心的に振る舞うだろう、だから今後は報道をきけば推移もわかるし、たぶん穏当な極端でない結末を迎えるのだろう、こんな風に研究者の多くは考えるものです。
でも、これはそうあって欲しいという気分ですから、これまで混沌だったのが、すこし見えて分かるようになっただけに過ぎません。しかし、みなさんわたくしもですが多忙な日々を送っているので、極端なことにならなければ外部にいる人間としては忘れたくなるくらい、はっきりしない情報の過剰な噴出でした。
しかし、STAP細胞はそもそもあるのか、そこに三段階があるといわれ、STAP現象、STAP細胞1,2段階とかです。検証がおこなわれていますが、容易に決着がつくとはおもえません。
小保方氏は研究不正をしたのか、これには不正をしたのは自明の理なのでいまさら論議はいらないという完全有罪派から、濃淡の差はあれ現状では有罪とは言えない、否定派があります。それに小保方ファンが非常に増えて、あの記者会見をきけば充分だという意見も世の中には沢山あるようです。とはいえ、なんらかの決着がいろいろなレベルでつくでしょう。
わたくしは、最近傍にいてふかく関わる笹井さんの判断をとりあえず頭に入れました。当事者にちかいのだから危ないのですが、でも彼の説明が一番頭に入りました。
Thesis (学位請求提出論文)中には未発表データはかなり多数含まれますので、それらのうちのどれかが後年になって発表論文に使われることはよくあることです。ただそれが本来の内容とは関係のない誤った使われたと聞けばうんざりします。もういい、聞きたくないという気分です。ただ、正しいデータはご本人により提出されていることも付記すべきでしょう。

理研はどうなるのか、どうすべきか。これが一番むずかしく大きい問題なのでしょう。わたくしはいまや関心を持ちたくありません。内部にいる研究リーダーはいちようにおとなしく、それで、でてきてしゃべるとずっこける人がおおく、もう関心は時間の無駄になるのでいっさい持ちたくない気分です。
STAP細胞にかぎらず、この間ずいぶんわたくしよりは百倍も千倍も知識をもってるであろう専門のひとたちと話をしましたが、首をかしげるほどに話が原始的になったりで、もういいです、この類の話は聞きたくないです。ついでにいえばiPS細胞の研究についても同様な感覚を持つことがありますが、素人のたわごとと受けとめられるでしょう。
このあたりが正直な所です。
百年河清を待つ、の大げさな百年を十年にしても、さて?さて?という感じです。日本の科学はいったいどうなっていくのでしょうね。

by yanagidamitsuhiro | 2014-04-20 09:22
2014年 04月 18日

研究者になるための幼児教育

最近十代のわかい人達で世界レベルの成果をあげるのが多くなりました。フィギュアの羽生選手ジャンプの高梨選手すごいです。チーム競技では女子サッカーの十代が世界チャンピオンになりました。
いまの日本、多くの親に時間ができたのでしょうか。競技をする子供のために献身的に時間をかける親が沢山増えたのでしょうか。やはり親が子に使う時間が長ければそれだけ成果があがりやすい。イチロー選手のお父さんなんかも思いだします。最近はまとまった数の10代のすごい選手が出現するのはある意味社会現象に近いのかもしれません。

こんな前振りで書いてみたかったのは、子供を優れた研究者にしようなどという、研究者の親などはいるのだろうか、という疑問です。すごい早熟の才能ゆたかな学生さんがいて、父親母親が誰かと聞いてなるほどとうなずくようなケースは今の日本あるのだろうか、ということです。若い学生さんの世界コンテストなどはありませんから、ちょっと分かりませんが、若くてすごいのが若年教育で出るだろうかという設問です。
わたくしはずっと否定的でしたが、というか今もあまり肯定的ではないのですが、昔ほど自信をもって否定的ではありません。
上手にやれば幼児から研究者教育はできるのではないか、と感じだしています。
何が一番大切か。家庭に科学者が他の人達もまじえてしばしばやって来てがやがやと談笑するのを見るのが一番いいのかもしれません。
研究者がいちばん研究者らしく見えるのは、実験室や部屋にこもって何かをしているときよりも、仲間や知人と談笑している時だと思うのです。
その姿に魅力を感じる幼児というのはそもそもいるのだろうか、なのです。

by yanagidamitsuhiro | 2014-04-18 14:42
2014年 04月 09日

小保方反論の会 ニコニコ動画を見ての感想を友人に書く

けっきょく今日の会は小保方氏が報道を相手に、国民に向かってアピールして、自分は不正をしていないのでもういっぺん調査をしてほしいということでしたね。本来は彼女の説明と嘆願を聞く会でしたよね。
小保方対報道であるので、あの場には研究者はいなかったので、報道が研究者の役割をしようと思っても無理ですね。小保方対研究者、それは調査委員会でやればいいのでは。理研外部の研究者を主体にもう一度しっかり調査をしたらどうか。
2時間以上の質問時間があっても、報道側の疑義は解けなかったのでしょうが、でも彼女のアピールを国民に媒介してしらせるのがあのような会の一次的な機能なのでは。
その点ではとても良く機能したとおもいます。
わたくしはもういちど調査をしてほしいという彼女のアピールをうけいれて理研はなんら損をすることはないとおもいました。
彼女一人だけがすべての非を受けとめる役割となっている状況に疑念をいだく国民はわたくしも含めて多いのでは。そのあたりも説明してほしい。

多くの若い研究者は非常に怒ってるのですか? でも調査委員会をもういちどやってもいいのではないか。

結局ですね、STAPの再現性誰も成功していないので、研究的にはあまり関心が湧いてくる会ではないのですよね。
彼女は200回以上STAP成功しているとのはなし、いったい彼女のSTAPてなんなのでしょうか。
知識が足りないので、わたくしには理解できない。
不思議でした。彼女のいうSTAPがなにかぜひ2度目の調査委員会はこの点を国民に向かって明らかにしてほしい。
ともあれ二度目の調査委員会は国民に向かって説明する姿勢も必要です。
研究費は国民の血税なので。
そんな風に思いました。
それで国民のみなさんが充分納得していただけたら広汎な研究者にとって意義のある調査委員会になるでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2014-04-09 22:41
2014年 04月 05日

吉野の桜を満喫する

もうあと何回満開の桜の花が見られるのか、考えているうちにだんだん真面目に深刻になり、無性に桜が見たくなりました。やはり今生のお別れには桜の木の下で、という伝統の願望が年をとるにつれ強まるのを感じます。沖縄にももちろん桜はあるのですが、咲く時期もまた見え方も違うので、わたくしの頭の中ではまったくの別物で分類されています。
木曜の夜に大津に戻って、まず坂本の太閤桜を見ることができました。日吉大社の桜はまだライトアップ無し。枝垂れはまだまだの時期。
それから、三井寺に行って、沢山の人達と一緒に夜桜を楽しみました。ほぼ満開。
前回はここに来たのはいつだったか、記憶が定かでなく。まだわたくしの母が生きていた時期にいろいろ桜を見ましたが、どこがいつか、妻と話すのですが、いったと言うことははっきりしてもいつかが分からないのです。三井寺の場合結局わからず。毎年沢山の桜を見ていたので、記憶がはっきりしません。それででもいつもながらの三井寺の広い境内を埋めつくす桜の花々、たっぷり満足しました。

それで昨日は吉野の桜をみるべく遠征しました。勇躍という気分でした。
朝に家をでて、近鉄特急で橿原神宮を経て行くわけですから、関西圏とはいえ遠征です。平安の時代なら文字通り何日もかけた道中でしたでしょう。
これまで何回吉野を訪問したか、妻とはすくなくとも三回は一緒ですが、それ以外に数回行ったのではないか。でも最後に行ったのは、いつか。
やはりまたわたくしの母と一緒に行ったのがいつかと妻と話しました。
結局妻と母がふたりで一緒にいったことにわたくしも同意しました。となると、ラボのメンバーと一緒に大勢で行ったのが最後だったか。まだわたくしが50才になった頃なのか。
みんなが幸せそうにして、取れた写真があります。懐かしい記憶に残る写真の一枚です。
一度忘却した古い記憶を辿るとやはり最後に行ったのはどうもこの20年前という結論になりました。ラボでは昔よくハイキングにあちこちいきましたが、ある時期から行かなくなりました。

昨日は非常に低温の日でしたが、傘をさすこともなく終日吉野の桜と吉野の風景と地元の人達との会話を楽しみました。次回はさすがに20年後は間違いなくあの世なので、できたら毎年はむりでも一年おきくらいには来たいと強く思いました。わたくしも千年ちかいこの地をおとずれたいろいろな日本人の一人のように習慣的な訪問者になりたいとおもいました。
それに案外秋の頃もよさそうです。
桜自体も良かったのですが、やはり終日吉野の歴史に触れていると、自分が時空を飛んで行きつ戻りつするのを感じました。若い頃にはまったくなかった感覚です。錯覚でしょうが、この吉野の地でおきたいろいろな出来事の主人公達の気持ちがなんとなく分かった気持ちになれます。
日本の心の源流の一つであることはまちがいありません。自分の心境の定点観測をここに来てするのもいいものだなと思いました。
沢山の収穫のあった訪問でしたが、最大のハイライトは、午後5時近く、もう閉まったあとの金峰山寺の蔵王堂に辿り着いたときです。「まだいいですよ」と言われて堂の中に入れました。それで予備知識まったくなく、秘仏の権現像三体を仰ぎ見ることができました。

一瞬目がつぶれるような錯覚を感じるくらいの迫力で、胸がゆさぶられるような体験でした。
これらの権現三体が、それぞれ釈迦、阿弥陀、弥勒の奥深いパワーをしめしているとの説明があり、なるほどと深く納得しました。それでこそ権現様にひれ伏せるのでしょう。

帰りは京都駅の伊勢丹で湯葉料理の食事をして家に戻りました。生きていることの幸せを満喫できた一日でした。

by yanagidamitsuhiro | 2014-04-05 18:54