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2014年 08月 28日

危険なヨーロッパ

明日からフランスへの旅行週となります。ことしはスイス、英国、それにフランスと欧州への旅行ばかりで英国もふくめた欧州のことを考えることが多かったでした。
感慨としてはEUができたときにこれでヨーロッパはより平和な方向にむかうなどと安易にかんがえていたものでしたがどうもそれは完全な誤りだったと言わざるをえません。
なぜか世界での深刻な争乱、戦争などは欧州がらみが多いのです。ウクライナは内乱というか熱い戦争状態といっても過言でないでしょう。ロシアが仕掛けたという意見もあるのでしょうが、世界の歴史を冷静にみればロシアを攻めて沢山のロシア人を死なせたのはヨーロッパのナポレオンやヒトラーでした。もちろんロシアが東欧国家に多大な災厄をもたらしたことも事実ですが。
イスラエルはヨーロッパの一部でしょうか、それともアジアか。まさに境界にある国ですが、だからこそというかパレスチナとの争いはやはり欧州とこの場合はアラブとの境界でおきている訳です。このあいだ、米国人を殺害したイスラム国の戦士はきついロンドンなまりの英国人のようです。アラブのジハード戦士には欧州出身者が増えていると聞きます。
ヨーロッパはある意味世界でもっとも成熟した国家群のあつまりなのに、いま地球上でおきている熱い戦争状態の地域はその内部か境界が多い訳です。つまりグローバル化がもっとも(平和的に)進んだはずの地域が戦争に関してはもっとも危険な地域なっているのです。
どうしてそうなのか、宗教の対立はもちろんでしょうが、それよりもグローバル化がいやがおうもなく進行した結果、文化や経済の違いを背景にした人々の争いはのっぴきならないものになりつつあるようにも見えます。
人々が戦争をしなくなるのはあまりにも沢山の人々が死んだからだ、とはよく欧州の人たちから聞く言葉です。その点、アジアではまだまだ戦争が起きるとは彼らの予言だったのですが、2014年という遙かに進んだ時代になってもヨーロッパが戦乱の源になっているというのは本当に驚きです。
いまのEUはあまりにも問題が多くて、本来なら人道的にただちに取りかからないような南北問題でも放置されているものが多いとも聞きます。
さてフランスパリに一週間過ごしたらそんな意見が変わるのかそれともどうなのか。

by yanagidamitsuhiro | 2014-08-28 13:44
2014年 08月 13日

博士号資格者の共通理解が実質的にも制度的にもないこと

忘れないうちに、前回投稿分に付加したかったことを書いておきます。

それは博士とはDoctor of Philosophy, Philosophical doctor、略してPhDと言われますが、日本ではこれとの関係がしっくりしないのです。
日本の博士号取得者で自分はこの元の外国語の意味する学位取得者だという人たちが少ないことは特徴かもしれません。
理学博士、医学博士、農学博士、薬学博士、文学博士、法学博士、経済学博士のように細かく指定されています。学術博士というのも有ります。
本来の博士はなんでも対象にして論じる、つまり古い時代の哲学者のような人物だったのでしょう。日本では苦心してこれに博士と名づけました。国語辞典を見ますと、博とは、範囲が広い。広く及ぶ。「博愛」「博雅」「博学」「博識」「博文」「博聞」「博覧」「該博」「広博」と。博学とか博識とか。なんにでも考え意見を述べることができる。スペシャリストの反対みたいな人たちですね。
ところが学問が細分化してしまって、日本では博士とはスペシャリストと思う人たちがおおいです。大学でも多くなったのでしょうか。
しかし大きな総合大学で歴史の古い大学ではいまでも博識とかの博を強調するものです。日本でもわたくしが学位をいただいた頃にはまだまだそういう雰囲気が色濃くありました。
本来からすれば、博士には何々学というものは必要なく、単に博士でよい。
外国のPhDはおおむねこちらで、精神は博く学問に接して一定のある水準に到達した人たちに博士号を与えるこういう学校制度なのですね。ですから、PhDはとったときは学問の世界では言葉は悪いがチンピラです。もっと偉い、博士に大を付けたくなるような人たちに文学博士とか学問領域を付けたりする国は結構あります。
日本では理学博士は大学院卒業者で一定の資格を満たせば博士とする、つまり学者としての運転許可証を与える、これでまとまったのですが。
あいにく文学部などは絶対駄目、とかで40歳や50歳にならないと博士がとれない時代が長かったでした。つまり大博士ですね。医学博士には随分むかしはいかがわしい話があったのですが、ある時期から厳しくなったら医学でPhDをとろうとする殊勝な若者は生存が極めて困難になりました。
つまり日本は博士取得についての一定の理解がないのですね。
わたくしは理学畑なので運転許可証で十分と思っているのですが、それも一定の理解がないみたいです。
どうしたらいいのか、日本の特殊事情を言い立てるのはすっぱりあきらめたらいいと思うのです。
日本語の学位論文を書くのは許すとしても、公表論文はすべて英語であり、かつ口頭の学位論文発表も英語でおこなうこと、それに博士はすべて一種博士でまとめるまずこのあたりからやらないと、日本の博士大学院は世界の中でのランクはなかなか上昇しないでしょう。
前回かいたことと合わせれば、大問題の一つに博士号の資格者の共通理解が実質的にも制度的にも日本ではごく漠然としていることでしょうか。

by yanagidamitsuhiro | 2014-08-13 07:05
2014年 08月 11日

日本の博士取得者の大問題についての意見

5月31日のブログに日本でのポスドク問題を論じました。
そこで書いた意見に変化はないのですが、日本の現状はたいへんたいへんに二度繰り返したくなるくらい深刻だと思っています。
twitterで書いていても、若手らしい人たちのレスポンスにしても今のボス先生達にしても、関心は非常にあるみたいです。でもあまり問題の本質を理解していない(失礼!)かたがたが多いのではないか、と感じざるを得ません。
どうしたらいいのか、誰もが納得する答えは持っていませんが、一つあるので、それを下に書きます。
この問題、すべての研究者がそれぞれの立場で胸に手をあててよく考える必要があると思うのです。現今の日本人研究者(生命科学はすくなくとも)の最大の課題かもしれません。

学位取得者を沢山輩出することは、世界的観点からは本当は大いに貢献している(はずな)のだと思います。ただし、日本の博士取得者が世界に出て行って引っ張りだこになるだろうという、前提の元にです。
考えてください。博士取得者は世界中で通用する数少ない資格です。医師の免許は国内向けだということを考えればすぐわかります。ですから、博士取得者を多数作るというのは世界に向けて作るという姿勢がないといけなかったのです(さすがに文科省もそういう気持ちはあまりなかったでしょう)。わたくしも自分のラボの出身者に国外にでたら日本に戻ろうと決して思うな、そして向こうの連中との社交に最大の努力を払え、などといって海外に送り出しましたが本当は申し訳ないといつも思っていました。そう思ってはいけないのでした。当たり前と思うべきでした。

現実は日本の研究者は海外に行きたがらないし、行っても生涯ではなく、いっときのつもりなのですね。
なぜか日本人研究者はやはり多くは故国に帰りたいと思っているのです。英語もうまくならないし、社交もさっぱり上達しないという人たちが多いのです。
なぜそうなのか。まず、ここから変えないといけないのでしょうね。
沖縄での感想は書きたいのですが、諸般の事情で、残念ながらできません。

ですから、あくまでも一般論としてですが、日本の学位取得者は海外で人生の大半を過ごしたいという若者を優先すべきなのです。それで質があがるのか下がるのかわかりませんが、そうしないと駄目だと思います。
博士取得者の大半はその価値が海外で理解される、役に立つ、ですから、相当期間海外ですごすことをつよくencourageもしくは義務化したらどうか。そういう義務化が付随した大きな博士号枠を作ってもいいでしょう。そういう枠のひとには奨学金の返還免除にするとか。10年とか15年くらいは海外での勤務をすればいいとか。
そうすれば、日本の博士取得を志す若者達の雰囲気はがらりと変わるでしょう。いわゆるタイプががらっと変わるでしょう。
そもそも大学院学生たちの大学院でのみずからのトレーニングに対する、考えや感受性も大きく変わるでしょう。英語もうまくならない、外国生活に順応もできないようでは駄目ですから、そこから始めないと駄目です。
とりあえず、今日はこの一点に絞って書いてみました。
日本がPhD取得者達のの海外への大きな輸出国になることを夢見ています。上の二点を何とかすれば世界最大の輸出国になるのもあながち夢ではないです。スイスなどは完全にそうなのですが、あまり知られていないですね。日本人は、人柄的に尊大でもなくエリート的でもなくずるくもないし、世界から愛される博士研究者達の輩出国なるでしょう。
いま、ドラスティックな実行案を始めないと日本の生命科学はホントに沈没してしまいます。
後になって、あの当時の指導層に責任が有ると言っても、その時は世代責任みたいなものですから責めたい人たちはみな学問の世界から消えているでしょうし。

by yanagidamitsuhiro | 2014-08-11 16:28
2014年 08月 10日

空港談義

リニア新幹線駅が京都に来そうもないので京都市は焦っているとかいう記事を見ました。奈良に新駅ができるとかでそれ自体はいいことではないでしょうか。奈良のよさはまだ世界に十分に知られていないでしょう。
京都の良さはもう十分知られているので大丈夫。東京や大阪のようになる必要はまったくなく、観光はこれからは長期滞在型の海外旅行者を増やせばいいのでは。産業的にはリニア新幹線がなくてもあまり痛くないのでは。
わたくしはなんとか空港考えてもらいたいです。古都の専用玄関に飛行場があればとはよく考えます。最近関空が京都からはますます不便になってうんざりすることが多いです。

沖縄のほうも中部、北部にもう一つ空港があればとはよく感じます。名護はかなり交通渋滞のあるところで時間がかかるところです。本当は嘉手納が返還されれば島の中央にあるので地理的にベストな飛行場になるのでしょうが。これからますます日本中どこも飛行場は必要になるでしょう。航空運賃はなぜだか知りませんがどんどん安くなっています。空港をつくり維持するための費用ですが、わたくしは十分ペイすると思っています。
神戸の空港も無駄とか言われていますが、わたくしはかなり重宝しています。国内線なら関空よりも便利だと思っています。三宮一番困るのは新神戸から一駅気持ちが暗くなる地下鉄に乗る必要があることです。なんでもう一駅新交通システムを伸ばせないのかな。
地方空港もかつては農道飛行場とかさんざん言われていましたが、そういう空港にいくとなんともいない利便性とゆったり感があって好きな空港が多いです。
これからの地方の象徴は空港と格安便のLCCでしょう。それが日本の将来の地力になるのでは。
暇があれば日本中の小空港を訪問してみたいです。

by yanagidamitsuhiro | 2014-08-10 17:23
2014年 08月 01日

津堅島への家族旅行、R君の学位の公聴会

8月1日になりました。先月は忙しかったでした。いろんなことがありましたが、津堅島に一泊旅行をしたことはぜひ書き留めておきたいです。今年の1月19日に訪問記を記していますが、今回は娘家族、孫三人と一緒に行きました。今週の月、火です。
たいへん楽しかったですが、一方で自分の老いも痛感しました。
珊瑚のあるところでシュノーケリングなるものを初めて、何の予備的インストラクションもなしに船で連れて行かれて、やったのですがやはり慣れてないので小4の子供にもぜんぜんついて行けなくて往生しました。
でも見える魚たちはまことに豪華で竜宮城に行ったような感じがしました。
津堅島は海水浴用の海岸から5メートルもいったところでも、たくさんのそこそこの大きさの魚が大量に泳ぎ回るようなところです。
水の透明度はすごいですし、手つかずの海の自然が残っています。
でも小さい島なので。宿泊がいまのようにごく簡素で若い人には人気が出ないといいのだけれども、などとついつい思ってしまいました。
また行きたいです。

昨日は、リトアニアから来ていたR君の博士学位の公聴会が京大の生命科学でありました。
手に汗を握るような緊張感なしのそこそこの安心感で聞けました。
日本に来た最初の頃はわたくしに随分叱られましたが、この一年間特に去年の晩秋の頃から顕著に成長してきたようです。やはり若者はいいですね。めざましい成長を実感できるので。
最近の日本の若者にはない、突然変化といってもいいような成長ぶりでした。
全身の隅々にまで知的な栄養が行き渡って、まさに心技体三拍子が一挙に成長するのか、というような感が彼の場合にはありました。
とはいえ、しかしまだまだこれからの段階です。

by yanagidamitsuhiro | 2014-08-01 11:36