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2014年 09月 22日

田矢さんのおかげ

昨日東京の学士会館であった田矢さんを偲ぶ会にいってきました。
参加者のみなさん、それぞれが田矢さんと違った形でおつきあいしてきた様子がありありとわかりました。
かれは大学の教授にもならずで、極めて著名な研究者になっていても所属機関では机一つという状況だったわけですから、教授の大物の死を悼む会などとはまったく次元がことなり、ぜんぜん雰囲気のことなるものでありました。でも、とてもよかった。
みんな田矢さんとのお酒の席でのつきあいを楽しそうに懐かしそうにそして感慨深く語ってくれました。

わたくしも心の整理がやっとついたみたいで、田矢さんがもうあの世に行ってしまったという事実を受け入れることが出来るようになりました。
会が終わって、HFさんとしばらくお茶を飲んで頭のこりをほぐしてから帰路につきました。

多くの若い研究者(わたくしより)たちが田矢さんのおかげという言葉をつかいました。田矢さんがいかに親切であったか、またおしげもなく好意をしめして便宜を図ったようなエピソードがたくさんありました。
田矢さんは、非常に心優しく親切な人だったのだということがよくよくわかりました。
何でこういう人が組織の長にならないのか。
でもそれが日本という国柄だし、田矢さんの魅力もそういうものにならなかったからこそつきあった人々の心に永遠に存在し続るのでしょう。

わたくしも聞いているうちに、そうだわたくしも田矢さんのおかげを甚大に受けているのではないかということに、はたと、気がつきました。
というのもこの偲ぶ会に着ていてばったり会った、KHさんは、いまわたくしの沖縄での主たるテーマになりつつある人血液のメタボローム解析研究の緊密な共同研究者です。
そもそもKHさんがわたくしのラボにきたのは(もうはるか昔ですが)、田矢さんの強い勧めがあったと聞きました。
KHさんは臨床医師でしたが勇敢にも分裂酵母の成長に必須な遺伝子の研究で学位をとりました。臨床医師の大学院生があのような基礎的な学位論文の研究をするのはかなり異端でしたでしょうが、寛容にもかれにそのような研究をさせてくれた指導教授であったK先生にも甚大にお世話になりました。いろんな人ひとの好意の上にわたくしの今の研究があることを痛感します。
KHさんはかなり長期に英国で癌研究のポスドクをしたのでした。
KHさんはいまも医師と研究者の二足のわらじをはいていますが、わたくしにとってKHさんの存在はいまのわたくしの研究に不可欠な役割を果たしてくれています。
もちろんKHさんにも感謝しなければいけませんが、そもそもの発端を作ってくれた(たぶんどこかの酒席で)田矢さんにも心からの感謝の気持ちを持たねばなりません。
ありがとう、田矢さん。
わたくしもまさに田矢さんのおかげでいまを生きているのでした。

by yanagidamitsuhiro | 2014-09-22 12:13
2014年 09月 16日

田矢洋一さんの死去

田矢さんが亡くなってもう5ヶ月近くになります。
田矢さんが亡くなったということを教えていただいたのが5月末でした。
非常に驚いて、そして心の整理がつきかねてその事実をどこにも書けませんでした。
まだ生きている、と心のどこかで思いたかったのでしょうか。
田矢さんと話したいろいろなことは、まだけりがついてないし、まだまだ話し続けていたかったし、そうあるべきだったのです。でも彼はとつぜん逝ってしまったのでした。
わたくしにとって、あまりにも「未完」の部分が大きすぎる田矢さんとの死による別れ、どうにも受け止めにくかったのでした。
しかし今月、もう数日後には東京で田矢さんをしのぶ会が開催されます。
とうとう何かを書いて心の整理をつけたいと思うようになりました。

それで一体何を書くのか。田矢さん、ごめん、すみません、ちゃんと話を続けなくてと彼にまず謝りたいのか。
彼との会話は最後の数回はすぐ押し問答みたいになって。
お酒をやめるかごくごく少量にするべきといえば、彼はそうしていると返事をして、本当ですかそんなことないでしょう、この間もとか、そんな風になってしまって。
でもいちばん彼に謝らなければいけないのは、彼の業績の立派さをもっと賞賛すべきだった、かれに直接それを言うべきだった、という風に感じます。もう会うことがないのならもっと彼のp53やRBの研究の立派さを賞賛すべきだった。
なぜそれが出来なかったのか。心のどこかにいつでも出来るという気持ちがあったのか。
それを言わないうちに彼がこの世を去ってしまったのは、わたくしにとって大きな誤算でした。
申し訳ない。彼の自負心に見合う言葉を伝えるべきだった。

長年の友人としてのつきあいを考えたら、痛恨の極みが心残りの筆頭が、このようなみかけごく世俗的なことになろうとは。
田矢さんの魂は少年のように純粋で、そして非常にシャイで本当の気持ちをいうことが出来なかったのにちがいない。かれは誰ともそのような純な関係しかつくらなかったのでしょうか。

ひと言でいえば、田矢さん一代の快男児だった。
浪花の男の気っ風の良さと頭の明晰さ、ほれぼれするような男でした。
おりおりにやらかす彼らしい失敗がかれの愛嬌でもあり、だれにも好かれる資質でした。
こよなく愛した酒、それにより早すぎる死がやってきてしまった。
しかし、やはり大往生とおもうのが、一番でしょう。
そういえば彼はにやりと笑って、また今度はあそこに飲みにいきましょうよと言うでしょう。

彼とのつきあいは未完なので、また会わなくてはと思いながら、わたくしも自分の一生を終えるような気がします。

by yanagidamitsuhiro | 2014-09-16 14:38
2014年 09月 13日

気なること、ふたつ

朝日新聞の社長さんが記者会見を開いて、原発の故吉田所長の証言記事について誤った内容であり、謝罪をしました。
もうひとつ国際的にははるかに重要な従軍慰安婦についての吉田証言の訂正報道時に謝罪をしなかったこと、また池上明氏の朝日批判コラム記事をしばらく掲載しなかった件も謝罪をしました。この件、3、4日で謝罪をすると予想しましたが一週間かかりました。
朝日新聞、かなりよろめいています。しっかりして欲しい。
この間、いろいろ気になることがありました。

社長さん、読者の皆さんや池上氏に謝罪するとありましたが。新聞の購読者以外の人々はどうなるのか。新聞は公器、朝日新聞は日本を代表するある意味国民にとっての「官報」みたいな権威ある新聞でそれが大きな過ちの記事をだしたのであれば、謝罪をする相手は新聞の購読者だけではないでしょう。日本国民だと思います。特に従軍慰安婦記事は多大な国際的効果もあり、日本国民に迷惑をかけたという視点がないのは相当な驚きでした。。

他にも色々あるのですが、時間がないのでもう一つだけ取り上げると、従軍慰安婦問題あまりにも朝日(のみならず他の新聞なども)は安易に取り上げすぎたのではないか?

慰安婦はいまの時代、外国では性奴隷ということばで表現されています。
日本だけが慰安婦などと言うのんびりした表現で報道されていますが、日本だけです。軍隊における性奴隷といわないと外国人とはコミュニケート出来ません。文句を言っても駄目です。そうなのだから。
そのうえで、朝日や毎日や読売の記者達は、慰安婦問題どう思いますかのかわりに、旧日本軍の性奴隷をどうおもいますか?と日本人や外国人にインタビューして意見や感想をえようとするのであれば、後者の場合相当に気をつけてかつ気合いを入れて聞くでしょう。そもそも、質問の意欲は相当さがるのではないか。
国内的ななあなあの雰囲気の報道と異なって、日本軍の性奴隷と自ら定義して取材をすれば、記事が日本国の名誉に関わるものになることは自明でしょう。
こういうたぐいのことがいまの日本とても多いのが気になります。
わたくしも基本、英語の大学の勤務者なので日本語でいったり書いたりしたことが英語に翻訳されても別に困らないというつもりで生きています。
慰安婦、出来るだけ早く禁止語にしてほしいです。すべて性奴隷に置き換えての言論にすべきです。そうすれば多くの人達が心配する亡国的もしくは著しく国家として不名誉な報道での記事作りは自然に減ってくると思うのです。

by yanagidamitsuhiro | 2014-09-13 20:10
2014年 09月 09日

森さん、おめでとうございます。(訂正版)

京大の森和俊教授がラスカー賞を授与されました。
さっそくお祝いのメールを書きました。
返事にとても嬉しいとありました。

森さんは京大の薬学部出身で山科郁男先生や川嵜敏祐先生の元で糖タンパク質の研究から研究をスタートしました。
一時は民間会社にもいたことがあり、人柄は実社会にでたこともあり、たいへん親しみ深く、意見もとても明解にして率直で、森さんのこと昔から大好きでした。
米国に留学し日本に戻ろうとしたとき、ウイルス研を定年退職された由良隆先生が始められたHSP研究所に参加し、小胞体ストレス応答の研究を続けることが出来たということです。
その後新設の生命科学研究科で助教授次に理学部の教授に昇任されました。

実はわたくしの娘が剣道部に入ったときの指導者なのだそうで、森さんに娘さんを教えましたと言われてどうも彼の前ではわたくしもややおとなしくなっていました。

研究のすばらしさは年を経るにしたがって理解されてきて、わたくしもその一人ですが、とうとうPeter Walterとともにラスカー賞にたどり着きました。
まだたいへん若い森先生、やる気いっぱいのようなのでこれからも研究の発展たいへん楽しみにしています。
森さんはなんでも一家言があるひとなので、社会的な発言などもぜひしてもらいたいものです。

by yanagidamitsuhiro | 2014-09-09 22:19
2014年 09月 04日

朝日新聞の謝罪はあるのか、ないのか

いま池上明氏の一度掲載拒否された原稿が紙上に掲載されたので、それを読みました。比較的短いコラム記事です。

これを掲載拒否したのは朝日の長い歴史であからさまにでた大きな汚点の一つだと思いました。
この穏当な批判記事、なんで掲載拒否するのでしょう。人気コラムでしょうに。
過ちを改めるのはばかることなかれ、まさにその通りです。

池上氏は従軍慰安婦記事について、これまでの経過について、朝日が満天下に謝罪することを要求しています。
氏は謝罪するだろうと予想して、今回のコラム記事の掲載に同意したのでしょう。
しかしコラム記事の最後、朝日の対応はまったく寝ぼけたようなことしか書いてありません。
今回のことで読者に迷惑をかけたと謝っています。
まず、池上氏に心から謝罪し、経過をもっときちんと報道すべきです。
内容的には厳しくとも、あくまでも池上氏らしく、温和な書き方の批判に対して掲載拒否というとんでもないエラーをしてしまったことを心から謝罪すべきでしょう。これじゃ友人もいなくなりますよ。
そのうえで従軍慰安婦記事の経過について社のトップが肉声での謝罪会見をするのがベストでしょう。
さていったい朝日はどうするのでしょうか。
数日以内にトップがでてきて決着をつけないとたいへんまずいでしょう。

思うことは、池上氏は現代の日本でもっとも硬派かつ良心的な報道人だということです。
かれは個人として非常に尊敬される、今回の出来事で報道者としての格がまた一段と上がったとおもうのです。

by yanagidamitsuhiro | 2014-09-04 13:35
2014年 09月 04日

パリの印象、朝日と池上氏の従軍慰安婦検証問題

短時日ですがパリにいて空気を吸いました。いまもかわらない首都の大きさと忙しさ、そして人々の多さを感じます。地下鉄ではフランス語と日本語でスリがいるから危ない、とのアナウンス。日本人の被害者が多いのでしょう。今回は町にでて飲食をする以外は観光ゼロです。
でもなによりも感じるのは食事などの物価の高さです。日本の円安とも関係が深い現象でしょうが、お昼ご飯を沖縄では500円コイン以下ですましている人間には、パリで過ごすのは大変なちがいです、レート的には東京よりも数倍食事代は高いなと思いました。
いつものことですが、町並みには工夫があってフランスらしいとは今回も思いました。
いろいろな事情で都市計画のうまくいっていない沖縄からくると、都市計画の重要性を痛感します。
学会のほうは勉強がてらにきたのですが、研究者の人々の雰囲気を感じる、これは会場に来ないと実感できないのです。広大な会場なのにほとんど知っている人たちがいない体験はわたくしだけではなく多くの参加者の実感ではないでしょうか。EMBOとFEBSが共同でやる会ですがある意味人々の相互作用は薄まってしまいますから。人気セッションはやはりepigeneticsですか。今のご時世、だれもが一家言を持てるような分野ですから。

池上明氏の朝日新聞への原稿を掲載拒否したのが急転直下出ることになったようです。朝日の内部からは聞こえてきませんが相当にぐらついている印象を与えます。池上氏がここまであからさまに事情を言わなかったら、あたかもなにもなかったかのように新聞社は振る舞いたかったのかもしれません。

従軍慰安婦(どう英訳したのかcomfort womanかsex slave)の検証記事、こちらも朝日は相当ぐらついていたので、謝罪もなにもしなかったのでしょうか。
社としてこの点、決められなかったのでしょうか。
いまのNHKのトップのかたは記者会見でも随分叩かれましたが、いま朝日のトップが出てきて記者会見したらすごい記者会見になって収拾がつかないようなものになるような予感がします。
朝日が駄目というのでなくて、朝日はいまやどう動こうにもかなりの摩擦がおきる問題を抱えてしまっています。
社内での意見統一など出来るはずがないのに、あたかも出来るように振る舞っているのだと思います。
意見の多様性を大いに認めつつも、世間が納得というか理解のできる発言を社の責任ある人々が肉声で公にいわないと後に問題を残すだけのような気がします。新聞はやはり公器ですから、肉声での発言が最終的にもっとも大事でしょう。そのためにテレビがあるのでしょう。
最近とみに肉声のもつ情報伝達量に感服することが多いです。当然なのですが、忘れがちです。

by yanagidamitsuhiro | 2014-09-04 13:13