生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2017年 01月 30日

富沢純一先生の訃報に接して

富沢純一先生がお亡くなりになったとの報を知りました。
先生にはお世話になりっぱなしでした。
特に学会を発展させるための欧文の学会誌(ジャーナル)が必要だとの、先生の信念と情熱に頼りっきり、その結果とうとうGenes to Cellsという立派なジャーナルの創刊にこぎ着けました。先生が初代編集長をやり多くの編集委員も参加して今日に至っています。わたくしは先生のあとの編集長を拝命しておりますが、学会ジャーナルには苦しい時期ともかさなり投稿数がだんだん減ってくる苦しい時期がありました。最近明るいきざしも現れて、今月はとうとう先生の時代の最盛期の投稿数に近づきつつあるのではと喜んでいた矢先の訃報でした。
君、そんなので喜んじゃ駄目だよと言われそうです。でも報告したかったです。
息の長いジャーナルになるための試行錯誤の時を過ごしたような気がします。

富沢先生をはじめて見たというか、遠くから拝見して、ひとことふたこと言葉を交わさせていただいたのはもう50年も前です。わたくしが大学院を休んだというか止めて欧州に留学する直前でした。富沢先生は同期だったOさんの先生だったので、渡航まえにOさんに会いに行ったときにOさんがわたくしの留学先を紹介してくれたのですが、ああそう、という二言だったとおもいます。
怖そうな先生だなあという印象が強く残りました。実際には先生は気さくな方だというのはそれから何十年か先には分かったのですが、幼児の原体験は残っていて、遠くから拝謁するという感がいつまでも残りました。

いうまでもなく、先生は分子遺伝学・分子生物学の大泰斗でした。
学会で先生の議論を聞けるというのが初期の日本分子生物学会の最大のアトラクションでした。先生の議論は厳しいものだったですが、でも議論はこういう風にもやれるのか、という強い印象を大学院生だったわたくしなどは思ったものです。

先生は若い研究者の育成にも取り組んで育英資金を提供しています。

先生の大きな思想と人柄は時がたつにつれより強く感じられるようになるでしょう。


by yanagidamitsuhiro | 2017-01-30 16:53
2017年 01月 28日

長距離トレイルランナーの鏑木毅さんの食事

昨日の那覇から伊丹への機内でよんだ新聞記事(日経)に世界的なトレイルラン(山岳を長距離走る苛酷なスポーツ)の鏑木毅さんの低糖食という興味深い特集記事がありました。
ゆっくり歩行すればそういうことはありませんが、高速でかつ傾斜の激しい山岳を走り回れば、呼吸も激しくなります。こういうときに体では酸素欠乏にならないように呼吸が激しくなりますね。生命科学的には酸素を大量消費するミトコンドリアという細胞器官がフルに働くわけです。ヘモグロビンやミオグロビンのような酸素供与体ももちろん働きます。肺活動も血液の循環をつかさどる心臓もフルに働くわけです。
この記事では、鏑木さんが食生活を改めるきっかけになったのは米国のトレイルランナーに、彼がレース前にご飯やパスタなどの糖質(炭水化物)をおなかにいっぱいためていたら、あなたまだそんな食事をしているのと、冷笑されたのがきっかけだった、ということです。米国のランナーは糖質に頼らず体脂肪を効率的に燃やしてエネルギーをを得るので、低糖質の食事をしていたのです。
これはちょっと説明がいります。エネルギー効率がいいのは脂肪を燃やせたらいいのですが、糖質をエネルギーをするのに体が慣れていると、糖質ばかりが優先的に利用されて燃料切れしやすい。その点脂肪を燃やせれば効率がよく糖質よりずっと多く保存されている脂肪を使う回路を体内に築いておけば、より長い距離を早い巡航速度で走れる。そういう体を作るには低糖質の食事をして、からだが優先的に糖よりも体脂肪を利用してくれる。
これは鏑木さんによる説明ですが、なかなか含蓄があります。世界的な長距離ランナーが長年にわたって経験してきた言葉ですから、説得力もあります。低糖質であって、決して無糖質ではありません。ご飯でいったら茶碗に半分くらいの糖質をとるのは必要と言ってます(もちろん一日に高エネルギー消費する人にとってです)。
鏑木さんの食事はもう一つの大きな特徴があります。抗酸化作用のつよい食べ物に最大限気を配っています。これらがからだの中で生じる、活性酸素を除去しているのです。その結果血管や筋肉(さらに脳まで)を若々しく保つ(老化を抑制)のです。鏑木さんは低糖生活よりも最初に抗酸化生活に取り組んだといっております。
どんなものが抗酸化食品か、さかな類(さけ、いくら、かに、えび)、リコピンをふくむトマト、すいか、フルーツ、それにカプサンチンを含むピーマン、パプリカ、唐辛子、ブロッコリー、ケールそれにβカロテンを含むニンジン、ほうれん草、モロヘイヤ等を沢山食べるということです。
わたくしは読んでいてなんと理にかなった食事だろうと思いました。つまりこれはエネルギーを効率よくつくるミトコンドリアの体内活性を高める状態の体のコンディションを誘導するために低糖にする、そして低糖で活性化したミトコンドリアが作る大量の酸化物質が組織に傷害を起こすのを抗酸化作用のある食べ物で、防ぐ。
文句のつけようのない素晴らしい食事生活の基本です。

実は研究室では低糖や低窒素源の研究を分裂酵母という微生物を用いてここ10年近く、染色体の研究と並行してやっているのですが、この鏑木さんの食事はわたくしたちの研究がぴったりはまります。
わたくしたちは遺伝子でなんでも説明しようという種類の人間ですので、低糖では耐えられなくなる、低窒素源では生きていけなくなる細胞の遺伝子はなにが欠損しているのか同定しています。低糖でも低窒素源も浮かび上がった遺伝子はそれぞれ100以上ありますが、その話を始めるのは今日は控えましょう。
ただ付加的にすこしだけ一般的説明を加えますと。
細胞は自力でも抗酸化作用のあるものを色々作れるのですが、その働きは低糖になると必要性が飛躍的に高まります。つまり高糖条件なら抗酸化物質の必要性は高くないです。しかし、低糖条件にすると自力で抗酸化物質が増量するのです。しかし、スポーツをする人間の場合は供給する必要があります。それに対して、自分のからだにある脂肪を燃やせるように体をなじませる必要があります。そのために回路が発揮しやすいように体を慣らせる。たぶんここにはまだまだ未知の課題があるに違いありません。低糖にプラスアルファの条件にすると体内脂肪がますます燃えやすくなるのかもしれません。興味深い問題です。
次は抗酸化の食べ物です、人体は我々が教えなくても抗酸化物質を知っていて大事にします。血液循環の過程で一度体外に排出されそうになっても抗酸化物質を再吸収します。体質的に抗酸化物質を再吸収しすぎるとなりたくない病になることもあります。にんげんでしたら、外部から食べ物として抗酸化物質として取り込むことがもっとも賢いに違いありません。その結果老化しないで若々しさが保てるのなら。
ミトコンドリアとは大変効率のよいエネルギーを生み出す細胞器官ですが、残念ながら酸化作用のつよい物質も沢山生み出す。たとえて言えば、高速のスポーツカーが排ガスを沢山出すようなものです。しかし、人間が動物として最高にその肉体を最大限の能力を発揮するにはミトコンドリアの機能が高い必要があるでしょう。人間の肉体を循環する血液に溶けている糖質や脂質の濃度はおもいの他に低いのです。この低濃度の代謝物(メタボライトともいいます)最大限利用して脳も筋肉も血管も肺も肝臓も腎臓もフルにはたらくのがスポーツの世界です。そういう世界で極限を目指す人達の食事はたいへん興味深い問題や課題をたくさん提供するに違いありません。さらにミトコンドリアだけが低糖質にからだを対応させているのではありません。まだまだ沢山の遺伝子がちゃんと働く必要があるのです。低糖になったらちゃんと対応できなくなった体は人間なら糖尿病の患者さんのようなものです。
ですから、スポーツマンの食事、長寿や老化を防ぐ食事のすぐ隣接したところに糖尿病根本原因の解明に関わる問題があるのです。

生命科学ではこのように大きな課題が実は非常にそばにあるのです。



by yanagidamitsuhiro | 2017-01-28 17:19
2017年 01月 22日

稀勢の里、19年ぶりの日本人横綱へ

最近はあまり相撲も見なくなったのですが、きょうはぜひともと思ってみました。
稀勢の里、優勝を昨日決めてましたし、周辺はもう横綱へという気運だったようですが、きょうとうとう結びの一番で勝ちました。見応えのある一番でした。
ついに、待ちに待った横綱、19年ぶりの日本人横綱ということで国技館の雰囲気も最高に盛り上がっていたようでした。
琴奨菊、豪栄道と優勝では一歩引けをとった稀勢の里でしたが、昨年の年間最多勝とこの場所での優勝と文句なしの結果となり、めでたしめでたしでした。
わたくしは格段のファンではありませんが、でも好意がもてる、人柄の良さそうな、お相撲さんらしいお相撲さんで好きでした。優勝インタビュー、感涙とともに感謝の言葉をのべていました。
優勝の瞬間、聴衆の多くに涙があったように感じたのですが。
きょうはご両親も国技館にきていました。
お父さんが稀勢の里そっくりなのに当然ながらびっくり。そっくりというのは見た目もありますが、雰囲気というか佇まいですね。ホントにそっくりでした。
これで大相撲人気ますます高まるでしょう。ここまで場所を盛り上げてきた、モンゴル勢のとくに白鳳の貢献は大きい。

わたくしも小学校の頃に相撲を習ったことがありました。土俵を作って、少年達を快く家に招いて、教えてくれたあのおじさんはどういう人だったのか。家から歩いて10分くらいのお宅でしたが。
わたくしが体験で知っている唯一の格闘技ですが、裸の体と体がぶつかる格闘のきもちよさは今も忘れられません。
練習の終わったあとに風呂に入りなさいと言われて入った記憶があるのですが。あの親切なかたはどういうつもりだったのか。
戦後、格闘技が小学校教育で進駐軍によって禁止されていたので、憂えて子供達に格闘のおもしろさを教えてくれたのかもしれません。
そうだとすると、その気持ちは十分にわたくしにも伝わったとおもいます。

by yanagidamitsuhiro | 2017-01-22 18:22
2017年 01月 16日

篠田桃紅さんの頭脳

篠田桃紅さんの本、「人生は一本の線」を読みました。104歳美術家、珠玉の作品集とあります。
本の終わりに、若い人へと呼びかけて以下のような文章が続きます。

わたくしは、正真正銘の老いを感じています。
老いた・・・・。
老いに老いました。もうこれ以上、老いようのないところまで老いたのですから、もうあとはは死ぬしかない。
老いに老いた以上、もう先はないのですから・・・・・。
これ以上、老いるというのは、一体、どこまで老いることができるのでしょう。
少しずつ、出来ないことが増えて、しまいにはなにも出来なくなる。それで死ぬのね、きっと(笑)。
こんなに長生きするとは、自分でも思っていませんでしたから、こうして老いる、ということの実体を、正真正銘リアルな老いを、しみじみと味わっています。
そして、すこしは若い人に伝えておいたほうがいいかなと思って、あなたに伝えています。

このあと非常に興味深い文章ですが、8ページも続きますので残念ながら、引用はここでやめます。

ここまで読まれてどう思われますか?
わたくしは素直な人間なので篠田さんは心から自分は老いたと実感され、これ以上はもう老いることは出来ないと書かれたのでしょう。
でもこの文章は老いているでしょうか。
この本では、見事な筆致で自分の書きたいことをかいています。
氏の心のありようは若々しくみずみずしい。
どうも氏は精神と肉体は関係はあるものの、体はどんなに老いても精神というか心はほとんど老いずに生きていけるとおもわれているようです。

104歳のかたの証言です。文章という証拠によって、証言しています。科学は、老化の科学はこれを容易に説明できるでしょうか。この文章は頭脳の老化と、他の部分の肉体では老化はかなり異なることをしめす証拠かもしれません。

氏は以下のようなことも書かれています。
歳をとった人が、心ゆくまで後悔するために、静かにしておいてあげなさい。自分も心ゆくまで後悔するために、静かにしておいてあげなさい。自分も心ゆくまで後悔したい。後悔することで魂が休まる、と。
中原中也の詩を掲げて、なんていい詩だろう、歳をとった人の心境を的確に表現していて、彼は天才ですね、と述懐されています。
書かれていることが新鮮で生々しく、こういうことを氏の年齢で書けるのならわたくしもこういう風に年をとって見たいと正直思いました。

今日はこういうことを書きたかったのでなく、心や精神や思考のための頭脳活動の老いかたというのはどういうものなのだろうという素直な疑問を書きたかったのです。疑問を書けばそれで目的は達します。

篠田氏の肉体は氏が言うように老いたかもしれないが、この文章から判断する魂をもった心、そして思考能力はまったく若々しい。特殊な個人としても、どこに体の老化との差の実感が生まれてくるのだろう。

わたくしのように人生のほとんどすべてを、どんな摩訶不思議な生命現象もすべて分子の言葉で説明できると確信して来た人間にとっていかなるmoleculeが関わってこの精神の若々しさが保たれるのか、調べて見たい、と思うのです。こういうことを考える時には一瞬、若かったらいいのに、と思います。

でも、いまならそれを調べるすべをごく一部なりとも手中にしてきたと思いだしているのですが。

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by yanagidamitsuhiro | 2017-01-16 22:24
2017年 01月 08日

佐伯啓思氏の退位問題に思う 天皇制と民主主義の矛盾(朝日新聞)

1月6日に朝日で読んだ佐伯氏の天皇退位問題についての意見(http://www.asahi.com/articles/DA3S12734747.html)を読んで安心しました。
わたくし自身がもやもやとしながらも退位問題について考えていたことを明解に明らかにしてくれていて、これぞ有識者の意見と感心しました。氏に本当に感謝したいです。これでわたくしの持っていた違和感は説明されて佐伯氏の提起しているかたちで議論が進むことを期待したい、といえます。
詳しく紹介する余裕はありませんし、拙いやりかたで紹介をするよりは実際に読んでもらって佐伯氏の考えを理解してもらうのがベストとおもいます。
ポイントは天皇の神格化にありまして、氏がいうように’明治国家は西洋型の立憲君主制を模倣しつつ、他方では、あくまで天皇に対し「神聖にして侵すべからざる」存在としての神格を与えたからである。天皇は、立憲主義の範囲におさまる部分とそれを超え出た部分の二重性をもっていた。’氏はさらに続けて、’これは一種の矛盾であり、その矛盾が統帥権の独立などという形で現れもした。では、戦後はどうか。天皇の神格性を否定し、英国型の立憲君主制の枠の中に収め、さらに、いっさいの政治的行為から切り離した。戦後日本の「国のかたち」は、象徴天皇による形式上の立憲君主制であり、実体上は民主主義(国民主権)ということになろう。あくまで民主主義によって支えられる天皇制(君主制)ということになった。’
’ところが、話はそう簡単ではない。憲法にはまた、皇位は世襲であり、皇室典範にしたがって継承される、とある。つまり、日本国、および日本国民の統合の象徴としての天皇は、単なる王家の一族でもなければ、単なる制度でもなく、日本の歴史の持続性、国民統合の継続性を示すものとされている。それが、皇位は世襲される、ということの意味であろう。
 すると、ここで天皇の神格性は否定されているものの、また別の問題が発生する。皇位を世襲するという国民統合の歴史的継続性を示す原理と、国民主権の民主主義は決定的なところで齟齬(そご)をきたすのではないか、というやっかいな問題がでてくるのだ。’

ここから先は氏の書かれたものを直接読まれて頂くといいとおもいます。
問題は非常に深い。日本独自の文化・社会的な存在を今後も存続、継承するにはどうしたらよいのか、天皇制に限らないすべての日本独自の文化の継承に関わる問題になるとおもうのです。
日本の継承を考えるうえで非常に示唆に富むとおもうのです。
日本社会自身がこの問題をくわしく考え議論するなら、世界の中での日本の立ち位置におりおりに違和感や疑問を感じることが、実際には当然だし、これからも日本独自で発展してきた種々の文化の維持にも役立つに違いありません。
外国の人達が日本に来てえもいわれぬ安心感を感じたるするのも自然、神、人が融合して続く日本文化が探せばまだまだ沢山あることに気づくからでしょうか。天皇が庶民にしたしまれかつ尊崇されるのも、自然、神、人々を存続させる主たる象徴的な存在であることを認めているからでしょうか。
この最後のあたりは文章にすると違和感を感じる人々もたくさんいることは分かっていますが、しかし何かを言わなければ天皇の現人神的要素は将来消えてしまうかもしれません。
しかし一方で天皇の「人権」は最大限に尊重すべきです。
未来に向かっての賢い解決策を有識者達に見いだして欲しいものです。日本社会が築いてきた里山のような自然文化の存続が危機に至らなければこのような問題の解決策はおのずとあるだろうとわたくしは信じています。

by yanagidamitsuhiro | 2017-01-08 17:22