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2017年 03月 20日

豊洲市場の安全、安心についての専門家会議と「政治」による判断

朝刊をよんだら豊洲市場について新たな展開があるようなので、昨日書いているのですが、例外として今日も。

ニュースの要旨は、昨日(19)都の専門家会議は、豊洲市場敷地内の地下水から環境基準の最大100倍のベンゼンなどの有害物質が再び検出されたことを公表。複数地点で基準超の有害物質が出た1月公表の暫定値とほぼ同様の結果で、1月の数値が確定した、とのこと。

会議の座長さんは「地上と地下は分けて判断している。地上の観測値に変化はなく、科学的には安全。ただ、(消費者が)安心できるかは専門家会議では判断できず、政治的な課題になる」と話した。ところが、知事さんは「(結果を)非常に重く受け止める。今後どうするかは専門家会議などに判断材料をいただく」と述べた。ベンゼンなどの値が高いことについて、専門家会議は有害物質が突然検出された理由について、都が昨年8月以降に本格稼働させた「地下水管理システム」の影響で、水の流れが変わったことなどを指摘した。(以上引用は朝日より)。いかなる判断材料が今後どこから出るのか、不透明ですね。

この報道をよめば、読者はそれじゃどう決まるのだ、これからどうなるのだと、思うでしょう。せっかちな一部の報道は早くも決断しない知事批判を初めてます。はやく、結論をだすべく態度を鮮明にせよというような感じです。都議選にからめるな、ともテレビのコメントで聞きました。そうでしょうか、絡むに決まってます。東京の報道も人々もせっかち、なのか。

専門家でも当然いろいろ意見があるようです。ベンゼンは地下に封鎖されて問題なし、というのと、(市場で)飲まないし使わないので実害はないが、望ましい環境ではない。豊洲に移転するのが適切かの議論は避けられないと。知事は、安心、安全以外に都民の納得が得られるかと言ってます。

ベンゼンは揮発性で発がん性はもっともたかいグループ。もちろん空気中にあるべき物質ではない。地下にあるのもしみ出して空気中に放出されれば室内であれば芳しくないのはもちろん。ですから、コンクリートでがっちり封鎖してあれば安全だろうと、座長さんが言ったとおりです。

ただ、その封鎖期間は何年何十年何百年?また地中から空気中に絶対漏れてこないか?という疑問がでるでしょう。コンクリートの亀裂や腐食は?東京ガスがフルに稼働した跡地です。石炭の蒸し焼きや原油から容易に大量nベンゼンはできます。ですから、地中には大量のいろんな化合物があるでしょう。でも封鎖してあるのだから、安全、安心とどこまで言い張れるのか?

この問題は原発の安全、安心、信頼とどこか類似していることに気がつくのです。

東京都民にとって、東京電力が福島や新潟で原発を作り電気を大消費地に送る仕組みにおける「安全、安心」の享受は行政が担保したでしょうか?やはり、専門家会議や報道識者集団のような人達が安全だけでなく安心感も提供したはずです。

そもそも地中封鎖は本当に安全でしょうか?どのような天変地異もしくは人災でも封鎖が壊れる可能性は無いでしょうか?かつて原発も安全を疑う人はごく少数だったはずです。しかし、物理学者を主とする一部の専門家は少数だったでしょうが、危険の警鐘をずっと鳴らしたはずです。

ベンゼンやヒ素は検出も容易でしょうし、爆発性でもないので、代替え地があれば検出されてから待避すればいいという議論も当然あるでしょう。

ですから、原発のようにもしものことがあれば、国家が喪失するような想定される事態に比べると遙かに温和な危険性といえます。最近知ったのですが、韓国南部の原発が壊滅的な破損をすると日本の西部南部では数千万の人々が避難せねばならないとかいう予測もあるようです。偏西風の影響で場合によっては放射能の大半が日本に飛来するという予測もあるようです。

きょういまの時点では豊洲についての専門家集団が豊洲は安心、安全だと言って、後は政治がやってくださいというのはあまりにも浅い意見ではないかと個人的には感じます。

やはり、広く専門家の意見を聴取してほしいです。少数意見もぜひ表に出したほうがいいでしょう。事ここに至っては、正直が最善の対策でしょう。ただ、これは今の専門家会議でなく知事があらたな会議を作るのが妥当と思いますが。

さらに一抹の不安があるのは、豊洲の地下に何が潜んでいるのか、完全に明らかになっているのか、です。元副知事さんの百条委員会での証言を聞くと、豊洲の地下のクリーニングはどうもまだ明らかになってない何かが隠されているのではないかという危惧を感じました。いっぺん洗いざらい表にだして、それで判断するのがいいでしょう。知事さん一人にまかせるのは良くないでしょう。

一日電気代500万円とか叫び立てる報道が多いですが、でもここは時間をかけてこの重大な岐路で真剣にかつ公開で論議をするのが大切でしょう。しかし、決めるのは知事かそれとも選挙に間に合えば選挙民が決めるのか。わたくしは、選挙民が決めるのがベターだと思います。



by yanagidamitsuhiro | 2017-03-20 08:49
2017年 03月 19日

fake news新時代での生き方

fakeニュースという、言葉を聞いたのはトランプ米大統領が記者会見でなだたるマスコミに対してあんたのところはfake newsウソニュースと決めつけているのをテレビで見てというか聞いてからです。その後、fake newsということばは数え切れなくきいています。その間、この言葉はなにか深い実体があり、今の時代を優れて反映すると思うようになりました。
今国会で連日大問題になっている大阪の森友小学校敷地問題、ニュースのソースは多数多方面ですね、大量のニュースが出てきますが、どれが本当でどれがウソかわたくしには判断するのは殆ど不可能です。これほど、混迷したニュースはかつて経験がありません。思い出せる範囲で、ニュースに出てくるひびとは、安倍首相、首相夫人、籠池氏、夫人、子息、稲田防衛大臣、夫、松井大阪知事、橋下前大阪知事、鴻池議員、沢山の財務省関係者、もう止めておきますが、まだまだ登場人物はこれからもいるとのこと。そもそもこの学校は教育勅語を教えるということなどで一部識者がその右翼傾向を批判していたのが、いまや話は多面的になりすぎて収拾がどうなるのか。

そのカオスの中心にfake newsがあるのだとおもいます。今回はfake newsを生み出すかもしれない危険人物に野党の偉い人が自宅に行って色々その後で情報を発信しているので、ますますわかりません。
そのうえ、この間まで籠池氏批判の先頭にいたかたが突然態度を変えて籠池擁護に成り、同時に籠池氏は百万円を首相関係者(たぶん夫人)から寄付をいただいたという、聞いたらそれはfake newsでしょうといいたくなることを大声で叫びだしたのですから、しかもそれが全ての大マスコミで報道されたのですから、驚きました。
このニュースの意義は今は分かりません、政府の発言を聞けば好奇心はわきますが、それほどたいした問題ではないような、気もします。そのことの決着は今週の3月23日の国会でつくのだと聞くと、つくはずもないが、でもあらたなウソとホントのニュースが沢山出るのだろうとおもっています。
ただ、今回国会審議はウソをいうと罰せられるのだそうで、みなさん言葉には気をつけるでしょう。しかし、ウソではなくてもセンセーショナルにことを大げさに言い立てることは可能なので、まあ大マスコミから小マスコミ、それに高級から下級までどこもかしこも言い立てるでしょう。

こんなことをここまでゴチャゴチャ書いて来たのは、こんな感じいまのわたくしが棲息している研究の世界とどこか酷似しているのです。と感じています。

我々の世界では、fake newsは本人はtrue newsと思っているのに後でウソと分かるのと、最初からfake newsと分かっているのに自らの利益のために、fake newsを世に出して自らの知名度を挙げてさらには高名な地位を獲得するためにやります。前者が圧倒的に多く、後者は珍しい、でも分かれば、我々でもそれなりに大騒ぎします。

そんなこと、研究面のウソニュース、ばれたら元も子もないと考えがちですが、最近はfake news事件が多くなって、また大学の中には自らの体面もあり、罰せずにほっておくケースが多くなり、ある意味やりどくという傾向も相当にあります。怖いですが真実の一部です。やりどくが増えるのは極めて問題ですが、ばれると組織全体に累が及ぶので、穏便になりがちです。しかし、体質の悪化になることは間違いありません。

ところがもっと悪辣というか知恵があるというか、天真爛漫というか、そのあたり分からない人もいるのですが、データの改ざんなどで自分が考えるとこうであるに違いないという結論を論文としてだすひとびとも増えているのです。
元々かなりいるのですが、昔は大物がやっていたのが最近は小物がやるので、割合早くばれてしまうのですね。
でもその場合、あまり悪気がないというか、みんなやってるじゃないかという理屈でなんにも反省しない、こういう人々が増えているようです。
このfake newsの出してとfake newsの内容吟味、数が増えると収拾がつきません。しかし、fake newsを出したいという出して世間の耳目を集め、地位を高め世俗的な満足をえたいという誘惑は相当に強い時代です。
fakeなのか、trueなのか、決着がつくのに何年かかればその間にいろいろな経過が起きる、批判者と擁護者が拮抗してくれば、わけが分からなくなる。
日本は、権威者が少数でも大きな声を出すと、もしくは小声でも裏で手を回すと、なかなか素直な展開はしません。
そういう意味あいで、この大阪の予定小学校の顛末を詳しく理解してみたいとは思います。しかし、枝葉が非常に多いので、なかなかシンプルなストリーにならないかもしれません。
学術世界のほうではわたくしも環境改善に微力を尽くしたいとはおもっています。


by yanagidamitsuhiro | 2017-03-19 09:57
2017年 03月 11日

東日本の大震災ご6年目の日です

仙台には折々に訪問することがあっても被災地へは長いこといっておりません。
被災地がなかなか正常にもどる気配はないように見受けています。
被害があまりにも大きいのと、また津波に対する対策が巨大過ぎて途方もなく長い時間がかかるのでしょうか。
原発被害地の福島になるともう時間のスケールは非常に長くなるような気がするのですが。
しかし、実は被災地は帰還が可能な地域になっている部分が最近相当に増えているようです。
放射能被曝の度合いは気をつけると相当に低く事実上影響なく生活をすることが可能になっているようです。ただ、専門家の間では議論に差があります。しかし、生活者はどれかを許される中で選択しなければなりません。
日本全国のなかで福島県だけがこのような目にあうのはあまりにひどすぎるとおもうのです。
しかし、こういう問題は誰かと話し合わないと見えてこない部分がおおいのです。そういう人は周囲にはなかなか居ません
わたくしも女川と石巻は確かに行きまして、いかなければ得られないものは得ました。
しかし、これもその後の生活の一部にはなっていなくて、その訪問時が点のようになって記憶に残っているだけです。
幸い今年はあと二回東北にいく機会があるので、見聞と体験の巾を拡げる努力をすることが可能でしょう。ちょっと期待しています。

6年前のブログを今日は久しぶりに読んでびっくりしました。
あの頃は、勢いがあって、元気のよいこと。今と呆れるほどの差があります。

なぜそうなのか、わたくしにとってわかりきった理由があるのですが。
しかし、ここまで差があったのか、と苦い気持ちを持たざるを得ません。
この6年間、沖縄での職場では何があったのか、研究の遂行はいろいろ難しい問題に直面していますが、なんとか出来る。それどころか、我ながら感心するくらいうまくいっている。成果という観点からみれば。

しかし研究の根底にあるべき、精神のもっとも大切な部分は、どうだろう。
わたくしの内面には間違いなくあるのですが、しかしそれは発揮出来ない。

なぜ発揮できないのか、それを納得できるかたちで外に説明出来ないことがこの5年以上の困難な日々の根底にあるのです。





by yanagidamitsuhiro | 2017-03-11 21:57