生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2015年 12月 29日

日韓関係の著しい改善があれば

年末まで数日になって、日韓の外務大臣が慰安婦問題について画期的な同意をしました。
日経による要約では以下のよう。
日韓、慰安婦問題の「最終解決」で合意(タイトル)
 岸田文雄外相と韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外相が従軍慰安婦問題をめぐりソウル市内で会談。共同記者会見で「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認」し、問題の妥結を表明した。「日本国の首相として、改めて心からおわびと反省の気持ちを表明する」とする安倍首相の見解や、元従軍慰安婦を支援する10億円程度の新基金設立、慰安婦を象徴する少女像の扱いなどについても合意した。
朝日の要約では、
慰安婦問題めぐり日韓合意 「最終的かつ不可逆的解決」(タイトル)
日韓両政府は28日、ソウルで外相会談を開き、慰安婦問題を決着させることで合意した。日本政府が軍の関与や政府の責任を認め、元慰安婦支援で韓国政府が新たに設立する財団に日本から10億円を拠出すると表明。日韓双方が、この枠組みを「最終的かつ不可逆的解決」とすることを確認した。
 日韓関係の最大の懸案の一つだった慰安婦問題は、安倍晋三首相と朴槿恵(パククネ)大統領の政治決断により国交正常化50年の節目に決着を迎えた。両国関係は今後、改善に向けて大きく進む可能性がある。

わたくしは率直に喜びたいとおもう。安倍首相の決断によるこの決断が結果おおきな変化と成功をもたらすことに期待したいです。
わたくしが日韓関係に寄与できることなどほとんどないのではありますが、研究の面でなんらかの寄与ができるべく努力することはやぶさかではありません。長いこと研究生活で生きていますので韓国からの研究者も受け入れたこともありますし、何度か訪問して知己もおります。しかし、深い親交をむすぶようなことには残念ながらなっていません。
中国との関係ではずっと深い絆が生まれているのに、より近い韓国とはそうならないことは大変残念でした。なにが足りなかったか、考えるといくつかの要因が考えられます。
何しろ、関係を温めたり熱くするような社会的政治的環境に乏しかったのは間違いなかった。政冷民熱とか言うような言葉を聞いた言葉もありますが、日韓についてはなかなかそうならなかった。
近くてすごい遠い、本当はとても近いのになぜか近くなれない、このようなもどかしさを強く感じます。わたくしの知り合いの研究者にはずっとコンスタントに韓国の留学生を引き受けた方を知っていますので、日韓の研究の絆が一部では強くあることは間違いない。
それが若者レベルでの広がりになかなかならないようです。
わたくしもいまさら大学院生はしんどいのですが、ポスドクならいつでも引き受ける気持ちがあるので、今後の日韓関係が良好になることを見越して韓国の若者が研究をともにしようとやってこないものかと期待したいです。
日本の研究の優れた面を学べば韓国にもどっても相当な意義があるに違いないとおもうのですが。

# by yanagidamitsuhiro | 2015-12-29 18:32
2015年 12月 18日

日本の戦後科学の夢をかなえた大村智さん

わたくしがまだ20代の学生の頃、日本人の科学者はいかにあるべきか、議論もしたし考えたものです。当時はやはり左翼系の考えもつよく自国に根ざした科学、もっと恥ずかしながらいえば人民の為の科学などと考えるひとたちもけっこう多かった。一方で科学は個人の努力によって最大限の結果が生まれうる分野で科学者の職業はそういう点とても魅力がある。わたくしなどはどちらかとしては後者の側で、このような方向で成功者になりたいと強く思い願った若者でした。

ことしのノーベル賞医学・生理学賞の大村さん、まさに夢で描いたとおりもしくはそれを遙かに超えるかただったのではないでしょうか。
さらにいえば、大村さんは日本が戦争に敗れて新生日本といわれた時代に始まったあらたな社会が夢見た理想をすべて具現化したようにも見えるのです。
わたくしは大村先生の名前は知っていましたが、極めて残念ながら一度も講演を聞いたことがないのです。さらに人となりさらには業績をほとんど知らなかったのです。
しかし、おかげで大村さんが戦後の科学者が課題としたほとんどすべてを成し遂げたというか、とほうもないレベルで達成していたことを今年知ることになったのです。
外国からのニュースでこの偉大な科学者が日本にいることにわれわれが気づくことになったのです。
なんという喜びと驚きでしょうか。

わたくしはノーベル賞の第一報を聞いて、大村さんが大学を卒業したあと夜間高校の教諭になって東京で働きながら勉強する、若者達とせっすることで自らが大きな刺激をうけ自分も大学院で勉強するぞと、決意したと知りました。自分の先生はこの夜間学校でまなぶ若者達だと。
ほんとにこれにはしびれました。
かつてこのようなセリフを功成り名遂げた日本の科学者の言葉として聞いたことがありません。

しかし考えてみれば新生日本、新生大学の卒業生である大村先生が新生日本の夜間高校の若者達の生きる意欲に発奮して自分も頑張るぞとおもった、これこそがある意味、戦後日本が目指した廃墟から立ち上がる新生日本が目指したもっとも素晴らしい理想とするできごとでは無かったでしょうか。

学者としていかに生きるか、わたくしなどは基礎と応用というような陳腐なレベルで両者を融合した研究もできずにいましたが、大村先生はその問題を軽々と乗り越えてしまったようです。
いま読んでいる本でそのあたりの先生の考えを知りたいと思っています。
先生は250億円の特許料を北里大学に寄付したとのことです。かつて聞いたことが無い巨額です。
そういう日本の科学者がすでにいたことをまったく知りませんでした。
本を読むと、それどころか先生は実に多彩な文化社会活動に膨大な経費をお使いのようです。
科学者が自らなしとげた成果でこのような多大な社会活動と研究への貢献をなしとげる。かつて聞いたことがありません。
でもそのようなことも敗戦にうちひしがれた日本が渇望していた人物とその行為ではないでしょうか。

先生がノーベル賞受賞のためにストックホルムに出かけてからのひと言ひと言にこれまでの授賞者とはずいぶん異なった印象を与える発言を続けているように感じました。
たぶん自ら思うことを率直に正直に言っているだけだったのかもしれません。
時がたてば大村先生の業績の偉大さと人間の大きさはますます理解されていくに違いありません。

日本は敗戦によって特に科学に従事する人々は相当に変わったはずです。帝大から新生大学へ、権威者から普通の人達のやる科学に。
そしてできるだけめざましい成果が生まれることが国と世界の為に望まれたのでした。
大村先生はまさに新生日本の申し子として世界の中に入り、世界の人々に多大な貢献を成し遂げた初めての生命科学者として日本人が心から誇りに思えるまさに永遠の科学者となったのでした。

大村先生の偉大な業績とひととなりを日本中の人々に知らしめたスエーデンのノーベル賞選考委員会に心から感謝したいです。

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# by yanagidamitsuhiro | 2015-12-18 17:34
2015年 12月 13日

研究不正をさせないためのラボの条件

とうとう年末になりました。この1年長かったというのが素直な印象でした。
最近はさっぱり研究不正について書くことが無くなりました。
考えてないのではなく、色々想起することはあるのですが、書いて楽しいことはなにもないので。
いろんなひと達と話したりするのですが、どれも複雑な側面が多すぎて一刀両断に論じるには口が重すぎます。

小保方氏事件というかSTAP細胞事件というか、時間が経つにつれて、研究不正行為そのものについての理解が深まったことはないようです。
ただしハッキリしたことはSTAP細胞があるということを示す証拠はない。
なぜあのような論文がでてしまったかについてはおおよその説明があるようですが、確たる説明はない。
小保方氏がどのようなことをしたのかも確たる説明はなされていません。小保方氏がどのような研究不正をしたのか、ここが肝心なところですが、論文などにある不正な画像やデータなどは歴然としていますが、関係研究者を巻き込んだかたちでどのように進行していったのか、よくわかる説明がなされたことはないでしょう。もちろん小保方氏は歴然としたデータ画像における不正については謝罪していますが、それ以外についてはSTAPはできましたと言い続けています。

わたくしは個人的には、このできごとに関連した誰かを責めたいという気持ちになかなかなりません。
誰かが首魁であるとか誰かがほとんどすべての責任を負うべきというふうになれば分かり易いのですが、そういうものではない。誰かが悪いと言えると楽ですが、そういうものではないようです。
STAP細胞という大発見がなされたのではないかと論文発表がなされた時点から色々なできごとが派生してきましたが、ここの派生的社会事象(記者会見、テレビ番組など)について誰かが責任をとることは困難でしょう。
科学発見ドラマとしては、たとえ一瞬でも極上の発見といわれたものが虚偽の論文発表ということになったわけですから、関係者にとっては塗炭の苦しみを生み出したわけです。
笹井さんの自死という悲劇としかいいようのないできごともあり、全体のできごとからなにか将来に向かってポジティブなことをハッキリいうにはまだ時間がかかるとおもいます。
もしも時間がかかって起きるのだとしたら、神戸理研センターに在籍していた若い研究者の中から強靱な精神をもった研究者が輩出することを祈らざるを得ません。またアドミニストレーションレベルで関わった人達からも、今後益々複雑化する研究不正について、この経験を前向きに捕らえる人達が生まれることも願いたいです。

わたくしなどは最初に実際に経験した研究不正が30年も前になります。関係研究者の人柄は今からいえば古典的人間像というのでしょうか、成功者へむけてのインパルスが非常に強い。「犯行的には」単独であるといってもよく、たとえ本人が最後まで認めなくても周囲の暗黙の理解は、目の前に来ている成功のためにはデータ捏造がもっとも手っ取り早い、というものでした。
こういう理解では今起きている色々な研究不正に向かっていけるとはまったく思いません。この一年、いろいろな話を聞くに付け、わたくしのような時代遅れの人間は発言しないのがベストかとおもうばかりです。
ただなかなか外に向かっては聞こえない話を聞く立場でもあるので、以下にごく手短に今後のヒントを書いておきます。
やはり研究不正のできごとの中に責められるべき人物はいる。ただし不正は高度に複雑化している。
ラボの主宰者の中に巧妙に自分の研究者としての成功(研究費獲得、名声)に向かってラボメンバーを利用して公正でない研究をさせている人々がいるらしい。
研究結果ががある方向に向かったもので無ければ受け付けないので、ラボメンバーがボスの意向に沿った結果がでるまで何度も実験を繰り返す。ボスの意向は実際には論文のレフェリーの意見であることも多く、研究不正がレフェリーのコメントによって誘導されうるという意見は真実味がある。
有名ジャーナルに論文がでれば研究費額も学会での発言権ステータスも飛躍的に高まり、また筆頭著者の就職もより容易になる、こういうレベルでの欲求から多くの研究不正が起きうる。
そのためにラボヘッドとラボメンバーの関係が変質してきて、ラボメンバーはヘッドが何を期待しているのか、何を希望しているのか非常に気を使うようになる。
研究不正行為は非常に広汎であり、いま明らかになっているのは稚拙な技術しか無いようなケースだけだという、意見が本当なら非常に困った時代に我々は生きていることになるのかもしれません。
結局、至近距離で一緒に働くラボメンバーの人達が何を感じ何を発言するかも問われる時代に入ってきているようです。
非常に嫌な考えですが、研究者としての成功者は注意深く観察されるという研究社会にならざるを得ない、またラボヘッドとメンバーの関係についても非常に注意深い外部および内部からの眼があるという、文字通り「監視社会」化が進行するのかもしれません。
悪貨は良貨を駆逐するという言葉を思い出します。
しかし日本の研究室が総じて非常によくなるのにはこういう関門を通過して、より成熟した人間関係が出来てくればいいのだとおもいます。
わたくしとしては根本的には非常に楽観的です。というかそう思うことがベストだと思うのです。
我々の研究をサポートする納税者や研究費を直接だす機関の方々には厳しくも、暖かい気持ちで見守りかつ助言をして欲しいです。これ変じゃない、という世間の眼がラボ内にもあるといいのですね。

# by yanagidamitsuhiro | 2015-12-13 12:44
2015年 12月 02日

科学はバイタル(vital)

英国ではこのところオズボーンという政治家が現れて基礎研究の庇護者の役を演じているようで、報道記事でよく見かけます。見出ししか見なかったのですが、ここに来てだいぶ英国の科学行政も煮詰まってきていろいろわかるようになってきました。最近の英国基礎研究の予算などはかなり不調のようでして誰に聞いてもさえない話しか聞こえてきません。基礎研究の職を失ったり自発的に辞めたり人々も多く、くらい陰鬱な感じが強かったのです。一方で英国にとっては科学はvitalだという科学者自身の運動も出てきてかなり世間の関心をつかんだようでした。
今朝あたりのニュースではかなりいい線が出てきたようでホッとしたという感想が見出しにでています。詳細はもうすこし時間が経ってから、新聞ではなく知り合いの研究者達から聞こえてくるでしょう。
私がよく知っている研究者やもっと近く自分のラボの出身者の様子なども聞こえてきてそれで実感はつかめるでしょう。
事態は容易ではないのは、研究費だけではなく、若い後継者が消えつつある分野では別な深刻さがあります。わたくし自身は後継者とかこういう問題には楽観的でいっぺん廃ったように見えてもまた誰かが出てくるものだ、と経験的に思っていますが、研究自体を志す若者が減っているのならそれは深刻だとおもいます。英国では研究より金融を目指す若者(特に男性)が増えて、その傾向は日本でも同様のように見受けられるのですがそのあたりが今後の英国の基礎科学にとってどうなのか。そのあたり関心があります。
全体的に俯瞰した状況の理解や今後の政策が必要なことは言うまでもありませんが、なにが将来性があるのか、そもそも将来性とは一体何にとってか?このあたりの疑問符が一番大切と思います。
英国の科学は不死鳥のようにまた羽ばたいて欲しいですが、状況はおもったよりこれまでずっと悪化していたのかもしれません。
行き着くところまできてとうとう英国にとって科学はvitalというsloganが出てきたといっていいのかもしれません。
それに対して日本ではどうなのでしょう。
日本ではここ数年の論文の引用回数とか過去5年間でどれだけ研究費をもらったか、特許申請はしたか、鍵になる研究分野のinnovativeな言葉はなにか、そういうもので研究者の選別や囲い込みが起きて、その様子をわかい人達がじっと見つめているようです。
日本ではこの要因以外には研究不正の問題の影が深くあってなかなか吹っ切れた明るい現場になってこないようです。
わたくしはいまの日本は科学技術はvitalに誰でも賛成しても、科学はvitalかということになれば引っ込む人達もかなり増えるでしょう。
わたくしはいまの日本は研究不正よりはるかに深刻なのが、研究の過度の宣伝だと思います。
日本人の研究者は謙虚にして宣伝しないというのはもはや時代に逆行のようで、まさかというような類いの誇大な表現が横行しているように見えるときがあります。
これは生きるためには仕方ないとみるのか、研究の実力低下を加速させるのではないか、わたくしは後者のほうでかなり心配しています。確信犯的な誇大宣伝はご本人にあまりネガティブでないが、良心的な研究者が自分の心を裏切って宣伝に励めばその罪と結果はひどい、これがわたくし長年の研究生活で得た体験からの言葉です
研究者も時代の子なので、自らをも含めて近未来の日本の科学技術政策でいちばん心配のタネです。

# by yanagidamitsuhiro | 2015-12-02 08:21
2015年 11月 20日

石川のイタリアンとくどき上手

最近石川の町でおいしいイタリアンの店を発見しました。
本格的かつ雰囲気はたいへんよろしい。ひとりでも、ふたりでも4,5人でも。
狭い店なので混むと入れなくなるとおもって宣伝してませんでしたが、二度目いったらこの居酒屋が主流の町では馴染みにくいのかお客さんが少ないようでした。
味と内容、値段を考えたらぜったいお勧め。
ただ場所は自分でさがしてください。また駐車場もありますがわかりにくいので、これも苦労してさがしてください。
ちょっと意地悪かな。でもおいしい店は苦労してさがすとますますおいしい。

全然話は違いますが、最近某所で飲んだ日本酒「くどき上手」美味にびっくり。
その直前には米国では評判のたかいDを飲んでいたのですが、このくどき上手とくらべたら、飲めなくなるくらいの差でした。
日本酒は飲み比べしないとやはりいけません。
前に松江の裏町で地酒を三種、飲み比べでグラス三杯で1500円というのがありました。その一つは李白かな。三種ともいけました。
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# by yanagidamitsuhiro | 2015-11-20 06:21
2015年 11月 06日

錯覚かもしれない感覚

とうとうカレンダーが最後の一枚(2ヶ月で一枚のものでは)となって、ことしも暮れてきたかと思わざるをえません。
短いと言えば短いですが、でも長い一年だったと思います。

いろんなことがありました。まだ2ヶ月も残っているので、残りの日々を楽しんで2015年はどういう年だったかよりよく想いだせるようにしたいものです。

一年を通じていちばん倦まず弛まず努力したのがやはり論文書きだったのでしょう。メモを見ると10報もあるので驚きですが、それぞれいろんな段階です。

うんざりするほど時間がかかっているのがミトコンドリアの論文でこれはわたくしがそもそも知識が乏しいので、難行苦行なのは当然です。
でもだいぶ形をなして来ました。
ヒトの血液のメタボライトの論文はこれもひどく難行苦行でしたが、とうとう形を見せてきました。この年になってこんな生みのしんどさを味わうのはつらいですが、でも自分はまだ新しいことを学習できることに驚いています。
残りの中では高望みをしているのもあってこれはどこまで高望みが実現可能なのかそれを推し量りながら書いているところもあってこういうのも時間がかかります。
高望みをしてないものももちろんありますが、それらrはそれらなりに論文の中に難所があって、そこをどうクリアして通過していくのか、考えるのがポイントになって予想外に時間がかかります。

もちろん一斉にこれらを進行させるのは不可能で、また一日の仕事してふたつの論文を手がけるのはどっちかがほぼ完成に近づいたか、もしくは始まったばかりでないと無理です。

中盤の難所ではちょっと進むのにも一日くらいかかるのはざらです。わたくしの場合は生のデータを見たり確かめたりしないと先へ進めないので、生デーが気になり出すと、時間がやたらにかかることが多いです。中には5年前の生データを半日くらいかけて新たに自分で整理することもあります。けっこう新しい発見があったりして。

そんなこんなでことしは後2ヶ月弱の期間ですがどれがどこの段階までいくのか正直見極めは不可能です。
でもこういうことを今日書いたのはかなり進んだものが増えてきたので、ちょっと心に余裕ができてきたのは正直なところあります。

何年やっても論文書きの技量は遅遅としてしか進歩しません。でも進歩しているような感覚、錯覚かもしれませんが、あります。

# by yanagidamitsuhiro | 2015-11-06 17:06
2015年 11月 01日

干し柿の準備と琵琶湖岸

10月最終日、比良の家のほうですごしました。
今年の柿は甘柿はほぼすべて猿に食べられてしまいました。猿が枝に乗るのでかなり太い枝まで折れてしまい、木の形も散々です。
ケージの中のイチジクは一本あってこのイチジクはかなり楽しみましたが、柿は夫婦でたった一個でした。
それで干し柿を出来るだけ沢山というので私も協力して4本ある渋柿(森の中にある野生のようなもの)から出来るだけ大きめなものを集めました。
50個の目標ですが気がついたら沢山、勘定したら170個はあるとのこと。これを剥くのがたいへんですが、とりあえず第一段階の収穫は出来ました。
久しぶりに2時間ほど周辺を歩きました。
いつのまにやら店を閉めているところが目立ちました。
続いているところは口コミで遠路とかついでとかでわざわざやってくるお客さんが多いようです。車と自転車で通行しているひとたちはそれなりに沢山いて道路も渋滞しがちですから。
近江舞子の湖岸では寒そうにバーベキューをしている人達がいましたが、夏の賑やかさとはまるで別世界。静寂そのものでした。

東京のほうからはハロウイーンのに賑やかさと盛大さが伝わってきます。
4人の孫達も元気にいろいろな扮装などして、親共々、楽しんでいるようでした。

この琵琶湖西岸北部ではそのようなものはまったく伝わってきません。ここはまだ外国人のツーリストにも発見されてないし、投資先にもなってないようです。かつては不動産をやっていたHさんに散歩の途中自宅のまえの畑で会いましたが、本人もいうとおり農業姿がぴったり似合っていました。

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# by yanagidamitsuhiro | 2015-11-01 06:43
2015年 10月 27日

白のブーゲンビリアの花

ことしは写真にある白のブーゲンビリアの花が突然咲きだしました。
どんどん咲いて葉よりも花のほうが多いくらい、白一色となりました。
なぜこうなったのかわかりません。沖縄由来の紫のは昨年と同様に咲いていますが、あざやかな鮮紅色のはポツンポツンとしか咲きません。
地植えのものはほとんど咲かないので、理由を考えたいのですが、わかりません。
とりあえずは見事な白色の花を室内でもめでたいので食卓の上にいけました。

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# by yanagidamitsuhiro | 2015-10-27 20:35
2015年 10月 23日

バナナの木

山口大学での講演には驚くほど沢山の若い人達が聞いてくれました。できたら、内容について率直な印象というか意見を聞きたかったです。

ブログの頻度が減っていますが、理由は簡単です。書こうとおもうと、あれも駄目これも駄目ということが多いのです。関係者が多いのと、最近はものを言えば唇寒しではなくて、そもそもこういう場所でごく簡単な感想もかいてはならぬという社会に蔓延した雰囲気がわたくしのような人間まで呪縛するかのような気がします。
昔の印象が強いのか、柳田さんは好き勝手を書いているなどと今でも会うという人達が多いです。実際にはまったく読んでないのだな、とそういうときは思うようにしています。

さて今日の話題はバナナです。
写真のバナナ高さ15センチくらいの時に金武町のマーケットで買いました(Kさんから貰ったような気もします)。
それがとうとうこの大きさです。巨大というか、2メートルをはるかに越えています。
でもまだバナナがなりません。台風のたびにもう駄目かと思いつつもここまで来たのでなんとかこの木のバナナを食べたいです。
どれぐらい辛抱すればいいのか見当がつきません。
たしか三尺バナナという名前で短くても沢山生ると聞いているのですが。まだ、気配無しです。紐のようなバナナの生るのがまだ下がってきていません。
なぜ駄目なのか。栄養のあげすぎと言うことはまったくないと思うし、もう2年近く経っているので、条件はみたしているはずなのですが。
それで最近、あらたに島バナナの苗を2本購入しました。これはたばたで買ったものです。ひょろひょした30センチくらいの高さのやせこけた苗です。さて育つかどうか。
ついでにイチジクとキンカンの苗も買いました。我ながら好きだなとおもいます。

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# by yanagidamitsuhiro | 2015-10-23 16:50
2015年 10月 12日

日本生命科学の未来

祭日ということで比良の家のほうに行って、里芋の様子を見て土寄せもしてきました。掘ってみないとわかりませんが、それほど手を加えてない割には順調な様子でした。
天気もよくて山々もすっきり見えて風もさわやかです。

短時間の農作業でしたが無念無想となり気分的にもリフレッシュしました。

明後日は山口大学で講演をします。
日本生命科学の未来という題で副題が過去50年の発展から考えること、とあり実際に準備を始めてはたと困ってしまうというちょっと大それたテーマでした。慎重なわたくしがこういう大きな風呂敷を広げてしまうとは。
未来は洋々としているということではありますが、具体的に言わなければ数秒で講演は終わってしまいます。
ともあれ面白くして聴衆のかたがたに満足してもらわねばなりません。

最近研究のほうは今のテーマも昔のテーマも両方とも熱をおびてきています。
気になって、それで頭のなかで異なるお話が去来して忙しくなっています。

# by yanagidamitsuhiro | 2015-10-12 21:30
2015年 09月 27日

Harvest of chestnuts 栗の実


縄文時代の頃の主食のひとつは栗だったようです。
ことし比良の家の栗の一本が猿に食べられずに、ほぼ無事に妻のおかげで手中に入りました。500個はあってまだまだ木に付いているとか。写真を送って来たのでアップしました。わたくしの体内にある縄文人の血が何となく騒ぎます。


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# by yanagidamitsuhiro | 2015-09-27 21:51
2015年 09月 20日

安保法案が通って

安保関連法案も延々参議院でやってましたが、とうとう採決にいたり可決通過したとのことです。なにか感想を書きたかったのですが、反対一色の報道が多くて気分的に書きにくいのでした。

わたくしは20代の後半に男子皆兵の平和中立国家のスイスで住んで以来、日本の平和憲法とはおよそかけ離れた考えをもってしまいました。国防とか軍備とか日本のたいていの人とは感覚がぜんぜん違ってしまって、何をいっても理解されないし、それも当然だろうと思っていました。端的にいえば、男性皆兵はいらないかもしれないが、中学生くらいから、簡単な軍事教練くらいした方がいいなどと、そうでこそ真の平和が自前で持てるはずと思ってました。まあ、誤った考えかもしれませんが、信念などの大半は誤ってるもんでしょうから。
当時、大学院生と話していてついつい君も軍事教練でもやれば実験が格段に上手になれるはず、などと暴言をいってしまって。よくぞ無事に今日まで経歴が保ったものだと思います。
そういう人間の意見ですが、日本はどこかの国にちょっとでも武力でも仕掛けられたら、国が上を下への大騒ぎとなってしまうので、それまでに軍事的なことを真面目に考える人々が増えることが望ましいとおもいます。
いまは安保関連法案、反対一色のように報道されていますが、世界の大勢、とくに米国や中国の日本を見る目を理解したらもっと軍事的なことに関心をもたねば、とおもうひとは増えるでしょう。
でも軍事は出来るだけ手作りのほうがいいはずで、武術をとくに伝統的武術を再興することが最も望ましい。よくいう文武両道の人間の数を増やしていくことが大切でしょう。

わたくしが育った時期は米国の占領支配と重なり日本武術は学校では完全禁止の時代でした。
今の時代、余裕をもって子供達には学んで欲しいと思います。

沖縄では空手はもちろんのこといろんな武術が生まれて、いまでも沖縄に武術を学びに来る外国の人達は大変多いです。

武術で平和思想を養おうといっても沖縄にいれば違和感はまったくありません。

わたくしも20代なかばに、町外れの射撃練習場から自転車にのって肩に銃をぶら下げて帰ってくる市民の姿をみてこんなかたちの平和な光景がありうるのかと感心したものです。いまやそういうものはスイスでもアナクロでしょうが、でも軍事も平和もすぐ手の届く生活の中にあるということを学んだ貴重な経験ではありました。

# by yanagidamitsuhiro | 2015-09-20 15:19
2015年 09月 09日

賛成党と反対党

安倍内閣が続くという予想された結果となり、公明党との連立が続くわけですが、このあと安保法制というのですか、この問題で民主党が内閣不信任案を提出するそうで、そうなるとハッキリしない維新の党はどちらになるのかたぶん分裂するということになるのだそうです。

大体日本の政治はわたくしが子供の頃から反対党と賛成党の二種類があって、政権をとるほうがもちろん賛成党で政権にいない野党が反対党ということでした。この歴史は古くわたくしが小学生の頃からそうだったような気がします。
おりおりに賛成党に一部もしくは全部がなった改進党とか右派社会党とか民社党などもありましたが、でもまあ反対党の歴史は古い。
その間に二回くらい反対党が衣替えして政権を取ったことがありましたね。
細川内閣でしたか、それとついこの間の民主党政権でした。いま民主党はあたかも完全な反対党みたいになってしまってそれでいいのか、たいへん疑問におもっています。
細川内閣の後には、反対党で骨の髄まで労働運動従事だったはずだった村山富市氏が突然総理大臣になって河野洋平氏と内閣を作り村山談話を作りました。ざっと20年前でしたか。
おおざっぱいい加減に書いてすみませんが、でも反対者だった村山氏が真骨頂を発揮してある意味賛成者としての役割というか地位を歴史に刻んだことは事実です。
関係者にとってはすごい偉業のはずです。

こんなことを書いて来たのも、わたくしはおおさか維新にはもうほとんど関心がないのですが、でも安倍内閣に対して賛成者になるのか反対者になるのかそれとも別物になるのか、その一点だけは関心があります。
橋下市長は逆村山氏になる可能性を秘めているような気がするのです。

(このことまた改めて書くことになるのかどうかまったくわかりません)

# by yanagidamitsuhiro | 2015-09-09 17:49
2015年 09月 07日

自宅のそばでエイサー

エイサーとは、沖縄県と鹿児島県奄美群島でお盆の時期に踊られる伝統芸能とネット記事にあります。
この時期に現世に戻ってくる祖先の霊を送迎するため、若者たちが歌と囃子に合わせ、踊りながら地区の道を練り歩く。また、かつては祝儀を集めて集落や青年会の活動資金とする機能も重視されたと、あります。

昨日はエイサー祭りの最終日なのでしょうか、二軒お隣さんの事業所にも地元冨着の若者達のエイサーがやってきました。大勢で20人くらいいました。こども、小学生もいました。みんな元気に踊って。
たくましい沖縄の若者たちがうたって踊るのを、こんな間近でみるのは珍しい体験でした。

近隣のホテルのほうでも踊りをすませてきてくれたのだそうです。

終わりに踊りもあって誘われたのでついつい踊ってしまいました。
神戸での生田神社以来でした。

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# by yanagidamitsuhiro | 2015-09-07 08:17
2015年 09月 02日

三日間の東広島滞在

広島大学のある東広島市に学会参加で出かけました。
前にも2,3回来ているのですが、今回は沖縄から出かけたせいか、随分違った印象を受けました。
わかったことは冬はやたらに寒いらしいです。道路が凍ってつるつるになるくらいで零下5度というのはざらとか。やはり沖縄から行くと冬の話ですが、随分寒そうで異国という印象すら感じます。
いっぽうで大学近辺の豪邸に驚きました。御殿、お城、なんていう言葉が思い浮かびました。
よその地方ではみることができないようなすごい家の作りです。
ところが新幹線の東広島駅内にも隣接地には食べ物やはゼロでした。開発開始後20年間あまり変わらないらしいです。駅から100メートルくらいはなれた場所にコンビニが一軒。それに道路を隔ててパチンコ屋(未確認)が一軒でした。
大学周辺は住宅地としてはしっかりしてしかもきれいなところが多いみたいなので、店が少ないのが、なんだか不思議でした。たぶんどこかにショッピングセンターなんかもあるのでしょう。

学会そのものは高度の内容かつ興味深い発表がたいへん多くて、楽しみかつ有意義でエンジョイしました。若者達の発表も水準が高いです。
でもなんだかえらくアンバランスな感じが強く残ったものです。

# by yanagidamitsuhiro | 2015-09-02 16:54
2015年 08月 28日

須田桃子さんの講演、 残る疑問 誰が捏造したのか

昨日大学の講堂で研究安全に関する必須義務の説明会がありました。その後で小保方博士のSTAP事件をあつかったねつ造の科学者の著者でありまた毎日新聞の記者でもある須田桃子氏の講演会がありました。こちらは一般のかたも自由に聞けるようになっていました。わたくしは興味深く聞きましたが、須田氏の考えは著書を読んでますのでそれなりにわかっていましたので印象については清新な感はありませんでしたが、やはりこのかたは随分頑張ってやってきた人という印象を改めて持ちました。記者としてのアングルですから、研究者としての眼とは違いますが、多くの国民のこの問題についての知的欲求かなり満たしていることは事実です。

今日の毎日新聞には以下の写真にあるように、STAPもはや過去という見出しですが、もちろん過去のはずもなく理研もSTAP騒動の事後効果、悪影響を払拭すべく一生懸命努力しているはずです。しかしなかなか大変でしょう。

笹井氏の自殺や、小保方氏や理研の丹羽氏などによる検証や、委員会の検証などまだまだ生々しい記憶に残ることも多くて、また最近ではNHKスペシャル報道の検証など、どれも気軽に発言できないです。

須田氏の著者のタイトルは捏造の科学者というもので、表紙には3人の人物の写真がでていました。
しかしながら、誰が捏造をしたのか、ピンポイントはできません。
その後の検証実験からは誰かがしたことは間違いないようです。もはや過去か、というこの時点でも誰がしたのかをハッキリ名指しした信用できる報告はないようです。

この問題について今後さらに調査が進んで決定される機会はあるのでしょうか?
誰がという点では、将来的にも決まりそうもない、という意見が大勢のようです。
となると歴史に残る捏造事件といわれる割に根幹の誰が?というのは不明となるので、笹井さんの自死という大変に悲劇的な結末と合わせて日本の科学世界で起きた事件として結着がつかない事件として残るのかと思うと、この事件の背景も含めて、STAP問題はこれからも何度も何度も再訪問され咀嚼されて残るに違いないとおもいます。



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# by yanagidamitsuhiro | 2015-08-28 23:46
2015年 08月 22日

肥満税のはなし

久しぶりに百万遍のZに昼食に訪れて中東からきている留学生の若者としゃべっていると、マスターも参加して先生、最近ブログさっぱり書きませんねと言われました。
やはり皆さんそう思われるのか、と。Twitterのほうも書いているのでそちらと頭の中がごっちゃになっていて、そこそこの頻度のつもりでいるのですが、そうではないのでしょうね。

ここに来ている若者達はみなたくましくて、日本語もうまいし母国語でない英語も上手にしゃべっています。日本人がそこに混ざっているといいのですが、実際にはあまりというかほとんどいないみたいです。
このたくましい多彩な若者達と談笑できる日本の若者は残念ながらまれにしかいないのでしょう。
最近こういうたぐいの話はよく聞きます。
京大の誇り高い霊長類系の研究若者達でも海外にそこそこなんべんも出かけているのに、どうしても日本人枠からは出るのが難しいようです。これはすこし年配の日本人の先生のお話。意味がなんとなくわかります。やはり派遣されて行っては目線がだいぶ高くなってしまって。
流浪者のように若い時代に地面の高さで海外で生活してないとなかなか混ざりにくいのでしょう。

話題を変えますと、わたくしroyal society of biologyという英国の学会のフェローをしてまして、おりおりに有益情報を教えてもらっています。
一番最近ので眼をひいたのは、肥満税というか糖尿病税なるものをつくったらどうかという新聞での評論でした。
英国でもこの10年で糖尿病(II型)の患者さんは二倍に増えてるとか。やはり肥満が一の原因とこの記事では決めつけてます。もう最近では肥満者をからかったり嘲笑したりするのはできませんから、自己管理ができない人には対策はもう税しかない、という議論。日本ではちょっと通用はしにくいでしょうが、英国の町ではいたずらしたら、罰金10ポンドとか100ポンドとか書いてあり、罰金とか税は抑止力のあるものとして社会で前向きに認知されているのでしょう。
それに英国ではタバコはもう値段が5倍くらい上がって肺がん抑制効果は相当でているとのこと。

だから、お砂糖の沢山入ったものには砂糖税をつけようというのが提案の骨子です。
これは英国ではそんな法律ができるかもしれないな、と思った次第。
国民ひとりあたりの砂糖消費量を減らせば、糖尿病以外の、肥満が原因のもろもろの病気の予防に役立つに違いありません。
さて反対するのはだれでしょうか。

写真はこの記事についていたもので、こういう体型をしていると英国ではついこの間まではからかいや嘲笑の対象だったとキャプションがついていました。今ではそれは犯罪に近いと認識されているのでしょう。
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# by yanagidamitsuhiro | 2015-08-22 11:23
2015年 08月 09日

使命感をもつ人々

広島、長崎への原爆投下の日が過ぎ、もうすぐ敗戦の記念日ですが、ニュースを見ていると戦後70周年という記念の年の意義だけで無く、新しい意義が次々に出てきているような気がします。その最大の理由は沢山の人々が戦争体験を語り出したことに起因するのではないでしょうか。
沖縄での戦乱の体験者や被爆体験者達の証言も次々に新しい事実や体験をもたらしています。
年齢的には80歳代半ばを越している人々が大半ですが、証言内容はリアルでかつ強い意欲をこめてしゃべるために聞く側に強い印象が残ります。強い使命感をもっているにちがいありません。
長寿国家日本だからこその現象では無いでしょうか。今後90才代の人々は増えるでしょうから、これから10年くらい戦争の新しい証言者が沢山現れてくるでしょう。

沖縄戦や被爆体験者の証言は、平和志向反戦の証言として若い世代に伝わるインパクトは非常に大きいことはまちがいないです。一方で現今の東アジア情勢が平和志向と反戦だけでかたがつくほど単純で無いことは高校生でもわかるので、今年の夏は若い世代に沢山の豊かな考える材料を提供するとても良い年であると私はおもいます。

BBCニュースを見ていたら、原爆投下地として京都が有力な候補であったことが地図付きで乗っていました。米国首脳者たちは本気で日本人を皆殺しにちかくなっても致し方ないと思っていたらしいことは最近のいろいろな資料からハッキリしてきたようです。つまり日本人はとびきり好戦的な人種であるから日本に対して最終的に勝利をおさめるにはそのようなことがあるかもしれないという判断だということです。ポツダム宣言にある極めて残酷としかいいような戦争勝利に向けたシナリオからもうかがえます。
昭和天皇によるポツダム宣言受諾の経緯についても新しい証言が聞きたいですが、さすがに若年者は関わっていなかったので無理なのかもしれません。

写真はBBCにあった原爆投下予想地と京都に投下予想地点(○印のあたりか)

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# by yanagidamitsuhiro | 2015-08-09 20:57