生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2021年 05月 06日

国家の浮沈がかかるーコロナ対策

日本のコロナワクチン作成の努力の流れのようなものをネットで読める記事から理解することができました。もちろん表面的な理解ではありますが。阪大の森下竜一教授の新聞でのインタビューは事実をわかりやすく述べていて分かり易い。スタートは早かったが途中から色々な技術的困難に出会いまだできてないことを淡淡と感情をまじえないで説明してます。ただ何が一番の困難であったかをはっきり言って貰えると読者は助かる。いずれにせよ残念だなという気持ちは強いがでもワクチンの大量接種に至るには大分距離があったようです。惜しかったという段階にいったのか。今後どうなるのか、森下氏にはぜひとも今後リターンマッチでの勝利をものにしてほしい。
このインタビューでわたくしが一番分かり易かった部分は自分が学生だった時代に遡って、日本ではワクチン接種は公衆衛生の分野が担当するといいう認識だったというものです。公衆衛生は英語ではpublic healthですが、こっちのほうがわかりやすい。ワクチン接種はhealthともちろん深くかかわるでしょうが。欧米では、むしろ安全保障という観点で管理されていると聞いてます。森下氏のインタビューでもこのあたりは軽く触れられているだけですが、現場では大きな違いが起きてくる。つまりワクチン接種は国防とか社会の安全保障に密接に結びついている。それ故研究資金も民間もあるだろうが、国の資金が大きく、必要性は国家的に保証されている。それゆえワクチン作成もいざとなれば国家のもっとも枢要な任務であり準備の需要性は国防的観点からも発想され遂行される。

わたくしのような世代のような人間には東京にあった、昔の伝染病研究所や予防衛生研究所の重々しい建物内の雰囲気や、公衆衛生分野が軍が担当する大切な任務とはすぐ納得できますが、それは遙か昔の時代のことのできごとであった。北里柴三郎博士の時代から理解し直す必要性もあるかもしれない。

コロナ禍への対応には先進民主主義国家では苦戦しており、専制的な国家体制ではみかけうまく押さえ込めているのをみると問題解決のための考慮すべき「根っこは非常に深い」とあらためて感じます。
日本のコロナ対応はいまだ道半ばであり、本当にすぐれた人材の活躍が強く望まれます。いまや多くのひとびとが強く感じているように、日本という国家の浮沈がかかっている。


# by yanagidamitsuhiro | 2021-05-06 10:43
2021年 04月 18日

対馬に行ってみたい

だいぶ前から対馬に行きたくなって、その機会を待ってます。沖縄からは直行便はあるはずがなく、長崎県ですが博多からが便利らしい。博多便は沖縄から頻繁にある。景色や観光で行ってみたいというより、かつてラボメンバーだったAさんに会って、よもやま話もしたい。島人どうし、話もしたいし、島も見たいし、いきたいなとおもう。妻にわたくしの願望を伝えたらわたくしも行きたいとのこと。珍しい。妻もやはりAさんなら会いたいのだろう。Aさんは今対馬の病院にて医療活動をしている、対馬という独特の歴史のある島の住人になってからの、意見もきいてみたい。
それで、けさテレビで壱岐の島の景色が見られました。例の火野さんがでている自転車による縦断の番組です。壱岐は対馬と異なっていて興味深いと聞こえましたので、ついでに壱岐にも行くか、とも。壱岐と対馬はどれ位離れているのか、沖縄の本島と宮古くらいはなれてるのか、それとも。
いずれにせよコロナがおとなしくならないと。


# by yanagidamitsuhiro | 2021-04-18 13:09
2021年 04月 17日

日米老化講演会での印象

昨日はウエブ上での講演会Living Longer and Healthierで短い講演をしました(convenorはDavid Janesさん)。4人の講演者がこのタイトルで異なった角度から論じてました。米国での最近の最大の関心はなにかを知り、かんがえるうえで刺激がありました。高齢者の孤立というか孤独が最大の関心事として取り上げられていました。日本でも何日間もだれとも話さない高齢者が増えているという指摘がありました。日本の大都市では多数の高齢者がいるが孤立が最大の問題という認識はどの程度あるのか聞いて見たいとおもいました。歩けなくても家族のひとりと会話が続くとおもうのですが、いま孤立した高齢者はどれ位日本ではいるのかまず知ることだなと感じました。

わたくしは体内の血液代謝物でどの程度老化進行がわかるか、特に認知能力と移動能力の低下は何を調べればわかるかという話をしました。日本では80歳台は多くの女性は健康に暮らし男性は数は減るもののそれでもかなりの人々が自立もしくはそれに準ずる生活を送ることが可能です。しかし、80台後半からは認知と移動能力の低下が進行し、自立能力は衰えてきてます。それでも80歳台の人口は1千万人もおります。元気なのは女性のようですそれが90歳台になるとわずか200万人にがっくりと減ります。百歳台になればわずかに8万人です。血液にある代謝化合物をしらべると十数種のものが含量が減るかもしくは増えます。増えるのは体にとって良くないもので、減るのは大切なもので減らしたくないものです。100数十のこれらの代謝物が高齢者にとってとても重要であることが分かりつつあるのです。
それではどうするか。
減ったものは増やせないか。増えてるものは体にとって毒のような働きをするのならその効果を緩和できないか?当然そのような研究をする必要があります。しかし老化研究はがんなどの研究に比べると日本ではなかなか光が当たりません。若い研究者の関心も低いです。わたくしも老化が可逆的なうちに「治療」できないか、そんな考えで研究に従事してます。


# by yanagidamitsuhiro | 2021-04-17 11:33
2021年 04月 08日

80歳代で始めたいこと

80歳台でやりたいこと、そのひとつは自分の過去を振り返りたいことです。
たとえば、このブログ書いた記録を見ると15年以上もやっているのに、見返したことがありません。やりっぱなしでした。おりおりに見返せば良かったでしょうに、さっぱりやりませんでした。反省はあまりひんぱんにしないタイプの人間なので。
今は殊勝なきもちです。
15年前はどんなことを考えたり書いていたのか読みかえしたみたい。今、どう思うのか。

論文もこの10年間でも相当数ですが、20代の頃にまで遡ったら気が遠くなるような気がします。しかし、チラッとでも良いから過去論文を振り返るべきだな、と最近強くおもいます。いまさら成長もしないだろうと言われそうですが。
特に30代から60代働き盛りと世間でいう年代自分は研究者として、何を考えていたのか?
なんか大きなブラックボックスを開けるような怖さもありますが、好奇心もあります。
自分で自分に好奇心を持て、というような天からのというか過去からの声に耳を傾けたいです。



# by yanagidamitsuhiro | 2021-04-08 08:15
2021年 04月 06日

その2の書き込み

その2の書き込みになります。
研究というのはやたらに時間がかかるので、後どれだけ出来るかは分かりません。しかし、終活とでもいえるような研究活動のなかにたしかに終活としかいえないものもありますが、次の時代へのつながりをもとめる新たな息吹のような、萌芽のような研究もあるのです。
それを実際に担当している研究者は若い人達ですから実際に継承できなくても、考えを一部は継承するでしょうから、その中に新たな時代に繋がっていくようなものもあるはずです。
沖縄に来てから始めた人のメタボライト研究のように沖縄では未完のままになってもたぶん世界中でいろんな人達が研究をするでしょう。始まったばかりの研究分野ですが、でもまあ10年くらいでいいところまで来たと自画自賛してもいいのかな。

すこしの心残りはGゼロ期と呼ぶ増殖せずに長寿命の細胞の研究です、まだやりたいことも残ってるので、いかにして継承可能にするか腐心したいとおもう。でもこれはだれかがやってくれるに違いないと信じてます。
わたくしが一番長きにわたって心をこめてやった染色体研究ですが、今やすっかり静かになってしまいました。しかし研究自体はやめて無くて静かな情熱でやって来ました。後一年程度の期間、いま持っているとっかかりを共同研究者達と一緒に楽しんで研究したいと思ってます。


# by yanagidamitsuhiro | 2021-04-06 11:21