生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2009年 11月 20日

コメント欄を読む人達、若手の雇用と研究費

このブログの通常の訪問数はウイークデイが2500−3000で、きのうおとといは4000を越えていますので、相当数のかたがコメント欄を見にきているようです。
多くの学会や総合科学技術会議などから緊急アピールや提言が出てきているし、それらの趣旨はわたくしの意見と表層的にはそうは変わりません。ですからここではもうあまり同じことを繰り返したくありません。ただわたくしのほうは怒りにまかせて打倒民主党政権などと口走るところまで行きましたが、別に撤回する気もありません。だからといって自民党政権がより良かったなどという気もありません。失望が深い部分、怒りも深いともいえます。

きょうは仕事前に若手の雇用問題にちょっと触れておきたいと思います。
年寄りはひっこめなどという意見もありますが、年寄りがひっこんだら、若手の雇用問題は一段と深刻になることを、言っておかねばなりません。

いまの日本では、大学も研究所も自分の組織の一員としての研究者の雇用は減りこそすれ増えることはありません。
大学なら、若手が独立の研究室を持つのは漸増してはいるものの全体の中では実にわずかなものです。大学がみずからの責任で人事をして雇用(つまり常勤的に最低5年間とか)するリスクを取りきれないのですね。いい悪いは別にしてそういうことです。
ですから若手研究者の多くはポスドクになるわけです。このポスドクは機関としては研究費とをもつ古手独立研究者(つまり教授)の責任のもとに非常勤(つまり1年ずつの更新)で雇用するものです。大学には雇用責任はあるものの研究費が無くなれば雇用は消失するので、常勤的な雇用者とは当然わけて扱われます。いまの日本の研究費の多くはこの非常勤で雇われる人件費に使われますから、研究費の縮減は即刻雇用数の縮減になるのです。
研究機会はあるいみ一期一会ですから、ある研究グループが消失すればそこにいた若手たちの研究環境や研究テーマも消失するわけで日本の国土からそのような研究テーマプラス人間たちも居なくなるのです。ですからその分野がなくなるのは身を切られるように痛く感じることが同僚研究者たちに感じられるのです。
若手研究者の多くはどこかに行かされてしまうからです。お金がなくなればそれだけ若手の研究者たちもいなくなるのです。
いまかけ声でいわれている、若手への研究費には本人への雇用に必要な人件費は含まれていません。年間400万円から500万円(税込み)かかる人件費を込みで渡す若手研究費はまずほとんどありません。大抵の若手研究費なるものはせいぜい200万円程度で、研究に必要な経費であって本人の生活費を渡すのではないのです。ですから、古手研究者に雇用されてない若手研究者はどこにも研究費を申請できません。でき無いどころか、居場所も無いのです。
大学などは、みずからの責任で雇用する若手の数は極力減らしたいのです。機関が責任持って雇えるのは、研究主宰者までです。後の雇用は研究費があって始めて若手雇用が成立しているのです。
つまり研究機関にいる膨大な数の若手雇用は主宰者責任であり非常勤です。かれらは財務省レベルの書類では人ではなく物件、つまり人件費でなく物件費のなかに入っているモノなのです。
仕分け人などはこういうことをまったく知らないようです。わたくし自身もモノとして雇用されています。
古手研究者の大半は研究費と若手雇用についてだいたいおおむね似たような感覚を持っているでしょう。

このブログをよむ大半のひとは研究の世界にうといので、我々には常識でもこういうことを書いておかないとなにが問題か分かりにくいのです。

わたくしなどは、超古手で一刻も早く消えてしまえという意見も沢山聞こえるのですが、わたくしが居なくなれば、代わりに誰かがやってきて若手を雇用するかといえばそんなことはありません。単にわたくしとわたくしと一緒に働いている若者たちみんなが研究グループと雇用もろとも消えるだけです。
ですから、誰がなんと言おうと、たとえ直談判されようと、怒号にさらされようと、研究費をえることができなくなるまでわたくしは研究の現場をさるきもまったくありません。最後通牒が来る日までは。

by yanagidamitsuhiro | 2009-11-20 08:54


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